No.268929

【よんアザ】眠る人、目覚める人【べーさく】

アド子さん

Pixivで投稿していた小説の移植版です。

2011-08-10 22:11:05 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:1886   閲覧ユーザー数:1885

 

1ページ目と2ページ目で主軸となるキャラクターが変わっています。

 

『そして眠りにつく前に』

「・・・」

 

昼間だというのに、病室は外の雨音以外静かすぎて耳が痛くなるほどだ。

目の前の白いベッドにできた小さなふくらみは、規則正しく上下している。

 

「さくま、さん」

 

目の前の人間を呼ぶ声が、変に掠れて笑えてしまう。

個室だから誰かが入って来ない限り気にする必要はない。

 

「さくまさん」

 

少し近づいて、彼女の頬に触れてみる。暖かい。

当然だ、と先ほどまでいた悪人顔の人間の声がフラッシュバックする。

さくまさんは何をどうしたらそうなるのか、風邪をこじらせて入院していた。

先ほどまで起きていたが、今は眠ってしまっている。

治療の甲斐あってか、とても落ち着いているようで、幸せそうな寝顔だ。

 

す、と頬を撫でると、ふにゃんと顔が緩んだ。

それにつられて、私の顔まで少し緩んでしまう。

 

「この私をここまで心配させたのは、貴女が初めてですよ」

 

最初呼び出された時は、あまり良い印象はなかった。

それでも、回を重ねるにつれ惹かれていく自分がいた。

私自身の能力を使えば、彼女がどう思っているかなんてすぐ判るだろう。

どうしてだか、彼女にそうするのは気が引けた。

 

『好きです』

 

そのたった一言が聴けた瞬間、表情には出さなかったが泣きそうだった。

愛しさと嬉しさと不安が綯い交ぜになって、涙があふれそうだった。

 

「・・・・・ベルゼブブさん・・・」

 

小さく名前を呼ばれて振り返ると、まだ彼女は眠っていた。どうやら寝言らしい。

 

「貴女は私を煽るのが天才的に巧いらしい」

 

いつか、彼女は私よりも先に消えてしまうだろう。

悪魔使いは地獄に堕ちるというが、それも良いかもしれない。

そうなれば、彼女をずっと私の手の中に閉じ込めておけるだろうから。

そうなる前に、私の子を孕むのは確定事項なのだろうが。

 

「愛していますよ、りん子さん」

 

雨音に隠れて、彼女がいない世界を振り払うように、口付けをそっと落とした。

 

 

『こうして目覚めたその後で』

「んぅ・・・・」

 

夢を見た。

内容ははっきり覚えていないけれど、とても幸せな夢。

覚えているのは、ベルゼブブさんがいたという事くらい。

目を開いて見えたのは、真っ白な天井だった。

 

「そっか・・・病院・・・」

 

風邪をこじらせて入院していたんだったか。

情けないなぁと思いながら、体を起こしてぎょっとした。

椅子に座ったまま、ベルゼブブさんが眠っていた。

時計を見ると今は夕方の5時。昼過ぎに芥辺さん達がきた事を考えると、

最低でも2時間は寝ていたという事になる。

 

「おや・・・、目が覚めましたか?」

 

少しして目を覚ましたベルゼブブさんの第一声はそれだった。

 

「あ、あの」

「二人なら帰りましたよ、とうの昔に」

 

いつもの顔で、さらりと言い放つ。

芥辺さんの手配で個室になったけれど、また借金が増えるのかと頭が痛い。

頭を抱える私の耳に、ぎっ、というベッドの悲鳴が落ちた。

気がつけば、私は抱きしめられていた。

 

「え?あの、ベルゼブブさん?」

「全く、貴女はいけない人だ」

 

視線の横にあるのは、絹糸のように細いベルゼブブさんの髪。

金色の髪が光を透かして綺麗だな、と雰囲気に似合わない事を思う。

 

「良いですか?私は貴族である前に、悪魔である前に、ただ一人の男なんです」

 

耳元に、掠れた彼の声が落ちてきた。

 

「ベルゼブブさん?」

「貴女が今病人で、弱っているという事も、無茶をさせてはいけないという事も判っています。

 判っているんですが、貴女が欲しいんです」

「え、あの、ちょ・・・」

 

顔を上げる事も無く、しばらく私を抱きしめたまま。

 

「・・・無謀な事を言ってしまいましたね」

 

ベルゼブブさんにしてはとても珍しい、困りきったような笑顔で言う。

プライドが高い彼の事、こんな顔見れるとは思っていなかった。

 

「ただ、せめて、二人きりのときは名前で呼んでください」

「名前で、ですか?」

「はい」

「・・・・何かありましたね」

 

私の手を握ったまま、ピクリと表情がちょっとだけ変わった。

また私の肩に顔をうずめて、より強く抱きしめたままぼそりとつぶやいた。

 

「貴女が居なくなった後のことを、考えていました」

「・・・」

「貴女は人間です、私よりもずっと先に死んでしまうでしょう。

 そうなったときに、私はどうなってしまうのか・・。

 考えただけで、ぞっとしたんです。

 悪魔使いは死後地獄に堕ちると言う話を聴いた事がありますが、

 貴女がそうなる迄に、私は耐えられない。

 狂ってしまいそうな程に、あなたを愛しているんです、りん子さん」

 

普段の彼からは本当に想像ができない言葉ばかり飛び出して、私はぽかんとしきっていた。

私が失敗してしまえば、やれビチグソ女だの発禁物の侮辱用語で攻め立ててくるのに、

今目の前に居るのは、外見は同一でも中身はまるっきり違う誰かなんじゃないかとすら

考えざるを得ないほどだった。

でも、そこまで想われていることに嫌な気分は全くしない。むしろ嬉しい。

私の方ばかり好きだと思っていたのに、その上を軽く行っていた。

 

「確かに、私は貴方よりも早く死んでしまいます。

 それでも、貴方を愛している事に変わりはありませんよ、優一さん」

 

ぽろっ、という擬音語がぴったりくるくらいに零れ落ちた。

肩口にうずめられた金色の髪が動くのに、そんなに時間はかからなかった。

 

 
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