No.266722

とある勇者と魔王の事情-名も無き少女と少年の場合-

これでひとまず完結でした。世界観が気に入っているので、今後続編を書いていこうと思ってます。

2011-08-09 15:44:21 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:335   閲覧ユーザー数:335

 破壊され、荒れ果てた国。その中で年端のいかない少年は立ちすくしていた。

 木製の建物は無残にも打ち砕かれ、かつて人だったモノは壊れた人形のように地面に横たわっている。

 死の漂う空間で、息をしているのは少年ただ一人だった。

 長く伸びた銀の髪の間から、五色に光る角が生えていた。その角からもれる強い光が、少しずつ収まっていく。

「……どうして」

 ポツリと少年は虚ろに呟く。

「どうして、僕を……」

 少年の目から、涙がこぼれ落ちる。しかし、誰も少年の悲しみを慰める事は出来ない。

 彼が最も頼りにしていた人物も、今は黙って冷たくなっている。その人物はこの国が破壊される直前、少年に言った。

『お前がこの世界の毒だ』

 振り下ろされた小刀。それが少年の頭上に振り下ろされる前に、眩い光が国中を包み焼いた。

 無意識に少年が、自分の故郷を滅ぼしたのだ。

 その強大過ぎる魔術は、太陽の光でさえ打ち消した。

『お前の力のせいで、全ての生物は滅んでしまう。──だから、こうするしかないんだ』

 少年の足元には、ついには彼を傷つける事が無かった小刀が、炭となって砕かれている。それが、少年の魔術力の恐ろしさを物語っていた。

「僕は……」

 ただ、死にたくなかった。

 

 一つの国を一夜で灰にした少年の話は、瞬く間に広がった。

 人々は少年を恐れ、『魔王』と呼び忌み嫌った。

 ある国は軍隊を出し、またある国は凄腕の暗殺者を雇った。だが、全ての刺客は少年の魔術の前に倒れた。

 少年の力に敵わないと悟ると、今度は生贄を差し出した。

 幼い子供。若い娘。

 彼等は皆、魔術力の弱い故に身分の低い者達だった。

 魔術力の弱いものが『魔王』の側に近づいたらどうなるか。彼等は三日も、その命は持たなかった。

 泣き叫びながら衰弱していくさまを、少年は悲しげな瞳でじっと見つめている事しか出来なかった。少年が手を取り、慰めようとした瞬間に彼等は寿命を削り取られてしまうからだ。

 

 いつからか、少年の感情は凍った。

 生贄が死ぬ度に、新しい生贄は絶えず送られてくる。

 死の恐怖に怯え、震える彼等を見ても、少年の心に同情の念は無くなっていた。

 ただぼんやりと、また来たのかと思うだけだった。

 こんなもの送らなくても、自分は何もしないのに。

 そう思いつつ、少年は衰弱していく生贄達を冷めた目で見続けていた。

 

 月日は流れ、少年は青年へと成長した。

 小さかった手足は細くしなやかに伸び、幼かった顔付きもどこか影の有るものへと変化した。だが、紅の瞳は依然何も映さず、未だ送られてくる生贄の最期をぼんやりと眺めていた。

 頭から生える角も、青年の成長と共に長く伸びた。同時に、青年の魔術力も更に増していた。

 その為、生贄が衰弱していく間隔も短くなっている。最悪、目の合ったその瞬間に命を失う者もいた。

 青年の力によって殺された国は草一つ生えず、太陽や月の光も暗雲で閉ざされたままだ。

 いつしか人々はその国を、神々に見捨てられた土地『地の果て』とささやいた。

 しかし、青年にとってはそんな事はどうでもいい話だ。

 ただ、いつか自分にも訪れる終わりの日を、静かに心待ちにしていた。

 彼はもう全てに疲れていたのだ。

 

 その日、新しい生贄が遣って来た。

 青年より少し年下の少女だった。彼女はボロボロの衣服に身を包み、身体には沢山の痣があった。

 そして何より、他の生贄達と全く違う事があった。

 少女には、魔術力の気配が一切無かった。

 青年は思った。何の感情も込めずに。

 すぐに死ぬな、これは。

 それだけだった。少女の自分を見る柔らかな視線や、痛々しい身体の傷など、どうでも良かった。

「あの……」

 小鳥のさえずりのような声だった。

 少女が意を決したように、青年の身体へと手を伸ばす。

 青年は驚き、少女の手から逃れる。その動作に五色の角は光り、辺りに突風が巻き上がる。

「きゃっ!?」

 しまった!

 少女の悲鳴に、青年は我に帰る。

 無意識に抵抗力の全く無いだろう彼女に、魔術を浴びせてしまった。

 自然に冷たくなっていく生贄には見慣れてしまっていても、自らの手でとどめを刺してしまうのには、青年の心に抵抗があった。

 青年の中に、焦りと後悔の色が浮かぶ。

 だが、青年は目を疑った。少女はその場で立っていた。

 怪我や衰弱した様子も無く、ただ突風に驚いたといった様子だ。

 少女の無事を確認し、青年は安堵する。しかし、それをあえて顔には出さず、少女を冷たく睨みつける。

「死にたくなければ、私に近寄るな」

「……でも」

 不服そうな声を出す少女に背を向ける。これ以上、顔を見たくない。

 

 驚いた事に、それから数日経っても、少女は倒れなかった。顔色も依然として明るいままで、衰弱していっている様子は、欠片も無かった。

 時々、青年は彼女と顔を会わせる。そして、その度に彼女は微笑むのだ。その笑顔が、少しずつ青年の心に入り込んでいく。

 この少女に触れてみたい。

 そんな想いが、青年の中で日に日に増して行った。

 しかし、青年は踏み止まる。少女をこの手で触れれば、すなわち、彼女に死の時を与えるという事なのだから。

 彼女を失うのが、青年にとって一番の恐怖となっていた。

 

 だかある日、ついに青年は耐え切れなくなった。

「私はお前に触れてみたい」

 突然の申し出に、少女は少し驚いた表情になった。

「ただ、私のこの力は、全ての生き物に触れるだけでその命を消し去ってしまう。──お前の命も……」

 少女はすぐには答えなかった。当然だろう。

 自ら進んで死を選ぶ者など多いはずがない。

 少女の沈黙に、青年は自嘲気味に笑う。

「お前が拒否すれば、私は引き下がる。そして、二度とお前に触れようなどとは思わない」

「……私は」

 少女が口を開いた。

「私は、魔術力が無いせいで、誰にも抱きしめて貰った事が有りません。だから、私は本当の事を言うと、生贄に選ばれた時、嬉しかったんです」

 少女の告白に、青年は目を見開く。少女は言葉を続ける。

「貴方は生贄を抱きしめ、その腕の中で命を吸い取ると、私の国では恐れられてました。けど、誰かの温もりを感じられる事が出来るのなら、私は『死の抱擁』も怖くないです」

 小さな身体は震えていた。死の恐怖は、まだ少し有るのだろう。だが、それに反して少女の顔は穏やかなものだった。

「ですから、貴方が私に触れたいと言って下さって、私はすごく嬉しいんです。大丈夫です。私は、貴方に抱きしめて貰いたいんですから」

 青年の手が止まる。

 少女の願いを聞き、青年は益々彼女を失いたくなった。それと同時に、彼女の温もりを感じたいという想いも強くなった。だが──。

「お願いします」

 彼の迷いは少女の一言で消えた。息を呑み、そっと彼女の小柄な身体を抱きしめた。久しぶりに伝わる、他者の温もり。──そして、少女の温もりは今この瞬間に、永遠に失うのだ。

 口の中が苦い。胸が張り裂けんばかりに痛い。後悔という強い感情が、青年を責める。

「……すまない」

 もう耳には届いていない謝罪を、少女の耳元でささやく。

「──────────ありがとう、ございます」

 驚き、青年が腕の中を覗き込むと、少女は微笑んでいた。

「温かいです。人に抱きしめて貰う事って、こんなにも嬉しい事なんですね」

 晴れた青空を閉じ込めたかのような少女の瞳から、涙が一筋零れ落ちた。

 少女の心地よい温かさが、少年の凍りついた感情を溶かしていく。

 一人はずっと寂しかった。誰かと一緒に生きていたい。

 青年は少女を強く抱きしめ、言った。

「ありがとう」

 

 

 そして『孤独な魔王』は、いなくなった。

 人々は語り、伝える。『魔王と勇者』の物語を──。

 

【了】


 
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