No.266361

とある勇者と魔王の事情-ティスティとサフェルの場合-

このシリーズで1番ラブい2人だと思います。…微妙に勇者側が依存症っぽいなーとか思ったけど気のせいにしときます。

2011-08-09 08:37:05 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:377   閲覧ユーザー数:377

「何だ、これは……」

 目の前に映し出された、不自然な風景に黒髪の娘はただ絶句した。

 

 ここは、神々の恩威から見放された『地の果て』。空を照らす太陽と月の光りもない、漆黒の土地──だったはずである。

 そんな土地に何故か、光りを放つ球体が空にぽっかりと浮かんでいる。一見太陽のようにも見えるそれは、何故か七色に輝いていた。

 照らし出された風景は、七色の光りを浴びて不自然な景色となる。

「え、どこか変?」

 黒髪の娘の呆れ顔に、少年は首を傾げる。さらりとした蜂蜜色の髪が揺れる。

「ティスティの言っていた太陽、こういうのでしょ?」

 そう言い空を見上げれば、今度は初夏の木の葉を思わせるような緑色になっていた。

 ティスティはやれやれとため息を吐く。

「あのな、サフェル。太陽は七色には光らん。ましてや、緑色なんて変な空模様にはならん」

「うん、知ってるよ」

 ぶっきらぼうに言うティスティに、サフェルはけろりと答えた。そんな事は当然だ、という口ぶりだ。

「だって、ティスティが教えてくれたんだからね」

「……だったら何故?」

「だって、綺麗じゃん」

 にかっと笑うサフェル。だか、その身体がふらりと揺れる。

「サフェル!」

 咄嗟に手を出し、ティスティは倒れる小さな身体を支える。その身体の体温がわずかに冷たい。

 ティスティは顔を青ざめる。

 空はどんよりとした紫色が広がっていた。

「……ごめん、ティスティ」

「サフェル、今すぐあの球体を消せ」

 きらきらとランダムに光る球体を指差し、ティスティが強い口調で言う。先ほどより、色の変化する感覚が短くなっている。恐らく、サフェルの体調と関係があるのだろう。

 だが、サフェルは首を振る。

「いいから、早く! こんな事でお前の力を消耗させたくない」

 そっとティスティは、サフェルの頭に触れる。そこには彼の魔術力の結晶である、五色の光りを発する二本の角が生えていた。その角の光りも、ティスティが知るものより弱いものとなっている。

「もぅ。平気だって」

 サフェルはそっとティスティの手を握り締め、血色の悪くなった顔を笑顔にして言い返す。

「僕は魔王なんだよ? 太陽一つ作ったくらいで死なないよ」

「だが……」

「だって、ティスティの為に作ったんだから。ティスティの大好きな『太陽』。ティスティを……喜ばせたかったから」

 ぽとりと、サフェルの顔に温かい雫が降る。

「泣かないで、ティスティ」

 悲しげな表情で願うが、ティスティの涙は止まらない。サフェルは、ティスティの頬を撫でる。

「ねぇ、お願いだよ。ティスティの泣く顔なんて、見たくない」

「私は……私は……」

 サフェルの気持ちは本当に嬉しい。だが、その為にサフェルが力尽きてしまう事がとても怖いのだ。

 ティスティにとって、サフェルは初めて出来た『家族』なのだ。

 

 ティスティは生まれた時から魔術力は無かった。

 魔術が重要視されるこの世界で、ティスティはいらない子供だった。ティスティは親の顔を知らない。

 彼女がこの世界で最初に得たものは、どんな事をしてでも一人で生き抜く力だった。

 辛いとか、悲しいとか……。そんな感情は無かった。

 しかし、どうしても耐え切れなくなった時。そんな時は、黙って空から地上を照らす太陽を見た。

「お天道様は、皆を平等に照らしてくれるんだよ」

 誰かがそう教えてくれた。幼い時の短い期間、ティスティに優しくしてくれた人だ。その人がどんな人だったかは、ティスティはもう覚えていない。ただ、自分の頭を撫でてくれた、大きな手の温もりだけが記憶に残っている

 ティスティという名は、その人が付けてくれた。

 

 時が経ち、ティスティはまた一人になった。成長し、昔よりは力仕事が楽になった。

 そんなある日、魔王と勇者の話を聞いた。

 『地の果て』という寂しい土地に、その力の強大さ故に捨てられる『魔王』。その全ての生物に影響を与える魔王の力を、ただ一人無効化し、魔王の唯一の友となれる『勇者』。

 何人もの魔王と勇者の話を聞いた。彼等の話を聞かされている内に、ティスティの中で何かが芽生えていた。

 その晩、ティスティは旅に出た。

 旅は過酷なものだった。町にいた時より死に直面する場面が多々あった。その度にティスティは太陽を見る。そして、まだ見ぬ魔王に思いを馳せるのだ。

 魔王に、早く会いたい。

 自分を必要としてくれる人、自分と一緒にいてくれる人に会いたい。

 長い長い時を得て、ティスティは『地の果て』で魔王と出会った。

 自分より年下で、何も知らない少年。

 ティスティは彼に沢山の話をし、サフェルという名を付けた。

 まるで、自分の名付け親と同じように。

 

 黙ったままのティスティに、サフェルは何かを決心し、ぎゅっと目を閉じた。

 小声で何かを呟き終えると、彼の角の光りが明るいものとなる。

「ティスティ、これでいい?」

 空を見ると、変な輝きをする球体は無かった。ただ、ティスティの知っているより、幾分か小さな太陽が空に浮かんでいた。

「これだけはティスティがどんなに言ったって、消さないからね」

 先ほどより幾分か元気になった顔色で、サフェルは笑う。ティスティの大好きなサフェルの笑顔。

「サフェル」

 強く、小さなサフェルの身体を抱きしめる。サフェルも目を閉じ、ティスティの背に腕を伸ばす。

 その温もりがこんなにもいとしい。同時に、それを失う日が来るのがすごく恐ろしい。

 昔は、サフェルと出会うまでは、こんな思いを感じたことは無かった。

 私は弱くなったな。

 そう思って、ティスティは笑う。

 だけど、それでいい。サフェルと共に生きていけるのなら……。

 死が二人を別つまで、ずっと一緒に──。

 ティスティは目を閉じ、強く祈った。

 

【了】


 
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