「やっぱり屋台は完全制覇だよね!」
と光が言ったときは冗談だと思っていたんだけど、そうとも言い切れない感じだ。
「はい」
と光が渡してくれたのはチョコバナナ。
「おい、まだトウモロコシが残ってるんだってば」
「あ、そうなんだ」
金魚すくいで俺がそこそこ頑張った後、型抜き→ヨーヨー釣り→射的→焼きそば→トウモロコシ→チョコバナナと巡回したところだ。
「もうそろそろいいんじゃないか」
ようやくトウモロコシを食べ終わって、チョコバナナを齧りながら訊くと、光は首を横に振った。
「まだだよー。タコ焼きもあったし、綿あめもあったし……そうだ、お面買ってみようよ」
「おいおい、もう子供じゃないんだぞ」
「いいじゃない。お祭りのときくらい、子供に返ろうよ」
光はさっさとチョコバナナを食べてしまい、お面を売っている店の方に歩き出している。
「ほら、早く早く!」
「ったく」
俺はまだ半分くらい残ってるバナナを手に光の後を追う。子供の頃、か。でも光、もう子供じゃないと思うぞ。浴衣姿も艶やかだし……言ってやろうか、はは。
「ねえ、見て見て!」
先に着いた光が指しているお面を見ると。
「お、超戦士ドラゴン。懐かしいな」
「えへへ。君が、いっつも真似してたよね」
今でも人気があるんだな。お、あっちにはラブラブスターがあるぞ。
「……」
あれ、騒いでた光が急に静かになった。
「光、どうかした?」
光の方を振り返りながらそう声をかけると、
「……え、あ、うん。べ、別になんでもないよ」
光はなぜかちょっと慌てて、どこかから視線を俺の顔に戻した。
「そうか。ならいいけど」
俺は言いつつ、何となく光がちょっと前に見ていた方向に目を走らせた。ん、何か細かいオモチャを売ってる夜店みたいだけど……
「そ、それよりさ。これ、良くない?」
光が俺の袖を引く。指差したその先にあるお面は。
「お、ケロケロでべそちゃん」
「あ、知ってる? 今、結構人気なんだ」
「うん。白雪さんが大好きなんだよ」
「へえ」
結果、光は頭の横にケロケロでべそちゃんのお面をつけて歩くことになった。
「……意外と似合うな」
「アハハハ、そう?」
綿あめのてっぺんあたりから軽く一つまみくらいを口で千切って、光はご機嫌だ。
「何か本当、子供に返った感じだな」
「そうでしょ!」
ふらふらと歩いて行くうち、お面屋に出た。
「あれ、さっきのところだ。一周したのかな。光、どうする?」
「……」
あれ、また何か変な間だ。
「光?」
光はまた視線を戻す作業をした。
「あ、な、なんでもないよ。え、えーと、じゃあ、そろそろ帰ろっか」
「う、うん」
俺はまた光が見ていた方を見た。さっきのオモチャの夜店だ。
あれ、そう言えば、何か昔、オモチャの夜店で何か買った……ような。
「……ほら、行こう?」
「え、あ、うん」
なぜかちょっとテンションが下がったような光に促されて、俺は歩き始めた。
光も俺も、黙っていた。神社の鳥居を出て少し歩くと、祭りの喧騒は急に遠ざかっていく。
この沈黙、何か、ロマンチックなことを言うべきなのかな。夏の夜風が……うーんと。駄目だ、センスないなあ。
「ああーっ!!」
うわ! 驚いた。
「ど、どうしたんだよ光」
口を「あ」の形にしたまま立ち止まっている光に訊く。
「しまったー!」
また「あ」の形で止まってしまう。はっ。もしかして。
「忘れ物したのか?」
「違うよ……あ、でも、そうかもしれない。かき氷!」
え? かき氷?
「食べそびれたー。かき氷!」
な、何だ。俺は激しく脱力した。
「そんなのいいじゃないか。あれだけ色々食べたろ」
「えー、でも。夏と言えばかき氷なのにー」
言いながら光は神社の方角を見る。……戻るとか言い出すんじゃないだろうな?
「かき氷」
光はこちらを向いて、恨めしそうに言う。さすがにここまで歩いてきちゃったから、戻るとは言いづらい。でも、惜しい。そんな葛藤が伝わってくる。俺は我慢しきれず、
「ぷっ」
「あー、笑ったー!」
光がムキになって手をぶんぶん振るので余計に面白く、俺は腹を抱えた。
「はははは……光、本当に子供だなー」
「ひどーい! 君だって子供だよ! そんなに笑ってさあ」
むくれてそっぽを向いてしまう。
「分かった分かった。じゃあ、今度かき氷食べに行こう。リベンジってことでさ」
俺がそう言うと、光はたちまち機嫌を直した。
「あ、そうだね! この近くにかき氷屋さん、あったかな?」
現金なヤツだ。まあ、そこもいいんだよな。
「どうだったかな。あの「氷」って旗はあちこちで見かけたような気がしたけどな」
「うーん」
光は首を傾げかけ、ぽんと手を打ち合わせた。
「そうだ! ねえ、かき氷を食べられるいいところがあるよ」
次の日曜日。俺は光から指定された、「かき氷を食べられるいいところ」にやってきた。
呼び鈴を押す。すぐに光が顔を出した。
「やっほー、いらっしゃい! 入って入って」
「おじゃまします」
そう、光の家だ。
「今日はお父さんもお母さんもいないから、遠慮せずにどうぞ」
「へえ」
光はくすっと笑った。
「もっとも君だったら、お父さんもお母さんも安心だから、二人がいても「遠慮せずにどうぞ」、かな」
「い、いや。たとえそうでも、俺だってそこまで無作法にはならないぞ? たぶん」
「アハハハ」
なんて馬鹿なことを言いながら、キッチンまで案内された。
「じゃーん」
と光が示したのは、なかなか年季の入った手回し式のかき氷機だった。
「おお。こんなの俺の家にも昔あったなあ」
「あれ、これのことは憶えてないの?」
光がかき氷機をぺたぺたと叩いて言う。えっ。
「え、えーと、憶えてない。ごめん」
謝ると、光はぷっと笑った。
「えへへ。うそうそ。これは、君が転校しちゃった後に買ってもらったんだ」
「おい!」
かなりドスを効かせたつもりだったけど、光は笑っている。
「アハハハ、ごめんごめん。この前あんまり笑われたから悔しくって」
言いながら光は冷凍庫から氷を取り出して、かき氷機にセットした。
「さ、氷を食べてクールダウンしよ?」
ううむ。何だか納得いかないが、まあ、いいか。
光は氷をセットしたかき氷機を回しかけたが、ちょっと顔をしかめてすぐにやめてしまった。
「どうしたんだ、光」
「うん。やっぱり古いからかな。昨日試した時もどうもがたがたしちゃってたんだよね。もうちょっとしっかり押さえないと」
言うと、光はかき氷機をテーブルから床に下ろした。座って、左手でしっかり側面を押さえ、右手でハンドルを動かす。
「おっとと……まだちょっと安定しないなあ」
「どれ?」
俺は光が押さえてない方の側面を押さえた。
「あ、うん。バッチリ。ありがとう」
しゃりしゃり、と涼しげな音がして、細かくなった氷がガラスの器に少しずつ溜まっていく。
かき氷作りに集中している光が沈黙して、俺も付き合うように黙ったら、しゃりしゃり以外の音が消えた。
夏の午後。陽射しは強いけど、部屋は意外と涼しくて、妙に静かで。こんな光景を昔、見た気がする。
そう、小さい頃の夏休み、遊び疲れて、光と一緒にごろんとして、そのまま昼寝になった、あの懐かしい日。
俺は今の光に意識を戻した。一生懸命に氷をかいている光は、祭りのリベンジなのに浴衣姿じゃなかった。ノースリーブとショートパンツの、涼しげでいかにも光っぽい夏のファッションだ。
……この位置からだと、色々気になるな。その、胸とか脚とか。綺麗になったなあ、光……
「ねえ」
わっ。
「なにをそんなに驚いてるの?」
「え、あ、いや、何でもない……」
俺は慌てて視線を光の顔に固定した。
「そう? まあいいや。えっとさ、君は、シロップ、何味がいい?」
ちらっと光がテーブル上に視線をやった。カラフルな瓶が何本か並んでる。でも、俺はそれを調べずに答えた。
「光味とかってない?」
光はぷっと笑った。
「なにそれ。私の味?」
「何か凄く美味そうだけどなあ」
ちょっと顔を近づけて言うと、光は頬を染めた。
「も、もうなに言ってるの。ばかぁ」
俺からちょっとだけ遠ざかって言う。
「マジメな話だよ。みぞれと、イチゴとメロンがあるよ。あと、カルピスも冷蔵庫にあるかな」
あ、そう言えば。俺は思い出したことを言いかけたけど、光に先を越された。
「残念ながら、ブルーハワイはないけどね」
「あ、俺も今、思い出した」
俺はまた、一気に子供の頃に戻った。祭りのかき氷と言えば、俺はブルーハワイだった。
「面白かったよねー。一度ブルーハワイがない氷屋さんだったことがあって」
「俺がすごいゴネたんだよな。何であんなに拘ってたんだろう」
「やっぱり青くてカッコよかったからじゃない?」
「かなあ」
俺たちは笑い合った。
「ははは、懐かしいな」
「アハハ、ホントだね……」
光はふっと下を向いた。氷の溜まり具合を確認したのかな。
「……なんでそれは思い出すのに、あっちの方は思い出してくれないのかなあ……」
え? 思い出す?
「光、何か言った?」
そう訊くと、光は頭を上げた。
「なんにも。いい感じだよ。シロップはどうする?」
うーむ。気になるけど……あんまりしつこく訊くのもなあ。
「じゃあ、みぞれで」
「へえ、渋いね。はい」
光は言いながらシロップを注いで、かき氷を渡してくれた。
「ありがとう。美味そうだな」
「とけちゃうからお先にどうぞ」
言って光はもう一杯のかき氷を作り始めた。
「そっち押さえなくて平気か」
「うん、もう大丈夫そう。だからお先にどうぞ」
「じゃあ、お先に、いただきます」
俺は食卓の椅子に座って、スプーンで氷を口に運んだ。しゃくっと音がして、冷気がふわっと口に広がる。
「美味しい?」
「うん。美味い」
「よかったあ」
嬉しそうにハンドルを回している光のうなじに向かって俺は話しかけた。
「最近、みぞれが結構好きなんだよ」
「へえ、君も大人になったのかな? えへへ」
俺は光の軽口には乗らないで、話を続けた。
「それって、夏に家族でよく行った島のかき氷屋で食べたみぞれ、というか「氷スイ」が美味かったからなんだけど」
ぴょんと光は氷の盛られた自分の器を手に、俺の向かいの席に座った。
「へー、私も行きたいな」
「いつか行くか、一緒に。海もあるし」
「そうだね! 決まり! 約束したからね」
は、早い。さっさと契約してしまった光は、イチゴのシロップの瓶を氷の上に傾けた。
「あれ、何だよ。みぞれの話をしたのにイチゴ?」
「うん。みぞれは、君とその島の氷屋さんに行って食べることにしたんだ。お楽しみに取っておくよ」
うわっ。もうそこまで決まってるのか。
「気が早すぎるよ、光」
「アハハハ、そうだね。うん、美味しい!」
氷イチゴを口にして、光は笑顔を満開にした。あの顔、子供の頃そっくりだ。
昼寝とブルーハワイの夏から、祭りとみぞれとイチゴの夏へ。昔と今が繋がってるのを感じる。ここから、島と氷スイの夏に繋がっていくのかな。
気が付くと、光がじっと見ていた。
「どうかした、光」
「ううん」
……そうだ。その前に、何だか忘れてるらしいことを思い出さないとな。何だったっけ……? お祭りの……?
赤い氷をまた一口食べた光の唇が、「待ってるよ」と動いたような気がした。
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光ちゃんとかき氷食べたいなあ、という願望をそのまま書いただけです(笑)。珍しくサイトと同時アップ。