「なあ、前々から思っていたんだが」
常に軍人然とした佇まいを崩さないライトニングの発言は、この時珍しく疑問形であった。
「ユウナの奴、よくあんな格好で戦えるとは思わないか?」
それはどちらかというと疑問を呈したというより、半ば呆れている口調に近い。肩越しに同意を求められ、ラグナは首を傾げる。
「あんな格好?」
「白いドレスのことだ」
「ああ……あれ、ね」
剣士の言わんとすることを察して、ラグナは何となく言葉を濁した。
ユウナの戦い方は召喚獣に因るものを基本としている。本人が武器を手に、直接攻撃するわけではない。尤も同じ世界から来た というジェクト曰く、か弱く可愛らしいのは振りかぶるまで。あの杖で叩かれると物凄く痛いそうだが。
元の世界での戦い方がどうであれ、少なくともこの世界において彼女自身が手を下すことは皆無であった。だが攻撃を受ける側となれば話は別だ。敵側は容赦のない攻撃を繰り出してくるため、これを避ける時などは流石に体捌きが不可欠となる。これがまた驚くほど滑らか且つ軽やかなのだ。
普段の衣装も袂が長く、踝まで隠れるような服を纏っているにもかかわらず、動き辛そうな素振りなど微塵も見せない。雨霰の魔弾を危なげなくかわし、小鳥の如く場を飛び回る。
それだけでも戦場には似つかわしくないのに、さらに輪を掛けて凄まじかったのがサードコスチュームだ。戦闘服、というよりは艶姿と呼んだ方がしっくりくるその出で立ちには、当初誰もが度肝を抜かれた。
腰に翼のついた真っ白な衣装。それだけならまだ愛らしいで許せる範囲なのだが、胸元は鎖骨まで大きく開かれ、下半身に至っては膝が覗いている。一体誰が意匠したものか、彼女が動く度、艶かしくも瑞々しい太股が露わとなり、角度によっては中身も丸見えである。
「いやー、いいもんよ?あれはあれで目の保養になるし」
召喚士の楚々とした佇まいを思い返しているのか、ラグナの鼻の下がだらしなく伸びる。女剣士は冷たい一瞥を投げた。
「お前はそうだろうな。私は、色仕掛けがカオスの奴らに利くと思えないから言っているんだ」
「どうしたんです?二人とも」
喧嘩しないでください、と不安顔で駆け寄ってきたのは当の本人ユウナだ。
「別に喧嘩していたわけじゃない。ユウナの服について話してただけだ」
否定する口調こそ素っ気無いが、ライトニングの声は穏やかである。その優しさを、より広範囲に渡らせて欲しいと思っているのは多分ラグナだけではないだろう。
「わたしの服……ですか?」
「そ。あの白いドレスの奴」
ああ、と氷解したらしいユウナがその場で瞬時に姿を変えた。件の正装姿が目の前に現れたとあって、ラグナが喝采とばかりに手を叩く。
「おーいつ見てもスンバラシイ!見えそうで見えない……いでっ!?」
鈍い音と共に、蛙のひしゃげた鳴き声が沸いた。ライトニングが無言で剣を抜き、柄でラグナの脳天を打ったのだ。
「この馬鹿は放っておくとして」
馬鹿、の二文字を強調しておいて剣士は続ける。
「お前、その格好で戦い辛くないのか?今みたいに男連中から変な視線を受けることも多いだろうに」
そうでしょうか、と彼女は自身の居住まいを確認している。
「あまり気なったこともありませんし、意外と動きやすいんですよ、これ。あ、そうだ!」
少女が突然ぱちんと手と合わる。さも名案を思いついたとばかりに、召喚士は目をきらきらと輝かせた。
「着てみたらどうです?ライト」
「はあ!?これをか!?」
驚愕を顔に貼り付けたまま、改めてユウナの格好を凝視する。白く光沢のある絹織物。縁に羽毛が縫い取られ、長い裾を引きずる、明らかに女物の正装。
これを、自分が。
「……冗談じゃないぞ」
「まあまあ、これで戦うってわけじゃないんですし」
「当たり前だ!こんなひらひらしたので戦えるわけないだろうが!」
思わず喚いたところに、横から復活したラグナが割ってはいる。
「ユウナはガンガン戦ってるけどねー……」
「わ、わたしは召喚獣が戦ってくれていますから」
正確無比な男の突っ込みに、ユウナは慌てて両手を振った。
「皆さんのように激しく動かないので、戦いってほどじゃ……」
「またまたご謙遜を~。ユウナってば身のこなしは軽いし、しっかり攻撃避けてるじゃん?」
「もう、ラグナさんってば!ライトも助けてくださ……?」
召喚士は音を上げ、側の女剣士の冷徹な言葉攻め、もしくは武力行使を待った。だが当の本人は二人の遣り取りなど、まるで聞こえていない様子である。先程と同じ状態のまま、ユウナ自身の服を見つめたままだった。
「ライト」
召喚士は胸元に両手を重ね、ライトニングの瞳を見つめる。孤高の人。自分にも、他人にも苛烈な剣士。けれど時折見せる女らしさに憧憬を抱いている者が、そう少なくはないことを知って欲しかった。
「ある日突然に呼び出されたこんな世界で出会って仲良くなれたんです。これも何かの縁だと、わたしは思っています。わたし達が巡りあえた記念に、良かったら着てみませんか?」
ややあって、剣士の口から盛大な溜息が洩れた。相も変わらぬ仏頂面のまま、そっぽを向く。
「これっきりだからな」
「わあ!ありがとうございます!」
「礼を言われる筋合いはない!」
顔を真っ赤にして怒鳴ったライトニングだったが、ユウナのはしゃぎ声に全てがかき消された。
それから半刻の後。
「はい!できましたー!」
元気な声と共に登場したのは、ライトニングの服を身につけたユウナである。どうやら互いの衣装を交換することにしたらしい。
額に掛かっている前髪を上げ、短いパンツに長靴を履いて闊歩する様は、楚々とした印象をがらりと変えていた。どちらかというと控えめで大人しいというより、元気溌剌という言葉が似合う。
「ユウナ、それで拳銃とか構えてみたらどう?」
普段と異なる召喚士の新たな一面に好印象を持ったらしいティファが、小物を提案する。
「銃?うーん、ラグナさんに相談してみようかな?」
「おい、もう一人はどうした?」
一人足りなくないか、と指摘してきたスコールに対し、ユウナは頬に手を宛がって見せる。
「髪を結ったら出るからって言ってました」
その時、絹擦れの音がした。全員がそちらを向き、そして場が静まり返る。
「ほほー」
意外、とも取れる感嘆を挙げるラグナ。
「へえ、似合うね」
褒め言葉を忘れなかったのはセシル。
「こいつは中々」
ジェクトはふむふむと何度か頷く。
「既婚者且つ子持ちは、流石耐性あるなー」
「セシルさんなんか普通に話しかけてるよね」
何気に彼、女耐性高いよね、とティファはユウナとこっそり耳打ちをし合う。
「普段の格好も白い軍服だからかな。よく似合っていると思うよ」
にこにこと惜しみなく賛辞を送るのはセシルだ。確かに彼の指摘する通り、ライトニングは白の礼服を危なげなく着こなしていた。
借り物の服ながら、身体の線に沿って流れる絹地。大きく開いた胸元も、剥き出しの肩口も太股も、見るものに性的な印象を意外な程与えないのは、やはり着ている人間が軍属だからか。鍛錬で引き締まった四肢といい、周囲に投げられる鋭い視線といい、まるで抜き身の刀身さながらの緊張感が漂う。
ただユウナと違い動作は普段のままだから、歩幅も大股で所作も雑だ。黙って立っていれば文句なしの美女なのに、これでは折角の美貌も衣装も台無しである。
「ライトニング……もうちょっとさあ、こう……女の子っぽい動き、してみたら?」
ぽりぽりと頬を掻きつつジタンが苦言を呈すが、ライトニングはにべもない。
「断る。ただでさえ窮屈で動きにくくて足元がスースーして、勝手が違いすぎるんだ。これ以上縛られるのは、まっぴらご免だな」
「ええー?勿体無さすぎるだろ、なあ少年?」
「何で僕に振るの!」
肩に手を置かれて慌てふためくオニオンナイトの隣で、顎鬚を撫でながらジェクトが徐に口を開いた。
「確かこれ、ユウナちゃんが結婚式で着た奴だろ?」
爆弾が落ちた。
「結婚式!?」
「まじで!?ってユウナ結婚してたの!?」
掴みかからんばかりの勢いで突進してきたティファに、ユウナも負けじと大声を上げる。
「してません!」
「でも今、ジェクトが結婚式の衣裳だって……」
指差すフリオニールの指先が震えている。
「ええっと、なんていうか、それは……作戦の一環として……」
ユウナは煮え切らない。だが彼女は結局、結婚式の衣装である点を否定しなかった。ということは。
「……マジもんの花嫁衣裳?」
流石に流せなかったのか、汗がジタンの頬を伝う。ヴァンはいまいち事態が飲み込めないのか、腕を頭の後ろで組んだままだ。
「そんな服で戦うとか、ユウナ凄いなー」
「(感心するところはそこじゃない気がするが)」
即座に突っ込みを入れるスコールであったが、当然心の内であるため誰の耳にも入らない。
そんな男連中の遣り取りを観察していたティファは、ふむ、と一つ頷く。
「彼女持ちも、割と普通っぽいかな?」
「となると残るのは……」
そうユウナが視線を巡らせた時だった。
「おれは しょうきに もどった」
「ああやっぱり!」
それまで一切の気配を感じさせなかった竜騎士が動いた。女剣士の白い姿目掛け、紫の影が突進する。
「うわっ何する……っ!?カインこの馬鹿降ろせええええええええええ……」
止める暇もあらばこそ。カインはライトニングの猛抗議を物ともせずに抱え上げ、瞬く間に空の彼方へと飛び去っていった。その場に居合わせた人間は、展開の速さに呆然とするしかない。
「行っちゃった……」
ぽつん、とユウナが呟く。すっごい脚力、とティファがあきれたように腰に手をあてる。
「Wジャンプかな?」
「いやー、高かったねー」
からからとお気楽な笑い声を上げたのはラグナだ。年の割に若い彼は、おどけて目の上に手でひさしを作っている。
「発破かけたのが、まっさかここまで効くとはなあ……」
若え野郎だぜ、と呟き、ジェクトは隆々と盛り上がる腕を組んで苦笑した。バッツが少し首を傾げた。
「カインに何か言ったのか?おっさん」
「んー?ぼやぼやして、他の奴に取られても知らねーよ、ってな」
この言葉に対する反応は、意外な所からきた。
「あら、まあ……」
たおやかでおっとりとした声音の主は、調和の神コスモスである。滅多に感情を顕わにしない彼女が、珍しく驚きの声を上げたのだ。全員の注目が集まる。
「どうしたの?コスモス」
紗を絡めた指先を、丸くあけられた唇に宛がったままの神に、オニオンナイトは気忙しく訊ねた。
「いえ……。かの竜騎士にとっては、的確な助言だったと思います。非常に。ですが……同時に古傷も相当抉ったのではないか、と」
神の言葉に、場を重い空気が包み始める。古傷という抽象的な言い回しが具体的でない分、より壊滅的な悲恋を各人に想像させたのだ。
「まあ、いいんじゃないのー?」
そんな沈黙を打ち破ったのは、やはりラグナだ。空気の読めていないようで、実は読める男である。
「ラグナ……あんたな」
「二人ともいい大人なんだしさ、放っておいてやろうよ。それに大体、大人しく手篭めにされるようなライトニングお姉さんじゃないでしょー?」
「それは……確かに……」
その理論には納得である。納得せざるを得ない。ユウナは彼らが飛び去った方角を、遠い目で見つめた。
「死ななきゃいいけど……」
「カインが、ね」
ティファの突っ込みは至極尤もであった。
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