戦士達に休息の時が訪れている。
調和と混沌の二分された世界において、戦いに明け暮れることでしか存在意義を与えられていない彼らに、珍しいくらいの安息が与えられていた。
「で、矢印が向き合ってる場所でガチンコになるわけ。相手側に矢印がなければそのままひっくり返るから、弱いカードをわざとひっくり返させておいて、後で一気に形成逆転ってこともできる。結構簡単だろ?」
調和の戦士達は薄霧の漂う清らかな聖地に据わり込み、カードゲームに興じていた。身振り手振りを交えての説明を終えたジタンに向けられた仲間達の視線は、一様に厳しい。
「……えーっと、どこら辺が簡単?」
ラグナは手札を持ったまま額に汗しているし、フリオニールは眉間に皺を寄せている。
「難解だぞ、これは」
「そっかあ?そんなにややこしかったか?」
ぽりぽりと頭を掻くジタンに対し不満の集中砲火が乱れ飛ぶ中、唯一人スコールだけはいつも通りであった。
「ルールは了解した」
彼は涼しい顔で一つ頷くと、早速慣れた手つきで手札を並べていく。図柄に書き込まれた矢印を無表情に眺める様は、玄人のそれだ。
「さっすが。元々やってる奴は飲み込みが早えや」
ちゃきちゃきと札を切りながら、ジタンが口笛を吹く。その横から憮然とした声が沸いた。
「……それって僕へのあてつけ?」
玉葱を模した羽帽子を被った少年が恨みがましい目で言うのを諌めた人間がいるのだが、それはジタンではない。
「それは違うぞ。俺だって全然覚えられなかったんだから」
「そうそう」
全然慰めになっていないヴァンの言葉に、オニオンナイトはがっくりと肩を落とした。一緒になって説明を聴いていながら、理解できなかったことをさも当然のように、さらりと言う辺りがヴァンである。
さらにヴァンの言葉に便乗するバッツなど、覚える努力を最初から放棄していたようなものだ。実際彼にとってカードなど手裏剣と同等のようである。
本来の用途とは別の方法で遊び始めた彼らと同視されては堪らないとばかりに、オニオンナイトは怒鳴った。
「一緒にしないでよっ!」
一方、女性陣はゲームの内容よりも手札自体に興味を惹かれたらしい。クアッドミストは歴史あるゲームだけあって、絵柄も様々な作家によって描かれている。収集家がいるという話も、なるほど頷ける話であった。
「あ、この絵柄かわいい」
ユウナは束ねられた札の山から一枚を引き、目を輝かせた。並んで座るティファも似たようなもので、試す返す札を眺めている。
「本当。裏側なんて、まるで美術品みたいね」
和気藹々と観賞にひた走る少女達を尻目に、真面目腐って手の中に目を落としていたライトオブウォーリアが呟く。
「戦いの形が決まっていないのなら、カードゲームで勝敗を決める、というのも有りなのかもしれない」
根っからの委員長である彼は、ジタンの説明を元に独自の手引書を作り上げていた。緻密に書き込まれた自作のルールブック片手に、戦法のおさらい中である。
彼の言葉に、セシルは賛同を示した。
「それは名案だね。後でコスモスに言ってみたら?」
「そうしよう」
普段は戦いに身を置く戦士達が、思い思いの相手と頭を突き合わせての頭脳戦である。鎧甲冑を纏った屈強な男達が小さな札を繰り出す様が何だか滑稽に見えて、ティファは噴出すのを堪えるのに苦労した。
そんな中、ユウナがふいに顔を上げた。聖域に近づく足音を聞きつけたのである。
「戻ってきたみたいです」
きびきびと普段通りの歩調で聖域に入り込んできたのは、婚礼服姿の女性だった。
「おかえりー」
ラグナがひらひらと片手を振る。銘々から発せられる挨拶に、ライトニングは軽く応じてみせた。
「皆、心配を掛けて済まなかった」
「無事でよかったわ」
ティファの紛れもない本心からの言葉に、ライトニングは薄く笑った。少し疲れているようだった。
「ユウナ、申し訳ない。折角の婚礼衣装を汚してしまった」
ひたすら恐縮したように謝ってくる女騎士に、召喚士は構わないと手を振る。
「大丈夫よ。元々、意にそぐわない政略結婚だったの。それに今では戦闘服だし。汚れなんて気にしないで」
持ち前の明るさで落ち込むライトニングを慰める中、ティファは背中に矢のような視線を受けていた。振り返らなくとも、視線を投げられている理由は分かっている。この場において、戻ってきた彼女に訊ねられるのは自分くらいしかいないことには薄々気づいていたからだ。
男たちの好奇と恐怖を一心に背負い、ティファはついに口火を切った。
「えーっとライトニング。……カイン、は?」
答えは拍子抜けするほど短かった。
「さあ」
「さあ、って……」
一緒にいたんじゃないの、と喉まで出掛かった言葉を呑み込む。その問い掛けは多分、今のライトニングにとっては禁忌だ。とばっちりを喰らっては堪らない。
成り行きを固唾を呑んで見守ろうという聖域の空気を知ってか知らずか、ライトニングはまるで他人事のように肩を竦めた。
「どっかそこら辺に転がっているんじゃないか?」
着替えてくる、と言い置いて女騎士はくるりと背を向けた。着替えを手伝うため、ユウナとティファが後を追う。三人の姿が完全に見えなくなってから、残った全員は溜息をついた。
「うーわー……」
「ライトめっちゃ怒ってるめっちゃ怒ってる」
「ちょっと厄介なことになりそうだね」
「厄介ってレベルじゃねえぞセシル」
「だが所詮、彼らの問題だ。彼らが解決しようとしなければ、このままだろう」
「そんな殺生な……。なあ少年、何かアイデア出してよ」
「僕が知るわけないでしょ!」
今しがた目の前で展開された寸劇は、戦士達に過大な衝撃を与えたらしい。普段の凛々しい戦い振りが嘘のようにうろたえ、口々に喚くばかりであった。
まるで蜂の巣を突いたような騒ぎの中、それまで黙って寝そべっていたジェクトがのっそりと起き上がった。
「やれやれ、ちょっくら行って来ようかね」
誰にともなく呟いて、男は座を後にした。
劇場艇プリマビスタの甲板に混沌の気配は皆無だった。抜けるような青空と、上空を渡る強い風の音だけが五感に感じられる全てだった。
ジェクトは持ち前の勘で、目敏く目的の人物を見つけ出した。壁に寄りかかるよう座っている人影に向かい、声を掛ける。
「おーい。生きてっかー?」
青紫色を帯びた甲冑が僅かに動く。
「ジェクト、か……」
「大分痛めつけられたみてえだな」
男としては冗談半分の言葉だったのだが、竜騎士はおもむろに指を折り始める。
「……間合いに入られての怒涛の通常攻撃が五回、続く魔法攻撃を三連打、ゲシュタルトドライブをパーフェクトに決められたのが三回……」
ジェクトの表情が、次第に何ともいえない表情に変化する。想像しただけで背筋が凍る攻撃のオンパレードであった。
「……ご愁傷様、としか言いようがねえな」
「全くだ」
カインが乾いた笑い声を立てた。そこには過分に自虐の笑みが含まれていて、ジェクトはますます掛ける言葉を失った。
ひとしきり自嘲していたカインだったが、やがて笑いを納めて男に訊ねた。
「俺を、笑いに来たのか」
「ん?」
竜騎士は己の手を見つめる。
「元いた世界で聖竜騎士と呼ばれながら、この体たらくだ。全く、女一人止められないとはな」
「惚れた相手じゃ無理ねえよ」
「……」
からかうでもなく、揶揄するでもないジェクトの言葉に、今度はカインが黙る番だった。冷やかしの成分が入っていたなら、冗談は寄せとかわせたが、こうも気負いなく事実を放り投げられてしまっては対処のしようがない。
「ほらよ。とりあえず飲んどけや」
男がポーションの瓶を投げて寄越す。
「……すまん」
「気にすんな。けしかけたのは俺だしな」
男は豪快に笑った。
多少なりとも傷が癒えたことで、ようやく人心地がついた。つまりカインは現実問題に直面したのである。
「しかしだな……俺は今後、どうしたらいい?どんな顔で、聖域に戻ったらいいのだろう」
「いつも通りでいいじゃねえか。カオスの連中が攻めて来れば、あっという間に普段へ逆戻りさ」
「いや、ライトのことなんだが……」
仲間達の反応が気にならないと言えば嘘になるが、カインにとっての最優先事項はライトニングにこれ以上嫌われないようにするための行動指針なのである。
「姉ちゃんの方は、ユウナちゃん達が何とかしてくれるだろうよ」
「だといいがな」
竜騎士は力なく同意して、空を仰ぐ。
今はただ、召喚士と拳士の技量に願うしかなかった。
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