No.258066 【T&B】Night*Party【虎←薔薇←兎】ちるはさん 2011-08-03 23:53:33 投稿 / 全2ページ 総閲覧数:1028 閲覧ユーザー数:1006 |
【1】
「パジャマパーティ? ……で、それをなんで僕の家でやるんですか」
「だってバニーの家、広くて綺麗だろ? みんなで集まるならちょうどいいじゃねーか」
さも当然だというような風体で言われ、バーナビーは遠慮会釈なしに不快感を顕わにした。眉間に刻まれたしわをネイサンがすかさず指先でほぐしにきたので、自然に、けれど素早く顔を逸らす。
ヒーロー達が集まるジャスティスタワーのトレーニングルームは、今や期待と興奮に満ちていた。端の方でパオリンが「パジャマパーティってなにするのかな?」とイワンに話しかけているのが見え、そのまた反対側ではキースが「どのパジャマを着ていこうか」と満面の笑みを浮かべている。唯一アントニオが気遣わしげな視線をバーナビーに向けてきたが、みんなを止めようとする気配はない。
――どうして僕の家なんだ。
いかにパジャマパーティが楽しいものか、いかに有意義なものかと、少ない語彙で熱弁する虎徹にじりじりと壁際まで追い詰められ、ついにバーナビーはひやりとする硬い感触を背中に覚えた。面白がってネイサンまで迫ってきて、能力なしには逃げられない体勢に持ち込まれる。
顔の右側には虎徹の腕が。左側にはネイサンの腕が。それぞれ逞しいヒーローの腕に退路を断たれ、その圧迫感に彼は大きな溜息をついた。
「パジャマパーティって、いい歳したおじさんが言うことじゃないでしょう。女子高生ですか」
「あらァ、女子高生ならいるじゃない。ねぇ、ブルーローズ?」
ぱちん、と鮮やかにウィンクを決めたネイサンが、マシンを使っていたカリーナに声をかけた。
ああそういえば、この話に彼女は入ってきていなかったなと気がつく。パジャマパーティといったイベントは、彼女の年頃が一番はしゃぎそうなものだ。だのに、カリーナは「え、あ、うん」と適当に言葉を濁してトレーニングを再開させた。集中している風を装っているが、気持ちが乱れているのが丸分かりだ。
それを見た虎徹が、にやりと意地悪く笑んでバーナビーの耳元で笑いながら囁く。
「ほぉら見ろ、あいつだって内心楽しみでしゃーねーんだよ。素直に言えないだけで」
「そぉよ、ハンサム。みんなで親睦を深めましょうよ。ね?」
左耳にちゅっとリップノイズが響いて、全身に鳥肌を走らせたバーナビーは覚悟を決めた。絡みつくネイサンの腕を振りほどく。
「分かりました! 場所は提供します、好きに使って下さい。ただし! 僕は一切準備しませんから、そのつもりで」
「あらん、上等よォ」「うぉっしゃああああ!!」「お泊りいいの!? やったぁ!」「楽しみだ、とても楽しみだ!」「楽しみでござる」「……お疲れさん」
ヒーロー達はそれぞれ言いたい放題だったが、一人だけがなにも言わなかった。汗を拭い、わいわいと盛り上がるトレーニングルームを見回し、そして彼女はどこか切なげに目を伏せる。
それがどういう意味を持っていたのか、そのときのバーナビーには理解できなかった。
かくして、パジャマパーティの夜がやってきた。
我が物顔で自分の部屋に押し掛けてきた虎徹を筆頭に、他のヒーロー達も続々とやってくる。一切の準備をしないと宣言していただけに、彼らは思い思いの食料や飲料を大量に持ち込んできた。
時間が経つごとに床に散らばるスナック菓子のゴミに、頭の奥の方が痛くなる。最初こそ口うるさく注意していたが、酒の回り始めた大人達にこれ以上の進言は無駄だった。酔いが醒めた頃に掃除をさせればいいだろう。もう好きにやってくれ。そんな思考に至る程度には、自分にも酒が回っているらしい。
あのときの捕り物はどうだったとか、司法局の誰それがイケメンだったとか、交わされる話は尽きない。けっして快く思っていなかったこのパジャマパーティだが、巧みに繰り広げられる話の展開にくすりとしてしまうこともままあった。
バーナビーはふと、時計を見た。夜十時。出動要請さえなければ、一人で過ごしている頃合いだ。広い部屋でろくに明りもつけず、音楽を聴きながら捜査資料をまとめたりしている。
普段はあんなに広く感じるのに、今日はやけに狭かった。足の踏み場もないところまであって、まるで他人の部屋のようだ。明るくて、賑やかで、狭くて、汚い。不思議だ。――それを悪くないと思っている自分が、一番不思議だった。
「お、もうこんな時間か。ブルーローズとドラゴンキッド、シャワー浴びてきたらどうだ? 女の子はそういうの、気ぃ遣うんだろ?」
「まるで自分の家のような言い方ですね。……まあいいです。案内しますから、使いたければご自由にどうぞ」
「ボク、ちょっと汗かいちゃったし借りようかな。ブルーローズは?」
「えっ? あ、そう、ね。借りる。うん、借りる」
女子二人をシャワールームに案内したはいいが、片方は明らかに様子がおかしい。先に浴びるね、と言って水音を響かせているパオリンを待つ間、バーナビーは落ち着かない様子のカリーナにちらと視線を向けた。
このままリビングに戻ってもいいが、ぼうっと突っ立っている彼女を放置しておくのも忍びない。この集りの話が出たときから様子が変だったのだ。なにかあるに違いない。
素知らぬふりをしようと思った。大方、彼女が片思いしている自分の相棒のことだろう。一晩お泊りなんて、とそんなピュアな悩みを抱えているのだとすれば、わざわざ聞くのも野暮だ。そう思っていたのに、口は勝手に言葉を紡ぎだしていた。
「どうしたんですか、ぼうっとして」
「……べつに」
「なにもないならそれで構いませんが、そうするとあなたは今、明確な意図を持って僕の寝室に入ろうとしていることになりますよ」
「へっ? ――っ、ち、違うわよ! ちょっと間違えただけ! 回りくどい嫌味言わないで!」
顔を真っ赤にさせてドアノブを離したカリーナは、やはりふよふよと視線をさまよわせて嘆息を重ねる。いかにも「悩んでます」といった様子に、見て見ぬふりをしろという方が酷なようにも思えた。
パジャマではなく、普段のトレーニングウェアのままその場に棒立ちになっている彼女は、ヒーローとは縁遠そうな女子高生にしか見えない。零れた吐息は甘く、若さに揺れている。壁に背を預けてその様子を見ていると、彼女ははっとなってこちらを睨んできた。その強気な瞳に、自然と唇の端が持ち上がる。
「いつまでここにいるつもり? 私のことは放っておいて、さっさとみんなのところに戻ったら? 部屋、ぐちゃぐちゃにされてるかもしれないわよ」
若さゆえの傲慢な態度がここでヒーローとして活躍し始めた頃の自分と重なって、バーナビーは思わず苦虫を噛み潰したような顔をした。愛らしい女子高生が言うならまだかわいげがあるが、成人した男がこんな態度を取っていたらさぞかし腹が立ったことだろう。寛容な相棒にひっそりと感謝する。
ふっくらとした唇はつんと尖り、カリーナは怒っているというよりも拗ねているらしかった。くるくると己の髪を指に巻きつけ、大きな笑い声が聞こえてくるたびにリビングを窺うそぶりを見せる。
気になるなら行けばいいのに。パオリンが出てくるまで、なにもここでずっと待っている必要はない。それなのにリビングに戻ろうとしない女子高生の乙女心は、どうにも理解できそうになかった。
「……ねえ、ちょっと聞きたいんだけど」
「なんですか?」
「今日、ここで寝泊まりするのよね? ……ってことは、その、……みんなで、寝るのよね?」
「まあそういうことになりますね。このあと皆さんが大人しく帰ってくれるのであれば話は別ですが」
やっぱり、とカリーナは肩を落とした。大げさなまでの落ち込みぶりに、どうしたことかと首を傾げる。
「どうしよう、すっぴんとかもう最悪! こんなことならミネラルファンデ買っておけばよかった! しかもライナー忘れちゃうし、明日どうやって帰ればいいのよぉ」
なにを言っているんだろう、このお嬢さんは。
今にも泣き出しそうな声にぎょっとしながら、バーナビーは冷静な頭でカリーナの言葉を咀嚼した。つまるところ、彼女はメイクを落として素顔を晒すことに抵抗を覚えているらしい。しかし、素顔もなにもいまさらではないだろうか。トレーニング中の彼女はメイクなどしていないように思える。どうせ汗を掻くのだし、不要だろう。
それを言うと、いささか八つ当たりも含んでいそうな強い眼光で睨みつけられた。
【2】
「あれもしてるの! パウダーとラインを薄くだけだけど。完全に素顔なんて晒せるわけないじゃない、恥ずかしいっ」
「別にあなたくらいの年齢なら、素顔になったってそう変わらないでしょう」
なによりも、ブルーローズとしてのメイクが普段のカリーナと大差をつけているのだ。普段のカリーナから素顔のカリーナへの変化は、そう大きなものでもあるまい。けれど彼女にとっては大問題らしい。「これだから男は!!」とどうにも納得のいかない罵倒を受けるはめになった。
確かに女性は素顔を見せるのを嫌がる。人によるが、今まで知り会ってきた女性は大抵そうだった。なにがそんなに気になるのかと聞きたいが、そうすると漏れなく「デリカシーのない男」のレッテルを貼られてしまうので、大人しく口を噤む。
とはいえ、この女子高生は別だ。どう思われようと構わないので、遠慮することもない。
「虎徹さんは別に、すっぴんなんて気にしないと思いますけど。そもそも、気づくかどうかも怪しいものですし」
「う、うるさい! 私はべつに、アイツに見せるのが嫌だなんて言ってない!」
「そうですか。どうでもいいですが、そろそろあなたの番ですよ」
シャワールームから響いてくる水音がやんだ。途端にカリーナの不安の色が濃くなる。なにをそこまで不安に思う必要があるのだろう。
パジャマパーティには参加したかった。けれど素顔を晒すのが怖かった。――そう思っていたとすれば、先日からの挙動のおかしさには納得できる。バーナビーにすればどれほど馬鹿らしくとも、彼女にとっては大きな問題だったのだろう。
バスタオルをぎゅっと胸に抱き、クレンジングを手にどうしようと呟く彼女は、捨てられた小動物のように見えた。兎の愛称は、自分よりもよほど彼女の方が似合うだろう。
「あなたがなにをそこまで気にしているのか分かりませんが、別に大したことないと思いますよ」
「そりゃアンタは男だからそう言うけど、私にとっては大したことあるの!」
「そうですか? 別に肌も荒れてる様子はありませんし、もとからあなたは綺麗でしょう」
するりと伸ばした手で、その頬に触れた。薄くファンデーションでカバーされた頬は滑らかで、特に目立った凹凸もない。額に吹き出物が一つ見られたが、そんなものは若さの象徴だ。気にする必要もない。間近で覗き込んだ瞳は十分大きいし、なにより綺麗な色をしている。淡いピンクの口紅が乗った肉感的な唇に、そっと親指の腹を滑らせた。つるりとしていて柔らかく、かさついた感触はない。
素顔だろうがなんの落ち度もないだろう。そう結論づけたバーナビーのまさに目と鼻の先で、気高い女王様はぴるぴると震えながら頬を赤らめていった。頬に添えたままの手のひらに、じわじわと熱が移ってくる。
どうしたんですかと声をかけるよりも先に、バーナビーの頬に衝撃が走った。パンッと小気味のいい破裂音が弾ける。
「バカ! 変態! セクハラ!! もう知らないっ!!」
人のことを殴るだけ殴って駆けだしたカリーナは、入れ違いになったパオリンを押しのけるようにして脱衣所に飛び込んでいった。パジャマに着替えたパオリンが、タオルでわしわしと頭を拭きながら不思議そうにその背を眺め、廊下で立ち尽くすバーナビーに気づいて愛らしく小首を傾げる。
「どうしたの?」
「あ、いえ……、少し、口が滑りました」
「ふうん?」
「まあいいや、ボク戻るね」たたたっと軽快な足取りでリビングに戻ったパオリンを、酔っ払い達は歓声で迎え入れる。「おー、かわいいパジャマじゃねぇか!」虎徹の声に嬉しそうにはしゃぐ様子が漏れ聞こえ、今シャワーを浴びている彼女が戻ったときも同じことを言うのかとふと考えた。
かわいいなどと言われたら、きっと彼女は顔ごと背けて憎まれ口を叩くのだろう。内心、大喜びをしているのにも関わらず。他の誰に同じことを言われても、きっと彼の一言とは重みが違う。
つきりと、身体のどこかが痛みを覚えた。喉の奥がすっきりしない。風邪だろうか。
のろのろとリビングへ戻ると、ほろ酔いになったキースがつんつんと肩をつついてきた。その後ろではイワンがアントニオと折鶴を折っている。
「次は私もシャワーを借りていいだろうか」
「構いませんよ。どうぞご自由に」
「ありがとう、そして、ありがとうっ!!」
ぽーんっと真上に放り投げた袋の中には、どうやらパジャマが入っているらしい。男性陣はトレーニングウェアのまま寝るものだと思っていたから、どこか意外だった。
響いてきたドライヤーの音に目を向ければ、虎徹がパオリンの髪を乾かしてやっていた。これを見れば、彼女は羨ましがるのだろうか。それとも、目を逸らすだろうか。
親子の戯れにも似た光景を見ながら、叩かれて熱を持った頬に冷えたグラスを押しつけた。酔っ払い達は誰も殴られたあとには気づかない。知っているのは、被害者と加害者の二人だけだ。
指先に感じた肌の感触に、そして己の口から滑り出た言葉の意味に、いまさらながら後悔が芽生える。
それを押し流すようにワインを煽り、ぎゃあぎゃあと騒ぐ仲間達のくだらない話にも耳を傾けた。
数分後、リビングの扉を開けたカリーナは、恥ずかしそうにバスタオルで顔の半分を隠していた。ひらひらとしたワンピースは、パジャマというよりナイトウェアと言った方が似合いそうだ。すかさず「おおっ」と虎徹が声を上げる。
湯上りということを差し引いても、彼女の頬は赤い。
「ブルーローズ、かわい――」
「ほら、やっぱり素顔でも綺麗じゃないですか」
えっ、と声を上げたのは誰だったか。知るか、そんなもの。
グラスに残っていたワインを一気に飲み干し、何事もなかったかのようにチーズに手を伸ばす。突き刺さる視線は誰とも重ねない。「かわいいな」と言おうとしていた虎徹は、言葉を遮られたことではなく、遮った言葉の内容に驚いているようだった。酒で赤らんだ顔がぐっと近づいてきたので、反射的に手で押しのける。
「な、なあ、バニー。お前、酔ってるのか?」
「酔ってませんよ。酔ってるのはむしろあなたでしょう」
「ねえ、ブルーローズ?」大好きな人からの「かわいい」を奪われて、今は一体どんな気持ちでいるのだろう。ちょっとした意地悪だ。また殴られないことを祈りつつ、バーナビーはちらりと彼女を見やった。
タオルを首からかけ、耳まで真っ赤にした素顔の彼女がそこにいた。なにか言っているようだったが、聞こえないふりでやりすごす。
――ほら。
やっぱり、綺麗だ。
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