僕は彼女に自分の血を飲ませた事がある。
方法は簡単だ、献血へ行き僕の血を顕微鏡で見てみたいから、と、尤もらしい理由をつけて5ミリほどのシリコンで出来たチューブの両端を閉じてもらい柔らかいアンプルが出来上がった。
昔洋食屋でバイトをしていた僕はケーキを作るのが割と得意だった、だからバレンタインには逆に僕の方からチョコレートケーキを送ったほどだ、但し、そのケーキの中にも手のひらを鋏で切り血液を混ぜ込んでいた。
勿論彼女にはその事をちゃんと伝えてあった。
数日後帰ってきたメールには自分の人差し指を針で突き、ありがとうの言葉と共に血判を押した写メを送ってきてくれた。
だから今度は直接僕の血をそのまま飲ませてしまいたい欲求がどうしても我慢できなかった。
渋谷で落ちあい、お茶をして円山町をうろついていると、丁度死角になっている場所があったので、そこでチューブを取り出し、
「これ、俺の血、ここで飲める?」
恐る恐る切り出した。
彼女の答えはシンプルだった。
「早く頂戴」
カッターで片端を切り、零れ落ちそうな血液を勿体なさそうに、そして美味しそうに舐め取る彼女は今までに無いほど頬を硬直させ、貪るように最後の一滴まで飲みつくした。
その姿は僕にとって忘れられない想い出だ。
今ではその彼女と連絡をとる手段は一つしかない。
名刺も無くしてしまったし、メールアドレスは変更されている。恐らく電話番号も変わっているだろう、だが、彼女はフリーライターをやっていてそれなりに活躍しているらしい、ペンネームで検索をかけるとトップに彼女のサイトが表示される。そこから連絡はこちらへ、と書かれたリンクを踏みメールを送信しようと思ったが思いとどまった。
僕はまだ何も成し遂げていない、一時の寂しさだけで彼女に連絡を取るのは、当時僕を精一杯愛してくれた彼女に失礼だと思うし、こっちにだってそれなりの矜持ってものがある。
だからそっとブラウザのタブを閉じた。
いつか来るかもしれない彼女との再会時に僕は頑張っているよ。という言葉を送りたいと思っている。
大好きだったよ。
いつでも逢いたかったよ。
だから、僕は少しずつに頑張る。
いつか彼女に胸を張って逢えるように。
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