廃屋が乱立する街。強引に瓦礫がどけられただけの粗い道を一人、雄二が歩いていた。
「おーい!ゆーじー!」
「…」
雄二と同じ中学の制服を着た三人組が合流する。
「今日、転入生来るって話、聞いてるか?」
眼鏡をかけた少年が問いかける。
「…」
「しらなかったって顔ね、てっきりアサキ経由で聞いてると思ったのに」
短髪の少女が雄二の顔を覗き込む。
「昨日はなんだか立て込んでたみたいでしたから、雄二君の所には行ってないんです」
アサキと呼ばれた最後の少年はアルカイックな、意図を読みとれない微笑みと共に、肩を竦めてみせる。
「でまぁ、本題はそこじゃなく中身でね。アサキの話によると実戦経験のある機械科生らしいんだわ…って、聞いてる?」
「…」
雄二はアサキをじっとみていた、アサキも応じて視線を返す。
「…まぁお暑い」
茶化して見せた眼鏡の少年の後頭部を雄二がはたく。
「…で?」
「いってーな!フォロー無しかよ!」
「ほら、うちは統合班っていっても全員パイロット科じゃない。しかもあんたとかアサキとか、並の機械技士科目生より機械系の成績いいし」
短髪の少女は腕を組む。
「んでもうちは四人班。今転入生が来たら、まず間違いなくうちの班にくる訳よ」
「それが足手まといになりかねないんじゃないか?って話だ」
雄二は訝しげな表情をする。
「実戦経験者だろ?」
「…アサキの情報を信頼しない訳じゃないけどさ。技術屋なら技術屋でも程度が知りたい訳よ、それ次第で宮川引っこ抜いても良いじゃない。あいつも喜ぶわ」
眼鏡の少年は肩を竦めて小さく笑う。
「…巴」
「はい」
アサキは胸ポケットからひょいと小さなカードを取り出す。
「信濃、確かめに行く。巴、ショージ、センセとダンナ足止め」
雄二はアサキからカードを受け取ると、ショージとアサキを置いて走り出す。
「おう。いってこーい」
「手荒なまねはだめですよー」
信濃と呼ばれた短髪の少女も走り出す。
「ホント。あんた達ツーカーよね」
「…うるせぇ」
雄二は左手だけで背負っていた鞄から頭部装着型のディスプレイを取り出し、鞄の中の本体にカードをセットする。
「…ガッコの…反対側だ。ウラタ池前交差点で接触」
「わかった」
顔の上側を覆う小型のディスプレイの表示が切り替わる。
「中央政府が世界多層論を公式に認定!?」
「なに?アサキ何かしこんでたの?」
信濃は立ち止まってしまった雄二の左手を掴み、引っ張って走る。
「疑似エーテル機関…グーデリネ博士が失踪?」
「あとで詳しく教えなさいよ!」
雄二は信濃に引っ張られながら、順次切り替わっていくディスプレイの情報に釘付けになる。
「…これは…回路図面か…」
「いた!」
雄二はディスプレイのスイッチを切り替えて透過モードにし、視界に転入生とおぼしき女の子をとらえる。
先ほどまで何か作業をしていたらしく、頭部装着式コンピュータを外した直後だ。
頭部に装着する部分だけで全ての機能を持つ新製品で、腕に操作盤をつけて使うタイプである。
「おはよー!」
「お…おはよう…」
いきなり走ってきた二人に驚きを隠さない。
「貴方が転校生の…」
「雨岸…純子さん」
雄二はディスプレイをかぶったままだ。
「ええ…お二人は?」
「私?私達はねぇ…」
信濃は雨岸が両手で持っていたコンピュータを掴む、自然と両手がふさがり、その隙に雄二がコンソールからカードを抜く。
「へっへーん!ナイスよ雄二!」
信濃は雨岸を抱きしめるようにして、動きを封じる。
身長差、信濃の頭の上に雨岸の肩がある。
「あ!ダメ!」
「だーいじょうぶよ。あいつのコンピュータ、簡易コンソールしかついてないからコピーもできないわ」
雄二はカードを自分のコンピュータにセットする。
「…う…」
中身は二人の予想通り、立型戦車の設計図だ。右腕は巨大な冷却機構を持った砲そのもの、左腕は肩から巨大な盾になっている独特のスタイルの戦車だ。
「ニューター…レールガン?」
雄二はカードを取り出し、雨岸に返す。
「…うん」
「レールガン!」
信濃と雨岸が驚いた様子で雄二をみている。
「是非、来て欲しいな」
「自己紹介遅れたわね。私達はパイロット科で信濃、こっちが田北雄二。ガッコの総合班で多分一緒になるのよ」
雨岸は納得がいったように手を打つ。
「田北君もパイロット科?」
雄二が頷くと雨岸は不思議そうな表情に変わる。
「こいつ、並の機械技士科より技術力有るからね。クラスでナンバー3のパイロットの癖してさ」
雄二は肩を竦める。
「しかもこいつ信じられないことに片手なのよ!」
雨岸は不思議そうに雄二の右腕を見つめる。やはりポケットに入ったままだ。
「天は人に二物を与えずっていうけど嘘よね!キー!」
雄二と雨岸は視線を合わせ、二人して肩を竦める。
「よう!」
「ダ!ダンナ!」
雄二と信濃の真後ろに唐突に大男が現れる。
雄二はいつもこの男の気配に気づくことが出来ないでいた。
「おぉ。驚いてる驚いてる」
「あははー」
信濃と大男が声を合わせて笑っている。
「…初めまして、雨岸純子さん。俺は大門誠剛。こいつらや君のパイロット科の教官だ」
「はい。よろしくおねがいします」
大門と雨岸は視線で何か言葉を交わす。
「聞いてると思うが、こいつらと一緒の、希望通りの統合班だ」
「うちのガッコの統合班は5人が原則で、全員パイロット科目も機械科目も習うの。前は同じ科の生徒が集まって班を作ってたんだけどね。プログラムは私達が最終生じゃない?頭数が足りなかったのよ」
大門が溜息をつく。
「信濃。林田先生の仕事をとってやるなよ」
「えへへ」
雄二は大門と楽しげに話す信濃をぼうっとみていた。自身の表情が変わっていることに気づいていない。
雨岸はそんな雄二を見つめる。不思議な子だ、と思う。
「…何?」
「あ、いえ、なんでも…」
雄二は不意に表情を消し、顔を雨岸の方に向けて問う。
劇的に、微笑みかけていた口元から感情が消えていく。
それをみて、雨岸はやはり不思議な子だ、と思う。
「ほれ、ガッコ行くぞ」
大門がパンパンと手を叩いて会話をうち切り、歩き始める。
「…そういえばダンナ、ショージは?」
「のしてきた。林田センセはアサキが止めてんのか。遅いと思ったぜ」
大門はガッツポーズをしてみせる。
「林田センセ、アサキと相性悪いからねぇ」
「ショージとアサキもうちの班。林田センセはクラス担任」
雄二が隣を歩く雨岸に言葉を添える。
「…あの二人、いい雰囲気ですね」
ディスプレイを外した雄二の顔がキョトンと耄ける。
雨岸は雄二のポーカーフェイスを崩すのが楽しいようだ。
「…く…ははははは」
少し前を歩いていた大門と信濃が振り返り、目を丸くする。
「笑いやがった!」
「プログラム後初笑いおめでとー」
雄二は自分が笑っていることが不思議だった、でも雨岸の言葉は面白かったから、笑うのを止めようとは思わない。
「何言って笑わせたんだ?」
「あ、えっと…その…」
大門と信濃が興味深げに雨岸の顔を覗き込む。
「…ひ」
「ひ?」
ずい、と顔を寄せる。
「…秘密ってことで」
雨岸がおどけてみせると、大門と信濃は顔を見合わせる。
「私もっと堅苦しい、ってか落ちついた子だと思ってた」
「俺も話を聞く限りそうだと思ってたよ」
あははと、雨岸本人も少し困ったように笑う。
少し浮かれすぎたようだ、と自分でも思ったのだろう。
「ダンナ。時間」
いつの間にか無表情に戻っている雄二が大門のつけている腕時計を示す。
「あ!しまった!」
雄二は肩を竦め、踵を返して歩き出す。
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小説というよりは随筆とか、駄文とか、原案とか言うのが正しいもの。 2000年ごろに書いたものを直しつつ投稿中。