「……なんやねんこれ」
「そんなことも分からんのんか」
「いや、せやのうてな……」
無愛想に包みを突き付けてきた相手は、目が合うや否や、不機嫌そうに顔を逸らした。
そうだ、聞く間でもないのである。誰が見てもこの包みは弁当。しかも、手作りらしい一品だ。
突き付けられた方は屈んだままの姿勢でクラスメイトを見上げ、がしがしと頭を掻いた。
女子から手作り弁当である。嬉しくないわけがない。
だが今、彼の胸中にはその喜びを上回るものが渦巻いていた。
気遣いに礼も言わず、そちらを先に吐き出すことが失礼だとは分かっている。
けれど、伸びやかに鳴った鐘の音に、自制は呆気なく吹き飛んでしまったのだった。
「お前、なんでこのタイミングやねん! 昼休み終わってもうたやんけ! あとなあ悪いけどなあ、俺もう昼食てもうたんやわ!」
既に、辺りに人の気配はない。
彼女がここへやって来たのが始業五分前の鐘が鳴る頃なのだから、当然である。
グミヤの強い口調に、グミは背けていた顔を再び彼へと向ける。
「うるさいわい!」
鋭い一喝が、静かな空気を震わせた。
「なんで先食とんねん! 一緒に昼食うって約束しとったやんか!」
「そっ……俺かて予鈴の五分前まで待っとったわ! 自分何しとったん? 昼休みの四十五分間、自分一体何しとったん!? 俺一人で待ちぼうけしとってんけど!」
「携帯落としてもうて、必死こいて探しとったんや! ホンマもう深刻やってんからな!」
「自分ホンマ鈍臭いな!」
「うああ、もおお、ないわあ!」
ぱっと包みを握り締めていた手を離す。真っ直ぐに落下する弁当箱を慌てて受け止めて、グミヤはまた叫んだ。
授業は始まっているものの、幸いこの場所は休み時間ですら人気のない場所である。
もっとも、「彼が居る」という事実が、更にそれを促進させているのかもしれないが。
「ちゅーか、なんで食べモン持っとんよ、自分」
「あー、もろてん。一年の子に」
「……女か」
「その目やめえ。別に、重たそうな荷物持っとったから、手伝ったっただけや」
「ああ、そうかいな」
お聞きのとおり、彼──グミヤは、わざわざ振り分ける間でもない善人だ。
ただ、コミニュケーションが下手で、目付きと挙動が少し不良じみている節があるだけ。
可哀想なことに、たったそれだけで周りに怖がられているのである。
だが、素直に言ってグミは、それを惜しくも思っていたが、また都合良くも思っていた。
この愉快な青年を自分一人で独占できるというのも、彼女にとっては嬉しいことである。
(まあ、言わへんけど……)
にや、とグミヤが笑ったのを見て、ぎくりとする。
『喋るんちゃうぞ』と一瞬のうちで許される限り唱えてみても、彼は機嫌良さそうに言う。
「なんや、妬いとんのんか、グミ子」
「アっ、アホかお前、死ねやああ!」
「ほー、そうかそうか、ああもうしゃあないわあ。しゃあないから弁当食お」
「自分授業ええんかい!」
「んなことしとる間に十分ちょい経過してもうたし、ええやんどーせ五時間目調理実習やん」
「いやいや調理実習やからこそ班とかめっちゃ大事やねんで。確かに遅刻しとるけど!」
「……ええよ別に……」
「いや……拗ねんといてえな、これをきっかけにみんなと仲良くなれるかもしれへんやろ」
「ええねん別に! もう高三の二学期やで、正直今更やん!」
「おいちょお、ぐっぴー!」
「そのあだ名使うんやめてんか」
じろりとグミを睨んで、人参の絵柄が施されたランチクロスを解く。
「何しとん、はよ座れや。自分昼食てへんねやろ」
「せやけど……調理実習どないすんのよ」
「大丈夫やろ、俺らの班始音くんおったし……とりあえず飯抜きはあかんから、食え」
言っているうちに、グミヤは二食目に箸をつけ始めている。
弁当箱の中身があっという間に消えていくのを見て、改めて男子の食欲旺盛さには驚かされる思いだった。
諦めて、グミも自分の分の弁当を広げる。空腹なのも事実である。
「──ほんで?」
「あん?」
「貰いモンとうちの弁当、どっちが旨いんよ」
「……」
黙々と箸を進めるだけの彼が、心底面倒くさそうに横目でグミを見た。
「しょーもないこと聞かんといて」
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うちの人参夫婦
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*サムネは頂いたイラストよりお借りしてます