No.236333

真・恋姫†無双~恋と共に~ 番外編 そのろく

一郎太さん

サーバが重たいのでこんな時間に。
という訳で番外編そのろくにして最後です。
次回から本編に戻るので、お待ちください。
ではどぞ。

2011-07-27 03:19:25 投稿 / 全20ページ    総閲覧数:9958   閲覧ユーザー数:6625

 

 

番外編 そのろく

 

 

漢という国に数多く点在する街の中で、一、二を争う程の歴史を誇り、またその規模も他の追随を許さないような街、長安。往来は人々で賑わい、漢民族だけでなく烏桓などの異民族のもちらほら見受けられる。市場は農作物や装飾品の露天商で賑わい、別の一角では屋台が所狭しと林立している。

 

そんな賑やかな街の中央にある城もまた、歴史深い。反董卓連合の折に洛陽から遷都と受け、後漢王朝の都でもあるこの街の城は、言い換えれば宮廷である。そこに努める官吏もまた位は高い。

 

だが、そんな堅苦しい雰囲気とは無縁に思える少女が、城のとある一室にいた。

 

「………」

 

少女は何やら書き物をしているようだ。だが、筆は進まない。先ほどから書いては小刀で削り、書いては削りを繰り返し、その高級そうな執務机の上は竹簡の削りかすが散りばめられていた。

 

「へぅ……どうしよう………」

 

呟く声は見た目違わず儚げで、薄幸の少女という形容に相応しい。しかし、勘違いしてはいけない。彼女こそがかつて20万の連合から槍玉に挙げられ、危うく命すら奪われそうになっていた董仲穎その人なのである。

 

そんな彼女も人間だ。悩むことはいくらでもある。そのうちのひとつが、いま書いているものだった。ついに少女―――月は筆を投げ出し、頭を抱えてしまった。それほどに複雑で重要な政策なのだろうか。彼女の立場を知る者がその姿を見れば、きっとそう疑問に思うだろう。彼女は、ふっと溜息を吐き、口を開いた。

 

「へぅ………原稿の〆切が来ちゃうよぅ」

 

………………どうやら彼女は執務中ではないらしい。

 

 

 

 

 

 

「ほ、北郷将軍っ!お久しぶりです!呂布将軍に程昱様、紀霊様もお久しぶりです」

「あぁ、久しぶり。元気にやってるか?」

「えぇ、それはもう。華雄将軍や張遼将軍の調練を乗り越えれば、たいていの事は苦になりませんよ」

 

一刀達は、長安と平原を隔てる城門へと到着していた。門番の兵が、彼らの姿を見つけて嬉しそうに声を大きくする。彼もまた、汜水関、虎牢関で一刀たちと共に闘った兵の一人だ。

 

「すぐに城へ伝令を出します。迎えが来るまでしばしお待ちください」

「あぁ、いいよいいよ。適当に街をぶらついてから城にお邪魔するからさ」

「そうですか?でしたら、どうぞご覧になってください。洛陽にも負けないくらい栄えてますから」

「そうだな。ありがとう」

 

逸ってもう一人の門番を伝令に出そうとする兵を一刀は制する。いかに大きな街とはいえ、城の場所はだいたいどこも同じだ。彼の好意に礼を述べつつ、一刀たちは城門をくぐった。

 

 

「これが長安ですか………以前の洛陽と同じくらいの活気ですね」

 

街の光景を目にし、香が感嘆の声を上げる。

 

「………いい匂いがする」

「わんっ」

 

食事処が近いのだろう。門をくぐって数歩も歩けばそこかしこから料理の匂いが漂い、恋とセキトの食欲を刺激する。

 

「長安に訪れるのは初めてですねー。珍しい飴とかも扱ってるのでしょうか」

 

風はいつもの飴を舐めながら、新しい味へと興味が向かっているようだ。

 

「そうだな。まずは腹ごしらえでもしてみるか」

 

一刀の一声に恋は力強く頷き、風と香も賛同する。一行は、近くの料理屋へと脚を運んだ。

 

 

 

 

 

 

一刀達が長安の門をくぐったその頃、月の執務室にはさらに2人の影があった。

 

「ヤバいわね……このままだと〆切に間に合わないわよ………」

 

眼鏡をかけたキツイ眼をもつ少女・賈文和と――――――

 

「そうじゃのぅ。張遼も華雄も出したし、呂布や程昱も登場させた………他にいい『きゃらくたぁ』はおらんかの」

 

――――――後漢王朝の天帝・劉協その人であった。月と詠はアイデアを出し、それに空が監修をして描写や展開を3人で煮詰めていくのが彼女らの執筆スタイルであったが、どうもネタ切れのようだ。頭を並べてうんうんと唸っている。

 

少し視線を外せば、壁際に書棚があり、そこには様々な歴史書や政に関する書、兵法書と共に、とある作品のシリーズがずらりと並んでいた。現在7作目まで発行されており、いずれもベストセラーとなっていた。ちなみにその出版順に並べると、以下のようになる。

 

① 『御遣いと天子~禁断の愛~』

② 『御遣いと天子~出会い編~』

③ 『御遣いと天子~凌辱編~』

④ 『御遣いと天子~月が詠うは泥の愛~』

⑤ 『御遣いと天子~雄々しき華の略奪~』

⑥ 『新約・御遣いと天子』

⑦ 『御遣いと天子~霞の如き』

⑧ 『御遣いと天子~風に流るる恋』

 

その内容には敢えて触れないでおくが、各地の城で読みに読まれているらしい。また庶民の間でも噂になり、資金を持ち寄って共同で読みまわしているとかふんにゃかほんにゃか。

 

「あまり追い込み過ぎてもいい案は出そうにないわね。少し休憩にしましょ」

「そうじゃな。誰かある」

 

詠の言葉に、空が侍女を呼び入れる。飲茶の準備をさせつつ、詠は話題を変えた。

 

「そうそう月、洛陽から書簡が届いてたわよ。ボクの執務室にまとめて置いてあるから、あとで読んでおいてね」

「うん、わかったよ、詠ちゃん」

 

詠の言葉に、月が頷く。と、空が何事か考え、口を開いた。

 

「洛陽か。今は確か、李儒が治めておるんじゃったか?」

「はい、そうですよ。私の母の代から董家に仕えてくれている、優秀な方、で………」

 

少女の問いに、月が笑顔で応え、そして固まった。

 

「………どうしたの、月?」

「仲穎?」

 

2人の呼びかけにも応じず、月は俯いて何事かぶつぶつと呟き、そして――――――。

 

「思いついた!」

 

――――――弾かれたように顔を上げた。

 

 

 

 

 

 

「もきゅもきゅもきゅ………」

 

3人と1匹は食事を終え、恋が食べ続けるなか、一刀が茶を啜りながら口を開いた。

 

「――――――さて、長安に来た目的は他でもない。とある密命の為だ」

「へっ?」

「なんとー」

 

顔の前で両手の指を組み、口元を隠す。果たしてその影にはどのような表情が浮かんでいるのか。

 

「………それで、その密命とは」

 

おずおずと香が切り出す。一刀はひとつコクと頷く。

 

「つい今しがた、密偵より連絡が届いた」

「おぉっ?いつの間におにーさんは新しい仲間を増やしたんですか?」

「そんな…気配をまったく感じなかったです………」

「いまもいるぞ?」

 

一刀が恋の方に視線を向けて呟くと、風も香もばっと彼女の方を向く。しかし―――。

 

「………えぇと、どこにいるのでしょうか?」

 

しかしそこには恋以外の人の姿はない。彼女は相変わらず料理を口に運び、その膝の上にはセキトが丸まっている。それ以外には恋の左肩に1羽の白い鳩がとまっているだけだ。

 

「………おにーさん?」

 

風がジト目で一刀を睨む。香は首を傾げている。

 

「あぁ、この為だけに手に入れた、密偵のハト子ちゃんだ」

 

がごっ

 

一刀の台詞を理解し、香は思い切り頭を卓に打ち付けた。

 

 

 

 

 

 

「―――で、このハト子ちゃんはどのような情報を持ってきてくれたのですか?」

「まぁ待て。まずは報酬をやらなければな」

 

相変わらず半眼で睨みつける風の視線をさらりと躱しつつ、一刀は恋の皿から肉まんを取り、小さく千切って空の皿に入れる。するとハト子は恋の肩から器用に飛び降り、卓の上を刎ねて餌場まで辿り着いた。

 

「信賞必罰は政の基本ですからねー。それでおにーさんは、今度はどんな阿呆な事を思いついたので?」

「ヒドイ言い草だな。まぁ、いい。先に概要から話しておくか」

「はぁ……」

 

香はすでに諦めたようだ。ちびちびと茶を飲みながら、溜息を吐いた。

 

 

「――――――という訳で、俺の尊厳を守る為にも月たちの執筆活動を辞めさせる必要がある」

「ふむ……」

「ほぉ………」

 

長沙の街での出来事を話し終え、一刀は今後の目標を口にする。しかし、風も香も、微妙な表情をしていた。

 

ここで話は少し逸れるが、この一行の中での決定権は一刀にある。風は彼つきの軍師だし、香は副官として引き抜かれた。恋はといえばあまり考えていない。つまり、様々な取り決めは、話し合い等はされるものの、最終的には一刀が決定する。そこに、風も香も異論はない。いや、なかった。しかし――――――

 

「残念ですが、おにーさん………」

「………その決定に従う事はできません」

 

――――――今度ばかりは違っていた。

 

「………は?」

 

思わず目が点になる。口はぽかんと開き、信じられないようなものを見る目をしていた。

 

「ま、待て待て!お前達、自分が何を口走っているのかわかってるのか!?」

「それはもう、十分にわかっておりますー」

「その上で、お断りさせていただくのです」

 

一刀はじっと2人の眼を見つめる。ほんのわずかに殺気が込められているが、風も香も屈することはしない。しっかりと見つめ返した。しばらくのあいだ恋が食べ物を咀嚼する音だけが響き、ようやく一刀はふっと息を吐いた。

 

「………あぁ、そうか、そういう事か!よくわかったよ。そうだよな、これはギャグパートだもんな!だったらそんな暴挙も許されるだろうさ!いいさいいさ!今回は俺だけでやってやんよ!!」

 

そして半ば自棄になって捲し立てたかと思うと、そのまま立ち上がり、店を出て行ってしまうのだった。

 

 

少しの間、一刀が出て行った店の出口を眺めていたが、ようやく緊張が解けたか、香が姿勢を崩して卓に突っ伏した。

 

「………怖かったぁ」

「おにーさんも本気でしたからねー。でも風たちのおかずを奪われる訳にはいかないのです。そして、大陸300万人のふぁんの為にも、おにーさんの企みは止めなければなりません」

「そうですね。その為にも、とりあえずは―――」

「………ごちそさま」

 

ようやく恋の食事が終わる。膨らんだお腹をさすりながら、恋が軽く欠伸をした。

 

「えぇ。まずは月ちゃん達のお城に行くとしましょうか………にゅふふ。風の智とおにーさんの智のどちらが優れているか勝負なのです」

「あうぅ…風ちゃんが黒いです………」

 

風は燃えていた。

 

 

 

 

 

 

宮中―――。

 

「………なるほど。兼ねてから『御遣い』に懸想していた文官が、帝たちとの行為を覗き見てしまって筋書きね」

「ふむ、新しい視点もおもしろそうじゃな。となると、その文官は李儒でよいのか?」

「はい。新作の題名はこうです。『御遣いと天子~文官は見た~』」

 

月の執務室では、3人の少女がめいめいにお茶を飲み、意見を出し合っている。月は空の発言から発想を得ていた。彼女の頭の中を、ストーリーが駆け巡る。

 

「うん、ボクはいいと思うわ。急場凌ぎになっちゃうけど、内容はこれまでの作品から使えるし、新しい解説を加える事で、異なる楽しみ方が生まれると思う」

「うむ。朕もかまわぬぞ。して、どの辺りまで物語を遡るのじゃ?やはり第二作(出会い編)か?」

「いえ、それだと流石に不自然かな、と………。最初の頃は2人も秘密の関係に気を遣っていたのが、段々と大胆になって来て、それで唯さんが気づくんです」

 

月の構想はこうだった。2人での逢瀬を重ねていた『御遣い』と天子であったが、次第にその感覚が麻痺していく。そして、謁見の機会に2人の雰囲気に違和感を感じ取った唯が、不義とは知りつつも、2人の仲を疑い、そして覗き見てしまうのだ。

 

「うん、いいわね。じゃぁ、それで行きましょう。月とボクは執筆、劉協様はいつものようにお願いします」

「うむ、わかったのじゃ」

「わかったよ、詠ちゃん」

 

こうして、3人はそれぞれの作業に入る。

空は宮廷に眠る厖大な書庫から房中術の書を選出・抜粋し、月はそれをもとに濃厚な睦み合いを描き出し、詠がそれ以外のシーンや登場人物の心理を描写する。さらに月が詠の描くキャラクター心理をシーンに加えて深みを増す。部屋を出る空の足は軽く、詠たちの筆の走りもよい。

 

〆切まで、あとわずか―――。

 

 

 

 

 

 

3人と訣別した一刀は街をひとり歩いていた。いや、肩には密偵のハト子ちゃんが乗っている。それでも人間として数えれば一人だ。

 

「独り、か………久しぶりだな」

 

これまでであれば、街を歩けば恋が屋台の前で足を止め、風が香をからかい、やる事の絶えない一刀であった。しかし今はその姦しい3人娘がここにはいない。その事が少し一刀の足を重くしたが、それでも彼は歩みを止める事はない。彼にはやるべき事があるのだから。

 

「さて、まずは………」

 

一刀はおもむろに路地裏に足を運ぶと、木箱の上で昼寝をしている猫を抱き上げた。ふみゃぁと鳴き声を挙げる獣も、そこまでイラついてはいないようだ。

 

「さて、お猫様や。駄目元だが、ひとつ聞きたい事がある」

「みゃ?」

「最近、『お猫様ぁ』とか『もふもふさせてください』とか言って絡んでくる人間のメスは見なかったか?」

「………みゃみゃ」

「マジか……で、場所は?」

 

一見すると猫と会話をするイタイ人だが、何処からどう見ても頭が危険な人間だった。

 

「………なるほど、結構近そうだな。ありがとよ」

「にゃにゃ」

 

会話は終わったのか、一刀は荷物の中から干し肉を数枚取り出すと、猫の前に置いた。

 

「報酬だ。また何かあったらよろしく頼む」

「みゃぁぉ」

 

一声鳴くと、その猫は干し肉をまとめて咥えてどこかへと走り去って行った。一刀はその姿が消えるまで見送り、口を開いた。

 

「………北の方か」

 

一刀もまた、猫が消えたのとは反対に佇む闇へと姿を眩ましていった。

 

 

 

 

 

 

「たのもー、なのですよー」

「ちょ、風ちゃん、合戦に来たんじゃないですから………」

「………月たち、いる?」

 

恋たち3人は長安の街の中心にある城へとやって来ていた。風がボケて香がツッコミ、恋の問いかけに、門番の兵は元気よく答える。

 

「はっ!董卓様でしたら、ただいま政務の最中かと。伝令を送りますか、呂布様?」

 

彼もまた天水以来の董卓軍の兵であり、恋のこともよく知っている。

 

「んと、だいじょぶ。適当に探す」

「かしこまりました!どうぞ、お入りください!」

「ん、ありがと…」

 

衛兵の案内に礼を言うと、恋はいまだじゃれつく風たちを引き連れて入城した。その背を見送りながら、恋に対応したのとは別の衛兵が口を開く。

 

「えらく緊張していたじゃないですか。そんなに偉い御方なんで?」

 

彼は遷都の際に選抜し直された、元禁軍の兵だった。経験が少ないため、こうして元来からの董卓軍の兵とともに仕事をして鍛え直すというのが、詠が打ち出した軍再編計画のひとつである。

閑話休題。

 

「馬鹿言ってんじゃねぇよ。お前だって『天の御遣い』の噂は聞いた事あるだろう?」

「そ、そりゃぁ……」

「呂布様はな、その『御遣い』様と同等の武を持っているという話だ」

「………マジっすか?」

「あぁ。それに、虎牢関では孫策軍をたった一人で足止めしていたらしいぞ」

「あの孫策の軍を………」

 

実際に目にしてはいなくとも、彼とてその噂は知っている。あんなぽややんとした女の子が………彼にはとても信じられなかったが、先輩の兵の言う事なら信じる他はない。そういえば、と彼は思い出したように切り出した。

 

「そういえば、呂布将軍って言やぁ、張遼将軍とともに洛陽まで帝を護衛してたって話でしたが………その呂布将軍なんですか?」

「あぁ、そうだ。そうか、お前は張遼将軍の選抜を受けたのか?」

 

先輩兵士が言うのは、上述の軍再編の話だ。彼は、はいと頷く。

 

「そうか。だったら知らなくても無理はないな。禁軍から董卓軍に再編する際に選抜試験をしたのはお前も知ってるだろう?その時、2つに軍を分けてそれぞれ選抜したという話は?」

「はい、知ってますが………」

「その、お前が入らなかった方な、合格者は1割にも満たなかったそうだぞ」

「………へ?」

「呂布様の氣にあてられて、再起不能になったやつらが何人もいたとか」

「………マジ、っすか?」

 

彼らの会話は続く。

 

 

 

 

 

 

猫と別れた一刀は、街の北区画の路地裏へとやって来ていた。いくつか路地を覗いては来た道を戻り、覗いては戻りを繰り返し、ようやく目的の場所を発見したようだ。彼はそのまま歩を進め、路地裏の日の当たる地面に群がって眠っている猫たちの元へと近寄った。

 

「………確かに。ここなら来てくれそうだ」

 

一刀はそのまま壁際まで戻り、腰を降ろした。陽は、まだ高い。

 

 

どれほど待ったろうか。陽は少し傾き、日光の当たる場所も少なくなっている。猫たちは失われた温もりを求めてか、さきほどより密集しているようだった。そして―――。

 

「………気配がだだ漏れだぞ、明命」

「はぅあぁっ!?」

 

一刀が誰もいない空間に声をかければ、そこから慌てた声。

 

「うぅぅ……一刀様はなかなかに酷い人なのです」

「そう言うな。それより洛陽にいるのは雪蓮からの命令か?」

 

闇の中からぼんやりと人の形が浮かび上がり、そして、やがて黒髪の少女がはっきりと視認できるまでになる。周泰だった。

 

「命令というか何というか――――――」

 

明命はげんなりとした様子で語り始める。

 

※※※

 

「………書の作者、ですか?」

 

数か月前のとある晴れた日、明命は冥琳の執務室へと呼び出されていた。密偵として大陸でも随一の実力を誇る彼女は、どのような場所であれ、それこそ帝のおわす宮中であったとしても見つからずに潜入する事は可能である。今回はどのようなところに行くのかと思案しながら訪れた明命に与えられた命は、とある書の作者の出自を探れというものであった。

 

「………あぁ。最近侍女の間でとある書が流行っていてな。その作者がどのような人物か調べて欲しいのだ」

「はぁ……?それで、その作者の方はどの街に?」

「わからぬ」

「………へ?」

「それがまったくわからないのだ。わかっているのは『月詠』という名前のみ。男か女かすら分からない。難しいとは思うが、やってくれるか?」

「ご命令であれば」

 

普段とは違う様子の大都督であったが、明命はそれが命令ならばと頷く。

 

「それで期限は?」

「あぁ、それならば心配するな。密命が故に期限はなしだ。もちろん早いに越したことはないが、可能であれば、程度と考えてくれていい。ただ、雪蓮にはバレないようにな」

「わかりました」

 

そういう事となった。

 

 

 

 

 

 

数週間後―――。

 

「冥琳様。例の書の作者ですが、どうやら長安にいるようです」

「本当かっ?」

 

明命は子飼の密偵たちから集めた情報をまとめて、そこから導き出される推察を報告しに冥琳の執務室を訪れる。彼女の言葉に、冥琳は慌てこそしないものの、ほんの僅かに気が逸っているようだ。

 

「はい。連作各書が店頭に並べられた時期を比較してみました。長安に近い街ほど発売時期は早くなりますが、その日時の順はまちまちです。ですが、長安だけはどの書も一番初めに売られ初めております」

「………そうか」

 

明命の説明を受け、冥琳はしばし思案したかと思うと、さっと顔を上げて口を開く。

 

「よし。それでは明命よ、新たな命を出す」

「はいっ」

「洛陽に潜伏し、その書の作者の詳細を洗い出せ」

「それはかまいませんが……私が長期間いなければ、雪蓮様が疑うのでは?」

「あぁ、それなら長安での董卓の治政を調べるという事にしておく。かつて『天の御遣い』――― 一刀が董卓に天の国の政策を教えた事もある。そう言っておけば疑うことはないだろう」

「はぁ…」

 

どうにも誤魔化されている気がしなくもない明命であるが、命令ならば仕方がない。そんな彼女の様子を感じ取ったか、冥琳が真面目な顔でじっと彼女を見つめた。

 

「………明命よ。言ってなかったが、これは我々の将来を左右するやもしれぬ事なのだ」

「えっ!?」

「お前もあの書の中身は見ただろう?」

「………確認程度ですが」

 

確かに見た。しかし、純粋な彼女は第一巻の最初の絡みのシーンで本を閉じてしまったのである。詳しい内容はわからないが、それでも大筋はその場面とタイトルから想像がつく。

 

「あの書はな、明命よ。知っての通り、天子と御遣いの睦み合いが描かれた本であり、いわば、帝に対する凌辱でもある」

「………っ」

「いまだ勅命が出ていないとはいえ、いつ宮中にその存在が知れるともわからぬ。そして、その勅が出た際に、我らが諸侯より先んじてその作者を捕らえたとしよう。どうなるか…わかるな」

「………漢王朝への忠誠と我らの優秀さを示すのですね」

「そうだ。我らも着実に地力を富ませているとはいえ風評は大事だ。そんな風評が、我らを後押ししてくれるかもしれぬのだ」

「そういう事ですか………わかりました!何としても、情報を掴んで参ります!!」

「頼んだぞ」

 

そして、明命は部屋を辞した。冥琳は閉じた扉を見つめながら、己の執務机の引き出しから一冊の書を取り出す。

 

「………さて、このような名作を記すとは、いったいどのような御仁なのだろうか。いつかは書の内容について議論を重ねてみたいものだ」

 

そんな風に呟く冥琳の鼻からは、一筋の赤い雫が垂れている。美周郎が台無しであった。

 

※※※

 

「――――――という訳です」

「………………」

 

明命の説明を聞き、一刀は頭を抱えた。なんという事だろう。個人的な精神の問題から、まさか国を挙げての問題に発展してしまうなどとは思ってもみなかった。

 

「だ、大丈夫ですか、一刀様っ?」

「あ、あぁ…大丈夫だ、すまない。………それで、その作者の情報はどこまで掴んでいるんだ?」

 

心配する明命を制し、一刀は問いかける。途端、彼女はがっくりと肩を落とす。

 

「それが…長安に住んでいるという事はほぼ確実となったのですが、そこからがどうしても………」

「なるほどな。向こうもそれだけ気を遣っているという事か」

 

無理もない。漢臣のトップにまで上り詰めた少女が、まさかエロ小説を書いているなどとは口が裂けても言えないだろう。そんな彼の思考を他所に、明命はふと口を開いた。

 

「そういえば、一刀様はどうして長安にいらっしゃるのですか?もしかして董卓さんに会いに?」

「………それもあるが、本来の目的は別だ」

「本来の?」

「あぁ。俺は『御遣いと天子』シリーズの執筆を阻止しに長安までやって来たんだ」

「………………………へっ?」

 

明命の驚愕の叫びが、路地裏に響き渡った。

 

 

 

 

 

 

宮中―――。

 

「お久しぶりです、恋さん、風さん。そして初めまして、紀霊さん。貴女の事は唯さん―――李儒さんや一刀さんから窺っております。董卓仲穎と申します」

「へ?え、えぇ?えぇぇっ!?」

 

侍女に案内されて、風たちは月の執務室を訪れた。そこでの自己紹介に、香は驚きの声を発す。

 

「おやおや、香ちゃん。帝のいらっしゃる宮中でそんな大声を出したら駄目ですよー」

「え、でも、だって!暴君と噂されていた董卓さんが、まさかこんな可愛らしい女の子だなんて誰も思わないですよっ!」

「へぅ……」

「無理もないわね。だってボクがずっと隠して来たんだから。月の顔を知ってるのは、涼州の人間と一刀たちくらいよ。紹介が遅れたわね。ボクは賈駆文和。董卓軍の軍師をしているわ」

「なんと………」

 

詠の自己紹介に、今度は閉口してしまう。董卓、賈駆ともに謎の人物として反董卓連合でもその顔を知られていなかった2人が、こんなに可愛らし少女とは思ってもみなかったからだ。

 

「ん…月も詠も可愛い」

「れ、恋さぁん………」

「恋もそんな恥ずかしい事言わなくていいから!」

 

点心を頬張りながら口説く恋に、月は顔を赤らめ、詠も恥ずかしいのか怒鳴り返す。そんな光景をこれまで言葉を発する事もなく見ていた3人目の少女に、香は注意を向けた。偉そうにふんぞり返ったその姿は、どことなく袁術と通ずるところがある。

 

「………それで、董卓さん。こちらの女の子は?」

 

その発言に、恋以外のすべての人間が固まる。いや、風はニマニマと状況を楽しんでいるようだった。

 

「おやおや、香ちゃん。そんな口のきき方でよいので?」

「へ?」

「紀霊、アンタも大概に命知らずね」

「えぇと…」

「へぅ……紀霊さん、こちらの御方は―――」

 

紹介しようとする月を手で制して、その少女は香に向き直る。

 

「よいよい。紀霊と言うたな。そちの活躍は一刀兄様からも聞いておる。朕は劉協伯和。いわゆる帝じゃな」

「え゛…」

「くくく、呆けておる呆けておる。こういう顔を見るのが楽しいから、朕は最初の紹介を控えさせておるのじゃ」

「………劉協様も一刀に似てきちゃってるのよね」

 

詠が頬杖をつきながらぼやくが、その言葉も香の耳には入らない。しばらくの間、呆けたままの香を放って4人は会話に花を咲かせるのだった。

 

 

 

 

 

 

「なるほど………だから恋さん達は一緒にいないんですね」

「あぁ」

 

明命を連れて、一刀は昼とは別の茶屋へと赴いていた。彼の説明に、明命は納得というばかりに頷く。

 

「それで、その『月詠』さんがどのような方かは一刀さんはご存知なのですか?」

「もちろんだ」

「でしたら是非―――」

 

教えてください。そう言おうとした明命を押しとどめ、一刀は口を開く。

 

「その前に交換条件だ。作者の名前と居場所を教えてやるから、その代わりに執筆活動の阻止に協力してくれ」

「それは構わないのですが――――――」

「言ったな?よし、契約成立だ。いいか?一度しか言わないからよく聞けよ?あの駄本の作者は………董卓と賈駆だ」

「………え」

「さらに言えば、監修の『すかい』という人物は、劉協―――つまりは帝だ」

「………………………」

 

沈黙が落ちる。しばらくの間2人は動かずにいたが、ふいに、明命の姿がブレたかと思うと、一瞬で姿を消した。

 

ガタッ

 

そんな音と共に一刀も姿を消す。そして次の瞬間には店の出口で明命を取り押さえる彼の姿があった。

 

「嫌ですいやです!帝も関わってるなんて知りませんよ!?」

「駄目だ。一度契約が完了したからには、明命にはともに作戦を遂行してもらわねばならない」

「いーやーでーすーっ!下手したら勅命で私が消されるじゃありませんかぁっ!」

「諦めろ!こうなったら共に散ろうではないか!」

「散るっ!?いま散るって言いましたか!?絶対いやです!私はまだ死ねません!私の死に様は100匹のお猫様にもふもふ埋もれて死ぬって決めてるんです!」

「あーっはっはっはっは!そんな事はさせぬ!毒を食らわば皿まで。共に涅槃の果てへと旅立とうではないか!」

「いーやーだぁぁあああああああ………………」

 

明命の悲痛な叫びが店内に満ちる。そのままずるずると、彼女は引き摺られて席へと戻るのであった。

 

 

「………うぅ、お猫様ぁ。この哀れな明命をお助けくださいぃ」

「まだ言ってるのか。安心しろ。劉協には俺から図ってやるから」

「でもでも。話によれば宮廷には華雄さんだけでなく恋さんや香さんもいるんですよね!?そんなの勝てっこないですぅ」

「大丈夫だ。せいぜい肋を2、3本折られるだけだから」

「痛いのはいやです………」

 

もはや諦めたのか、明命はちまちまと桃饅を食んでいる。そんな様子を気にした風もなく、一刀はその肩から1羽の鳩を降ろした。

 

「それでは、これより作戦会議を始める。まずは密偵のハト子ちゃんからの報告だが――――――」

「人の話を聞かないのは雪蓮様と同じなのですね………」

 

そんな明命の呟きを無視し、一刀は宮廷の作りや警備体制を説明していく。

 

 

 

 

 

 

「なるほどね。それで一刀が一緒じゃないわけね」

「そなんですよー。おにーさんが風たちのおかずを奪おうとしているので、それを阻止せねばと思いまして」

 

風の説明に、納得というように詠は頷く。月はへぅぅと両手を頬に当てて眉尻を下げていた。恋が困惑の表情で口を開いた。

 

「………一刀、恋たちのおかず取っちゃう?」

 

その言葉に、風と詠、そして月の視線が複雑に絡み合う。数瞬の邂逅。そして―――。

 

「はいー。どうも今回ばかりはおにーさんが美味しいおかずを独り占めするつもりみたいで」

「そうね。でも、ボク達だけだとどうしようもないの………」

「恋さん…よろしければ、お力を貸していただけませんか?」

 

3人の言葉に、恋は力強く頷く。

 

「………まかせる」

 

無垢な少女が薄ら汚れた腐女子たちに騙された瞬間であった。

 

 

「それでは具体的な対策に入るとしましょう」

 

仕切り直しとばかりに、詠がぱんぱんと手を叩く。皆が彼女に注目した。

 

「まずは宮中の見取り図ね。で、親衛隊の配置はこう―――」

 

詠は大きな宮廷の見取り図を卓に広げ、その上にいくつかの丸い石を置いていく。

 

「ふむ。流石は長安ですね。しっかりと全方位に目を配ってます」

「うむ。これなら如何に一刀兄様と言えど忍び込むのは難しいじゃろうな」

 

うんうんと空が頷く。

 

「でも、その不可能を可能にするのが一刀さんなんですよね」

「そですねー。おにーさんならこの全員を気絶させて忍び込むくらいはやりそうですし………というか、その前に兵を使っておにーさんを捕らえる事はしないので?」

「それなんだけど、執筆活動は秘中の秘なのよ。だから無闇に兵を使うことは出来ないわ。ただでさえ霞の隊が曹操のところに行って人手不足なのに、そんな事はできないの」

「あ、じゃぁ詠ちゃん。華雄さんに探しに行ってもらうのは?」

 

月が手を挙げる。

 

「それも考えたけど、たぶん一刀ならボクたちの意図を察して逃げると思うわ。でも………そうね。華雄に手伝ってもらうのはアリね。誰かある!………華雄将軍を呼んできてちょうだい。北郷と勝負したくない?って伝えてくれればいいから」

 

その発言を受け、詠が侍女に指示を出す。

 

「ふむ、華雄と呂布ならば一刀兄様もそう簡単には手を出せないであろう」

「でも、待ちの一手だけだと不安ではないですか?」

「香ちゃんの言う通りです。攻撃は最大の防御。風たちからも何か手を打つべきですねー」

「具体的には?」

「はい。まずは――――――」

 

風が新しい石を手にとり、見取り図に配置していく。その説明を聞きながら詠がさらなる案を出し、煮詰めていく。『天の御遣い』捕獲作戦が着々と進行しつつあった。

 

 

 

 

 

 

宮中・夜――――――。

 

「それではこれより状況を開始する」

「………うぅ、お猫様。どうか救いの手を」

「まだ言ってんのか」

 

宮廷を囲う高い城壁を登り切ったところで出会いがしらに兵を気絶させた一刀たちは、そのまま音もなく中庭へと降り立つ。明命はいまだ涙目だ。

 

「侵入に関しては明命の方が先達だからな。まずは宮中の屋根裏まで先行してくれ」

「わかりましたよ、もぅ………」

 

諦観の溜息をひとつ吐くと、明命はきっと表情を変える。気配を絶った隠密の顔だった。

 

「こちらです」

「あぁ」

 

明命の背を追い、一刀も建物の中へと忍び込む。

 

 

ぴくりと、恋の頭から飛び出た触覚のような髪がゆれる。その動きを感じ取った華雄が小声で話しかける。

 

「来たか?」

「………来た」

「えぇと、それじゃ配置に………」

 

つきましょう。その声を遮って、恋が続けた。

 

「でも、2人いる………」

「え?」

 

いったいどうやって増やしたのか、一刀に新しい仲間がいるらしい。しかし、華雄は気にしたようすもなく、小声で喉を震わすと、事もなげに言い放った。

 

「なに、我らのする事はかわらない。捕らえる賊が2人に増えただけの話だ」

「ん…簡単」

「それはお二人だからですよぅ………配置につきましょうか」

 

3人は、風と詠の策通りに配置についていく。

 

 

屋根裏を音もなく移動する影二つ。一人は男、一人は女。しかしそれぞれが背と腰に下げる得物は似たような刀だった。

 

「ハト子ちゃんの情報を信じるならば、もう少し行けば執筆部屋のはずです」

「よし、一層注意を払って―――」

 

言葉を続けようとした瞬間、一刀は咄嗟に明命を突き飛ばした。ふいの攻撃に姿勢を崩されながらもなんとか大きな音を立てずに着地した明命の視線の先には、信じられないものがあった。

 

「………刃?」

 

彼女が寸前までいた場所を、鈍く光る戟の刃が貫いていた。

 

「恋だ。一旦この場を離れるぞ!」

「え?は、はいっ」

 

小声で意志を疎通させ、2人は場を離れる。一刀の手の薄皮に、一筋の線が入っていた。

 

 

「………逃がした」

「そうか」

 

執務室の扉の前で構える華雄に、隣部屋から出てきた恋が報告をする。

 

「でも、もう一人がわかった」

「気配は感じなかったな………何者だ?」

「明命…んと、周泰」

「伯符のところのか………確かにあいつは気配を消すのは上手かったな」

 

恋の言葉に、汜水関での戦いを思い出す。彼女であれば、一刀と同じくらいの隠密行動は可能だろうというのが華雄の推測だった。

 

「で、今は?」

「逃げてった……でも、また来る」

「あぁ、それでは手筈通りに行こうか」

「ん…」

 

そして、2人はそれぞれ反対方向へと廊下を歩き出した。

 

 

 

 

 

 

「さっきは吃驚しました………」

「あぁ。まさか恋まで注ぎ込んでくるとはな」

 

一刀と明命は先の襲撃場所から数間離れた場所に潜んでいた。どうしたものかと考えながら、一刀はほんのわずかに痛む手を舐める。鉄の味がした。

 

「どうしましょう?別の経路を行きますか?」

「そうだな…いや………」

 

明命の提案を受け入れようとして、一刀は思い出す。今回の作戦は、もはやただの潜入ミッションではなくなっているのだ。

 

「そうか…そういう事か………」

「あの?」

「ひょっとしたら、相当ヤバいかもな」

「えぇっ?」

 

小声で驚くという器用な事をしながらも、明命はその真意を問う。

 

「まぁ、わかってはいたが、恋がいるという事は風がいるという事だ。風と詠………賈駆が組んでいる」

「それって?」

「あぁ。風は心理戦においては冥琳すら凌ぐだろう。詠もまた、董卓という存在を世に知らしめながら、その本人を隠し通すほどの綿密な計算を得意とする軍師だ。その2人が組んだとなると………」

 

一呼吸おいて、一刀は言葉を紡ぐ。

 

「深みに嵌れば、行動をすべて絡め取られるぞ」

「………」

「いま、明命は別の経路を提案したな」

「はい…」

「つまりは、俺達の選択肢がひとつ狭まったという事だ。恋という最強の衛兵を配置することであの場所を牽制させ、他の道を模索させる」

「それはそうですけど」

 

明命はいまだわからないという顔をしている。

 

「忘れたか?風は汜水関をひとりで守り切った天才軍師だぞ?冥琳や穏を出し抜いて、だ」

「…っ」

「理解したか。その風があちらにいる。そして風の実力を知る俺と明命がこちらにいる。風ならばどう采配する?最初の恋は囮で、別の場所に注意を向けさせる?あるいはそう読むと読んで、恋を動かさない?もしくは………こんな感じにな」

「………」

「そこに詠の緻密な作戦が絡んでいる。王道を行けば詠にやられ、邪道を行けば風に抑えられる………そこに隙はない」

 

一刀は思わず拳を握りしめる。味方であればあんなに頼もしかった2人だが、敵になるとこうも手強くなるとは。その時だった――――――。

 

「よく分かってるじゃないですか」

 

そんな声と共に、一刀の背後を三尖刀が強襲した。

 

 

 

 

 

 

その刃を躱し、腰の得物に手を添える。

 

「香かっ!」

「えぇ。流石は風ちゃんに詠さんですね。予想通りの行動です」

 

如何に宮中とはいえ、天井裏に高さはない。一刀も明命も、香も腰を屈めてはいるが、その優位性がどちらにあるかは明白だった。片や鞘に納まった長刀を携え、片や抜き身の長柄の三尖刀。

 

「さて、どうしますか?大人しく降参しますか?」

「まさか。俺がそんな事をしないって事は、香だってわかってるだろう?」

「勿論です」

 

香の言葉を受け、一刀は背後に手を回して、明命に合図を出す。

 

「そして、お前のそれがただの時間稼ぎだと俺がわかってる事もわかってるだろう?」

「えぇ、当り前じゃないですか。いまの私では一刀さんの足止めもできませんからね」

「だったら―――」

「でも」

 

一刀の言葉を遮り、香が不敵に笑う。

 

「私達の方が一歩早かったみたいですね」

 

その言葉と同時に天井が―――彼らにとっての床が裂けた。

 

「ここ宮廷だぞっ!?」

「劉協様に許可は頂いてますので」

 

天井から落ちながら器用に会話をする2人であったが、着地と同時に一刀を真紅の方天画戟が襲う。

 

「恋がこっちか!」

「………おかずは、渡さない」

「何の事だよっ!?」

 

恋の言葉に疑問を投げつけながら、腰の日本刀を両方とも抜く。

 

「まぁ、いいさ。恋とやるのは初めてだが、2人ならいけるかな」

「………一刀さんもギャグパートで緩んでいるのでしょうね」

「一刀、最近遊びすぎ」

「何のことだ?」

 

2人の言葉に、一刀は訝しむ。その意味を察するよりも早く―――。

 

「こういう事さ」

 

金剛爆斧の峰が、振り返った一刀を思い切り殴り飛ばした。

 

 

 

 

 

 

華雄と恋にさんざんっぱらボコられた一刀は、簀巻きにされて転がっていた。

 

「詠や風から聞いたぞ、一刀。何やら月様に夜這いをかけようとしていたらしいではないか」

「いや、それ誤解―――」

「冗談だ。何やら密書の類を奪いに来たと聞いたが?」

「まぁ、そんな感じだ。俺の尊厳を守るために俺はやらねばならないんだよ」

 

華雄の詰問に、一刀はふてぶてしく応える。

 

「だが、お前はこうして捕まっているぞ?」

「あぁ、それは別にいいんだよ。目的さえ達成されればな」

 

その言葉に華雄たちは顔を見合わせる。そんな様子に、一刀は不適に笑って言い放った。

 

「ほら、俺の他にもう一人いただろう?彼女はいまどこにいると思う?」

 

 

一刀から指示を受けた明命は音もなく天井裏を走っていた。目的は、『御遣いと天子』シリーズの最新作の原稿。おそらく一刀に香一人をあてる訳がないだろう。ならばその分執務室の警備は薄くなるはずだ。

 

「………ここ、ですね」

 

場所を確認すると、明命はそっと天井の板を外した。

 

「…?」

 

隙間から見下ろせば、燭台の灯りのなか、一人の少女が席についている。彼女が董卓だろうか。しかし、よく見ずともわかる。彼女以外に人の気配は部屋にはなく、彼女に武の素養はない。明命は意を決して飛び降りた。

 

 

「くっくっく………何を言い出すのかと思えば、やはり緩んでいるようだな」

「………どういう事だ?」

 

一刀の笑みが崩れる。かわりに華雄の低い笑いが耳に届く。

 

「簡単な事ですよ、おにーさん」

「風っ」

 

そして現れたのは、頭に人形を乗せた金髪の少女。夜中だと言うのに飴を舐めている。飴を持っていない方の手には、何故か筆を持っていた。

 

「さて、おにーさんに問題です。ここはいったいどこでしょう?」

「そりゃ、宮中だけど………」

 

正解ですーと言いながら、風は一刀の頬に筆で黒丸を描く。

 

「ちょ!?」

「では次の問題です。そもそもですねー、おにーさんさえいなければ誰も動く必要がないのですよ。そんな規格外の存在が、いるではないですか」

「………ま、まさか」

 

風の言葉の意味するところを察し、一刀の顔から血の気が失せる。

 

「正解です。そんなおにーさんには丸だけでなく他の印も書いてあげましょー」

「やめてぇええっ!」

 

風の凌辱は続く。

 

 

執務室には2つの影があった。その影は燭台の灯りに照らされて、ほぼ密着した形が壁に照らし出される。

片方はその手に長刀を持ち、もう片方の首元に当てている。脅されている方はといえばそれを気にすることもなく、燭台の灯りで書を読んでいた。

 

「素直に質問に答えて頂ければ、命まではとりません」

「ほぅ…?」

 

その不遜な返事は、自身に命の危機が訪れているとは露にも思わない響きが含まれている。

 

「董卓さんと賈駆さんが執筆中という書はどこですか?」

「それに応える前に、ひとつ質問をよいか?」

「なんです?」

 

少女は書から目を離すことなく問う。

 

「………………そちは、朕の名を知っておるか?」

 

 

 

 

 

 

結局、明命は空に引き連れられて一刀達の元へとやって来た。その顔は憔悴しきっている。

 

「一刀様酷いです……まさか帝がいるなんて思わないですよ………」

「知らねぇよ」

「というか私、帝に剣を向けてしまいました!あぁわゎぁああわああぁあ………」

「うるさい」

「痛いっ!?」

 

明命が錯乱しかけるが、華雄の拳骨で黙り込む。すでに月と詠もその場にやって来ていた。

 

「で、一刀。申し開きはあるかしら?」

「ある。即刻お前達の執筆活動を無期限に停止しろ。俺の尊厳を返せ」

 

見下ろす詠に対して食ってかかる一刀だが、その身体は明命と同様に縛られている。

 

「だってさ、月。どうする?」

「そうだねぇ………やっぱり一刀さんが可哀相だし………」

 

その言葉に、希望の光が一刀の顔に溢れる。

 

「マジで?」

「はい。却下です」

「………マジで?」

 

そして次の一言に再び絶望に彩られた。

 

「という訳で、一刀と周泰には罰を与えるわ。恋が壊した天井の修理と、今後一切の妨害活動をしない事。いいわね?」

「ちくしょう………」

「 い い わ ね 」

「………はい」

 

一文字ずつ区切って言う詠の剣幕に、一刀は項垂れるのだった。

 

 

 

 

 

 

おまけ

 

長沙の城・執務室―――。

 

「―――という事で、あの本の作者は董卓さんと賈駆さん、そして監修は帝ご自身でした」

「………………」

 

長沙の城に戻った明命は、冥琳に事の次第を報告する。彼女の言葉に、呉の大軍師は茫然としていた。

 

 

 

 

 

 

あとがき

 

 

というわけで、番外編の最後です。

 

他には行かないの?とか聞かれそうですが、その質問は締め切りましたので悪しからず。

理由は本編でわかるかな、という感じです。

 

番外編を描いていて思ったのは、やっぱりギャグは難しいという事でした。

 

まぁ、いいや。

 

という事で、次から本編に戻りますので、しばしお待ちください。

 

それではまた次回お会いしましょう。

 

バイバイ。

 

 

 


 
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