No.232729

【Pridear Sky】陽だまり

神幸太郎さん

とある兄弟の話。兄と弟。

2011-07-26 05:04:24 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:288   閲覧ユーザー数:285

 まず、目を引いたのはこの世のものとは思えないほどに繊細でしなやかなその髪であった。水のようにさらりと流れる髪は腰辺りまであり、シンプルにまとめられている。色は金。しかし鉱物の金と類似しているかと言えばそうではない。どちらかと言えば、それは、木漏れ日に近い。暖かく輝く太陽の光が、仮初の姿を得ているような…下手に触れれば、また元の光へと戻ってしまうのではないかと思うような……そんな暖かな輝きを宿した白金の髪だ。

 そして次に引き込まれる事になるのは空色をした瞳である。あるいは、空そのものであるとも言えるかもしれない。透明な空の青は、すぐ目の前にあるはずなのに手を伸ばしても決して届かない至高の色である。その青を、二つの眼はさも当然であるかのように宿していた。二つの瞳のその先に、また別の世界が広がっているんじゃないのか、そう思ってしまっても仕方ないとさえ思わせる。

 彼を一目見たものは、大抵まずは光と空、その二つに翻弄される事になる、だが決してそれで終わりというわけではない。それらに魅入られた後、自ずと彼自身のカタチに気付くことになる。

 歪が存在しない。たったの一行で終わらせようとするのなら、恐らくこれが尤も相応しい。整った顔立ち、いでたち、佇まいというだけでは、明らかに足りない。整っているのではなく、ほんの僅かな狂いもなくそのカタチは出来上がっている。遥か昔に名を馳せた名工が生涯を賭して作り上げた彫刻のような美しさ? いいや、人の手による作り物では、あくまでも人としての域を超えられない。このカタチは、人の手では作ることが出来ない。作り物にはない命が存在し、存在するからこそ、彼は人を引き付ける。誰しもが感じるであろう怒り、悲しみ、そして喜びで表情に美しく彩るからこそ、彼の周囲に在る者は、彼を別の存在と見ず、一人の青年として受け入れることが出来る。それさえも含めて、彼は奇跡そのものであると言える。

 

 

「………………」

 ここまでの文章を読んで、ランは浅く息を吐く。一息尽くための息ではない。今自分の中に生じている呆れの類を外へと吐き出すための息だ。

 手にあるのは一冊の本。伝説の冒険者、【聖(ひじり)】の二つ名を持つ“彼”について書き記した本だが、著者は勿論ランではない。どこぞのそれなりに有名な作家が書いた本らしく、確かに内容は決して薄くはなかった。むしろ濃いと言っても嘘ではないし、読んでいく事で新たな知識を得た事も迷うことなく認めることが出来る、と思う。

 しかしだ。

「……いくらなんでも、これは美化しすぎじゃねえのか…」

「何のこと?」

 不意に後ろから声をかけられ、振り向いた先にいるのは自分の義兄。…さっきの本の言葉を借りると、光の髪と空の瞳を持ち、寸分の狂いや歪など微塵も存在しない姿の、奇跡の体現者である。

「あれ、それ……」

「ん。お察しの通り、お前の本だ。著者に心当たりは?」

「んーと………ああ、検討は付くかな」

「お前一人でこんな分厚い本が出来るんだよな……世も末か」

「あはは……ひどいなあ」

 ひどい、という言葉使いつつ、義兄………もとい、リファールは特に気分を害している風でもない。浮かべられた気さくな笑顔が何よりもいい証拠だろう。ランの目から見ると、それはどこにでもある普通の笑顔なのである。普通の、誰しもが向けるであろう、家族への暖かで素朴な笑顔だ。

 ふう、ともう一つ息を落として本を閉じた。わざわざあの部分だけを見せてやる義理もないし、必要もない。

「それより、どうした? 俺に用があるんじゃないのか」

「ああ、うんうん。シェス、知らない?」

「シェス?」

「今朝からずっと探してるんだけど、見つからないんだ」

「あー………」

 そういえば、とランは思い出した。

 一週間前……丁度、一仕事終えたリファールが戻ってきた日なのだが、彼は自分の親友ことシェスに、労いとして手作りの料理を要求していた。料理下手を自認している彼女にとってはとてもじゃないが引き受け難い願いではあっただろうが、彼の根気強い説得により最後には頷いていたのを思い出す。そして、昨日の深夜の時点で、シェスの細く白い手は傷だらけのガーゼだらけになり、その怪我の数に比例するように、数多の料理だったものの残骸が山のように出来てしまっていた事も、一緒になって思い出した。

「何でセアちゃんの美味しい料理じゃダメで、私のすっごくへたくそな料理がいいって言うのかなぁ」

 半ば涙目になったシェスに、そう訴えられたのは記憶に新しい。何でと俺に言われても、と思わなくもなかったが、さすがにそれは顔にも口にも出さなかった。時と場合と、その場の雰囲気ぐらいは、最低限読まねばなるまい。

 リファールは、明日の朝また別の仕事のため出発する。つまり、彼にとっては今日を逃すとまた次の帰宅までシェスお手製料理(と、一応言っておく)を我慢しなければならいわけだ。

「……諦めるっていう選択肢はないのかよ?」

 一応、答えは分かりきってると思いながらも尋ねた。

「うん、やだ」

 即答である。コンマさえ合間になかった。さすがと言うべきか、否か…少しばかり考える。

「“やだ”とはまた。まるで子どもの返事じゃねえか」

「何とでも。子どもでも別に構わないよ、家に帰ってきたからにはシェスの料理が食べたいんだ」

「はいはい、聞いた俺が馬鹿でしたよ、っと」

 案の定だったな、と内心で思いながら、

「シェスの部屋も、セアリスの部屋もいったか?」

 そのまま手にしていた本を机の上に置いて、ランは立ち上がる。

「うん。アイルの中は一通り見たと思う。セアリスも知らないって言ってるし…」

「ミストのところには?」

「……そういえば、ミストも今日は見てない」

「ミストの性格なら、逃亡者を匿ったら最後、一緒になって逃げるだろうな」

「あぁ………」

「…俺は、一応リーディアに顔出してみる。お前は町外れの丘に行ってみろ。あそこ、確かミストのお気に入りだっただろ?」

「そうする、ありがとうラン!」

「はいはい」

 適当に生返事を返したものの、多分大した意味は成さなかったと思う。何せあの青年は、ありがとうと言いつつも既に踵を返していたのだから。やれやれと肩をすくめ、とりあえずリファールに言った通りリーディアの方へ向かうかと一歩踏み出す。踏み出して、ふと、机の上に置いたあの本を見た。

「………………」

 光。空。奇跡。三つのキーワードが順番に脳裏を過ぎ去っていき、そして瞬く間に溶けていった。少なくとも、ランの目から見たリファールはそんな大層な言葉が似合う青年ではない。

 お人好しで、滅多な事では怒らない。けれどいざという時は皆をまとめる事の出来る技量と器とを併せ持つ。そのくせ、ちょっとした事で子どものようになる。アイルの子ども達と一緒に遊んでる時は無邪気に笑うし、仲間や家族に何かあったら心配したりもする。今みたいに小さな事でむきになったりする。間違っても、光だの空だの奇跡だの、そういう手の届かない次元の存在なんかではない。

 

 ただの、親愛する兄でしかないんだ。

 


 
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