No.347634

【ポケモンRSE】彼女を妹と例えるなら、さしずめ彼は兄だろう

神幸太郎さん

先輩後輩。あるいは、兄と妹。そんな感じのダイゴとハルカが和みます。

2011-12-15 08:24:42 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:1739   閲覧ユーザー数:1738

 

 

 

 それは何の前触れもなく、唐突に訪れた。

 

 

 鼻の奥で覚えた小さな違和感。言ってしまえばそれだけである。痛みなんて欠片もなかったし、どこにも異常なんてなかったと断言出来る。

 そんなものだから、その違和感に対しても特に警戒をせず、あれ、何かゴミでも入ったかなと手の甲で軽く鼻先をこすった。何も考えずそれを見る。

「……れ?」

 飛び込んできたのは赤。鮮やかな赤の液体が、手の甲にべったりと張り付いている。

 色を頭が認識したと同時に、なんだか口の中に鉄さびの味がしてきた。鼻の中で、ゆっくりと液体が流れ出てくる感覚も強くなってくる。ちょっと待って、これはどういう事だろうと首を傾げる前に、

「…………ティッシュかガーゼ、あったかなぁ……」

 顔の下半分を手で覆いながら、ハルカはぼんやりと一人ごちる。

 鼻血という、予期せぬハプニングに対し、彼女が思ったことは、今、一人きりで良かったという事だ。

 正直なところ、鼻の中にものを詰めてる姿なんて、あまりに間抜け過ぎて誰かに見せられるようなものじゃないので。

 何でいきなり出血したのかとか、そもそも少なくない血を流してしまったという事実やらに対し、恐怖や不安を特に覚えなかったのは、これしきが大事に思えなくなる程度に、色んな厄介ごとを、立て続いてくぐり抜けているせいだった。

 

 

 適当な木陰を見繕って、腰を下ろす。そよ風が頬を撫でる感覚が気持ちいい。こんな状態じゃなければ心から楽しめたんだろうに、と思うと少し勿体無い気がした。

 鼻血を止めるにはティッシュよりガーゼか綿(救急用の奴だ)がいいと教わったが、生憎そう都合よく持っているはずもなく、結局ティッシュを丸めて出血した場所に押し込んでいる。口で呼吸しなきゃ、息がしにくい。

 とんだ足止めを食らった、とも思ったけれど、休憩していると思えばまあ、まだ納得出来なくもない。どうにもここ最近、良くも悪くも様々な出来事が起き、それに巻き込まれ、たまに自分から足を突っ込んで、慌ただしいことこの上なかったので。

 アクアだったかマグマだったか、まあそんな人達と戦った時に、妙なところでも怪我してたのかな、なんて考えているハルカは現在、瞼を完全に閉じきっている状態。

 目を閉じていても真っ暗闇というわけではなく、瞼越しに赤やオレンジ、黄色が見える。陽の光だ。

 目を閉じてこそ見える光の色が、彼女は昔から好きだった。どうせ血が止まるまではやることもないのだから、思う存分光を見つめていたいと思い、視界を閉ざして一体どれだけ経ったやら。

 涼しい木陰と気持ちの良い風に包まれて、しかも目を伏せているとなると、どうしても睡魔に襲われる。眠るつもりはなくても、意識が少しずつ朧になり、ダメだ駄目だと思っても、緩やかに眠りの底へ引っ張られていく。

 ハルカの感覚のみで言えば、一瞬。

 本当に一瞬だけ、意識が飛んだ。ぷっつりと途切れたそれを、無意識に大慌てで手繰り寄せたのかもしれない。がくん、といきなりどこかから落とされたような衝撃に、ものの見事に睡魔が飛んだ。声こそ出ずとも心の中で僅かに叫び、咄嗟に顔を上げる。

 …………上げて、しまった。

「あ、起きた」

「…………え?」

 意識が飛ぶ前まで、見えていた風景。今はそれが遮られている。

 大きな影が降ってきているのは、今目の前に、その大きさを伴った人がいるからだ。自分に目線を合わせるように膝を折っている。陽の光を透かす青銀色は相変わらず綺麗で…………って。

「だ、だだダイゴさっ……!?」

「うん、僕だけど」

「わ、わ、ちょ、ちょっと待って、今こっち見ないで下さい!」

 いつからそこにいたのかなんて後から考えればいい。今は、鼻に詰めているものの存在をどうにかする方が最優先だ。

 よもやこんな至近距離に誰かがいるなんて思わず、更に足を止めてまじまじと見つめるような人が現れるなんて。っていうか、そこで見るなら、その前に起こしてくれても良かったんじゃなかろうか!

「あ、駄目だって。いきなり乱暴にティッシュとかを引き抜くと、また出るかもよ。鼻血」

「今の私の状況をきちんと把握して下さっているのは、さすがと言わせて貰いたいんですが、鼻の中にものを詰めている姿をまじまじと見られてしまった、私の気持ちもどうか察してやって下さい……」

「別に恥ずかしがらなくてもいいだろうに」

「どう好意的に解釈しても、これは間抜けじゃないですか」

「そう? ……ああ、じゃあ隣に座っていい? それならハルカちゃんの顔見えないし」

「是非ともそれでお願いします」

 きっぱり断言すると、ダイゴはうん、と一つ頷いて隣に腰掛ける。

 ハルカはハルカで、今まで使っていたティッシュを手早く片付けると、新しいのを一枚取って、少し鼻の中を軽く拭った。……まだ赤い。でも、さっきと比べて量は少なくなってきている。止まるまであと少しってところか。

「止まってる?」

 視線はこちらに寄越さないまま(というか、目を軽く伏せてくれいる状態で)彼は尋ねてくる。

「いえ、まだもうちょっと……」

「そう。……何か怪我でもしたの?」

「全然思い当たるがことないんですよね……。昨日、アクアさんとマグマさん相手に少し揉めたんで、その時に変なとこ怪我したのかもしれません。自覚はないんですが」

「あぁ…………」

 二つの単語を利いて、声色が少し硬くなった。

 アクア団と、マグマ団。

 最近ホウエンでその名前をよく聞くようになってしまった、妙な方向に走り出している自然保護団体。確か正式名称は別にあったと思ったのだが、本人らも正式名を簡略化した名前で名乗っているので、ハルカはそれで覚えてしまっている。

「ところで、僕がここにいる理由なんだけど」

 いきなり、前置きなくダイゴはそんな事を言い出した。

「はい?」

「その、昨日のいざこざの時。ユウキ君と一緒だったんだよね?」

「あ、はい。たまたまですけど」

「それで、あの子から連絡があったんだ。誰かさんが、自覚こそしてないけど随分参ってるみたいだから。出来るなら様子を見に行ってやってくれ、ってさ」

 そして、ユウキの口を経由して“誰かさん”の今後の予定をざっとながらも把握し、彼女の進行速度諸々を合わせて考えて、多分この辺にいるんじゃないかと思って来てみれば、案の定大当たり。木陰で一人、些かぐったりと微睡んでいる状態のところに出くわした。

 僅かばかり早口で、ダイゴは一気にそこまで言い切った。乱暴な口調ではない、だが少々普段の穏やかさが欠けている。

「………………」

 その誰かさん、とはまあ十中八九自分のことだろうとハルカは察する。確かに昨日はユウキと一緒に色々頑張って、そして彼にひどく心配されたのも本当。ハルカ自身としては、別にそこまで気にする必要もないものと信じきっていたので、笑ってその場を終わらせてしまった。

 ユウキの目からすれば、この人にわざわざ連絡してしまうほど参っているように見えていたんだろうか。全くもって気付かなかった。

「ハルカちゃん、知ってる?」

「……なんでしょう」

「毛細血管って、すごく細くて弱いんだよね。ふとした拍子に切れても全然おかしくないんだよ。過度の疲労とか、ストレスとかでも……ね?」

「あー……はは、あはは……」

「無理し過ぎ」

 ごつん、と少し痛いぐらいの強さで、ダイゴの手に頭を小突かれる。言い返せる言葉はなかった。大人しく頭を垂れることにする。

「すみません」

「ユウキ君にも、後で連絡入れるんだよ。凄く心配してたから」

「そうします。……うう、でもほんとに、平気だと思ってたんですよ……」

「こういう時の本人の感覚って、あんまりアテにならないしねぇ……」

 溜息を一つ吐き出して、ダイゴは言う。さっきまでの穏やかさを少し欠かした言葉たちも、全部心配してくれているが故のものと、ハルカは既に気づいていた。おかげでこの人に対しても、申し訳なさでいっぱいになった。

「ミシロには? 帰ってるの?」

「定期的に連絡は入れるんですけど……。私のとこ、まだ空を飛べる子がいませんから」

「そうか……。そうだね、じゃあ血が止まったら送ってあげる。二、三日家でゆっくりしておいで」

「え、でも……」

 ミシロに帰ってしまったら、またそこから再出発だ。あの街はホウエンの端に位置するから、もう一度ミシロからそれぞれの街へ、となるとどう考えても無駄な労力ばかりがかかる。

 しかし、そんな事を考えてしまったのがまずかった。(でも、と言ってしまった時点でハルカの思考が、ダイゴにも伝わってしまっていた)

 彼は急に身体をこっちに向きあわせて、両手で頬をつねってくる。痛い。

「あたたっ!」

「でもじゃない。今の自分の状態、まだ把握してないの?」

「や、あの、ごめんなさい……」

「また出発する時になったら、僕に連絡してくれればいいから。送り迎えぐらいなら、いくらでもしてあげる」

「ご迷惑じゃ……ない、ですか?」

「どうせ僕の普段って言ったら、家で論文書いてるか、洞窟に引きこもって石を掘るかだしね。そんなもの、いくらでも後回しに出来るよ」

「うぅ……本当、申し訳ないです……」

「謝るより、別の言葉がいいんだけどな」

「……。……えっと、じゃあ……ありがとう、ございます」

「よし」

 ぱっと手を放し、ようやく頬を解放して貰えた。その代わり、ぽんぽんと二度頭を叩かれる。にこりと笑みを投げかけられ、くすぐったかった。(心配の裏側に見える優しさが、とっても)

「ハルカちゃんはさ。自分で思ってるより頑丈でも何でもないんだから。そこら辺、きちんと理解して、自分一人で何でもかんでも片付けないで、ちゃんと声をあげて、周囲の人達に手伝って貰うこと。……じゃないと、余計な心配ばっかりかけるよ。今回みたいに」

「胸に、刻んでおきます。しっかりと」

 うん、と力強く頷くと、その拍子にティッシュがころりと落ちた。

 あ、と思ってすぐに拾いあげる。けれどもう、赤くない。どうやらようやく止まってくれたらしい。

「止まった!」

「ああ、止まった? 良かったね。……でも、明日も明後日もまた出血するようなら、ちゃんと休暇期間を延ばして、病院に行くんだよ? 例の団体さんは君一人が片付けなきゃいけないものじゃないし、リーグやジムだって、駆け足で逃げたりしないんだから」

「はい! じゃあ早速ミシロに…………と、言いたいとこなんですけど、もう少しここでぼんやりしててもいいでしょうか」

「うん?」

「ほんの少しのんびり動いてみるのが、心配かけない第一歩かなぁと」

「……そうだね。君の場合は特にそうだろうね」

 

 

 そうして、ハルカはダイゴと二人、全くもって意味も何もない時間を過ごす事になる。さっきまでのそよ風も、木陰も変わらず。瞼に見える陽の光の相変わらず鮮やかで。

 あえて違うところを挙げるとするなら、さっきまでとは違い、この意味も何もあったもんじゃない時間を、無駄とは思わなかったこと。

 こんな風に、気の抜けた時間は久しぶりだなぁと何気なく考えて、そこではじめて、それを久しく思ってしまう程度に、ずっと気持ちを張り詰めていた事をいよいよはっきり自覚。なんだかもう、全てにおいてダイゴの言葉通りだったものだから、ハルカとしては、笑うしかなかった。

「うん、やっぱりダイゴさんはさすがです」

「はい? いきなりどうしたの?」

「色々です、色々」

 

 
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