No.230418

俺の妹が魔王と勇者で生徒会長なわけがない

yui0624さん

C80新刊、『俺の妹が魔王と勇者で生徒会長なわけがない』表紙と本文サンプルです!!本文サンプルは出血大サービス仕様となっておりますのでぜひご一読を!!イラストはいつも通り炭酸水さん、ロゴなどデザインはわたはりさんが担当してくださいました、ありがとうございました!!
サークル風呂マットは二日目(土)西1-や39aです。 サークルHP→http://dady-cool.com/~fromat/

2011-07-24 15:29:41 投稿 / 全2ページ    総閲覧数:1114   閲覧ユーザー数:1068

 

 風が吹いて、服の隙間から体温がさらわれていった。

 ガタガタと震える身体を抱きしめて、俺はほぼ寄り添っているような距離で目の前に佇む妹の旋毛を見つめた。

 無言で自分の足を睨んでいるのは興奮からか、苛立ちからか、寒さに耐えているのかあるいは、……俺には想像もつかない。

 

 

「兄貴」

 名残り惜しくも終わってしまった冬休みを回想しながら帰宅すると、鞄を置くやいなや妹の桐乃が俺を呼んだ。

「なんだよ」

「来て」

 言われるままに妹の部屋へと行き、相変わらず甘ったるい匂いのする部屋だと相変わらずなことを考えて、そうして相変わらず直ぐに要件を言わない妹の沈黙に耐えた末に、桐乃は言った。

「今晩、暇でしょ」

 ……え、断定? なんで俺がお前にスケジュール把握されてなきゃいけないの?

……確かに暇なところが尚更ムカつく。

「暇じゃない」

「嘘っ」

「……要件はなんだ」

「あのさ」

 桐乃は、机の上に置いてあったチラシをとって俺の目の前に放った。ちなみに俺は妹の部屋でなぜか床に座ることを強要されている。クッションの一つを貰ったはいいものの、制服を着替えることもできずに部屋に拘束されるのはあまり嬉しい事態じゃない。

 とっとと妹の「人生相談の一環」とやらを済ませて部屋に戻りたかった。ああ、あと麦茶が飲みたい。

 で。

「これが、どうした」

 聞いてはみたものの、薄々妹が言いたいことはチラシの文字を読んで察している。

「発売日なの」

「この、『星くず☆うぃっちメルルEX<エクストラ> アルティメットプラチナボックス初回限定サインカード入り特装版秋葉原店限定販売仕様』というのが、か?」

「うん」

「秋葉原店限定販売仕様と書いてあるが?」

「うん、だから今から秋葉原に並びに」

「誰が行くかっ!」

「なんでっ!?」

 むしろなんで「なんでっ!?」なんだよ!

 当日になって、深夜に発売する限定商品を買いに並びに行こうと言われてほいほい付いていく馬鹿がどこにいる!

 事前に言われたとしても行かねーよ。

「協力してくれるって、言ったじゃん」

「う、……それとこれとは話が違うだろ」

 オタク趣味が親にバレたりしないように協力する、あるいは人生相談に乗ることを容認はしたが、なんで買い物に付いていかなきゃいけないんだ。

「だって、女子中学生が一人で並びにいける時間じゃないし。女子中学生が一人で買いに行くのも、……ねえ」

「ねえ」てのは、察しろよってことなのか。

 そしてなんだ、俺が買うフリをしろってことなのかその目は。

「本当は買ってきてって言いたいところだけど、そこまでは流石に、ねえ?」

 だから「ねえ」じゃねえよ!

 あまつさえ買ってこいなんて言った日には俺はキレるぞマジで。

「私が一人で行って補導でもされたら、兄貴のせいにする」

「……なん、だって」

 ごくり、と。

 俺は乾いた喉を鳴らした。

 こいつ、悪魔か。悪魔なのか。あるいはあれか。

 ――魔王か。

「そうなったら、お父さんがなんて言うかな」

 ここ最近、俺は妹の趣味を守るために色々と、本当に色んなことをしている。

 色々な、奇行を繰り広げている。

 主に、「二次元を愛している」と父親に断言したり、「妹を愛している」と妹の友人に断言したり。

 ……いつからこんな人生を歩まにゃならないことになったんだろうか。桐乃のせいだ。それ以外には考えられない。

「一緒に、行くよね?」

 断ることは、できそうになかった。

 

 

 そんなわけで、俺と桐乃は「嘘」により両親の了承を得て、秋葉原のど真ん中で行列の形成に一役買っているのである。

 寒い。

 とにかく寒い。

 なんせ一月だ。メーカー側もどうしてこんな凍死しそうな時期に売りだしたのかと考えもした。当然、そんな愚痴を零して桐乃が拾わないわけもなく、

「作り手は季節なんて考える余裕ないのよ。開発現場はいつだって戦場なんだから。地獄なのよ。火の車なの」

 と分かるような分からないような講釈を垂れてくださった。

 

 あまりにも寒すぎて、周りで静かに佇む建物たちが、氷の塊か何かなのではないかとすら思えてくる。

 実際、道路や建物は外気とほぼ同じ温度になるだろうから、この想像もあながち間違いでもない気がする。

 二回目になるが、とにかく寒い。

 具体的に言うと、歯がガチガチ鳴るくらいだ。

 白い息を吐くと、風に乗って路地の闇へと飛んでいってしまう。

「これ、やばいって……。お前よく寒くないな」

「寒いわよ」

 桐乃の声も寒さに震えていた。

 二人してダウンジャケットを着てはいるが、一月の深夜に外で立ったままひたすら待つというのはほとんど拷問に近い。

 喋るために口を開けただけでも熱を奪われていくような気がする。

 喋ることで生まれる熱と、奪われる熱はどちらが多いのだろうかなどと考えていると、雪像のように固まっていた桐乃が動き出した。

「あー、無理! なんか買ってくる!」

「俺、缶コーヒーな」

 一瞬むすっとした顔をしたものの、桐乃は直ぐに表情をころりと戻した。俺はあくまでも付き合わされている身で、そのことを流石に忘れたわけではないらしい。

 世間で騒がれている若者の奇行と比べるべくもなく、俺と話すとき以外は桐乃は「いい子」で通っているし、俺に対しても今までの数年間あまりにも会話がなかっただけのことだ。要するに、高坂家の教育は行き届いているし、桐乃もギブアンドテイクというものを少しは理解している。

 この状況で俺に対してでかい面をするほど桐乃は悪魔じゃない、……と思いたい。実の兄として。

 でなけりゃ本当に妹を魔王認定しなければいけなくなるからな。

「じゃ、行ってくる」

「おう、気をつけろ」

「金、後で返してよ」

 ……まあ、流石に妹に奢れとは言わん。

 

 で、まあこれで補導とかされたら本末転倒だなあ、なんて下らないことを考えながら俺は桐乃を待っていた。本能的には一刻も早く温かい缶コーヒーを飲みたかったから、待っていたのは桐乃じゃなくて缶コーヒーの方かもしれないが、なに、妹の心配だってちゃんとしてたさ。本当に桐乃が事件に巻き込まれでもしたら、冗談じゃなく俺は親父に殺されるだろう。

 つまり、寒さに頬を赤く染めながら二本の缶コーヒーを持って俺の元に戻ってくる妹の姿を待ち望んでいたのだ。見てくれだけは俺が自己嫌悪に陥るくらいには最初からかわいいし、そんな妹が買ってきてくれる缶コーヒーはさぞや美味しいかもしれない、なんてことを考えていたんだ。

 ところが。

 桐乃は直ぐに戻ってきた。

 自動販売機が近くに見当たらなかったので、桐乃は角を曲がって俺の視界から消えた。だから、戻ってくるタイミングの速さに、「ああ、すぐそこに自販機があったのか」くらいにしか思わなかった。

 しかし、桐乃は俺のところまで全力疾走で戻ってくると、頬を赤く染めるどころか肩で息をして目を血走らせ、わなわなと口を震わせている。

「ねえ、兄貴!」

「な、なんだよ……」

 

 はっきり言おう。

 魔法少女もののアニメの限定商品を買うためにこの寒い中並んでいるという構図で、「兄貴」と呼ばれるのは非常に恥ずかしい。

 当然、行列の九十七パーセントくらいは男性が占めているのだが、その状況で俺が浴びる視線は、

「え、なにあいつ妹連れて買いに来てんの?」

「実の妹? マジで?」

「どっちが買いに来てんだろうな」

「妹萌え」

「むしろ兄萌え」

 みたいな感じだ。

 ……嫌過ぎる。

「あのな、桐乃、一つ言っていいか」

「いやいやそんな場合じゃないって!!」

 あとあまり大声を出さないでくれ。余計に恥ずかしいから。ただでさえこの列にいるだけで恥ずかしいのに。

「……なんだ、何があった」

「カツアゲ、されそうになってる人がいたんだけど」

「へ?」

「そこの角曲がって、ふっと路地を見たら、なんか、不良っぽいのに囲まれてる人がいて、よくよく聞いてたら、明らかにカツアゲっぽくて、……ねえ、兄貴どうしよう」

「……どうしようと、言われても」

「と、止めてきてよ!」

「はあ? なんで俺が」

「だって、あれ、メルルの列に並びにきた人かも……」

 桐乃の発想が凄い。

 よりによってそう考えるか。

 いや、こんな時間にこんな場所でカツアゲされるほど金を持って歩いてるとしたら、あながち間違いでもなさそうな想像ではある。が、しかし、なんで俺が止めなきゃいけないんだ。

「む、無理だろ……」

 喧嘩とかしたことねえぞ。

 やめろって言って素直に引き下がってくれる相手なのか?

「知らんぷりするの?」

 桐乃の視線が痛い。じゃあお前が止めろよと言いたいが、そんなことを言えば罪悪感と焦燥感に追い込まれた桐乃が本気でその現場に突撃してしまう可能性もある。こいつならやりかねない。下手に刺激する言葉は吐けない。

 桐乃の、氷みたいに光る視線が痛い。

 建物の暗い影が、無機質に俺の体温を奪ってゆく。精神的に、削られてゆくような気がする。

 その目は卑怯だ。

「現場はどこだ……」

「そこの角、左に曲がってすぐ右の路地」

「そこ、並んでろ」

「え、でも」

「列、二人で離れちゃまずいだろ。並んでろ」

 俺は、桐乃を列に置いて歩き出した。

 筋肉だか骨だか知らないが、足がぎしりと鳴った。待ちぼうけを食らっている間に凍りついてしまったのかもしれない。動き出すと、身体に熱が巡っていくのが分かった。それでも、寒さはなおも厳しく襲いかかる。

 東京ってこんなに寒かったっけ。

 左に曲がる。

 自販機を発見して、思わずそこで缶コーヒーを二本買って列に戻りたくなった。戻って、桐乃とまた発売を待って、そして二人で家に帰って熱いシャワーを浴びて、そして布団を被って寝たかった。全く、面倒この上ない。どうして桐乃は出歩くたびに問題を連れてきてしまうのか。そしてどうして事あるごとにその問題に俺を巻き込むのか。

 ……妹萌えとかねえから。

 俺、真奈美でいい。地味子でいい。

 真奈美んちの菓子食いたい。でもその前にやっぱ寝たい。……の前にシャワー浴びたい。ああああ。

「くっそ」

 右を、見た。

 見る前から、薄々感づいてはいた。音が聞こえた。声が聞こえた。下卑た声が。

「ほら、早く出しちゃったほうが得だぜ?」

「そうだよ、おっさん」

 二人組だ。二人組の、髪を明るい色に染めた男が、小太りな男を囲って喋っている。なるほど、確かに桐乃が「メルルを買いに来た人かも」と言ったのも頷ける。

 桐乃が「全くオタクらしくない格好」の人間だとすれば、そこにいた二人に挟まれて脅されている男は「全くもってオタクらしい格好」をしていた。よれよれのズボンにダウンジャケット、そしてリュック。……リュックというところが、恐らくは見た目の原因だろう、が、今はそれどころじゃない。

 見た感じ、二人組は俺より年上、そして挟まれている男はそれよりもさらに年上だ。

 完全に力関係の立場があべこべじゃないか。

 なんだかなあ。

 これで良いのか日本。

 高校生に呆れられる大人三人。アニメの限定商品を買いに夜の街に繰り出す中学生と高校生、その他諸々。

 …………よくよく考えたら俺も年齢的にはアウトだよな。くそ、あんまり面倒事には関わりたくないんだが。

 俺が選挙権を得る頃には少しは日本がよくなっていることを祈ろう。

 さて、前置きはここまでだ。

「あの」

 俺は、小心者の俺は、恐る恐る声をかけた。

「ん?」

「あの、そういうの、あんまり良くないと思いますよ」

 うわあ、俺よわい。

 寒さとは違う意味で足とか震えてきた。でも寒さのせいってことにしておこう。

「あ、何? 喧嘩売ってんの?」

「あ、もしかして君もお小遣いくれちゃう系みたいな?」

「いやいやいやいや!」

「へー、いくら持ってんの? 出してみ? ちょっと出してみ?」

 持ってねえから! 俺交通費と缶コーヒー代くらいしか持ってないから! 金持ってるの妹だから! 独裁者の妹様がアニメ商品買うために持ってますから!

「ほら、おじさん、行きましょう」

 俺は関わるのが嫌になり、逃げるが勝ちと思い男の手を引いた。幸いなことに相手は二人しかおらず、囲まれるような心配はない。逃げきってしまえばいい、と思った。桐乃を少し待たせるようなことになっても、この際仕方ないだろう。

 しかし、

「何バックレようとしてんだよ!」

 ぶん、という音が聞こえた。

 耳か、後頭部のあたりに衝撃が走った。

 寒すぎて、身体を末端まで感覚できなくて、どこに何が衝突したのか分からないが、俺はよろけた。殴られたのかもしれない。

 このまま殴られに殴られて、懐を漁られて「なんだよ持ってねえじゃん!」とか言われて、おっさんもぼこぼこにされて、それで親父に怒られてまたぼこぼこにされるのかな、とか。

 桐乃が無事に買い物を終えて帰宅できれば良いな、とか。

 寒さと痛みの距離が急速に縮まってゆき、俺はぎゅっと身を縮めた。目頭が熱くなり、見れば二人組の表情が笑みと怒りを入混ぜたようなものになっていた。

 最早、逃がそうと思っていた男は視界に入らない。

 ああ、面倒くせえ、と。

 ああ、なんでこうなったかな、と。

 誰か、助けてくれよ、と。

 そう思った。

 とりあえず、殴られるのは嫌だったけれど覚悟はできた。その時だった。

 

「ちょっと待てお前らッ!!」

 高い声だった。

 聞き慣れているような、そうでないような声だった。

 家の中でよく聞いていたような気がするけれど、あいにくと耳が冷えすぎて痛い。殴られたせいで痛い。

 そして、乾いて澄んだ冬の空気を彼女の声はよく震わせた。

 そう、高坂桐乃が立っていた。

 まるで、勇者のような出で立ちだった。

 後ろに、列に並んでいた屈強とは言いがたい男たちを引き連れて、ちっぽけな身体で桐乃は立っていた。

 その姿は、なんだか大きく見えた。

 凍りついた街を溶かすような熱が、その茶髪から吹き荒れているような気がした。じわりと胸が熱くなった。

「な、なんだよお前ら!」

「こっちの台詞だ! 弱い者虐めしてんじゃねえぞ!」

 そうだそうだ、と桐乃の後ろから野次が飛ぶ。

 お前ら、いい年こいた大人が中学生の女の子に先陣切らせんなよ……。

「ぐっ……」

 二人組が表情を歪める。唇を噛む。

「今手を引けば見逃してやるよ。けど、それ以上危害を加えるようなら、こっちもただじゃおかない。なんなら警察呼んでもいいんだよ。目撃者は山ほどいるからね。どう見てもあんたらのほうが不利だと思うけど」

 桐乃の迫力は、真に迫るものがあった。

 なんせ本物の警察の娘で、強烈な血を引いた上に幼い頃からその鬼のような圧力を浴びて育ってきている。ただの中学生と侮るには経験値が違う。

 二人組はここが引き際だと理解したようで、あっさりと退散した。

 わあっと、街には慎まやかな歓声が上がった。

 拍手が巻き起こり、その中心で桐乃が照れたように笑っている。

「ありがとうございました!」

 襲われていた男が、俺と桐乃に頭を下げる。

 一件落着だ。……俺は、殴られ損だったけど。

「兄貴、大丈夫だった?」

「……全然、大丈夫じゃない」

 ガンガンと頭が鳴る。寒さが余計にその痛みを増長させる。早く帰って、シャワーももういい、早く布団を被って寝たい。

「もう少しで店が開くからさ、我慢我慢」

 誰のせいだと思っているんだと言いたくもなったが、俺は口を噤んだ。

 俺と桐乃は、列の一番前を譲って貰った。

 列に並んでいた全員が、そうしてくれと俺と桐乃に言ったのだった。

 まさに、桐乃は今この場で、この瞬間、勇者だった。

 列に並ぶ全員にとって、勇者のように見えているのだった。なら、俺がそこに水を差すのはあまりにも野暮だ。

 ああ、いいさ、我慢してやるさ。

 だから、早く買い物を終わらせて帰って寝よう。

「兄貴」

「あん?」

「ありがとう」

「……どういたしまして」

 あまりにも寒い夜は更けていく。

 


 
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