No.228502

真・恋姫無双~君を忘れない~ 三十二話

マスターさん

第三十二話の投稿です。
前回の続きから、一刀に襲いかかる非道なる世界の真実。それを受けて一刀はどう思い、どう動くのか。
そして紫苑さんとの関係にとうとう決着が……。
駄作もついに折り返し地点、どうぞ御覧ください。

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2011-07-17 17:41:56 投稿 / 全10ページ    総閲覧数:10802   閲覧ユーザー数:8432

一刀視点

 

「どういう……ことだ?」

 

 管路の言葉に驚きを隠すことが出来ない。管路は相変わらず表情が見えないので、俺を見ながら何を考えているのかは分からなかった。

 

「一から説明しなくてはいけないな。お前にも既に分かっていると思うが、この世界はお前の世界とは別の物だ。我々はこの世界を外史と呼び、それを統括している。この世界は本来ならば選ばれた者しか来られないはずだ」

 

「本来ならばってことは、俺は本当なら来られなかったはずなのか?」

 

「いや、お前は選ばれし者だ。しかしお前が舞い降りるはずだった場所が違うのだ」

 

「言っている意味が分からないんだけど」

 

 管路の話はスケールが大き過ぎてついていくのが難しい。選ばれたって一体誰になんだ。そもそも外史って一体何なんだ。俺の疑問を読み取っているかは分からないけど、管路は話を進めた。

 

「お前に与えられた役目は天の御遣い。私が予言した通り、この地の乱世を治めるのが役目だ。お前には乱世に舞い上がる龍と共に歩んでもらうことになっていた。そのため、お前には限られた場所にしか舞い降りることが許されないはずだった」

 

「限られた場所っていうのは?」

 

「この時代の歴史に詳しいお前ならば、誰と共にならばそれを成し遂げられる可能性があるのか分かるだろう」

 

 三国時代、文字通り三国が鼎立した時代。だとしたら、その乱世の頂点に立つ可能性がもっとも高いのは、魏、呉、蜀の三国かな。

 

「だけど、ここ益州だったら蜀が興されるのだから、問題ないんじゃないか?」

 

「蜀に御使いの恩恵が与えられるのならば、お前は最初に桃香……劉玄徳に出会わなくてはいけない。魏ならば曹孟徳、呉ならば孫伯符か孫仲謀に初めに会うようになっている」

 

 なるほど……。俺が最初に出会ったのは紫苑さんなのは不自然ってことなのか。もし管路が正しいのだとしても、その理由は俺には分からないし、そんなことを言われても困ってしまうんだけど。

 

「だから私がここに来たのだ。私がお前をこの世界に送る際、どういう訳か何者かに介入されてしまい、気付いたらお前を益州に送っていた」

 

「それが何か問題あるのか?」

 

「大いにある。お前はこの世界にとってイレギュラーな存在。世界は違えども、歴史は歴史。お前の知る通りの道筋を辿ろうと歯車は回る。しかし、我らの力でお前にはそれを歪めることが出来るのだ。ただ先ほども言ったように、その力は舞い降りた場所にのみ宿るもの。故に益州という我らの力が及ばない場所に飛ばされたお前には、我々の力が備わっていない。ここまで理解出来るか?」

 

 俺という存在は管路の力を借りることで、歴史を変えることが出来るってことか。だけどそれには条件があって、魏、呉、蜀のいずれかの国に所属する必要がある。しかもそれは創設者あるいはそれに関わる者と最初に会うという前提で。

 

 だけど俺はどういう訳か益州に来てしまい、紫苑さんに会ってしまった。条件を満たしていない俺には歴史に介入する力は与えられず、もししてしまえば……。

 

「世界がお前を消すだろう」

 

 

「なん……だって…?」

 

 世界が俺を消すだって? 確かに歴史に介入するってことは世界そのものを大きく変えるのだから、それくらいのことが起きてもおかしくないとは思うけど。

 

「どの時期にどのような形でお前が消されるのかは我々にも分からない。しかし、本来存在しないお前は、世界にとって単なる邪魔ものにしか過ぎない。世界は邪魔ものに対して寛容な態度などしない」

 

 そこで俺は気付いてしまった。すでに俺は歴史に介入していることに。

 

 反董卓連合で董卓である月を救い、さらに曹操に殺されるはずであった恋さん、呂布をも救ってしまった。それに俺たちが率いた反乱も、俺の知る歴史で起こったかは知らない。

 

「安心しろ。その程度ではお前は消されない。この先あの二人が歴史に関与しなければな。しかしこのまま歴史に介入し続ければ、遅からずお前は消えるだろう」

 

 そんな……。知らない内に誰かに選ばれて勝手にこの世界に送られて、更にこのまま消されるっていうのか……。あまりにも勝手過ぎる。

 

「そう。これは我々の責任だ。だからこそ、お前には元の世界に帰るという選択肢を与えるのだ。今ならばまだ間に合うからな」

 

 元の世界に帰る。

 

 もちろん俺だって帰りたいさ。爺ちゃんや及川にも会いたい。

 

 だけど、そんな簡単には決められない。すでに俺には反乱軍を率いた責任があるのだから。それに……紫苑さんとも離れたくない。桔梗さんも焔耶も璃々ちゃんも、俺にとって大切な人だ。

 

「突然こんなことを言われて困惑するのは分かる。一日だけ考える時間をやる。明日の夜、同じ時間にまた訪れる。そこで返事をしてくれればいい」

 

 管路はそれだけを告げると忽然と姿を消した。

 

 嘘だろ? なんで……?

 

 頭を抱えて絶望感が身体を支配する。

 

 究極の二択を迫れているのだ。元の世界に帰れるのは嬉しいが、それは紫苑さんたちとの別れを意味している。俺は少しでも愛しいあの人の側にいたい。喜びも悲しみもあの人と一緒に共有したい。

 

 だけど、このままこの世界に留まれば俺は世界に消されてしまう。その間は紫苑さんと過ごせるが、辿りつく先はやはり彼女との別れ。しかも俺は元の世界にも帰れない。

 

 どちらを選んでも俺にとっては地獄だ。

 

「勝手だ……。勝手過ぎるよ」

 

 紫苑さんが聞いたら何て言うんだろう? 泣いてくれるのかな? あぁ、璃々ちゃんはきっと大泣きするんだろうな。俺が桔梗さんとの旅でちょっとの間会えなかっただけで愚図っていたって聞いたし。

 

 どうしてこんなことになったんだよ。酷過ぎるだろう。俺が一体何をしたっていうんだよ。俺はただ紫苑さんの力になりたかっただけなのに。

 

 迫りくる恐怖は、かつて俺がこの世界に来たときのものとは桁違いで、怖いなんて感覚を通り過ぎて、もはや何も感じない。ただ目の前に広がるのは絶望というの名の暗闇だけ。

 

 俺にはこのままこの世界を離れることしか選択肢はないのだろうか……。

 

管路視点

 

「御主人様に会ったんですってぇん?」

 

「貂蝉か?」

 

 いつの間に私の背後に筋肉ダルマがいた。相変わらず気配を消したまま近づく癖をなんとかしてもらいたい。急に化物が現れる恐怖をきっとこいつは分からないのだ。

 

「貴女も無茶をするわねん。御主人様に外史の真実を告げようものなら、貴女の方が真っ先に消されるわよん」

 

「分かっている。だからあの方には本当のことは話していない」

 

 あの人に気付かれないように、術を使って変声した喉を元に戻しながら答えた。そのままの声で会えば、管路という偽名を使ってもきっと私だって知られてしまうから。

 

 私はあの人に嘘を言った。この世界はあの人が知る歴史通りには動かない。月さんや恋さんは元々死ぬことはないし、舞い降りた場所で力が宿るか否かなんてこともない。建国者に最初に会うなんて規則もないし、どこに落ちようと関係がない。

 

 しかし、あの人がいずれ世界に消される可能性があるというのは真実なのだ。誰がどうやってやったのかは分からないが、私の力に介入したのも本当であるし、あの人を益州に送ることもなかった。

 

 そのせいで不具合が生じてしまったのだ。本来ならばそうならないように予め手を打っておいたあの世界の流れが、あの人の手によって変わってしまうかもしれない。

 

「全く、上手いこと言ったわよねん。御主人様、きっと信じてるわよん」

 

「信じてもらわないと困る。あの方に消えてもらうわけにはいかない。だからああやって脅しのような真似をしたのだ」

 

「うふん、貴女って悪い女ねん」

 

 世界があの人を消すとしたら、歴史の内容に介入するときではなく、人の生死に介入するとき。もしこの先死ぬ運命にある人を救えば、それはあの人のこの世界での寿命を大きく削ることになるだろう。

 

 人の生死に介入するということは、この世界の理に大きく反することになる。その人が延命する分、救った本人の寿命は減っていく。世界は残酷だ。理に反した者に平常の死など与えるはずがない。もっとも無残な形、消滅という罰を与える。

 

 その影響はその人の天命の大きさによって比例する。雑兵一人救ったところで、この世界には無関係で済むだろうが、もしも天に選ばれた英傑を救おうものなら、必ずこの世界に消されるだろう。

 

 私が知るあの人はきっと、目の前で困っている人がいれば、自分のことなんて顧みずに救ってしまう。あの人はそんな底抜けな優しさを持っているのだから。

 

「でもねん、御主人様だったら、この世界に残るって言うかもしれないわよん」

 

「そのときはそのときだ。必ずこの世界に消されないように手段を講じてみせる」

 

 北郷一刀の消失は《彼女》を傷つけるだろう。今ならばその傷も致命的なまでに深くはならないはず。私は北郷一刀も《彼女》も救いたい。そのためにこんな苦肉の策を選んだのだから。

 

 歴史に介入すれば消える、そう言えば死ぬ運命にある人を救うようなことはしないだろう。元の世界に帰れば良し、もしもあの人がこの世界に残ると選択したら、これはそのときの保険にもなる。

 

 私は《彼女》を二度と泣かせないようにこの道を選んだのだ。必ず北郷一刀と《彼女》が幸せになるために。

 

桔梗視点

 

 あれから結局別の酒屋に行き飲み明かしてしまった。とは言え、酔うために飲んだのではなく、純粋に酒を楽しんだだけなので、山間から差し込む陽光が朝靄を照らし出す頃になってやっと帰途に就くも、ほとんど素面同様だった。

 

 その道中、思いがけない人物を発見した。昨夜のことを思い返せば、あれから何か進展があったのかどうか気になり、自然に口角もつり上がるというのに、その後ろ姿が不信を覚えて急いで後を追う。

 

「北郷!」

 

 北郷が振り返ると、まるで幽鬼の如く朧気な表情が張り付いており、目の下にくっきりと浮かび上がる隈は、こやつがあれから寝ていないであろうことを容易に想像させた。

 

 あれから何が……?

 

「桔梗さん……」

 

 消え入りそうな声で呟く北郷。今にも泣き出しそうなほど苦痛に溢れた表情を浮かべた。尋常ならざる状況だと判断した儂は、北郷を連れて、まだ茶店は開いていないため、自分が宿泊している宿所に向かった。

 

 儂の部屋には焔耶も寝ているため、宿所の主人に頼んで空いている部屋を提供してもらった。北郷に温かいお茶を淹れてやり、落ち着くのを待ってから話を聞くことにした。

 

 お茶を一口含み、ふぅと息を吐くと、北郷はゆっくりとだが、昨晩何があったのかを語りだした。

 

 世界の管理者、歴史への介入、そして元の世界へ戻るか、世界からの消滅かの二択。

 

 まるでお伽噺かのような話で、信じ難いことと思ったが、何よりも北郷という存在自体が儂らの与り知らぬものである以上、その管路という者が告げた内容は信用に値するのかもしれない。

 

 頼む、帰らないでくれ。儂らにはお主が必要だ。

 

 その懇願を噛み殺して、冷静な表情を保つ。ここで儂も一緒になって悲観に暮れ、その言葉を発しようものなら、こやつはきっと儂らのためにここに残ると言ってしまう。

 

 こやつはもう儂らのために力を尽くしてくれた。本来ならば性根の優しい男が、天の御遣いという神輿という役目を自ら引き受け、厳しい戦を兵士のためにじっと見守ってくれたのだ。自らが傷つくことも顧みずに。

 

 もう十分北郷には助けてもらった。だから自分で選んでもらいたい。元の世界に帰るのか、それともこの世界に残ってくれるのかを。

 

 こやつがどのような結論を下そうと、儂はそれを笑顔で受け止めてやらねばなるまい。帰るのならば、きちんと餞をしてやりたいし、残るのならば、どんな手段を使ってでもこの世界にいられるようにしてやりたい。

 

 ならば、儂からこやつに言えることは一つしかない。

 

 同情するでもなく、励ますでもなく、ただ事実としてそれを受け入れる。それを呑み込んで前を向くしかないのだ。

 

 薄情者と思われるかもしれない。恩を仇で返したと思われるかもしれない。しかし最善の手などないのだ。どちらを取っても誰かが悲しむ未来しか残らないのだ。だからせめて北郷には後悔してもらいたくない。

 

「お主が決めよ」

 

 儂は毅然とそう言い放った。

 

一刀視点

 

「お主が決めよ」

 

 桔梗さんの言葉に一瞬言葉を失ってしまった。

 

 管路が俺のところを訪れてから、俺は一睡もすることが出来ずにいた。だが、与えられた選択肢も決めることが出来ず、無情に時間だけが過ぎ去り、気付いたら夜が明けていた。

 

 俺はそのまま屋敷から外に出た。そのまま紫苑さんに会いたくなかった。会ってしまえば、彼女の顔を見てしまえば、きっと我慢できずに泣いてしまうから。紫苑さんを悲しませてしまうのが忍びなかった。

 

 何となく市街を彷徨い歩いているときに桔梗さんに声をかけられた。俺は誰かと話したかった。そうしなければ狂ってしまいそうで、心が壊れてしまいそうで、だから桔梗さんに話すことにした。

 

 勿論、三国鼎立の話などの桔梗さんが知ってはいけない内容については伏せておいたが、歴史への介入によって俺が世界から消される可能性のある話、そしてそれを防ぐために元の世界に戻れるという話をした。

 

 それを桔梗さんは信じてくれたみたいで、何も訊くことなく黙って頷いてくれた。そして、俺の話が終わると、俺の瞳を凝視しながら俺が決めるように言ったのだ。

 

「北郷、お主は今やこの益州の数十万の民を治める者なのだ。そして儂はお主に王になってもらいたい。王は家臣を頼ることは許されても甘えることは許されない。辛かろうと、悲しかろうと、お主は自身の足で歩むのだ」

 

 辛辣な言葉。しかしそれは俺の心を抉ることなく、その奥に響いた。桔梗さんはもう俺を甘やかしたりしない。一見厳しいように思えることこの言葉も、反乱を治めた者として最後まで周囲の者に示す義務があると、俺に説いてくれている。

 

「それにな、儂は嬉しいぞ。その管路という者が、お主が真に天の御使いであると証明してくれた。儂はお主を我が主君として仰げたことを誇りに思う。だからの、もう迷うな。儂が主君と信じるのだ。お主の出す答えに間違えはない」

 

 柔和な微笑みを浮かべながら、まるで不出来な子を諭すように、桔梗さんは俺の頭を撫でつけながら紡いだ言葉に、俺は覚悟を決めた。

 

 最初から悩んだってどうしようもないことだったんだ。いずれにしろ、俺はこの世界から消えてなくなる。だったら俺は後悔したくない。皆の前で笑いながら消えたい。

 

 怖くないわけではない。そのことを考えると、恐怖のあまり発狂しそうで、何かに縋りたくだってなる。だけど、桔梗さんはそんな俺に言ってくれたんだ。

 

 お前は天の御遣い。お前は益州の王。お前は我が主。

 

 桔梗さんらしい、いかにも厳しく、いかにも優しい、そんな言葉。ならば俺は迷わない。俺がもっとも大切な物を守るために、俺は最後まで諦めるわけにはいかない。

 

「桔梗さん、ありがとうございます。俺は……」

 

「行って来い。お主には帰りを待っている者がいるだろう」

 

「はい!」

 

 俺は駆けた。もう後ろを振り向かない。悔いなんて残すことなく、最後まで皆の御遣いでい続ける。

 

紫苑視点

 

 朝起きてみると、一刀くんの姿が見当たらなかった。私に無断で部屋を空けるなんて珍しく、何だか嫌な胸騒ぎがした。一刀くんがどこか遠いところへ行ってしまうような、漫然とした不安。

 

「紫苑さん!」

 

 そんなときに一刀くんは帰ってきた。どこから走ってきたのか、肩で息をして、その身体を汗で濡らしていた。

 

「ど、どうしたの?」

 

「一緒に来てください!」

 

 一刀くんは強引に私の手を引き、厩で一頭の馬を引き、私を後ろに乗せ、駆けさせた。その力強さに私は何も反抗することが出来ずに、ただ言う通りになってしまった。

 

 一刀くんの後ろから手を回し、彼に抱きつくような形になってしまったのが、どうにも恥ずかしく、とは言え、かなりの速度で疾駆させる騎乗では、その力を抜くわけにもいかず、そのままの体勢に甘んずることになった。

 

「着きましたよ」

 

 結構な距離を駆けたところで、一刀くんは馬を止めた。どこかの森の入り口らしく、そこから少しだけ歩くことになった。

 

「これは……」

 

 森を抜けた先、少し開けた場所に着くと、私は言葉を失ってしまった。

 

 目の前に広がるのは、一面の花畑。そこに咲き誇るのは紫苑。

 

 私と真名と同じ名前の花。

 

 薄紫の花弁が朝露に濡れ、陽光を照り返してきらきらと煌めいている。風に吹かれて仄かな香りが鼻腔をくすぐり、思わず誘われるように近づいてしまう。

 

「綺麗な場所ですよね。いつか紫苑さんと来たかったんです」

 

 背後ではそう言いながら、一刀くんが私に近づくのを感じた。私と一緒になんて言葉に、頬がかぁっと赤くなってしまうけど、純粋にそう言ってくれたことが嬉しかった。今度は璃々も連れて来なくちゃいけないわね。二人で来たなんて知ったら、きっとあの子、仲間外れにされたって怒るだろうから。

 

 頬を膨らませて怒る璃々の姿を想像して、あまりに可愛らしいものだから、ついつい頬を緩めてしまう。いつまでも私は親ばかなのね。

 

「紫苑さん……」

 

 一刀くんは背後から私のことを抱きしめた。身体がビクンと脈打ち、どうしたら良いのか分からなかった。その割には、いつの間にか私を抱く一刀くんの腕が以前よりも逞しくなっていることには気付いていた。

 

「か、一刀くん?」

 

「紫苑さん……愛してます」

 

 身体が震えた。その言葉、何の飾り気もなければ、雰囲気だって唐突過ぎて、こちらの心の準備だって出来ていない。だけど、その直接的な言い方、無骨さが、彼が全く女慣れをしていない事実を示していて、何とも可愛らしかった。

 

 そう。私はこうなることを待っていた。ずっと待っていたのだ。彼がこうして私の耳元で愛を囁いてくれる日が来るのを待ち侘びていたのだ。

 

「……私も愛してるわ」

 

 声が涙で震えているが、そんなことなんて気にせずに私は答えた。

 

一刀視点

 

 心臓が早鐘を打っていた。愛の告白なんて、当然俺には経験がないわけで、俺の目の前で花を愛でている紫苑さんを見ても、どうしたら良いのか分からなかった。

 

 だけど自然に足は紫苑さんへと向いていて、気付いたら彼女の身体を抱きしめていた。柔らかい身体に、紫苑さんの甘い香り、俺が愛してやまない女性。

 

 どんな言葉を言えば良いんだろう。某高校球児のように、世界中で誰よりも愛してるなんて気障ったらしい言葉を言えば喜ぶのかな。

 

「紫苑さん……愛してます」

 

 そんな回りくどい表現なんて俺には必要なかった。俺は一番言いたいことを、一番紫苑さんに聞いて欲しい言葉を言えばそれで良かったんだ。

 

「……私も愛してるわ」

 

 紫苑さんは俺の腕の袖をきゅっと握ったまま答えてくれた。

 

 そのまま少しだけ沈黙が流れた。何かした方が良いかもと思ったけど、俺はその心地良い沈黙にしばし身を任せていた。紫苑さんの言葉を、匂いを、感触を、全部胸に刻みつけたった。

 

 紫苑さんは不意に俺の腕の中で身体を反転させた。つまり俺と向かい合いの形になったわけで、少し潤んだ瞳で見つめられるだけで、身体が熱くなり、心臓があり得ない速度で動きだす。

 

 今度は紫苑さんの方から背中に手を回し、俺の身体を抱く。だけど俺からは一切目を逸らすことなく、俺を見上げるコバルトブルーの瞳はどこまでも深く俺を沈みこめるような魅力だった。

 

「一刀くん、ずっと一緒だからね」

 

「はい」

 

「私を置いていかないでね」

 

「はい」

 

「璃々と三人で幸せになるのよ」

 

「はい」

 

「もう一度愛してるって言って」

 

「愛してます」

 

「……もう一回」

 

「愛してます」

 

「うぅ……もう一回」

 

「愛してます」

 

 少女のように甘える口調で紫苑さんは何度も俺にお願いした。勿論俺は断るなんてことはせず、紫苑さんが満足するまで何度でも言った。だって俺だって何回も言いたかったのだから。

 

 紫苑の花畑が風に揺れて花同士が擦れ合い音を奏でた。まるで俺たちのことを祝福しているかのように。俺たちを見守っているかのように。

 

 ずっと見つめ合っていた俺たちは、自然に、導かれるように、顔を寄せ合い、唇を重ねるのだった。

 

 

 その日の夜、俺は自室にて管路が来るのを待っていた。

 

「北郷一刀、返答は如何に?」

 

 前夜と同じく、管路は気付いたら部屋の隅に立っていた。燭台の炎もあまり届かぬ暗がりに、相変わらずローブで表情は見えなく、不気味な雰囲気を醸し出しているが、そこに怯えることはなかった。

 

「……俺はここに残る」

 

 俺は静かに、しかし断然と言い放った。これが俺の答えだ。愛する女性を残してこの世界を離れたくない。少しでも多くの時間を紫苑さんと過ごしたい。

 

「そうか、お前の言葉、後悔はあるまいな」

 

「ない」

 

「……分かった」

 

 ローブで見えないはずなのに、俺は何故だか管路が少しだけ微笑んだような気がした。だけど、その微笑みにはどこか諦観しているかのような、そんな悲しみを滲ませたような。

 

「ならば、最後まで世界に足掻いてみせよ。そしてあの人を泣かすことなど決して私が許さない」

 

 すぐに最初同様の凛とした口調でそう告げると、すぐに暗闇の中に姿を消してしまった。

 

「ああ。そんなことさせないさ、絶対にな」

 

 管路が誰のことを言っているのかははっきりとはしなかったが、俺の脳裏に浮かんだのは、愛する女性。紫苑さんを泣かさないように、笑ったまま別れられるように、その超大なる相手に抵抗してみせる。

 

 俺は窓から空を見上げた。空には煌々と輝く満月が俺を見下ろしていた。

 

 御遣いとしての役割、二人のために反乱を終結させることは出来た。そして、俺はまた別の役目を持った。紫苑さんを幸せにするという役目を。今度は、天の御遣いとしてではなく、北郷一刀という一人の男として。

 

 俺は結局紫苑さんには管路の話をしなかった。桔梗さんにも口止めするつもりでいる。紫苑さんにはなるべく知られないように最期を迎えたいと思っていた。あの人との約束を破ることになってしまうのが何よりも悔しかった。

 

 だけど、俺はどんなことがこの先に待っていようと、最後まで紫苑さんを愛し抜き、少しでも彼女に笑って欲しかった。その笑顔を守るために、俺はこの世界に留まり続けようと思う。

 

 それがどんなに苦しくても、そんなに辛くても、俺には紫苑さんがいる。彼女が俺の存在を支えてくれる。だから俺は前を向いていられる。

 

 紫苑さん、黙っていてごめんなさい。

 

 知っていますか?

 

 紫苑の花言葉は、俺の国では『君を忘れない』っていう意味があるんですよ。

 

 ロマンチックな告白は出来なかったけど、単純な言葉しか言えなかったけど、あの花畑を見つけたとき、一番最初にこの花言葉を思いだしたんです。

 

 そんなこと聞いたら、きっと悲しむだろうから、あなたには言えませんけどね……。

 

オリキャラ紹介

 

管路(偽名、正体不明)

 

貂蝉と同様、外史の管理者。

理由は分からないが、一刀と《彼女》を幸せにするために、画策していた。

本来ならば誰も傷つかないように手を打ったはずだが、何者かの力で一刀を益州に送ってしまった。

人の生死に影響すると、世界への干渉とみなされ消されることから、一刀に偽りの情報を与えることで、それを防ごうとする。一刀に話した内容の大半は偽りだが、多少の真実を含ませることで信じ込ませる。

 

 

あとがき

 

 第三十二話の投稿です。

 

 さて、今回でとうとう一刀くんと紫苑さんはお互いの気持ちを伝えあうことが出来ました。紫苑さんの可愛さが少しでも伝われば僥倖というもの。

 

 管路から告げられた内容に意気消沈する一刀くんを、桔梗さんが叱咤激励することで、覚悟を決めさせることが出来ました。桔梗さんは厳しくも、優しい、正に良い女と言えるのではないでしょうか。

 

 前半の管路の話は、上手くこの世界観が伝われば良いなと思いつつ、彼女の思惑について少し触れました。彼女のそこまで一刀くんに拘る理由とは何なのでしょうか。

 

 そして、一刀くんの告白シーン。まぁありきたりですが、題名通りの内容で纏めてみました。これは当初からの予定通りです。

 

 しかし、紫苑さんに消えることを黙って、彼女の言葉に頷く一刀くんの心中を察すると、これから先どんなことがあろうとも二人の幸せを願って止みません。

 

 新たな誓いを胸に抱き、益州の君主として君臨することになる一刀くんのこれからの活躍にご期待下さい。

 

 えー、それから、一応ここで完全に展開に困ってしまったので、ここから数話は他の将の日常に焦点を当てたり、他の陣営について描写したいと思います。

 

 執筆を初めてそろそろ一年が経とうとしていますが、何とかこの物語を折り返し地点まで続けることが出来まして、作者は今までの間を応援して下さった皆様にとても感謝しています。これからもどうぞ駄作を見守ってください。

 

 相も変わらず駄作ですが、楽しんでくれた方は支援、あるいはコメントをして下さると幸いです。

 

 誰か一人でも面白いと思ってくれたら嬉しいです。

 


 
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