No.228175 真説・恋姫演義 北朝伝 第六章・第三幕『改訂』狭乃 狼さん 2011-07-15 22:27:25 投稿 / 全7ページ 総閲覧数:17898 閲覧ユーザー数:13385 |
「悪逆非道なる魔王董仲頴よ!よくもその顔を万人にさらして出てこれるものよ!そなたには恥を知る心が無いと見えるな!」
馬上からその野太い声を張り上げて、自身と対面するその少女を、過去の“事実”をもって痛烈に批判するのは、西涼軍の総大将である韓遂文約である。
「……確かに、私には世間に恥じるべき過去があります。けれど、それはあなたの言うそれではありません」
そんな韓遂の批判に一歩もひるまず、洛陽軍の先頭にて馬上の人となっている董卓は、しっかりと韓遂を見据えて言い切った。自身には確かに罪がある。しかし、それは世に流れている噂とは全く違うものだ、と。
「何を言うかと思えば。お主がかつて、洛陽にて行った罪業の数々、それは世の誰もが知るところ!まさかとは思うが、あれは自分がやっていたことではないとでも吐かすつもりか!?」
「そうです。「!!」……ですが、それが行われてしまった責任は、私にも少なからずあります。力無き故に、その名を利用されたこの私にも」
「月……」
「月さま……」
かつての洛陽における張譲の暴政。それは自身に強い力と意志が無かったために、行われることになってしまったのだと。董卓はいまだにそう思い、自身をさいなみ続けて来た。一刀のメイドとして働いていた頃も、再び董卓仲頴の名を名乗って以降も、彼女はずっとかつての己のふがいなさと弱さを、己自身で責め続けていた。
「……ふ、ふん!そのような虚言でわれらを謀ろうなどとはな!そんな言葉を誰が信じるという!?そなたの潔白を誰が証明できる!?」
董卓のその台詞を聞いた韓遂は、己がまったく知らなかった裏事情を初めて聞かされ、わずかに動揺の表情をその顔に浮かべた。だが、それに一体どれほどの信憑性があるものかと、声を震わせながら彼女に対しそう問いかけ返した。
「……それには私が答えようじゃないか」
「蒔さん」
韓遂のその問いかけに対し、徐晃が董卓の隣に進み出て馬を並べ、韓遂にこう語った。
「わが名は徐公明。晋王北郷一刀が直臣の者である。そなたの先の問いだが、わが主君を始め、その同盟者たる燕王公孫伯珪どの、魏王曹孟徳どの、そして、その配下の将や中原以北の民たちは皆、董卓将軍のその真実の姿を知っているが、それではどうか?」
「ほざけこの大女!恐れ多くも帝に歯向かう逆賊や、それに従う愚か者どもの言葉など何の証にもならんわ!」
「……なんだとおっ!?」
韓遂の言葉に激昂した徐晃が、思わずその場から飛び出しかける。そんな彼女の態度を見た韓遂は、さらに董卓たちを罵ろうとその口を開きかけたが、背後からその肩をつかまれて、それを静止された。
「……それぐらいでいいだろう、韓遂将軍。これ以上向こうを罵倒したところで、士気を下げることは出来ないぞ。それどころか、奴らの怒りに油を注ぐだけだ」
「なんだと?」
自身を突然制した龐徳の声に、韓遂はその視線を敵軍全体へと送る。すると、洛陽軍所属の将や兵たちが、韓遂めがけて異常なまでの殺気を向けているのが、彼の目にはっきりと見て取れた。
「今までのやり取りで、連中相当頭にきているようだ。士気を削ぐための舌戦のはずが、かえって向こうの戦意を高めたかもな。……主や仲間を馬鹿にされて、な」
「ぐ」
うろたえ。そして顔は真っ青。龐徳の指摘と、相手から向けられる殺気により、はっきりとした狼狽の色を浮かべる韓遂。
(ま、この程度の器でしかない男なのは分かっていたが、こうまでとはな。将の動揺は兵にすぐ影響するんだから、そんなにあからさまにうろたえるなっての)
自身の(一応現時点での)主である男を呆れた顔で見つつ、心の中でそんな事を思う龐徳。
「しっかりしてくれよ、西涼連合筆頭族長殿?そんなことじゃあ勝てる戦も勝てなくなるぞ?」
「そ、そうだな。わ、わかった。みなの者良く聞け!敵は恐れ多くも帝に歯向かいし逆賊どもだ!義はわれらにこそあり!意気を上げよ!勇を奮え!全軍抜刀せよ!……かかれえーっ!!」
(そうそう、それでいい。……少しぐらいは時間稼ぎしてもらわないとな。さて、翠たちが事を成すまで、俺も一芝居うっておくか)
「蘭。お前はあっちの赤毛の人…徐公明つったか?彼女の方を抑えてくれ。俺は……」
「……あの人とやるんでしょ?楽しそうね、兄さん」
「……久々の、幼馴染との喧嘩だ。楽しいに決まってるだろ?」
「はーいはい。……妬けちゃうな、もう」
「?なんか言ったか?」
「なーんにも!じゃ、行ってきま~す!」
愛用の大鉞(まさかり)を肩に担ぎ、進軍を始めた味方の軍とともに、まるで龐徳から逃げるようにして、自らの馬を駆けさせる王双。そんな彼女の態度をいぶかしみながらも、龐徳もまた馬を駆けさせる。数年ぶりに再会する幼馴染とその矛を交えるために、己が得物である大剣-牙狼大斬をその手にして。
一方その頃、馬騰と何進の二人を救出に向かった李儒たち一行は、行商人に扮して黄河を船で遡り、長安の街へと無事潜入していた。
「……では、馬騰どのと何進どのは、城の中にはおらぬ、と?」
「ああ。狼兄…えっと、狼兄って言うのは、あたしらの友人で母上に仕えている龐徳っていう武将のことなんだけどな。その狼兄が韓遂の奴が反乱したあと、ひそかに二人の居場所を調べさせていたんだけど、結局城の中からは見つからなかったそうなんだ」
長安の街にあるとある一軒の宿。その一室に部屋を取り、李儒と姜維、馬超と馬岱、そして王淩の五人は、彼女らの目的である二人の人物―馬騰と何進を救出するための、その算段を話し合っていた。
「城のどっかに隠し部屋でもあるか、もしくは街のどこかに幽閉されているか、そのどちらかやろうけど、城の中にそういうのってあるん?命はん」
「……妾の知る限りでは、そういった隠し部屋はいくつも無いはずじゃ。彦雲、そなたであればそういうのにくわしかろ?おぬしで調べてみてはくれぬか?」
「分かったわ、白ちゃん。貂蝉ちゃんにおまかせよん♪それじゃあ、行って来るわね~」
ふっ、と。李儒にウインクをして返事を返し、王淩は瞬時にその姿を消す。
「……うちも隠密としてそれなりに自信もっていたけど、貂蝉はんにだけは敵いそうもないわ」
「いろんな意味で特殊じゃからの、あやつは。さて、城のほうはあれに任せておけばいいとして、街の方となるとまたすこし事情が違ってくるの」
「というと?」
「……妾がまだここに居った頃から、いくらか街の造りが変わっておるのだ。基本的な大路や小路は変化しておらんし、大きな屋敷などもそのままではあるがの。細々とした建物が増えたり減ったりしておるようじゃから、重点的に調べるのはそこらかもな」
街に到着した時点で、彼女らはまずこの街の大雑把な地図を、王淩と姜維の調べを下に作成した。李儒がかつて皇帝だった頃に行った街割りと、現在の街割りの変化を確認するために。そうして出来上がった簡単な長安の街の地図を、卓の上に広げて話し合いを行っているわけである。
「なるほど。新しく作られた建物のほうが、誰も知らない秘密の部屋が作られている可能性が高い、と。そういうことやね?」
「そういうことじゃ。この地図で見ると、妾の知らぬ建物は東の工房区のこことここ、それからこっちの民家区画のここ、じゃな。工房区のほうは馬超と馬岱で調べてくれるか?民家のほうは妾と由で調べるからの」
「……それは構わないけどさ。その前に、一つだけ聞いておきたいことがあるんだけど、いいか?」
「ん?なんじゃ?」
「……あんた、一体何者なんだ?やけにこの街に詳しいし、なによりあの貂蝉さんが、あんたを随分持ち上げて扱ってる。確かあの人、前皇帝である少帝陛下のお付だったよな?そこは本人からも聞いているから間違いないはずだろ?」
「それにさ、晋軍の将兵のみんな、あなたに随分遠慮というか、まるで大事な玉(ぎょく)…宝物でも扱っているみたいに気を使ってるしさ。……そこの人はちょっと違うみたいだけど」
李儒に対する周囲の扱い。それがただの一将を扱うのとは、何か周りの反応が違って見える、と。馬超と馬岱はそう疑問に思っていた。しかし、誰にその事を聞いて見ても、その都度うまくはぐらかされてしまう。そこで、ここがいい機会とばかりに、思い切って本人に聞いてみようと、二人はそう思ったわけである。
「……まあ、別に今教えても良いが、詳しいことを話している時間が惜しいしな。そのことは、母御たちを助けたときに教えて進ぜよう。母御たちと一緒に、な」
(……その方が反応をゆっくり楽しめて面白いしの~♪)
最後の李儒の思考はともかく、彼女のその言葉で一応納得した馬超と馬岱。そして、四人はそれぞれに行動を開始した。人質を解放し、現在その矛を交えている西涼軍と洛陽軍の戦を、早期に終わらせるために。
場面は再び洛陽近郊に移る。戦が開始され、両軍が激しくぶつかり始めたのと同じくして、それぞれに一騎打ちを始めていた者たちがいた。
「まーさかりかーついだ、おーしぜんー♪」
……なんていう、どこかで聞いたような鼻歌を軽快に歌いつつ、その手の鉞を片手で豪快に振り回しながら、徐晃の前に進み出た王双は、その徐晃に向かって一言こう言って戦いを仕掛けた。
「そこの乳お化けのでか女!この王子全と勝負よ!ちょいなあー!」
「おうわあっ!?い、いきなり来るかこのがき!しかも言うにことかいてあたしをでか女だと?!」
「えー?別に間違ったことは言ってないでしょー?それともぉ、その無駄におおきな乳は詰め物の贋物とか?あー、だったら怒るのもわかるけどねー。あ、もしかして身長もごまかしてたり?靴は上げ底とか?」
「このがき……っ!!絶対泣かす!」
……とまあ、そんな緊張感がわずかに足りない感じで始まった、徐晃と王双の一騎打ち。両者とも馬上での戦いと相成ったわけだが、得物の長さで、わずかに徐晃が有利に戦いを進めた。
「どうしたどうしたがきんちょ!もっと近くで打ち込んで見せんか!」
「がきんちょって言うなあー!この手長足長大女ー!」
「まだ言うか、このおーっ!」
……何故か子供の喧嘩にしか聞こえない台詞の応酬をしつつ、徐晃の大斧『阿祇斗(あぎと)』と、王双の鉞『水花(すいか)』が、火花と金属音を激しく飛び散らせながら、十合、二十合とぶつかり合う。
そんな徐晃と王双の一騎打ちが行われている他方で、互いにただ無言で武器を構え、相手を見つめ続けている二人がいた。華雄と龐徳である。
「……おい。久しぶりとかなんとか、いい加減、何か喋ったらどうだ?」
「……」
「~~~っ!!いつまでそうやって、だんまりを続ける気だ?!それとも何か?面と向かって私にかける言葉など、何も無いとでも言うつもりか?!」
「……たんだ」
「は?」
ずっと沈黙を保ったまま、華雄の顔を見続けていた龐徳が、ようやくその口から出した言葉は、おおよそこの場に似つかわしくない、こんな言葉だった。
「五年ぶりに見たお前の顔と姿に、ただ見惚れていたんだよ」
「んばっ……!?お、おま、い、今が一体どういう時か、わわ、分かって言ってるのか?!」
「そんな事は百も承知さ。けど、久しぶりに愛する人の顔が見れたんだぜ?感激で思わず言葉が出なかったんだよ。……久しぶりだな、雲(ゆん)。会えて嬉しいよ」
「……///!!そ、その、わ、私も、その、お、お前に、あ、会いたかった……よ。狼」
久しぶりにかけられた、そして、久しぶりに向けられた、己の真名を呼ぶ愛しい男の声とその笑顔に、思わず真っ赤になって、小さな声で返事を返した華雄。
「ただ残念なのは、ここが戦場だっていう事だな。本来なら今すぐにでもお前を抱きしめて、寝所にでも引っ張り込みたいところだが、あいにくそういうわけにも行かないしな」
「お前な……。まあ、その、だ。わ、私もお前に、その、今すぐ抱きしめられたいところではあるが、ここが戦場である以上、今交わすべきはこいつの方……だろう?」
いまだに顔を赤いままにしつつも、その瞳は真剣なまなざしにし、華雄は自身の得物である『金剛爆斧』を龐徳に向ける。
「そういうことだ。たとえこれが三文芝居の一幕だとしても、お前と本気で喧嘩が出来るのは、おそらくこれが最初で最後の機会だろう。だからこそ」
じゃき、と。龐徳もまた己の武器である大剣、『牙狼大斬』を肩口に構え、その口元に笑みを浮かべる。
「互いに遠慮は無し。全力全開でやり合おうじゃないか!」
「無論だ!この五年間での私の成長、お前に存分に見せてやるぞ、狼!」
「来い雲!いや、晋の将・華雄!……西涼の黒狼・龐令明、いざ、推して参る!!」
『おおおりゃああああああっっっっ!!』
幼馴染であり、かつて生涯を共にと誓ったその二人の、激しくもどこか楽しげな戦いが、二人の咆哮と共に開始された。
そうして晋軍対西涼軍の戦いが開始されていた丁度その頃。長安で馬騰と何進を探索中だった李儒たちは、街中にある一軒の屋敷の前に集合していた。
「ふむ。どうやらここが、最後の一軒のようじゃな」
「建設されたのはつい半年ほど前やって。韓遂が反乱を起こした、その三日前に完成したそうや」
「名目上は、一応孤児院っていうことになっているけど、そのための人手が集められた形跡は無し。もちろん、孤児たちが集められたことも、んね」
城の中の探索を済ませた王淩や、街中の他の地区を探して回ってきた馬超と馬岱から、それぞれ収穫が無かったことを聞かされた李儒と姜維は、二人が担当していた民家区画で、最近建てられたいくつかの屋敷の中から、韓遂の反乱時期にぴったり重なる時期に建てられた、この名目上孤児院となっている屋敷に、その最終的な当たりをつけた。
「見た目は特に変わったところは無いよね。……人がいる気配も、全然感じないし」
「じゃあ、やっぱり中に入って調べるしかないな。おし、あたしと蒲公英で先行するから、三人はその後に続いてくれ。後ろは貂蝉、あんたが警戒しててくれ」
「うふふ。お任せされちゃうわよん♪後ろは大だあ~い好きですもの」
微妙に意味が違っているような王淩の台詞ではあったが、他の四人はそんなことに気づくことなく、馬超と馬岱を先頭に建物の中へと入っていく。
ぎぎぎ、と。重い扉をゆっくりと開け放ち、中を警戒しながら覗きこみつつ、一同は建物の中に入った。室内の装飾はいたってシンプル。というより、何も無いといったほうが正解か。内装も何も施されていない、そして建てられて以降一切人の手が入っていない状態で、床一面にほこりが被っており、そこら中に蜘蛛の巣が張られている。
「うわ~、予想以上に汚いね、ここ」
「そうだな。さて、どこをどう探そうか?」
「そうじゃの。もし隠し部屋とか牢みたいなものがあるとすれば、地上部分よりも地下じゃろうな。彦雲、それらしい気配はあるか?」
「そうねえ。ちょお~っと待ってちょうだいね?」
李儒のその問いかけに応えた王淩は、自身の人差し指をその口に含んで湿らせると、その指をおもむろに自身の頭上に立てた。
「……空気の流れは、そこの扉からのもの以外だと、こっちの方から感じられるわね」
指に当たる微妙な空気の流れ。それを感じ取った王淩が、その流れの先を辿って、一階広間の隅のほうへと歩いていく。
「……えっと、丁度この辺りに……あ、見っけ♪」
「おお!さすが彦雲じゃ!」
「ほへ~。ほんまに見つけるとはなあ~。……あ~、やっぱうちは役立たずやな~」
がっくし、と。あまり助けになれていない自分に落胆し、その肩を落とす姜維。
「まあまあ、そんなに落ち込まずとも、これからまた巻き返しを図ればよかろ?な?由よ」
「……ありがとうございます……はぅはぅ」
そんな姜維をみなで慰めつつ、そこだけ被ったほこりが新しい床の一部を取り外し、そこにあった地下へと下りる階段を下がっていく一同。はたしてその先は、一行の予測どおり石牢がいくつか並ぶ空間となっており、その内の一つに、件の人物二人が身を寄せ合っていた。
「母上!」
「伯母様!」
「……っ?!翠!?蒲公英!?」
「何進さま!」
「おぬし、王淩か?!」
「よかった。どうやらお二人はんとも、無事やったみたいやね」
「そのようじゃな。……寿成、それに伯母上。ご無事で何よりでしたの」
『!?そ、その声はまさか……!?」
『??』
牢の中にいた馬騰と何進にかけられた李儒のその声を聞いて、馬騰も何進も思わず目を見開いて驚きの声を上げた。
「母上?こいつのこと知ってるのかよ?」
「ばっ!翠!この方に向かってなんと言う口を」
「よいよい、寿成よ。馬超は妾のことに気づいておらんのだ。だからそう怒るでない」
そう言いつつ、何のことかいまだに分かっていない風の馬超と馬岱のいるその傍で、そっとその仮面を外して素顔を晒す李儒。で、その彼女の素顔を見た、かつての彼女を知っていた馬超の反応がこう。
「こ、こう、こう、こう、こうっ!こうていへいかあああああっっっっっ!?!?!?」
にこにこと。完全にしてやったりな表情で、驚きのあまり腰を抜かしている馬超へと、その満面の笑顔を向ける李儒であった。
一方その頃、洛陽近郊での戦いのほうはどうなったかというと。
「……詠さん」
「……うん。ボクも正直言って、見積もりが甘かったのは、素直に認めるわよ。けどさ」
司馬懿の呼びかけに応えてから、曇らせたままの表情をしたまま、その視線を戦場のほうへと向ける賈駆。そして、
「……こうもあっさり勝負のつく戦になるなんて、一体誰が予測できるっていうのよっ!」
「ですね……」
要するに。
数が拮抗している晋・西涼両軍の戦は、戦力の均衡によるこう着状態へと、まずは陥るはずである、と。当初司馬懿と賈駆は当然のようにそう読んだ。西涼の兵の強さは、元々涼州出身である董卓軍の将たちにも良く分かりきっていることだったため、李儒たちが馬騰らを救出するまでの時間稼ぎという、今回の戦における晋軍の目論見どおりとなる。
……そのはず、だったのだが。
「申し上げます!左翼部隊長・成宜さま討ち死にされました!部隊も死傷者多数にて壊滅状態!半ば以上の兵が敵軍に降った模様です!」
「右翼より伝令!部隊長・馬玩さま、敵軍に捕縛されたとのこと!部隊は副将である梁興様が指揮を執っておられますが、負傷者多数により戦闘続行は困難とのこと!」
「……こんな、こんな馬鹿な……!!戦が始まってまだ半刻しか経っておらんぞ!なのにもうここまで追い詰められるとは……!!ええい!晋の軍勢は化け物か?!」
西涼軍は、軍師たちのその予想以上に脆かった。確かに、兵の数と練度で言えば、双方の軍勢ともほぼ同等ではあった。だが、将や兵の士気の差に関して言えば、それこそ天と地ほどの差がそこにあった。原因はいたって明白。先の舌戦における韓遂の台詞、あれを聞いた洛陽軍のすべての将兵が、韓遂に対して怒り心頭に達していたからである。
まあ、当然といえば当然であろう。自分たちの敬愛する主君を面と向かって痛罵されたら、誰でも怒髪天を突くのは当たり前である。もし先ほど、韓遂があれ以上何かをしゃべっていたら、被害は現状ぐらいではすまなかったかもしれない。そしてさらにその上、である。戦が開始されて少し経った頃、少しばかり押され始めた味方の軍勢を見た韓遂は、あろうことかこんな一言を軍全体に通達した。
「敵前逃亡をした者は、一族郎党まで罪に問うぞ!」……と。
そんな台詞を聞かされて、戦意の揚がる軍勢がいたら、それはまさに狂気の集団であろう。しかし、西涼の兵たちは須(すべか)らく全うな人間であった。士気など当然上がるはずもなく、かえって全体の士気を下げることに繋がった。
一方で、董卓率いる洛陽勢は、怒りによってその戦意を大きく上げていたが、それでも、総大将である董卓の命を聞き、徹底的に守るだけの理性は有していた。
「皆さんのその怒りは分かりますが、それでも西涼兵への被害はなるべく抑えてください!敵将である韓遂さんも、出来れば生け捕りにしてください!」
その董卓の言葉に従い、晋軍の兵たちは西涼の兵たちを出来る限り殺さないよう、戦闘不能にするに留めて倒すことに留意し、実際、そのとおりにやってのけていた。もちろん、完全に被害を出さないのは無理ではあったが、それでも、二十万近い軍勢同士がぶつかった戦としては、稀有ともいえるほどの数の生存者が残った戦いとなったのであった。
「くそっ!西涼の全軍で出てきたというのに、この様とは!やはり、混じり物なんぞの言など信用せず、最初から人質を利用するべきだったか……!!」
今回の戦で負けたのは、西涼の軍勢すべてでもって、力押しで正面からぶつかるべきだと、そう自分に進言してきた龐徳のせいだと。自分に落ち度があったゆえの負け戦だなどとは、露ほどにも思っていない韓遂であった。
「こうなったからには、これ以上ここにいても仕方があるまい。とっとと長安に戻って、人質どもを」
「ほう簡単に行くと思うか?」
「!?」
味方の軍に見切りをつけ、一人その場を離れようとして馬首を返そうとした韓遂だったが、その振り返った視線の先に、馬にまたがって偃月刀を構えた人物―張遼がそこにいた。
「お、お前は確か、張文遠ではないか!」
「へっ。何や久しぶりやなあ、ええ?韓遂のおっさん。五年ぶりぐらいか?あん時は世話になったで。賊討伐に出てたうちらが、ちょっとした油断から敵に囲まれたとき、あんさん、一人だけ逃げてくれたよなあ?……おかげでもうちょいで死ぬとこやったで」
「う、うう」
「まあ、あん時は?寸手のところで、あんたの“主君”である、馬騰はんに助けてもらえたからなあ。あん時の礼を是非したいんや。……大人しゅう、来てもらおか?まあどの道、もう逃げられへんけどな」
「な……っ?!」
張遼の凄みを利かせたその台詞と、いつの間にか周囲を取り囲んでいた騎兵の姿を見て、がっくりとうなだれる韓遂。
「よーし、よし。おとなしゅうしてたら危害は加えへんよってな。うちらと一緒に、長安まで行ってもらうで。今頃はもう、馬騰はんも何進はんも無事、保護されてるやろうしな」
「……」
そうして韓遂が張遼に捕縛されていた頃、一騎打ちを行っていた四人はというと。
「放しなさいよこの贋乳ぃー!上げ底足おんなー!無駄にでかい分、重いんだってばー!!」
「……まだ言うか、このガキ。おい、お前一体、娘にどういう教育をしてんだよ?」
と。縛られて押さえつけられながらも、いまだに徐晃に対して悪口を続ける王双に半ば呆れながらも、その彼女の養父である人物に向かって、徐晃はその冷ややかな目を向けた。
「……とりあえず、すまん」
「別にお前が謝る事もないだろう?こいつの口の悪さは昔からなんだし」
「べーっだ!雲にだけは言われたくないよーだ!」
「……な?」
「……なるほど。ようするに、本当にまだガキなんだな、こいつは」
あはははは、と。子供だと言われたその当人の王双以外、満面の笑顔で笑いあう一同。ちなみにその一騎打ちの結果であるが、徐晃対王双の戦いは、見てのとおり徐晃が勝利した。小柄な体とその怪力を活かしてよく戦った王双ではあったが、やはり経験不足は否めず、百戦錬磨の徐晃には後一歩及ばなかった。大振りをして出来たその一瞬の隙を突かれ、鉞を弾き飛ばされて地に臥し、捕らわれたのである。
「それにしても、さ。正直おそれいったよ、雲。まさかあそこまで腕を上げているとはな」
「まあ、いつまでも考えなしで居続けるわけにもいかんからな。その、せめてお前に、安心して背中を預けて貰えるようにはならんと、な」
「……だったらもう大丈夫さ」
「そ、そうか?」
「ああ」
「……良かった///」
ぽつり、と。当人には聞こえないように、あえて小声で呟く華雄。その顔を、ほんのりと赤く染めながら。なお、二人の一騎打ちのほうだが。結果から言えば、華雄と龐徳の一騎打ちは引き分けに終わった。それこそ、本当にこの二人生涯を共にと誓い合った仲なのか、と疑いたくなるぐらい、両者とも全力を出し切っての激闘を繰り広げた。互いの武器を何十合と交わし、一つ間違えばどちらかが命を落としたとしてもおかしくないほどに。しかし、最後の一撃を交し合おうとしたその瞬間、韓遂が張遼によって捕縛されたとの伝令がもたらされたため、それ以上戦いを続ける必要が無くなったわけである。
とにもかくにも。
こうして洛陽近郊における晋軍対西涼軍の戦は、当初の予定とは少し違った形で終結した。敗軍となった西涼軍の残存兵と、投降した数名の将を伴い、そのまま函谷関を抜けて長安へとその軍を進めた董卓たち。
その長安の城門前。そこで彼女らを待っていたのは、馬騰と何進の二人を伴い、その素顔を晒して満面の笑みでいた、李儒ら救出組一行であった。
「……だけど李儒さま?一つだけ聞きたいんだけど…じゃなくて、お聞きしたいんですが」
「妾の事は命で良い、と。そう言うたであろう?敬語も不要じゃ。……で?聞きたいこととはなんじゃ翠よ?」
「……いやその。ちっとばかり、昔よりも性格…悪くなってませんか?」
「はっはっはっはっは!……ふふふ。翠よ、これが今の、そして、本来の妾の姿じゃよ♪“皇帝という名の仮面”を外した、今の、妾のな?」
「……変わっていませんね、白亜さま」
「ほんとうに。一体誰に似たのやら」
呆れつつ、それでも笑顔をその顔に浮かべる、馬騰と何進。そして、にこにこ上機嫌な李儒の後ろで、やれやれと肩をすくめている、姜維と王淩の二人であった。
そして、それとほぼ時同じ頃。
前荊州牧・劉表の嫡子である劉琦を伴って、突如許昌の地を訪れた呂布と陳宮の案内により、一刀と公孫賛、そして曹操の三人が率いる南征軍が、荊州は宛県に到着していた。
ただし。
「……思いっきり、あの三人に嵌められたわ、ね」
「……信じたくは無いが、今の状況がすべてを物語っている、か」
「……」
一刀は公孫賛と曹操のその言葉を、ただ無言のままに聞いていた。
『劉』
『呂』
『袁』
その、三つの旗を、ただまっすぐに見据えながら。
~続く~
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てなわけでw
ちょっと物足りないと思っていた今回のお話を、
いくらか追加・改訂いたしました。
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