曹操は少しだけ焦っていた。
こうして劉備を追いつこうと馬を走らせていている今も確実に劉備を殺せるチャンスを逃しているように思えてならなかったからだ。
「……いえ、まだ間に合う」
呟く。ここで間に合えばすべては終わる。
諸葛孔明だろうと趙雲だろうと民を守って戦うことは出来ない。劉備と鉢合わせた瞬間、自分が勝利を手にする。それは確信していた。
だが、歩みは止まる。
「……確かに、ここを渡れば勝敗を決するのだけど」
自分より背が小さく、まだ幼い子供が橋の上に立っていた。
張飛益徳。
劉備軍の中で、武力においては最強と言われている者。
「そこを退きなさい張飛。私は劉備以外の者に興味はないのよ?」
「……クルクル娘がうるさいのだ。お姉ちゃんに負けを認めているくせに」
あからさまな挑発。
「……私が劉備に負けを認めている? それは逆じゃないのかしら」
張飛が立つ橋の向こうには伏兵がいる。不用意に踏み込めば死ぬかもしれない。
共に強力な力を持つ者同士。
曹操を進ませれば劉備は死は確定し、留めれば生存の可能性が出てくる。
「クルクル小娘に聞きたいのだ」
「何かしら?」
張飛は、愛刀である丈八蛇矛を向けてこう言った。
「どうしてお前の目は震えているのだ?」
第四話
『長坂の戦い 後編』
「怯える? 何を言っているの張飛」
「じゃぁ、なんでお義姉ちゃんを追いかけるのだ?」
「帝に反逆をしたから……では、駄目かしら?」
「にゃ~……本当に嘘をつくのが得意な小娘だな~」
張飛は曹操にため息をつくと、傍に控えていた夏候淵が弓を構えた。
「貴様っ! これ以上の華琳様の侮辱許さないぞ!」
「……にゃ? クルクル小娘が嘘をついているからそれを否定しただけどなぁ~」
「貴様――――っ!!」
夏候淵は怒りのままに弓矢を放つ。だけど、放った弓矢はすべて叩き落とされる。
「にゃははは! そんな弓矢なんか鈴々には当たらないのだ」
張飛は余裕的な笑顔で夏候淵を馬鹿にすると、今度は楽進が突進してきた。だが、張飛はこれも簡単に撃退してしまった。
「………」
曹操は馬を反転させた。
「にゃ?」
そしてそのまま曹操はその場を立ち去ってしまった。
「やったっ! クルクル小娘が鈴々を恐れて逃げていったのだ」
もう姿が見えなくなった曹操軍に張飛はそれを大層喜んだ。
「それじゃぁ、念のためにここの橋を落としてからお義姉ちゃんと合流するのだ」
そして。
「ふ~ん……本当に一刀の言う通りだったわね」
しばらくしてから、再び戻ってきた曹操は橋を壊されていることに喜びを得ていた。
「だろ? 本来秘策があるなら橋なんて落とすべきじゃない。でも、橋を落としたということはこれ以上、華琳に来て欲しくないという意味なんだよ」
「……でも、これこそが罠だったら?」
「俺の首をかける」
曹操の傍にいる白服の男は腰にさしてある剣を曹操に渡した。
「いいでしょう。もしもこれが罠であって兵士達に被害がでたら貴方の首をもらうわ」
すると今度は、曹操が死神の鎌の形した武器を男に渡した。
「逆に、私がここで劉備を殺せなかったら貴方に侘びとしての褒美を与えるわ」
「なら、ここに書いてある女性達と俺の婚姻の許可をくれ」
男は懐から紙を曹操に渡した。
「………なっ!?」
渡された曹操は赤面した。
「さぁ……行きましょう。華琳様、劉備を殺しにね」
男は笑顔で曹操に微笑むと軍を動かすのだった。
結論からいえば、賭けは曹操の負けだった。
あと一歩の所を取り逃がしてしまい、劉備は夏口城へ逃げ込んでしまう。こうなってはすぐに劉備を倒すことはできないと判断した曹操は賭けをした男を呼び、自身が約束を守ることを宣言した。
「……それで、彼の妻が華琳、春蘭、秋蘭、桂花、詠、霞、稟、風、凪、真桜、沙和って……どれだけいるのよ!!」
「……いやぁ~嬉しいです。こうして皆さんの夫になれることに誇りを持てます」
男は照れ隠しをしながら望みを叶えることに喜んだ。
「いやぁ―――っ! こんな不埒な男なんて嫌いよ!!」
荀彧は逃げ出そうとするが、手に指輪をつけれているため逃げ出せない。
「賭けは、賭け。約束を果たさなければ我が名が堕ちるわ」
玉座に座っている曹操も指輪を見つつため息をつく。
「うう……本当によかった。ここにくるまでにどれだけの功績を残したことか」
しまいには男は、泣き出してしまった。
「それに一刀が選んだ女性は貴方と結婚したがっていたから、いいわよ」
「えっ? それって……」
曹操は男を黙らせると高々に宣言した。
「これより江東に戦を仕掛ける準備をしなさい。劉備は間違いなく江東と手を結ぶのだから、先手を打ちますっ!」
最終話へ続く……
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前回のお話
曹操が五十万の大軍を引き連れて出撃してくる。劉備は、民を引き連れて江夏・夏口方面へ逃げることになるのだが……。