夏口城にある桜の木の近くに大きな墓石があった。
それは北郷という男の墓。
彼は先の長坂の戦いにおいて、曹操に殺されてしまった。厳密には民の赤子を守るために庇って死んだのだが。
「ご主人様って……いつも嘘つきだもんね」
小さくため息をつきながら劉備は、墓石に水袋の水を注ぐ。澄んだ水は、小さい虹を作り、銀色に流れた。
「嘘つきで、私なんかよりも人をみんなを守るために犠牲にする人」
そして、墓石に手を合わした。
「でも、そんなご主人様が好きで妻になりました」
桜の花びらが舞う。
「ご主人様。我ら関羽、張飛、趙雲、諸葛亮が今一度誓います。必ず桃香様をお守りこの世界を平和にしてみせることを……」
劉備の傍にいた四人の女性達も関羽の誓いの言葉共に墓石に手を合わした。
最終回
『神話 序章』
なんとか曹操から逃げ切れた劉備だったが、曹操の戦いの手は止むことはなかった。
今度は江東を治めている孫権に移し変えてくる。
『一緒に手を組んで劉備を倒しましょう』
それが孫権に対して送った書状なのだが、逆らえば百万の軍勢を相手にすることになるとも書き加えてもいた。
「もしも孫権さんが曹操さんに降伏したら、もう天下は曹操さんに微笑んでしまいます」
玉座に戻った劉備は、諸葛亮から今の曹操の動きについての報告を聞いた。
「うん、そうだね。それは絶対させては駄目。なんとか孫権さんには曹操さんと戦ってもらわないといけないんだけど……」
噂では書状を受け取った孫権は曹操の力の前に、降伏するような考えを持っているらしい。
「どうしたらいいと思う朱里ちゃん?」
諸葛亮は劉備の不安顔を安堵させるかのように笑顔で微笑んだ。
「私が一人で江東に行って、孫権さんを説得させてきます。そして、同盟を結び曹操さんに対抗するように促してきます」
諸葛亮の提案に、劉備はビックリするが、すぐさま反対の意思を示した。
「朱里ちゃんが、一人で江東へ? だ、駄目だよ。危険すぎるよ」
しかし、諸葛亮は笑顔で答えた。
「大丈夫です。私を信じください桃香様」
「でも……」
ふいに蘇る北郷の死。
彼もそう言って劉備の前から姿を消した。
「桃香様。貴方の願いはなんですか?」
「それは………」
世界を笑顔で満たすこと。
それを阻むのは曹操のみ。そして今戦えるのは自分だけだ。
「安心してください。必ず私は帰って来ますから……」
諸葛亮はもう一度笑った。
今度は約束を守るという意味での微笑みで……。
白乳色の湯気の中、曹操は漂っている。
生まれたままの姿で、しなやかに四肢を投げ出し。
絹のように滑らかな白濁色のお湯の上を、ふわりとゆたっている。
荊州城の地下に広がる大浴場。そこは城の地下を掘り起こし、じかに温泉を引いた源泉のかけ流し温泉で、それを曹操だけが堪能していた。
「劉備の追撃、桂花の病死、孫権との戦争……この荊州城で温泉入るまでにいろんなことがあったわね……」
白乳色の温泉に浮かびながら、曹操は過去を思い返した。
「……この孫権との戦いに勝利すれば、大陸は私が支配できる」
だが、劉備が不敵に笑い、曹操の喉元に剣先を突きつけた。
「………っ」
報告によれば、孫権と劉備は同盟を結び赤壁にて戦う準備をしている。ならば曹操は逆らう者達を始末するために彼らよりも多い軍勢で赤壁へ兵を出せばいいだけのこと。
「でも……きっと、この戦いは未来永劫、歴史に残る戦いとなるでしょうね」
曹操は湯船の中で脚を組んだ。
「……で、一体いつになったら貴方は入ってくるの一刀?」
そして、いたずらぽっく笑いながら夫の真名を呼んだ。
「ちょ!? いや、そんな。いろいろと落ち着いてないから」
影で隠れていた曹操の夫は大慌て。
「あら? 『食事』を満足するだけ堪能しているのに恥ずかしがるの?」
「それとこれとは別っ!!」
「女からすれば一緒だと思うのだけど?」
正直な話、覗かれるくらいなら一緒に入って襲われた方がマシだものと小さく呟いた。
―――ドックン。
「何…………………今の?」
ふいにお腹が騒いだ。
しかし、すぐにその感覚はなくなる。
「どうかした華琳?」
曹操と同じように生まれたまま姿になった夫は、違和感を抱いた彼女に声をかけた。
「なんでもない。なんでも…………ない」
そう気のせいだと認識する。
まだ早いし、神話は描かれてもいない。認識するのは勝ってからにしよう。
―――それからしばらくして、赤壁の戦いが始まった。
勝敗は曹操の敗北。
しかも劉備に追い込まれ、最後には関羽に慈悲をもらって逃がしてもらうなどという屈辱的な敗北を味わう。
そしてその戦いは、曹操、劉備の神話伝説誕生となって三国志の始まりなのだが……。
完
―――だが、この乙女達の三国志を利用している人物がいた。
目的は、乙女達の魂を狩り『終焉の扉』を開くこと。
その人物とは――――。
Tweet |
|
|
9
|
0
|
追加するフォルダを選択
前回のお話
劉備を討ち漏らした曹操は、手を結ぶと思われる江東を先に潰すことを考えて動く。