No.223193

Love island

向坂さん

大昔某ネットの某イベントのために書いたテキストを改造したものです。あんまり怖がらせちゃダメですよ。

2011-06-17 22:07:57 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:772   閲覧ユーザー数:765

 南の島の空気は軽く感じる。

「わぁ、何か空気が軽く感じるよ!」

 深呼吸して光が言う。語彙まで似たものカップルだ。

「俺もそう思った。真似したな、光」

「えー。君こそ真似したんでしょ」

 いかにも恋人同士という感じのバカな会話が楽しい。

 せっかくの夏休みだから泊りがけの旅行に行こうと言い出したのは光。俺も喜んで賛成した。いや、そんな、下心など。下心なんて。したご……ちょっとあった。

 色んな思いを胸にプランを練った。やっぱり海外かな。バリ、タヒチ、ハワイ。でもすぐに我に返った。予算が全然足りない。

「いいよいいよ。パスポート取らなきゃいけないし、他にも色々大変だもん」

 光の優しい言葉に甘え、俺は下心の量を減らして国内の旅行スポットを探した。沖縄?小笠原?でもどこも予約で一杯だった。

「いいよいいよ。予約で一杯ってことは、すごく込んでるんでしょ? そんなところに行ったらなにもしなくても疲れちゃうよ」

 光の温かい言葉に甘え、下心の量をさらに減らしてもっと地味なスポットを当たってみた。

 結局俺が見つけ出したのはそう遠くはないちっぽけな島だった。子供のころ、家族で何度か行ったのを思い出したのだ。

「楽しみ~」

 と光は言ってくれたが、俺は何だか申し訳なくて下心を踏み潰した。

 でもこうして来てみると、渋い観光地も悪くないな。光も楽しそうだし。下心を復活させようかな。

「ね、宿に荷物置いたらさ、すぐ泳ぎに行こうよ!」

「うわ、ものすごい体力だな、光」

「だって、三泊四日しかないんだよ。思いっきり遊ばなくちゃ!」

 それもそうだ。でも……体、持つかなあ?

 初日はそのまま光の言うとおり、近くの浜で泳ぎまくった。光は、

「競争だよ! 捕まえてね」

 なんて言って沖まですごい速さで泳いだが、俺はへとへとになった。日頃の運動不足がこういうときに響くんだよな。下心とか言ってる場合じゃないよ。

 二日目はとりあえずふらふらと散歩に出た。すると昨日の浜辺近くに、『貸し自転車』の看板が出ているのを光が目ざとく発見、車輪を並べてサイクリングとなった。

「景色がいいから、すっごく楽しいよ、きっと!」

 光の言うとおり、高台から見下ろす海や市街地、鬱蒼と茂った山の森と小川のせせらぎ、みんな素晴らしかった。ただ、この島は山岳地帯が多くて、アップダウンが猛烈に激しかった。

「ひい、ひい・・・」

「がんばってー。もうすぐてっぺんにつくよー」

 はるか先でいったん自転車を止めて俺を応援する光。俺は鉛のように重い自転車を上り坂に這わせる。ひい。

「うわああああ!」

「やっほー!! きーもちいーい!」

 ペダルから足を離して、風と一体化する光。俺は異次元に突入しそうな速度の自転車にしがみつき、ブレーキを握り締める。ひい。

 泳ぐより疲れたが、海岸沿いの道で夕陽に照らされた光がすごくきれいだったのでよしとしよう。

 三日目はバスに乗った。のんびりするためではなく、歩くと遠い別の浜辺に向かったのだ。初日の海に比べ、距離のせいか客は少なく、海の色もさらに青い。従って光の元気も倍増だ。

「すっごくきれいだよ! あ、あっちに魚がいる!ほら!」

 この頃になると俺も疲れが度を越して何だか変にハイになってきて、光と一緒に大はしゃぎした。

「おー!こんなとこに光がもう一人いるぞー!」

「えーっ? 何これー、ハコフグじゃない!」

「そっくりだー。はははは」

「ひどーい。許さないよ! アハハハ」

 俺たち、酒もクスリもやってません。念のため。

 その夜は温泉を使っている公衆浴場に行き、そこからタクシーで島料理の店へ行った。

「ああ、お腹いっぱいだよ~」

 新鮮な刺身や焼き物、都会では考えられないほど味の濃い野菜や果物をたくさん詰め込んだ光はぽんぽんとお腹を叩いた。俺も同じように叩いてみせる。

「美味かったなあ。もう動きたくないよ」

「アハハハ。でも動かないと宿に帰れないよ」

 お店の人がタクシーを呼ぼうかと気を利かせてくれたが、光はにこにこ笑って断った。

「大丈夫です。食後の運動にちょうどいいから、歩きます。ね? えへへ」

 俺としてはお店の好意に甘えたい気持ちもあったが、光の笑顔には抵抗できない。結局俺たちは暗くなった道をてくてくと歩いて宿まで戻ることにした。

 最初、光はいつものように元気良く歩いていたが、街灯もろくに立っていないところにさしかかると、歩みを遅くし始めた。

「ね、ねえ。何か出ないかな……?」

 そうそう。光はホラー・怪談系現象は苦手だったよな。俺はそっけなく言った。

「そうだな。落ち武者とか出そうだよな」

「や、やだよう~」

 光は声を震わせて俺にぴったりくっついてきた。かわいい。

「真っ暗だな。あ、あれ、墓石じゃないか?」

「きゃあーっ」

 あんまり怖がらせるのもかわいそうかな。あとで怒られるし。そう思って俺が口を閉じた次の瞬間、道の脇の茂みからガサっと音がした。

「!!」

 光が身を固くするのがわかる。俺は警戒して光の前に立った。茂みが、音を発する。

「うみゃあああ」

「きゃああああっ!!」

 光は絶叫したが、俺は茂みに手を伸ばした。思った通りのものを捕まえる。

「ほら、光。ただの野良猫だよ」

「みゃあああ」

 抗議の鳴き声を上げる猫を光に見せようと振り返った…・・・そこには誰もいなかった。

「! 光!?」

「みゃっ」

 俺は猫を取り落とすと、周囲を見回した。どこにもいない。

「光ーっ!! どこだ、光ーっ!!」

 ど、どうしよう。俺が怖がらせすぎたから、猫の声でパニックになって、逃げ出しちゃったんだ。道に迷ったり、崖から落ちたりしたら……

「光ぃーっ!! 返事してくれ、光ーっ!!」

 俺は道を探し回ったが光の姿は見えず、脇の茂みに分け入った。この林の奥にまで行ってしまっていたら大変だ。

「光ーっ!」

 ざくざくと林に入り込む……あれ、道は……どっちだ?

「そっちへ行っちゃダメだよ!!」

 大きな声が反対側から聞こえた。俺は方向転換し、声の方に向かう。そこは元の道だった。そして。

「光! よかった」

「ご、ゴメンね……私、怖くてわけがわかんなくなっちゃって……」

 道に座り込んだままの光は涙目になっていた。俺はそっと光の肩を抱いた。

「俺こそごめん。脅かしすぎたよね」

「う、ううん」

 そこへ、上手い具合に空車のタクシーが一台やってきた。俺はそれを止め、光と一緒に宿に戻った。

 宿に落ち着くと、光は改めて俺にぺこっと頭を下げた。

「ゴメンね、迷惑かけて……」

「ああもう、気にするなって。それに、光が声をかけてくれたから俺、林の中で遭難しなくて済んだんだし」

 俺がそう言うと光は頭を上げた。

「えっ?」

「あ、いや、だから俺が光を探して茂みに入って、どんどん林の方に行ってたときに」

 まだ光はきょとんとしている。おかしいな。

「えーと、『そっちへ行っちゃダメだよ!!』とかって教えてくれたじゃないか」

 光はふるふると首を横に振った。

「違うよ。私がパニックになって林の方に逃げようとしたら君が、『そっちへ行ったら危ないぞ』って止めてくれたんじゃない」

 俺たちはぴたっと静止した。

「ま、まさか……」

「そ、そんなことって……」

 空気がどんどん冷たくなってくる。不意に仲居さんがふすまを開けた。

「失礼いたします。お布団を……」

「あ、あの」

 俺は思わず聞いてしまった。

「はい? なんでございましょうか」

「い、いえ、あそこの島料理の店のところから出てる、街灯もあんまりない道あるじゃないですか」

「ああ、末郷井戸通りでございますね」

「そ、そこで何か、幽霊が出るとかって話は……」

 光が慌てて俺の袖を引く。

「や、やめようよー。怖いよー」

 だが仲居さんは話し始めていた。

「色々ございますが、一番有名なのは戦時中の話です。あのお店の裏側の山に村がありまして、そこの若者と娘が恋仲になった。ところが若者は徴兵されて戦争に行かなくてはいけなくなった。戦争も末期で、行けばほぼ確実に特攻隊になり戦死する。娘は若者に兵隊に行かないよう懇願したのです。若者は迷い、身を隠そうと考えました。ところが、村の者に見つかり、兵隊に行かぬとは何という非国民などと責められ……最後は在郷軍人に暴力を受けて死んでしまったのです」

 俺も光も無言だった。ひどい話だ。

「娘は哀しみの余り、末郷の井戸に身を投げてしまいました。そこは若者と娘がいつも逢引の待ち合わせに使っていたところだとか。今も夏になると二人の霊がさまよっていると言います」

 仲居さんは悲しい話を終えると布団を敷いて出て行った。俺は寝る準備を始めたが、光はまだ俯いたまま固まっていた。

「光……ごめん。怖い話聞いたりして」

 光は俯いたままふるふると首を横に振った。

「違うよ……怖くなんてないよ。怖くない。かわいそうなの」

 光の目から小さい水滴が畳に落ちた。

「とっても好きだったのに……戦争なんかで引き裂かれて……井戸に飛び込むなんて」

 光はすっと頭を上げて俺を見つめた。

「同じ村ってことはさ、その二人、私たちみたいな幼なじみだったかもしれないよ」

「……そうだな」

 俺はそっと光を抱きしめた。

「悲しいのかな。悔しいのかな。だから出てくるのかな……」

 光がかすれた声で言う。だが、俺の考えは違った。

「いや。俺はたぶん、導くために出てきてるんだと思うよ」

「えっ?」

 光は俺を見上げた。俺はうなずいて続ける。

「二人は、きっと天国で一緒になれたんだよ。で、自分たちの思い出の場所で、自分たちみたいな恋人同士が悲しい目に遭わないように見守ってるんじゃないかな」

 はっとしたように光の目が見開かれる。

「そうだ。そうだよ。だって私と君、あの二人に林に迷い込みそうなのを助けてもらったんだもんね」

「だろ」

 光と俺は、窓に映る月を見た。光が小さく、

「ありがとう」

 と言った。今夜も下心の出番はない。

 

 翌朝、俺と光は帰りの飛行機の時間まで例の通りを散策した。明るいとやっぱり安心だ。

「きれいなお花が咲いてるよ」

 光がそう言って草むらを指差した。確かに名前は分からないけど、かわいらしい白い花が咲いている。その脇には、立派な樹が立っている。俺は樹を見上げた。

 示し合わせたわけでもないのに、俺と光は同時に、

「さようなら」

 とつぶやいた。俺たちは顔を見合わせて照れ笑いすると、手をつないで空港への道を歩き始めた。

「ねえ」

 光が俺の目をじっと見つめる。

「ん?」

「また、来ようね。一緒に」

「ああ」

 陽射しが強くなり始めた。きっと今日も暑くなるだろう。

 


 
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