No.222983

正史と外史の狭間で-記憶の整合-

ですてにさん

蜀・呉合同拠点

2011-06-16 13:52:58 投稿 / 全2ページ    総閲覧数:4929   閲覧ユーザー数:3988

「そうか、ご子息どのが物心つくまで、ご主人様は一緒に過ごす事が出来たのだな・・・」

 

「約五年間、登たちは一刀の愛情を受けて育つことができたわ。

それから、一刀がいなくなってから三年が経って、この世界に引き込まれた。

しかし、愛紗たちは誕生してすぐに、一刀が天に帰ってしまったのね・・・」

 

「平は、父の顔も知らぬ・・・。もちろん、桃香さまのお子も同じだ」

 

女として母として、愛紗の気持ちが痛いほどわかる。二重に大切な者を奪われる感覚。

夫と父。一刀を失う痛みは、倍になったように感じたものだ。

 

「華琳どのはご主人さまを必ず連れ帰ると言って憚らない。

けれど、それを我侭と感じる私がいるのだ。ご主人さまを必要とするのは、

こちらは私や桃香さまだけでなく、子供たちも同じだと、叫びたくなる」

 

「一刀に抱かれ、女として満たされても。愛紗や私は、もう納得できないものね」

 

母親であるがゆえ。自分だけが幸せになるなど、許されないと思う。

きっと、思春も同じ感覚を持っている。

 

「一刀の身体は一つ。当たり前のことなのに、辛いと思うのは、想像しなかったわ」

 

蓮華が、この世界で愛紗や華琳の世界の顛末を聞き、

それぞれの陣営での一刀の存在の重さを知った。

自分以外に、父と離れ離れになる子供を抱えた、母がいることを知った。

 

初めは何があっても、一刀を呉に連れ帰る、そのつもりで来た。

だが今は、自らの我のみを通す気にはなれなかった。家族を人一倍大事に思う、孫呉の女ゆえ。

『各世界の一刀の子供たちに、等しく、父親の愛情を与えてやりたい』

この世界で、正妻の自覚を強くした蓮華は結果として、

大家族の母としての考えを持つに至っていた。

 

「蓮華どの・・・」

 

「一刀の子供は、等しく愛されるべきだわ。

いくら、妻を多く置いていたって、子供たちにとって、父親はただ一人。

理想論だけど、魏・呉・蜀の三国の世界をまとめられれば、それが一番いいと思うもの」

 

取り合いになるのは、変わりないけれど、と蓮華は笑う。

だが、それでも。一国だけが、天の御使いを取り戻すより、よっぽど幸せではないか。

 

「もっと、貴女は嫉妬深いと思っていた」

 

私もそうだから、と愛紗は苦笑いする。

どこか寂しげな言葉に、蓮華はゆっくりと首を横に振った。

 

「いいえ、嫉妬深いわよ。いつだって独占したいと気持ちに嘘は無いもの」

「え・・・?」

「ただね、私は正妻ぶりたいのよ」

 

からからと蓮華は笑う。その笑い方は、愛紗が知る、蓮華の姉にとても似ていた。

 

「正妻?」

「だからね、頑張って大きくあろうとしてるの。女性にだらしない一刀をまるごと愛せるように、一刀の子供たちを、等しく愛せるようにって」

「それは・・・」

「たぶん、王であり続けるよりは、楽かも」

 

どこか、その器の大きさは。

 

「貴女は、どこか桃香さまに通じるところがある」

「国主、だからでしょう、たぶん。でも、私は桃香みたいに底抜けに優しくないし、華琳みたいに有能でもないわ」

 

だから、必死に努力するしかないの、と苦笑い。その苦笑顔を、愛紗は眩しく感じた。

 

「今は亡き、姉さまみたいに果断でもないから。迷ってばかりだけれど」

「・・・そうでしたね、蓮華どのの世界では」

 

愛紗の過ごした世界では、雪蓮や冥琳が存命で、一線でバリバリ働いているという。

華琳の世界では、祭が赤壁に散るが、やはり雪蓮や冥琳は生きている。

だから、華琳や愛紗が知る本来の蓮華は、孫呉の次代を担う姫、という印象だった。

 

「私たちもやり切れなかったけど、特に一刀がすごく気に病んでいたわ。

どうして、呉の御使いである時に、他世界の記憶を持っていなかったのか。

そうすれば、姉さまの暗殺や、冥琳の病魔にも気づけたはずだったって」

 

歴史を捻じ曲げる結果が、魏でのような悲しい別れに繋がるとしても。

それでも、と一刀は悔やんでいた。

 

「ご主人様らしいことだが・・・」

「それで塞がれても困ってしまうもの。だから、私は姉さまと冥琳の遺志を引き継いで、

さらに、あの二人を超える努力を続けなければいけない。道は、とてつもなく険しくて、

到着地が全く見えないんだけど」

 

嘆息。でも、絶望の色は、無い。

 

「一刀と一緒にその道を歩み続けるって、二人に誓ったから」

 

桃香とも華琳とも違う、王の姿。

その三国の王から、絶大な信頼を得る、一人の男。

 

「ご主人様は、本当に・・・」

「・・・どうかしたの、愛紗?」

「本当に罪深い方だ、あの人は! 様々な女性にこれだけ深い想いを預けられながら・・・!」

「え? え?」

「なんだか無性に腹が立ってきました。

久しぶりに、関雲長がご主人様を鍛えて差し上げようと思います!

では、蓮華さま、失礼!」

 

一礼した愛紗の姿は中庭の休憩所から瞬く間に見えなくなり、

ほどなくして、一刀の悲鳴が、城中に響いていた。

 

「なるほど、愛紗も不器用なのね・・・思春にどこか似ているのかしら」

 

また、そんな不器用さを、愛らしくすら思う。

 

「私は、変に遠慮することはもう無くなったものね」

 

寵愛が欲しいと思うときは、全力で貰いに行く。他の誰にも遠慮などしない。

王と女を両立しようと決めた頃から、それは少しも変わっていない。

 

「遠慮したら、おそらく永遠に機会を失うし。だって、押しに弱いのが、一刀だもの」

 

蓮華はすっくと立ち上がった。目的地は月のいる侍女室。

 

「手当ての用意と、お茶でも入れてもらえばいいわね。

思春も八つ当たりに向かったようだから、ボロボロになってしまうでしょうし」

 

心配半分、計算半分。機会があまり無い『月』への気遣いがちょっと。

無意識にそんなふうに動けるようになったのは、蓮華の女性としての成長の証なのか。

 

正妻を自称する、蓮華の一日はこうして更けていく。


 
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