「そうか、ご子息どのが物心つくまで、ご主人様は一緒に過ごす事が出来たのだな・・・」
「約五年間、登たちは一刀の愛情を受けて育つことができたわ。
それから、一刀がいなくなってから三年が経って、この世界に引き込まれた。
しかし、愛紗たちは誕生してすぐに、一刀が天に帰ってしまったのね・・・」
「平は、父の顔も知らぬ・・・。もちろん、桃香さまのお子も同じだ」
女として母として、愛紗の気持ちが痛いほどわかる。二重に大切な者を奪われる感覚。
夫と父。一刀を失う痛みは、倍になったように感じたものだ。
「華琳どのはご主人さまを必ず連れ帰ると言って憚らない。
けれど、それを我侭と感じる私がいるのだ。ご主人さまを必要とするのは、
こちらは私や桃香さまだけでなく、子供たちも同じだと、叫びたくなる」
「一刀に抱かれ、女として満たされても。愛紗や私は、もう納得できないものね」
母親であるがゆえ。自分だけが幸せになるなど、許されないと思う。
きっと、思春も同じ感覚を持っている。
「一刀の身体は一つ。当たり前のことなのに、辛いと思うのは、想像しなかったわ」
蓮華が、この世界で愛紗や華琳の世界の顛末を聞き、
それぞれの陣営での一刀の存在の重さを知った。
自分以外に、父と離れ離れになる子供を抱えた、母がいることを知った。
初めは何があっても、一刀を呉に連れ帰る、そのつもりで来た。
だが今は、自らの我のみを通す気にはなれなかった。家族を人一倍大事に思う、孫呉の女ゆえ。
『各世界の一刀の子供たちに、等しく、父親の愛情を与えてやりたい』
この世界で、正妻の自覚を強くした蓮華は結果として、
大家族の母としての考えを持つに至っていた。
「蓮華どの・・・」
「一刀の子供は、等しく愛されるべきだわ。
いくら、妻を多く置いていたって、子供たちにとって、父親はただ一人。
理想論だけど、魏・呉・蜀の三国の世界をまとめられれば、それが一番いいと思うもの」
取り合いになるのは、変わりないけれど、と蓮華は笑う。
だが、それでも。一国だけが、天の御使いを取り戻すより、よっぽど幸せではないか。
「もっと、貴女は嫉妬深いと思っていた」
私もそうだから、と愛紗は苦笑いする。
どこか寂しげな言葉に、蓮華はゆっくりと首を横に振った。
「いいえ、嫉妬深いわよ。いつだって独占したいと気持ちに嘘は無いもの」
「え・・・?」
「ただね、私は正妻ぶりたいのよ」
からからと蓮華は笑う。その笑い方は、愛紗が知る、蓮華の姉にとても似ていた。
「正妻?」
「だからね、頑張って大きくあろうとしてるの。女性にだらしない一刀をまるごと愛せるように、一刀の子供たちを、等しく愛せるようにって」
「それは・・・」
「たぶん、王であり続けるよりは、楽かも」
どこか、その器の大きさは。
「貴女は、どこか桃香さまに通じるところがある」
「国主、だからでしょう、たぶん。でも、私は桃香みたいに底抜けに優しくないし、華琳みたいに有能でもないわ」
だから、必死に努力するしかないの、と苦笑い。その苦笑顔を、愛紗は眩しく感じた。
「今は亡き、姉さまみたいに果断でもないから。迷ってばかりだけれど」
「・・・そうでしたね、蓮華どのの世界では」
愛紗の過ごした世界では、雪蓮や冥琳が存命で、一線でバリバリ働いているという。
華琳の世界では、祭が赤壁に散るが、やはり雪蓮や冥琳は生きている。
だから、華琳や愛紗が知る本来の蓮華は、孫呉の次代を担う姫、という印象だった。
「私たちもやり切れなかったけど、特に一刀がすごく気に病んでいたわ。
どうして、呉の御使いである時に、他世界の記憶を持っていなかったのか。
そうすれば、姉さまの暗殺や、冥琳の病魔にも気づけたはずだったって」
歴史を捻じ曲げる結果が、魏でのような悲しい別れに繋がるとしても。
それでも、と一刀は悔やんでいた。
「ご主人様らしいことだが・・・」
「それで塞がれても困ってしまうもの。だから、私は姉さまと冥琳の遺志を引き継いで、
さらに、あの二人を超える努力を続けなければいけない。道は、とてつもなく険しくて、
到着地が全く見えないんだけど」
嘆息。でも、絶望の色は、無い。
「一刀と一緒にその道を歩み続けるって、二人に誓ったから」
桃香とも華琳とも違う、王の姿。
その三国の王から、絶大な信頼を得る、一人の男。
「ご主人様は、本当に・・・」
「・・・どうかしたの、愛紗?」
「本当に罪深い方だ、あの人は! 様々な女性にこれだけ深い想いを預けられながら・・・!」
「え? え?」
「なんだか無性に腹が立ってきました。
久しぶりに、関雲長がご主人様を鍛えて差し上げようと思います!
では、蓮華さま、失礼!」
一礼した愛紗の姿は中庭の休憩所から瞬く間に見えなくなり、
ほどなくして、一刀の悲鳴が、城中に響いていた。
「なるほど、愛紗も不器用なのね・・・思春にどこか似ているのかしら」
また、そんな不器用さを、愛らしくすら思う。
「私は、変に遠慮することはもう無くなったものね」
寵愛が欲しいと思うときは、全力で貰いに行く。他の誰にも遠慮などしない。
王と女を両立しようと決めた頃から、それは少しも変わっていない。
「遠慮したら、おそらく永遠に機会を失うし。だって、押しに弱いのが、一刀だもの」
蓮華はすっくと立ち上がった。目的地は月のいる侍女室。
「手当ての用意と、お茶でも入れてもらえばいいわね。
思春も八つ当たりに向かったようだから、ボロボロになってしまうでしょうし」
心配半分、計算半分。機会があまり無い『月』への気遣いがちょっと。
無意識にそんなふうに動けるようになったのは、蓮華の女性としての成長の証なのか。
正妻を自称する、蓮華の一日はこうして更けていく。
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