No.22039

放課後

嘉月 碧さん

忘れ物を取りに教室へ戻った雄太は,不思議な少女と出会う。

2008-07-27 23:04:11 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:541   閲覧ユーザー数:519

 有里子は放課後の教室が好きだった。

 誰も居ない空間に、秩序正しく並べられた机や椅子。大きく取られた窓から見える青い空。下に目線を移すと、部活動をしている生徒たちが見えた。

 有里子は窓際の一つの席に腰を下ろした。

 静かに流れる時間。耳を澄ますと聞こえてくる部活動をしている生徒の声。

 折り重ねた両腕を枕にして、窓際に顔を向け、有里子は目を閉じた。

 暖かく射す日差しが、この上なく気持ちがいい。

 

 静寂を破る足音が聞こえる。バタバタと慌てたように教室に入ってきた。

 

「……あれ……?」

 忘れ物を取りに教室の扉を乱暴に開けた雄太は、有里子の姿を認めて驚いた。雄太を見つめる彼女は知らない顔だった。一瞬、時が止まる。

 思わず教室を確認した。……自分の教室だよな、と有里子に向き直る。

「えーっと……」

「ごめんね。勝手に入って」

 そう言いながら、彼女は立ち上がった。傾きかけた夕日を背にしているので、顔がぼんやりとしか見えない。

「あ……いや……」

 何て返したらいいのか、分からない。卒業生、なのだろうか? だけど制服を着ている。 じゃあ、違うクラスだろうか? でも見たことない顔だった。

「あたしは山田有里子。貴方は?」

「……は、浜崎雄太……」

 有里子の名前を聞いても、聞いた覚えがない。

(転校生?)

 そう思ったが、何だか違う気もした。

 有里子は雄太に笑顔を向けながら、ゆっくりとこっちに歩いてきた。

「ねぇ。探検しない?」

 突然の有里子の申し出に、頭が真っ白になる。

「た、探検?」

「そう、探検」

 有里子は楽しそうに笑った。

「いいけど……。探検って何するのさ?」

「学校を探検するのよ。したことある?」

 聞かれた雄太は首を横に振った。二年生になったのだが、学校を探検したことなんか一度もない。

「行きましょ」

 有里子は楽しそうにそう言うと、雄太の手を引っ張った。有里子の体温が伝わる。温かい彼女の手に、なぜか雄太は安心した。

 

 二人はいろんな場所を巡った。

 普段なら絶対に行かない体育館の裏とか、入ったことのないような教室。実験室の準備室や、誰も居ない校長室。

 

 全てが新鮮だった。陽も落ちかけた頃、誰も居ない食堂へやってきた。

「楽しかったー」

 有里子は両手を空へ向け、深呼吸した。雄太も思いがけず楽しかった。

 先生に見つからないように隠れながら歩いたり、入ったことのない教室でいろんな物を見つけて、二人で笑った。

 こんなに笑ったのは、本当に久しぶりだった。

「あたしね、こうやって探検したの、初めてなの」

「俺もだよ」

 その言葉に有里子は、優しく微笑んだ。

「付き合ってくれてありがとう」

「ううん。俺も楽しかったし」

「よかった。雄太君、友達に……なってくれる?」

「うん」

 『変なことを言うなぁ』と思いながらも頷く。すると有里子は安心したように微笑み、雄太に抱きついた。さっきとは打って変わって、有里子はひんやりとしていた。

「ありがとう」

 耳元でそう呟くと、有里子はゆっくり離れた。

「もう……行かなきゃ……。楽しかった。ありがとう」

 有里子がそう言うと、彼女の姿がどんどん透明になって消えていった。

「え……?」

 自分の目を疑った。今までそこに居て笑っていた有里子は、跡形もなく消えていた。彼女と繋いだ手に温もりだけを残して。

 

 雄太は有里子のことを知りたくなり、担任教師に彼女のことを尋ねた。すると教師は複雑な表情を浮かべた。

 

 山田有里子は、もうこの世には居なかった。

 

 彼女は酷いイジメを受け、それから逃れようと、誤って階段から落ちたという。

 五年前。彼女が高校二年になったばかりの春の出来事だった。

 

 

 それからもう二度と有里子は現れることはなかった。

 

 雄太は赤く染まる空を見上げた。有里子が笑っているような気がした。


 
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