No.20018

サバイバル

嘉月 碧さん

就職活動中の信樹。だがどんなにがんばっても,何故か必ず遅刻してしまう。
それでも諦めずに,就職活動をするが……。

果たして無事就職できるんだろうか?

2008-07-18 22:08:41 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:413   閲覧ユーザー数:395

 俺は、つくづくついてない男だと思う……。

 大橋信樹、二十三歳。ただいま就職活動真っ只中。

 そこまでは、他の皆と大して変わらない。不況な中、就職先を見つけるのはかなり困難だ。それも、まぁ仕方ないことだろう。

 ただ一つ、皆と違うとすれば、それは俺に遅刻能力があることだ。

 わざとじゃない。時間通りに出ても、必ず遅刻する。予定時間よりどれだけ早く出発しても、必ず遅刻する。

 ああ……こんなんじゃ就職先なんて見つからないよ……。

 

 その日の面接は午後からだった。それなら午前中から家を出れば、余裕で着くだろう。その会社は、自宅から一時間もかからない距離にあった。迷ったとしても二時間余裕に見ておけば……。

 いや、待てよ。いつもみたく遅刻能力を発揮しちゃったら……。

 よし、午後一時からだけど、午前九時に出よう。

 

 朝八時起床。朝食をしっかり食べ、八時五十分に家を出る。

 完璧。これで何があっても大丈夫だぞ。

 

 駅までは何も起こらなかった。ホッと胸を撫で下ろす。

 いや、ここで安心してちゃいけない。電車に乗るまで、安心できないのだ。

 切符を買い、電車に乗り込む。いつものように、電車は走り出した。少し安心しながら、俺は面接の予習をしていた。

 

 しばらくすると、電車が急ブレーキを踏んだ。

 ガタンっと大幅に車内が揺れる。乗客全員がつんのめりそうになりながら、何事かと運転席の方を見ている。俺は窓から外を見てみたが、何が起こったのか、全く分からない。

 すると、アナウンスが流れた。

「ただいま前方に起きまして、事故が起こりました。しばらく停車させていただきます。ご迷惑をおかけいたします」

 

 なにぃぃぃぃぃぃ!! ちょっと待て! しばらくって何時までなんだよ!!!!

 

 ……落ち着け、俺。今はまだ午前中だ。最悪でも一時までに会社に着けば大丈夫なんだから。そのために早く出てきたんだ。

 深呼吸をして、落ち着こうとする。

 大丈夫。大丈夫。

 念ずるように頭の中で呟いた。

 ラッシュを過ぎていたので、乗客は大分少ないが、皆不安そうだ。

 そりゃそうだろう。俺だって不安だ。ざわついている乗客の声が、耳に入ってくる。

「おい。どうやら、飛び込み自殺みたいだぜ」

「げ。マジかよ。ついてねーなー」

「飛び込み自殺で電車止めたら、遺族の損害賠償すごいんだろ?」

「らしいなぁ」

(と……飛び込み自殺!? やめてくれよ。何で今日この時間なんだよ……)

 俺は頭を抱えた。

(そりゃ、自殺するくらい辛いことがあったんだろうけど……せめて他人に迷惑をかけないように死んでくれよ。何でよりによって飛び込み……)

 俺はその時、パニックになっていたようで、自分のことしか考えていなかった。

 

 正午を過ぎても、電車が動く気配はなかった。

 俺は仕方なく、会社に電話をかけた。受付のお姉さんは、事情を分かってくれたようで、「お待ちしております」と言ってくれた。何だか天使に思える。

 

 結局会社に着いたのは、三時だった。他に面接に来ている人たちはもう終わったようで、俺以外誰もいなかった。

 面接が始まり、面接官の前に立つ。

「座りなさい」

「失礼します」

「災難だったみたいだねぇ」

 面接官も事情は知っていたようだ。

「はい……」

 何だか泣きたくなってくる。

「それじゃあ面接を始めようか」

 

「ハァ……」

 大きく溜息が漏れる。早めに家を出たのが、こんな裏目に出るとは思ってもみなかった。

 肩を落とし、帰宅する。

「ただいま」

 呟いた声が空しく響く。大学に入ってから一人暮らしを始めたので、家にはもちろん誰もいない。

 でもこんな時、誰か居てくれたらとはやっぱり思ってしまう。

 部屋着に着替えながら、テレビをつける。ちょうど今朝の事故のニュースをやっていた。

 あの時は、自分のことでいっぱいいっぱいだったが、ニュースを見て、少し気持ちが変わる。

 亡くなったのは、俺と同い年の女性。身寄りもなく、行く当てもない。そんな時、付き合っていた男に騙され、コツコツと貯めていたお金をごっそり奪われた。もう何も信じられない、生きている意味がない、と電車に飛び込んだらしい。

 ……何てことだろう。俺とは全く正反対だ。

 リモコンを思わず握り締める。

 あの時『迷惑かけないように死んでくれよ』と思った俺は、最低だ。

 こうなってしまった後では、かける言葉なんてないけれど、どうか安らかに……。

 そしてくれぐれも落ちませんように……。

 

 数日後送られてきた会社からの封筒を、俺は緊張しながら開けた。開いた書類にはでかでかと『不採用』の文字。

 俺は、がっくりと肩を落とした。予測していたこととは言え、やっぱりきつい。

 でもがっかりしている場合じゃない。次の面接もがんばらなきゃ。

 

 次の会社は隣町だった。いつもなら電車で行くのだが、前回のこともあり、今回はちょっと奮発してタクシーで行くことにした。

 だけど何があるか分からない。この間のように早めに家を出る。

 

 タクシーを捕まえ、運転手に行き先を告げ、気持ちを落ち着かせる。

 面接でのポイントを自分の中で復習していると、タクシーが突然止まる。

「どしたんですか?」

「うーん。よく分からないけど、事故があったみたいだなぁ」

 俺も運転手と同じように前方を窓越しに見てみると、事故処理車が見えた。思わず言葉が漏れる。

「マジかよ……」

 運転手は辺りを見回し、事故現場の方から歩いてきた通行人に話を聞いた。

「どうかしたんですか?」

「よく分からないけど、トラックが急ブレーキしたらスリップして、車の列に突っ込んだらしい」

「あちゃー。じゃあ、通行止め?」

「多分そうなりそうだねぇ。警察はさっき来たみたいだけど」

 そんなやり取りを後部座席で聞きながら、俺はどうしようかと悩んでいた。

「お兄さん、いつ動けるか分からないよ? どうする?」

 どうするったって……。選択肢は一つしか残されていない。

「走って行きます」

 仕方なくタクシーを降り、走り出す。

 走っているとちょうど事故現場が見えた。警察が事故処理をしているようだった。救急車も到着し、怪我人を運んでいる。

 その時、その怪我人と目が合ってしまった。

 ドキッとし、思わず目を逸らす。

 俺は走った。あの人が、どうか助かりますようにと祈りながら。

 

 遅刻しそうだったので、携帯で会社に電話をかけ、状況を説明した。

 何だか分からないが、泣けてきた。涙を飲み込もうと空を見上げると、何だか雲行きが怪しい。

(やばいなぁ……。雨降りそうだ)

 

 案の定、しばらくして雨が降り始めた。ついてないと思いながら、コンビニを見つけ、傘を買おうと店内に入る。

 ビニール傘を手に取り、レジに向かう時だった。一人の男が刃物を持って、店に入って来た。

「金を出せ!」

 明らかに強盗の格好をした男は女性店員に刃物を向けながら、レジを開けるように指示する。

 客はどうやら俺しか居ないようだが、強盗は俺に気づいていないようだった。

 店員は慌てながら、レジを開いている。が、焦っているのかレジがなかなか開かない。 男は業を煮やし、店員に刃物を突きつけた。

「早くしろ!」

 どうする、俺。

 犯人は一人。こっちはあの店員を入れれば二人。勝算は……あんまりない。

 怖い。けど、どうにかしなきゃ。

 そう思い、俺は傘を握り締め、犯人の後ろにゆっくりと近づいた。そして思いっきり殴る。すると、犯人がクルッと振り向いた。

「何しやがんだ、このやろぉ!!」

 ……ドラマみたいには行かないものだ。俺は犯人が気絶するものだと思っていたので、どうしたらいいのか焦った。

「てめぇ。殺されたいのか、ごらぁ!!」

 その時、店員がどうやら警報機を鳴らしたようだった。しばらくしてパトカーのサイレンの音が聞こえる。恐らくあの事故現場にいた警察だろう。到着するのがやけに早すぎる。

「ちっくしょー!」

 男はそう言いながら、何も取らずに逃げた。

 だが、ここで逃がしてはと勝手に体が動き、店の外へ飛び出した。

 降りしきる雨の中、後ろから犯人にタックルをして取り押さえる。

「放せ!!」

「放すもんかっ!」

 すぐに警官がやって来て、男を取り押さえた。

「ふぅ……」

 思わず溜息が漏れる。

「君、ちょっと話を聞かせてもらいたいんだけど」

 別の警官が、近寄ってくる。

「え……。でも……」

「すぐ終わるから」

「はぁ……」

 俺は仕方なく事情聴取を受けることになった。

 その時、コンビニ店員の女の子と目が合う。彼女は優しく微笑み、会釈をしてくれた。よく見ると結構かわいい。俺も照れながら会釈をする。

 ふとコンビニのガラスに映った自分が目に入った。

 げ……ヤバイ。スーツがドロドロだ。ついてないなぁ……。

 

「あの……これから面接なんですけど……」

 一通り事情聴取が終わり、警官にそう言うと、驚いたような表情をする。

「ええ! じゃあ、パトカーで送ってあげるよ!」

「いえ! 結構です!」

 きっぱりはっきり断る。だってパトカーで面接会場に行っちゃったりなんかしちゃったら、何したんだろうって思われるじゃないか。少なくともいいイメージにはならない。

「そうですか? ご協力に感謝します」

 

 警官と別れ、また走り出す。雨は止んでいるが、路面が水びたしだ。

 でも遅刻しそうなのでそんなことは言っていられない。

 

 会社には十分ほど遅れて着いた。

 受付で手続きを済ませようとすると、事情を聞かれた。スーツがドロドロだったからだ。

 俺は理由を説明し、受付のお姉さんの案内で面接会場へ向かった。

 

「ハァ……」

 思わず溜息が漏れる。やっぱり心象良くないよな。ドロドロのスーツでは……。

 事情があるとはいえ、こりゃ、確実に落ちたな。

 

 数日後。思ったとおりの結果を手に俺はがっくりと肩を落としていた。泣きたくなる気持ちをごまかすかのように缶ビールを飲み干す。

 強盗を捕まえたことで警察から感謝状をもらったが、それよりも内定が決まらないことが今の自分にとって大きな悩みの種だった。

 本当にどうしたらいいんだろう?

 

 そして再び面接の日。やっぱり早めに家を出る。今度は電車で行くことにした。

 会社がある駅に無事に着き、会社まで徒歩で向かう。駅からそう遠くないので、十分もあれば着くだろう。

 信号待ちで、おじいさんが隣に並ぶ。信号が青になり、俺は一歩を踏み出すが、隣のおじいさんは動かず、辺りをきょろきょろと見渡している。

 ……ダメだ、ここでおじいさんに話しかけたりしたら、確実に遅刻してしまう。俺の遅刻スキルは、いくら時間に余裕があっても遅刻してしまうんだから。

 

 横断歩道を半分くらいまで行ったが、やっぱり気になって引き返す。

「おじいさん、どうかしたんですか?」

「ここに行きたいんじゃが、どうやって行けばいいんだか……」

 おじいさんは地図と住所が書かれたメモを俺に見せた。俺はそれを見て唖然とした。その住所は隣町で、今から案内してたんじゃ確実に遅刻してしまう。

「あー……これ、隣町ですよ」

 そう言うと、おじいさんは首を傾げた。俺は場所を説明しようとしたが、クエスチョンマークを飛ばしている。

 どうやら田舎から出てきたらしいそのおじいさんの格好を見て、俺は溜息をついた。

「案内します」

 

 後々考えれば、タクシーにでも乗せればよかったと思う。でもそれだけじゃやっぱり気になってしまうだろう。

 一応会社の方には連絡したが、言い訳にしか聞こえなかったような気がする。

 おじいさんは初めて田舎から出てきたので、道に迷っていたようだ。送り届けた先は結婚した孫娘さんの家で、彼女は驚きながらおじいさんを迎えた。

 まぁ、おじいさんが無事に家に着いたのでよしとするか。

 

 …………。

 ……よしとしちゃいけないよ。俺の就職先が決まらないんだから。

 今度こそ、絶対に遅刻しないぞ!

 

 その日は、朝から雨が降っていた。傘を持って家を出る。何だか嵐のような雨だ。

 駅までは無事に辿り着く。どうか電車が止まったりしませんように。

 

 ……俺は、何か変な呪いでもかけられてるんだろうか? それとも肩に疫病神でも乗ってるんだろうか?

 ありえない。落雷で電車が停まるなんて……。しかも電話が繋がらない。どうやら乗客が一斉にかけてるみたいで、回線がパンク状態らしい。

 

 そろそろ俺、泣いてもいいですか……?

 

 結局何とか会社に連絡できたものの、やっぱり遅刻した。

 

 

「お前、お払いにでも行ったほうがいいんじゃねーの?」

 ビールを持って現れた大学時代からの友人に愚痴ると、きっぱりとそう言い放たれた。

「やっぱりそう思う?」

「だってありえねぇもん」

「俺にはありえるんだけど……」

 すると友人は缶ビールを開けて、俺に渡した。

「まぁとりあえず飲め。疲れてるだろ?」

「さんきゅ」

 確かに疲れてる。俺は連日の遅刻で胃が痛くなってきた。

「あーあ。俺就職できないかも」

「大丈夫だって」

「大丈夫じゃないから悩んでんじゃないか」

 そう呟くと、友人が慰めてくれる。

「まぁでもお前の遅刻は、寝坊とかじゃなくて事故とか……人助けとかだろ? そういうの、神様が見てくれてんじゃね?」

「俺は神様が意地悪してるとしか思えねぇ」

「あはは」

「笑い事じゃねぇ!」

 あまりにも豪快に笑うので、俺はイラッとした。

「今までの会社はお前にとって良くなかったんだよ。これからきっといい会社にめぐり合えるって」

「そうかなぁ……」

「そうだって。がんばってれば、そういうのって誰かが見ててくれるもんだよ」

 その言葉に俺はちょっとだけ勇気付けられた。

 

 そしてまた面接の日。俺は例のごとく早めに家を出た。

 早めに家出るから裏目に出るのか? とも思ったが、やはり余裕を見ておいた方がいいだろう。

 

(今度こそ何も起こりませんように)

 そう祈りながら、電車に乗り込む。

 何とか目的地に着き、会社に向かっていると、目の前を歩いていた女の人がいきなりうずくまった。

(え……まさか……。この状況は……)

 俺は冷や汗をたらしたが、女の人が心配なので駆け寄る。

「ど、どうしました?」

「う……生まれ……る」

「ええ!」

 よく見ると、彼女は大きなお腹をしていた。

(うわー、すごいことになっちゃったなぁ)

 内心そう思いながら、俺はとりあえず女の人を道の脇に連れて行き、急いでタクシーを拾う。

 

 勢いで思わず一緒に乗っちゃったけど、どうしたらいいんだろう?

「えっと……病院電話しました?」

「今するわ」

 今は陣痛が収まっているのか、その女性は携帯を取り出して病院へ電話をかけた。

 で、俺はどうしたらいいんだろう? って言うか、面接……。

「うっ」

 すぐにまた苦しみだす。

「だ、大丈夫ですよ! す、すぐ病院着きますから!」

 俺は病院に着くまで、妊婦さんを励ました。タクシーの運転手は状況を飲み込み、物凄いスピードで病院に向かってくれた。

 

「こちらへどうぞ」

 看護師が妊婦さんを分娩室へ案内していく。立ち尽くし呆然としていると、別の看護師が話しかけてくる。

「お父さんもこちらへどうぞ」

「へ? 俺違……」

「ゆーこぉ!!!」

 突然大きな声で男が入ってくる。もしかしてさっきの妊婦さんの旦那さんかな……?

「ほら、お父さん、早く」

 そう言いながら、看護師が俺の手を引いて行こうとする。

「ちょっと待て! 貴様誰だ」

 誰って……。

「貴様、まさか裕子の不倫相手じゃあるまいな?」

「は? 何言ってんですか? 俺はただの通りすがりですよ」

「分かったぞ。貴様、裕子の元カレだな?」

 ……何言ってんの? この人……。

「どちらでもいいから、早く来てください! 生まれますよ!」

 どちらでもは良くないと思うが……。

 看護師の言葉に、旦那はすっ飛んで行った。何だか分からないが、助かった。

 

 数分後、元気な赤ん坊の声が病院内に響き渡った。

「生まれた……」

 旦那さんがその声を聞き、感極まっている。

「おめでとうございます!」

「貴様、まだ居たのか」

 いや、あんたが引きとめたんだろうが……。

 

 生まれたのはカワイイ男の子だった。奥さんが旦那さんに説明してくれたので、俺は旦那さんの怒りから逃れることができた。

「本当にありがとうね」

 奥さんにそう言われ、胸がいっぱいになった。

 

 ……あれ? 何か忘れてるような……。

「!」

 とってもヤバイ。時計を見ると、もう面接が始まっている時間だった。

「あの、俺もう行かなきゃなんで、ホントおめでとうございました!!」

 俺は逃げるようにして病院を出た。

 

 やっぱり遅刻してしまった。

 あーあ、ホントお払い行かないとダメかなぁ……。

 泣きたくなってくる。肩を落として歩いていると、突然声をかけられた。

「あの……」

 振り返ると、かわいい女の子が立っていた。

「あの……コンビニ強盗、捕まえてくれた方ですよね?」

「あ、はい」

 よく見ると、彼女はコンビニの店員だった。

「あの時、本当にありがとうございました」

 礼儀正しくお辞儀をされたので、俺も思わずお辞儀をする。

「あの時、一人でどうしようかと思ったんです。いてくださらなかったらどうなってたかって思うと……」

「あ、いや、俺も無我夢中だったから……」

 そう言うと彼女が笑った。そして恥ずかしそうに口を開く。

「あの……お時間よろしければお食事でもいかがですか? お礼もしたいので……」

「え……あ、はい」

 女性から食事になんて誘われたことがないので俺は戸惑ったが、せっかくなので一緒に食事をすることにした。

 

「お礼、ホントは早く言わなきゃって思ってたんですけど、なかなかお会いできなくて。あ、私、松田綾子って言います」

「あ、大橋信樹です」

 店に入って席についてから、遅ればせながらの自己紹介をする。

「大橋さんってお仕事何なさってるんですか?」

「あ、今就職活動中で……」

 面接に落ちまくっていることは、死んでも言えない。

「そうなんですか? じゃあ私より一つくらい上かしら?」

「今二十三です」

「私二十二です。やっぱり一つ上ですね」

 彼女がニコッと笑う。笑顔がとってもかわいい。

 そして料理が運ばれてくる。アジアン系の料理なんて、あんまり食べに来たことがない。

「ここのお店、おいしいんですよ」

 彼女が皿に俺の分をよそってくれた。

「へぇ。よく来るの?」

「ええ。友達と」

「そうなんだ。俺がツレと行くって言うと、飲み屋ぐらいしか行かないからなぁ」

 よそってくれた料理を一口食べてみる。結構うまい。

「おいしい」

「良かった。お友達って……彼女さんとかいらっしゃらないんですか?」

「それがあいにく居ないんだよね」

 俺は苦笑した。何年いないとかは伏せておこう。

「私も……居ないんですよね」

 小さく呟いた彼女の言葉にドキッとする。それはあれですか。狙ってもいいってことですかっ?

「お料理、お口に合って良かったです」

 彼女は何事もなかったように微笑んだ。

 

 その後、携帯番号とメールアドレスを交換した。

 やっと俺にも春が到来か?

 いや、それより就職先決まらないと……。鬱になってきた……。

 

 今日は何だか目覚めが良かった。

 あれから綾子ちゃんと毎日のようにメールをしている。たまに外で会ったりして、何だか脈ありな感じだ。それに、彼女に応援されると何だかがんばれる気がする。

 今日もまた面接だ。今度こそ落とせない。これが最後のチャンスだから……。

 

 何事もなく目的地の駅に到着する。ホッと胸を撫で下ろすと、後ろから声がした。

「どろぼー!!」

 おばさんが叫んでいる。俺がその声の方に顔を向けると、男がおばさんのバッグを奪って逃げているのが視界に入った。どうやらひったくりのようだ。

 俺は思わず駆け出した。

「ちょ……待て!」

 俺は必死に走った。何とか男に追いつき、後ろから飛び掛かる。

 押さえつけると、男はジタバタと暴れたが、俺は何とかバッグを取り返した。後ろから追いかけてきたおばさんにバッグを渡す。

「はい」

「まぁまぁ、ありがとう」

 おばさんはホッとした顔で、俺にお礼を言った。

 通行人か誰かが警察を呼んだようで、すぐに警官がやって来る。ひったくり犯を捕まえ、俺はまた事情聴取を受けた。

 終わってから、時計を見る。

(……あれ? 止まってる?)

 どうやらタックルした時に、壊れたらしい。

「お、おまわりさん! 今何時ですか!?」

「あぁ、ちょうど一時だよ」

 げ。ヤバイ。また遅刻だ……。

「もう大丈夫ですか?」

「はい。ご協力ありがとうございました」

 俺は挨拶もそこそこに駆け出した。携帯電話で会社に連絡するが、もう既に泣きたい気分だった。

 

 面接が始まり、俺は緊張しながらも面接官の前に立った。何度やってもこれだけは慣れない。

「名前をどうぞ」

「大橋信樹です」

 そう言うと二人の面接官が俺の顔をじっと見た。……何だろう??

「どうぞ」

「失礼します」

 勧められた椅子に座る。

「君、道に迷ったおじいさんを助けた覚えは?」

 俺の顔を見ていた一人が、そう問う。

「え……。ああ……数日前、道に迷っているようだったので、メモに書かれた住所まで送り届けたことがあります」

 そう答えると、もう一人の面接官が俺を見ながら問いかけた。

「妊婦を病院へ送ったことは?」

「あ、それも数日前に……」

 そう答えると、二人は穏やかに微笑んだ。

 状況が分からない。なぜ面接官がそんなことを知っているのだろう?

「そのおじいさんはね、私の父なんだよ」

「はぁ……ええ!?」

 思わぬ言葉に一拍遅れで驚く。

「その妊婦は、私の娘なんだ」

「ええええ?!」

 まさか……嘘だろ? そんな繋がりって……。

「娘に君の事を聞いたんだ。あの日も面接だったんだろう?」

「ええ……まぁ……」

 俺は動揺してそんな受け答えしかできなかった。

「私も娘に聞いてね。とても親切にしてくれたと」

 二人は穏やかに笑っていた。

「今日の遅刻の理由は?」

「あ、えっと……ひったくりを……捕まえてました」

 そう言うと、面接官はお互いの顔を見合せて笑った。

「いいことじゃないか。そうそう、あの日生まれた孫なんだが、君の名前をもらうことにしたそうだよ」

「ええ! 本当ですか?」

「ああ。娘がどうしてもとね。君のような人に育って欲しいと言っていたよ」

 思わぬことに俺は嬉しくて笑顔になってしまう。

「我社は、君のような人材を待っていたんだよ」

 

 その言葉に胸を躍らせながら、会社からの書類を待った。来た封筒を早速開けてみる。

『採用』

 やっと決まった内定に、俺は天にも昇る気持ちだった。

 

 早速綾子ちゃんに会い、俺は内定が決まったことを彼女に伝えた。

「すごーい。おめでとう!」

 彼女は自分のことのように喜んでくれた。

「ありがとう」

 俺は内定が決まったら言おうと思っていた言葉を言うことにした。

「あのさ、内定決まったら言おうと思ってたんだけど……」

 彼女はきょとんとした顔でこっちを見ている。

「俺、綾子ちゃんのこと好きだ」

 そう言うと、驚いた顔になり、次の瞬間笑顔になった。

「嬉しい。実は、私も……」

 きたー! ようやく春到来だー! 内定が決まったこと以上に嬉しい。

「何か……不思議な縁だね」

 彼女は照れたように笑った。

「そだな」

 しばらくして彼女が口を開いた。

「それより信樹くん、社会人になって遅刻、しないようにね?」

 

 その言葉に固まってしまったのは、言うまでもない。


 
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