No.219933 そらのおとしものショートストーリー2nd 笑わない珍獣2011-06-01 00:38:33 投稿 / 全1ページ 総閲覧数:3073 閲覧ユーザー数:2754 |
そらのおとしものショートストーリー2nd 笑わない珍獣
そろそろ梅雨入りが気になり始める6月の始めごろの日曜の午後。
智樹は自宅の居間にてのんびりとお茶を飲みながら新聞を読んでいた。
「平和が一番だなぁ」
自称平和主義者の智樹は自宅で騒動が起きないことを事のほか喜んでいた。
そんな智樹をスイカを撫でながらジッと眺めているイカロス。
「……2人きりですね、マスター」
イカロスは小さな声で現状を集約してみせた。
「そうだな。ニンフは山へ芝刈りに出掛けたし、アストレアは川に洗濯に出掛けたからな」
智樹は特に注意を払わずに答えて返す。
桜井家は常に騒動に包まれている。
ニンフやアストレアだけでなく、そはらや守形、美香子や智子、カオスや義経が現れては何か事件を起こしている。
その為に静かな休日などどこまで遡れば良いのかわからないほどに存在しなかった。
「……2人きり、ですね」
「ああ」
特に意味のないやり取りさえも平和を感じる。
智樹はそう考えていた。
しかし──
「……マスターと2人きりの空間……ブッ!」
イカロスの鼻血放出によってその平和は打ち砕かれた。
智樹の飲みかけの湯飲みがイカロスの鼻血で染まる。
「おっ、おいっ、大丈夫かっ!?」
智樹が慌ててイカロスの元へと駆け寄る。
「……はい、平気です」
イカロスはいつもと同じ無表情で智樹に答えた。
鼻から血を流し続けながら。
「いや、どう見ても大丈夫じゃないぞ」
床上1cmぐらいがイカロスの鼻血で浸る。
「……大丈夫です。桜井家の床上30cmまでなら血液を浪費しても何とかなると過去の統計データが物語っています。30cmを越えたら自己修復に100万年掛かりますが」
「統計出せるほど鼻血で埋まってんのか、この家は?」
智樹のツッコミが居間に木霊する。
「で、何でイカロスはそんなに鼻血ばっかり出してるんだ? 病気だったりするのか?」
智樹が頭を捻りながら尋ねる。
智樹の記憶では以前のイカロスが鼻血を出すようなことはなかった。
「……病気では、ありません」
イカロスは首を横に振って智樹の心配を否定した。
「じゃあ、何故なんだ?」
「……人妻は危険。なのです」
「はぁ?」
イカロスの答えは智樹の要領を得ないものだった。
「人妻は危険? ニンフの昼ドラの話か?」
智樹はテレビへと視線を向ける。
テレビの下の録画機にはニンフが撮り溜めしている昼ドラが数多く保存されている。
智樹はそれらの内の1つを再生してみた。
『久保くんが何でそんな写真を持っているんだよっ!?』
『そんな写真というのは、吉井くんが木下くんを手篭めにしている瞬間を捉えたこの写真のことかな?』
『あの時、僕は周囲に誰もいないことを確認したはずだったのに……』
『吉井くんには僕に感謝して欲しいぐらいだよ。体育倉庫なんて定番の場所で2人であんなに大きな喘ぎ声を出しては周囲に気付いてくれと言っているようなものさ。僕が人払いをしていなかったらもっと多くの人の注目を集めていただろうね。フフフ』
『……それで、久保くんは一体何が望みなの?』
『話が早くて助かるよ。こんな写真を見せられたら、君の恋人である坂本くん、木下くんの恋人である土屋くん、そして木下くん自身も大いに驚き、嘆き悲しみ、そして怒るだろうね』
『クッ!』
『肉食教師西村先生に見せても面白いかもしれないね。何故先生の補習に地獄というフレーズが付くのか。補習室送りになった男子学生がどうして例外なく足腰立たなくなってしまうのか。君もその訳をよく知っているだろう? ね、補習常連の吉井くん?』
『…………だから、何が望みなの?』
『何、そんな難しい話じゃないさ。吉井くんに僕に対する認識をちょっと改めてもらおうと思っているだけさ』
『認識を改めるって?』
『久保利光には残忍でサディスティックで狙った獲物は自分のものになるまで徹底的に蹂躙し尽す面が存在するってね。さあ、僕のものになってもらうよ吉井くん。いや、明久』
『へっ? あっ、あっ、嫌だぁああああああああぁっ!』
智樹はそこでテレビのスイッチを切った。
「最近の昼ドラはみんなこうなのか? 男同士が流行ってるのか?」
ドラマの中では智樹には理解し難い世界が広がっていた。
「……世間的に流行っているかはわかりません。ですが、ニンフの中では大ブレイクしています」
「そ、そうか」
智樹は微妙に引いた。
「……それで、ニンフは二次創作にも興味を持ち出すようになって、大量の同人誌を買い集めるようになりました。今日も、アキちゃん総受け本を求めてオンリーイベントに出向いています」
「山に芝刈りなんておかしいと思ったら、そんなイベントに行ってんのかよっ!?」
智樹はドン引きしていた。
「……今度は自分でも描いてみるって言っていました。『英四郎×智樹』ものでマスターが徹底的に肉奴隷に堕ちて行く話を32pの漫画にすると」
「身近な人を題材にする場合はまず許可を取りなさいっ!」
智樹が絶叫する。
「……ですから私が代わりに許可を出しておきました」
「何故お前が答える? そして何故許可を出すっ!?」
智樹が再び絶叫する。
「……マスターはムフフな展開がお好きですので」
「確かにムフフな展開は好きだ。だが、自分が題材にされるのは好きじゃない。それ以前に相手が守形先輩なのが嫌だっての!」
智樹3度目の絶叫。
「……それではやはりお相手は鳳凰院・キング・義経さんの方が良かったですか?」
「やはりと言いながら男の名前を挙げて来るんじゃねえ!」
「……では意表をついてシナプスのマスターに攻められたいのですか?」
「だから男から離れろっ! っていうか、俺は総受けなのかよっ!」
ツッコミの連続で智樹は疲弊した。
「ニンフの件はしばらく置いておく。で、話を元に戻すと何で最近イカロスは何でそんなに鼻血を噴出すようになったんだ?」
智樹は大きく溜め息を吐きながら話を仕切り直した。
「……人妻は危険だから、です」
イカロスはまた同じ返答を寄越した。
「人妻が危険ってのは、包丁で指を切っちゃう可能性があるとかそういうことか?」
智樹には相変わらずイカロスの言うことが理解できない。
「……そんな生易しい危険ではありません。例えば、私が料理中にマスターが後ろから近付いて来て無理やり……ブハッ!」
イカロスは無表情のまま先ほどよりも更に激しい勢いで鼻血を噴出しながら後頭部から畳に叩きつけられる。
床上5cmが鼻血で浸水。
「おいっ! 大丈夫か? しっかりしろっ!」
智樹が駆け寄り慌ててイカロスを抱き起こす。
「……マスターに背中と頭を抱えられている私……ブブハッ!」
イカロスの鼻血が止まらない。
床上10cmが鼻血の池となっている。
「どうすればその鼻血は止まるんだ?」
「……私が人妻モードで、マスターがケダモノな限りは不可能です」
「もうちょっとわかるように説明してくれっ!」
智樹が絶叫している間にもイカロスの鼻からは血が流れ続け、15cmまで達してしまった。
「……マスターは子供ができるなら、男の子と女の子、どちらが欲しいですか?」
「その質問に答えればお前の鼻血が止まるんだな?」
智樹は必死に頭を捻る。
しかしまだ学生である智樹にとって子供云々と言われてもまるでピンと来ない。
それでもイカロスの一大事とあって必死に頭を捻った。
「やっぱり、女の子の方が良いんじゃないか? 家に女の子が多い方が華やぐだろうし」
必死に考えてもその程度のことしか思い浮かばなかった。
「……つまり、マスターは、私と私たちの娘を一緒に……ケダモノ……グッハッ!」
イカロスはとうとう口から血を吐き始めてしまった。
「俺にはもうどうしたら良いのかわからないぃいいいいぃっ!」
智樹は途方に暮れている。
そうしている間にも鼻血水位は上がり続け25cmを越えてしまっている。
絶対危険領域まで残り5cmしかない。
大量の血を失ったイカロスは無表情のままだったが、その顔色は段々と青白いものに変色してきている。
「……最期に一つ、マスターにお聞きしたいことがあります」
「最期だなんて不吉なことを言うなよ」
けれど、イカロスの言葉が嘘ではないかもしれないことを智樹は感じていた。
智樹の手を握り返すイカロスの手の力が見る間に弱まってきている。
最強の名を欲しいままにするウラヌス・クイーンも止まらない鼻血を前にしては無力だった。
マスターである智樹との離別を意味する再起動プログラムの開始を前にして、イカロスは弱々しい声でそれを口にした。
「……マスターは、私のことを、愛してくださいますか?」
イカロスの瞳は真剣だった。
「うっ、それは……」
「……マスターは、私のことをどうお考えですか?」
鼻血の量は既に29cmを超えてしまっている。
もはや、一刻の猶予もなかった。
だから、智樹は言うしかなかった。
己の、素直な気持ちを。
「俺は、イカロスのことが大好きだぞぉっ!」
半分自棄になって大声で自分の気持ちを叫ぶ。
「だから俺を置いて死ぬなっ! 命令だぁっ!」
智樹は祈りにも似た気持ちで必死に自分の心を声に出してイカロスに伝える。
そして、奇跡は起きた。
「……マスターが私のことを大好きって……イカロス復活です」
鼻血が止まり、イカロスは自分の力で上半身を起こした。
「おおっ、元気を取り戻してくれたか」
感涙を浮かべる智樹。
「……はい。主人を置いて妻である私が先立つことはできません」
イカロスの智樹の呼び方がマスターから主人に変わっていた。
ついでに自分のことを堂々と妻と名乗るようになった。
でも、それでも、智樹にとってはイカロスが快復してくれたことの方が大事だった。
「もう大丈夫なのか?」
「……はい。現在の状態なら、鼻血を出さずに後1時間ほど待てば全機能が完全回復致します」
「そりゃあ良かった」
ホッと胸を撫で下ろす智樹。
何が原因でそうなったのかよくわからないイカロスの命の危機はどうやら過ぎ去ったようだった。
「……私は人妻モードから真・人妻にジョブチェンジしました。あなた、御命令を」
イカロスはそっと智樹の手を握りながら命令を求めてきた。
その表情は普段と変わらなかったが、どこか嬉しそうに智樹には思えた。
「イカロスが何を言いたいのかさっぱりわからないままだが、まあなんだ。機能の回復に後1時間は掛かるんだろ? だったら、ゆっくり休め」
「……わかりました。それでは失礼して休ませて頂きます」
そう言ってイカロスは姿勢を楽にした。
智樹の膝を枕に使いながら。
「おっ、おい、イカロス!?」
「……疲労したダメージが抜けていきます。もうしばらくこのままでいてください」
イカロスにそう言われては智樹は動けない。
そうして5分が過ぎた頃、ピンポーンと桜井家の玄関のベルが鳴った。
「……お客さん、ですね」
イカロスは智樹の膝の上に頭を乗せたままそう呟いた。
「きっと、守形先輩と鳳凰院とシナプスのマスターの野郎だな」
「……っ!?」
智樹の返答を聞いてイカロスが勢い良く立ち上がる。
「……何故、その3名が桜井家に?」
イカロスの瞳が赤く輝いている。
頭の上には光の輪っかが出現し、小さく折り畳まれている翼はその本来の大きさを取り戻す。
「いや、実は女子に内緒でパーティーをだな……」
智樹はそのイカロスの豹変に驚きながらその理由を説明し始める。
「……男同士で女子に秘密のパーティー……乱…………交…………パーティー……っ!?」
その瞬間、桜井家の居間で爆発が起きた。
「カオスが来てまだ正式なお祝いをしてなかったからな。ここらで一つサプライズパーティーでも思ってその準備を……うわらばぁああああぁっ!?」
説明の途中で智樹は突如発生した赤い爆発に巻き込まれ吹き飛ばされた。
それから10秒ほどが経過し、智樹が目を開けてみる。すると目の前には血の出しすぎでもはや虫の息となってしまっていたイカロスがいた。
「イカロスっ! おいっ、しっかりしろっ!」
智樹が慌てて抱き起こす。
しかし、イカロスの命が風前の灯火なのは医療素人の智樹の目にも明らかだった。
「……あなた、ごめんなさい。私は、100万年ほど眠りに、つきます」
「そんなことを言わないでくれ。俺を置いて逝くんじゃねえっ!」
涙を流しながらの智樹の必死の呼び掛け。しかし……
「……最期に、あなたと良い思い出ができて良かった」
笑わない筈の珍獣が智樹の前で初めて笑った。
「そんな哀しいことをそんな表情で言わないでくれ……」
イカロスの笑顔は智樹が何より望んでいたはずのものだった。
けれど、その望んだものがこんな哀しい場面で見ることになるなど、想像もしていなかった。イカロスの笑顔が見たいとずっと考えていた自分を恨めしく思った。
「……でも、欲を言えば……」
「イカロスの望みなら何でも聞いてやるっ! だから、逝かないでくれっ!」
「…………守形先輩や鳳凰院・キング・義経さん、そしてシナプスのマスターに総受けなあなたの姿が見たかったです……ガクッ」
イカロスは智樹が望んでいた最高の笑顔を見せながら、その機能を停止させた。
「ニンフの影響をお前も受けてんじゃ~~~~~~んっ!」
智樹の渾身のツッコミはもはやイカロスの耳に届くことはなかった。
「シナプスでもその名を恐れぬ者がいないウラヌス・クイーンがまさかこのようなことで機能を停止させるとはな。だが、ウラヌス・クイーンを葬り去るほどのその行為、興味があるな」
智樹が振り返ると居間の扉の前に守形と義経、そしてシナプスのマスターが立っていた。
「フッ。世界で一番美しいイカロスさんの遺言を聞かないわけにはいかないだろう。この鳳凰院・キング・義経、イカロスさんの願いを全力で叶えよう。脱衣(トランザム)っ!」
義経の掛け声と共に、智樹の、守形の、シナプスのマスターの、そして義経自身の衣服が一瞬にして消えてなくなる。4つの裸(ら)が桜井家に降臨する。
「ちょっと、待て。お前ら、一体何を考えているっ!?」
今日もいつも通りに全裸な智樹が後ずさる。
「イカロスは俺と同じで笑うことができない存在だった。だが、そのイカロスは最期に笑ってみせた。イカロスの望みを叶えてやれば俺も笑うことができるかもしれない」
3人の裸(ら)男たちに囲まれる智樹。
そして──
「平和な日曜日を過ごしていたはずなのにどうしてこうなったんだぁ~~~~っ!」
智樹の身を切り裂かれるような絶叫と共に自宅の畑のスイカの花が1輪、ポトリと地面に落ちた。
どうか最後は幸せな記憶を──
そらのおとしもの 傷だらけのハーレムエンド
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俺の妹がこんなに可愛いわけがない
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