No.218838 私の義妹がこんなに可愛いわけがない そして聖戦へ2011-05-26 12:49:41 投稿 / 全4ページ 総閲覧数:3712 閲覧ユーザー数:3237 |
私の義妹がこんなに可愛いわけがない そして聖戦へ
ゴールデンウィーク最終日。
今日も今日とて私は先輩のお部屋にお邪魔してまったりと最後の休日を謳歌していた。
その先輩はスーパーまで飲み物とお菓子を買いに行って今は不在。何でも先輩がこだわりを持って飲み続けているパック麦茶はそのスーパーでしか売っていないのだという。
こだわりの飲み物が麦茶というのが如何にも先輩らしくて少しおかしい。私も美味しい麦茶の淹れ方を勉強しないといけないわねと少し楽しい気分になりながら先輩の帰りを待つ。
心穏やかに先輩を待つ為に、ベッドの上で布団を頭からかぶって枕を抱きしめくんかくんかするのは最近の私の日課。
布団と枕から染み出て来る芳醇な香りは日々の生活に疲れる私の心を癒してくれる。
確かに私はもう先輩の彼女なのだから直接先輩をくんかくんかすれば良いだけなのは事実。でも、そんな関係になるのはまだ早いと思うし、少し怖いし、恋人らしい手順をもっと踏んでからそうなりたい。
まあ、先輩がどうしてもと言うのなら今すぐそうなっても私は全然構わない……って、だから私は一体何を考えているのよ!
熱さのせいで私の頭はどうにかなってしまっているのかもしれない。
そう、今現在私はとても熱い。暑いじゃなくて熱い。
5月の暖かくなった気候の中で枕を抱きしめながら布団をかぶっていると耐え切れないほどに熱い。1人我慢大会をしているようなもの。
心穏やかでいたいのにいられない。
「汗を拭かないとダメね」
熱さに耐えかねてお気に入りのフェイスタオルを取り出して顔の汗を拭く。
先輩のシャツという名のフェイスタオルは私の顔の汗を拭き取ってくれると共に心にまで清涼感を与えてくれる巧みの一品。世界でもここ高坂家でしか生産されていない希少価値が大変に高い一品。
「あら、腕からもこんなにも汗が。枕が濡れてしまっては大変だわ」
枕をベトベトにしてしまっては今夜先輩が寝る時に気持ち悪くなってしまう。
お気に入りのハンカチを取り出して腕の汗を拭く。
先輩のパンツという名のハンカチは私の体の汗を拭き取ってくれると共に心にまで清涼感を与えてくれる巧みの一品。やっぱり世界でもここでしか生産されていない大変希少価値が高い一品。
「せっかく髪をセットしたのに、布団をかぶったままだと乱れてしまうわね」
先輩は鈍感なので私の髪型の微妙な変化には気付いてくれない。この前、前髪を2cm切った時にもまるで気付いてくれなかった。
でも、先輩が気付いてくれないのと私が髪の手入れを疎かにしてしまうことは全くの別問題。先輩の前では常に綺麗な私でありたい。
そんな訳で私はハンカチを頭からかぶって髪型が崩れないように細心の注意を払う。先輩のパンツは汗を拭き取ったり髪を保護したりとまさに万能ツール。十得ナイフ・先割れスプーンに続く人類の大発明ではないのかしら?
勿論私はこの便利な文明の利器を手に入れるに当たって非合法な手段は用いていない。先輩に直接断りを入れた訳ではないけれど、ちゃんと等価交換の原則は守っている。
先輩のタンスの中には、パンツとシャツを抜いた枚数の分だけ私のパンツとブラを入れておいた。これで何の問題もないはず。
それにしても熱いわね。
私はこの熱さに耐えながら心を落ち着かせようと必死に先輩の枕をくんかくんかしつつ汗を拭きながらその帰りを待ち続けた。
しかし私が必死に掴もうとしていた平穏は1人の小うるさい女の登場によって破られた。
「ねえねえ、黒いの黒いのっ! 訊きたいことがあるの」
今回もまたコピペのような言葉を発しながらスイーツ星の使者がバタバタと駆け込んできた。
先輩が出掛け不在の隙を突いてわざわざ入って来るタイミング。今回もまたよほど2人きりで話したいということなのだろう。
「何よ?」
あまり良い予感はしないけど、とりあえず話を聞くことにする。何度目かしら、このやり取りは?
「っていうかさ、アンタ、何してんの?」
スイーツが布団と先輩のパンツを頭からかぶっている私をジト目で見る。一見純度120%の蔑んだ瞳。汚物を見る視線。でも、この女との付き合いが結構長い私にはこの視線の真の意味がわかる。
即ち『あたしのパンツと布団で勝手にくんかくんかしてんじゃないわよ』という所有権の主張。それこそがこの女の視線の意味。
やはりこの女、私に隠れて先輩の匂いを堪能してやがるのね。そう言えば、私が初めて先輩のタンスを開けた時に既に女物の下着が数枚中に入っていた。
その時は先輩には特殊な趣味があるのねと思い微妙な瞳で見てみぬふりをした。けれど、この女が勝手に入れていたものだったのね。気付いておくべきだったわ。
だけど先輩の下着を全部女物に替えようなんてとんだ変態妹がいたものね。もう先輩の下着の8割が女物に替わってしまっているけれど、その犯人がこんな身近にいたなんて。
それは非常に腹立たしいのだけれども世間的には私の方が立場が悪い。何か良い弁明を考えなくては。そうだわっ!
「魔界空襲警報が発令されたのよ。それで私は聖なる防具で闇の眷属の襲撃に備えていた所よ」
「迷惑だから自分の家でやりなさいよ」
……より一層蔑まれてしまった。私としたことが何たる不覚。
「で、何の用なのよ?」
恥ずかしくなってぶっきらぼうに話題を転換する。今のやり取りは黒歴史と化すだろうけれど、私の脳内からは至急的かつ速やかに忘れ葬り去ることにする。
「黒いの、アンタにアイツ……京介をあげるわ」
「えっ?」
思わず間抜けな驚きの声を漏らしてしまう。
それはいつもと似た流れだったはずなのに、スイーツの口から飛び出た言葉は普段とはあまりにもかけ離れたものだった。
「貴方いつも私と先輩のお付き合いを邪魔してくるじゃないの?」
「もぉ。いつまでも古臭い情報に頼って物事を判断してんじゃないわよ」
やたらニヤニヤ顔のスイーツが胡散臭い。その言葉が少しも信じられない。
大体私は先輩とお付き合いするようになってからほぼ毎日このスイーツとの過酷な戦いに明け暮れてきた。
先輩の部屋にいる時は勿論のこと、外でデートしている時もこの女は必ず現れ邪魔して来る。
先輩に発信機でも仕込んでるんじゃないかと疑ってしまう時もしばしば。もしかすると仕掛けられているのは私の方かもしれないけれど。
とにかくスイーツはそんな風にして毎日毎日私と先輩の仲を邪魔してくれてきた。
この子のブラコンは近親相姦もまるで辞さないレベルであり、先輩は何だかんだと言いながら重度のシスコンである為に決して事態は楽観視はできない。
そんな子が突然先輩を私にくれると言い出すなんて絶対に何か裏があるに違いない。
何としてもこのスイーツの秘めた企みを暴き阻止してみせるわ!
その為にもまずは情報収集を始めなくては。最初はやっぱり口を軽くさせないと……。
「大体、先輩は貴方のものではないでしょう? 何であげるなのよ?」
「何、それじゃあ黒いのはアイツが要らないの? クーリングオフする気なの?」
スイーツは予想通りに話に乗って来た。後は直情径行なこの子が勝手に自爆するのを待つだけ。
「一生涯返品するつもりもネットオークションに売りに出すつもりもないわよ。先輩は……京介さんはずっとずっと私だけのものよ」
すごく恥ずかしいけれどスイーツにきちんと私の意思を伝える。
私は先輩と生涯を添い遂げる。それは私の願望であり誓い。
そして私が先輩への想いを素直に吐露すればこのブラコンは怒り狂って己が企みの全貌を明らかにするはず。
「じゃあ、問題ないわね。フッフッフ~♪」
ところが予想に反してスイーツはニンマリと笑った。けれど明らかに悪いことを企んでいる濁りきった青みがかった瞳が私を見ている。
よし、誘導に成功だわ。
「何を気味の悪い笑みを浮かべているのよ……」
スイーツをジト目で眺めながら心の中ではスイーツに負けない満面の笑みを浮かべる。
だけど私は自分が掘り当てたのが金脈ではなく毒ガスと地下水であったことをすぐに思い知らされる羽目になった。
「要するに黒いのは京介と結婚するってことなんでしょ?」
期待に満ちた瞳のスイーツが私に迫って来る。
「……ええ、まあ。私が、先輩に嫌われるようなことがなければだけど」
そんなスイーツの無駄に輝く瞳の前に私は気圧されていた。
「じゃあ、2人の結婚はもう決まりよね。何たって2人は相思相愛なんだし♪」
「そ、それはまあそうなのだけど……」
誉められているのに私の返答の方がもの凄く歯切れが悪い。
背中がブルブルと震えて来る。今にも鳥肌が立ってしまいそう。
私はスイーツに対していまだかつてないほどの恐怖を感じていた。素直に私たちの仲を認めるこの子が怖くて堪らない。こんなの計算外だわ。
「もぉ~さっさと結婚しちゃいなさいよ、アンタたち~♪」
「先……きょ、京介さんがプロポーズしてくれるのなら私はいつでも……」
これが、誉め殺し状態というものなの?
顔は真っ赤だし、息は詰まるし、背中を撫でられ続けているみたいで居心地が悪くて堪らない。一体全体、どうなっているの?
「それじゃそれじゃあたしが2人の結婚を認めるわ。ね~、お義姉ちゃ~ん♪」
桐乃が私に最も甘えている時にだけ出して来る最終奥義『お義姉ちゃん』。伝家の宝刀をこんな所で抜いてくるなんて。本当に何を企んでいるの?
「2人が結婚すれば、あたしとお義姉ちゃんは義理の姉妹ってことになるわよね?」
「そ、そうね。そういうことになるわね」
私はこの期に及んで桐乃の意図が全く読めないでいた。
そしてすぐに外堀どころか内堀まで埋められていたのは私の方だったのだと気付かされることになった。
「じゃあさ、京介あげるから……代わりにお義姉ちゃんの妹2人をあたしに頂戴♪」
「なぁあああぁっ!?」
あらん限りの大声、悲鳴を上げてしまう。
「お義姉ちゃんとあたしは姉妹。だから、あたしとお義姉ちゃんの妹も姉妹ってことになるわよね♪」
狂気の青に染まりきった桐乃の瞳。それを見て私はとんでもなく邪悪なデーモンに話掛けていたことにようやく気が付いた。
私が降臨を望んだ闇の眷属はこの子自身だったのだ。何という運命の皮肉……。
「私には……妹なんかいないわ!」
慌ててデーモンから目を逸らす。心臓が今にも破裂してしまいそう。
「嘘だっ!」
だけどデーモンは鉈か斧でも持って追い掛けて来そうなヤバそうな瞳で私の前へと回り込んで来る。病んでるなんて生易しい言葉じゃ済まない狂気が私を包囲する。
「はぁはぁ。あたしさぁ、昨日見ちゃったのよ。ハァハァ。お義姉ちゃんが小さな可愛い女の子2人を連れて、はぁはぁ、近所のスーパーに入って行く所を。あの子たちって、ハァハァ、お義姉ちゃんの妹よね?」
デーモンの吐く息は荒く、口の端からは涎が垂れ落ちている。喉の奥からは野獣の様な唸り声が聞こえて来る。この女、完全に逝ってやがるわ。
「まさか貴方に珠希と日向を見られてしまうなんて……」
目の前のデーモンが妹狂であることは火を見るより明らか。しかも先輩よりも遥かに危険な意味でのシスコン。この女は“妹”を性的欲望の対象とすることに何の躊躇もない。
だから私は妹2人の存在をこのデーモンにひた隠しにし、存在がバレた後も決して会わせない様に細心の注意を払ってきた。それがこんな形でバレることになるなんて……。
「そっか~あの2人は珠希ちゃんと日向ちゃんって言うんだぁ~♪ えへへへへ。えへへへへぇ♪ えへへっへへへえへぇえぇえええぇふひゃひゃえぇっ♪」
「……あっ!?」
しまった。ついデーモンに余計な情報を与えてしまった。
悪魔に名前を知られてしまうなんて闇の世界の住人として許されざる大失敗。
あれでデーモンの脳内で私の可愛い2人の妹は欲望の対象としてより具体的な存在になってしまったに違いない。
「珠希ちゃんと日向ちゃん。超可愛い2人にお似合いの何て良い名前なのかしらぁ~♪ うふふふぐっへっへぅひゃっはゃっはっ♪」
私の目の前にいたのはスイーツ改め1匹のデーモンビーストだった……。
「うふふふふふ。ねーねー、お義姉ちゃんは知らないかもしれないけど~♪」
「な、何を…?」
桐乃はわざとらしく私のことを『お義姉ちゃん』と呼ぶ。
だけど今のそれは私への親しみや愛情、尊敬を示すための敬称じゃない。私との義理の姉妹関係を強調することで、間接的に私の可愛い妹珠希と日向とも姉妹関係にあることをアピールしているのだ。
つまり、あのデーモンビーストは私を『お義姉ちゃん』と呼ぶことで、間接的に珠希と日向の義理の姉のポジションに立っていることを訴えているのだ。
たった一つの呼称にここまで言外の意味を込めて来るなんて。さすがは無駄に県内トップ5の学業優秀者なだけはあるわね。今の目の前のこのデーモンには知性も理性も欠片も感じないけれど。
「実はあたしって~、妹モノのエロゲーが大好きなのよ~♪」
「……そんなこと、100も承知よ」
このデーモンの部屋の秘密の押入れを開けると妹モノのエロゲーがうず高く積まれている。さながらバベルの塔の如く高く積まれたそれは私の身長を遥かに追い越している。
それを初めて見た瞬間に私は自分の趣味の痛さも忘れて桐乃を可哀想な子なんだと心底思った。少しだけ優しく接しようと思った。決意は5秒も続かなかったけど。
「それでね~妹モノエロゲーの名作に『妹×妹』っていうゲームがあるんだけど~」
「以前貴方が先輩にプレゼントに贈ったゲームのことよね?」
それは私が中学の卒業式を間近に控えたとある初春の休日のこと。私たちは秋葉原のレンタルルームで桐乃や沙織と共にメイド服で先輩を御もてなししたことがあった。
その日桐乃が先輩に感謝の気持ちとして贈ったプレゼントがエロゲー。そのタイトルが『妹×妹』。
妹が兄に妹を攻略するエロゲー送るってどんだけカオスなのと驚かされたけれど桐乃らしい選択ではあった。まさかそれがアメリカに旅立つ為の置き土産だったとはその時の私は考えもしなかったのだけど。
とにかくそんな経緯があって『妹×妹』は私にとっても思い出深いゲームだった。でも、それが一体?
「でね~♪ お義姉ちゃんの上の妹……珠希ちゃん?」
「日向よ」
妹の名前を逆に覚えられるのは我慢ならない。なので悔しいのだけど間違いを正す。
「その日向ちゃんがね~♪ 『妹×妹』のヒロインりんこちゃんにそっくりなのよ~♪」
「なっ!?」
このデーモン、私の可愛い妹をエロゲーのヒロインに重ねて見ようというのっ!?
「それで珠希ちゃんはもう1人のヒロインみやびちゃんにそっくりなのよ。ぐっひゃっひゃっひゃっひゃへぇ♪」
まだ小学校低学年の珠希までエロゲーヒロインに重ねてみようだなんて……どこまで鬼畜なら気が済むの、この色欲悪魔は!?
「日向ちゃんは外見も、ちょっと勝気そうな性格もりんこちゃんそっくりで、珠希ちゃんは従順で大人しそうな所がみやびちゃんに激似なの。2人ともあたしの超ストライクゾーンど真ん中なの~♪」
デーモンは私の手から先輩を枕を奪い取ると自分で抱きしめながら顔をすりすりした。
「あたしはね~妹が大好きなのぉ~。諸君、私は妹が好きだ。諸君、私は妹が好きだ。諸君、私は妹が大好きだって思わず演説ぶってしまいたいぐらいに~♪」
「貴方が最高にイカれてるってことだけは演説されなくても知ってるわ」
大口を開けて舌を出しながら笑うデーモンにもはや人間だった頃の面影はない。
「それでね、あたし……決めたの」
「な、何を……?」
怖気づきながら必死に冷静を装って聞き返す。
そして、昔桐乃だったモノは決して許されざる呪詛を吐いてくれやがった……。
「あたしね、日向ちゃんと珠希ちゃんを攻略してみせるわ♪」
それは一般社会であれば冗談としか思えない言葉。
けれど、狂気に満ちた、だけど自信にも満ちた瞳で語る桐乃は本気で妹たちを攻略しようとしているので間違いなかった。
「あたしね、一度決意したことは絶対に叶えないと気が済まない性質なんだ。だけど、アメリカ留学では途中で逃げ帰っちゃったし、京介はお義姉ちゃんに持っていかれちゃった」
デーモンは少しだけ寂しそうに顔を背けた。
この子の尋常ならざる頑張りと意志の固さは私もよく知っている。陸上や学業の優秀さもそうだけど、アメリカにスポーツ留学した時なんか頑固の塊だった。一言も連絡はくれないし、独りで抱え込んで壊れる寸前まで行ってしまった。
この子の能力の高さは自分が立てた決意に対してどこまでも誠実であろうとする献身的な努力に由来している。それは誰も持ち得ない彼女だけの尊い財産。
けれど反面、この子は融通が全く利かなくて、自分で立てた誓いに押し潰されてしまいかねない脆さを抱え込んでしまっている。それは決意の固さと背中合わせの諸刃の剣。
アメリカ留学の時も、私が先輩とお付き合いすることになった時も、先輩がいなければこの子は最悪自殺してしまったのではないか。そんなことさえ考えるほど。
桐乃にとって決意とはそれほどのものを意味する。けれど、何故今その話をするの?
「あたしに3度目の失敗はないわ」
ま、まさかこの女……。
「あたしは、日向ちゃんと珠希ちゃんを攻略するって心に固く誓ったのよ」
胸を踏ん反り返して偉そうに語る桐乃。
そう言えば最近は先輩絡みでこの女とも毎日顔を忘れていたことがあった。
この女、高坂桐乃は私の敵だってことを。
「貴方、脳に魔素が廻ったのではなくて? その奇妙な言動はゲームに影響されたとでも言いたいのかしら?」
昔を思い出しながらキツい視線と毒舌をお見舞いする。
「あたしは今日からゲーム脳肯定派になるわ。りんこちゃんとみやびちゃんはあたしに生きる意味を、喜びを教えてくれたのよ♪」
桐乃の返答に迷いは微塵も感じられない。
私の攻撃は全く効いていないようだった。けれど、諦めずに攻撃を続ける。
「貴方はそれで良いの? 才色兼備のパーフェクト中学生ってバカみたいに偉そうに振舞っているのが高坂桐乃じゃないの?」
「あたし、完璧なゲーム脳だから日向ちゃんと珠希ちゃんを攻略できさえすれば他のことはもうどうでも良いのぉ♪」
けれど、私の二撃目もまるで意味をなさなかった。
桐乃の声も瞳も立ち居振る舞いも澄み切っていた。桐乃はただ純粋に私の可愛い妹たちを狙っていた。純粋なケダモノだった。
「……何という純粋な邪悪。こんなの、本当に計算外よ……」
桐乃の底知れぬ闇に恐怖を覚えていた。体が桐乃から逃げようとしていた。私の脳も体も桐乃への敗北を認めていた。
先輩と同じ高校に入学して私は丸く……弱くなった。
先輩と接している内に心が段々と穏やかになり、以前の私を構成していた剃刀のような鋭い刃と鋭利な棘棘がなくなっていった。
私は白猫と呼ばれるほどに優しく、丸く、穏やかになっていき、先輩への想いに心を奪われていった。
その変化自体は嫌いじゃない。好ましいものと思っている。
おかげで私には京介さんという恋人ができた。赤城瀬菜という友人もできた。この変化は私を良い方向に導いてくれている。
だから後悔はしていない。
けれど、いわゆる可愛い性格になってしまった私では、このデーモンに対抗する力がもうこの体のどこにも存在していなかった。
千葉の堕天聖はもう…どこにも存在しないのだ。
「日向ちゃんと珠希ちゃん。どっちから攻略しようかしら~♪ やっぱりまずはお姉ちゃんである日向ちゃんから? でも、珠希ちゃんの方が攻略し易そうなのよね~♪」
桐乃は自分が女であることも、攻略対象と呼ぶ2人の少女が共にまだ小学生であることも全く問題としていない。
さすがは中学生ビッチ小説でプロデビューを果たした倫理無用の変態女。
こんな女に今の私1人じゃ対抗できない。早く帰って来て、先輩っ!
「あたしは昨日まで自分が千葉県で一番『ごきげんようお姉さま』って言葉が似合う清純な乙女だって思ってたわ」
「貴方、その絶望的な勘違いを直すにはロボトミー手術でも受けてみたら?」
けれど先輩はまだ帰って来ない。私がこのデーモンと戦うしかない。
「でもね、あたしの中には自分でも制御することができない野獣が住んでいたのよ。野獣が日向ちゃんと珠希ちゃんを攻略しろと、襲えと言って聞かないのよっ!」
桐乃は俯いて両手を見ながら体を震わせている。
「あたしは今まで自分が妹モノのエロゲーを好きな理由を、攻略される妹に自分に重ねて京介との擬似恋愛や擬似エッチを楽しんでいるのだと考えていたわ。でも、それだけじゃなかったのよ……」
顔を上げる桐乃。その顔は、その顔は──
「あたしは、妹が家族に攻略されるというシチュエーション自体が大大大好きだったのよ」
晴れ晴れとした狂気の笑みを湛えていた。
南国の海を思わせる蒼く染まった瞳にさえ気付かなければアニメのOPやEDに使えそうな爽やかな笑み。
桐乃は彼女がモデルであることを万人に納得させる素敵な笑顔で病みきった自分の趣向を明らかにしてくれた。
うん、最低の告白ね。
「お義姉ちゃんのおかげで時間はたっぷりあるのだし、2人をあたし好みに育ててから攻略ってのもありよね。紫の上を自分好みに育ててからいただいた光源氏の気持ちがわかるわ。えへへへへ♪」
誰かアレを使徒と識別して殲滅してくれないかしら?
今、すぐに。
「日向ちゃんはちょっと勝気そうな性格で外見もあたしに似ているから、表のあたしを受け継いでパーフェクトモデルになってもらおうかしら。えへへへへ♪」
日向が桐乃そっくりに成長した様を思い浮かべる。
チャラチャラしたケバい服装と化粧で身を固め、服やバッグがどうだのと生産性のないウザイ会話をさも大得意に大声で話す。
利益になりそうな人間には必要以上に媚びるくせに、役に立たなさそうな人間には必要以上に見下した態度を取る二重人格。
そして、姉である私に対しては──
『チョーうざいんだけど。アンタ、邪魔だから話し掛けないでよね。むしろ息しないで』
蔑んだ瞳と口調で、姉を姉とも思わない態度の喋り方。ううん、無視の仕方をするに違いない。
そんな日向になってしまったら……
「いっ、嫌ぁああああぁあああああぁっ!」
止まらない震えと共に悲鳴が上がる。
日向がそんな人間に育ってしまったら、私は、私は……。
「で、珠希ちゃんには私の裏の部分を受け継いでもらって、メルルや妹モノのエロゲーのディープな話を共有できるようになってもらうんだぁ~♪」
珠希が、この女と同じように二次元ロリ美少女に萌え~とか叫ぶ女に成長してしまったら……。
『ねえ、こっちに来てナイト・オブ・クイーンの衣装を作るのを手伝ってくれないかしら?』
『今メルルを耐久50時間視聴の最中だから無理なのです。メルルたん、ハァハァです』
知性と理性をまるで感じさせない緩みきった表情で、近所迷惑も顧みず奇声を上げる妹。
そんな珠希になってしまったら……
「いっ、嫌ぁああああぁあああああぁっ!」
再び止まらない震えと共に悲鳴が上がる。
この女は、この女は私の命よりも大事なものをその醜い欲望で穢そうとしている。
どうすれば、このデーモンビーストの魔の手から妹たちを守れるのだろう?
「お義姉ちゃんが何を考えても無駄無駄無駄ぁ~♪ お義姉ちゃんとあたしは義理の姉妹。だからあたしと日向ちゃんたちもどうやっても縁は切れないのよ。だって家族なんだし♪」
『縁は切れない』『家族』
それを聞いて脳裏にこの難問に対する一つの解決策が思い浮かぶ。
それは──
「私が先輩と別れれば日向と珠希を救える……?」
先輩との縁を切って、間接的に桐乃と妹たちの縁も切ってしまうというものだった。
私は付き合い始めてから初めて先輩と別れることについて考えてしまった。
でも、それは、だって、だけど──
「ダメっ! 先輩と別れるなんて……私にはできないっ!」
先輩と共にいることの楽しさと温かさかと心地良さを知り、幸福というものを味わってしまった私に別れるなんてできっこなかった。
考えるだけで悲しみで胸が張り裂けてしまいそう。
「ふっふっふ。お義姉ちゃんが京介をどれだけ愛しているかなんて2人を近くで見てきたあたしが一番良く知ってるわ。お義姉ちゃんが京介と別れるなんてあり得ないのよっ!」
「クッ!」
ガックリと床に両手と両膝をついて落ち込む。
悔しいけれど、桐乃の言う通りだった。
ごめんなさい、日向、珠希。
京介さんと別れることができない我が侭なお姉ちゃんを許して……。
『姉さま……今日はずっと家にいてくれますか? えへへへへ』
その時思い浮かんだのは2人の妹の顔。
2人とも、社交性に欠け、オタク趣味全開なこんな私でも姉として慕ってくれる。
そんな健気で優しい妹たちを見捨てると言うの黒猫? いえ、五更瑠璃っ!
「そんなのっ、冗談じゃないわっ!」
日向と珠希を見捨てる?
冗談言わないでよ。
私は千葉の堕天聖黒猫。そして五更瑠璃。
誰が何と言おうと思おうと我が道をひた走るって決心したじゃない。
ゲー研のプレゼンで私の作品を自己満足と笑う奴らに超すごいオナニーを見せ付けてやるって豪語したじゃない。
桐乃が何?
私より遥かに優れたスペックを持っている?
それがどうしたって言うの?
そんなこと、秋葉原のオフ会で最初に出会ったあの日から十二分にわかっていることじゃないの。
だから屈する?
冗談じゃないわ。
そんなものに屈する程度なら、この女と関係を続けたりするはずがないじゃない。
私は、性能差に何か関わらずこの子に負けたりなんか絶対にしない。
絶対に妹を守ってみせる!
大切な妹を守りきってみせるわよっ!
そうよ。私の一番側にはふり構わずどんなみっともないことをしてでも妹の為に行動し、守りきって来たすごいお手本がいるじゃないのよ。
そうよ。私には高坂京介という最愛にして最高のお手本がいるじゃないのよ。
そう、私は自分の全力を尽くして妹たちを桐乃の手から守ってみせる。
「お姉ちゃんパワー全開っ!」
体の奥底から炎と化したオーラを渦巻かせながら力強く立ち上がる。
そして両手を握り締め、心を熱く滾らせながらデーモンビーストに挑戦状を叩き付ける。
「行くわよ欲妹王──妹の貯蔵は十分なの────」
妹を賭けた桐乃との最後の戦いが今始まろうとしていた。
「妹の扱いは妹であるこのあたしが一番よく知っているわ。お義姉ちゃんが何をしようと無駄無駄無駄なのよ~♪」
桐乃は余裕の笑み、というかエロゲーを堪能している時のあの崩れきった顔のまま。
確かに姉である私には妹分が足りていないかもしれない。
高校に入って先輩と一緒にこの家でゲームを作っていた頃、私は先輩に「兄さんと先輩」のどちらで呼んで欲しいか尋ねたことがある。
先輩が選んだ答えは「先輩」の方だった。その返答は、若干の距離を感じさせるものであると同時に、先輩が私を女として意識してくれていることを間接的に示してくれるものだった。
だから私は先輩との恋について前向きに考えられるようになれた。
でも、今の案件と照らし合わせて言えば、私は先輩にとって妹を意識させる存在ではなかったのだとも言える。
私は自分が先輩に向けて怒ったような「妹の代用品」にはなれていなかったのだ。
「妹になれないお義姉ちゃんにあたしの攻略を止めることなんかできないわ。そして日向ちゃんと珠希ちゃんはこのあたしに心も体も奪われていくのよ」
桐乃は自信満々な態度を崩さない。
「そして1ヵ月後にはこんなシチュエーションになっているはずよ」
デーモンビーストは緩みっぱなしの顔を更に緩ませた。
「日向ちゃんと珠希ちゃんがたまたまスケスケのネグリジェ姿であたしのベッドで寝ていると……」
「貴方が拉致監禁した以外にそのシチュエーションが成り立つとは思えないのだけど?」
そのあり得ない仮定にツッコミを入れるのだけど、妄想に浸った犯罪者には届かない。
ていうか、またこの展開なの?
これで何度目?
「ノックして入って来たあたしは2人の寝姿を見て野獣の誘惑に駆られちゃうの♪」
「貴方は自室に入るのにノックするの?」
一番どうでも良さそうな箇所にツッコミを入れてみる。しかし私の声は届かない。
「男は若い女の方が好きっていうし、あたしも若い女の子の方が好き♪ だから日向ちゃんたちがあたしの欲情を掻き立てるのは当然のことなのよね~♪」
「貴方みたいな奴がいるから条例を作ろうって動きが活発化してしまうのを自覚して頂戴」
妹に手を出す人間を死刑にできる条例ができるなら私は支持する。きっと先輩も支持するに違いない。
というかこの子の若い女定義に下限年齢はないのかしら?
「襲い掛かられた珠希ちゃんたちは必死に抵抗してあたしを思い留まらせるように説得するのだけど、野獣と化したあたしには言葉が通じない。そしてあたしは遂にえへ、えへへへへ。げっへっへっへぇ。日向ちゃんと珠希ちゃん、ゲットだぜ~ってなるの♪」
デーモンビーストの口から涎が零れる。エロゲーをプレイしている時と全く同じの至福の表情。
だけどこの悪魔が攻略しようとしているのは非実在青年なんかじゃ決してなくて──
「あなたには強姦罪適用でもまだ生ぬるいようね」
私の可愛い妹に対してどこまで危険な願望抱えているのよ、この子は。
「そしてあたしは生まれて来た桐日(きりひ)と珠乃(たまの)を抱きしめながらこう話し掛けるの。あたしは義妹に手を出す鬼畜パパだけど、あなたたちのことは全身全霊をかけて愛してあげるって」
「貴方の子供を生ませるなんて、私は絶対に許さないわよ」
女同士じゃ子供はできないとか、日向も珠希もまだ子供を産めないとかそんな話はこの際どうでも良い。
デーモンビーストの望む展開になんか絶対にさせない。
「まったくあたしったら鬼畜よねぇ~♪ 日向ちゃんたちがチョ~チョ~超絶可愛いからってさ♪」
「その一言だけは100%同意するわ」
コピペのような会話を通じてみると、この女がどれだけ危険なのかがよくわかる。
やはり私が妹たちを守る。
京介さんが桐乃を守ってきたように、私が日向と珠希を守ってみせる。
「桐乃、確かに私は貴方に比べて妹がよくわかっていないことは認めるわ」
「そうでしょうそうでしょう。だから日向ちゃんたちのことはあたしに任せなさい」
胸をドンと叩く桐乃。
この子は私が降伏宣言をしているように聞こえているのかもしれない。
けれど、冗談じゃない。
「でもね、日向たちが貴方に靡くことは絶対にないわね。断言するわ」
「どっ、どうしてよっ!? あたしは妹の気持ちを誰よりもよく知る女なのよ!」
デーモンビーストには自分に欠けているものがわからないらしい。
なら、教えてあげようじゃないの。貴方の最大の弱点を。
「確かに貴方は最強の妹かもしれない。けどね……」
「けど、何なのよ?」
「貴方はね、欠片も姉じゃないのよ。貴方には姉としての矜持がどこにも存在してないのよ!」
「なっ、何ですって!?」
目を見開いて驚く桐乃。大きな衝撃を受けていることがわかる。
どうやらこの子は自分の欠陥について全く考えもしていなかったらしい。
なら、ここで一気に畳み掛けてやるわよっ!
「年齢が上だから、先に生まれたから貴方が日向と珠希の義姉に当たるですって? 冗談じゃないわよ」
「だって、先に生まれた方が姉だったり兄だったりするじゃないのよ!」
「先に生まれたから無条件で兄や姉として認められると思ったら大間違いなのよ! そんなこと、兄を兄とも全く思わない態度を取り続ける貴方が一番よくわかっていることでしょうがっ!」
「うっ!」
桐乃が胸に手を当てながら呻いた。
「兄や姉っていうのはね、弛まぬ努力をしてようやく家族から兄、姉として認められる存在なのよ。無条件で姉として迎え入れられるなんてどこまでもおめでたいゲーム脳してんじゃないわよっ!」
私が、そして先輩がどれだけ妹のことを想い、実行に移しているのか。
先輩は桐乃の見えない所でもどれだけ必死に妹の為に動いて来たことか。妹の才能に嫉妬し、妹の罵倒を受け、礼の一つも言われないことがわかっている環境で先輩は必死に兄であり続けた。
桐乃は、先輩の兄たらんとする努力と矜持を理解していない。
「けど、それはあたしがまだ姉という立場になったことがないからであって。あたしだって、2人の姉になれば立派なお姉ちゃんになってみせるわ」
「無理ね、貴方には」
桐乃の反論を冷たく切って捨てる。
「どうしてそう言い切れるのよ!」
「だって貴方、以前ブリジットとか言う洋ロリに知り合った早々嫌われたんでしょ? 欲望を全開にして近付いたとかで」
「あっ、あの時は偶々偶然よ。ブリジットちゃんがあんまりにも可愛かったから、お持ち帰ってペロペロ嘗め回したいって思っただけなんだから!」
桐乃は私から目を逸らしながらヤケになったように大声で反論してくる。
「じゃあ、日向と珠希に会ったらどうするつもりなの?」
「そんなのうちに連れ帰って飼うに決まってるじゃないの! 首輪と鎖は欠かせないわね」
「……貴方絶対私の妹たちに嫌われるわ。断言してあげる」
小動物というのは基本的に自分に対する悪意や危険に敏感。それは人間にも当てはまる。妹たちがこの欲望満開犯罪者確定女に近付くことは決してないだろう。
「そっ、そんなぁあああああああぁっ!」
桐乃が絶望の悲鳴を上げる。
「桐乃、貴方はね、あまりにも完璧な妹すぎた。だから、貴方には姉としての才能がなかったのよ……」
「あたしの日向ちゃん、珠希ちゃん攻略計画にこんな落とし穴があったなんて……あたしの、完敗よ……」
ガックリと膝を突いて涙を零す桐乃。
「うっうっうっ」
涙を流し続ける桐乃の瞳から狂気の色はなくなっていた。
思えばこの子も哀れなのかもしれない。
桐乃は妹という属性を必殺技の領域にまで高めて、テレビアニメのヒロインにまで上り詰めた。まあ、冬コミでの同人誌の発行数は私の圧勝だったけど。3日目は私祭り状態だったけど。
そして妹という属性を最大限に活かして先輩に近付いた。まあ、先輩の彼女になったのは結局私だったけど。
けれど、あまりにも妹に特化してしまった為に他の属性への対応ができなくなってしまった。一つの事象に特化するのは強く、そして変化に脆い。
桐乃が姉を演じようとしても上手くはいかないだろう。この子は、根っからの妹なのだから。
「うっうっ。京介を黒いのに取られて、日向ちゃんも珠希ちゃんも攻略できない。もう、私には生きている価値が何も見出せないよ……欝よ。死のうかしら……」
そして3度目の挫折を味わって凹むだけ凹んでいる桐乃。これだからエリートは打たれ脆くて困ると思いつつも純な反応を見せるこの子がちょっとだけ可愛く見える。
そしてこれが先輩が桐乃に抱く保護欲なのだろうなというものが沸き上がって来た。
「桐乃。貴方には確かに姉は務まらないかもしれないわ。でもね……」
桐乃の頭を優しく撫でる。
「貴方は最高の妹じゃない。そして貴方には先輩と私という兄と姉がいる。それだけじゃ不満?」
桐乃が顔を上げる。
「……でも、京介はアンタに夢中だし、アンタは京介に夢中。あたしのことなんて誰も見てくれないじゃん」
桐乃の声は弱々しくていつもの溌剌さ勝気さが少しも感じられない。
「せっかく、オタク趣味を通じて京介と仲直りできたのに……また、あたし独りぼっちになっちゃうよ……」
桐乃のその弱々しい嘆きを聞いて、私は桐乃がずっと抱えて来た寂しさ、強くあろうと己を律して来た原動力の根本をようやく理解した。
「バカね、貴方は……」
膝をついて正面から抱きしめる。
「貴方は独りぼっちなんかじゃないわ」
桐乃の強さと脆さは独りぼっちという自己認識から来ている。独りでも生きていける強さを求め、一方で独りではいられない寂しさに心と体を震わせる。
桐乃が妹モノのエロゲーを好きなのは、きっと先輩との絆を求めてのこと。
近親相姦という事象にばかり目を向けてしまっていたけれども、この子は体の繋がりよりも先輩との心の繋がりをずっと求めて止まなかったのだ。
そんな簡単なことにも気付いてあげられなかったなんて、私は義姉失格だったわね。
だから──
「私と京介さんが2人で貴方を愛してあげるわ。それじゃあ不満?」
この大きな過ちを糧にして、この子の良い姉になりたいと思う。
「お、お、お義姉ちゃあああああぁんっ!」
桐乃が私を抱きしめ返して来た。
私の胸でわんわんと泣く桐乃を見ながらそっと頭を撫で続ける。
義妹のことをよくわかっていなかった反省を篭めて丁寧に撫でる。
この意地っぱりな義妹はホント可愛くなくて時々可愛い。
「……お前ら、俺のいない所ではいつもそうやって抱き合っているのか?」
部屋に戻って来た先輩が呆れ顔で私たちを見ていた。
「別にいつも仲が良い訳じゃないわよって何度説明したら……って、後ろに誰かいるの?」
扉の向こう側に立つ先輩のジーンズを後ろから掴む小さな手が左右から見えた。
「ああっ、実は帰る途中にこの辺をウロウロしていてな。で、お前に会いたがっていたんで連れて来たんだ」
「私に?」
一体誰だろうと思っていると先輩の陰に隠れていた人物が2人私の前へと歩み出てきた。
短く切り揃えたおかっぱ頭の幼い絶世の美少女と、もう少し年齢が高い頭の後ろで2つのおさげを結った絶世の美少女の正体は……
「珠希と日向じゃないの!?」
何故、私の妹たちがここに?
私の疑問に対して日向が解説をしてくれた。
「瑠璃姉の彼氏を一度直接見てみたくって。で、後をこっそり尾けて来たんだけど、途中で見失っちゃって周辺をウロウロしてたんだ。そうしたら、このお兄さんに話し掛けられて、話してみたら何と瑠璃姉の彼氏でさ。で、ここまで連れて来てもらったの」
「連れて来ていただきました」
珠希がニッコリ笑って相槌を打つ。
「私の彼氏に会いに来たって……」
妹たちを見て、それから先輩の顔を見る。
妹に彼氏のお披露目ってすごく恥ずかしい状況なんじゃないかしら?
「お前の妹は2人ともすっげえ素直だし優しいし可愛いよな」
先輩が満面の笑みで日向と珠希を誉める。
「あ、当たり前じゃないの。私の可愛い妹なんだから」
自分のことを誉められる以上に恥ずかしい。でも、誇らしい気分になる。
「それで、日向と珠希から見て先輩はどう見えるのかしら?」
「俺のいる場所で評価を下すのかよ?」
先輩の顔がちょっとだけ引き攣る。
どうも自分の評価に自信がないらしい。
まあ散々桐乃や私にダメだしされて来たことだし自信がないのも仕方ないかもしれない。
でも、大丈夫。
私の妹が、私の選んだ男の人を悪く言うはずがないのだから。
「うん。文句なしに合格点。優しいし、ハンサムだし、頼り甲斐あるし。瑠璃姉じゃなくてあたしと付き合って欲しいぐらい♪」
ほらっ、悪く言うはずが……
「ねえっ、瑠璃姉じゃなくてあたしと付き合おうよぉ♪」
うん?
一体この子は何を言い出しているのかしらね?
「はっはっは。日向ちゃんは可愛いなあ。優しくてハンサムで頼り甲斐があるという真実の俺を指摘してくれたのは日向ちゃんが初めてだよ。はっはっは」
目尻をデレデレに下げながら日向の頭を撫でる先輩。うん? うん?
「瑠璃姉には京兄の義理のお姉さんになってもらえば結局家族になれるんだしさ。ねえ、だから京兄はあたしとお付き合いしてよぉ」
……日向、貴方その言葉、本気で言っているわね?
顔は笑っているけれど、目が本気よ。欠片の冗談もその瞳にはみつけられないわ。
「はっはっは。本当に日向ちゃんは可愛いなあ」
そして先輩、そんなのん気に笑っている場合じゃないわよ。
貴方、本気で狙われているわよ。
年下だからって甘く見ているとガブッていかれるわよ。
……って、小学生の妹相手に本気になってどうしようというのかしらね、私は?
頭を冷やしながらもう1人の妹の意見を聞いてみることにする。
「珠希は先輩のことをどう思う?」
私の心の清涼剤であるこの子ならきっと癒しの言葉をくれるはず。
さあ、妹と義妹に疲れた私の心を癒して頂戴。
「はいっ。優しくて格好良くて明るくてとても素敵な兄さまです……」
ほらっ、素直になれない私じゃなかなか言えない賛辞を先輩に贈ってくれる。
さすがは私の妹ね。
その珠希はとてもウットリとした熱っぽい表情で先輩を見ていた。
とてもとても熱っぽくて、それでいて輝いていながら潤んだ瞳……
って、あれは女の目っ!?
私には決して見せたことがない妖艶な瞳で珠希は先輩を見ていた。
見間違いようもない。
あれは恋する乙女の瞳。
珠希は初恋という大人への階段を私の目の前で登り始めていた。
「こんな展開になってしまうなんて……」
妹2人が先輩に好意を抱いてくれれば嬉しいとは願っていた。
だけれども、妹が2人とも先輩に恋心を抱いてしまうなんて……
こんなの、計算外よぉっ!
「なあ、瑠璃。大事な話があるんだ」
私が脳内で頭を抱えて蹲っていると先輩が話し掛けて来た。
真剣な瞳が私を見つめ込んで来る。
「何……京介、さん?」
先輩が私を名前で呼ぶ時は決まって大事な話がある時。
私も気を引き締め直して京介さんの顔を覗き込み返す。
京介さんは一呼吸置いてから話を切り出した。
「……妹を、交換してくれないか?」
「はいっ?」
私には京介さんが何を言いたいのかわからなかった。
そんな私の不理解に気付いたのか彼は説明を補足してくれた。
「瑠璃にしばらく桐乃を預ける。その代わりに俺にしばらく日向ちゃんと珠希ちゃんを預けてくれ」
「貴方が何を言いたいのかますますわからないのだけど?」
京介さん、何か悪いものでも食べたか、どこかに頭でもぶつけたのかしら?
「私の妹をそう簡単に他所様の家庭に預けることなんて出来る訳がないでしょうが」
常識で考えて欲しいのだけど。
「瑠璃の妹なら、俺にとっても義理の妹だろうが! 他所様なんかじゃねえよっ!」
ビシッと言い放つ京介さん。
でも、それを聞く私はとても平静ではいられなかった。
「きょっ、きょっ、京介さんは自分の言葉の意味がわかっているのっ!?」
それって、遠回しなプロポーズだってわかっているのかしら?
私は顔が熱を持って仕方がないというのに、京介さんは私の質問を華麗にスルーしてくれた。
「とにかくな、日向ちゃんと珠希ちゃんは俺にとっての理想の妹なんだ。だから俺が面倒を見るっ!」
先輩は私にはよく理解できない使命感に燃えている。近付くことさえも躊躇ってしまうような熱い炎が背中から吹き上げているみたいに見える。
破廉恥な意味ではなくて妹たちに熱心なのはわかる。わかるのだけど……。
「その、そこまで義理の妹の為に熱心にならなくても良いのじゃないかしら?」
「バカ言ってんじゃねえぞ、瑠璃ッ!」
「ごっ、ごめんなさい」
京介さんに大声で怒られ反射的に謝る。
でも私には自分が怒られた原因がよくわからない。一体、何故なの?
「実妹とか、義理の妹だとか、血の繋がりがあるとかないとか。そんな些細なことで妹を差別するなんて許される訳がないだろ。日向ちゃんも珠希ちゃんももう俺の可愛い妹なんだ。兄貴なんだから妹のことを大事にするに決まってるだろっ!」
京介さんは熱い口調で己の信念を語っている。
……何か変なスイッチが入ってしまっている。
「いいか? よく聞けっ! 俺はなあ……妹が、大好きなんだよっ!」
アニメだったらクライマックスシーンに持って来れそうな熱い口調。
でも、その口調とその内容は今語るべきことではないと思う。少なくとも私は引いてる。
「俺はなあっ、妹の面倒をみたくて仕方がないんだ! 妹に頼られたいんだっ! 良いお兄ちゃんでいたいんだよっ!」
熱い、とても熱い京介さんの語り。
京介さんもまた、兄という属性に囚われてしまった人なのだなあとつくづく思い知らされた。この人も、兄というポジションから離れてしまったら呼吸すらできなくなってしまうほど、兄属性に特化してしまった人なのかもしれない。
「だから瑠璃っ、頼むっ! 俺を、格好良いお兄ちゃんでいさせてくれる日向ちゃんと珠希ちゃんを俺に預けてくれないか? この通りだっ!」
私に対して土下座までしてみせる京介。
彼氏を、とても遠くに感じた。
「あたしは一生預けられても良いかな? ほらっ、あたしと京兄って血の繋がらない兄妹だから結婚もできるし……」
「姉さま…今日までお世話になりました。今日からはこのお家の子になります」
妹たちはここに住む気満々だし。
2人とも家に帰るつもりがサラサラなさそうだし。
何でいきなり家庭崩壊の危機を迎えている訳?
というか、どうして私と先輩じゃなくて、私の妹と先輩が一緒に住むという話が進んでいる訳?
どう考えてもそれはおかしいでしょ?
おまけにこの話の通りなら、五更家には私の胸にしがみついているこの子が来ることになるのだし。
って、さっきから桐乃が黙りっ放しっていうのは何かおかしいわね?
一体、どうしたのかしら?
少し心配になって桐乃の顔を覗き込んで見る。すると──
「高坂桐乃復活っ!」
桐乃は掛け声と共に跳躍しながら立ち上がった。
そして日向と珠希の方を見ながら涎を垂らし始めた。
「リアル血の繋がらない義妹を直接見てあたしの中の野獣が再び目を覚ましたの。ううん、かつてないほどに獰猛で荒々しく吼え狂っているのよっ!」
最悪な寝言をほざき始めやがったわ。
「日向ちゃ~ん♪ 珠希ちゃ~ん♪ 今桐乃お姉ちゃんが愛を教えてあげますからね~」
桐乃は唇を突き出し両手を広げながら妹たちの捕獲に入った。それを見て私は慌てて止めに入る。
「何をケダモノと化しているのよっ! この変態女はっ!」
桐乃の腰にしがみ付いて野獣の突進を必死に止める。
「京兄っ、あの人なんだか怖いよぉ」
「怖いですぅ」
獣と化した桐乃を見て妹たちが先輩の腰にしがみ付く。
「2人とも、これ見よがしに京介さんにくっ付くんじゃないの!」
怖いというのは半分言い訳に違いなかった。
だって2人は私も見たことがないような幸せそうな表情で京介さんの腰にしがみ付き、あまつさえ頭をスリスリさせているのだから。
「はっはっは。日向ちゃんも珠希ちゃんもこのお兄ちゃんがあの獰猛な獣から守ってやるからな。はっはっは」
「京介さんもそんな簡単にシスコンを発動させないで頂戴っ!」
京介さんは有頂天になって鼻歌を交えながら妹たちの頭を撫でている。
「日向ちゃ~ん♪ 珠希ちゃ~ん♪」
「京兄~♪」
「兄さま~♪」
「はっはっは。妹たちよ~♪」
……私は今日、京介さんとゴールデンウィークの最後の1日をこの部屋で心穏やかに過ごそうと思っていたのに。
何、このカオス?
何、この理不尽?
「いいわよっ、こうなったら全員まとめて相手になってやるわ。この千葉の堕天聖、黒猫こと五更瑠璃を甘く見ないで頂戴っ!」
こうして私は、桐乃が妹たちに接近するのを止め、妹たちが京介さんに接近するのを止め、京介さんがシスコンを発揮するのを止める日常を送る羽目になった。
私の本当の戦いはまだこれからだった。
了
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pixivより転載
8巻発売前に書いたので、日向たちの性格が多少違うのですが、まあどんまい
俺の妹がこんなに可愛いわけがない
http://www.tinami.com/view/215127 (私の義妹がこんなに可愛いわけがない とある嫁と小姑のいつもの会話)
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