No.216937

真・恋姫無双 EP.72 雷雲編(3)

元素猫さん

恋姫の世界観をファンタジー風にしました。
動き出した陰謀。
楽しんでもらえれば、幸いです。

2011-05-15 21:19:27 投稿 / 全4ページ    総閲覧数:3861   閲覧ユーザー数:3537

 七乃は、数日に渡って風の様子を観察した。その間、あの侍女が何度か接触し、同じように手紙を渡している。さすがに何度も確認は出来ないので、内容はわからない。また白紙なのか、何か書いてあったのか。

 

(万が一を考えれば、しばらく風さんを美羽様から遠ざける方がいいのかも知れませんね……)

 

 心の中に残る、大きな後悔の傷が痛んだ。同じ過ちを繰り返すわけにはいかない。

 あの日、美羽の両親が殺された事件で、七乃の剣は強盗の足に怪我を負わせていた。そして数日後、松葉杖をついた雷薄が登城するのを目撃したのである。偶然にしては、あまりにもタイミングが良すぎた。七乃の中に雷薄に対する疑念が生まれ、独自に調査を進めることにしたのだ。

 

(結果、色々と黒い噂を耳にしました)

 

 もともと雷薄の家は、貴族の中でもそれほど裕福ではなく、権力もほとんどなかった。だが過去に何度か、事業に成功したということで大きな利益を得ている。しかしその前には必ず、雷薄よりも裕福な貴族が強盗に襲われ亡くなっていたのだ。

 

(金銭欲が強いという証言もありましたね)

 

 美羽の両親が亡くなった後、同じように雷薄は大きな利益を得たという。七乃は雷薄が犯人に間違いないと確信していたのだが、確実な証拠が得られない。そして雷薄は大きな財力と権力を手に入れ、美羽の配下の中で最大の力を持つようになったのだ。

 

(うかつに手を出せば、こちらが潰されるほど強大になってしまいました。もっと早くに、消しておけばよかったのでしょうか……)

 

 何度もそう思ったことはある。七乃は自分の命など、捨てる覚悟はあった。だが唯一の心残りは、美羽の将来だ。後ろ盾のなくなった美羽がどうなるか、それを考えると自分一人の思いで好きには動けない。

 

(雷薄は自分を恨んでいます。その復讐に、美羽様に危害を加えないとも限りません。考えすぎなのかも知れませんが、もうあの時のような後悔はしたくはない。美羽様には申し訳ないですが、風さんを少し遠ざけましょう……)

 

 何か仕事を頼めば、風は引き受けるだろう。

 

(しばらく様子を見て、何もないようでしたら風さんに美羽様を託すのも、方法かも知れません)

 

 自分が死んでも風と共に曹操の元へ行けば、さすがの雷薄も手出しは出来まい。七乃はすぐに、行動に移すことにした。

 

 

 突然、七乃から書庫の整理を頼まれた。風に断る理由はなかったので引き受けたが、初めての事に少し戸惑った。

 

(何もしないでお世話になるのは気が引けるので、仕事があると嬉しいのですが……)

 

 どうして今になってなのだろうか。思い当たることが一つだけあった。

 

(あの侍女さんが手紙を持って来るのを、七乃様は気にしていましたねー)

 

 それは風もまた、気になっていた事だ。一度なら間違いということもあるが、何度も白紙の手紙をもらえばさすがに疑うだろう。すぐに侍女について調べてみた。すると、雷薄と繋がりがあることがすぐに判明したのである。

 

(貴族同士で牽制することは、それほど珍しくはないですからね)

 

 公言していたわけではなかったが、あの侍女が雷薄と繋がりがあることは宮廷内では普通に知られていた。あの侍女は、それを後ろ盾に色々と自由にしていたという証言もある。侍女たちの多くは、他の貴族から派遣されてる場合が多いため、雷薄には逆らわないよう言われているのかも知れない。

 

(雷薄さんほどの権力があれば、美羽様に取って代わることは簡単なはず。それをしない理由が、何かあるのでしょうかねー)

 

 思えば美羽の領内は、外から見るのとは異なる力関係が存在している。実際の権力は、地方豪族の方が強いのだ。だがそれは、風ですら中に入ったからこそ知ることが出来た事実である。

 

(つまり、世間一般の美羽様の評価は本来、雷薄さんたち貴族の皆さんが受けるべきものなんでしょう。美羽様を隠れ蓑にして、好き勝手出来る。税金を値上げしても、美羽様の責任にすれば怒りの矛先を逃れることが出来ますから……)

 

 おそらく、それが雷薄たちが美羽に今も従っている理由だろう。そして七乃の活躍も、もちろんあるはずだ。

 

「ふむ……」

 

 色々とわかったような、わからないような気持ちに襲われながら、風は考えた。どうすることが、美羽のためになるのか。自分がここにいる間に、何とかしてあげたいと思った。

 

 

 休憩時間に、七乃は大好きな美羽を木彫りの人形で作った。もともと器用なのだが、創作意欲は低い。しかし美羽が絡めば、話は別である。試しに彫ったところ、思いの外、夢中になれた。

 

「美羽様はもう少し、手が細いですよね」

 

 一つ形にすると、色々と細かいところが気になった。もっと可愛らしく彫ってあげたい、そんな気持ちが湧いてきて、何体もの美羽人形を作成したのである。

 

「これが一番、似ていますね。でも少し、お胸が実際よりも豊かになってしまいました」

 

 人形の膨らみをチョンと突きながら、七乃は笑った。

 

「これはやっぱり、実物をしっかりと確認しませんとね。うん」

 

 言い聞かせるように七乃は呟くと、急いで部屋を飛び出した。今頃は中庭か部屋で、昼寝でもしているだろう。最初に中庭を覗くが姿はなく、部屋に向かう。

 

「あれ? おかしいですね」

 

 部屋にも姿はなく、風のところに行ったのかも知れないと、書庫に向かった。

 

「おや、七乃様。どうかしましたか?」

「風さん……美羽様は来ませんでしたか?」

「いいえ」

 

 嫌な気持ちが溢れてきた。七乃はすぐに走り出し、廊下を歩いていた侍女に声を掛ける。あの、雷薄と繋がっている侍女の居場所を尋ねた。だが、今日は休暇だと聞き、急いで部屋に向かう。

 

(いない……あの子もいなくなっている)

 

 呆然とする七乃を追い、風もやって来た。

 

「七乃様!」

「風……さん……」

 

 大失態だった。七乃は、自分自身と雷薄への怒りに震えた。

 

 

 満足そうに豪華な椅子に身を沈めた雷薄は、対面に座る男に笑いかけた。

 

「私もお前も、良い取引が出来た」

「はい。これほどの上玉はなかなか手に入りませんので、こちらも大助かりです」

 

 男はそう言うと、机の上に大きな鞄を二つ乗せた。雷薄はその中を確認に、満足そうに微笑む。

 

「額が大きいので、宝石類でご用意しましたがよろしいでしょうか?」

「良い。むしろこちらの方が、処理しやすいからな」

 

 雷薄が手を叩くと、侍女が数人現れて、鞄を運び出して行った。

 

「わかっていると思うが、あの小娘をどうしようが勝手だが、私の領内では控えるようにな。どこからか繋がりが知られるとも限らん」

「わかっております……大事な商品ですからね、しかるべき場所でキチンと調教……いえ、再教育をしてから出荷したいと思います。あれほどの商品ですから、欲しがる人は数知れません」

「重ねて言うが、正体が知られる事がないようにな」

「心得ております」

 

 男はニヤリと笑い、立ち上がった。そして挨拶をすると、そのまま部屋を出て行った。あの男は人身売買の組織を束ね、それを見逃す代わりに雷薄は多額の賄賂を受け取っていたのだ。

 そして今回、袁術を誘拐してその身柄を売り渡したのである。

 

「今頃、張勲の奴め、どのような顔をしておるだろうか」

 

 想像するだけで、笑いが浮かぶ。

 

「だが、まだだぞ張勲。まだ、終わりじゃない……」

 

 雷薄は自分の膝を、ぎゅっと掴む。あの時の怪我が元で、歩けなくなった。張勲さえいなければ、袁術も殺し、自分が呉の地を治めることが出来たはずだ。だが傀儡とはいえ、表向きは恭順の意を表している。孫堅よりこの地を奪った力を、今も恐れている貴族も少なからずいるのだ。

 

(邪魔な孫策も今はこちらにあり、袁術も消えた。もはや躊躇う理由はない)

 

 張勲のすべてを奪う。雷薄はこれから起きる事を思い、暗い笑みを浮かべていた。


 
このエントリーをはてなブックマークに追加
 
 
16
0

コメントの閲覧と書き込みにはログインが必要です。

この作品について報告する

追加するフォルダを選択