◆真・恋姫†無双~愛雛恋華伝~
35:【漢朝回天】 蹌踉
何進及び何皇后の暗殺。
これは敵の首を土産に近衛軍に取り入ろうとした、宦官勢の浅慮ゆえに起きた事件である。
後宮に出入りできる宦官が何皇后に渡りをつけ、次期皇帝には愛娘である劉弁を、と、そそのかした。
近衛の存在が邪魔だが除くための策がある、ついては何進大将軍のお耳にも入れたいので呼んでもらえないか。
そんなやり取りが交わされ、目論見どおりに現れた何進を労なく暗殺。何皇后もまた同様に殺された。
「華麗じゃありませんわ」
「まったくね」
大事件ではある。
確かに大事件ではあるのだが、袁紹と曹操は醒めた口調で断じてみせる。
時勢から、百歩譲って、暗殺に走るという行動は理解出来るとしても。それを実行するに至った理由が滑稽だ。
同様に、いくら妹の呼び出しだったとはいえ、ノコノコと単身現れる何進に対しても呆れてしまう。
何進の死後に取られた外戚ら軍部の対応も、感情に任せたお粗末なものだった。
突然、自分たちの長が死んだのだ。混乱することもよく分かる。
だが実際には混乱どころではない。その様は恐慌にまで陥っていた。
宦官の手による暗殺。それが近衛に取り入るためのものだったことは、外戚らの耳にも届いている。
大将軍が殺され、次は自分たちの番に違いない、と。
恐怖に駆られた外戚らは、自分たちの周囲を常に将兵で囲むようになった。
その上で、宦官と見れば誰彼構わず制裁を行おうとする。それはもはや私刑でしかなかった。
仮にも朝廷を守るための軍勢を、一部の人間を護衛するためだけに動かしたのだ。私物化というだけでは済まされない行動である。
更に。それらの行動が却って不安を煽ったのだろうか。極一部の暴走という規模だったそれが、より大規模に宦官を制裁すべきという動きに傾きつつある。
実際に行われるとなれば、それはもはや虐殺といった方が近いだろう。
「無様ね」
「まったくですわ」
軍部が要らぬ虐殺に走り出す前に、宦官外戚らの身柄を共に押さえる
そして、"洛陽の不安を煽った"という視点から裁く。
これが、近衛軍の取る姿勢となる。
洛陽の守護を任ぜられている西園八校尉として、平穏を乱す原因を取り除くことは最優先されるべきもの。
名目上も、それを行う地位を見ても、近衛の取る行動は少しもおかしなものに見えない。
即惨殺ではなく、極力生け捕りにし妥当な罰を与える。
結果死罪になったとしても、これは自業自得だ。それを庇おうとするほどのお人よしはさすがにいない。董卓も鳳灯も、処断が必要と判断すれば、躊躇いなく断罪する気概は有している。
むしろ自分よりも容赦ないかもしれない。そんな想像をし、曹操は思わず苦笑する。
ともあれ。
これを機に、"朝廷の腐敗"に係わっていた者たちを一斉に炙り出し排除する。
漢王朝の再構築に向け、彼女たちは本格的に動き出した。
洛陽の一角。曹操と袁紹は、外れとはいえ町中で堂々と、将兵らの取りまとめを行っている。
普段ならばやろうともしないこと。彼女らとしても、人々に要らぬ威圧感を与えることは本位ではない。
だが今回は、敢えて広く人の目につく必要がある。
「行きますわよ」
「はいはい」
先んじて一歩を踏み出す袁紹。逸る彼女に呆れるような声を漏らしつつ、曹操も後に続く。
彼女らの率いる近衛軍将兵らは、宮廷に向けて進みだした。
害になりそうなものは早い内に排除すべし。曹操も袁紹もそう考えている。
ことに袁紹は、上洛してからはずっと何進に付き従っていたこともあり、朝廷高官らの老害ぶりを多く目の当たりにしている。誇りの高い分だけ、排除すべきと考える対象は格段に広い。皆殺しにしてやりたいとさえ考えていた。
そう思いはしても、実際にやるかといわれればそんなことはない。
ここは漢王朝四百年の歴史において中心となる洛陽、その中枢である宮廷なのだ。宮中を徒に血で汚すことは憚られる。外敵によるものならともかく、内乱による身内の血であるならその気持ちはなおさらだ。
宮廷を血で汚したくない。それ以前に、この場所で騒動を起こしたくない。
曹操らに限らず、漢の臣民である以上、その想いは大なり小なり誰しも持っている。持っているはずだ。
それを逆手に取り、敢えて派手に動く。
普段ならば宮廷内に詰めている将が先頭に立ち、宮廷の外に出てわざわざ遠方で兵をまとめ、これ見よがしに進軍してみせる。
洛陽の町中を進む近衛軍。物々しさに怯えながらも、なにごとかと誰もが目を向ける。
畏怖と好奇の目に晒されながら、近衛軍は朝廷の中枢たる宮廷を前にして陣を取る。
将兵を率い先頭に立つ曹操と袁紹は、名乗りを上げ、共に"らしい"口調で詰問の言葉を口にした。
「西園八校尉が一、近衛軍の曹孟徳、袁本初である。
何進大将軍ならびに何皇后暗殺を企て、実行に移したその悪行、誠に度し難い!
世を乱す浅慮な行い、漢王朝四百年の歴史においても最たる背信行為である!」
「証拠は既に揃っております。言い逃れは受け付けませんわ。
大人しく投降するならば、弁明をした上で処罰を受けるくらいの猶予は差し上げますわよ?」
宦官らの腐敗具合。
権力を嵩に着た横暴。
民たちにかかる負担。
劉弁と劉協を巡る宦官外戚らの権力争い。
それに心を痛めた霊帝による近衛軍の結成。
崩御後も変わらない私利私欲ぶり。
その末に実行された、大将軍と皇后の暗殺。
朝廷内の高官たちを糾弾する言葉。まるで講談のように、流々と語られる朝廷内の現状。それは野次馬として集まって来た町民たちの耳にも届き、噂程度でしか知ることの出来なかった内情に誰もが驚愕する。
もちろん、すべてを詳細にしての口上ではない。知られても困らない部分を、分かりやすく噛み砕いたものだ。耳にした民にも、彼女らが口にしていることがどういうことなのかが理解出来る。
宮廷に兵を向けるという、見た目で与えた衝撃。そこに言葉で重ねられる理由。
反応した民の言葉が囁きが、ざわめきとなり、連鎖し広がっていく。
自分たちの生活を守るために、近衛軍は立ち上がったのだ。そんな意識が染み渡っていく。
こうして、洛陽の民が近衛軍の味方に付く。
張譲、賈駆、鳳灯が、練った策。
作戦の通り。
彼と彼女らの思惑に沿って、事態は進んでいる。
口上を述べるふたり。その後ろに控える将は、三人。夏侯惇、夏侯淵、張遼。
背後にまた付き従うのは近衛軍兵士。その数およそ800。
宮廷の入り口、普段ならば余裕ある広さを感じられるはずの場所が、完全装備の近衛軍兵士によって埋め尽くされている。
ひと目見るだけで分かる、脅威。
その先頭に立つふたり、曹操と袁紹。付き従う兵らと比べ軽装といっていい身なりが、さらに軍勢の覇気を高めている。
まさに威風堂々たる姿。それは付き従う将兵らには自信と士気と覇気を与えるに十分であり、また敵となる相手を震え上がらせ意気を挫くに十分であった。
「全員生け捕れ! ただし、抵抗する輩は各兵の裁量により処断を認める!!」
「無意味な殺生は美しくありませんが、志に準じて散るのならば本望でしょう。
もっとも、そんな志をどれだけ持っているかは疑問ですが」
鋭く厳しい声と、興に乗った実に楽しそうな声。
曹操と袁紹、その声音は正反対なものではあったが。
表情は共に、この上ない危険を感じさせる笑みを浮かべていた。
軍勢が宮廷へと突入する。
しかも、洛陽の世相はそれを半ば受け入れている。
曹操らの口上を耳にした民ならばなおさらだろう。
目の当たりにしても信じ難い、前代未聞のことだ。
そう仕向けたことではある。だがここまでして反発がないということは、やはり誰もが、今の漢王朝の在り方に不満や絶望を抱えているからなのだろう。
近衛軍の設立。初めこそ、それは民には関係のない存在だと思われていた。
だが、軍としての精強さや規律を意識する高さ、なによりも人々に対する態度の柔らかさなどが知れ渡るにつれて、洛陽中にその存在は好意的に受け入れられていった。
それさえも目論見の内である。
だが彼女らの、民を想う気持ちは嘘ではない。
宮廷入り口から聞こえる口上を耳にし、そこに広がる近衛軍を見て、宦官らは揃って腰を抜かしていた。
近衛が、我々を捕らえに来る。
近衛兵の精強さは鳴り響いている。それが自分たちに向けて迫ってくるのだ。太刀打ちなど出来るわけがない。
逃げなければ。
宦官らは慌てふためき駆け出していく。
何処へ行くのか。そんなものは分からない。
とにかくこの宮廷から出なければ。
幸い近衛軍は宮廷入り口から動いていない。今ならばまだ逃げ切れるはず。
心暗い者たちは皆そう思い込んだ。
あまりに突然のこと。恐慌状態に陥る宦官たちは我先にと逃げ出そうとする。
だが、すでに彼らに逃げ道はなかった。
近衛軍は元より、洛陽ないし朝廷を守護することが役目。町中の主要箇所、宮廷内のあらゆる場所に普段から将兵らが詰めている。
この日も、それはまったく変わりない。
どういうことか。
つまり曹操に袁紹らが未だ宮廷入り口に留まっていたとしても。
宦官らの逃げようとする先々に、近衛軍の兵らは既に待ち構えているのだ。
そこに頭の回らなかった宦官たちは、大した抵抗も出来ないまま捕縛されていく。
方々で上がる怒号、悲鳴、泣声。そして逃げ回る者と追捕する者の足音が、宮廷中に響く。
宦官だけではない。軍部を預かる外戚らもまた、同じように制圧を受けている。
武を振るう本職ということもあり、抵抗する力の強さはそれなりにあるものの。近衛軍の将兵と比べ、やはり素地が違う。
程なく無力化され、捕らえられ、ときに斬り捨てられ血を流す。
敵わないと分かれば、逃げる。仮にも朝廷軍の一角を担う兵といっても、結局は腐敗した高官らと結託した者。程度は知れている。
近衛軍の方とて、そうなれば遠慮することも面倒さもない。躊躇いなく追尾をかける。
乗り込んできた近衛軍はおよそ800。だが常時宮廷の守護に立つ将兵の数はそれ以上に及ぶ。
800という数に囚われた輩は、想像以上の数で押し寄せる近衛兵に混乱する。なぜどうしてと、疑問は浮かんでも答えにまで想像は至らない。
取り乱し、混乱を極める。
逃げ切れない。抗い通せるわけがない。
その点に限っては、宦官外戚そして近衛軍にも、思いは共通していた。
「手筈通りに、私は軍部側を押さえに行くわ」
「ではわたくしは宦官側に」
「宦官だからといって、気を抜かないように」
「お気持ちだけは受け取っておきますわ」
宮廷内をそれなりに進み、廊下が大きく二手に別れる。
右側が、外戚らが集まる軍部関連施設の集まる区域。
左側が、宦官を始めとした文官内政官らが詰める区域。
曹操が右手に向かい、その後を夏侯惇夏侯淵が付き従う。さらに近衛兵の半数がその後を追った。
袁紹は左手に。補佐として張遼が後を追い、残った兵がさらにその後を進む。
更にそれぞれの将が方々に別れ、反抗する者を虱潰しに探していく。
彼女らはこの制圧戦の起点であり、また同時に幕引きの役目をも担っていた。
宦官外戚の大半が既に捕縛もしくは無力化されている。賈駆と鳳灯の指揮による制圧が、曹操らの突入と同時に行われていたからだ。
宮廷入り口で上げられた口上は、洛陽に住む民たちのみでなく、宮廷内に詰めている宦官外戚らに聞かせることを目的としている。
わざわざ宮廷外に兵を集め、洛陽の中を進軍して見せたのも同様だ。
敢えて派手に動いてみせることで、どのような動きを見せるか。
それ如何によって、捕縛懐柔または排除とどういった対処をすべきか、見定めようとしたのだ。
その選定の大半は既に終わっている。
逃げ出すような者は論外。背を向ける者に関しては、追い詰め問答無用に捕縛する。
なにも気付かぬまま仕事をしており、抵抗の素振りを見せなかった者に関しては特になにもない。念のために監視を置き、そのまま業務を続けるようにしたのみである。
捕らえきれない者も捜索はするが無理には追わない。時間が経てば経つほどに、曹操や袁紹ら、西園八校尉の中でも好戦的な軍勢の捜索を掻い潜らなければならなくなる。そこまでして逃げようとする者ならば、後ろ暗い人間であるに違いない。逃げれば逃げるほどに、その結果は悲惨なことになる。
なんとか逃げ切り宮廷を出られたとしても、孫堅や呂布が指揮取る警護の中に身を晒していかなければ、洛陽の町を出ることは叶わない。
東西南北四方に位置する門、町内各所にある厩(うまや)、また宮廷直轄の厩。宮廷内の宝物庫、資料庫といった持ち出される怖れのある場所などなど。
万が一の事態に備えて、主要と思われるところに十分な兵を置き備える。また洛陽の町中随所にも、町民らに被害や混乱が起きないよう将兵が派遣されているのだ。
この制圧戦には、洛陽に駐屯する将兵のおよそ七割近い数が動いていた。
それはつまり、それだけの数が近衛軍の動きに賛同する、少なくとも悪くは思っていないという証左である。
賈駆と鳳灯が進めていた、下位将兵らに対する説得がここに来て実を結んだといっていいだろう
近衛軍との同調を望んだ将兵らは事前にまとめられ、軍勢として再編成を行われた上で、洛陽各所に兵力が振り分けられている。
主要な将もまた、必要と思われる箇所にまんべんなく配置されている。
曹操、袁紹、夏侯惇、夏侯淵、張遼。彼女らは制圧の起点として動く。
賈駆と鳳灯は、曹操らの宮廷突入前に配置された将兵らの指揮に。
董卓は、後宮に避難する劉弁劉協に付き添い、現状の全体把握に努める。
華祐、公孫瓉、公孫越。外部の人間ではあったが、彼女ら自身の知名度と、董卓らとの友誼から信用を得、後宮近辺の警護に回ることになった。
呂布、陳宮、華雄、そして趙雲。彼女らは洛陽四方に位置する門の警護に当たり、逃亡しようとする高官らなどに備える。
袁術、張勲、そして孫堅が、四方の門及び洛陽の町内全体の警護を指揮する形となっている。
どうやって逃げろというのか。
逃げようがない。
逃げなくとも、この洛陽ではもう偉い顔をすることが出来ないだろう。
漢王朝を蝕んでいた古き膿み。出し切るのも、もはや時間の問題といえた。
それでも、抵抗する者はいる。
力の差を実感せずただひたすら上からの物言いをする者。
敵わぬと分かっていても武器を手にする者。
そして、敵わないとは露にも思わないまま挑みかかってくる者。
恐怖に駆られ、涙を流し、失禁しながらも、ひたすら逃げ回る男がいた。
宦官の長、十常侍のひとりである。誰が見てもみっともない姿を晒し、それでも悪態を吐くことを忘れぬまま、ひたすら逃げ惑っていた。
彼を追っていたのは、袁紹。
曹操と分かれ張遼と分かれ、さらに付き従う兵を小分けにしながら宮廷内を探索している中で、息を殺し隠れていた男を見つけた。
彼女を見るや否や、情けない声を上げながら逃げていく。袁紹は、その男を追った。
捕らえればなにか得られる情報もあるかと思い、自ら追いかけていたのだが。今ではすっかりその気持ちも消え失せていた。醜いものを見続ける気分の悪さを感じている。
こんなことなら配下に任せていればとよかったと、内心思いつつ。慌てず騒がず優雅な足取りのまま、彼女は男を追い詰めていく。
宮廷の奥深く、袋小路となった一角。男は逃げ場を失ったことを知り、思わずその場にへたり込む。
振り返れば、表情を消し、愛刀を振りかざす袁紹。
なぜ。どうして。
そんな断片的な言葉だけの叫び。
耳を塞ぐでもなく、彼女は自らその首を落として見せた。
物言わぬ躯と化した十常侍のひとりを見つめ、立ち尽くす袁紹。
彼女の目に映る男の姿は、誇りもなにもない、受け入れがたい醜いもの。
彼女の耳に届いた男の声は、意味を成さない、怨嗟と慟哭。
だが、ひとつだけ。
袁紹の意識に届いた言葉があった。
―――貴様自身が皇帝にでもなろうというのか。
抜き難い棘のように、その言葉が彼女の中に引っかかる。
「……わたくしが、皇帝に?」
自ら声にしたその言葉が。
妖が囁く甘言のごとく。
袁紹の中に染み込んでいく。
胸の内に、小さな火が点る。不穏な熱を持つそれは、身を焦がさんと、彼女の中で疼き出した。
・あとがき
今回は前振り。次回、本番。
槇村です。御機嫌如何。
このまま平和裏に治まるか? と思いきや。
もちろんこのまま終わらすつもりはなかったさ。えぇ。
やっと、想像していたシーンに追いついた。
ただそれがちゃんと書ききれるかはまだ分からない。
調子に乗ってまだまだ続けます。よろしければお付き合いください。
歴史のベクトルを変えて、自己解釈して辻褄を合わせ膨らませていく。
楽しくて仕方ないぜ。
ちなみに今回のタイトルの読み方は「そうろう」。
「蹌踉めく(よろめく)」ともいいます。
Tweet |
|
|
43
|
2
|
追加するフォルダを選択
そして、外史は動き出す。
槇村です。御機嫌如何。
続きを表示