No.216315

真・恋姫無双~君を忘れない~ 二十三話

マスターさん

第二十三話の投稿です。ついに始まった劉璋と反乱軍の戦い。果たして一刀たちは勝利する事が出来るのか。そして、その中で一刀は天の御遣いとしてどう成長するのか。この作品の山場の始まりです。駄作ですがよろしくお願いします。

コメントしてくれた方、支援してくれた方、ありがとうございます!

一人でもおもしろいと思ってくれたら嬉しいです。

2011-05-12 00:47:18 投稿 / 全10ページ    総閲覧数:12273   閲覧ユーザー数:9454

一刀視点

 

 とうとう成都に向かって進軍した。紫苑さんが治める永安を本拠地とし、南下して、桔梗さんが治めていた広州へと向かう。桔梗さんは、元から反乱分子と考えられていたようで、広州には劉璋の息がかかった人間が数多く存在する。

 

 しかし、それは紫苑さんから自分に注目を集めるために、故意に際どい発言や行動を繰り返していたのだ。それが功を奏して、紫苑さんが反乱分子とみなされる事はなく、永安はほぼ反乱軍の支配下に置かれているのだ。

 

 本来ならば、永安から西に進んだ方が、成都へは早く到着する事が出来る。しかし、西進すると雒や綿竹などの軍事拠点を突破しなければならず、堅牢なこの拠点を抜く事は非常にリスクが高いそうだ。

 

 広州には、劉璋の手の者がいるとはいえ、桔梗さんが治めていた土地。すでにこちらの手の者が放たれており、反乱軍が到着すると同時に、内側から門が開く手はずになっている。

 

 そして、広州から成都へ向かう。そのルートだと、特に進軍を妨げる壁はなく、成都へと向かう事が出来る。そこは広大な平地が広がっており、おそらくそこで正規軍と決戦となる事が予想されている。

 

 この行軍には元董卓軍の将は参加していない。月たちは永安にて待機することになっていて、広州を攻略してからこちらに合流することになっている。

 

 その理由は、恋さんの傷がまだ癒えていない事である。曹操との対決の後、心に深い傷を負った恋さんの側にいたいと、月から頼まれたのだ。恋さんの存在は反乱軍にとって大きな武器となる。劉璋との正面切った戦いの時に、恋さんは欠かすことの出来ない人材であるため、今の内に傷を癒す時間を与えたのだ。

 

 行軍は順調に進み、永安を発ってから程なく広州へ到着した。桔梗さんの合図で門が開き、反乱軍が殺到した。大した死傷者を出すこともないだろう。

 

 しかし、その知らせは成都に間違いなく届くだろう。すなわち、益州の正規軍と反乱軍が正式に敵対することとなったのだ。

 

 次のぶつかり合いから、双方の犠牲者は多く出るだろう。血が流れ、大地は真っ赤に染まるだろう。その時、俺は平常心を保っていられるだろうか。目を背けずに、兵士たちが死んでいく光景を見ている事が出来るのだろうか。

 

 いや、見ていなくちゃダメなんだ。反乱軍を預かる者として、それは責任であり、義務でもある。兵士たちが勇敢に戦う姿を脳裏に焼き付け、記憶に刻まなければいけないんだ。死んでいく者たちのためにも。

 

 

「一刀くん、顔色が悪いわ。大丈夫?」

 

「え? あぁ、大丈夫ですよ。」

 

 兵士たちが城内にぞくぞくと入って行く中、紫苑さんがそっと俺に近寄り、声をかけた。

 

「嘘。そんな顔で大丈夫なんて言ったって、信用できるわけないでしょ?」

 

「…………」

 

「本当に強がりなんだから」

 

 周りから見えないように、紫苑さんは俺の手を握ってくれた。とても温かくて心がホッとする。紫苑さんの体温を伝わって、紫苑さんの優しさが俺に流れ込んで来たような気がした。

 

「全く、辛いなら辛いと言えば良いものを」

 

「桔梗さん」

 

 さらに後ろから桔梗さんが近づいてきた。

 

「無理せずとも、下がっておっても良いのだぞ」

 

「いや、ここにいます。彼らの姿をきちんと見ていたいんです」

 

「ふむ、そうか」

 

 桔梗さんは微笑を湛えながら俺の横に並んだ。さすがに手を握りはしなかったが、側にいるだけで桔梗さんの存在を感じる事が出来て、安心感が増した。

 

「やっとここまで来たな」

 

 誰に向かってというわけでなく、桔梗さんは呟いた。そこには桔梗さんの想いが詰まっていた。きっと俺には分からないくらいの想いなんだろう。そして、俺はその想いを託されているのだ。

 

「北郷よ、お前にはこれから辛い思いをさせる。すまな……」

 

「桔梗さん。俺は自分の意志で益州を救います。もちろんそこには二人の力になりたいという想いも少なからずありますが、それを重みに感じる事はありません。だから、謝らないでください。少しでも構いません。二人の想いを共有させてください。二人の苦しみも悲しみも怒りも、俺に預けてください」

 

「北郷、お主……。ふっ、お主を見くびっておったよ」

 

「本当ね。いつの間にこんなに頼もしくなったのかしら?」

 

「そ、そんなに誉めないでくださいよ。まだ俺は天の御使いらしい事だって一つもしてないですし」

 

「そうか? 儂には、お主が立派な御遣い様に見えるぞ。なぁ、紫苑?」

 

「ええ。一刀くんもすぐに分かるわよ」

 

 

 そして、二人と一緒に広州に入城した。大きな戦闘が起きた痕跡はなく、城下の損害もほとんどなかった。俺が想像していたような悲惨な状況が起こらなくてホッとした。

 

 すると、おそらく予め桔梗さんの指示で屋内に退避していた民たちが、争いが終息した事を察知して、家の中からぱらぱらと出始めた。

 

 女、子供、老人ばかりだった。しかも、皆一様に痩せ衰えていた。桔梗さん達が話してくれた、益州の現状を初めて見た気がした。

 

 紫苑さんが治めていた永安は平和そのものだった。市場は人で賑わい、子供が町中を駆けまわり、皆が楽しそうに暮らしていた。

 

「全くひどいものだ。儂が太守というだけで、男手はほとんどが徴兵され、増税に次ぐ増税、人が暮らせるような所ではない」

 

 桔梗さんは顔を顰めながらそう呟いた。桔梗さんは反乱分子として劉璋から監視されていた。反乱が起こせないようにするため、そんな力を奪い取るために、広州は圧政が布かれていたのだろう。

 

「それでも、桔梗が民たちから信頼されていたからこそ、彼らもそれに耐え続けたのでしょう? あなたは誰よりも立派な太守だわ」

 

 紫苑さんの言葉通り、民たちは桔梗さんの所に駆け寄って来た。その顔には安堵の表情が浮かんでおり、口々に、厳顔様が我らを救ってくれたのだ、と言っていた。

 

 桔梗さんは馬から降りると、民たちに近づき、頭を下げた。

 

「皆の者、長い間、苦しませてしまって済まぬ。儂がもう少し有能であれば、もっと早く救ってやれたものを」

 

「厳顔様! お止め下さい」

 

「そうです。私たちは厳顔様は必ずここを救ってくれると信じていました」

 

 本当に桔梗さんは皆から慕われているんだな。桔梗さんの太守としての姿を初めて見た俺は、思わず微笑んでしまった。圧倒的なカリスマ性と力で民を率いているかと思っていたが、意外にも民に素直に頭を下げて詫びることもできる人なのだ。

 

 広州にいた劉璋の手の者は、全て捕縛して城の牢に放り込んだ。桔梗さんが尋問をかけたそうだが、まだ成都に伝令を放ってはいないそうだ。これで少し時間を稼ぐ事が出来る。

 

 現状の広州は、食物も武器も不足している。永安からそれら不足物資を輸送しなくてはならない。月や詠を永安に残してきたのには、そのような理由も含まれているのだ。

 

 

 城に入り、まず行わなくてならない事が、民たちに反乱軍がこの地を治める事を布告する事だ。それを布告する事で、民の中に紛れ込んでいるかもしれない、劉璋派の者をあぶり出す必要性が生じるのだ。

 

 そして、民たちの前で反乱軍の長が天の御使いである事を示す機会でもある。民の口を伝わって、反乱軍を天の御遣いが率いているという噂は、すぐに益州全体に広がるだろう。

 

「皆の者、よく聞け! 我ら反乱軍のもとに天の御遣い様が降り立ったのだ!」

 

「御遣い様!!」

 

「よくぞ我らのもとへ!!」

 

 桔梗さんと俺が民の前に立つと、一斉に歓声があがった。民たちが俺を見る目は、まるで神を崇めているかのようであった。俺は彼らの期待と希望を一身に受けなくてはならないのだ。

 

 まだ何も御使いらしい事はしていない。紫苑さんのように慈悲深く、誰にでも公平に優しく接する人間でも、桔梗さんのように圧倒的指導力で民を率い、力と正義を有する人間でもない。 二人と比べれば、俺はなんと矮小な人間だろうと恥じ入るほどである。

 

 しかし、民たちは、そんな俺を、どんな人間かも分からない俺を、信じてくれている。きっと、自分たちを救ってくれると、この益州を救ってくれると、心の底から信じてくれているのだ。

 

 負けるわけにはいかない。退くわけにはいかない。民と初めて触れ、その心に触れ、俺は思った。この弱き者たちは、この手で救わなくてはいけないと。彼らを悲しませる事を、もうさせるわけにはいかないと。

 

 民の歓声は止む事がなかった。諸手を挙げ、俺に向けて叫び続けていた。その魂の叫びを、俺は浴び続けた。それはまるで初めての経験で、高揚感、不安、恐怖、様々な感情が、俺の体内で湧き上がった。

 

「敵襲ぅぅぅ!!!!」

 

 そんな時だった。民の歓声を妨げる声が城門から上がった。焦りと恐怖で彩られた顔の兵士が、肩で息をしながら、こちらに必死に駆けてきた。

 

 

「敵襲だと? 相手は? 数は?」

 

 桔梗さんが兵士に詰め寄る。このタイミングで敵が広州に来るなんて考えられない。広州にいた劉璋派の者は、伝令を放つ前に牢に閉じ込めたはずである。仮にそれが嘘で、伝令を放っていたとしても、それから兵を発した所で、こんなに早く成都から増援が現れるのは物理的に不可能である。

 

「相手は劉璋の正規兵、数は十万です!」

 

 桔梗さんが露骨に苦い顔をする。せっかく、反乱軍が広州を制圧し、戦勝ムードだったのに、その雰囲気を見事なまでにぶち壊してくれたのだから仕方がない。

 

「ちぃっ! とにかく迎撃するぞ。全ての兵士を正門に集めろ」

 

「桔梗、落ち着いて。まずは敵の全貌を明らかにして、それで適切な策を練らないと」

 

「だが、そんな時間は!」

 

 紫苑さんも桔梗さんも珍しく慌てているみたいで、その場で口論を始めようとしていた。まさかの展開に二人も冷静な思考を保ち続ける事は出来ていないみたいだ。

 

「紫苑、桔梗、まずは落ち着こう。雅、いるか?」

 

「ここにおりますよ」

 

「雅は何人か率いて、敵の詳しい情報を持ってきてくれ」

 

「はいなぁ」

 

「焔耶と竜胆は兵が動揺しないように、見回りをしながら、敵が近づいてきたら応戦してくれ。だけど、決して無理はするな」

 

「分かった」

 

「桔梗、紫苑、俺たちは策を練る。それでは各自、持ち場に付け」

 

「は、はっ!」

 

「承知しました」

 

 我ながら、反乱軍の長らしい振舞いは出来たのだろうか。今は民の前だ。不様に取り乱す姿を見せては、その信望を失う事になりかねない。策などないが、真似ごとだけでも軍を纏めないといけない。

 

 それが俺の役目なのだから。武器を振るう事もろくに出来ないし、軍略に精通しているわけでもない。俺にあるのは、天の御遣いという張りぼての名声のみである。

 

 少しでもいい。少しでも皆の役に立ちたかった。そのためなら、道化でも何にでもなってやる。

 

 きっと本物の御遣いなら、こういう場面ではもっと的確な指示を飛ばす事が出来るんだろうな。俺はまだまだそんな存在からは程遠いのだろう。

 

 だけど、俺には仲間がいる。足りない力は借りれば良い。俺一人で御遣いになれないのなら、皆の力で御遣いになれば良いのだ。

 

 

「桔梗、さっきはごめんなさい。少し頭に血が上りすぎたわ」

 

「いや、儂の方こそ。北郷、主に救われたの。もう少しで民の前で恥を晒す所であった」

 

 俺たちは一度城の広間で策を練ることにした。二人ともすでに冷静さを取り戻しているようだ。

 

「いや、そんな事よりも今は劉璋の軍を何とかすることが先決です。あれだけ場を仕切っておいてなんですが、俺に何か策があるわけではないですから」

 

 俺が申し訳なく思い頭を掻く。

 

「いえ、冷静になってみれば、それは大した問題ではないわ。相手は大軍だけど、所詮は烏合の衆だもの。それに、民衆に一刀くんが天の御遣いだって示す良い機会よ」

 

「え? それはどういう意味ですか?」

 

「なるほど。紫苑よ、お主もなかなか、食えぬ女だのう」

 

「あら、これでも反乱軍の将の一人ですもの」

 

「あ、あのぅ、お二人だけで納得されても……」

 

「北郷、詳しい話は後だ。とにかく、お主は儂らの言う事をよく聞いておけ」

 

「は、はぁ」

 

 結局、何ら説明のないまま、二人から指示を受ける。敵の襲来の知らせを受けた時は、俺も慌てたが、とにかく今は二人を信じるしかないのだろう。俺たちはこんなところで躓くわけにはいかないのだから。

 

 間もなく、雅が城に戻って来て、敵の詳細を知らせてくれた。兵を率いているのは、楊懐という名の将軍のようだ。桔梗さん曰く、実直な戦をするが、事態の急速な変化に対応できるだけの胆力を持っておらず、その実力は、まだ発展途上である焔耶にも及ばないようだ。

 

「まぁ、まともに兵を率いる事の出来る将など、益州にはろくに残っておらん事を考えると、楊懐でも貴重な戦力だろうて」

 

 桔梗さんはニヤニヤ笑いながら皮肉った。彼女にはすでに戦の勝敗は見えているのだろうか。すでに余裕の表情といったところだった。

 

「よし、行くぞ。北郷、お主の御遣いとしての姿を民によく見せてやれ」

 

「分かりました」

 

楊懐視点

 

 ふん、とうとう厳顔の奴が反乱を起こしよった。どうせいつかはやるだろうと思っていたが。馬鹿な女よ。劉璋様の命令に黙って従っておれば良いものを。

 

 細作の情報だと、反乱軍には天の御遣いと称する男がいるらしく、兵の士気は高いそうだ。しかし、戦の勝敗は所詮、数が決め手になる。我らの兵力で一気に奴らを叩き伏せてくれる。

 

「楊懐様、前衛より知らせです。どうやら連中は城から打って出るようです」

 

「分かった。全軍に伝えろ。これより我らは愚かな逆賊どもに、劉璋様に代わり鉄槌を下す。一人とて生きて逃す事を許さぬ。情けは不要、皆殺しにしろ」

 

「はっ」

 

 やはり野戦を選んだか。つくづく哀れな女よ。暴れまわるしか脳がなく、ここで朽ち果てるがよい。この戦でお前を殺せば、劉璋様の俺への評価も増そう。

 

 広州の城の前に反乱軍の姿が見えた。情報よりも数が少ない気がするが、まぁ、どうせ兵士に逃げられでもしたのだろう。所詮は劉璋様に不満を持った者の集まり。大した力など持ってはいまい。

 

 兵の中央に一人の男が立っていた。見慣れぬ純白の衣服を身に付けた優男である。おそらく奴が天の御遣いと嘯いている男か。ふん、まだガキではないか。あんな者に騙されるとは馬鹿な者どもよ。

 

 すると、その男がゆっくりと前に歩み出てきた。舌戦でもしようてか。良いだろう。どうせ最期の足掻きだ。お前の哀れの姿を全ての兵に見せるがよい。

 

「俺の合図が出るまでここまで待機せよ」

 

 相手の弓矢の射程に入らない程度の距離を保ちつつ、俺もその男に向けて馬を進める。その不思議な衣服は太陽の光を照り返してキラキラと光っていた。

 

「我が名は楊懐。劉璋様に代わり、貴様ら逆賊どもの首をもらいに来た。投降すればよし、抵抗すれば皆殺しにする!」

 

 俺の声にその男は何の表情もその顔には表さなかった。まるで水面のように静かな表情のまま、徐に天に指を向けた。

 

「我は天の御遣い、北郷一刀。楊懐、益州の民を苦しめる暴虐な王の臣として、貴様に天の裁きを加える。我が指がお前に向けられた時、天より刃が振り下ろされるだろう」

 

 その言葉に我が軍の兵がどよめきだす。小童めが、何を寝ぼけた事を抜かすか。その減らず口を首ごと落として、劉璋様に御前に捧げてやろう。

 

「騒ぐな! 所詮は戯言よ! 全軍、抜刀せ……」

 

 俺は突撃命令を全て言う事が出来なかった。騎乗にいるはずが、地面が俺に向かってせり上がって来た。否、そんなことが起こるはずがない。そして、一瞬、御遣いを名乗る男の指が俺に向けられていたのが視界に入った。

 

一刀視点

 

 楊懐は倒れた。まるで俺の台詞が実現したかのように。そして、大将を失った兵は狼狽し、さらに桔梗さんと竜胆を先頭にした部隊の突撃に、木の葉のように散っていった。

 

 さらに雅と紫苑さんが城の裏手から迂回して、敵の退路を断つように背後に出現したことで勝負あり。多くの兵士は投降するか、成都に向かって敗走した。

 

 投降した兵士は、桔梗さん達が処遇を決め、多くを自軍に加えることにした。元は彼らも益州の民。劉璋の苛政に不満を抱いていないはずがない。劉璋の持つ権力と暴力に怯えていただけだ。

 

「それにしてもこんな策で上手くいっちゃいましたね」

 

 俺は帰還した桔梗さんに向けて、苦笑いでそう言った。桔梗さんの策、それは策というよりかは、こけおどしに近いものだった。

 

 楊懐との舌戦直後、俺が指を向けた瞬間、桔梗さんが俺の背後から豪天砲を放ったのだ。楊懐は普通の弓矢の射程圏外にいたみたいだが、豪天砲の射程はそれよりもかなり広い。

 

「ふん、どうせあやつのことだから、数を恃んで儂らを舐めてかかると思っていたわ。戦が数で決まるとは限らぬよ」

 

 くっくっく、と不敵に微笑み桔梗さん。そして、背後の城からは民からの歓声が上がった。城の中から隠れて戦の様子を見ていた者がいたのであろう。彼らには、俺が本当に楊懐に天の裁きを加えたように見えたのかもしれない。

 

 全く、道化もいいところだな。こんな猿芝居で天の御遣いとしての名前が俺に定着すると思うと、何だか上手くいきすぎで逆に怖く思うよ。

 

 戦後処理も終え、永安にいる詠や月宛てに武器や食料の輸送も頼んだ。出来れば、恋さんも連れて、俺たちに合流して欲しいけど、判断は任せるという伝言も加えた。

 

 これが事実上の反乱軍の初勝利という事になるだろう。圧倒的勝利を収めたとはいえ、こちらの被害がゼロというわけではない。戦死した兵も数多く存在する。

 

 全ての戦がこんな風に俺たちの圧勝で終わる事はない。きっと苦戦したり、もしくは敗戦することだってあるだろう。もっと多くの仲間が死ぬ。今、この場で勝利に手を取りながら喜び合っている兵士も、次の戦で同じように生き残るとは限らないのだから。

 

 つぅっと涙が頬を伝った。しかし、俺は立ち止まるわけにはいかない。彼らの死を乗り越えながら、彼らの死体を踏み越えながら、俺は、いや俺たちは前に進まないといけないのだから。

 

紫苑視点

 

 戦が終わった後、一刀くんは一人で戦場を見ていた。声をかけようとも思ったのだけれど、何だか今はそっとしていようと思った。彼は己と戦っているのだから。

 

 彼をこんな戦に巻き込んでしまって、今でも後悔しているわ。彼は優しくて、どこまでも優しくて、他人のためにどんな無茶でもしてしまう子ですもの。そんな子を血みどろな反乱につき合わせってしまって。

 

 だけど、それを口に出して、彼に謝罪したりはしない。それは彼を侮辱している事になるし、これは彼が自身で決めた事ですもの。

 

「紫苑、そんなところにおったか」

 

 いつの間にか、桔梗が背後に立っていた。気配を消して近づく癖もなくして欲しいものね。

 

「北郷か、全く、お主も奴も素直ではない。今すぐ走ってやつを抱きしめてやればよいものを」

 

「冗談はよしなさい。私と一刀くんは何も……」

 

「ほぅ。その割に顔を赤らめているのは、熱があるからか」

 

 意地悪げに顔を歪めてニヤニヤ笑う桔梗、しかし、なぜだか何も反論する事が出来なかった。別に私は一刀くんを特別……。

 

「まぁ、冗談はそこまでにして。紫苑、今回のこと、お主はどう思う?」

 

「偶然でない事は確かね。そして、私たちの反乱の時期まで予知できるほどの者が、劉璋のもとにいるとも思えないわ」

 

「では……?」

 

「……」

 

 無言で桔梗を見つめると、彼女も私が言わんとする事を理解してくれたらしい。そのままゆっくりと頷くと、何も言わぬまま、どこかに歩み去って行った。

 

 反乱軍が正規の益州の軍を完膚無きまでに圧倒した事は、すぐに益州中に広まるだろう。同時に天の御使いの存在も。結果だけを見れば、十分すぎる程の成果を出す事が出来た。民の評判も上がり、これからの戦を考えると、計画よりも順調なくらい。

 

 だけど、なぜだろう。とても胸騒ぎがする。今この場で、私たちは重大な何かを見落としている気がする。

 

 一刀くんの後姿を見ながら、最悪の状況に陥る彼を想像して、頭を強く揺すった。そんなことには絶対にさせない。彼は私が守るのだから。もう大切な人をなくしたくない。

 

あとがき

 

第二十三話の投稿でした。

 

今回は反乱軍の初戦を圧倒的な勝利を収める事が出来ました。

 

敵の将である楊懐、桔梗さんの評価では、実直だが、適応力に欠ける将となっています。

 

実直と言えば、言葉は良いですが、戦を数で判断するなど、奇策などに弱く、凡庸な将です。

 

今回も桔梗さんの豪天砲で呆気なく討ち死にしました。

 

天の御遣いである一刀の姿に目を奪われ、桔梗さんの武器の射程の事を考えていませんでした。

 

かなりの兵力差があったにも関わらず、圧勝できた反乱軍ですが、その行く手には暗雲が。

 

反乱軍の決起は、桔梗さん達以外は誰も知っていない。

 

しかし、それを看破したかのような劉璋軍の襲来。

 

なぜ劉璋は反乱軍の決起を予知できたのか。

 

そして、紫苑さんの感じる不安は的中してしまうのか。

 

次回は戦後の広州を舞台に拠点を二話ほど書きたいと思います。

 

今のところ、作者の脳内では焔耶と紫苑さんを書こうと妄想を膨らませています。

 

焔耶が最近空気すぎる。ほとんど出番がない。焔耶可愛いよ。

 

もし、誰か書いて欲しいキャラがいましたら、コメントに募集します。

 

駄作ですので期待はしないでください。

 

誰か一人でも面白いと思ってくれたら嬉しいです。


 
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