魔王と勇者。
ある世界に2人の化け物が生まれました。
1人は勇者
神の落とした天の子だと、人々は喜び祭り上げました。
1人は魔王
魔物たちは喜びの雄たけびを上げ
われ等が王だとひれ伏しました。
勇者は勇者として育てられ
その期待にこたえるかのように
それとも必然なのか
国のどんな大男よりも頑丈な体を持ち
国一番の賢さを持った賢者より
賢くなりました。
人々はいいます
「さあ、魔王を倒しなさい」
一方魔王は魔物たちに囲まれ穏やかに暮らしていました。
魔物たちはわが王、わが君と
心底愛しいと
育てました。
魔王が一つ癇癪を起こして山がひとつ消えました。
あれが欲しいと指させば
魔物たちは我先にと、村を襲いました。
魔物たちは言います
「さあ、世界が欲しいとおっしゃってください」
勇者は人々の希望
魔物を倒す最大の兵器。
魔王は魔物たちの宝。
願いを祈る神聖な存在。
二人の化け物はつぶやいた。
「ああ、自分は何のために存在しているのか?」
自分のためにと誰もが言う
幸せのためだと誰もが言う
全てのものの願いだと誰もが言う
世界で二人
ただ二人だけ
自分のためには存在しない。
賢い勇者は気づいていた。
自分は魔王を倒すだけのもので
その後なんて、ない。
魔王を倒したその後
私はどうなる?
もてはやされ、喜ばれて
果ては恐れられるのだろう。
なにせ
私は化け物だ
なあ、魔王よ。
ならば
ならば…
聡い魔王は気づいてた。
世界を我らにと
それをしたら何が残る?
奪うものも
疎むものも
憎むものさえなくなったそこで
私は何を糧に生きればいい?
私はそんなものは願っていない
私はそんなもの望んじゃいない。
なあ、勇者よ
本当にいるのなら…
私は…
「「お前にこそ殺されたい」」
いたるところで魔王の噂を耳にした。
残酷で
残忍で
気分1つで村1つを消してしまう。
勇者はその度に思う。
もっと大きくなればいい。
もっと強くなればいい。
村人達の悲鳴も
何もかも
勇者にとって本当はどうでもいいことなのだ。
「勇者様、早く魔王を倒してください」
それは耳を占める雑音でしかない。
唯一、魔王の言葉だけが耳に届く。
早くおいで。
呼ばれているのだ。彼からも。だから勇者は前に進む。
しかし、ある時雑音に声が重なった。
歌うように澄んだ少女の声
「勇者様は本当に魔王を倒したいのですか?」
ピシリと何かに亀裂が入る。
湖の上に綺麗に張った氷の膜に小さな亀裂。
他の誰かは気づかない。勇者とその少女だけに見える。
深い闇の底
魔王はゆっくりと目を閉じて。
「私は世界が欲しい」
と呟いた。
本心からではなく、勇者を望むばかりに。
砂浜に出来たもろい城のように世界は簡単に崩れた。
ぽつり、勇者の噂を聞く。
その時ばかりは今までの
人間達の最終兵器、魔物以上の化け物。
それとは違っていた。
いや、聞かずともわかってしまったのだ。
あまりに似ていたから不思議なもので繋がっていた2人。
その何かが、今切れた。
魔王の両目から涙が落ちる。
それは悲しみではなく
辛さではなく
まして怒りでもない
喪失。
その傷から涙が落ちる。
勇者は愛を知ったのだ。
勇者は剣を掲げ、叫ぶ
「私は世界を、彼女を守るために魔王を倒す」
少女はただ目を細める。
嬉しそうでもなく
悲しそうでもなく
ただ目を細める。
勇者は愛を知った。
1人の化け物は
強い体を持った人間になってしまった。
満ちた勇気がある。
鍛えた体がある。
そして守るべき愛するものがある。
それこそが皆が望んだ勇者。
勇者は気付かない
人々が願った勇者。それに何より近くなってしまったことを。
魔王は低く呟く
「全てを滅ぼしてしまえ」
壊してしまえ。
滅んでしまえ。
何もかも。
生き物なんていらない
人間なんていらない。
そして魔王は気付いてた
それこそ魔物たちが望んだ王の姿。
自ら辿ってしまった運命の恐ろしさに。
それでも願うことはやめられない。
彼はもういないのだ。
共に死のうと
世界を巻き込むほどの死を誓ったと思ったのに。
彼はただ1人
人間になってしまったのだから。
残った化け物は私だけ。
喪失の傷は塞がらない。
願っていた再会
いや、出会い。
それはとてもつまらぬものになってしまったようだった。
勇者は剣を向ける
魔王はただそこにある。
私達に意味は無い
魔王は告げようとして
やめる。
彼は私の求めていたものではない。
それでも
それでも何か小さく残るものが
ちくりと確かに胸を刺している。
「世界を守るんだ」
勇者は決意の目を向ける
「世界は滅ぶべきだ」
魔王はやっとのことで言葉を吐き出す。
誰を呪えばいい。
誰を殺せばいい。
どうすればあの愛しい時間は戻るのだ。
魔王は言葉にならない苦しみにもがく。
涙は出ない。
それは喪失と共に流れてしまったから。
代わりに流れる涙をみた。
勇者の両目から流れ落ちる。
大きく振り上げた剣のまぶしさに
魔王は静かに目を閉じた。
そして
深く沈む。
勇者は1人立ちつくす。
そして叫ぶ
歓喜の叫びか
喪失の苦しみか
それは誰にも聞こえない
そこには勇者と魔王の2人だけ
誰にも聞こえない。
そこには
ただ運命があった。
そして、おしまい。
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世界に求められた勇者と魔王。
どちらの苦しみも願いも一緒なのかもしれない。