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虚界の叙事詩 Ep#.23「最後の審判 Part1」-2

最後の戦いが始まります。主人公たちは強大な存在と化した『ゼロ』を打ち倒すことはできるのでしょうか?

2011-05-07 12:02:22 投稿 / 全5ページ    総閲覧数:401   閲覧ユーザー数:366

 

「今のは!」

 

 香奈が叫ぶ。

 

「奴が放ったんだ! シャッターが破壊された」

 

 『ゼロ』の方を向いた太一が言った。巨大化する『ゼロ』の体を抑えていたシャッターは破壊さ

れ、『ゼロ』の体が溢れ出ようとしていた。

 

「奴が溢れてくる!追跡してくるぞ!」

 

 

 

 

 

 

 

《青戸市》《池下地区》

 

 

 

 

 

 

 

 浩の体は、もはや限界だった。

 

 想像を超えるスピードで奇襲を仕掛けてくる男には、もはや彼の攻撃など通用せず、もはや

防戦一方だ。

 

 残りの『力』を振り絞り、己の筋肉を活性化させ、敵の攻撃を受け流すしか方法は無かった。

 

 しかも、彼自身の『力』はどんどん減って行く一方だった。

 

 見えない闇の中から、『ゼロ』に酷似した姿をした男が襲い掛かり、腕を変形させた、鋭利な

武器を突き出し、浩へと攻撃を仕掛けてくる。

 

 鋭利な刃は、彼の体を走り、服を切り裂いた。

 

 だが、それは深手には至らない。彼の筋肉は金属のように硬質化し、裂傷は皮膚の部分で

治まった。

 

 再び、敵は高速で闇の中へと姿を消して行く。

 

 敵の攻撃は素早く、確実だった。普段、直接正面から戦う戦闘スタイルをしている彼にとって

は、このような戦法は苦手だった。

 

 もう、数回の攻撃しか防げないだろう。それ以上攻撃を受けるならば、たったの一撃でとどめ

を刺されるには十分だった。

 

 覚悟を決めた。仲間達は、もう『ゼロ』のいる地へ辿り着いただろうか。

 

 もし『ゼロ』に辿り着いたのならば、もはや自分は必要無くなる。囮を気取るのもこれまでだろ

う。

 

 だが、浩が敵の更なる攻撃を防ごうとした時だった。

 

 巨大な地響きが、足場を揺るがした。地響きだけではなく、地震さえも、突然起こっていた。

 

 小刻みに震える大地。浩は立っていられず、足場に膝を付いた。とはいえ、彼の足場は倒壊

した建物が横倒しになった上だったために、すぐに足場に亀裂が走り、一部が崩落していく。

 

「一体、何だってんだッ!こりゃあ…!」

 

 敵の襲撃に備えつつ、浩は周囲を見渡す。地震は断続的に続いていた。

 

 闇に覆われた周囲では、誰がどこから襲い掛かってくるか分からない。浩は敵の襲撃に備え

ながらも、『ゼロ』の潜んでいると思われる、隔離施設の方を向いた。

 

 およそ1kmほど離れた場所に、その施設はあるはずだったが、その部分が、ぼうっとした紫

色の光に包まれていた。

 

 朝日が昇り始めたのかと思ったが、そうではない。光が光っている方角は西だったし、何より

その色は不気味な紫色だったからだ。

 

 自分に襲い掛かって来ている敵はどうなった?浩は周囲を見回し、敵の姿を確認しようとし

た。

 

 あれだけ、目にも捉えられなかったような敵だったが、いとも簡単に浩には見つける事ができ

た。

 

 敵は、浩より数10メートルほど離れた場所。同じく倒壊した建物の淵に立ち、その体から紫

色の発光体を光らせていた。

 

 それは、遠くの方で朝日のように見えている、紫色の発光体と同じ色をしていた。彼は静かに

立ち、浩と同じように光の方を見つめている。

 

 だがやがて、彼は奇妙な声を発しだした。

 

 それは、人がとても口に出すことはできないような、甲高い悲鳴にも似た声だった。

 

 まるで、光同士で共鳴しているかのようにも聞える。男は、その奇声を発するだけで、浩の方

には構ってこようとはしない。

 

 あの敵が、光の方に構っている、今が隙かもしれない。浩は、なるべく相手の気を取らないよ

うに男へと接近しようとした。

 

 だが、浩が、男に近付いていくのよりも速く、彼は奇声を発しながら、素早い動きでビルを飛

び降り、1キロほど先の紫色に発光している地点へと走っていく。

 

「クソ…。何だってんだ…」

 

 浩は毒づくが、男の方はというと、とても彼が追い付けないようなスピードで、発光している場

所へと向ってしまうのだった。

 

 怪我をしているが、重傷というほどではない。浩はとりあえず男の後を追う事にした。何しろ、

先に行った仲間達も、あの紫色に発光している方角を目指していたのだから。

 

 その場所には、研究施設があるはずだった。あの、紫色に発光しているのは、研究施設なの

だろうか。

 

 浩はふらつきながらも、男の後を追った。

 

 地震も、だんだんと強くなってきている。足場としている建物が倒壊してしまいそうなほどだ。

あまり長くはこの建物の上にいない方が良いと浩は判断した。

 

 断続的な地震が続き、浩が100メートルほども進んだ所だった。そこに、瓦礫が散乱し、中

心に一人の大男が倒れている。

 

 それは一博だった。

 

「おいッ! 井原!」

 

 彼の変わり果てた姿に驚いた浩は、瓦礫の中に埋もれるかのようにして倒れている彼へと駆

け寄った。

 

 さっきまでは、辺りは完全に闇に覆われていたが、今は違う。東の空はうっすらと白み、さら

に西側からは紫色の光が届いている。

 

 だから、一博の怪我がどの程度のものか、浩には判別する事ができた。

 

 とりあえず、生きてはいるようだ。息をしているし、心臓の鼓動も分かる。だが、全身の所々

を骨折しているらしく、一人で立てるかどうかは危うかった。

 

 まるで、車に撥ねられたかのような怪我。それが、今の一博の状態にぴったりの言葉だろう。

 

「おい!井原!しっかりしろ?オレが分かるか?」

 

 浩は呼びかける。だが、反応が無い。目を覚まそうとしない。

 

「おい!てめーがこんなところでくたばるような奴じゃないって事くらい、オレには分かっている

んだぜ!根性見せて、目を覚ましやがれってんだ!」

 

 と浩が一博に向って叫んでいる間にも、地震は強くなって来ていた。彼らが足場としている、

横倒しになった建物には次々に亀裂が走り、今にも倒壊して行きそうだった。

 

「クッソ!オレが担いで行くしかねえのか!そういう事をさせるのは、せめて女にして欲しいよ

な!」

 

 気を失っている一博の体を抱え、浩は立ち上がった。だが、百キロ近くある彼の体を抱える

のは容易ではなかった。

 

 しかも、ただでさえ、地震が起こっていて、足元は危ういというのに。

 

 ふらつきながらも、浩は脚を進める。

 

「畜生。どっちに行けばいいってんだ!こいつを連れたまま『ゼロ』の所に行けってか!それと

も、登達の所に避難するか!どっちだ!」

 

 浩が一人でわめいていると、すぐ側で声がした。

 

「『ゼロ』の方へ…、行くべきだろう…」

 

 と聞えてきたのは一博の声だった。

 

 浩ははっとして、側にある一博の顔を覗き見た。

 

「な…、何だよ、てめー。目を覚ましていたのか!だったら、さっさと言えよ!男といつまでもくっ

ついていたくはねえぜ!」

 

 だが一博は、そんな浩の言い分など無視し、

 

「君も感じているか?この気配…、物凄い…。この気配は、全部『ゼロ』のものなんだ…」

 

 自分が怪我をしている事など忘れているかのように、驚きの声を上げた。

 

「ああ、分かっているぜ…。この分じゃあ、先輩達もただじゃあ済まないかもな!オレ達が行っ

て、役に立てると思うか?」

 

 そう一博に聞いた浩も、『能力者』で無かったならば、重傷の傷を負っている。ただ彼の場

合、自分の自己治癒能力でかなりの傷を、本能的に応急処置ができていたのだが。

 

 だが、一博は重傷だった。おそらく浩が支えていなければ、自分で立つ事もできないだろう。

 

「このままここで見ている事なんてできない!君が戦っていた奴はどうしたんだ?倒したの

か?」

 

「い、いや…、この地震が起こってすぐだ。あの『ゼロ』に似た奴は、まるで呼び寄せられたか

のように、あの光の方へと行っちまったぜ…。もう一人、大男見たいな奴はどうなったか分から

ん」

 

 すると一博は、

 

「『ゼロ』と、君が戦っていた奴を先輩達は一度に相手にしなければならないかもしれない。もし

かしたら、あの大男も含めて3人かも…」

 

 一博は浩を振り払い、自分だけ歩いて行こうとする。だが、断続的に地震が起こっている今、

立てない彼が脚を踏み出すだけでも危険だった。

 

「お、おい…!今のお前が行ったって、何の役にも立てないぜ…!正直、オレも怪我してて満

足に戦える状態じゃあない…!

 

 何と言っても、ここ最近『力』を使いすぎたせいか、もうガス欠だぜ…。今のオレはほとんど

『力』を使えていないんだからな…!」

 

「それは、先輩達も同じはずだ…」

 

 一博が呟く。

 

「ああ…、かもな。だが、けが人をかばっていたら、余計に先輩達も戦いにくいってだけだ。オ

レ達は、登達のいる所まで、何とかして戻るぜ…。オレもお前と同じで、先輩達の事はかなり心

配だ…」

 

 と言うと、浩は一博の体を抱えたまま、廃墟のビルの上を方向転換し、紫色の光に背を向け

た。

 

「『ゼロ』…、何て野郎だ…」

 

 光に背を向け、浩は思わず呟いていた。

「な、何だ!道が崩れているのか!」

 

 延々と続いてきたトンネルの中で、隆文は声を上げていた。この地まで降りてきたエレベータ

ーに続く道が、瓦礫に埋もれて通行できなくなっている。

 

「『ゼロ』が、来るわ…。こっちに向って、さっきみたいにレーザーを放ってね!」

 

 声を落ち着かせてはいるものの、絵倫は冷や汗をかいている。

 

「他に道はないのか?」

 

 太一が、隆文が覗き込んでいる電子パットを一緒に覗き込んだ。

 

「道?道なら幾らでもあるって言うのが正しいな…!だが、あのエレベーターから制御室までは

一本道だったんだ!もし他の道に迷い込んだら、この広大な迷路の中に脚を踏み入れる事に

なる!」

 

 そう言って指差した隆文の電子パットに表示されているのは、迷路のように入り組み、複雑

化している地下道の地図だった。

 

「確か、隔離施設の下水メインパイプが、《青戸市》の下水道と通じているんでしたね…」

 

 舞が、道を塞いでいる瓦礫に隙間は無いかと、手探りで探しながら言った。

 

「ああ…、だがな…!この迷路のどこの道が塞がっているのか、何て分かりはしないもんだぜ

…!」

 

 そう隆文が言ったとき、通路の向こう側から、『ゼロ』の肉塊が姿を現した。

 

 それは、元々が人であったという事を忘れさせるほど、不気味な存在だった。紫色の肉塊

は、奇妙に蠢く音を発しながら、時折、通路を破壊する光を放つ。それはどうやらレーザーのよ

うなものであるらしく、地下通路を破壊していた。

 

「奴は、俺達を追ってきている…。その本能は、今までと変わらないようだ…。つまり、このまま

俺達が地上へと逃げ切る事ができるならば、奴も地上へと出てくるだろう…」

 

 太一は迫ってくる『ゼロ』の方を凝視し、そう言った。

 

「そこへ、あんたの所の軍隊が総攻撃を仕掛け、決着が着く…。というわけか…」

 

 隆文は舞の方をちらりと見て言った。

 

「上手く、行けば、だけれどもね…」

 

 と香奈。

 

「よし、この道はもう使えない!だったら、一か八か、この横穴へと飛び込んでってみるか

…!」

 

 隆文は決意も露わに言うのだった。

 

 5人はやって来た通路の、幾分細い横穴へと飛び込んでいった。

 

 その通路は、天井が低く、通路の幅も狭い、どうやらエレベーターから制御室に繋がる道が

本道で、こちらは支道であるようだった。

 

「『ゼロ』は、どこまで、どこまで大きくなろうとしているの…?」

 

 背後を振り返りつつ、必死に先に行く4人に付いていこうとする香奈が言った。

 

「分からない…、分からないが…、この施設を呑み込む程膨らもうとしているんだって事は分か

る!」

 

 隆文は答えた。

 

 すでに、紫色の肉塊と化してその体を膨張させている『ゼロ』の肉体は、本道を塞ぎ、支道ま

でその手を伸ばしてきていた。

 

「このままじゃあ、この施設が崩れるのも時間の問題だ…」

 

 と、太一。

 

「地上までは、まだ距離があるんじゃ無いですか?」

 

 舞が隆文に尋ねる。

 

「あ、ああ…、この先、迷路みたいに道が入り組んで、一本だけ《青戸市》地下の下水道に繋

がっているって寸法さ…」

 

 そう隆文が答えたとき、一本の極太のレーザーが5人の背後から飛び出してきた。それは、

隆文と絵倫の脇を掠め、その先の通路の壁を焼いて行く。

 

 絵倫が声を上げていた。

 

「え、絵倫…!」

 

 思わず走っていた足を止め、彼女に駆け寄る隆文。

 

「だ、大丈夫よ…、肩を少し掠っただけだから…」

 

 と、絵倫は言ったものの、レーザーによって焼かれ、損傷した彼女の肩には傷がはっきりと

見えていた。傷口が焼けていた事から、出血はさして無いようではあったが、

 

 一瞬立ち止まった隆文と絵倫。そこへと、さらなるレーザーが照射されて来る。それは、一行

の後を追うかのように、その肉塊の範囲をどんどん伸ばして来る、『ゼロ』の体の表面自体か

ら発射されていた。

 

「まずいな…。ただ建物を崩れさせるだけじゃあなく、俺達目掛けて、攻撃までしてくるとは…。

奴には意識があるのか…?」

 

 再び体勢を立て直し、傷口を庇いながら走る絵倫と共に隆文は言った。

 

 『ゼロ』の放ったレーザーが、施設の天井を、壁を、そして床を焼き、破壊して次々と崩壊させ

て行く。

 

 先ほどから続く地震と相まって、地下施設全体が、落盤する洞窟のように、いつ倒壊しても不

思議ではなかった。

 

 また、一行の背後で一つの巨大な瓦礫が崩れ、通路を塞いでいた。

 

「おそらく…、おそらく奴は、『力』を感じるという本能だけで俺達を追跡して来ているんだ。だ

が、あんな姿になっても、より多くの『力』を取り込みたいという、本能は変わらないんだろう…」

 

 走りながら太一が答える。隆文が電子パットに従い、再び通路を曲がるように指示を出した。

 

「この先、数十メートルで、大きな吹き抜けに出る。その吹き抜けの階段を上って…!」

 

 と、隆文が言った時、一本のレーザーが、再び一行に向って発射された。

 

「ちッ…、しつこい奴だぜ…」

 

 そう呟くも、次第に追い詰められている自分達を知り、隆文は焦らざるを得なかった。

 

 『力』、そして『ゼロ』を生み出した、巨大な地下研究施設も、今、その産み出された『ゼロ』自

身によって破壊され、そして取り込まれて行っている。

 

 だが、地下施設がどの程度まで『ゼロ』によって取り込まれて行っているのかは、太一達にも

分からなかった。

 

 迷路のような道を抜けて行き、隆文が電子パットで確認した吹き抜けに出た時、一同はその

場の光景に唖然とした。

 

 吹き抜けは、地下施設を見下ろす、シリンダー状の構造となっていた。丁度、制御室がシリン

ダーの底に当たる形となっている。吹き抜けは更に上部へと伸びていて、天井は見えなかっ

た。

 

 一行は、そのシリンダーの内側の面をぐるりと周回している通路の上へと出ていた。

 

 そのシリンダーの底を見下ろした一同は唖然とした。

 

 どうやら、建物の内部構造図によれば、シリンダー状の吹き抜けの底は、確かに制御室にな

っているはずだった。

 

 しかし、今はその制御室、『ゼロ』のいた部屋を視認する事はできない。なぜなら、彼自身の

体が膨張し、まるでシリンダーに詰められた、不気味な紫色の液体であるかのように底から、

その質量を増大させていたからだ。

 

「な、何だ。これは…!」

 

 不気味に蠢く『ゼロ』は、巨大な肉の塊と化していた。シリンダーの底から、どんどんその大き

さを増して来ていた。

 

 『ゼロ』は既に、地下施設の中枢部を呑み込み、更に上層の設備をも呑み込もうとしていた。

 

「さっきよりも、ずっと『力』が増してきているわよ…」

 

 絵倫が呟いた。

 

「それは…、この施設に残っている…、その…、実験で使われた『力』見たいなものを呑み込ん

でいるせい…?」

 

 吹き抜けの下を見つめ、香奈が言った。

 

「ああ…、だろうな…。君達や『ゼロ』は奇妙な液体の中に保存されていた。それはカプセルの

ようなものに保存され、この施設の数箇所に保管してあった…。調査によれば、長い年月を経

ても、その液体からは強い『力』を観測する事ができたそうだ…」

 

 そう太一が言った時、吹き抜けの下から『ゼロ』と言う名の肉塊が、上層部へと向って極太の

レーザーのようなものを放った。

 

 それは吹き抜けの壁を破壊し、更に建物の破壊を加速させる。

 

 更に、下部からも、『ゼロ』の肉塊の一部が、まるで手を伸ばすかのようにして、吹き抜けの

内側を取り巻いている通路を破壊しようとしていた。

 

「ぐずぐずしていられないぜ…。早く上へと登って行かないと…」

 

 隆文の言葉で、一行は先を急いだ。

 

 シリンダー内側の通路を走り、設置されている階段を上っていく必要があった。その高さは、

見上げても天井部が見えないほど高い。

 

 しかも下からは『ゼロ』が迫って来ようとしていた。

 

「『ゼロ』はどんどん大きくなってきているわよ! 間に合いそう?!」

 

 絵倫が叫ぶ。

 

「分からないが、上から降ってくる瓦礫にも気をつけろ!」

 

 そう叫んだ刹那、再び紫色の閃光が瞬き、一行の方へと向って、『ゼロ』がレーザーを放って

来た。

 

 それはちょうど太一と隆文の間を通過し、通路を焼き切った。

 

 大きな音を立てて、鉄骨の通路は破壊され、切断される。だが、切断箇所は、人が飛び越え

られない距離ではなかった。

 

「おおい!大丈夫か!」

 

 隆文が太一に向って叫んだ。

 

「ああ…、大丈夫…。大丈夫だ…。こんな所…、さっさと脱出しないとな…」

 

 太一は答え、切断された通路を、隆文と絵倫が飛び越えてくる。

 

 しかしその時、通路の上層部から大きな瓦礫が降ってきていた。足元に気を取られていた隆

文が、その瓦礫の存在に気が付かなかった。

 

 気が付いた時にはもう遅く、隆文は頭上から降り注いできた瓦礫を直撃する。

 

「た…、隆文ッ!」

 

 絵倫が叫んだ。大きな音を立て、瓦礫は通路へと降り注ぐ。隆文はその瓦礫に押し潰され

る。

 

「ああ…、嘘…、そんな!」

 

 香奈の悲痛な声が上がった。人間だったら、軽く押し潰されてしまうに違いないほどの大きさ

の瓦礫が、隆文の体の上に乗っている。彼は通路に倒れ、ぴくりとも動こうとはしない。

 

 だが、絵倫は彼へと駆け寄った。

 

 そして急いでその瓦礫をどけようと必死になる。

 

「さあ!隆文!起き上がりなさい!瓦礫の落下の衝撃は、私の『力』で和らげてあげたのよ!

足元ばかりに気を取られていて、もう、しょうがないわね!」

 

 そう言いつつ、隆文から瓦礫をどけようとするのだが、彼自身はぴくりとも動こうとはしない。

 

「あなたが…、あなたがこんな所でくたばるはずがないわよね…?ね?そうでしょう隆文…?」

 

 絵倫の声がだんだん必死になって来ている。彼女は隆文を呼び起こそうと、彼の上に乗って

いる瓦礫を、必死になって取り除こうとしていた。

 

 だが、通路にはすでに血が流れていた。隆文は瓦礫によって頭を打っただけではなく、実

際、その質量により体全体に負荷がかかっている。

 

 幾ら、絵倫の空気を操れる『力』でその負荷を減らす事ができたとしても、相当な重さの瓦礫

の衝撃を、完全に防御できるわけではなかった。

 

「隆文ッ!」

 

 絵倫の声が上がる。だが、その間にも、吹き抜けの底からは、『ゼロ』がどんどん迫ってきて

いた。

 

 『ゼロ』は、既に地下施設を呑み込み、シリンダー状の吹き抜けの半分ほどの高さまでをも呑

み込もうとしていた。

 

「隆文ッ!」

 

 その中で、絵倫の叫び声がこだましていた。

 

「諦めるしかない!彼を助ける事はできない!この瓦礫をどけ、一緒に隆文を担いで『ゼロ』か

ら逃げられると思うか?」

 

 瓦礫の下から、必死に隆文を助け出そうとしている絵倫に向って、太一が言い放った。しかし

絵倫は、

 

「いえ!絶対に死んだはずが無いのよ!あなたには分からないでしょう?彼からははっきりと

『力』を感じられるのに」

 

 絵倫は頑なにそう言い、隆文の上から瓦礫をどかそうとする。

 

「その瓦礫をどかしている時間が、今の俺達には無い!」

 太一の声が、シリンダー状の吹き抜けに響き渡った。吹き抜けの底からどんどん上昇して来

る『ゼロ』は、もうすぐ彼らの高さにまで達しようとしていた。

 

「でも太一…、死んでいないのに、リーダーを置き去りにする事なんて、やっぱりできないよ…」

 

 太一の後ろから香奈が言った。

 

 そうしている間にも、『ゼロ』は、彼らの足場の数メートル下にまで迫ってきていた。

 

 そして、その肉の塊と化している『ゼロ』の一部に亀裂が現れる。何かと思って一同がその亀

裂に集中すると、その亀裂はまるで裂けるかのように開かれた。

 

 そしてそこに現れたのは、青い瞳を持つ、巨大な眼だった。

 

 シリンダー状の吹き抜けの円周一杯はあろうかという巨大な眼が、一同の方向に向って向け

られていた。

 

 その巨大化した『ゼロ』の眼にも圧倒されてしまいそうだったが、舞は、吹き抜けの通路から

見下ろし、その眼とはっきりと対峙する。

 

「この眼…、この『ゼロ』の眼は、私達の方に向いている…、やはり、こんな姿になっても、彼は

私達を探そうとしている…」

 

「ああ…、君達の『力』を感知しようとしてな…。そして、『力』を取り込む為だろう…。奴にとって

は、核兵器のエネルギーよりも、自分と同じ質のエネルギーの方が、よっぽど魅力的らしい」

 

 太一がそう言った時、『ゼロ』の一部分が突如、隆起し、まるで手を伸ばすかのように5人の

いる足場へと伸び始めた。

 

 実際、それは手だった。

 

 青い色に変色した『ゼロ』の手が、肉塊の中から出現し、手を足場の方へと伸ばしてくる。

 

 それも一本ではなかった、何本も何本も、肉塊の中から『ゼロ』の手が出現し、それが足場の

方へと手を伸ばしてくる。

 

「急がないと、彼に呑み込まれてしまいます…!」

 

 伸びてきた手に、刀の刃を向け舞は叫んだ。『ゼロ』の手が、何かを求めるかのように伸び、

変形してくる。舞は通路の上で刃を振るい、その手を切り裂こうとした。

 

 だが、『ゼロ』の手は、まるで粘土のように変形し、刃で切り裂こうとしても変形して逆に絡み

付こうとして来る。

 

 変形する腕に惑わされ、舞は、『ゼロ』に腕を掴まれてしまう。すると、突然『ゼロ』の腕が光

出し、彼女の腕から何やら黄色い光が『ゼロ』の方へと移っていっていた。

 

「うう…、これは…!」

 

 だが次の瞬間、電流のようなものが舞を掴んでいる腕を切り裂いた。それは太一だった。彼

は目にも留まらぬ動きで『ゼロ』と舞の間を通過し、手にした警棒に纏わせた電流で、『ゼロ』

の腕を切り裂いていた。

 

「大丈夫か…、今、何が起きた?」

 

「今の…、今の感覚は…、確かに、間違いなく…、『力』を吸い取られていました…。直接、この

『ゼロ』に触れるのならば、どうやら『力』を吸い取られてしまうようです…」

 

 舞は自分の手を見つめながらそう言った。『力』を吸い取られたという、彼女自身の腕は、特

に何の変化も無いようだったが。

 

「皆、瓦礫をどけられたわよ!」

 

 そこに絵倫の声が響いた。彼女は、隆文と、彼を下敷きにしている瓦礫との間に空気のクッ

ションを敷き、それを膨張させて瓦礫と彼との間に隙間を作っていた。

 

 絵倫は、出来上がった隙間から彼の体を引っ張り出す。

 

「隆文!隆文しっかりしなさい!」

 

 意識朦朧としている隆文の顔を叩き、絵倫が叫ぶ。

 

「へへ…、悪いな…、俺、一人の為に…」

 

 薄っすらと目と口を開けながら、隆文は呟いた。だが、瓦礫でしたたかに頭を打っているらし

く、起き上がる事は難しいようだ。

 

 そうしている間にも、『ゼロ』はシリンダーの底からどんどん迫って来ている。彼の体は、膨張

しているというよりも、質量が増大しているようであり、その増大には歯止めが無いようだった。

 

「おいッ!早くしないと…!」

 

 太一が叫ぶ。すでに『ゼロ』は、体を膨張させ続け、一行のいる足場の底面にまで達して来て

いた。

 

 隆文はふらつきながらも、何とか立ち上がった。しかし、頭からの出血は続いており、しかも

彼の持っていた電子パットは、瓦礫の下敷きになって破壊されてしまった。

 

 太一はそれにいち早く気付き、彼のものよりも小型であるが携帯型の電子パットを取り出

す。それで地下施設の地図を表示させると、自分達の現在地を確認した。

 

「この吹き抜けを最上部まで上る。ここは下水を下からポンプで汲み上げ、下水道へと流す施

設だ」

 

 今度は太一が先頭となって、一同は、円形の足場を進んで行き、そこに取り付けられた階段

を上り始めた。

 

 だが直後、5人がいた足場は、『ゼロ』の肉塊によって呑み込まれる。

 

 彼の肉体に呑み込まれたものは、相当な圧力によって押し潰されてしまうようだった。鉄製の

足場は、『ゼロ』の体によって呑み込まれると、音を立てながら押し潰されていった。更に、シリ

ンダー状の吹き抜けは、彼によって生み出されている内圧のせいか、一気に亀裂が走る。

 

 『ゼロ』が、その口は一体どこにあるものか、今の形状のままでは分からなかったが、巨大な

咆哮を上げた。

 

 それは、声にならない声だった。まるで、地の底から響き渡るかのような巨大な声であり、と

ても人のものとは思えない。

 

 咆哮は、吹き抜けの中では、爆裂したかのように響き渡った。彼の声で、更に地下施設の崩

壊は進んだらしく、吹き抜けの天井から幾つもの瓦礫が、『ゼロ』の中へと落ちて行った。

 

 更にその瓦礫は『ゼロ』へと取り込まれ、粉々に粉砕されてしまう。

 

「な、何て声だ…!い、今のは『ゼロ』の…!寝起きの頭には、応えるぜ…」

 

 『ゼロ』の咆哮に、一同は階段の途中で脚を止めてしまっていた。隆文は、未だに流血してい

る頭を押さえ、訴えるかのように叫んだ。

 

「立ち止まっている暇はありません!早く行かないと!」

 

 舞は皆に呼びかけ、更に吹き抜けを上部へと登ろうとする。しかし、そこへと再び『ゼロ』の咆

哮が炸裂した。

 

 凄まじい咆哮に、一同は再び耳を押さえ、体を縮こまらせるしかなかった。

 

 吹き抜けの内周に取り付けられた階段が、激しく振動している事が分かる。今にも取り付け

られた階段が壁から離れてしまいそうなくらいに。

 

「こ、こんな状態じゃあ、階段を登ってなんていけないよ!」

 

 香奈が叫んだ。

 

 更にそこに追い討ちをかけるかのように『ゼロ』は、レーザーを放ってきた。紫色に光る極太

のレーザーは、丁度、太一と香奈のいる地点の間の階段を切り裂いた。

 

 切断された階段が、大きく軋み、だんだんと下を向いて行く。更に、『ゼロ』の体はすでに、5

人のいる階段をも呑み込み始めていた。

 

「早く!早く飛び移れ!」

 

 太一が叫ぶ。香奈は、急いで彼のいる階段へと飛び移り、舞もそれに続いた。

 

 だが、遅れた隆文と絵倫が残された一部分の階段は、絶壁の崖にある、ほんの僅かな足場

も同然だった。

 

「隆文ッ!」

 

 絵倫が後ろから隆文をまくし立てる。頭を打ったばかりで彼は意識朦朧としているらしく、今

の状況が上手く呑み込めないようだ。

 

 しかし、絵倫に後ろから声を出されたことで、彼も幾分かはっきりとしたらしく、太一の方に向

って、切断された階段の間を跳躍した。

 

 彼は太一に体を掴まれ、何とか階段の間を跳び切った。しかし、階段にはまだ、絵倫が残さ

れていた。

 

「う…、え、絵倫…」

 

 絵倫の乗った階段の一部が、今にも『ゼロ』の中へと呑み込まれそうだった。紫色の光を放

つ肉塊が、階段のすぐ下まで手を伸ばしてきている。

 

 更に、壁に張り付いた階段の一部が、今にも剥がれ落ちそうだった。

 

「絵倫、飛んでッ! 早く!」

 

 香奈が絵倫を急かした。

 

「言われなくても!」

 

 そう叫び、絵倫が崩壊しかかっている階段の間を飛び越えようとした。『ゼロ』のレーザーによ

って切断された階段間の距離は、おおよそ5メートルほどもあって、ろくに助走もできない並の

人間には飛び越えられそうに無い。

 

 しかし絵倫は、自身の『力』である風を使って、自分のジャンプの勢いを増し、階段の間を飛

び越えようとした。

 

 だが、そんな絵倫の足首を、下から掴む者がいた。

 

 『ゼロ』の肉塊の一部分が隆起し、そこから腕のようなものが伸びる。もはや、いびつな肉塊

でしかない腕が、絵倫の足首を掴んで、そのまま、吹き抜けを登ってきている本体の巨大な肉

塊の中へと呑み込もうとしていた。

 

「え、絵倫…ッ!」

 

 必死になって隆文は叫び、絵倫の方へと階段から身を乗り出して腕を伸ばした。

 

 彼の袖口からはワイヤーが飛び出し、絵倫の方へと飛んで行く。絵倫はそのワイヤーを掴ん

だが、足首も『ゼロ』によって掴まれたままだ。

 

 隆文達のいる階段と、『ゼロ』との、ちょうど中間点で、絵倫は静止する形となった。

 

「引っ張り上げられるか?」

 

 まだ頭から流血している隆文の顔を見て、太一が尋ねる。

 

「いや…、絵倫の方も、相当強い力で引っ張られている。おい絵倫ッ!」

 

 階段の破壊されている部分から、半分以上も体を乗り出す形になりながら、隆文は絵倫の姿

を確認しようとする。

 

 彼女は宙吊りになったまま、必死に隆文から伸ばされたワイヤーを引っ張ろうとしていた。

 

「だめよ!こいつ、もの凄い力で、このわたしを引っ張ろうとしている…!それに、わたし…、何

だか、どんどん力が抜けていく…!」

 

「何だって?」

 

 隆文が聞き返そうとしたが、

 

「『ゼロ』に足を掴まれているでしょう?『力』を吸い取られてしまっているのです。このままでは

彼女は…」

 

 舞が隆文達の背後から言った。

 

「だったら、どうすりゃあいいんだよ…」

 

 と言う隆文は、自分の袖口からどんどんワイヤーが伸びて行くのを感じた。それはつまり、

『ゼロ』の方へと絵倫の体がどんどん引き込まれているという事だった。

 

「そのワイヤー!私に触れさせなさい!」

 

 どうしたら良いか分からない隆文に代わり、舞が叫んだ。そして、隆文と同じように階段から

身を乗り出すと、彼のワイヤーを掴む。

 

「一緒に引っ張ってくれるって言うんなら、それは別に構わないけどな…。今の『ゼロ』は『能力

者』2人分の力、何てものじゃあないぜ…」

 

 と、隆文は舞に言ったが、

 

「いえ、引っ張るのは私が合図した時です。あなたはこのワイヤーから手を離していた方が良

いでしょう。このワイヤーに体を触れないように」

 

 そう言って舞は、隆文からワイヤーを掴んでいる手を離させた。

 

「な、何を言っているんだ?」

 

「いいから、手を離していなさい!」

 

 そう言うと舞は、隆文からワイヤーをもぎ取り、更に袖の奥にあった巻き取り装置も取り外さ

せた。そして彼女は一人でワイヤーを握り締める。

 

「十数分間。彼女は『力』を使えなくなってしまいますが、今はこの方法しかありません」

 

 舞はそう言うと、絵倫が掴んでいるワイヤーに向けて、何やら白い光を送り始めた。その光

の正体が何であるのか、隆文達にはすぐに分かった。

 

「ワイヤーと彼女を通して、『ゼロ』はこの『力』に触れている…。この巨大化した彼の全ての

『力』を封印する事は、この私でも不可能です。ですが、腕一本分ほどでしたら、その『力』を封

印する事も可能でしょう…」

 

 舞がある量の光をワイヤーに流し込むと、今度は、舞はワイヤーを引っ張り、絵倫の体を階

段の上へと引き上げていった。

 

「『ゼロ』の『力』をほんのちょっと封印したのは良いけれども、この先、いつこのわたしが役に

立つか分からないわよ?」

 

 そう階段まで登ってきた絵倫は、舞に向って皮肉交じりに言ったが、そんな彼女の言葉とは

裏腹に、相当『ゼロ』に『力』を吸い取られてしまったらしい、体をよろめかせ、一人で立つのも

難しいようだ。

 

 更に、舞に『力』を封印されぜるを得なかった事で、絵倫は『力』を使う事ができないでいた。

しばらくの間、彼女は『高能力者』のような運動能力を発揮する事はできないし、空気を操る力

も使えない。

 

「私のこの『能力』は十数分程で再び『力』を使えるようになります…」

 

 舞が、そんな彼女の身を起こすのを手伝いながら、絵倫に言った。

 

「ええ…、お気遣いどうも。戦力にならないこんなわたしでも一緒に連れていってくれるなんて

ね!」

 

 舞に対しては強がり、絵倫は声を上げて言い放った。

 

 『ゼロ』はやがて階段をも呑み込んでくる。一行はさらにシリンダー状の吹き抜けを登った。

 

 だが今、隆文と絵倫が怪我をし、他のメンバー、太一が隆文を抱え、舞が絵倫を抱えるよう

な状態となって進んでいる。『ゼロ』は地の底から、どんどんわきあがるかのように膨張してき

ており、一行に追いつこうとせんばかりだ。

 

「太一よォ…、お前は別に俺を担いで行かなきゃならないって事は無いんだぜ…。俺はどうせ

戦力にならない奴さ、今じゃあ地図を確認しているのはお前だし、俺にしかできないって仕事で

もない。俺達を放って、お前達だけ先に行ったって別に構わない…。いや、むしろそうするべき

だ。さもないと…」

 

 隆文は、既に足下にまで迫って来ようかという『ゼロ』を見て言った。

 

「全員、『ゼロ』に飲み込まれちまうぜ…。奴に少しでも触れたらどうなるか…、さっき絵倫が体

感した通りだ…」

 

 と、隆文に言われようとも、太一はただ吹き抜けの階段を進むだけだ。

 

「あんたは、ここに置いていって欲しいのか?」

 

 隆文の方はちらりとも見ずに、太一は言った。

 

「いや、そんな事はないけどな…。たった2人の隊員の為に、部隊を全滅させる軍隊って言うの

はどこにも無いぜ…」

 

 その時、『ゼロ』の咆哮にも似た奇声が吹きぬけに響き渡り、それは彼らの耳を激しく打っ

た。しかしそれでも太一は更に階段を登り続ける。

 

「あんた達は、この任務が終わったら、その“軍隊”から退役するんだろう…?俺達は軍隊じゃ

あない」

 

「だが、お前は違うだろう…?太一。お前は、何かに所属し、『ゼロ』を原長官と共に追い求め

ていた…」

 

「いや、俺達は“軍隊”じゃあない、『組織』さ…。原長官も俺もその『組織』の一メンバーに過ぎ

ない…」

 

 隆文には、太一がさりげなく言ったその言葉が気に掛かった。

 

「何だ?その『組織』ってのは…?」

 

 だが隆文の問いかけを聞いていたのかいないのか、次の瞬間、太一は声を上げていた。

 

「見ろ!吹き抜けの最上部だ!」

 

 太一が見上げた吹き抜けの最上部は天井で覆われており、更に内側を一周する通路があっ

た。地下から伸びてきている、幾つもの太いパイプが一箇所に集り、それは横穴からどこかへ

と伸びている。

 

 その場所には人が通れるほどの通路もあった。

 

「やった!やっと脱出できるの…?」

 

 背後からついてきている香奈が叫ぶ。

 

「いや、あの横穴から、下水道の方へと入る道がある。そこは迷路のようにはなっていないが、

かなり長い上り坂になっている…」

 

 その時、再び『ゼロ』の咆哮が上がった。そして、発せられる幾つもの紫色のレーザー。それ

は吹き抜けの内側を次々と破壊し、天井を崩落させた。更に、一行の先へと伸びる階段をも焼

き切ってしまう。

 

「走れ!階段が崩れるぞ!」

 

 太一が叫び、皆は走り出した。下方から、『ゼロ』は何かに狂ったかのようにレーザーを発し

続けている。

 

 まるで、一行をこの地下施設から逃がさんと言うばかりに、欲しているものが、手の届かない

所へ逃げてしまうといわんばかりに。

 

 切断された階段を次々に飛び越え、5人は吹き抜けの階段を進む。

 

 『ゼロ』によって破壊された天井からは、瓦礫が降り注いで行く。吹き抜け一杯にまで膨れ上

がった『ゼロ』の肉体へと、次々とその瓦礫は落ちていった。

 

「おい、ここだ!早くこの中へ!」

 

 太一は隆文の体を担いだまま、いち早く吹き抜け最上部の横穴へと達していた。遅れて残り

の香奈、絵倫、舞も横穴へと入り込んで行く。

 

 一同が登ってきた吹き抜けは、すでに上層部にまで『ゼロ』が達し、その高さはとても見て取

れない。

 

 『ゼロ』の大きさは、すでにシリンダー状の吹き抜け一杯となっていた。元は人間一人ほどの

大きさだった存在が、今では膨大な質量へと成り代わっていた。

 

 時々上がる方向、そして蠢く肉体が、彼が苦しんでいるのか、欲しているのか、快楽を得てい

るのかさえも分からない。

 

 地下施設に今広がっているのは、確かに有機的な存在ではある。だが、それはもはや人間

のような意思を持つ存在とは言い難かった。

 

 『力』を渇望し、ただ『力』だけに反応する、哀れな実験の産物へと成り代わってしまってい

た。

 

「凄い有様だ…。これが、全部、『ゼロ』なのか…?」

 

 眼下で起こっている事が信じられないといった様子で隆文が言った。

 

「ああ…、そうだろう…。あんたらはこいつの『力』を感じる事ができるんだから、もっとはっきり

と分かるだろう…。それよりも、さっさとここを脱出しないとな…」

 

 太一はそう言って、吹き抜けの横穴を走る、大きなパイプに沿って走り始めた。

 

 だが、そんな彼らの前の空間に、何者かがいるのを太一は知り、その脚を止めた。

 

「誰だッ!」

 

「何、何、一体どうしたの…」

 

 通路の薄暗い空間にぼうっと光る青色の人影。それが何者であるのか、すぐには分からな

かった。

 

 だが、即座に香奈が叫んだ。

 

「ゼ…、『ゼロ』…!」

 

 と、太一はそんな彼女を遮った。

 

「いや、こいつは『ゼロ』じゃあない…、こいつは…」

 

 一行の目の前に姿を現したのは、あの『ゼロ』と似た姿をしたあの男だった。

 一行の目の前に姿を現した男は、浩と戦っているはずの男だった。目にも留まらないような

スピードで相手を撹乱する『力』を持つ。

 

 だが、その男の様子は、どことなく変だった。

 

「こいつがここにいるって事は…、まさか…、西沢の奴は…」

 

「えっ、そんな!」

 

 隆文の言葉で香奈は動揺する。しかし、それを絵倫が遮った。

 

「待ちなさい!こいつ、何か、とても様子がおかしいわよ!わたしにも分かる!」

 

 そう言った彼女の見る男は、今までは敵として認識していたのであろう5人に対して、全く目

の焦点を向けていなかった。どこか、遠い方を見つめている。

 

 5人の方は、見えてもいないという様子だった。

 

 背後から、『ゼロ』が咆哮を上げた。

 

 まるで衝撃波のような衝撃が背後から襲いかかり、彼の出した声は地下施設中に響き渡っ

た。

 

 すると、5人の目の前に現れた男も、その口から、想像もできないような奇声を上げた。彼の

声は、『ゼロ』程ではなかったが、通路中に響き渡る。

 

「な…、何だってんだ…!」

 

 隆文の言葉をよそに、奇声を上げた男は、一直線に、『ゼロ』の方向に向って走り出した。5

人がまるでそこにいないかのように、通路を真っ直ぐに走っていく。

 

 激突しないように、一行はその男の走る場所から飛び退いた。

 

 男は、5人が進んで行く方向とは逆方向、つまり『ゼロ』のいる方向へと走っていく。

 

 そして、『ゼロ』のいる方向へと向って、彼は飛び込んでいった。

 

「な…、何をしたの…? 一体…」

 

 目の前で起こったことが信じられず、怖れるかのように香奈は言った。

 

「分かりません…、分かりませんが、何か、嫌な予感がします。急ぎましょう…」

 

 と、舞が言った時だった。

 

 先ほどから揺れている地の揺れが、更に酷くなってきていた。やがてはその場に立っていら

れない程の揺れになってしまう。

 

「な、何だってんだ!一体!」

 

 隆文が叫んでいる。

 

「分からないが、今の男が、『ゼロ』に対して、何かのきっかけを与えたのかもしれない!」

 

 太一は叫び、立っていられないほどの地震であるにも関わらず、彼はその場から立ち上がろ

うとしていた。

 

 『ゼロ』の咆哮は続いている。シリンダー状の吹き抜けに反響する音が、轟音のように増強し

て横穴の方まで響き渡ってくる。

 

「どっちにしろ、早くここから脱出しないと!」

 

 と、香奈が叫んだ。

 

「ちょっと…!ちょっと待ってください!何かが変です!」

 

 焦り出す皆そ差し置いて、突然舞が声を上げた。彼女は、揺れる足場から、通路の手摺りを

使って何とか立ち上がろうとする。

 

「何か変て、何が変なの?」

 

 と、絵倫。

 

「『ゼロ』から感じられる『力』が…、ありとあらゆる場所から感じられるようになりました…。後ろ

からではなく、この先からも…、どこからも…」

 

「それは、一体、どういう…」

 

 香奈がそう言おうとした時だった。彼女は何かに驚いたかのように気付き、舞の方から後退

し出した。

 

「あ…、あなたの後ろ…!危ない…!」

 

 香奈は叫ぶ。舞はすぐに反応して、自分の刀を鞘から引き抜き、自分の背後に現れたもの

へと斬り付けた。

 

 舞の背後にあったのは、大きなパイプだったが、そこから紫色に変色した腕が突き出てきて

いたのだ。舞によって落とされた腕は、通路の上へと転がった。

 

 だがその腕は、まるで床に沈みこむかのように消え去った。

 

「こ、これは…」

 

 香奈が、目の前の光景が信じられないと言った様子で言った。しかしそれも束の間、

 

「香奈ッ!あんたの頭の上!」

 

 絵倫が香奈に叫ぶ。彼女の頭上からも、天井から異様な長さに垂れ下がるかのように、腕

が伸びてきていたのだ。

 

 香奈は自分の武器である、鉄製のステッキを使い、その腕を払いのけた。ただ殴りつけたの

ではなく、腕には彼女の『力』で電流が流れ、一瞬痺れたかのように痙攣する。

 

 香奈はすぐにその場から飛び退いた。

 

「な…、何なの…!これは一体…!」

 

 しかし、そんな彼女達が驚いている暇も無い程だった。

 

 一行の進んでいた通路の先から、何本もの手が、天井やパイプ、そして床から突き出し彼ら

を求めるかのように出現してきたのである。

 

「これは…、何で床から腕が出て来るんだ…!床からじゃあない!そこら中から腕が…!」

 

 隆文の叫び声が通路に響いた。

 

 やがて床から突き出した腕が、逃げ場を失っている太一の、香奈の、舞の脚を掴む。

 

「俺達は、どうやら『ゼロ』の中にいるらしい…。

 

 俺達は知っていたはずだ…。この『ゼロ』が、機械を乗っ取る事ができ、それが原因で、『帝

国』の戦艦は乗っ取られ、『NK』は攻撃されたという事を…。つまり今、『ゼロ』はこの隔離施設

全てを乗っ取っているという事だ…」

 

「この施設全てを乗っ取っている…、だと…?」

 

 と、隆文。彼は、太一に体を抱えられている為、床から突き出してきている手には脚を取られ

ていない。

 

「どうやら、さっきの『ゼロ』に似た姿をした男が、何らかのきっかけとなったのでしょう…。あの

男自体、『ゼロ』の『力』と同質のものを持っていた…。それが、彼に吸収されるかした事で、

『ゼロ』はこの施設全てを乗っ取れる程の『力』を得てしまった…」

 

 そう言い、舞は自分の脚を掴もうとする腕を切断して行ったが、斬られてはまた床に溶け込

み、再び出現する腕には、キリが無かった。

 

「じゃあ、何だ?あんたらはこう言いたいのか?今は、この隔離施設全てが『ゼロ』だって事な

のか?」

 

 隆文が言った。

 

「ああ…、そう言う事だろう…。だが、まずい。実にまずい。今、こうしている間にも、俺達は『ゼ

ロ』によって、触れられている…。つまり、どんどん『力』を吸い取られているという事だ…」

 

 

 

 

 

 

 

 《青戸市》では今、その夜が明けようとしていた。

 

 夜間は漆黒の闇に覆われる廃墟も、日が昇れば、その無残な有様をさらされる事になる。誰

も住まなくなったこの土地では、昼の無機質さ、夜の闇、その2つの繰り返しばかりであった。

 

 だが、今日の夜明けは、いつもに比べれば、少しだけ早かったかもしれない。

 

 それは、決して太陽が、いつもより早く昇ったという意味ではない。第一に、その日の夜明け

は西側からの光だったのだから。

 

 更に、その朝日はとても不気味な色をしていた。紫色の光が夜の闇の中に出現し、それが、

半径1キロほどに渡ってぼうっと光っている。

 

 そこは、かつて、《青戸市》の中でも、大手企業の研究施設として、一般市民からは何の研究

施設かも分からず、ただ忘れさられていた場所だった。

 

 そして今、その研究施設からあるものが目覚めようとしていた。

 

 《青戸市》に不気味な光をもたらす、朝日まがいの光は、その予兆だったのかもしれない。

 

 光を放っている研究施設の建物が、ゆっくりと、光と同じ色をした肉の塊が覆っていく事に気

付いた者は、この地にはほとんどいなかった。

 

 遠く『タレス公国』、そして『帝国』から衛星の遠隔操作で画像を得ている者達のみが、その存

在を知った。

 

 今まで人型の姿をしていた『ゼロ』。彼は元々はただの人間だった。その人間は、人離れした

姿を経て、今では巨大な肉塊へと変貌してしまったのだ。

 

 研究施設はその肉の塊に呑み込まれ、膨大な質量が地底から溢れ出す。その肉の塊は、

驚くべき速度で《青戸市》の方向へと手を伸ばしていった。

《青戸市》から100km離れた地点の上空

 

5:52 A.M.

 

 

 

 

 

 

 

 60年以上もの昔から廃墟と化している街、《青戸市》から、100km離れた地点の上空に、5

隻の巨大な戦艦が姿を現していた。無数の砲台を備えた巨大な戦艦達は、その進路を《青戸

市》の方向へと定め、上空を一定のスピードで航行している。

 

 全ての戦艦には、巨大な『ユリウス帝国軍』のロゴマークが入れられており、戦艦が『ユリウス

帝国軍』所有であるという事は一目瞭然だった。

 

 5隻の戦艦の指揮を取るのは、中央に位置する『リヴァイアサン』で、この戦艦が一番の大き

さを持っている。

 

 しかし今では悪名高い戦艦でもある。公には事故となっているが、この戦艦に備え付けられ

ている高威力原子砲が、『NK』の街と、1000万人にも上る人々の命を奪ったのだから。

 

 だがその高威力原子砲は、この艦隊の全ての戦艦に備え付けられていた。そして、今、その

砲台を向けているのは、誰も住んでいない廃墟の街、《青戸市》。そしてその西側に位置する

郊外地区、《池下地区》だった。

 

「『ビヒモス』、『ダハーカ』。射程内には到達したか?」

 

『リヴァイアサン』の中央管制室で、オペレーターが他の戦艦の報告を待つ。その返事はすぐ

に返ってきた。

 

「こちら『ビヒモス』。高威力原子砲の射程内に到達した」

 

「こちら『ダハーカ』。射程内に到達している。指示を待つ」

 

 2隻の戦艦が《青戸市》を射程内におさめた事で、『ユリウス帝国』籍の5隻の戦艦全てが、

高威力原子砲を射程内におさめていた。

 

「ロックハート将軍。指示を仰ぎます」

 

 『リヴァイアサン』の指令室の奥にいるのは、他の軍人達に比べればかなり小柄な、女の指

揮官だった。

 

「今は待機しなさい。本部からの指示を待つのです。原子砲の発射許可が降りたら、即座に発

射しなさい」

 

 しかし彼女は毅然とした態度で指示を出し、その場にいる誰もより、大きな存在感を示してい

た。

 

「エネルギーチャージは完了しています。出力アベレージは87%」

 

 オペレーターの一人が言った。

 

 『リヴァイアサン』他4機の大型戦艦の指令室には、大型スクリーンが映写されている。そこ

には、高威力原子砲の目標地点の様子が映し出されていた。

 

 今、表示されているのは、もちろん《青戸市》の《池下地区》である。廃墟の街と化している目

標が映し出されていた。それは5機の戦艦共、同じ目標が映し出されている事だろう。

 

 これが、人の住む街だったら、発射する側にとっても大きな抵抗があっただろう。とりあえず、

廃墟を目標とする事で、『リヴァイアサン』他の機に乗っている者達にとっても抵抗は減ってい

た。

 

 だが、ミッシェル・ロックハート将軍は、その場に『ユリウス帝国』の国防長官である、浅香 舞

がいる事を知っていた。

 

 彼女も『SVO』の8人と共に、『ゼロ』との対決に直接赴いてしまった。今、《青戸市》に踏み込

む事がどういう事かも、彼女は良く知っているはずだというのに。

 

 まず、この高威力原子砲の射程内に入っている者は、生きては帰れないだろう。《池下地区》

は、『ゼロ』と共に跡形も無く消失すると見込まれているし、その場にいる者達も同様だ。

 

 つまり、浅香国防長官は、死の決意をして《青戸市》に脚を踏み込んだという事になる。

 

 『ゼロ』を地上へとおびき出す。その任務を与えられたのは、彼女ではなく、『SVO』だという

のに。

 

 『ゼロ』と同じ実験を受けた者としての、奇妙な使命感が、彼女を突き動かしたのだろうか。

 

 彼女には守るべき国があるというのに。

 

「ロックハート将軍! これをご覧下さい!」

 

 一人のオペレーターの声で、ミッシェルはその者のいる場所へと向った。そこには、特異エネ

ルギー波探査装置がセッティングされている。

 

 『ゼロ』はもちろんの事、全ての『力』を探査し、発見する事のできる装置だった。その『力』が

発するエネルギーの程度をも測る事ができる。

 

「たった今、《青戸市》《池下地区》の地下隔離施設の一点から、膨大な『力』が放出され始めま

した」

 

 オペレーターの言葉で、その場にいる者達は反応した。

 

「膨大な…? どの程度ですか…?」

 

 ミッシェルが尋ねると、計器類を操作した後、オペレーターは答える。

 

「我が国の首都を『ゼロ』が攻撃した際と同程度の『力』です。特徴と『力』の性質から見まして

も、この膨大な『力』は『ゼロ』と見るのが妥当でしょう」

 

「そう考えて間違いありませんね…。すぐに本部へと連絡します…」

 

 そうミッシェルが言った時だった。

 

「ロックハート将軍。高威力原子砲は直ちに発射できます。ご命令を!」

 

「待ちなさい! まだ、反応が『ゼロ』であるという、確認が取れただけです」

 

「ですが、これ以上待っていても仕方が無い。直ちに発射しましょう」

 

 と、焦った口調で言ったのは、この機に同乗している副司令官だったが、ミッシェルはすぐさ

ま彼を制止した。

 

「本部からの命令に逆らうつもりですか!? 今、地下深くにいる『ゼロ』を対象に攻撃しても、

完全な威力を発揮する事はできません。待つのです」

 

 だが、副司令官は、『ユリウス帝国』で起こった出来事を鮮明に記憶しているのだろう。正気

ではないようだった。

 

「国防長官があの場にいるからと言って、躊躇している場合ではありません。『ゼロ』が再び致

命的な破壊を行う前に、即座に破壊してしまうのです」

 

 もちろん舞の事はミッシェルも気になっていたし見過ごせない。だからと言って、上からの命

令に逆らうつもりもない。

 

「落ち着きなさい! 今、『ゼロ』がいるのは、無人の廃墟なのですよ。《青戸市》全土に、人が

住んでいる居住地域は有りません! だから、致命的な破壊は起こらない! 待つのです。彼

が地上へと出てくるまで!」

 

「ロックハート将軍!」

 

 再び、特異エネルギー波探査装置に向っているオペレーターが叫んだ。

 

「何です!?」

 

「『ゼロ』が地上方向へと上昇しています。いえ、これは…、対象の形が、おかしい。こんなはず

は…」

 

 意味の分からない事を言っているオペレーターの元へ、ミッシェルは駆けていき、彼と共に、

特異エネルギー波探査装置を見入った。

 

「どうしたのです?」

 

 ミッシェルの覗き込んだエネルギー波探査装置は、一辺が1メートル四方程の正方形で、《池

下地区》の特異エネルギーを示していた。

 

 《青戸市》内には、特異エネルギーはほとんど存在していない。しかし、一点。《池下地区》

に、計器類が、異常な数値を示す程のエネルギーが存在していると示している。探査装置には

《青戸市》の地形図も合わせて表示されているので、その様子が見て取れた。

 

「『ゼロ』の形が、おかしいのです。我々が目標としている、地下隔離施設そのものとして、認識

されています」

 

「どういう事ですか?」

 

 ミッシェルが即座に聞き返した。

 

「地下隔離施設そのものが、『ゼロ』として『力』を放っているのです」

 

 と、オペレーターは答える。

 

「『ゼロ』は、確かに以前この戦艦を、その『力』で乗っ取った事があります。機械類などを自在

に操れてしまうのが、『ゼロ』の特性だと聞いています。だから我々もこうして遠方から攻撃する

しかないのですが…、

 

 『ゼロ』のいる隔離施設は、何十年も前にその活動を停止したはずの施設なのです。それな

のに、その動力か何かを乗っ取ったというのですか…」

 

「ロックハート将軍! 《池下地区》の隔離施設の衛星写真が表示されます! 中央モニターを

ご覧下さい!」

 

 今度はまた別のオペレーターが声を上げた。

 

 次いで、『リヴァイアサン』指令室の中央部の空間に、光で作られたモニターが出現する。そ

れは特異エネルギー波探査装置のように、3次元の空間ではなく、遠くからでも分かりやすい

よう、平面で表示されているモニターだ。

 

 そこに表示された隔離施設の姿に、皆、驚愕の表情を向けた。

 

「な…、何ですか…、あれは…?」

 

 ミッシェルの口から、即座にその言葉が漏れていた。

 

 

 

 

 

 

 

《池下地区 隔離施設》地下通路

 

 

 

 

 

 

 

 地面から手を伸ばすかのように伸び、無数に現れた腕は、地下通路のメンテナンス通路、そ

の足場と一体化している。そればかりではない、無数の青白い腕がそこら中から出現し、太一

達の体を捕えようとしていた。

 

「太一ッ! その腕に脚を掴まれていると…!」

 

 隆文が太一の耳元で言った。彼は怪我をして、太一におぶられているから、足下の腕には捕

まれずに済んでいる。

 

「分かっている…! しかし、逃げ道も無い!」

 

 通路は、先程よりも奇妙な形に変形し出している。無数の腕が通路から突き出してきている

からそう見えるのかもしれない。

 

 だが実際、通路は変形しだしていたのだ。

 

「太一! 太一!」

 

 香奈が、『ゼロ』の腕に囲まれていて、もはやどこにも逃げ場が無い様子だった。例え彼女が

『力』を発揮し、その場にいる『ゼロ』の腕を破壊したとしても、直ぐにまた通路から腕が突き出

してくる。

 

「これは、『ゼロ』がこの隔離施設を乗っ取っているから、こうなるんでしょう?」

 

 絵倫が叫ぶ。彼女は『力』を封じられたままだったから、舞の援護を受ける必要があった。

 

「ええ、そうでしょう! この施設は既に『ゼロ』の支配下にある。私達は、彼の体内にいるも同

然なのでしょう…」

 

 と、舞。彼女は刀を抜き放ち、『ゼロ』の腕を切り落として行く。しかし彼女の『力』をもってして

も、今の『ゼロ』には全く歯が立たなかった。

 

「このままでは、奴に『力』を吸い尽くされて、消化されていくだけだ!とにかく今はこの場を脱

出する事だけを考えろ。そうすれば…」

 

 太一が叫ぶ。

 

「そうすれば、私どもの国の軍が、一斉に『ゼロ』に攻撃をして彼を始末する…、ですか…。私

達は助からないでしょうね…」

 

 舞が答えた。

 

「構わないさ…。だが、今はこの場を脱出する事を考えないと…」

 

 太一は平然とそのように言ってのける。だが今の状況では、他のメンバーがそれを驚いてい

るような暇も無かった。

 

「全力でいきますよ。しっかりと付いて来て下さいね」

 

 舞は刀を振り上げ、その体に光を溜め込むかのように発し始めた。次の瞬間、彼女は刃を

振り下ろし、同時に、幾つもの腕を切断し、脱出方向へと駆け始めた。

 

 舞は、刀を振り下ろし、また即座に振り上げては振り下ろし、次々と『ゼロ』の腕を切断し、更

にはそこにできた道を駆けて行く。

 

 『SVO』の4人も彼女の後を追った。

 

 舞の動きは、高能力者である4人にとっても、目で捉える事はほとんど不可能だった。彼女

の刀が煌き、『ゼロ』の腕が次々と切断されていく。今、『力』を封じられてしまっている絵倫にと

っては、舞の動きは全く見て取る事はできなかっただろう。

 

「良し、いいぜ…。このままなら脱出できるかもしれない!」

 

 と、隆文が言った。しかし、

 

 『ゼロ』の腕が大量に出現している通路の背後から、紫色の閃光が走った。その光は一直線

に舞の方へと伸び、その左脚を貫く。

 

 彼女は呻き、その場でバランスを崩した。

 

 しかもそこにできた隙を狙い、彼女の手から刀を奪い取る『ゼロ』。天井から伸びてきた腕が

舞の手から刀を奪い取ってしまう。

 

 彼女の刀は『ゼロ』によって奪い取られ、天井へと沈み込むかのように消え去った。

 

「しまった!レーザーか!」

 

 隆文は叫ぶ。

 

「いえ、レーザーは私も警戒していました。私が脚を取られたのは別のもののせい…!今、私

の脚は、この通路に沈み込むかのように脚を取られている…!」

 

 舞は後ろから来る4人に向って、こっちに来るなと合図をする。

 

「何?沈み込むかのように、だと?」

 

 太一がそう言葉を発した時だった。

 

 5人のいる地下通路が、異様な変形を始めた。あくまで地下を、円形のチューブとして伸びて

いた通路だったが、それは一気に変形し、まるで肉の塊であるかのように。生物の消化器官

の内部であるかのように変形を始め、5人の足場はぐらついた。

 

 もはや立ってもいられないほどに。

 

「な、何が起こったの!」

 

 絵倫が叫ぶ。

 

「そこら中から『ゼロ』の『力』を感じる…!いえ、この感覚…。まるであたし達が、その『ゼロ』の

中にいるみたい…!あたし…、あたし…!」

 

 そう恐怖に震えた香奈は、自分の脚が、鉄骨の通路にまるで沈み込むかのように沈んで行

っている事を知った。

 

「まずい! このままでは、『ゼロ』に呑み込まれる!」

 

 太一が叫び、彼は香奈の体を引き上げようとした。

 

 しかし、彼の体も、香奈と一緒に沈みこんでいってしまおうとしている。

 

「こ、こりゃあ、一体! 何なんだ!?」

 

 隆文が叫んだ。

 

「お、おそらく、『ゼロ』が、この隔離施設と、完全に一体化したのでしょう…。壁や床や天井か

ら彼の腕が出現した時から警戒すべきでした…。今や、この施設全てが彼です…。私達は彼

の体内にいるんです…」

 

 そう隆文に言った舞の体は、どんどん床、『ゼロ』の体へと吸収されようとしていた。壁や床は

もはや原型を留めておらず、金属製のパイプも床も変形し、紫色に変色を始めていた。

 

 どこからか、『ゼロ』の咆哮が轟く。地下隔離施設だった建物は、あっと言う間に、静物の体

内のような場所へと化していった。

 

「ここは、奴の体内の中に…、なった…、だと…。そんな馬鹿な、事が…」

 

 隆文自身も『ゼロ』の体内に飲み込まれて行く。更に絵倫もだった。

 

「それだけの存在だったって言う事よ…、『ゼロ』は…」

 

 絵倫も隆文も、その言葉を最期に『ゼロ』へと飲み込まれていく。彼らは肉の塊の中へと没し

て行くのだった。

 

 次々に5人は『ゼロ』へと飲み込まれた。今や、彼の体は隔離施設全てと一体化し、巨大な

肉の塊となって、更にその規模を膨れ上がらせていた。


 
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