No.212473

真・恋姫†無双~恋と共に~ #52

一郎太さん

#52

2011-04-19 21:44:59 投稿 / 全9ページ    総閲覧数:17109   閲覧ユーザー数:10288

#52

 

俺や恋たちが洛陽を離れてからしばらくの時が過ぎた。連合は解散してそれぞれの領地へと戻り、各々善政に努めているらしい。俺達がいまいるこの街でも、最近太守や役人の雰囲気が変わったという評判で持ちきりであった。実際に、まだまだ未完成ではあるものの、洛陽の制度を導入しているところが幾つか見られている。また、噂によると、義勇軍であった劉備にも官位が与えられたとのことだ。

 

「ふむ…月ちゃん、いえ、詠ちゃんもなかなかあくどいですねー」

「劉備の件か?」

 

適当に見つけた茶屋で恋が点心を頬張り、香がそれを見て和むなか、俺と風は噂について話す。ちなみに、先の戦の褒賞として、月に加えて空からもたんまりと貰っているので路銀に不安はない。

 

「はい。たまたま徐州の太守が亡くなったというのもありますが、劉備さんのところは凄い人たちが揃ってますからねー。関羽さんに張飛ちゃん、星ちゃんもいますし、軍師には孔明ちゃんに士元ちゃんもいます。徐州の刺史として治めるみたいです」

「そうか………。まぁ、あそこの忠臣ぶりは危険だが、逆にどこかに落ち着いてくれれば、その暴走も少なくなるかもな」

「そですねー。話を聞く限りでは、軍師の2人も関羽さんも張飛ちゃんも劉備さんに心酔しているようですし。おそらく星ちゃんくらいでしょうね、あの面子を諌められるのは」

「趙雲か」

 

俺は連合が洛陽を離れる前夜の事を思いだす。華琳や雪蓮は問題ない。強い精神の持ち主だ。他の諸侯にしても、政的な戦は知っているだろうし、その腹が黒い奴がいることも想像がつく。だが、劉備に限ってはただ大義のみを掲げて連合へと参陣した。その大義とは正反対の現実を突き付けられ、何を思うのか………。

少しだけ不安になった俺は、気配を殺して劉備の陣に侵入し、天幕に近づいたのだ。厚い白布の向こう側から聞こえてくるのは、彼女の啜り泣く声、関羽や孔明たちのおろおろとした声、そして、趙雲の言葉だった。その時聞こえてきた会話を風に話すつもりはない。だが、趙雲の言葉を受けて、何かしら思うところがあったようだ。俺は、彼女の趙雲に対する返事を最後まで聞くことなく、天幕を後にした。

 

「おや、おにーさん、また別の女の子の事を考えていますね?」

「なんでわかるんだよ」

 

気付けば、風がジト目で俺を見ていた。どうして女性はこういった事には敏感なのだろうか。

 

「趙雲の事だよ。彼女のような武人が、戦では一番厄介かな」

「星ちゃんですか?そですねー、星ちゃんは何を考えているかわからないところもありますし」

「そうだな」

 

風の言葉通り、彼女は戦の最中でも飄々としており、どこか楽しんでいる節があった。

 

「………ま、何を考えているのか分からないのは、風も同じだがな」

「風はいつだっておにーさんの事を考えていますよ」

「はいはい」

「むー」

 

だが、そんな人間はうちにも居る。風は、嘘はついていないだろうが、どうせ彼女の事だ。俺の事を考えているといいながら、他の事も同時に思案しているのだろうさ。

 

 

 

 

 

 

拠点 風

 

という訳で風は今、おにーさんと行動を共にしています。恋ちゃんが服を買いたいというので、香ちゃんがついていったのですが………ちくしょうめ。キツくなったのはその胸でしょう、どうせ。

 

「お、本屋があるぞ、風」

「おぉっ、ちょっと入ってみてもいいですか?」

「あぁ」

 

宿の前で2人と別れてぶらぶらとおにーさんと街を探索します。4人全員で行動する事もありますが、いつの間にか、恋ちゃん、風、香ちゃんと順番におにーさんと2人きりで行動する習慣が出来上がっています。………まぁ、風が恋ちゃんに提案して採用されたのですがね。香ちゃんもなんだかんだで喜んでいるようですし、よしとしましょう。風は心が広いのです。

 

「ふむ、街の規模の割には品揃えが豊富ですねー」

「そうだな。目新しいものはあまりないが、1、2冊なら買ってもいいぞ」

「流石おにーさんです。よっ、太っ腹」

「はいはい」

 

こんなやり取りにも慣れました。風はおにーさんがついてくる事を確信しながら先を歩きます。歴史書、兵法、叙事詩と幾つかの種類をざっと見てまわり、風はとある一角で足を止めます。ふふふ、おにーさんも若干動揺しているようですね。

 

「風、なぜここで止まる?」

「それは勿論興味があるからです」

 

おもむろに平積みにしてある書を手に取ります。題名は『愛しの彼を落としちゃえ。いま流行りの房中術』とありますね。房中術に流行り廃りがあるかはわかりませんが、おにーさんをからかう意味でも読んでみましょうか。

 

「………おぉ」

「………」

 

知識としては知っていましたが、この本には図解入りで説明が詳しく載ってます。あんな体位やこんな体位で、女の人の〇〇に男の人の☓☓が#%$&¥ってますねー。おっと、こんな事までするのですか?これはちょっと風には難しいかもしれません。主に大きさ的な意味で。………畜生め。と、風はとある事に気がつきます。ちょっとおにーさんをからかってみましょうか。

 

「おにーさん、おにーさん」

「………どうした?」

 

にゅふふ。狼狽えてますね。まぁ、それも仕方のない事でしょう。なにせ、男女で書店にやって来たかと思うと、女の子が艶本を手に熟読しているのですから。

 

「この図では男の人の☓☓がこんな風になってますが、前におにーさんのをお風呂で見た時は、少し形が違ってました。××の形は人それぞれなのでしょうか?」

 

おっと、店内にいる人の視線が集まります。なんという羞恥心を煽るような眼でしょう。おにーさんは顔を赤くこそしないものの、眼を逸らしながら口を開きます。

 

「あー……それを俺に言えと?」

「風は分からないから聞いているのですよー」

 

稟ちゃんがいない今では香ちゃんをからかって遊ぶのが風の最近のお気に入りですが、おにーさんで遊ぶのも面白いです。後が怖そうですが。

 

「ちなみにその本には書いていないのか?」

「はい。その辺りの説明まではないですねー」

 

おぉっ、おにーさんが頭を抱えてしまいました。周囲の視線はいまだに風たちに集中しています。さて、なんと答えるのでしょうか。

 

 

 

 

 

 

「簡潔に言おう。男のそれは、そういう事をする時には形状が変わるんだ。で、そういう行為に相応しい状態となる」

「まさか本当に答えてくれるとは思いませんでした………」

「にゃろう………」

 

おやおや、怒ってしまいました。でもおにーさんは優しいので、どうせ店を出たら元通りになるのでしょうが。

 

「今度風にも試してくださいね」

「………何とも言えないな」

 

前々から思っていたのですが、おにーさんは初心なのでしょうか。恋ちゃんともそういう睦事はしていないようですし。まさか、香ちゃんが以前言ったように、本当に不能なのでしょうか………。

 

「違ぇよ、コラ」

「おぉっ、口に出ていたようですね。まぁ、人の口に戸は立てられないと言いますしー」

「自分で言ってりゃ世話ないよ、ったく………」

 

ついにそっぽを向かれてしまいました。そろそろやめておきましょう。引き際を弁えないと、丸一日口をきいてくれない事もありますし。

 

「おにーさんは恥ずかしがり屋さんですね」

「風が大胆過ぎるだけだ」

「ふふふ、風は大人の女なのでー」

「………」

 

何故そこで黙るのですか。この不能野郎。

 

「いてっ!蹴るなよ」

「うるさいのです。乙女心を理解しない野郎にはこのくらいの扱いで十分です」

 

そんなやり取りをしながら店を出ます。恋仲と言っていいのかわからない微妙な関係ではありますが、風は忘れてませんよ。汜水関でおにーさんが風にしてくれた事を。

 

「何故そこで悪役っぽい顔になる?」

「にゅふふ、なんでもないのですよー」

 

おにーさんと2人で過ごす時間はいつもこのような感じですが、風はそれで満足なのですよ。もっとも、おにーさんが恋ちゃんに手を出すようになったら考えも変わってきますが。………まぁ、今はこの状態で満足してあげます。

 

「………今は、ですけどね」

「何か言ったか?」

「いえいえ。という訳で、おにーさん、止まってください」

「?」

 

おにーさんを立ち止まらせて、風はその背によじ登ります。恋ちゃんや香ちゃんは背も風より高いので、これは風にしか出来ない特権なのです。

 

「どうしたんだ?」

「人肌が恋しくなる時もあるのです」

「いつも一緒に寝てるくせに」

「それは言わないお約束でー」

 

口ではぶつぶつ言いながらも、おにーさんは風を下ろすような事は絶対にしません。そんな優しい人だから、風は好きになったのです。

 

 

 

 

 

 

拠点 香

 

という訳で、今日は私の番です。先日は恋さんの服を仕立て直しに服屋に行ったのですが、服を直して欲しいといきなり脱ぎだした恋さんを止めるのは一苦労でした。でも、やっぱり私より大きかった。分かってはいたけど………畜生め。店主が女性だった事が唯一の救いでしたね。

 

「で、香はどこに行きたい?」

「えぇと…考えてないです」

 

今日は恋さんと風ちゃんで、街で美味しいと評判の茶屋に行かれました。私も行きたかった事は行きたかったのですが、それでも一刀さんと過ごせる時間の方が比重は大きいので仕方がありません。その権利を放棄すれば、また私の番が来るまでしばらく空いてしまいます。この機会を逃してなるものか。

 

「何もなければ俺と修行になるが、いいのか?」

「えぇと、えぇと、それはちょっと………」

 

はい、それはご勘弁願いたいですね。今みたいに街に滞在している時は別として、野宿の時は毎晩稽古をつけられているのですから、こうして2人きりの時くらいはゆっくり過ごしたいです。

 

「ほらほら、早く決めないと街の外まで引っ張っていくぞ?」

「えぇと、えぇと………」

 

でも、こんな風に私を虐めている時の一刀さんは本当に楽しそうです。このさでぃすとめ。あぁ、『さでぃすと』という言葉は風ちゃんから教わりました。どうも、天の国では加虐嗜好者の事をそう呼ぶとか。なかなかしっくりきますね。そりゃぁ、閨の中でならいくらでも虐めて欲しいですけど………。

 

「誰がサディストだ」

「あいだっ!?」

 

うぅ……どうやら思っていた事を口に出してしまっていたようです。おでこを弾かれてしまいました。風ちゃんもよく一刀さんをからかう言葉を口に出して怒られてますが、あれは絶対わざとですね。風ちゃんもまぞひすとの気質がありますから。いや、半々といったところでしょうか。あぁ、この『まぞひすと』というのも風ちゃんから教わった天の言葉です。虐められるのが好きな人を形容する言葉だそうです。なるほど、音の響きを考えると、『さでぃすと』と対になっている事がわかります。天の国の言葉は面白いですね。

 

「香がマゾなのは置いておくとして」

「えぇと、またですか!?」

 

また思考が口から洩れていたみたいです。うぅ、どうしてこう、私は…うぅ………。

 

「まぁ、お前はそういう馬鹿なところが可愛いんだがな」

「………え?」

 

いま、一刀さんなんて言ったんですか?私の耳が確かなら、可愛いって………。

 

「で、どこに行く?市でもいいし、適当に店に入って飲茶でもいいぞ?それとも風みたいに本屋に………いや、本屋はやめておこう。さっさと決めないと本当に修行にするぞ?」

 

くっ、先手を打たれてしまいました。仕方がないです。また言ってくれるのを待ちましょう。それより、本当に修行になりそうだから早く決めないと。

 

「決めなくていいのか?本当に修行でいいのか?」

「えぇと、えぇと!」

 

えぇと、ヤバいです。この楽しそうな顔がまた怖いです。早く決めないと―――。

 

「えぇと………じゃ、じゃぁ、あれで!」

「………いいのか?」

「………?」

「『アレ』でいいんだな?」

「いいですけど………って、えぇっ!?」

 

慌てて私が指を差したのは、一軒の食事処でした。それは問題ありません。重要なのはそこに立ててあるノボリ。

 

『特大炒飯!食べきったら御代はいりません!(ただし、食べられなかった場合は通常料金の10倍頂きます)』

 

どうしよう。御代が10倍という事は、単純に考えて量も10倍です。私も武人ですからそれなりに食べる方ですが、流石に10人前は無理です。しかも炒飯だけ………。でも、一度言った手前………あぁ、でもでも、一刀さんの前で恥を晒す訳には………。

 

「また思考が漏れてるぞ?どうするんだ、普通の店に変えても構わないが」

「そのニヤニヤ顔が怖いです………いいです、行きましょう!私も武人の端くれですから、二言はありません!」

「言ったな?」

「うぅ…二言はありません!」

「その台詞、二言目だぞ」

「はぅあぁっ!?」

 

やっぱりさでぃすとです、一刀さんは。

 

 

 

 

 

 

「へい、らっしゃい!」

「特大炒飯一つと、叉焼麺一つ」

「………」

「おっ!あんちゃん挑戦するのかい?いいねぇ、その心意気は感心だぜ!」

「………」

 

お店の中は、お昼時という事もあり、賑わっています。せめてもの救いは、ほぼ満席のこの店内が味を保証してくれていることでしょうか………。店主が注文を受けてそのまま厨房に戻ります。

 

「いいのか?本当にいいのか?」

「………イジワル」

「ちなみに、採譜で代金を確認したが、普通の炒飯の10倍を払えるほどの金は持ってないぞ?残したら皿洗いでもして払え」

「………鬼」

「武人に二言はないんだよな?」

「………ありません」

「それで3回目だがな」

「………」

 

あれ、眼から水が溢れてきます。うぅ…故郷のお母さん。香はここで朽ち果てるかもしれません。魂だけでも帰りますから、お許しください。

そんな事を考えているうちに、私達の前に皿がどかっ、と置かれます。私の前に叉焼麺、一刀さんの前に特大炒飯。そうですよね、普通に考えて私が挑戦するなんて思いませんよね。そんな常識を持ち合わせた店主はすでに厨房に戻っていましたが、その背に向けて感謝の念を飛ばしつつ、箸を取ろうとしたところで目の前のラーメンが消えました。

 

「はい、お前はこっちな」

「………うっ」

 

そして代わりに置かれる特大炒飯。その山は10人前を明らかに超えています。そうですよね。多く材料を仕入れれば、それだけ仕入れ値も安くなりますもんね。だったら値段は10倍でも量を増やすことは出来ますよね。

 

「いただきまーす」

「………」

 

一刀さんはさっさと箸を手に取りラーメンを啜ってます。畜生、美味しそうな匂いをさせやがって。………愚痴っても仕方がありません。私もこれを消費せねば、皿洗いとして置いて行かれそうです。諦めてレンゲを持ち、一口分すくって口に運ぶと、なかなかどうして、その量を忘れてしまうくらいに美味しいではないですか。これならなんとかなるかも………。

 

そう思っていた時期が私にもありました、はい。

 

「………うぷ」

「ほら、まだ半分も終わってないぞ?」

 

私の目の前には、いまだ高々と山を作る炒飯。3割くらいは食べましたが、もうお腹がはち切れそうです。無理…もう無理………これ以上入れたら口からいけないものが出てきそうです。それだけは、女として回避せねばならない。

 

「皿洗いするか?安心しろよ、俺たちは待っててやるから―――」

「………」

「次の街でな」

 

ムカつく。本当にムカつく。絶対楽しんでやがる。というか、物凄いニヤついてる。今のこの怒りなら、一刀さんでも倒せそうなくらいに腹が立つ。でも、その前に口から女の子として出してはいけない物が出て来そうでそれすら出来ません。

あぁ…視界が涙で滲んできました。今は亡きお父さん、香は炒飯と一緒に口から魂をそちらへ飛ばします。どうか、優しく受け止めてください。

 

「もぅ…無理、です………」

 

なんとかそれだけ口にすると、私は崩れ落ちました。いや、正確には崩れ落ちそうになりました。卓に突っ伏しそうになる私を受け止める腕。………そう、何だかんだ言って、一刀さんは私を助けてくれる人だ。私はその優しさに満ち足りて、意識を落と――――――

 

 

「寝たら腹を殴るぞ」

 

――――――す事はできませんでした。

 

「冗談だ。ほら、レンゲを寄越せ」

「………え?」

 

顔を上げれば、私の目の前には空になったラーメンの器が、そして一刀さんの前にいまだ山と残る炒飯が。茫然とする私の手からレンゲを抜き取ると、一刀さんは炒飯を口に運びます。

 

「ラーメンも美味かったが、炒飯もいけるな。冷めても美味いとは、恐れ入る」

「………か、かじゅ、かじゅとさぁぁん」

「そんな情けない声出すな。店主は最初に来たきりこっちは見てないからバレないさ」

「ありがろうごじゃいましゅぅ………」

 

涙でぐしゃぐしゃな私に苦笑しながらも、一刀さんはどんどんとその山を減らしていきます。恋さんも凄いですが、一刀さんも結構食べる人なんですね。と、一刀さんの手が止まります。山は最初の2割くらい(それでも何人前だろう?)ですが、やはり限界なのでしょうか?

 

そんな風に思った時もありました、はい。

 

 

 

 

 

 

「おやっさん!麻婆豆腐を……んー、3人前追加で!」

「あいよっ!」

「………え?」

 

在ろうことか、彼は追加注文をしたのです。

 

「流石に炒飯だけだと飽きるからな。味に変化が欲しい」

 

だからと言って、麻婆豆腐を注文するとは思いませんでした。それも3人前も………。

 

「お待ちっ!」

「お、こいつも美味そうだ」

 

一刀さんは店主から―――これまた美味しそうだけど、量のが3人分の―――皿を受け取り、それを傾けて炒飯にかけていきます。私の胃袋は限界なのに、その見た目はなかなか食欲をそそります。………いえ、そそられませんが。でも今度試してみましょう。

 

「さて、それじゃぁ片づけますか」

「………」

 

結局一刀さんは大して時間もかけずに、麻婆炒飯を胃袋に納めていきました。恋さんの胃袋も規格外ですが、一刀さんも凄すぎです。

 

「さて、腹も膨れたし、行くか」

 

代金を払って店を出ます。私は往来のど真ん中にも関わらず、一刀さんに抱き着いてしまいました。

 

「一刀さぁん、ありが、ありがとうごじゃいましゅ………」

「ほら、泣くな」

「でも、でもぉ………」

 

一刀さんはやっぱり優しい人です。こんな私でも、優しく頭を撫でてくれるのだから。

 

「これから修行だから、泣いてる暇なんかないぞ?」

「………………………………………………………………………………………え?」

 

 

 

………………………え?

 

 

 

「武人に二言はない。言った事を実行できないのは修行が足りないからだ。有言実行できるようにしっかり鍛えてやるから安心しろ」

「いや……いや………………」

「ほら、さっさと行くぞ」

「――――――いぃやぁぁあああぁぁあああああっ!!!」

 

やっぱりさでぃすとだ、一刀さんは。陽が暮れるまで修行に明け暮れ、それでもなんとか女の子としての尊厳を守り抜いた私は、崩れ落ちながらそんな事を思うのでした。

 

 

 

 

 

 

拠点 恋

 

というわけで、恋はいま、一刀と街を歩いている。旅の時はみんな一緒だけど、大きめの街に着くと、たまにこうして別々に遊んだりする。一昨日は、香と一緒に服屋に行った。

 

「それでは仕立て直しますので、出来上がるまではこちらの服を羽織っていてください」

「ん……(ごそごそ)」

「うわぁ!?恋さん、ここで脱いじゃいけません!せめて試着室でー!」

「………?………ん」

 

お店の人が着替えて、って言ったのに、香に止められた。なんでだろう………あ、思い出した。一刀が前に、人前で服を脱いではいけません、って言ってた。あの時の一刀は、顔が赤くてかわいい。

宿で一刀たちを待っていると、一刀が風をおんぶして戻ってきた。うらやましいけど、恋は風よりちょっとだけ大きいからできない。………うらやましい。

 

昨日は、風と一緒にご飯を食べに行った。肉まんと胡麻団子とラーメンと麻婆と杏仁豆腐と炒飯食べたら、風がもうお金ない、って言って、おしまいになった。………まだ半分なのに。

夕方に一刀たちと別のお店に行った。特大炒飯を食べたらタダだったから、5回くらいお代わりしたら、お店の人が泣きながら勘弁してください、って言ってきた。まだ八分目だったのに、残念。あと、なんでか知らないけど、香は口を手でおさえて何も食べなかった。お腹が空いたら悲しいのに、大丈夫なのかな。

 

「香…これ………」

「………えぇと、これは?」

「香、晩御飯食べてなかった。お腹すいたら、哀しくなる。だから食べる」

「えぇと………」

「………嫌いだった?」

「そんな事ないです!いただきます………うぅ」

 

宿に戻っておやつに買った胡麻団子あげたら、泣きながら食べてた。やっぱりお腹がすいてたんだと思う。よかった。

 

で、今日は一刀と一緒。風と遊ぶのも、香と遊ぶのも楽しいけど、やっぱり一刀と一緒が一番うれしい。だって、恋はせいしつ?だから。意味はわかんないけど、風がいつも言ってるから、恋も使うことにした。恋は、一刀のせいしつ………にやり。これは風から教えてもらった。恋は一刀のせいしつ、って言う時に、これも一緒に言うといい、って言われたから、やってみた………にやり。

 

「さて、それじゃぁどこに行こうか?」

「………どこでも。一刀と一緒だったら、どこでもいい」

「ありがとな。俺も恋と一緒ならどこでもいいぞ」

 

一刀は優しい。いつでも優しくしてくれる。だから、恋も一刀に何かしてあげたいけど………。

 

 

 

 

 

 

「こんな場所あったのか」

「ん……昨日、風と遊んでて見つけた」

「という事は昼寝してたんだな?」

「ご飯食べて、おこづかいがなくなったから、ここでお昼寝してた」

「そっか」

 

いま恋たちがいるのは、街のはずれにある木とか草とか生えてるところ。お日さまもあたってて、あったか。昨日はここでお昼寝をした。でも、昨日は風とだったから、今日は一刀と。

 

「じゃぁ、昼寝でもするか?」

「ん……」

 

一刀に返事して、恋は座る。一刀も隣に座る。くっつくと、暖かい。

 

「………一刀」

「どうした?」

「………こっち」

 

恋は、恋の脚をぽんぽんする。

 

「………恋?」

 

一刀は恋の考えてる事なんでもわかるから、これだけで分かってくれるのは知ってる。だから、恋も何も言わないで、恋の脚を叩く。

 

「………おじゃまします」

「ん…」

 

少しだけ自分のほっぺを指でかくと、一刀はごろんと横になって、恋の脚に頭を乗せてくれる。

 

「いつもと逆だな」

「ん…」

 

そう。いつもと逆。いつもは一刀が膝枕をしてくれて、恋が一刀を見上げてる。一刀はいつも恋の頭をずっと撫でてくれるから、一刀の膝枕は大好き。

 

「なんか変な感じだよ」

「ん…」

 

そう、変な感じ。一刀が恋より下にいる。………頭を撫でてみた。

 

「ははっ、気持ちいいな」

「ん…」

 

なんだろう。一刀の頭を撫でて、一刀が笑うと、恋の胸の奥が暖かくなった。

 

「今日は…いつものお礼………」

「お礼?」

「ん…いつも、一刀にはお世話になってる………」

「そっか、ありがとな」

「お礼を言うのは、恋の方……」

「それでもだよ」

「………ん」

 

恋が頭を撫でていると、一刀も手を伸ばして、寝ころんだまま恋の頭を撫でてくれる。やっぱり一刀の手は気持ちいい。

 

 

 

 

 

 

お日さまがぽかぽかとあったかい。恋は座って、一刀は寝ころんでいる。恋が一刀の頭を撫でて、一刀は恋の頭を撫でる。恋の手も頭も気持ちいい。しばらくそうしていると、一刀が目を閉じた。

 

「………寝る?」

「少しだけ、寝させてもらうよ」

「ん…恋が見てるから、一刀は寝る………」

「あぁ………」

 

すぐに、一刀は寝てしまう。恋は知ってる。みんなと寝るときは、一刀は本当は寝ていない。ううん、寝てるんだけど、寝てない。何かがあってもいいように、半分起きてる。でも、いまは違う。いつもの一刀の寝ているのと違うのはわかる。ちょっと嬉しい。風も香も知らない一刀………。

 

「………一刀」

「………」

 

やっぱり寝てる。嬉しい。恋も寝たいけど、でも本当に寝てる一刀は久しぶりだから、少しだけ見ていたい。

 

「一刀…」

 

恋は、布が巻かれた一刀の目を触る。少し動いた気がする。でも起きてない。秋蘭の矢が当たった、って言ってた。一刀が怪我をしたのは悲しいけど、でも、一刀が誰も斬らなかった、って聞いたら、それよりも嬉しくなったのを覚えている。

 

「………一刀」

 

怪我をしていない方の目を見る。髪が邪魔だったから、少し髪をずらしてみた。一刀の目は不思議。見てるとほんわかしてくる。

 

「………かず、と」

 

一刀の口。時々、ちゅーしてくれる。一刀とちゅーすると、恋はとても幸せになる。お腹いっぱい食べたのとは、違う幸せ。胸が暖かくなる。………一刀のくち。

 

「………………」

 

恋は背中を丸める。一刀は起きない。

 

「………かずと」

 

一刀のくちに、恋のくちを触れさせる。

 

「―――――――――」

 

……凄く…すごく幸せ。今までで……一番幸せかもしれない………。

 

「………もっかい」

 

………やっぱり。なんでかわからない。でも、凄く幸せ。

 

「もっと………」

 

恋は、一刀が起きるまで、数えられないくらい唇を重ねていた………

 

 

 


 
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