No.212257

バカとテストと召喚獣 康太と愛子とアルバイト募集の張り紙

そらのおとしもの毎回hotにして頂きありがとうございます。
そしてhot状態なのに1時間辺りの閲覧数が平均で1に満たないことに逆に申し訳なく感じています。
さて今回は、バカテスでpixivからの転載作のムッツリーニと愛子ものです。
pixiv型に特化しているので普段とはちょっと違う作品ですが、【バレンタインの特製ショコラチョコレート】から【エイプリルフールと最強の敵封じ込め作戦】辺りと合わせて読むとムッツリーニと愛子の悲哀がよくわかります。

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2011-04-18 02:12:34 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:9946   閲覧ユーザー数:9350

康太と愛子とアルバイト募集の張り紙

 

 もうすぐ春が訪れようかという日曜日の午後。

 土屋康太が商店街を歩いていると1人の少女がコンビニエンスストアの窓に熱心に張り付いているのが見えた。

 文月学園の制服を着たショートカットの少女に康太はよく見覚えがあった。

「…………何をしている?」

 康太に突然声を掛けられて少女は飛び上がって驚いた。

「何だぁ、ムッツリーニくんかぁ」

 そして少女は康太を見ながら大きく安堵の息を吐いた。

「…………そんなに驚くような声の掛け方はしていないぞ、工藤愛子」

 声を掛けた少女、工藤愛子に大げさに驚かれて康太は少し気分が憂鬱になっていた。

「ごめんごめん。ちょっと考え事をしていたものだからねぇ。で、何の話だっけ?」

 愛子は康太がよく知るとても明るい人懐っこい表情に戻っていた。最初に見掛けた時の熱心で、それでいてどこか苦しそうな瞳が嘘のように。

「…………いや、だからここで何をしているのかと」

 康太は愛子から視線を外しながら尋ねる。愛子の明るい顔を見ているのが今日に限っては何故か辛かった。

「何をって……水泳部の部活の帰りにコンビニに立ち寄った所だよ。はは~ん。さてはムッツリーニくん、ボクのスク水姿に興味があるんでしょう?」

 言いながら愛子はニンマリと目を丸くして水着が入った袋を康太に押し付けてきた。

「…………お前の水着姿なんか、興味ない」

 康太は鼻から大量の血を噴き出している。

「水着の袋を見せただけでこの反応。ムッツリーニくんは本当にエッチだよね♪ あはは」

 愛子は実に楽しそうに笑った。

「…………俺はエロじゃない」

 愛子にバカにされたことが悔しくて必死に否定してみるものの愛子は全く取り合わない。

「ムッツリーニくんが今度デートに連れて行ってくれるなら、ボクの水着姿見せてあげても良いよ♪」

「…………俺はお前になんか興味ない」

 必死に首を横に振る康太。

 そんな康太を見て愛子は唇を尖らせた。

「そんなに強く否定しなくても良いのに。そりゃあボクは瑞希ちゃんみたいに胸が大きくもないし、美波ちゃんみたいに手足がスラッと伸びてもいないけどさ……」

「…………???」

 康太には何故愛子が拗ねているのかよくわからなかった。

 ただ、場の空気が重いものに変わってしまったことはわかった。だから康太なりに雰囲気を柔らかいものにする必要性は感じ、別の話題を振ってみることにする。

「俺は印画紙と薬品を買いに商店街に来た」

 康太は右手に持っている紙袋を掲げて見せた。

「印画紙? ああ、ムッツリ商会の写真の現像用になんだね」

「…………そうだ」

 ムッツリ商会で取引されている写真は、その大概が被写体本人に無許可で撮影された盗撮ものばかり。しかも下着姿を含むかなりきわどい写真が多く存在する為に現像は康太自身が行っている。だから印画紙はムッツリ商会を支える生命線でもあった。

「ねえ?」

「…………何だ?」

「ボクの写真って人気あるの? こう、ボクのエッチな写真とかって結構売れているの?」

 愛子は康太の顔を覗き込みながら意地の悪い笑みを浮かべている。

 康太は少しだけ返答に困った。

「…………あまり売れてはいない」

 結局正直に答えることにした。

「なんだ。ボクって自分が思っているよりも男子から人気がないのかなぁ?」

 愛子はイジけた表情で地面を蹴る仕草をした。

「…………それは、その」

「いいよ。無理に慰めてくれなくても。あ~あ、でもちょっとガッカリだなぁ」

 愛子の写真がムッツリ商会の中で取り立てて人気がないのは事実だった。

 しかし、この話には愛子には話していない裏事情があった。

 ムッツリ商会では夏ごろを境に工藤愛子関連の出品が極端に減っていた。そして出品された商品も、多人数で写っていたり、愛子が小さくしか写っていなかったり、可愛らしさや色気を感じさせるような写真とは程遠かったりとニーズに合わないものばかりとなっていた。その為にムッツリ商会の顧客層は他の少女の写真を求めるようになっていった。

 康太自身、何故そのような事態になっているのか自分でもよく理解できないでいた。

 自己分析としては、愛子は盗撮を感知する能力に優れており客が喜びそうな良い写真を撮るのが難しいからだとしている。

 しかし、愛子のガードが幾ら固いといっても、人気が出そうな愛らしい笑顔を激写した写真データは何枚も持っている。

 だがそれらの写真が市場に出回ることはない。康太のパソコンフォルダの中にだけ存在し、康太だけがそれを眺めることができる。

 その理由を康太は自分に上手く説明することができなかった。

「…………別に工藤は複数の男から人気を得る必要はない」

 普段以上にぶっきらぼうな物言い。

「へえ~。ムッツリーニくんはボクが他の男の子から人気がない方が良いんだぁ。なるほどねぇ」

 康太を見ながらニヤニヤと笑う愛子。

「…………ちっ、違う」

 必死に首を横に振る康太。

「うんうん。モテる女はつらいなぁ♪」

 愛子はいつの間にか機嫌が直っていた。

 

 

「…………それで、工藤は一体コンビニの何をそんなに熱心に見ていた?」

 康太は再び話題を変えた。

 これ以上先ほどの話題を続けているのにシャイな精神が耐えられそうになかった。

「あれだよ」

 愛子が指を差した先には1枚の張り紙。

「…………アルバイト募集のお知らせ?」

 どこのコンビニでも張り出していそうなアルバイト募集の知らせだった。

 紙には自給、勤務時間に加えて高校生可などの文字が見えた。

「…………何か欲しいものでもあるのか?」

 康太には愛子とアルバイトがどうも頭の中で結びついて来なかった。

 愛子はエロトークに走りすぎる傾向があるものの、愛想がよく人受けも良いので接客業に向いていることはわかっている。アルバイトもきっと上手く行くに違いない。

 けれど、一方で康太には愛子がアルバイトしてまで何かを欲しがるような性格にも思えなかった。また康太が知る限り、愛子が服やアクセサリーや化粧品、小物などに大金を費やしているという話は聞いたことがなかった。

「欲しいもの……ねえ」

 愛子は腕を組んで考え込む仕草を取り、目を瞑った。

 それから10秒ほどして目を開いて康太を見た。

「欲しいものは……幸せ、かな?」

 愛子は康太の顔をジッと見ている。

「ムッツリ商会の若き経営者であるムッツリーニくんが、ボクをお嫁にもらってくれればアルバイトは必要ないかな?」

 愛子は顔を近づけて康太の瞳を覗き込む。

「ねえ、お嫁にもらってくれる?」

 後5cmも近づけばキスできてしまいそうな近さ。しかも愛子の瞳は潤んでいるように見える。

「…………かっ、からかうな」

 康太は慌てて視線を外した。愛子の瞳に耐えられなかった。

「ちぇっ、残念だなあ。セレブになり損ねたよ」

 愛子は康太から離れながら頬を膨らませた。

「…………お、お、俺は生涯結婚する意思なんかない」

 康太の心臓はいつ破裂してしまうのかわからないほどに大きく激しく速く鼓動していた。

「………………………………からかってなんて、いないんだけどね」

 胸の動悸を鎮めるのに必死な康太に愛子の呟きは聞こえない。

「そうそう。何でボクがコンビニでバイトしたがっているのかって話だったよね?」

 愛子の声の雰囲気が変わった。普段の愛嬌はなりを潜め、淡々とした声が康太の耳に届いた。

「ボクがバイトを探している理由は……生活費の為、かな」

 サバサバした愛子の声を聞いて、康太は激しかった動悸が一気に治まっていくのを感じた。

 

 

 

「ボクの家の経済状態はかなり厳しくてね。簡単に言うとすごく貧乏。それでやっぱりアルバイトぐらいはして家計を助けたいなとボクとしては思ったりしてるんだ」

 愛子は自分の家庭の込み入った事情をどこか他人事のように突き放して話していた。

 初めて聞かされる工藤家の経済事情に康太は戸惑うだけで何も言えない。

「お父さんも昔はね、設計事務所の社長として結構羽振りの良い生活をしていたんだ。だけど、この長引く不況には勝てなくてね」

 愛子は大きく息を吐いた。

 その息にどんな意味があるのか康太にもわかったが確認することはできなかった。

「だからボクも昔は深窓の令嬢とまではいかなくても、社長令嬢として結構なお嬢様だったんだよ」

 愛子は顔を見上げた。商店街にはアーケードが掛かっており空を眺めることはできない。けれども愛子はアーケードの白い屋根のその先を見ている様に康太には思えた。

「ユリアン女学院って知ってる?」

「…………勿論知ってる」

 ユリアン女学院は政界・経済界の令嬢が多数通うお嬢様学校として有名なミッション系スクール。康太もユリアン女学院生徒の写真が欲しいと何度も依頼されたことがあった。

「ボクね、そのユリアンに幼等部からずっと在籍していたんだよ」

「…………そうか」

 返事はしてみるものの、康太の中では明るく奔放な愛子と清らかで厳かなユリアンがどうしても結びついてくれない。

「あっ! その顔は疑っているでしょ? ボク、こう見えてもユリアン在籍時は髪も伸ばして、口調も今と違って上品でおしとやかなお嬢様をしていたんだからね!」

「…………ちょっと、想像できない」

 愛子は頬を膨らませたかと思うと、急に佇まいを正した。そして、普段の人懐っこい表情の愛子からは想像できない綺麗で上品な流し目をしながら

「ごきげんよう、康太さま」

 落ち着いた優雅な声でそう述べた。

「…………???」

 愛子のその声を聞いて康太は金縛りに遭ったかのように動けなくなった。

 愛子がまるで別人みたいに思えた。

 どこかの国のお姫様に突然声を掛けられたような幻聴を聞いた心地だった。

 愛子の頭に王冠が載っていたかのような錯覚をおぼえた心境だった。

「あっはっはっはは。ムッツリーニくん、固まっちゃって可愛いっ♪」

 お腹を抱えて笑う愛子を見て康太はようやく元の世界に戻って来た。

「…………笑うな」

 一言、ぶっきらぼうに愛子にそう言い返すのが精一杯だった。

 

「それで、幼稚園からずっと女の園で育ってきた私……ボクなんだけど」

 愛子はごく自然に“私”という言葉を使い、慌てて“ボク”に言い直した。

「まあ、経済的な事情があって高校1年の1学期が終わった時点でユリアンをやめることになったんだ」

 愛子はまた頭上を見上げた。そんな愛子を康太はジッと見ていた。

「でさ、ボクも子供ながらに思った訳なんだよね。働いて家族を助けようってね。お父さんもお母さんもボクがユリアンをやめなくちゃいけなくなったことを謝るばっかりで家に居るのがいたたまれないってのもあったんだけどね」

 まったく、親ばかで困っちゃうよねと愛子は苦笑した。

 そんな愛子を康太は視線を逸らさずに見ている。

「それでハローワークに通ったり、就職情報サイトにアクセスしたり色々してみたんだけど……この不景気に高校中退でしかも何の資格も技術もない女の子を雇ってくれる会社がある訳もなくてさ」

 ボク世の中舐めてたよと愛子はまた苦笑した。

「それで、アルバイトから始めようって思ったのだけど、今度はそれも立て続けに落ちちゃってさ。考えてみれば、ボク、その時までほとんどお父さん以外の男の人と話したことがなかったんだよね。女の人もユリアンの友達、つまりお嬢様ばっかりでさ。アルバイトで求められるようなコミュニケーション能力がまるでなかったんだよね」

 愛子は大きな声を出して笑った。康太には口出しできない愛子の独白。

「で、ボクは考えたんだ。働く為にもまず自分が変わらなくちゃねって。それで、長かった髪もバッサリ切って、フランクなコミュニケーションが取れるように一生懸命努力したんだよ。その結果が今のボク、かな?」

「…………フランクなコミュニケーションってそのエロトークがか?」

 康太は初めて愛子の独白に口を挟んだ。

「うん。そうだよ。ちょっとエッチな話は人と打ち解けるには最適だって立ち読みしてた週刊誌に載っててなるほどねって思ったし」

「…………その雑誌の出版社、訴えてやる」

 エロの代名詞となっている康太から見ても愛子の性の話はあまりにもオープン過ぎる。あれでは、普通の人間なら却って引いてしまう。明らかに見当違いなアドバイス。

 しかし、愛子のエロトーク起源が元お嬢様の間違ったコミュニケーション理解なのだと知って康太は内心少し楽しくなった。

「あっ、でも、エッチなことはコミュニケーション用に知識を会得しただけで、本当に実践したことは1回もないから。だから安心してね」

 愛子は焦ったように手を左右に振りながら話を付け足した。

「…………何故、俺が安心する???」

 康太には愛子の言葉の意味がわからない。

「いずれムッツリーニくんにはそれを確かめてもらう関係になってもらうんだから」

 愛子が急に顔を真っ赤に染めた。

「…………???」

 康太は首を傾げるばかり。愛子の発言と態度は謎に満ちていた。

 

「話を戻すと、ボクが自分改造を行ってフリーター生活に入る準備をしていたらお母さんが見つけてきたのが文月学園の編入案内だったんだ」

 愛子は自分の制服を引っ張ってみせた。

「ボクは当初高校に入り直すつもりは全然なかったのだけど、両親が強く勧めてさ。文月学園は特待生待遇で入れば学費、その他の施設使用費などがみんなタダだし、2年生のクラス分けでA組に入れればホテルみたいな快適な環境で勉強できるってね。で、結局断り切れなくて文月学園の編入試験を受けることになったんだ」

 でも編入試験を受ける前の1ヶ月間は必死に勉強したんだよと愛子は照れながら付け足した。

「それで、特待生の資格で何とか編入試験に合格して入学することになったんだ。でもね、特待生で居続ける為には2年以上はA組所属で、しかもその中でも成績優秀じゃないといけない。だから勉強尽けの生活に突入してバイトする余裕がなくなっちゃったんだ。家計を助ける為にフリーターになろうと決めたのに何か本末転倒だよね」

 愛子はアハハと声を上げて笑った。

 だが康太には愛子のその笑みは少しも楽しそうなものには見えなかった。

「お嬢様学校のユリアンと男女共学の文月学園じゃ学校の雰囲気も全然違くってさ。生活面でも最初は適用するのが物凄く大変だったんだ」

 最初は同じ教室に男子がいるのが不思議でならなかったんだよと愛子は感想を述べた。

「で、以前のお嬢様っぽい振る舞いじゃ文月学園に馴染むのは大変そうだなと思ったから選択したのが……」

「…………エロオヤジキャラだったと」

 康太はようやく合点がいった。何故愛子がこんなにも開けっぴろげに下ネタトークを連発する少女になったのかと。彼女なりの文月学園への必死の適応だったのだと。

 明らかに方向性が間違っているとも思ったが、それは口に出さなかった。

「エロオヤジは酷いよぉ。ボクはフランクなコミュニケーションを行えるように必死に自分を変えて、今じゃごく自然にエッチな話ができるようにまでなったんだから」

「…………努力の方向が間違っている」

 つい、言ってしまった。

「努力の方向が間違っているなんて酷いよぉっ! だったらムッツリーニくんはボクが昔のお嬢様モードの方が良かったと言うの?」

 愛子はニヤッと笑った。

「康太さまは私が慎ましい女性でいる方がお好みですか?」

 そして放たれるお嬢様口調攻撃。

 普段と違う愛子の口調を聞かされて康太は激しく首を横に振った。

「…………俺が、悪かった」

「突然謝罪などなされて、どうなさったのですか康太さま?」

 お嬢様スマイルを浮かべたままの愛子の追撃が康太を襲う。

「…………いつもの口調でないと、俺の調子が狂う。だからやめてくれ」

 康太は全面降伏に頭を下げるしかなかった。

「へっへ~ん。これでボクのフランクコミュニケーションの威力を思い知ったでしょ?」

「…………ああ、思い知らされた」

 康太の心臓は激しく波打っていた。

 康太は元々女性と話すのが極度に苦手だった。砕けた調子で接してくる愛子だからこそ喋っていられたものの、その愛子が深窓の令嬢モードになってしまったのではとても会話などできなくなってしまう。

「ムッツリーニくんはお嬢様に弱いんだぁ。これはいざ決戦という時には強力な武器として使えるよね? やったぁ」

 よくは理解できないが1人で喜んでいる愛子を見ていると康太は不安になる。

「…………工藤、お前は一体何を企んでいる?」

「べっつにぃ。ムッツリーニくんにとって悪い話にはならないことだよ」

「…………信用できるか」

「ムッツリーニくんのボクに対する信頼って、何かいまいち薄いよね。あ~あ」

 愛子は大げさに溜め息を吐きながら落胆する。

「でも瑞希ちゃんも美波ちゃんも吉井くんに夢中だし、代表は坂本くんに夢中。ムッツリーニくんに近しい女の子の中でライバルはいないよね。後は、ムッツリーニくんが年上のお姉さんたちから大人気という点だけれど、それはボクが気を付けてれば何とか……」

 そして1人で盛り上がり直している愛子を見て康太はますます首を傾げるしかない。

「…………さっきからお前は何を言っている?」

「それがわかるようになるのが、ムッツリーニくんの男の子としての課題だと思うよ」

「…………???」

 康太は目を丸くするばかりだった。

 

 

 

「脱線してばかりだけど話を戻すと、文月学園に通うようになってから1年が経ち、生活にも慣れて勉強にもゆとりを持って取り組めるようになった。だからそろそろアルバイトでも始めようかなと思ってたんだ」

 愛子は再びアルバイト募集の張り紙を見た。

「…………アルバイトを始めたら受験はどうなる? 工藤ならこのまま勉強すればどこでも望む大学に行けるだろう?」

 康太の知る限り、愛子は総合科目で常に10位以内に入る実力の持ち主。文月学園が毎年数名のT大合格者を出していることを考えれば、その実力は全国でもトップクラスと見て間違いなかった。

「特待生待遇で学費その他もろもろタダで、自宅から通えるような近い距離にある大学があったら進学するかもしれないけれど。そうでなければ就職だね。やっぱり」

 高校中退と高卒だとやっぱり社会の扱い方が違うよと愛子は熱心に頷いていた。

 そんな愛子を見ていて康太は悲しくなった。

「…………そうか」

 康太は将来、といっても1年後に控えた卒業後の進路をまだ真剣に考えたことがなかった。

 そんな自分と比べて愛子は限られた選択肢の中で懸命に考え、動こうとしている。愛子を見ていると自分のいい加減さを思い知らされる。

「あっ、でも、コンビニやファミレスでバイトしなくても、ムッツリ商会で雇ってもらえれば勉強の妨げにはならないかも。ボクなら給料分以上は働いてみせるから雇ってよ」

 愛子は顔をパッと輝かせながら提案してきた。

「…………却下」

 だが、康太は一言の下に提案を切り捨てた。

「どうしてなの? ボクの盗聴器を仕掛ける能力は知っているでしょ? 役に立つよ」

 愛子は康太に詰め寄りながら抗議する。

「…………ムッツリ商会は非合法な闇商売。捕まれば最悪退学もあり得る。もし工藤まで退学なんて事態になったら、お前にもお前の両親にも悪い。だから、雇えない」

「そっか。ボクを想ってのことなんだ。ボクと一緒にいるのが嫌だからじゃないんだ。えへへ」

「…………???」

 急に表情を崩した愛子を見て康太は再び首をかしげるのだった。

 

「ねえ、ムッツリーニくんは大学に進学する気はあるの?」

 今度は愛子から進路に関する質問が来た。

「…………わからない。けれど、俺でもいける大学があれば行くような気がする」

 康太はほとんど何も考えていないなりに正直に答えてみた。

 康太の中で就職という文字はまだピンと来ないものだった。

 専門学校という線も考えたが、得意のカメラの扱いに関しては既にプロ級の技術を持っている。敢えて学費を出して学びたいとも思わない。

 そうなるとやはり、大学に通いながらカメラの道を進むのか他の道を歩むのか決めるのが最も妥当な選択肢だろうとは思った。

 もっとも、自分がいける大学があればという前提条件付きだったが。

「そっか。そうなんだ」

 愛子は康太の言葉を何度も噛み締めているようだった。

「じゃあボクもアルバイトをするか決めるかはもう少し後にするね」

 愛子はクルッと回ってアルバイト募集の張り紙を背にした。

「…………いいのか、それで?」

 康太には愛子の行動の意味がわからない。

「ムッツリーニくんが1年間勉強頑張れば入れそうな大学をボクがリストアップしてあげるよ。その学校に特待生制度があるかも含めてね」

「…………それって」

 今度は、鈍い康太も愛子が何を言おうとしているのか流石に何となくわかった。

 だが、それを口に出して確かめようとしたその瞬間、愛子はきびすを返して商店街の出口に向かって歩き始めてしまった。

「…………ちょっと待て」

 康太は声を掛けるが愛子は立ち止まらない。慌てて彼女の後を追って歩き出す。

「…………なあ、今のって」

 康太は手足を必死に動かしながら横に並ぶ。しかし愛子は正面を向いたまま振り返らない。

「…………おい、工藤」

 いつも愛子に付きまとわれる康太が、今は反対に彼女に付きまとっていた。

 それは女性と接することが苦手な康太にとっては珍しい行動。でも、今は愛子の気持ちが知りたいと思った。

 何故知りたいと思うのか、その理由についてまだ康太は自分で整理できていない。

 そんな追いすがる康太に愛子が優雅な笑みを浮かべながら一言。

「康太さまはもう少し女心の機微を学ばれた方がよろしいですわよ」

 康太の歩みが止まった。

「あっ、今日話したことはボクとムッツリーニくんの2人だけの秘密だからね。それじゃあまた明日、学校でね~。ばいば~い」

 そして愛子はいつもの人懐っこい表情を浮かべ手を振りながら去っていった。

「…………女ってよくわからない」

 康太は頭上を見上げた。

 アーケードの白いプラスチック板が掛かっており、空を臨むことができない。

 白い天井に愛子の顔を思い描くことはできなかった。

「…………写真に女心まで写ってくれれば良いのに」

 康太は印画紙が入った袋を見ながら大きな溜め息を吐いた。

 

 

 了

 

 


 
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