・Caution!!・
この作品は、真・恋姫†無双の二次創作小説です。
オリジナルキャラにオリジナル設定が大量に出てくる上、ネタやパロディも多分に含む予定です。
また、投稿者本人が余り恋姫をやりこんでいない事もあり、原作崩壊や、キャラ崩壊を引き起こしている可能性があります。
ですので、そういった事が許容できない方々は、大変申し訳ございませんが、ブラウザのバックボタンを押して戻って下さい。
それでは、初めます。
汜水関の初戦に敗北し、二日目の朝。
連合軍側の陣は既に地獄絵図の様相を呈していた。
「うぅ・・・寒い、寒い・・・・・・」
「誰か早く布を持って来てくれ!
もっと温めてやらんと!」
「痛い、苦しい、俺こんなとこで死ぬのか・・・」
「大丈夫だ、気をしっかりと持て!」
負傷者達の集まる場所はごった返していた。
唯の矢傷等だけならまだしも、先日の雪玉攻撃を浴び、体調を崩して風邪を引いた兵達が多過ぎた。
その所為で、医者はてんてこ舞い。
貴重な防寒用品も取られている状況だ。
その光景を見た冥琳は、唇を噛み切る程強く歯を噛み締め、その場を後にする。
「最悪な状況じゃな」
「祭様」
歩く冥琳に寄り添う様に、祭が歩きに同伴する。
その表情はやはり苦々しい。
彼女の手勢も幾人か、あの負傷者達の中にいるのだから、当然だろう。
「ええ、言うべきでは無いのですが。
これならばせめて一思いに殺してくれた方がまだ善しでした」
「じゃなぁ。
生殺し程、苦しい物は無い」
頭痛を堪える為に頭に手をやりつつ、冥琳は何とか関を突破する為の策を捻り出そうとするが、結果は芳しくない。
せめて、此方同様向こうも烏合であればよかったのに。
だが、実際には否。
将達のみでなく、兵達さえも互いに全幅の信頼を置き合っている事が、後方からの遠目にも分かってしまう程に洗練されていた。
向こうの被害は無いに等しいが、此方の被害は甚大としか言い様が無い。
現状を考えるだけで、頭痛の種には事欠かない。
「どうしろと言うのだ。
これは、最早軍師の手腕に任される分を越えているぞ」
「昭殿とよく似た事をぼやくのう」
「それは結構、やはり師弟で似ていると言う事ですか」
苦笑を漏らすしかない。
現状では敵よりも味方の方が厄介極まりない。
何せ、【あの】袁紹が総大将なのだ。
昨日も、自分の代わりに瑠香がネチネチと嫌味を言われていた。
―――今朝、袁紹が極度の腰痛で起き上がれなくなって、瑠香が暗い笑みを零しながら「えいえい♪」等と可愛い掛け声で何度も何度も金ロールの人形に針を刺していたのは関係ない筈だ、多分。
「それでも、勝利をもぎ取らなければ。
その為に、祭様にも一働きして貰いますよ」
「応よ、儂とてやるからには勝ちたい。
期待しておるぞ、後の孫呉を背負う軍師殿?」
バシーンと背を叩かれた。
正直かなり痛い。
それでも、気合は入った。
「分かりました、期待に応えてみせましょう」
「その意気じゃ!」
大声で笑いながら、祭が離れていく。
その背中に一礼し、冥琳は同盟軍の軍師達の元へと向かう。
先日の一戦で、僅かながら見えた突破口を貫く為に。
「明命、いるか?」
「はい、ここに」
冥琳の呼び掛けに応え、明命が姿を現す。
何時もの隠密姿だ。
「汜水関の様子を探れ、但し危険は出来る限り避けろ」
「はっ!」
短く簡潔だったが、間違いなく意は伝わった。
明命の姿がかき消える。
既に、汜水関へと向かっている。
髪を一梳きし、冥琳は薄く笑みを漏らした。
上手く行けば、近日中には汜水関を抜ける筈だ。
呉の美周郎は未だ折れず。
―――所変わり洛陽。
軍師と大将による戦の戦略立ての場での事。
「汜水関は捨てる?」
「はい」
一刀の問いに、稟が答えた。
風と詠は文句が無い様なので、一刀は先を促した。
「では、理由を述べさせていただきます。
まず、汜水関は洛陽より距離があります。
これは、輸送にかかる時間が長くなる事を意味し、断続的に攻め続けられた場合、物量で押し切られます。
士気と兵数を保つ為には、汜水関は護り続ける利点が薄い。
これが一つ」
「続けて」
「次に、と言うよりも此方が主ですが・・・相手の士気を下げる為です。
自らに大きな被害を被ってでも、力尽くでも何でも相手を追い払って攻め落としたと言う事実は、士気を上げる上で非常に役に立ちます。
しかし、此方がわざと退く事、引いては余裕を持って明け渡す事は、向こうからして見れば逆です。
特に今まで力で押しに押していた筈なのに、それを攻め落とす前にあっさりと力をかけるべき相手がいなくなる。
その事実が齎す虚脱感、これを相手に与える事。
それによって、士気の大幅な減少を狙う。
これこそが、この策の肝です」
「成程、二人はどう?」
一刀は稟の説明に頷き、他二人の軍師に意見を求める。
「良い策だと思うわ、その分退く機が重要になるけどね」
「相手に最大の虚脱感を与える為には、向こうが拍子抜けをすると見極められる瞬間が重要ですもんねー。
ここはやっぱり、風達の内の誰かが汜水関まで行くべきではないかと思うのですよ」
「なら、俺も行く」
「一刀殿!? まだそんな事を!」
稟が聞き捨てならない一刀の言葉に反応するが、一刀の真剣な目に止められる。
「相手に汜水関を落とせた時、大きな得があると思わせたいなら、俺がいた方が相手もやる気を出すんじゃないか?」
「それは・・・・・・っ!」
確かにその通りだ。
連合は、「天遣・北郷一刀を討つ」と言う名目で集っている。
汜水関を落とすのが得では無いと思われれば、別のルートを使って直接洛陽に攻め込んで来る事も考えられる可能性ではある。
ならば。
「確かに汜水関に連合中の目を引き付ける、って意味ではとても効果的ですねぇ」
「そうね、いい案だと思うわよ」
「しかし・・・!」
軍師として見るならば、確かにこの策は現実的だ。
だが、だがしかし。
稟が反対する理由は、実際には軍師的な観点ではなく。
唯の女としての観点からだった。
即ち、一刀に傷付いて欲しくないだけ、という訳だ。
「稟ちゃん、稟ちゃんの気持ちが分からない訳じゃありませんが、お兄さんは結構頑固ですよ?」
「全くもって総大将らしくないんだけど、あんたもこいつのそう言うとこに惹かれたんでしょ?」
「うぅ・・・」
他二人の軍師達からも言われ、稟の頬が羞恥で赤く染まる。
何だかんだで、自分よりも一刀の身を案じている風。
滅多に言葉にはしないが、一刀を深く信頼している詠。
そんな二人に言われれば、稟も首を縦に振らざるを得なかった。
「ありがとう、皆。
それじゃ、汜水関に行くのは俺と稟で」
「えっ!?」
信じられないと言った様子で、稟が顔を上げた。
他二人は少し苦い顔をしているが、そんな事も気にならない。
それよりも嬉しさが上回っていた。
「あー、嫌だったか?」
「い、いえ、そう言う訳では・・・」
「・・・・・・良かったですねー、稟ちゃん」
「色ボケ」
「うっ・・・」
親友と戦友からの冷たい視線が突き刺さった。
その光景を見ながら、一刀は苦笑を浮かべる。
翠と寝て一皮剥けたからか、一刀は周りからの好意に気付けるようになっていた。
少し未だに信じられていないのだが。
何故かと言えば、自分に向けられる「そう言った」視線。
それが、凄まじい密度故に今一信じられないのだ。
「(どうしようかなぁ・・・)」
窓の外を見ながら、思想に耽る。
既に翠と寝た身。
皆からの想いを断るべきなのか。
それも出来そうに無い。
だって、大好きなのだから。
優劣等付け様が無い位に。
重い、それでいて幸福感の混じった溜息を、一刀は吐いた。
真・恋姫†無双
―天遣伝―
第二十八話「机上」
二日目の戦線は未だ開かれず。
それでも、汜水関に籠る将達は気を抜かずに連合を見下ろしていた。
そんな中での出来事。
「徐晃、代わろう」
「華雄さん。
私は大丈夫です」
「いや、休め。
先程狼煙があってな。
うちの総大将が此処まで来るそうだ」
その言葉に、菖蒲の心臓がドキンと跳ねた。
「身体を清める位はしておけ」
「お、お気遣い感謝します」
急ぎ走って関の中へと消えて行く菖蒲を見つつ、華雄は少し口元を歪めた。
そんな華雄に口を出す女が一人。
「華雄将軍、それは真ですか?」
「ああ、うちの隊の狼煙読み係が何度も解読したんだ、間違いは無い」
「そうですか・・・またも無茶をしますね、私達の総大将は」
「寧ろ、これ位せんとアイツらしくないと私は思うがな」
「・・・確かに」
円と華雄は揃って苦笑する。
最も、「ああ」だからこそ、多くの者達を強く惹き付けるのだと感じている。
「お、二人とも居るな」
「張遼か」
「おはよー」
「お早うございます」
普段の軽装が嘘の様に防寒具を着込んだ霞が、二人の元へと歩いて来た。
マフラーが特に温かそうだ。
普段着けている鉄環の髪止めも取っている為、長い髪がそのまま垂れていた。
「それにしても、随分と静かになったなぁ」
「ある種の不気味ささえ感じますね」
「うむ、虎狼関や洛陽へと抜けている奴等もいるのでは、と思えてしまう」
三人揃って、眼下の連合勢を確かめる。
動きが無い状態はかなり警戒させられる。
周りで動き回っている兵達も、常に矢や楯の確認をしているが、それでも尚不安に感じている様だった。
それも仕方が無いのかもしれない。
向こうへと撃った矢は回収出来ない。
弓があっても矢が無いのでは、意味が無いのだ。
それを向こうに見抜かれたのは、間違いないのだが。
「何故攻めて来ないのでしょうか?
時間を与えられれば、追加の物資を輸送出来る事位、向こうには分かっている筈です。
それならば、間を置かずして攻め続ける方が善し、なのですが」
「分からんなぁ、あっちの総大将の性格上、間を置かずに来るのはほぼ確定やと思っとったんやけど」
「劉備や孫堅の軍師達が何かを企んでいるのか?
しかし、洛陽から援軍と共に一刀と郭嘉が物資を運んで来るのだぞ。
何かを企んでいても、やはり動かぬ事にはどうにもならんのではないか?」
「分からん、分からんなぁ・・・」
再度霞が頭を捻る。
円は霞と華雄よりも頭はいいのだが、それでも一介の軍師程度。
ピタリと来る理由が思い浮かばない。
「時間稼ぎ? いえ、彼女達には時間を稼がれる負の理由はあっても、正の理由は無いでしょうに」
円の独り言は、二人には聞こえていなかった様だ。
この状況は、正に時間稼ぎ「されている」感がある。
それは此方にとっては好都合だ。
病人が多ければ、物資はすぐに底をつく。
これは、望むべき、喜ぶべき事態の筈。
それなのに、円の背筋には言い様の無い悪寒が留まったまま。
一刀達は既に虎牢関を越えているとの連絡が入った。
到着するのも時間の問題だろう。
一刻も早く到着して欲しいと、円は思った。
この不気味な現状に対する最適解をくれるであろう、軍師:郭奉孝に早く会いたくてしょうがなかった。
―――時はやや巻き戻る。
劉備軍と孫堅軍、それから公孫瓉軍の三軍合同の軍議での話。
「何だと!?
【攻めるな】、とはどういう事だ!?」
「あわわ!?」
「はわわっ、おち、落ち着いて下さいー!」
「これが落ち着いていられるか!」
大蓮が劉備軍の二軍師に掴み掛からん勢いで迫る。
迫られている朱里と雛里の二人は、虎さえ気迫で殺しそうな状態の大蓮に脅え切ってしまい、言葉が上手く繋げられなくなっていた。
「どうどう、えいや」
「ギャオース!!?」
瑠香が針を手元の物体に突き刺し、大蓮は腰に手をやって仰け反った。
そのまま地面に崩れ落ちる。
その様子を見る朱里と雛里は、先程までとは別の相手に対する恐怖で互いに抱き合って震えていた。
「すまんな二人とも・・・大蓮様も、君達を怖がらせようとしていた訳では決してない。
それだけは、信じてくれ」
「「は、はい」」
「いつつ・・・・・・」
冥琳の謝罪にまだオドオドしながら二人は答えた。
その直後、大蓮が腰を擦りながら立ち上がる。
先程までの気迫は霧散していた。
「え、えーっと、攻めない理由ですが」
「ああ、そうだそうだ。
で、何故なんだ?」
「はい、問題は補給源が何処にあるか、だったんです」
「先程戻って来た周泰さんが調べた所、補給源は洛陽との事でした」
「ふむふむ」
落ち着きを取り戻した大蓮は頷く。
冷静ささえあれば、怒るに値するには程遠いと分かる話だった。
朱里と雛里の解説を、呉の軍師達が継ぐ。
「ならば、補給物資は洛陽から汜水関へと運ばれるまで、それなりに時間と労力がかかると言う事になる」
「ともなれば、敵方は一刻も早く汜水関への補給を打ち切りたい筈だ」
「それは何でですか?」
疑問の声を上げた桃香に呆れつつも、瑠香が返す。
「攻められる側は、精神的な重圧もあるのが常。
その上、数で大幅に上回られている敵と少数で相対するのに、どれだけ精神を磨り減らす事か・・・」
「だから、私達は考えたんです。
向こうの人達が汜水関をどの様な場所と考えるのか」
「そうしてみた所、堅固ではありますが、物量に物を言わせて押し続ければ抜かれ、結果兵と士気を損なう事になる。
よって、護り続けるのには然程の利点が無い所と判断しました」
「ならば、向こうが次に窺うべきは」
「何時、どれだけ効果的に【捨てる】か、と言う訳ですね」
「此方に大きな被害を与えた上で捨てるのが、上。
これならば、此方の士気を大きく削ぐ事が可能です。
長く相対し互いに消耗戦に陥るが、中。
此方も当然苦しいですが、全体から見れば物量は此方が上になります。
そして無血で関を明け渡すが、下。
籠り意地を張った末がこれならば、向こうの士気を下げられるでしょう」
「成程ねぇ・・・」
「ほぇー」
軍師五人による流れる様な説明に感心する一同。
最後を締め括った朱里は、少し顔を赤らめていた。
恥ずかしさと興奮が半々と言った所だろう。
「そう言う理由か、ならばしょうがないか」
「それと理由がもう一つ、病を癒すのには時が必要なので」
「あー・・・」
大蓮の脳裏を、今尚病の床で苦しむ兵達が過ぎった。
「大蓮さん、私は攻めない事にします。
今は皆を休ませてあげたいです」
「うむ、分かった。
うちも攻めない事にしよう」
「はい!」
桃香が笑った。
綺麗な笑顔だった。
大蓮も思わず見惚れる程に。
そして。
「・・・・・・なぁ、黒蓮。
私、存在している意味あるのかなぁ?」
「お姉ちゃん! 大丈夫、今は私も影薄かったから!!」
「“も”か、アハハそうだよなぁ・・・どうせ私なんか」
「あぁっ!? お姉ちゃん、戻って来てー!!」
公孫姉妹は何時もの様な漫才をやっていた。
動かない前線を見つつ、ニヤリと口元を歪める小柄な女性。
少し手を動かし、手元の扇子に何かしらを書き込んだ。
言わずと知れた曹孟徳、華琳である。
「まあ、あそこは私でも攻めないけど」
「孟徳殿、どうぞ。
これを読んで頂けますか」
「出しなさい」
脇にいる鴉羽から、紙を一枚受け取る。
そこに書かれている物を読み、華琳は顔を少し苦渋に歪めた。
「本気かしら?」
「まさかまだ大儀だなんだと綺麗事を?
何の為に私が此処にいると?」
「・・・分かっているわ。
しかし疑念を抱くのよ。
本当に、【これ】で向こうを降伏に導けるの?」
試す様に、睨み付ける。
鴉羽はその視線を全て、柳に風とでも言わんばかりに受け流した。
そして言う。
「分かりません」
「・・・ほぅ?」
華琳の視線が鋭くなる。
それでも鴉羽は揺るがず。
「人の心なぞ、全て見通せる訳がありません。
私が出来るのは、望んだ状況へと持って行く為に、【そうしたくなる】事態を起こす為に策を考える事のみ。
それとも何か?
孟徳殿は、自身の思い通りに全ての人間の思念を掴んで動かせると?」
「・・・・・・いいえ、成程ね」
重い溜息を一つ吐く。
何とまあ。
自分の力を過信する訳でもない。
唯超然と、自分に出来る事を弁えている。
「(思えば、一度も『必ず』と言う言葉を使っていないわね、鴉羽は・・・)」
視線のみを鴉羽に固定し、華琳は口のみで笑う。
面白い、何と面白い。
自信満々に物を語ったり、騙ったりする輩ばかりを見て来た為、この手の輩は初めて会った。
「それで、孟徳殿。
その策は是ですか、否ですか?」
鴉羽の何の感情も籠らない瞳が、何時もは不気味に映るのに、今ばかりは何処かしら魅力的に映った。
ならば、これより奸雄たる道を歩み己はどうする?
決まっている。
「無論、是よ」
「分かりました。
流石、と言わせて貰いましょう」
敬意が欠片も感じられない一礼をし、鴉羽はその場を離れていった。
一人残された華琳は、再び視線を前線へと戻す。
「動かないならそのままで結構。
動いても、此方には然程関係無し」
ポツリポツリと幾らか言葉を零す。
口元の笑みは、消えない。
「奸雄、実に良いじゃないの。
正に私を象徴する言葉と言えるわ」
目を閉じ、想いを馳せるは遠い過去。
亡き母の墓前で華蘭と共に誓った、覇道の末。
「乱世よ、曹孟徳は此処に宣言するわ」
目を開き、己の武器『絶』を視界の向こう側に見える汜水関へと向ける。
その目にあったのは、決意。
何があろうと、これより己の成したい事の為に。
「『必ず』貴様を私の膝元に跪かせてやる。
覇道は唯在るのみ。
そこを歩く方法は、何も王道のみでは無いと言う事を。
全てに思い知らしめる!」
望むべき未来の為に。
その為ならば、卑怯の謗りも、奸雄呼ばわりも、敢えて胸を張って受け入れよう。
身を翻した小柄な英傑の背中は、城壁と錯覚する程大きく感じられた。
その日は、そのまま一日が過ぎた。
一日が何事も無く過ぎ去った訳ではなく、大きな変化が汜水関に起こっていた。
汜水関の城壁上に、新たに丸に十文字の牙門旗が上がったのである。
即ち、『天の御遣い』の旗が。
これには、多くの者達が度肝を抜かれた。
軍師達は、それが策だと一瞬で見抜いた。
当然だ。
後ろに向かって耳を澄ませば、その理由がギャアギャアと煩いのだから。
「だ・か・ら、進軍しなさいと幾度も言っているでしょう!!
怨敵がわざわざ討たれに来たにも関わらず、討たないとは何事ですの!?」
「瑠香、やれ」
「はい♪」
「んひぃ!!?」
「全く、怨敵なのは袁紹だけだと言うのに。
勝手に共通の敵にしないでもらいたいものだ」
「全くよね・・・」
後ろの方で煩い袁紹を瑠香に抑えさせながら、冥琳と雪蓮は汜水関へと視線を伸ばした。
その視線の先にあるのは、風にはためく丸に十文字。
思わず冥琳の口を溜息が吐いて出る。
「本当に厄介極まりないな、しかしこれで分かった事もある」
「何々?」
「やはり向こうは汜水関を捨てる気だと言う事さ。
そろそろ、諸葛亮達から文か伝令が届くだろう」
「冥琳様! 劉備軍より密書が」
「ほー、ホントだ」
「だろ?」
呆けた様に感心する雪蓮に苦笑を一つ返し、冥琳は傍へとやって来た明命の手から木簡を受け取って読む。
「劉備軍は、見かけだけの攻めを行うそうだ」
「あー、袁紹の所為ね?」
「うむ、このままだと袁紹が無理に自分の軍勢を押し込んで来ると読んだようだ」
「あの錯乱ぶりを見てると納得いくわ~」
そう言い、雪蓮は未だに腰を抑えながら怒声―と言うよりも我儘に近い―を上げ続けては瑠香の人形への一撃で蹲る袁紹へと、視線を向けた。
「で、だ。
どうする?」
「致し方無し、攻める振りして守りを行うしかないでしょう」
「やれやれ、難しい事を言ってくれる」
「堅殿と祭殿ならば余裕でしょう、強いのですから」
「かかか! 言いおったな!?
確かに儂等は強い! やってみせるわ!」
湊の言葉に、大蓮と祭は大笑しながら軍勢に指示を出しに行く。
雪蓮も続いて動いた。
「どうする?」
「んー、挨拶位はしておくわ」
「そうか、私の分まで頼む」
「ええ、任されたわ」
其方を見ずに、手をひらひらと振って応える。
一方、冥琳は苦笑。
今見えなかった雪蓮の口元が獰猛に歪んでいる事が見えずとも分かったからだ。
一体何をするつもりなのやら。
鬱憤でもぶつける気か。
此方の目的は時間稼ぎなのだが、ちゃんと理解しているのかどうか。
まあ、それでも。
「こうなったら、根比べになってしまうな。
此方が後方よりの、数の重圧に屈するが先か。
あちらが此方の、物量に屈するが先か。
それとも、互いに被害無く切り抜けられるか」
「最上の結果を生み出す為に、軍師は頭を働かせる。
それより冥琳、頭を冷やす為とは言え、今は上着を着ろ」
「湊様、しかしこれは貴女の」
「いいから着ろ、私にはこれがあるからよい」
湊が被った虎の毛皮を見て、思わず噴き出した。
まるで、虎が二足歩行となったかの様だ。
「ほら、笑えるだろう?
瑠香は笑ってくれんのだ」
「ぷふっ・・・瑠香様は、笑いの琴線が人とは異なっていますからね」
師弟の会話とは思えない程抜けているが、これはこれでいい。
何度も瑠香の人形攻撃を喰らって、撃沈を重ねる袁紹の苦悶の声を肴に、二人は汜水関を見上げた。
一方此方は汜水関。
「何や、攻め気が感じられんな~。
折角タンマリこさえた雪玉が勿体無いわ」
「うむ、初戦の様に覇気や殺気がまるで見えん」
初日の様に硬く握った雪玉を放りながら、霞と華雄はぼやいた。
ぼやきながらとは言え、雪玉は凄まじい勢いで眼下の敵に命中する。
しかし。
「やっぱ、そう簡単に倒れてはくれんな」
「一度のみの奇策としては、意味があったか」
初日ならば、倒れもした兵達は、今では中っても次々と立ち上がっては弓を取る。
兜を被ったり、布の幕を張った旗の様な物で自らを覆って隠していたりする。
「雪合戦って、そう言う遊びじゃないから・・・・・・」
「一刀殿? 何故頭を抑えているのですか?」
稟が訝しむ様に一刀の顔を覗き込んだ。
それに対し、一刀は手を振って何でも無いと答える。
「しかし、此方の策を見破られるのは、想定外でした」
「これ位は見抜かれるさ、彼女達ならな」
「む・・・」
何処か面白そうに言った一刀の言葉に、稟が眉を顰める。
一刀としては、唯歴史上の人物としての、『彼女達』に敬意を表しただけだったのだが、稟には違う意味に取れた。
「ゴホン! 一刀殿の軍師は、信用ならぬと?」
「いいや、此方も決して引けは取ってない。
寧ろ勝てると思ってるけど?」
「あ、ああ、そうですか・・・」
「なあ見たか?」
「うむ、わざわざ私達に見せ付けに来たのかと思う程だな」
一刀からの賛辞を受け途端に頬を染める稟を尻目に、雪玉を投擲していた二人が嫌味混じりの言葉を吐いた。
因みに菖蒲と円は門の守護だ。
「まあまあ、ともかくも第一の策が失敗した以上、次の策が必要だろ? ちょっと耳を貸してくれ」
「何だ、ちゃんと用意してあるのか。
で? どんなのだ?」
一刀の言葉に、三人の耳が傾けられる。
そして全てを聞き終わった時、霞と華雄の表情が渋い物になった。
「それは、幾らなんでも嫌やな」
「勝つ為とは言え、気が進まん」
「我慢してくれ、機動力に優れる二人だからこそ、頼みたいんだ」
二人の言葉に対し、陳謝する。
一刀からしてみれば、二人の矜持や誇りは度外視していない。
寧ろ非常に尊重している。
この策を持ちかけるのも、相当言い出すのに苦心したのだ。
「う~ん、しゃあないな、そこまで言われたらやってやるわ」
「致し方無い、せめて袁紹を叩く事で鬱憤を晴らそう」
「せやね」
二人は連れ立ち、城壁から降りていく。
それを見送ってから、稟は一刀の策を盤石にする為に、周りの兵に一つ二つ命を下す。
「稟、俺はやっぱりこの策に関しては退く事にした方がいいか?」
「そうですね、言い方は悪いですが、一刀殿は『餌』ですから」
「自覚はしているから、別に構わないさ」
「・・・恐縮です」
微笑みを向けられ、稟はそっぽを向く様に視線を逸らした。
照れ隠しのつもりだったのだろうが、右手が鼻を抑える様に移動していた為、過度な突っ込みは危険と判断した一刀は突っ込まなかった。
「それはそうと、この策は速度が肝。
相手にそうと看破される前に、十全の状態に整えなきゃな、稟はどうするんだ?」
「私は、まだこの場でやる事があります。
策の次第は、文を風達へと送る様託していますから、問題ありません」
「稟」
「はい?」
「無事、帰って来い」
「! は、はい、必ず」
その言葉を最後に、稟に背を向けて歩き去る一刀。
稟はずるいと思わざるを得なかった。
そんな事を言われては、帰らない訳にはいかないではないか。
「言われた通りの策を唯為せばよいだけの事。
何時もと何ら変わらないと言うのに・・・こんなにも心躍るのは初めてね」
自然にフッと零した微笑は、今までのどの姿よりも綺麗に映った物だった。
―――曹操軍。
「華琳、後詰め五千、確かに送り届けました」
今日もまた前線へと視線を向ける華琳の背に、灰色がかった銀髪の長身女性が敬礼をしつつ述べた。
その姿は異様に様になっている。
華琳は、その女性の言葉に振り向く。
その表情は、つまらなそうだった。
「・・・・・・御苦労様、華織」
「はっ、私は次に如何すれば?」
「暫くは何も無いわ、自分の天幕で休んでなさい」
「承知しました」
曹洪、字は子廉、真名を華織。
華琳の従姉であり、曹操領では名の知れた鬼教官だ。
華琳の言を受け、華織は自らの天幕へと下がる。
見届け、華琳は再び視線を前線へと戻した。
つまらない。
華琳の心境を述べるのに、現時点でこれ以上に最適な言葉が見当たらない。
あれだけの将と軍師が集っていながら、あのような鈍い戦いしか繰り広げられないとは何事か。
自分ならば、もっと素晴らしくも泥臭く、それでいて魂を震わせる様な戦にしてみせる物を。
そう、思っていた。
溜息を一つ零し、詩でも詠おうかと筆と木簡に手を伸ばす。
「あの旗・・・貴方がいるのでしょう? 北郷、一刀」
サラサラと木簡に筆を奔らせる。
が、肝心の華琳自身の目はつまらなそうな光を湛えたまま。
「私が目を付けた軍師や将を悉く持って行きながら、今の様な無様な戦ばかりをすると言うのならば、些か拍子抜けね。
貴方は、私の敵足り得ぬ者と言う事。
私が奸雄たる覚悟を固めていると言うのに、貴方はそこで停滞?
ふざけているのかしら」
一つ詩を完成させ、そのまま木簡を握り砕いた。
パラパラと破片が飛び散るが、そんな事等どうでもいい。
後詰めと共に、この場に持って来させた取って置きを使う必要も無いか。
と思った頃だった。
戦線に、動きがあった。
華琳は一瞬呆気に取られる。
しかし、すぐに表情が先程とは全く別の感情が籠った物へと変化した。
それ即ち。
「ふ、ふふふふふふふふ・・・・・・アッハハハハハハ!!
良かった、やはりこうでなくては!」
爆発的歓喜であった。
口元が喜びで歪む。
それが感じられるのが、堪らなく心地好い。
これならば、此方の策の使い甲斐もあると言う物だ。
その場を後にし、華琳は鴉羽の元へと向かう。
さあ、謀略戦の開始だ。
呉軍と劉備軍の両軍は一見攻めながら、ある程度の間隔を保ってそれ以上は攻めない。
消極的だが、その一方で相手の物資を削る作戦に出ていた。
しかし、その状況が変化する。
それは。
「何だ? 門が・・・!?」
誰の言葉だっただろう。
それよりも先に、恐怖の声が上がり始めた。
“ジャーンジャーンジャーン”
威勢よく打ち鳴らされる銅鑼の音。
汜水関の門が開き、そこにあったのは。
漆黒の『華』旗、そして紺碧の『張』旗。
「華雄隊の諸君、堪える時は終わりだ!
思い切り彼奴等の喉首に噛み付いてやれ!!」
「踏み躙り、一挙に袁紹の元まで貫き通せえ!!」
その両部隊の先駆けとして馬に跨っているのが、華雄と張文遠。
この様な手に出て来ると、誰が予想しただろうか。
驚き、呆気に取られていた者達が、動き出した二つの部隊が響かせる馬蹄の音で正気に戻る。
それ即ち。
「に、逃げろぉぉぉぉぉ!!」
混乱であった。
混乱はあっと言う間に最前線の部隊全体に及んだ。
それもしょうがない。
元より、その様な手に出て来ないと踏んだからこその、消極的な《攻め》の体制であったと言うのに。
これでは逆効果だ。
しかも最悪な事に、敵軍において白兵戦ならば最強とも言える二部隊。
「くそっ! 落ち着かんか貴様等!!」
「駄目です、混乱が治まりません!」
華雄隊は歩兵が主だが、奮迅とも言うべき力で以って連合の作った人の壁を打ち砕く。
そして、華雄達が斬り開いた隙間へと、神速を以って善しとする張遼隊が貫き蹂躙する。
一方的。
最早そうとしか形容し様の無い戦場が此処にあった。
だがしかし。
「張遼! 貴様の相手は私だ!」
「おっ、関羽! いやぁ嬉しいなぁ、一度は戦り合いたい思うとったんや!!」
一騎当千格の武将達が。
「お前の相手は鈴々なのだ!!」
「噂に聞く燕人張飛か、相手にとって不足無し!!」
その道を阻む事は、当然と言えた。
二部隊をそれぞれ率いる武将を止める、劉備軍の武将二人。
関羽と張飛。
二つの闘いが起こる。
生半可な者では近寄る事すら許さぬ、他を圧する一騎討ちだ。
速度と力がぶつかり合う、張遼と関羽の闘い。
技と力がぶつかり合う、華雄と張飛の闘い。
各々の闘いは、拮抗した。
そしてその内に。
時間を貰えれば、各軍の混乱も治まる。
「張将軍、華将軍! 我が方、包囲されつつあります!」
それを示す様に、伝令の一人が一騎討ちの最中の二人に進言した。
聞き、舌打ちを漏らす。
好敵手との闘いを乱されたのは、正直嫌な気分がある。
但しだ。
「退くで」
「応、与えられた策は果たした。
後は虎狼関でまた会おう」
「応さ!」
伝令の言葉に応え、即座に二人は撤退に入る。
それを追うのはやはり、相手の二人。
「待て! 逃げるのか!」
「待つのだー!!」
「機会があったらまたな!」
「・・・さらばだ」
馬に跨り、二人はあっさりと視界から消える。
汜水関の方では孫呉が占拠したのか、兵達が城壁上の牙門旗を引き下ろしていた。
そして響く勝鬨。
だが、何一つとして「勝った」と胸を張って言えないこの違和感は何なのか。
武官である関羽が感じていた事は、同様に軍師陣も感じていた事だ。
汜水関を落とせたのは良いが、その分打って出て来た華雄隊と張遼隊の攻撃で、多くの兵が打ち倒された。
結局、此方の被害は甚大と言って差し支えが無い。
しかも、だ。
「・・・物資が無い、ですか?」
「はっ! 食料も馬草も矢も水も薪も、何一つとしてありません!」
報告を受けた雛里の表情が曇る。
向こうから攻めて来た相手を追い払い、がら空きになった関を奪った結果がこれ。
得た物は関だけ。
逆に、失った物が多過ぎる。
これではまるで、最初から華雄と張遼が敗走する事を見越していた様でないか。
そう考えた瞬間、雛里の背筋を薄ら寒い物が奔った。
黄巾の際に出会ったあの二人の、戦に懸ける誇りと矜持は理解しているつもりだった。
そんな二人が、負け戦に全力で挑める筈が無いとも思っていた。
なのに、結果はどうだ?
「まだ何か、策を?」
分からない。
古今東西の策を纏めた書籍を読み解き、その中身の全てを頭の内に修めたと言う自負はあるのに、敗走した将をそのまま策の一部として用いる策等、雛里は読んだ事が無かった。
故にこそ、まだ何かあるのでは、と思ってしまう。
初めて対面する奇策の数々に、知らず心躍っている事に雛里は気付いていなかった。
もっと見たいと思ってしまっている事にも。
第二十八話:了
オリジナルキャラ紹介
名前:曹洪
字:子廉
真名:華織(かおり)
武器:滅(めつ)
設定:華琳の従姉で、華蘭よりも少しだけ若い。
主に兵の調練を行っている為、戦場等には余り出る事が無い。
でも、戦闘力は高い。
非常に高い身長を有している。
質実剛健な軍人気質で、名前を呼び捨てにする以外は、目上の相手には基本的に敬語で話す。
兵達からは相当な鬼教官として知られ、調練の際には人間性の否定から入ると言う徹底ぶり。
と言うかぶっちゃけハー○マン軍曹。
但し、一部の兵士からは罵られたいと言われ、崇められる事も。
超が頭に付く程、財布の紐が固い事でも有名。
彼女に管理された国庫からは、赤字が出た事が無いと言う噂まである。
その為、他者の無駄遣いにも非常に敏感。
兵士だけでなく、弛んだ将にも例の言葉責めを使用する。
最近のターゲットは沙和。
後書きの様なもの
今回難産でした。
展開は決まっているのに、文にするのが難しいったらありゃしないです。
推敲はしていますが、やっぱり時々誤字脱字があるのが、悔しい限りだったりします。
コメ返し
・究極時械神ヒトヤ犬様:へへぇ、ありがたや、此方をどうぞ。つ【エビチャーハン】
・赤字様:愛香さんは息子大好きですから。
・アロンアルファ様:現代の酒は、アルコール濃度を高める措置等が発展していますので、本気で造ると悪酔い確実な物になっちゃいます。
・FALANDIA様:すいません、書き損じていましたが、仕様だったんです。
・KU-様:そうですね、カマクラネタは次回か次々回に登場させる気です。 早見表はまだ作れていませんが、近い内に作り上げます。 まあ、それ程長い時間はかからないんですけどねw
・nameneko様:全然羨ましさが隠れてないっ!? 愛香さんは、息子離れ出来てないお母さんですから。
・悠なるかな様:自重したら、フリーダムの名折れじゃ。 お母さんは今後もちょくちょく登場予定。
・Mr、加糖様:それもネタだ。 そうですね・・・華蘭の御蔭で何とか成っているという感じもありますな。
・O-kawa様:1ページ目に書いた通りです。
・はりまえ様:よっしゃ! 承りました! 次回は男の友情で決まりだ! 後、アドバイスありがとうございました、何とかなりそうです。
・砂のお城様:その内、誰かが砂糖を吐くかもwww
・2828様:おおう、そうでした。 砂糖は如何ですか?
・mighty様:なっ、なん・・・だと・・・!? まだ足りないと言うのか!? 雪蓮と悠は、同じ位フリィィィダム!!
・無双様:はい、理想のお母さんから更に一歩踏み込んだ位ですが。
パソコンの前に座って漸く、話を書くパワーが溜まる不思議仕様な身体になりました。
何を言っているのか分からない・・・訳が分からないよ。
最後まで意味不明を貫きながら、また次回!
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グダグダ展開極まれり!!
そうとしか言い様がない・・・どうでもいい所を無駄に描写する癖に、その他の見せ場を早送りしちゃう自分が恨めしい。
誰か文章構成力分けて下さい!!