※注意※
この作品には以下の点が含まれる可能性があります。
・作者の力量不足によるキャラ崩壊(性格・口調など)の可能性
・原作本編からの世界観・世界設定乖離の可能性
・本編に登場しないオリジナルキャラ登場の可能性
・本編登場キャラの強化or弱体化の可能性
・他作品からのパロディ的なネタの引用の可能性
・ストーリー中におけるリアリティ追求放棄の可能性(御都合主義の可能性)
・ストーリーより派生のバッドエンド掲載(確定、掲載時は注意書きあり)
これらの点が許せない、と言う方は引き返す事をお勧め致します。
もし許せると言う方は……どうぞこの外史を見届けて下さいませ。
賊に追われて力の限り走ったが振り切れず、最早これまでかと絶望しかけたその時、突然現れ自分を庇ってくれた相手。剣を突きつけられた際に感じた死の恐怖から救ってくれた相手。
賊が退いた後は助かったという安堵と恐怖の余り思わず彼にしがみつき泣いてしまっていたが、恐怖が過ぎ去ってしまえば次に訪れるのはふつふつと沸き上がる羞恥心。
幼く見えるとは言え彼女はこの時代の主流な思想であった儒教を始めしっかりと教育を受けてきている、男女七歳にして席を同じうせず、という有名な文句も、実行こそしてはいないが頭の中にしっかりと残っている程度の教養はあった。
更に恩人相手に、自分は未だ礼の一つも述べていない。ならば今自分はとても失礼な事をしているのではないか?
そんな焦りから慌てた様に服を掴んでいた手を離して飛びすさると、息を必死で整える少女。
やがて落ち着いたのか、帽子を被り直し服を整えると右手を握り、拳を開いた左手に当てる拳包の姿勢を取って、
彼の前に膝を付き頭を下げる。と同時に口を開くがまだ完全に落ち着いていないのかやや早口の調子であった。
「し、失礼しましたです……ねねは姓名を陳宮、字を公台と申します。先程は危うい所を助けて頂き感謝しますです。
その身なりから、身分あるお方とお見受け致しますですが……よろしければ、名をお聞かせ願えませんですか?」
彼女の自己紹介に、彼は驚いて目を見開く。何か驚く事があったのだろうかと内心首を傾げるが、彼女には理由が分からない。
それもそうだろう、彼女の名乗った名前。陳宮……陳公台と言えば三国志に登場する人物の名だ。
陳宮と言えば、初めは曹操に仕えていたが彼を見限り、呂布に仕えていた知謀の士。呂布が敗北した際に自分の元へ下れと勧誘を受けるも、彼の軍門へ下る事をよしとせず処刑台に立った男であり、彼の死を惜しんだ曹操は彼の家族を手厚く保護した……そんな逸話を持っている。
歴史を好む一刀からすればその人物の名が目の前の幼い少女から出てきた事はまさに青天の霹靂。混乱してしまうのもやむを得なかった。
しかし気を取り直したのか、彼は一つ大きな息を吐くと笑みを浮かべながら口を開く。
「俺の名前は北郷一刀、二字の姓は余り見かけないかも知れないけれど北郷が姓で名が一刀、字は持っていないんだ。それに貴族かと聞いたけれど身分も持ってないよ、俺はただの学生だからさ。
取りあえずそうされてると落ち着かないから、楽にして貰えないかな?」
彼はどこか困ったような印象を受ける笑顔で自己紹介を行った。躊躇いはまだあったものの、
ゆっくりと立ち上がればほっとした様に小さく息を吐く。それに気付いて思わず凝視してしまうと、
彼は再びばつの悪そうな顔をして頭を掻いた。
(本当に、跪かれたりするのには慣れていない様なのです。しかしガクセイ?とは何なのでしょう。
それに着ている衣服も見た事がない不思議な感じですし……あれ?よく見ると光っているです?)
彼を観察するつもりで目をやっていたが、よく見れば服が日の光を反射して白く輝いている。
きらきらと光るその衣服に一瞬心を奪われ……瞬間、彼女の脳裏に町中で聞いた噂が蘇る。
曰く、天の御遣いが流星に乗り、白い衣を纏って現れる。曰く、天の御遣いは乱れた世を治める為にこの地を訪れる、など。
ただの噂、流言飛語の類と聞き流していた為に正確な内容ははっきりと覚えていないが概ねこんな物だった筈だ。
ならば、彼がその天の御遣いとやらなのだろうか……?
(……もしそうなら、ねねは……ねねは、一体どうするべきなのでしょうか?)
思考が追いつかず突然俯き考え込み始めた少女に、彼は戸惑いながらも質問してきた。
「あの、さ……悪いけど、此処は何処なのか教えて貰えないかな?それから、君が此処にいた理由も。正直俺にも何が何だか分からないから、状況を整理したいんだ」
その問いにふと顔を上げれば、先程までと同じ様にどこか困った様子の笑い顔。
何か毒気を抜かれた気分になった彼女は、これまでの事を思い返し始めた。
「わかりましたです、誰かに聞いて貰った方が楽ですし……少し、長くなりますが構わないですか?」
彼が頷くのを確認すると、彼女……陳宮は静かに語り始めた。
「此処は陳留、正確にはあの街がそうですね。ねねはあの街の刺史、曹操殿に文官として仕えていました。
……見習いでしたけれど、曹操殿は出自に拘らず実力のある者を登用すると聞いたので、母と共に洛陽から
この町まで越してきたのです。洛陽では色々とありましたから……」
敢えて言葉を濁す陳宮だが彼は少し考え込む様子を見せると、分かったとばかりに一つ頷いた。
陳宮の与り知らぬ事であるが、この時彼の頭の中では大将軍である何進の一派と、十常寺を主体とする宦官の一派が
各々に天子である劉協・劉弁を擁立して権力争いを行っていた、という記憶が蘇っていたのである。
だがこの世界では実態がやや異なる上に、陳宮が洛陽を出奔した理由も全く異なっているのだがそれは彼の知らぬ事。
「では、ねねが陳留から離れて此処に居る理由、ですね。それは……」
そして彼女は語り始める。陳留にて文官見習いの仕事を始めた時から現在に至るまでの、
数ヶ月間の話を……。
陳留刺史・曹孟徳が陳留へと賊の討伐から戻ったのは3ヶ月程前の事。
その武勇と忠誠心で周囲に名を馳せた夏侯惇・夏侯淵の両将軍と共に凱旋した彼女を陳留の民は喜んで迎え入れた。
と言うのも今回の討伐はこれまでの小規模な物と異なり数ヶ月にも及ぶ長期間に及んでおり、
その背景には近隣の領主や刺史では押さえきれぬ程に膨れあがった賊の存在があった。
賊が増えれば己の生活や平和が脅かされる事を民達は知っている、故に賊の討伐は歓迎すべき事であり、
陳宮も討伐が無事に済んだらしい事を喜んだ一人であった。
また曹孟徳は今回の討伐において新たな配下を得ている。名を許緒と言い、本来は曹孟徳の治める範囲の外にある、
小さな邑にて略奪の為に襲いかかってきた賊を相手取り、奮闘している所に賊の痕跡を追跡してきた曹孟徳の一行が遭遇。
そこで色々あった結果、彼女は曹孟徳の親衛隊として抜擢されたというのだ。この話に民はますます沸き立つ、曹操様の下でならば平民でも出世が適うのだと。
人々の熱気は活力となり、陳留の地をますます発展させていく原動力となっていった。
そうして曹孟徳の帰還より一ヶ月ほどが過ぎた頃、街に僅かながら変化が起き始めた。
これまで街を守る警備の数は均等に配置されていたが、今は良く揉め事が起こっていた市場に人数を多く配置してある。
文官見習いとして街へ出向く事も多い陳宮には自らが出したその案による変化がはっきりと見て取れた。
三日に一度は金銭や品物のやりとりで揉め事が起こりその度に警邏の兵士が仲裁や鎮圧へ駆り出されていたが、現在は市場を見回る警邏の兵が睨みを利かせている為か十日程何事もなく市場は平穏であった。
(やはりねねの考えは正しかったのです。しかし未だに判断結果の連絡が無いのは気になりますが……。
きっと、実際に試してみて効果があったと分かってから判断を下す、という事なのですよね?
それにあれからもっと良い案も思いつきましたし、早く結果が出て欲しいものです)
市場にて筆や墨といった消耗品の買い付けを言い付けられていた陳宮は仕事をこなしつつも考える。
この時、まだ彼女はこの街で曹孟徳に仕える事になるだろう、そんな未来を心から信じていた。
ある日、母が陳留を離れる事になった。洛陽を逃れてからずっと体調を崩していたのだが、
たまたまこの地を訪れていた華陀と名乗る暑苦しい医者によって治療を受け一度は元気を取り戻していた。
しかし彼曰くそれは一時的な物であり、治療には少なくとも数年単位の時間が必要となる。
医術に詳しい己の既知の者を紹介するから、彼女……張魯が居る漢中で治療に専念してはどうか、との事であった。
自分が見たのは、大声で叫び何故か光り輝く鍼を突き刺す華陀の姿だけだった為に正直言って胡散臭い、と思う部分もあった。しかしその治療で母が一時的とはいえ快復したのは事実である。
また治療の際に彼が名乗った五斗米道(彼曰くごっとべいどー?良く分からない)と言う名にも聞き覚えがあった為、漢中へ向かうという彼に母の治療と紹介を頼み送り出した。寂しさはあったが、それよりも母の体調が心配であり、快復すると言う事が大事だった。
母が洛陽を離れた時からずっと、自分に苦労を掛けてと気に病んでいたのは分かっていた。自分にとってはこれまで世話してくれた母に恩を返す機会であり苦でも何でもないのだが、母からすれば心苦しいという部分もあるのだろう。
故にその心労を取り除くという意味でも治療が必要だと判断し、早く元気になってくれと頼んで母を漢中へと送り出したのであった。
それから半月が過ぎ一月が過ぎ、間もなく二ヶ月が過ぎ去ろうとしていた頃。
陳留の街はより安全で安心できる市場だと各地に伝わり、話を聞きつけた者達が流れ込む。
陳宮がこの街へ訪れた頃から見ても更なる活気が街全体を包んでいた。
しかし未だに何の連絡も届く事無く、未だに文官見習いとして雑用をこなすばかり。
献策が届いていないのかと疑問を抱いた事もあったが、警邏の兵の細かな配置までが自分の献策そのままである。
市場を重点的に見回る、までは他の者も思いつくかも知れないがどの辺りで良く揉め事が起こり、どの店が目に付きにくい。
そんな細かな部分まで自ら調べて回り、その上で考えた配置はそう易々と思い付く筈が無い。
流石にこれはおかしいと思い、策を記した竹管を預けた上司の文官へ訪ねにいこうと、彼女の居る部屋へ向かった。
……だが、部屋の前まで来た際に彼女は耳にしてしまったのだ。
「貴女の出した策だけど目に見えて効果が出ているわ。見事よ、良く思い付いたわね?」
「いえいえ、私はただ街を歩いて気になった部分を纏めたに過ぎませんから……」
「ふん、気に入らないけれど……この献策を見る限り実力はありそうね。多少は使えそうだって華琳様に話をしておいてあげるわ」
「有難き幸せ。身を粉にして策を考えた甲斐があります」
先に聞こえたのは馴染みのない声、だが微かに記憶の中に引っかかっている。
(あれは確か、曹操殿がお戻りになられた日に文官の執務室に来て皆に新たな将軍を紹介するといっていた……まさか、筆頭軍師の荀彧殿です!?)
驚きながらも必死に心を落ち着かせる、聞き間違いでなければ曹孟徳の筆頭軍師である荀彧こと荀文若の声。
そして後に聞こえたのは曹孟徳への献策を預けた文官の女性の声だ……だが、彼女はなんと言った?
(まさか、まさかねねの策を自分の物と……!?)
体が小さく震え出す、喉がからからと渇き頬は熱を出したときのように熱い。
そんな事はあり得ないと信じたかった、しかし思い返せば怪しい点が次々と浮かび上がってくる。
策が実際に適用され始めた頃から彼女は自分と顔を合わせようとしなくなった。
下の者を使って指示を伝えるだけでなく、城の外へ追いやる様に街へ出る仕事が多くなった。
それに自分で歩いて等と言ったが、彼女はずっと陳留の城に居たではないか――――!!
感情が溢れ出したせいか、思わず部屋の扉に手をつき、扉がぎしりと軋む音がする。
部屋の中から文官の女性が発する焦った様な誰何の声が聞こえた為、素早く身を翻すと走り去った。
通路の角を曲がる際に扉が開く重い音が聞こえた気もするが、後ろを振り返る事はしなかった。
気付いた時には家の前に着いていた。即座に家へ飛び込むと必要な荷物を背負い袋に詰め込む。
裏切られた、という気持ちだった。何が起きている、という気持ちであった。ただ衝動に突き動かされ、
そしてその衝動を抑え込む事も、先の言葉をあの文官に問い質そうという考えも浮かばぬ程陳宮はまだ幼かった。
自分でもはっきりと理解しきれない衝動を抱いたまま陳宮は荷造りを終えると家を飛び出したのである。
ぼろぼろと涙を零し走る陳宮、その姿を見た警備の兵達が声を掛けようとするが彼女はそれに気付かない。
そうして我に返った時には城門を出て既に2,3里(この世界の1里はおよそ500メートル)は離れていた。
衝動的に飛び出してきてしまったものの、どうしようかと途方に暮れた所でふと陳留の方から近づく人影に気付く。
旅人かと思ったがその風体が手配にあった賊にそっくりだと気付いてしまった。もし本当に賊ならば……。
そうして恐れをなした彼女が走り出すとあちらも勢いよく走り出した、最早彼らが賊である事は間違いない。
捕まってしまえばどうなるか考えるだけでも恐ろしい、必死に走って走って……しかしずっと走り続けていた体は限界。
もう走る事も出来ないと半ば覚悟をしていた……そうして動けなくなるまさに直前、彼に助けられたのだった。
「……と言う訳なのです。なので申し訳ありませんが今はお礼をしたくとも恩を返せそうにありませぬ……。
本当に、申し訳ありませぬ……っ」
話している内に再び感情が昂ぶったのもあるだろう、恩を返せぬ口惜しさもあるだろう。心の底から詫びる声。
持ってきた金銭や荷物を渡す程度で恩が返せるのならば喜んで手持ちの全てを渡していただろう。
しかしそんな物と自分の命が釣り合うなどと、彼女は思わなかった。しかし陳留へ戻る訳にはいかない。
あの文官への怒り、その言葉を鵜呑みにしていた―――取少なくとも彼女にはそう思えた―――荀彧への苛立ち。
そう言った物が原因で、陳留へ戻る事を躊躇わせていたのであった。
「そうか……だったらさ、しばらく一緒に旅をしてくれないかな?さっきも言った通り此処がどこだか分からない位、
俺にはこの辺りの土地勘も地理も分からない。君の行く宛が出来るまで同行したいんだけど……」
そんな陳宮に、目の前の青年から頼み事をする声が掛けられた。
思わずといった感じで顔を上げれば青年は頬を指先で掻きながら苦笑している。
「ついて行くと負担になっちゃうのは分かってるんだけど……さっきの話を聞いてたらさ。
君を一人にしておけないな、って感じたんだ……今もまだ、無理してるだろ?
それに俺、あの街に入った途端に取り押さえられそうな気がするんだよな……どう見ても目立つだろうし。
どこの出身かって言われて、本当の事を言っても多分信じて貰えないと思うんだ。
それ以前に、そもそもどうして此処に来たのかも分からないしね」
青年の言葉に陳宮は首を傾げる。幾ら何でもそれは大げさなのではないか、と。
「ではねねに聞かせて下さいです……貴方は、どこから、どうして此処にやってきたのです?」
陳宮の問いかけに青年は一つ頷いて。
「俺は聖フランチェスカ学園という場所に通っている学生で、ここに来る前は日本の鹿児島と言う所に居たんだ。正月を過ぎて5日位経った日だったかな。
いつもの様に布団で眠りに就いて、目覚めたら自分が休んだ部屋じゃなく一面の荒野だったよ。
正直訳が分からなかった。それでもまだ此処は日本……故郷だと思ってたよ。修行の一環とやらで、
うちの爺さんに山の中へ運ばれて置き去りにされた事もあったからさ。でも、さっきの男達や君を見て確信したんだ。
此処は俺の故郷でも何でもない、どこか別の場所なんだって……だってさ、俺の故郷では剣を持ち歩く人間なんていやしないし、そもそも街と街の間が城壁で区切られている場所なんて無いんだ……信じられるかい?」
青年は戯ける様に手を広げて問いかける。だが陳宮にはそれが演技や戯れとは思えなかった。
彼の目から伝わってくる感情は自分にも覚えのある物だったからだ。それは故郷へ戻れないかも知れぬと言う諦観を、
必死に誤魔化そうとする不安定で今にも泣き出しそうな、そんな感情。だから。
「……セントフラ……何とかや、ニホン、やカゴシマ、と言うのが何処かは知りません。貴方がどうやって此処に来たのかも分かりません。
正直言えば分からない事ばかりですし、普通に考えて信じられる訳がありません。
けれど……けれどねねは、貴方を信じるのです」
陳宮はじっと青年の目を見つめてそう言い切った。同じ様な不安を抱える相手に共感したのかも知れない。
何処から来たのか、何処へ行けば良いのか分からぬ青年と帰る場所を無くし何処へ行けば良いのか分からぬ自分。
これまで家族を除けばずっと一人だった自分の前に突然現れた同じ様な境遇の青年に、陳宮は仲間意識を抱く。
だからこそ、彼に向かってこう言ったのだ。
「だから……しばらく、一緒に居させて貰うです。よろしくお願いするのです」
「こちらこそよろしく。それからさ、堅苦しい喋り方は苦手なんだ、もし口調を変えてるなら普段通りの喋り方で良いよ」
ぺこりと頭を下げる陳宮に、彼は安堵の息を吐くと照れくさそうな表情で言葉をそう返した。
ならばとその言葉に甘える事にして、陳宮は再び口を開く。
「わかったです……とはいえ余り普段の喋り方と代わりはしませんぞ?では改めて北郷殿。
我が名は陳宮、字は公台。真名はまだ教えられませぬが、よろしくお願いするのです」
「ああ……ん?えっと、悪い。マナ?って何だ?」
愕然とした。冗談で言っているなら質が悪すぎるが……本気で戸惑い、疑問に思っている顔。
「真名とはその者の生き方在り方を示す名前、言うなれば本人その者。心を許し真名を許した相手で無ければ呼ぶ事は叶いません。
もし許されもせずに呼んでしまえば、その代償に首を刎ねられ殺されても文句は言えない、それほど大切な物なのです」
説明を聞き終えた彼の顔色は僅かに青い、怖がらせてしまったのかも知れないが彼が真名の事を何一つ知らないならば、
徹底的に教え込んでおくべきだろう。迂闊に誰かの真名を呼んでしまえばその先に待つのは破滅だろうから。
同時に何かを納得したと言う表情も浮かべたが……おおよそ見当は付いた。
「ねねと言うのは真名ではありませんですよ、ねねの真名は命を助けられた恩があるとはいえまだ教える事は出来ませぬ。
いずれ北郷殿を真名を預けるに足ると、本当に認める事が出来たら……その時に、教えるのです」
その時を期待している、と言わんばかりの陳宮の笑顔に青年も大きく頷いた。
「それでは出発なのです!……と言いたい所ですが一体何処へ行くべきか……」
頭を抱えて悩み出す陳宮であるが、洛陽へは戻れず陳留へも帰れない、となるとどうすべきか。
現在の有力な太守や豪族などを必死に思い浮かべていく陳宮に、青年が助け船を出す。
「そう言えば今有力な人物と言うと誰が居るんだ?そうだな……例えば袁紹や袁術、孫堅なんて人達は居る?」
「むぅ、袁家の連中は確かに領地も広く力もありますが……人柄については余り良い噂を聞きませぬ。
陳留でも商人達が度々愚痴を零しておりましたから、ほぼ間違いないと思うのです。
孫堅殿といえば呉の王ですな。しかし既に亡くなって今はその娘の孫策殿が呉王となっている筈です。
こちらも昔から土地に住む豪族などの力が強いらしいので、仕官するのは難しいと思うのです」
陳宮の言葉に青年はまたも考え込む様子を見せる。まるで何かつじつまが合わない、と言った表情だ。
だが少しするとその表情も消えてしまう、どうやら自分の中で何かを納得したらしい。
「それじゃあ、公孫賛や馬騰、陶謙に董卓……この人達は知っているか?」
「公孫賛殿は幽州、馬騰殿は西涼の有力者です。董卓という名は聞いた事がありませぬな。
しかし公孫賛殿は良く言えば安定しており、悪く言えばつまらない。生涯を掛けて仕える君主としては、
首を傾げざるを得ないのです……馬騰殿の所は、それこそ一族の統率力や土地の者の結び付きが強い土地、
そこへ新参が加わろうとしても土台無理な話だと思うのですよ。
陶謙殿は徐州の刺史でしたか、しかしこちらも高齢の為か近年、政が乱れていると聞きます。
母上の居る漢中へ行く事も考えましたが、張魯殿の治める漢中は五斗米道とやらを中心とした国だそうですし、
その教えを理解していない以上ねねが向かった所で何かの役に立てるとも思えませぬ。
……ところで先程言った董卓殿、とは?」
思い付く限りの諸侯を諦め、残った名前を青年に問いかける。
「ああ、確か涼州だっけ、の天水だったか……あの辺りの太守でね。今はそれほどの勢力でも無いらしいが、
羌族の侵攻を防いだりと実績は確か……だったと思う」
「なんだかはっきりしないで不安ですね……しかしそれならば軍師としても文官としても、力になれそうですな。
このままじっとしていても変わりませんし、決めたのです。目指すは天水、董卓殿の所ですっ!」
ぐっと握り拳を天に向け叫ぶ陳宮に思わず青年は笑みを浮かべた。この調子なら道中も楽しくなりそうだ。
と、陳宮が頬を赤く染めながら青年をちらちらと伺い、意を決した様に口を開いた。
「それで、受けた恩を返さぬ訳にはいきませぬし、道々返していこうと思うのです……それでその、
さ、最初の恩返しとして北郷殿をねねの最初の友と認めるのですっ、光栄に思うと良いのですっ!」
尊大な物言いに聞こえるがその視線には断られたらどうしよう、と言う不安がちらちら覗く。
だから青年はにこりと微笑み、こう言ったのだった。
「ああ、光栄だな。色々教えてくれよ?大事な友達さん」
「――――――!ま、任せるが良いのです!ねねが付いていれば百人力ですぞ!!」
こうして、二人は天水を目指し旅立つ事を決めたのだった。
第2話、プロローグまで含めると5話にしてようやくヒロインの名前を出せました。
はい、今回出てきた通りこのお話のヒロインは音々音となります。
理由については色々あります、他の作者様の二次創作を見てだんだん好きになっていったり、最初に思い付いたのがバッドエンドだったからそこから膨らませようとしたり。突き詰めれば日ごとに増す作者のねね愛が衝動となって次々とネタを思い浮かべげふんげふん。背伸びしたり成長しようと頑張るちみっ子って良いですよね。
今回名前だけ出てきた原作の方々の描写がちょっと……と思われる部分もあるかも知れません。
彼女はそれほど短慮でも底が浅くもないし、彼も暑苦しいだけでは無いでしょう。
しかしあくまでもその描写は音々音視点で見た情報であり実際に物語でどうだったのかは……。
その時が来るまでお待ち下さい。
それでは、またいずれ。
……この先へ向かうならば、相応のお覚悟を。この先は悲劇が確定された外史の欠片。
起こっていたかも知れないパラレルワールドの一幕。
それを理解してなお進むと言うのであれば、引き留める事は致しません。
その覚悟を信じましょう、このままお進み下さい。
※注意※
この先に記されているのはあり得たかも知れない外史の欠片、バッドエンドです。
幸せな結末を望むのであればこの外史を覗き込むのは止めておいた方が良いでしょう。
しかし先に待つのが何かを分かっていて尚覗き込むのなら……。
それはほんの僅かなズレ。もう少し時が違っていれば別の未来もあり得たのかも知れない。
天は赤く染まり少女は支えあう者を得られなかった、ただそれだけの話。
北郷一刀が目覚めた時、そこは眠りに就く前に居た部屋ではなかった。
辺りを見渡してみれば延々と続く土が剥き出しの道らしきもの。やや離れた場所には森が広がっており、逆の方向を見れば大きな岩や砂が目に付く、おそらくは荒野だろう。
此処は何処だと考えながらも遠目に見えた街の様な場所を目指す事にした一刀。
一時間程歩き、街の入り口らしい大きな門が見えてきた所でふと違和感を感じた。
(何だ、入り口にいる人達が……何か慌ててる?こっちを見てるけど……え?こっちに来た!?)
と、城門付近に居た人影が一斉に一刀の方へ駆け寄ってくる。
手には槍や戟、或いは剣を持ち鎧に身を包んでいる彼らはまるで歴史小説に出る兵士の様で、どこか現実感を感じられなかったのだが、彼らの武具は陽光を反射し輝いている。
本物の武器、という言葉が脳裏に浮かぶと同時に背後から複数の大きな声が上がった。
思わず振り返ればこちらも手に武具を持ち薄汚れた衣服に身を包んだ者達が迫ってきている。
その数は目視で凡そ20人、だが足音の響く大きさからすると後方にもっと居るのかも知れない。
身なりからすれば山賊や野盗の類だろうか。
街から駆けてくる兵も彼らを討伐に掛かったのか、そう考えた所で彼は気付いた。
「あれ……まさか、俺は獲物で……兵士からは俺もあいつ等の同類に見られてる?」
町の方へ近づいてくる武器を持ち変わった身なりの青年、背後には多数の賊。
実際には背後から迫る賊に気付いておらず今にも襲われそうな一刀を助けんと兵は駆け寄り、
逆に賊は十分手が届く位置から声を上げて身を竦ませ獲物にしてやろうと考えていたのだが。
「ちょ、うわああぁっ!?」
何とか腰の模造刀を抜いたものの一刀を中心として賊と兵達が激突し、当然そこに巻き込まれる一刀。
響き合う怒号や金属音、ぶつかり合う刃と刃。その中を何とかすり抜け、自身を狙ってきた刃を打ち落とし。
……それでも、乱戦に加え焦りの為か背後から迫る兇刃に気付く事は出来なかった。
「……あ……が、はっ……?」
賊が兵士の振るう槍を払いのけ、軌道が逸れた槍の穂先は一刀の背から胸へと抜けた。
突如己の胸から生えた赤い棘を虚ろな目で数秒見やり……一刀は、地に倒れ伏した。
流れ出す血は砂地を赤く染めていく、だがそれを気にする余裕のある者は今此処におらず。
暗転する意識の中、彼は最後まで何が何だか分からなかった。
その日、陳留の街を数十名の賊が襲撃した。賊を発見した警備兵30人がこれに応戦。
城壁の外で敵を迎え撃ち、多少の被害はあったもののなんとか賊を全滅させた。
被害は兵の死亡3名、負傷6名。そして賊との戦いに巻き込まれた旅人らしい青年が1名。
青年の物も含め、彼らの亡骸は城壁の傍に丁重に埋葬された。
そしてその日、陳留から一人の文官見習も姿を消していた。
賊との戦いが起こる数刻前に街を出たらしい彼女の名は陳宮、字を公台。
その後彼女の名は漢中の張魯に仕えていた、との一文だけが後の歴史書に残されている。
鍵を失ったこの外史は、それでも何事も無かったかの様に存在していた。
やがて綻び朽ち果て崩れ去り、消滅の時を迎えるその日まで。
バッドエンド1「出会えなかった二人」
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こんばんは、第2話が完成しましたので投稿致します。
今回も相変わらず物語の進行が遅い状況ですが……。
出発までの前準備、次回から多少話が動く為に必要なパートとしてこの様な形となっております。
また今回は後書きの後に本編のパラレルストーリーとして、バッドエンド1が存在しております。死にネタなども含まれますのでダークな展開に耐性がない、或いは気分が悪くなると言う方は、後書きでストップして下さいませ。
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