―――――空が、泣いていた。
飛ぶ血汐。
鳴る剣戟。
轟く悲鳴。
倒れる死骸。
―――――雨足は徐々に強くなり、
見る事も、
聞く事も、
私は慣れていた。
それが当然だったのだが、
―――――雑音を悉く消し去っていく。
あの男は、泣いていた。
死を嘆き、
死を悲しみ、
死を苦しんでいたのだ。
―――――その音色が心を鎮まらせ、
あの涙は、何故流れた?
あの涙は、誰が流させた?
考えるまでもない。
問うまでもない。
―――――その音色が心を浮き彫りにする。
間違っていたとは思わない。
あの御方の夢と志に賛同し、その為の剣となる事を誓ったのだ。
それに対する偽りや迷いは一切無く、今もその決意は揺るがない。
揺るがない、のだが、
「…………」
その沈黙が示すのは如何なる胸中か。
見えていたものが、今は曇って見えない。
聞こえていたものが、今は紛れて聞こえない。
進んでいたものが、今は霞んで進めない。
「私は、一体……」
どうしたというのか。
どうすればいいのか。
混迷に揺れる、その最中。
―――――ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!
「っ!!」
再び耳朶を揺らす『当然』。
弾かれるように視線を向けた先には、
やはり『当然』が広がっていた。
予感はしていた。
日に日に追い詰められている筈の、しかし何処か強い意志を感じさせた兵士達。
『何かある』
しかし、その『何か』が読めなかった。
……いや、選択肢の一つではあったが、除外していたのだ。
あまりにも無謀に酷似していたから。
「まさか、この状況下で更に兵力を割いてくるなんて、」
しかも、襲い来るのは背後から。
他のルートを辿って来たには、あまりに時間が短すぎる。
つまり、董卓軍のみが知る別のルートが存在していたか、もしくは、
「あの崖を降りて来たか……とんだ源義経ですね」
報告してくれた兵士によれば、襲撃を掛けて来たのは張遼らしい。
成程、馬術に長けた将ならば、あるいは……
「ご無事ですか、北条様!?」
「っ、はい、大丈夫です」
兵士の声に正気を取り戻す。
考えを巡らせるのは後回しにし、今はこの状況をどう打開するかを考えようとして、
―――――見つけた。
「っ!!!!!」
微かに聞こえた冷淡な声。
突如感じた、強烈なまでの殺気。
背筋を震え上がらされ、
四肢を凍りつかされたそれは、
正に大蛇の睨みそのものだった。
他は眼中にない。
ただ地を蹴り、
ただ剣を振るい、
ただ敵を屠るだけ。
走る。
奔る。
切る。
斬る。
断つ。
絶つ。
速く。
疾く。
遮るものは、
塞がるものは、
「……皆、邪魔」
―――――止めて。
「北条様っ!!」
消えていく。
散っていく。
命が。
魂が。
―――――止めて下さい。
「下がって下さい!!」
叫んで。
庇って。
怖くて。
恐ろしくて。
―――――止めるんだ。
「私の後ろへ!!」
脆く。
儚く。
容易く。
呆気なく。
―――――止めてくれ。
「ご無事ですか!?」
誤った。
甘かった。
招いてしまった。
私のせいだ。
―――――「……止めろよ」
「お怪我はありませんか!?」
責任。
義務。
重い。
苦しい。
―――――「僕ならここだ、もう止めろおおおおおおおおおお!!!!」
吠えた。
吼えた。
咆えた。
恐怖は忘れていた。
丹田に力を籠める。
大地を踏みしめる。
そして、
杖は、手放さなかった。
『僕ならここだ、もう止めろおおおおおおおおおお!!!!』
「…………いた」
真赤の中に、青と白。
『やたらと目立っとる奴や』
綺麗で、不思議な服。
「…………目立ってる」
柄を握る。
「…………敵」
目を据える。
「…………倒す」
真っ直ぐ進む。
そして、
「死ね」
無造作に振り下ろした。
「白夜様、何処ですか!?」
入り乱れる人の中、藍里は走った。
背後からの奇襲に対抗する為、白夜をなるだけ張遼から遠ざけ食いとめる算段だったのだが、
(袁紹軍がここまでお馬鹿だったなんて!!)
例え虎牢関を占領出来たとして、それで連合軍が瓦解しては何の意味もないというのに。
その思惑も、軍の一部を即座に関へと向かわせた曹操に先を越されそうだというのだから益々呆れる。
が、今はそれどころではない。
その袁紹軍が押しつけて来た呂布が向かった先が、
「白夜様……」
走った。
奔った。
速く。
早く。
そして、やっと見つけた主には、
「び、白夜様あああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」
あの飛将軍が、眼前にまで迫っていた。
―――――集中しろ。
右足を引いた。
―――――気を逸らすな。
身体を落とした。
―――――これ以上、
左手を突き出した右に添えて、
―――――誰も死なせて堪るか!!
ぐるりと、杖を反転させた。
(…………何?)
奉天牙戟を振り下ろしながら、呂布は微かに眉を顰める。
男は攻撃を受けようとしているのか、持っていた杖を鉤棍のように持ち替え、顔の正面に構えた。
お世辞にも武官には見えない細腕で何をしようと言うのか、と躊躇う事無くそのまま振り下ろしたが、
その刃が、男に届く事は無かった。
シャァァァン
「…………えっ?」
男の右腕は迎え入れるように牙戟と合流したかと思うと、
そのまま蚊でも遠ざけるかのように右手を振り払った。
すると牙戟は何の手応えも無く自然と男の左へ流され、
「ふっ」
そのまま刃を返し右水平に薙ぎを放つが、
男は左手を添えたまま右肘を曲げ、肘から先を縦に刃を受け止め、
そのまま徐々に身を引きながら身体を深く沈ませ、肘を更に曲げる。
シャァァァン
それに流された牙戟は男の頭上を再び流され、身体が僅かに上へと持っていかれる。
微かな隙。しかし、男はそれを見逃さなかった。
男は右手を引きながら反転させていた杖を即座に戻し、
「はぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
引かせていた身体を戻しながら裏拳気味に杖を振るう。
それは的確に呂布の右脇腹を捉え、
「くふっ」
威力はさほどない。
自分を討ち取る程でもない。
それでも、この戦において初めてくらった一撃だった。
「っ」
体勢を立て直し、そのまま唐竹に牙戟を振り下ろすが、男は左足を軸に大きく身体を半回転させる事でそれを躱した。
そこで背後に跳び退り、初めて呂布は動きを止めた。
もし先程、男の得物が杖ではなく剣だったら、今頃自分はただでは済んでいなかった。
なのに、
「…………お前、弱い?」
この男からは強さのようなものを感じない。
何度見ても、周囲にいる兵士達と何も変わらないような、その程度のものしか感じられない。
「…………もう一回」
奇妙な違和感を拭う為、呂布はもう一度、男に跳びかかった。
シャァァァン
藍里は唖然としていた。
以前の南陽において、白夜の実力はある程度知っていた。
合気道。『柔よく剛を制す』を旨とする天の国の、主の祖国の武術。
決して相手を倒す為ではなく、己が身を守る為のもの。
それは決して素手に限らず、武具を用いた流派も歴と存在するという。
シャァァァン
しかし今、目の前で繰り広げられているのは、果たして武術なのだろうか。
降りしきる雨。曇天の空、その真下。
嫌に遅れて見える、二つの影。
荒れ狂う暴風のように襲い来る冥い刃。
それを、決して難無くとは言えない表情でありならがも受け流す度に、透き通った残響音が戦場に響き渡る。
シャァァァン
呼吸は徐々に荒さを増し、
衣服は雨粒や泥に塗れ、
杖を反転させる度に飛沫が扇を描く。
直ぐにでも駆け付けるべきなのに、
藍里はその刹那の攻防に目を奪われていた。
だが、その拮抗も十と保たなかった。
「くっ」
六度目の斬撃をいなしながら、白夜は小さな苦悶を漏らす。
傍から見れば、互角とは言えずとも渡り合っているように見えていたかもしれない。
しかし、
(速いだけならまだしも、重いっ)
いなす度に、白夜の右手には疲労と麻痺という大蛇が強く巻き付いていた。
完全に受け流せていたならば、こんな事にはならない。
しかし、白夜は持ち得る全てで動きを読み取り、自身の考え得る最良の軌道で攻撃をいなし続けている。
つまり、ただただ純粋な力で押し切られているのだ。
だが、ここで手を緩めれば―――――
(っ、集中しろ、全部感じ取れ!!)
決意を新たに、末梢神経全てに至るまで感覚を研ぎ澄ませ、挙動や殺気、その悉くを読み取ろうとして、
ずるり、と。
いとも簡単にバランスが崩れた。
(しまっ―――――)
当て続けられた殺気。間断なく襲い来る凶刃。
心身共に削られ続けられていた、ただでさえ多くない体力が底を尽きかけている事に、白夜自身が気付けていなかった。
そして、相手の動きを読み取る事に必死過ぎて一瞬、周囲への注意が散漫となり、結果泥濘に足を掬われた。
その原因。
初めて感じた。
頭の何処かで、考える事を拒否していた。
―――――自分自身の『死』
身体が落ちる。
刃が迫る。
永遠にも感じられる一瞬。
そして、
次の瞬間、戦場に轟いたのは―――――
呂布は驚きを隠せなかった。
何度見ても、
何度考えても、
思う事はただ一つ。
この男は強くない。
自分を倒しうる強さなど持ち合わせていない。
周囲の兵士達と何も変わらない。
なのに何故、この男は自分にあの一撃を入れられたのだろう。
不思議に思えて仕方が無い。
僅か数合とはいえ、コイツは自分の攻撃から生き残ったのだ。
普通の兵士ならば一撃で吹き飛ばして終わりだというのに。
(…………こいつ、強くないのに、弱くない?)
初めて生まれた矛盾。
奇妙な違和感。
そして数瞬の後、
「っ?」
一瞬、見えた気がした。
この男の周囲に張り巡らされた、まるで蜘蛛の巣のような何かを。
(何、これ?)
僅かに眉を顰めるがそれは直ぐに消え、泥濘に足を取られた男は身体を崩した。
見逃さず、実に無造作に刃を振り下ろす。
それは今度こそ、男の脳天を捉える軌道で、
(気のせい?)
そう思い、呂布は今度こそ終わりを確信して、
次の瞬間、彼女の鼓膜を震わせたのは―――――
男の断末魔ではなく、
肉を裂き噴き出す血の音でもなく、
―――――ガギィィィィィィィィン
確かな『剣戟』だった。
そして、奉天牙戟を受け止めた刃の主を見て、
そのあまりに見知った顔を見て、
呂布は思わず呆けたように『彼女』の名を呟いた。
…………かゆう?
(続)
後書きです、ハイ。
最近、中々いい調子で執筆出来てました。
出来てたんですが……どうやらまたもPCの調子がおかしいようで、再び入院させなければならなさそうです。
こうなったら大学の図書館のPCで書くしかなさそうだ……
春から新大学生な皆さんは、生協のは低スペックなので、PCは自分で購入する事をお勧めしますです。
で、
虎牢関、いよいよクライマックスです。
あまり多くは語りません。というか、何を語ろうか決めて無かったので語れません。
あ、白夜の実力ですが、『守りに徹すれば』『数合程度なら』これくらいは出来るんだって事はここに補足しておきます。
恋が見たのは、彼の実力が見せた『可能性』みたいなものだと思ってくれれば構いません。
で、元ネタなんですけど、知ってる人もいるのではないかと思います。
気になる方は月刊マ○ジン連載中の直訳『カボチャ鋏』5巻を読んでみよう。(まぁ、かなり俺流の要素に変わってるけれども)
さて、
近況報告です。
バイトの面接、合格しました~♪
入社日の報告はまだ来てませんが、何れは週に3~4くらいでバイトが入ります。
いつまでかはまだ決めてませんが、暫くは続ける予定ですね。
これで日課の執筆、筋トレ、ポ○モン、DVD鑑賞(お笑い、特撮)にバイトが加わる事に。
サークルの方もそろそろ集会とかありそうだし、これから新学期に向かうに連れて中々に忙しくなりそうです。
勿論、こっちの更新もちゃんと続けますので、どうぞよろしくお願いしますね。
では、次の更新でお会いしましょう。
でわでわノシ
…………最近、またもや昼行燈っぽいライフサイクルに。直さないとヤバいなぁ。
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拙い文章ですが感想意見etc、一言だけでもコメントして頂けると嬉しいです。
では、どうぞ。
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