私達は周辺の警邏に赴いていた。
私の母、孫堅の代からの将、黄蓋と共に。
「ふむ・・・・もう春じゃというのに肌寒いのぅ」
「気候が狂っているのかもね。・・・・世の中の動きに呼応して」
「・・・・確かに、最近の世の中の動きは、少々狂ってきておりますからな」
「官匪の圧政、盗賊の横行。飢饉の兆候も出始めているようだし。・・・・世も末よ、ホント」
「うむ。しかも王朝では宦官が好き勝手やっておる。・・・・盗賊にでもなって好きに生きたいと望む奴が出るのも分からんでもないな。」
「真面目に生きるのが嫌になる、か。・・・・ま、でも大乱は望むところよ。乱に乗じれば私の野望も達成しやすくなるもの」
「全くじゃな」
何度この話題を繰り返したのかわからない。
「今は袁術の客将に甘んじてるけど。・・・・乱世の兆しが見え始めた今、早く独立しないとね」
「堅殿が死んだ後、うまうまと我らを組み入れたつもりだろうが・・・・いい加減、奴らの下で働くのも飽きてきたしの」
「そういうこと。・・・・だけどまだまだ私たちの力はまだまだ脆弱。・・・・何か切っ掛けがあればいいんだけど」
この状況から一刻も早く抜け出したい。
でも先に進むための切っ掛けがない。
私達にはまだ力が無い。
そしてその時期じゃない。
「切っ掛けか。・・・・そういえば策殿。こんな噂があるのを知っておるか?」
「どんな噂よ?」
「黒天を切り裂いて、天より飛来する一筋の流星。その流星は天の御遣いを乗せこの地に舞い降りる、天の御使いはその智武をもって乱世を沈静す。・・・・管輅という占い師のうらないじゃな」
「管輅ってあのエセ占い師として名高い?・・・・胡散臭いわね~」
「そういう胡散臭い占いを信じてしまうぐらい、世の中が乱れとるということだろう」
「縋りたいって気持ち、分からなくも無いけどね。・・・・でもあんまりよろしくないんじゃない?そういうのって」
「妖言風説の類じゃからな。じゃが仕方無かろうて。明日がどうなるか。明後日がどうなるか。とんと見えん時代じゃからな」
「ホント、世も末だこと」
噂なんて所詮噂。
そんな物にすがる位なら私は私の勘にすがるわ。
「うむ。・・・・さて策殿。偵察も終了した。そろそろ帰ろう」
「そうね。さっさと帰らないと冥琳に――――」
私が発した言葉を遮るかのように突然空気が爆ぜる様な音が辺りに響き渡った。
「・・・・なにこの音?」
「策殿!儂の後ろに!」
祭は素早く弓を構え辺りを警戒しながら私にそう告げる。
「大丈夫よ。それより祭、気をつけて・・・・」
私は金属の擦れる音を響かせ腰に携えた剣を抜いた。
嫌な気配は感じない。
それに私の勘が危険じゃないと言っている
実際のところ、何が起こるのか、何が来るのか、それに好奇心の方が勝っている。
最近退屈だったから丁度いいかもしれない。
「盗賊か、妖か・・・・何にせよ、来るなら来なさい。殺してあげるから」
また辺りに奇妙な音が響き渡る。
それと同時に私の視界が果てしない白に覆われていく。
「なにこれ・・・・視界が白く・・・・っ!」
「策殿ぉ!」
祭が呼ぶ声が聞こえた。
何も見えない。
目を開くとそこに広がっていたのは光。
いや、光じゃないのかもしれない。
目を凝らすと何かが見えた。
そしてそれと共に突如男の声が響き渡る。
「クソオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!誰か!!誰かぁぁ!!」
突然の叫びにビクっと体が反応する。
「止まらないんだよ!!誰かこの人を助けてくれよ!!」
止まらない?
助けて?
何が起こっているのか確認しようとするが体はぴくりとも動かなかない。
それどころか声すらも発せなかった。
「クソォ!!嫌だ、俺は絶対死なせない!!もう家族を亡くすのは嫌だ!!もう一人は嫌だ!!」
悲痛な叫びだけが木霊している。
心がざわめく。
見ず知らずの男の叫びに私の心は握りつぶされそうになる。
歯を食いしばり無理やりにでも体を動かして男のもとに駆けつけたい衝動に駆られた。
だけどその時光が収束していくことに気づき、そしてなにやら得体の知れないものが男とその男が抱える何かに近づいていくのが見える。
そしてそのまま光は消えた。
「・・・・・・ぇ?」
辺りを見回すとそこは先ほどとなんら変わりない景色。
「雪蓮殿!!」
「大丈夫よ、ありがとう。・・・・でも今の、一体何だったのかしら?」
祭は何事もなかったかのように声を掛けてきた。
私は無意識に祭に悟られないように平静を装った。
私が幻覚を見ただけかもしれない・・・・。
「分からん。妖が我らを化かしに来たのか・・・・」
祭は俯きながらそう答える。
私はその様子に少し違和感を感じながらも辺りを見回わす。
「周辺の状況は?」
「先ほどと変わりは・・・・ん?」
祭の表情が瞬時に驚きに変わっていくのがわかった。
「どうしたの?」
「あそこに人が倒れておる」
「えっ!?」
私は先刻の出来事が瞬時に頭の中を駆け巡り急いで祭の視線の先に目を向ける。
人と思しき物が倒れているその位置・・・・・光の中で見た光景、男と何かがいた場所。
祭も動揺が隠せない様だった。
「さっきはおらんかった。・・・・あやつが妖か?」
「どうだろ?・・・・行ってみましょう」
「策殿、危険じゃ!・・・・ええい、全く。人の言うことを聞かんお人じゃ!」
私は祭の制止を無視して人らしき物に向けて駆け出しす。
私は確認したかった。先刻のことが妖の仕業なのか、それとも妖の仕業だったのか。
好奇心と不安が入り乱れた奇妙な感覚に動かずにはいられない。
そこに横たわっていた物・・・・否、人。
「・・・・ぇ?ウソ?まさか・・・・・」
「はぁ、はぁ、はぁ・・・・主よ、あまり老いぼれをイジメんでくれ」
「祭!!」
「久々に走って、心臓が壊れそうじゃ」
「そんなことより見て!!」
遅れて駆け寄ってきた祭は息を切らしながら恨めしそうに私を見てかすぐに視線を足元に落とす。
私は足元に存在する事実から目を離すことができずにいた。
「っな!?。・・・・何故!?・・・・どういうことなんじゃ!?」
祭の表情から戸惑いとそしてその戸惑いの表情の中にかすかな喜びが見えた。
私も平静を保とうとしているけどはいるけど頭の中は光の中で目にしたことが駆け巡り、
そして目の前の事実に困惑している。
「さっきは居なかった。だけど気付いたら居た。・・・・さっきの光に関連付けるのが妥当だろうけど・・・・・」
「光と共に現れた孺子、か。・・・・管輅の占いの通りということか?」
そう、私達にはそれしか考えられなかった。
祭の話を聞きながら私は目の前の人物達の脈を取った。
目の前の二人はただ寝ているだけのようだが・・・・ぴくりとも反応しない。
「っは!?そんな事より雪蓮殿!!早くこの御方を運んで治療を!!」
「っえ!?あ、そうだった!!祭!!その男を連れて急いで戻って!!そして冥琳に直ぐに医者の手配を!!」
「心得た!時にこの男はどう処する?」
私は祭の言葉に頭をめぐらせる。
だけど今はどうでもいいこと。
「監視をつけてどこか適当な部屋に放り込んでて」
「応!!それでは雪蓮殿も気をつけてな」
一度だけ頷いて足元に寝ている女性を見下ろす。
怪我をしてはいるが穏やかな寝息を立てている。
「よかった・・・・・よかった無事で・・・・・」
目の前の女性の手を取り私はそう言葉を漏らした後その女性を背負い馬で駆け出した。
「雪蓮!!」
彼女は相変わらず心配性ね。
無意識に笑みがこぼれる。
「あら。お出迎え?」
「祭殿から聞いた。・・・・いったい何があった?」
「うん、拾い物したの」
「冗談でも拾い物なんて言うな! ・・・・それより、大丈夫なのか?」
相変わらず硬いわね冥琳は。
その冥琳は馬の後ろに乗せてある人物に視線を向けている。
「どう言う事だ?」
「管輅の占い知ってる?」
「何だいきなり、・・・・たしか、流星と共に天の御遣いがどうのとか」
「そ、それ。まさかね・・・・なんて思ってたら流星が落ちたところに・・・・・ね」
「はぁ?・・・・それは本当なのか?いや、しかし、まさか・・・・・な」
私の顔を怪訝そうに見てくる冥琳はそっちのけで話を進めることにする。
「そんなことは後でもいいの、医者の手配は?一応命に別状はないようだけど」
「既に集めてある、こっちだ」
「・・・よいしょっと」
私は背に彼女を背負い冥琳の後を追いけた。
・・・・・
「どう?」
「命に別状はないようだ。どうしてだかわからんが傷はほぼ癒えかけているそうだ。
ただ、傷自体はかなり酷かった様で、おそらくだが右腕の腱が切れていてもおかしくない様な傷だと、
右手が使い物にならないかも知れないから覚悟しておくように・・・・・・とのことだ」
「・・・・・・そう、まぁ、生きているだけで僥倖よ」
そう、もう死んだと思ってた。
でも、過程はどうあれ私達の所に戻ってきた。
うれしいことに温かい体のまま。
「・・・・・よかったわね雪蓮」
「・・・・・うん」
「あ~、雪蓮殿?感傷に浸ってるとこ悪いと思うのじゃが・・・・・」
寝台に視線を向けていた私に祭が声をかけてきた。
「あ、祭、ごめんね。あなたも再会を喜びたいわよね」
思わず笑みをこぼしながら祭の方に振り返る。
「それはもう!!こんなにうれしい事はないじゃろう!・・・・っと、そうではなくてじゃな
この儒子はどうすればよいのじゃ?」
祭は自分のわきに抱えるものに目を落とた。
私も視線を追うとそこには先ほどの男がブラブラと抱えられていた。
「あ、アレ? どこか放り込んでなかったの?」
「いやの、冥琳に事情を説明してどの部屋に入れるか聞こうと思ってたんじゃが・・・・・」
祭はそう言いながら冥琳に視線を向けジト目で冥琳を見つめた。
「・・・・あ、いや、・・・・・・申し訳ない。祭殿の話を聞いて居ても立っても居られずに」
「そう言う事じゃ。勝手に放り込んでもよかったのじゃが目が覚めてうろちょろされても困るからの、こうやって抱えていたというわけじゃ」
「あははは、珍しい事もあるのね。あの冥琳があわてるなんて・・・・・・っぷ、あははははは!」
よほど慌ててたんだろう。
いつも冷静沈着な冥琳が最後まで話しも聞かずに飛び出したなんて。
「雪蓮、そんなに笑うことでもないだろう・・・・・」
「いや、いい物を見せてもらったのぉ」
祭の様子もどこか上機嫌。
そうよね、あの人が戻ってきたんだから。
「ォホン、で、その男が?」
少し照れたのか、冥琳は咳払いをして表情を普段の冷静なものに戻す
私も、祭もそれを合図にもう一度男に視線の送る。
「えぇ、この男が一緒に倒れてたの」
「・・・・・ふむ、そうか。で、どうするつもりだ?」
冥琳はそう言いながら私に視線を向けた。
どうする・・・・・か。
考えるまでもない気がするけど。
私の表情に気づいたのか冥琳が少し怪訝な顔をする。
「もうわかってるんじゃない?冥琳」
「やれやれ。お前がそういう顔をしてるときは大抵ろくでもないことを考えているときだと記憶しているのだが?」
なにやら渋い顔をしている冥琳をよそに祭に視線を送るとそれに同調するかのように祭が話し始める。
「儂は、この儒子に興味があるからのぉ、聞かねばならぬこともあるだろうしとりあえず様子を見るのはどうじゃ?」
「祭殿まで・・・・・。雪蓮も同じ意見なのか?」
つくづく呆れたように私に問いかけてくる冥琳。
だって面白そうじゃない?
もう会う事も無いと思ってた人と共に
流星に乗って現れた男。
こんなにわくわくする事はここ最近無かったし。
それに見たことのない素材の服だし。
珍しく祭も興味を持ってるし。
「そうね、あの人と一緒に落ちてきたわけだし、それに何か面白そうじゃない?
だからとりあえずはこの子が目を覚ましてから決めよ?」
「はぁ・・・・そんなにニヤニヤしながら言われてもな・・・・。どうせいいおもちゃでも見つけたと思っているんだろお前は」
「あったり~♪うれしい事とに加えて面白そうな物が手に入ったんだしねぇ」
「ま、どちらにしろ孺子には訊問せねばならんだろぅ?その後、おいおい考えたらどうじゃ?」
祭が薄ら笑いを浮かべながら私に私に視線を向ける。
どうするって意思を込めて冥琳に視線を投げかけると、呆れたようにため息をついて部屋の指示を出し始める。
「・・・・・・しかたない。祭殿。申し訳ないがその男をどこか適当な部屋へ・・・・・それと雪蓮。お前は明日の朝まであの男の部屋には一切近づかないこと」
これからどうし様かと考え込んでいる私を尻目に冥琳が口を開く。
「っちょ!? え?なんで?」
「・・・・・祭殿」
「応。扉に二人、窓の外に二人、詰め所に十人ほど詰めておけば良いか?」
なによ二人とも・・・・・。
「・・・・先読みしすぎ」
釘を刺されてしまった。
「あなたの行動なんてお見通しよ。・・・・約束してちょうだい」
「はぁ・・・・了解。じゃ、二人ともこの子のこと、よろしくね」
釘を刺され、それを無視してまで近づいたら冥琳がまたうるさいだろうし、おとなしく従うことにして私は自分の部屋へと歩を進める。
「相変わらずなお方じゃな」
「後で部屋に忍び込むつもりだったんでしょうね。・・・・油断も隙もない」
「爛漫娘のお守りも大変じゃの」
「ふふっ、祭殿こそ」
「くははっ、違いない」
何よ、二人して笑ったりして。
私は帰るふりをして柱の影から二人の様子を伺ってみたら案の定。
だって興味があるんだから仕方ないじゃない?
「では冥琳。儂も行くぞ」
「お疲れ様でした。孫策を入れないように。くれぐれもお願いしますよ、黄蓋殿」
「応」
あー・・・・、これは本当に忍び込むのは無理そうね、残念。
仕方ない、今日はおとなしく寝ますか。
私は、朝一であの子のところに向かうために大人しく眠ることしよう。
「―――――――――ん」
朝か。
スズメの鳴き声が聞こえる。
確か今日の講義は・・・・・・ん?まてよ・・・・・。
確か・・・・・。
俺は慌てて体を起こし辺りを見回す。
「ここは・・・・・」
俺は、何でこんなとこに?
ここは・・・・・どこ?
「目が覚めたか孺子」
「へ?」
声のが聞こえた方へと視線を向けるとこれまた妙齢の女性がそこに立っていた。
っちょ!?その胸は反則・・・・・なんてことを何気に考えていると・・・・
「起きてそうそうどこお見ておる」
「あ!あぁ、すいません・・・・・ところで、どちらさん?」
「ん?儂か?儂の名は黄蓋、字は公覆と言う。以後見知りおけ」
「・・・・・こう、え?」
あれ?
おかしいぞ?
黄蓋?孫家に仕えていたあの黄蓋公覆?
何で黄蓋がここにいるんだ?
「お主、ちゃんと儂の言葉理解しておるのか?」
「ええと、まって今一理解できてないかも・・・・」
何だこの状況。
あの近くに黄蓋がいたってことか?
いや、それは無い。
いたのなら直ぐに出てきたはずだし、あの場所に他の人達はいなかった。
「あー、えと、黄蓋さん」
「なんじゃ?」
「ここ・・・・どこ?」
「ここは建業。我が主、孫策殿の館よ」
「はあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
頭がこんがらがってきた。
俺は荊州襄陽にいたんじゃなかったのか?
しかも、我が主、孫策って言ったよな?
「ここは・・・襄陽じゃ?」
「江都じゃ。お主一体どこの出身じゃ?」
「出身は東京浅草・・・・だけど昨日は襄陽にいた・・・・はず・・・・だ」
「とうきょうのあさくさ・・・・?聞いたことがないぞ、それに昨日は襄陽にいただと?」
聞きたいのは俺のほうだよ・・・・。
一昨日?までは日本にいた。そして昨日までは古代中国の襄陽。そして今日は建業。
たしか揚州だよな?建業って・・・・・。
一体どうなってるんだ?
黄蓋さんは、おもいっきし怪訝な視線をぶつけてきてるし。
「・・・・・・え~と」
「なんじゃ?」
バーーーーーーーーン!!
「おっはよーう!!」
黄蓋さんに質問を投げかけようとしていたら突然戸が勢い良く開き、これまた、あれが反則な女性が飛び込んできた・・・・・。
あとがきっぽいもの
始まりました獅子丸です。
さて、新作第一話です。
とりあえず語っておくべきことは・・・・・・・・・
もう予想がついている方もいるようですが、あの御方です。
もちろんオリキャラ。
口調などかなり迷いましたがその辺は次回以降で確認できるかとおもいます。
オリキャラですが、あのお方以外にも数人登場する予定ではあります。
今後増える可能性もありますがなるべく今考えている以上は増やさない方針です。
因みに男性キャラもいますw
まぁ、その辺も後の話でご確認くださいませ。
この作品は獅子丸の都合上更新が遅くなるかもしれません。
何故か「萌将伝的日常」も書いています。
なれない物書きなのに2作品同時進行することにw
書き続けることができるのかかなり不安ですが頑張りますb
それでは毎度の一言
生温い目でお読みいただければ幸いです。
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作者の都合により一部修正しました。詳細は第六話まえがきをお読みください。
第一話です。
序章から急に話が飛んでますが仕様ですb
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