善良な人間に助けられた俺は立派な屋敷で最善を尽くす治療を毎日のように受けていた。その結果、痕は残るも全身の激痛は消え去り万全の動きに戻りつつあった。
城内を自由に歩き回れることを許された俺はリハビリを兼ねて中庭で羅刹の素振りをしていた。そこに、
「変わった得物だな」
水兵の調練から戻った思春――真名を許された――が声をかけてきた。
「調練お疲れ様です、思春殿。――確かに大陸では珍しい得物かもしれませんね」
東洋の島国の得物をモチーフにした羅刹。背丈の何倍もある長さもあり、特異するべきは細い刃の部分である。大陸の剣とは対極にあたる。
「でも明命殿は俺の武器に似ていますね」
背後に聳え立つ一本の木を小突いた。
「はわー!」
すると奇声と共に一人の少女が降ってきた。彼女は周泰幼平こと明命である。呉の隠密部隊のエリートである。
「なるほど。しかし明命の武器よりさらに長いな」
「それは作り手の問題でしょう」
尻もちをついた明命を起き上がらせながら思春に返答した。
それからは何故か思春と明命の前で演武を披露することになった。そこに孫家の次女である孫権と文武共にこなす呂蒙が中庭にやってきた。
「楽しそうな時間をつぶすのは心病むが、姉上から書状が届いた。明朝に軍を率いて出陣する」
「御意」
眠りの虎が覚醒する瞬間が訪れた。董卓連合を結成する前は袁術の居城を奪う算段だったが、孫策と相対して早計だと感じた。眠る虎でも虎の娘だった。
「蓮華殿、その戦は俺にも手伝わせてください」
「しかしその傷では……」
「問題ありません。それに治療してもらった恩返しです」
俺の言葉に悩みながらも蓮華は妥協してくれた。他国の人間が力を貸されることを嫌うのではなく、傷をいたわる彼女の本当の優しさなのだとすぐに理解できた。
聖たちの元に一通の書状が届いた。その瞬間、城内に安堵の空気が満ち、それは城下町まで伝わった。主君が執筆された書状には「孫策の妹君である孫権殿の元で世話になっている。今、虎が眠りから目覚めようとしている。瀕死だった俺を助けてくれた恩返しをしたい。聖たちは動かせる兵を集めて指定の場所へと向かうべし」と書かれていた。
「月、詠、城の守りはお願いするのじゃ」
「わかりました」
聖の指示のもと明星軍は動き出す。主君を迎えに。主君の恩返しを達成するために。
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傷を癒した翡翠は恩返しをする。