外伝 みんなの出会い
「あっはっはっは!一刀何言ってんのよー!」
雪蓮さん、それはお店の置物のタヌキさん(体長1m)です。
「だからな、一刀。私はいつもいつも雪蓮の世話ばかりで大変なんだぞ?」
冥琳さん、それは一刀君ではなく恋さんです。
「………zzz」
恋さん、いくら美味しくても寝ながら料理を口に運ぶのはやめましょう。
「なんじゃ、こいつら?これっぽっちで酔っ払いおって」
「祭さぁぁああん!」
貴女だけが救いです。どうかこの酔いどれ達をどうにかしてください。
俺は恋と夕食の買い物に出てきていた。いつもの事ながら恋は大食いだから、作る方も楽しいというものだ。近所のスーパーのチラシ片手に、俺は恋と商店街へと向かう。
「恋、今日は何が食べたい?」
「………なんでも」
「それが一番困るんだが………。和洋中でいったらどれ?」
「………和」
「りょーかい」
いつも通りの簡単な会話。それでも十分に意思の疎通ができるのだから、問題ない。
最初は八百屋だな、そんなことを考えながら商店街の入り口のアーケードをくぐろうとしたところで―――
「一刀っ!」
「………ぐへぁっ!?」
―――背後から何者かに襲われた。
「いてて………って、雪蓮か?」
「あら、覚えていてくれたのね?さっすがー」
「………誰?」
見ると、俺に衝撃を与えたのは、以前本屋で助けた女性だった。恋は勿論知らないのだが、これは修羅場に………ならないな、恋だし。
俺はなんとか腰に抱き着く雪蓮を引き剥がす。と、そこで一人の女性が駆けてきた。
「雪蓮!いきなり走り出したと思ったら、人に迷惑をかけて―――」
「あれ、本屋さん?」
俺たちに寄ってきたのは、先日訪れた本屋の女性だった。確かチーフとか呼ばれていた気がするが、仕事帰りなのだろうか。
「―――って、貴方は確か先日………」
「そうよ、冥琳!あたしを助けてくれた北郷一刀君です!」
「ども」
「あぁ、あの時の………。貴方が雪蓮を連れてったおかげで、こっちは大変だったんだぞ?」
「それは申し訳ない。まぁ、文句なら雪蓮に言ってくれ」
「そうだな」
「ちょっとー、あの時の説教はもう受けたでしょ?勘弁してよね」
どうやらあの時予想していた通りのことになったらしい。冥琳と呼ばれた女性は眉間を指で押さえる。なかなか苦労しているらしいな。
「それより、そっちの娘は誰?彼女?」
「ん、そうだよ。恋、自己紹介しな」
「ん……恋は、恋」
自己紹介になっていません。
「へぇ、可愛い名前ね。恋、って呼んでいい?あたしも雪蓮でいいから」
「……ん」
「で、こっちは冥琳ね」
「………わかった」
俺と冥琳が言葉を挟む間もなく勝手に紹介を終える2人。まったく正反対のタイプに見えるが、それが逆に2人を噛み合わせているのだろうか。そんなことを考えながらも、雪蓮の隣の冥琳に自己紹介をする。
さて、どうしようかと思う間もなく、雪蓮が再び口を開く。
「それで、2人はこれからどこに行くの?」
「夕飯の買い出しだよ」
「へぇ、恋って料理得意なの?」
「………食べるのなら」
「へ?」
「あぁ、食事はいつも俺が作ってるんだよ。恋は料理が苦手だからな」
「そうなんだ。あ、夕飯がまだなら、今日はあたしたちと一緒に食べない?」
「ちょっと、雪蓮!いきなり誘っては失礼だろう」
「堅いこと言わないの。どう、一刀、恋?」
「どうする、恋?」
「………………」
雪蓮の誘いに、恋は人差し指を顎に当てて考え込む。おそらく今の恋の頭の中では「外食=お金がかかる=あまり食べられない」という方程式が成立しているのだろう。たまには気にしなくてもいいんだけどな。
「そうそう、この間のお礼もまだだったし、今日はあたしの奢りでもいいわよ」
「え、それはわる―――」
「いく」
俺の言葉を遮って即答する恋。こういう時ばかりは行動力が速いのだが、躾がなっていない子供のようで少し恥ずかしい。
「あらあら、現金な娘ね。まぁいいわ、楽しそうだし」
「いいのか?恋ってけっこう食べるぞ?」
「いいわよ。そんなのたかが知れてるでしょ?」
後悔すると思うんだけどな。まぁ、いざとなったら割り勘にすればいいか、バイト代も入ったばかりだし。
雪蓮の少しだけ強引なお誘いに、俺と恋はのることにした。隣では冥琳がまたまた頭を抑える。彼女も苦労気質なのだろうな。
俺たち4人は商店街を歩く。雪蓮が恋に話しかけ、恋は相変わらず一言で返す。女の子(恋除く)は会話が好きだと思っていたが、そんな恋を気にすることなく雪蓮は話し続ける。そんな気遣いに感謝しながら、隣を歩く冥琳に話しかけた。
「なぁ、いま何処に向かってるんだ?」
「雪蓮のことだから、いつも行く居酒屋だろうな。チェーン店ではないぞ?値段の割に料理は美味いし、店主の女性も面白い人だ。きっと気に入るだろう」
「そっか。居酒屋はあまり行かないから楽しみだな」
俺の言葉に冥琳は少し驚いた表情を見せる。
「なんだ、大学の男たちはどいつもこいつも飲み会ばかり開いているから、男というのは皆酒を好むと思っていたのだが………北郷は飲めないのか?」
「いや、呑めるんだけど、恋と行くとお金がかかりすぎるから、大抵家で飲むんだよ」
「そんなに高いところでなくとも、美味い店はいくらでもあるだろう」
「………質より量だからな、恋の場合は」
「………………そんなに食うのか?」
「どれだけ食べるかは分からないけど、とりあえず、食べ過ぎて苦しんでいる姿を見たことがない。止めなければ際限なく食べ続ける。これしか言えない」
「………雪蓮の財布は大丈夫なのだろうか」
冥琳の心配も当然のことだ。まぁ、一度見れば分かってくれるだろうし………。とはいえ、俺は財布から消えていくであろう諭吉さんに想いを馳せるのであった。
「さ、此処よ!」
2人と出会った時はまだ僅かに紅い空が残っていたが、いまでは夜の帳が降りている。そんな黒い空の下、街灯に照らされるのは1軒の居酒屋である。居酒屋『祭り』?なかなか粋な名前だ。その店名と相まって、店はなかなかいい雰囲気を醸し出していた。
雪蓮は説明もそこそこに引き戸をガラガラと開くと、店内に向かって声をかけた。
「祭さーん、空いてるー?」
「どれだけ行きつけなんだよ、2人は?」
「雪蓮が物怖じしないだけだと受け取ってくれ」
「………いい匂い」
冥琳は少しだけ恥ずかしそうにしながら雪蓮の後に続く。恋も中から漂う料理の匂いに鼻をひくひくと動かしながらそれに続いた。残されてはたまらないと、俺も店の中に入り、戸を閉めるのだった。
「ほら、一刀、恋、こっちよ!」
「………ん」
中に入ると、雪蓮と冥琳はすでにカウンターに座っており、俺たちを手招きする。それに従い俺たちも席に着いた。奥から雪蓮・冥琳・恋・俺と並ぶ。なんだ、このハーレム布陣は?俺が少し変な方向に思考を飛ばしていると、カウンター越しに声がかかる。
「よく来てくれたな。ほれ、おしぼりじゃ」
「あぁ、ありがとう」
「………ん」
声をかけてきたのは、長い髪を後ろで結わえたエプロン姿の妙齢の女性だった。他に店員がいないところを見ると、どうやら彼女がこの店を1人で切り盛りしているらしい。
「まぁ、雪蓮に無理矢理誘われたくちじゃろうが、まぁ、楽しんでいってくれ」
「ちょっとー、そんな言い方ないじゃない」
彼女の言葉に雪蓮が反応する。接客業とは思えない言葉遣いだが、少しも尊大に感じないのは、彼女が醸し出す雰囲気故だろうか。
「さて、今日はどうする?」
「んー、おつまみは適当に見繕って。お酒は………どうする?」
「私はいつもので」
冥琳は言いながらカウンター横にある棚を見上げる。………その年でボトルキープとか渋過ぎだろう。
と、恋が俺の袖を引く。俺は恋に向き直るとそれに応えた。
「………今日は、飲んでもいいの?」
「あぁ、ちゃんと連れて帰るから、安心しな」
「………ん」
とまぁ、この通りである。恋は酒も飲めるが、飲んだらどうしても寝てしまう。俺がおぶって帰ることを想像して気を遣ってくれたのだろうが、恋を背負うくらいたいしたことはない。俺はビール1つと甘い酒を、あと恋にご飯を大盛りで注文した。
「あら、お酒を飲むのにご飯も頼むのね」
「見てればわかるよ。さすがにつまみだけだと恋は満足しないからね」
「そうなの?それはそれですごいわね」
ほどなくして、カウンターからグラスとジョッキが差し出される。雪蓮と恋はサワー、冥琳はキープの日本酒用の氷とグラス、俺はビールと、それぞれに行き渡った。
「それじゃ、あたしたちの門出を祝って!」
「いや、意味わかんない―――」
「かんぱーい!」
「乾杯」
「………ぱい」
「………もういいよ。乾杯」
カウンターにグラスのぶつかる音が鳴る。
飲み始めて2時間近く経ったろうか。平日のせいもあり、店内には俺たち以外の客の姿は既にない。ガラガラという音に引き戸の方へと目を向けると、祭さんが暖簾を片づけているところだった。
「あれ、もう閉店?」
「いや、今日はもうお主らの貸切じゃ。自営業はこういうところが楽でな」
「なんか悪いね」
「かまわんよ。雪蓮と冥琳は見ていて面白いし、お主らもなかなかに楽しいからのぅ」
そう言ってカラカラと笑いながら、祭さんはカウンターの中へと戻る。隣を見れば、恋は10杯目のご飯に手をつけ初め、その奥では雪蓮と冥琳が楽しそうに会話をしていた。3人邪魔をするのも悪かろうと、俺は洗い物をする祭さんに話しかける。
「そう言えば、この店は祭さん1人?」
「ん?そうじゃな。元々は父親の店じゃったが、死んでからは儂1人じゃな」
「そうなんだ。大変だね」
「なに、慣れればどうってことないわ。経費と考えればタダで酒も飲めるしな」
そう言ってグラスに入った日本酒を傾ける。大人の女性、って感じだな。そんなことを考えていると、ふと、思い出したように祭さんが尋ねてきた。
「一刀と言ったな。そう言えば、お主が雪蓮の言っていた運命の人という奴なのか?」
「………は?」
途端、横で何かを噴出す音。振り向けば咳き込む雪蓮と彼女の背中をさする冥琳、そして口いっぱいに料理とご飯を詰め込んだ恋。
「ごほっ、げほっ!………祭さん、ちょっと何言ってんのよ!」
「なんじゃ、お主が言うたことじゃろうに………。一刀よ、先週のこいつは見ていて面白かったぞ?なんせ、飲む前から『今日バイトで男の子に助けて貰った』とか『あたしをお姫様抱っこで運んでくれた』とか『超イケメンで、これはもうあたしの運命の相手ね』とか―――」
「ああぁぁああぁぁぁあああっ!!お願いだからやめてーっ!!」
雪蓮の顔が赤いのは、きっと酒だけの所為ではないだろう。彼女は顔を真っ赤にしながら両手をぶんぶんと振り回し、祭さんに懇願する。横では冥琳がお腹を抱えて笑いをこらえており、恋は相変わらず食事に夢中だ。
このままでは可哀相だと、俺は雪蓮に言葉をかける。
「雪蓮、ごめんな………俺には恋がいるから、諦めてくれ」
「こ、告白してないのにフラれたぁぁあっ!?」
店内に雪蓮の悲痛な叫びが響き渡った。
泣き崩れる雪蓮は冥琳に任せて、俺は祭さんに向き直った。
「言わない方がよかったかな?」
「なに、そこのお嬢がお主の相手なら、早いか遅いかの違いじゃ。むしろ、早い分、傷もすぐに癒えるというものよ」
「ならいいんだけどね」
俺はそう呟き、ビールを空にする。すでに何杯飲んでいるかも数えていない状況だが、思ったよりも俺は酒に強いらしい。軽い酩酊感はあるが、前後不覚というほどでもない。と、つい先ほどまでカウンターに伏せっていた雪蓮ががばっと起き上がり、声を荒げる。
「今日は飲むわよっ!冥琳!!」
「はぁ…厭だと言ってもお前は飲むのだろうな………。わかった、付き合うよ」
「優しいなぁ、冥琳は」
「なに、人生で初めてフラれたのだ。そんな日くらい甘えさせてもいいだろう?」
「それはそれで凄い気がするけど………」
冥琳曰く、雪蓮は告白されてフることはあっても、その逆はどちらも未経験らしい。なんとも申し訳ない状況だ。まぁ、俺に出来ることもたかが知れているので、あえてそこに触れようとは思わないがな。
雪蓮の注文を受け、祭さんは奥の棚から日本酒の1升瓶を取り出す。
「ほれ、こいつは儂の奢りじゃ。今日くらいは酔いつぶれても許すぞ?」
「祭さぁん………」
雪蓮は涙目になりながら瓶と新しいグラスを4つ受け取ると、それぞれになみなみと酒を注ぐ。え、俺も飲むのか?
「当り前よ!こんないい女をフった罰よ!」
「自分で言ったら世話がないのぅ」
祭さんのツッコミもなんのその。雪蓮は1杯目をぐいと傾けると、その中身を一気に飲み干した。
「冥琳、おかわり!」
「はいはい」
冥琳は苦笑しながらもグラスを再び満たす。ま、今日くらいならいっか。罪滅ぼしという気はまったくないが、新しい友人と仲を深める席だと思うことにし、グラスを空ける。
―――そして、冒頭の部分に戻るわけだ。
「なんじゃ、情けない声を出しおって」
「だって、俺には収拾がつけられないよ」
「まったく、それでも男か。男なら女の2人や3人くらいまとめて面倒見てみぬか」
祭さんは呆れた口調ながらも笑っており、手に持つグラスを傾ける。残り少ない中身を空にすると、祭さんはカウンターから身を乗り出して、雪蓮と冥琳の頭をぐいと掴んだ。
「へ?」 「なんだ?」
と思ったのも束の間、祭さんはその両手に2人の頭部を収めたまま、思い切り腕を回した。
「ちょ、なに?」
「………気持ち悪い」
そうすること30秒。祭さんが手を放すと、雪蓮も冥琳も、そのままテーブルに突っ伏した。
「これでよし、と」
「………………えげつないな」
俺は雪蓮たちと同様に机に伏せる恋の周りの空いた皿を片づけると、祭さんへと渡す。すまんの、という言葉で受け取った彼女は、そのまま流しに食器を置いた。料理の残っている皿を恋の手から外すと、俺はそれを肴に、ちびちびと酒を再び呷る。
「それにしても、雪蓮がここまで入れ込むとはのぅ………」
「ん?」
「いやなに、何度か大学の友達を連れてきたりはしておるが、ここまで素の自分を出すのは冥琳以外では一刀が初めてなのだ。冥琳も同じにな。………どこか波長が合うところでも持っておったりしてな」
「そうかなぁ………俺としては、恋とも仲良くしてくれてるし、それで十分だよ。雪蓮の強引さも最初に助けた時から知ってるし、もう慣れたさ」
「ほぅ…」
祭さんはその笑みを深くし、俺をじっと見つめてくる。居心地の悪さを感じながらも、俺が目で問うと、なんてことはないと、彼女は口を開く。
「なかなかに器も大きいようじゃな。まぁ、儂もこやつらのことは気に入っておる。これからも面倒を見てやってくれ」
「………こちらこそ、かな」
俺たちは軽く笑いあうと、グラスを掲げて、小さく打ち鳴らした。
「ところで、雪蓮と冥琳どうしようか?」
「何がじゃ?」
「いや、どうやって連れて帰ろうかな、って。送って行くにしても家の場所も知らないし………」
「なんじゃ、そんなことか。だったら、今夜はここに泊まればよい。奥に部屋はあるし、布団も余ってるからな」
「いいの?」
「かまわんよ。妹や弟が泊まりに来たようなもんじゃ」
「ありがと………って俺も?」
「おう、そうじゃぞ?なんじゃ、儂みたいなおばさんが姉では不服か?」
「いやいや、まだ全然若いじゃん。俺も一人っ子だから、ありがたく受けさせてもらうよ」
「ふふっ、お主も大概に口が上手いな」
「そんなことないと思うけどなぁ………ま、それじゃぁ今日はお言葉に甘えさせてもらうよ。2人をよろしく頼む。俺は恋を連れて帰るから」
そう言って立ち上がると、祭さんは何を言っているんだ?というような顔で俺を見てくる。
「お主も泊まっていけばよいではないか。何処に住んでおるかは知らんが、その娘を背負って帰るのも一苦労じゃろうに」
「でもなぁ………」
「なんじゃ?お主は姉の誘いを断る気か?」
「姉って………わかったよ、俺も世話になる。これでいいか、祭姉さん?」
「かっかっか!これはこれは、なかなか善い響きじゃな。さて、儂は寝床を準備してくるから、一刀もそいつらを運んでくれ」
「あいよ」
祭さんは豪快に笑い声をあげると、奥の扉へと入っていく。
俺は、とりあえず一番扉に近い雪蓮から抱え上げると、その後に続いていくのだった。
案内された和室の押し入れから、祭さんが布団を出して準備する。俺はもう2往復して冥琳と恋を運ぶと、最後に3人のバッグを持ってきた。それを部屋の隅に置くと、祭さんが敷いた布団にそれぞれを寝かせ、掛布団をかけてやる。雪蓮と冥琳は若干顔をしかめているが、頬に触れると熱を帯びているし、それほど問題もないだろう。恋は相変わらずすやすやと眠り続けている。俺がそんな恋の頭を撫でていると、祭さんが声をかけた。
「一刀ももう寝るか?」
「どうしようかな………今ので少し目が覚めちゃったんだよなぁ」
「だったら、もう少し付き合え。とっておきの酒を出してやるわ」
「いいの?だったらご相伴に預からなきゃな」
俺たちは部屋を出て電気を消すと、その襖を静かに閉じた。
店に戻った俺たちはカウンターではなく、テーブルに向い合せに座った。テーブルの上には高そうな日本酒の瓶と、氷とグラス。お互いに注ぎ合い、軽く杯を合わせると、同時に杯を口に運んだ。
「美味しいね、これ。それにいい香りだ」
「じゃろう?高かったからのぅ」
「あ、やっぱり?………そうだ、忘れないうちに今日の食事代払うよ。いくら?」
「なんじゃ、明日でもかまわんが」
そう言いながらも、エプロンのポケットからメモ帳を取り出して、さらっと計算して合計を書くと、メモ帳を俺に差し出した。俺は、代金より少しだけ多めのお札を出すと、彼女に手渡した。
「待っておれ、今釣りを出してやる」
そう言って立ち上がろうとする彼女を俺は手で制した。
「いいよ、小銭だし。今夜の宿泊料ということで」
「そうか?お主がそれでいいならいいんじゃが………」
「それに、これからもお世話になりそうだし、な?」
「くっくっく、そうじゃな。お主とは雪蓮や冥琳共々長い付き合いになりそうじゃ。じゃが、儂も借りは作らん主義でな?余った釣りは明日の朝食代としてもらっとぞ」
「あぁ。楽しみにしてるよ」
それきり会話はなくなったが、俺たちは酒を口に運び続ける。外から入り込む街灯の光と、時折聞こえる車のエンジン音を肴に、俺たちはしばらくの間、酒を酌み交わすのだった。
翌朝―――。
「(モシャモシャモシャ………)」
「恋、もっと落ち着いて食べな」
「気にするな。作ってる方としても喜ばしい限りじゃ」
俺と恋が祭さん手製の朝食を頂いていると、居間のドアが開いて、2人の人物が顔を出した。
「ゔぅ゙………あだまいだい………………」
「………頭がくらくらする」
雪蓮と冥琳だ。2人は死人もかくやというような形相でふらふらとテーブルに着いた。
「あれ…ここ、どこ………?」
「今さらだな。ここは祭さんの家だよ。昨日3人とも酔い潰れたから泊めてもらったんだ」
「そ、そうか……祭さん、すまないが水をもらえないか」
「………あだしも」
「情けないのぅ。あれっぽっちの酒で二日酔いとは………。ほれ水じゃ。朝飯は…その様子だと入りそうにないな。まぁよい。味噌汁だけでも飲んでいけ」
「………いだだぎまず」
「…あ、ありがたい」
からかいながら水の入ったコップを2人の前に置いた祭さんは、言葉の通り味噌汁の準備するのだろう、コンロに置かれた鍋の蓋を開いた。
なんとか落ち着きを見せたところで、改めて2人の様子を振り返ると、それは俺が見ていいものではないような気がしてきた。
雪蓮の眼は半開きで頭はボサボサ。冥琳の頭も寝癖が其処彼処に現れ、眼鏡も傾いている。恋は相変わらずの癖っ毛だから問題ないとして、俺はそれとなく眼を逸らした。
雪蓮と冥琳がうだるように味噌汁を啜っていると、祭さんも自分の朝食をテーブルにおいて、腰を下ろした。
「それよりお主ら、シャワーを貸してやるから、食べ終わったら入ってこい」
「えー、めんどくさい…」
「そうは言うがな?ここには一刀もおるぞ?そんな恰好を見せるのはどうかと思ってな」
「………………シャワー浴びてくる」
「………あたしも行くわ、冥琳」
「くっくっく、湯も沸いておるから、一緒に行ってこい」
徐に立ち上がった冥琳に、雪蓮は幽鬼のようについていく。その様子を見て、祭さんは再び声に出して笑うのであった。
「それでは、お邪魔しました」
「祭さん、またね」
「………ご飯、美味しかった」
「また来るよ、祭さん」
「応、またいつでも遊びに来い!」
午前10時。あの後風呂から上がった雪蓮たちの準備を待って、俺たちは祭さんの家を辞した。初めて会った気がしないくらい仲よくなれた気がするが、それも祭さんの性格故だろう。そして、それを紹介してくれた雪蓮と冥琳も―――。
「これからどうしよっか?」
「どうする、って帰らないの?」
「せっかく人数がいるんだから、学校サボってどこかに遊びに行きましょうよ」
「雪蓮、貴女って人は………」
そして相変わらず強引な雪蓮と、そんな彼女に悩まされる世話焼きな冥琳。俺が恋に視線で問いかけると、恋もまた同じ考えのようだった。恋は俺に頷き返す。
「………一緒に、遊ぶ」
「ほら、冥琳!恋だって遊びたい、って言ってるじゃない!!」
「はぁ…こうなってはどうやっても遊ぶつもりね………わかった。付き合おう」
「お疲れ、冥琳。俺も付き合うから、そう気を落とすなよ」
「決まりね!じゃぁまずは―――」
俺は姦しく話し合う3人の声を聞きながら、彼女たちの後ろを歩く。これから少しだけ俺と恋の生活も変わりそうだな、そんなことを考えながら。
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