#40
洛陽の街に到着し、月達と再会した翌朝、一刀は洛陽の街の外に出ていた。城壁のすぐそばの平野で、董卓軍の鎧を着た兵達が2つの集団に分かれて演習を行なっている。とはいえ、もうすぐ戦だ。武器を構えてはいても、お互いに攻撃することなく、陣変形の調整をしているようだ。そしてそれぞれの部隊の先頭に、目的とする人物を見つける。
「ど阿呆っ!自分らはこの張文遠の部隊なんやで!?今先頭が作った隙間ブチ破らんでどうする言うんや!」
「楯の編成が遅い!そのザマでは騎馬隊により食いこまれるぞ!敵に張遼隊のような騎馬隊がいたらどうする!?」
2人共頑張ってるなぁ。そんなことを呟きながら、彼は調練の終了を待っていた。
そうして1刻ほどした後、華雄と霞の号令で午前の調練は終わった。一刀はそれを見届けてから、2人の下へ歩いていく。2人は今日の調練の成果や改善点を話し合っており、近づく彼に気づかない。
しかし、兵たちは別だった。座って痛む脚を擦る者、話をしながら今後のことを話し合う者、軽く武器を討ち合わせて仕合をする者………最初に気がついたのが誰かはわからない。ただ、彼の者を目にした兵のほとんどが言葉を失う。無理もない。禁軍から選ばれた者は別として、それ以外はすべて天水から来た兵である。かつて彼に率いられ、共に戦った者、またその武勇に憧れて軍に志願した者。
彼らの間で、もはや伝説とまで言ってもいいほどに神格化された存在。それがたった今、自分たちの目の前を悠然と歩いているのだ。ある者は声を失い、また彼と親しくしていた者は涙を浮かべる。沈黙はざわめきとなり、喧騒となり、そうしてようやく、華雄と霞は兵たちの異常に気がつく。
「なんやお前ら!午前の調練はおしまいや言う、て………」
「お前たち!そんなに元気が有り余っているのなら、午後の調練は倍にして………」
2人の武人も部下たちと同様に言葉を失った。戦斧を持った女性は目を見開き、偃月刀を肩に担いだ女性は得物を放り出して走り出す。
「久しぶり、霞、華雄」
「一刀ぉっ!」
「………北郷、なのか?」
飛びついてきた霞を上手く抱き留め、その頭を撫でる。早足で歩み寄る華雄にも逆の手を挙げて応えると、一刀は微笑みかけた。
歓声を上げる兵達を宥めて午後の調練の中止を伝えると、一刀は霞と華雄と共に、街に戻る。昨晩は暗く、また人通りもなかったので気がつかなかったが、洛陽の街はよく統治されていた。天水にも劣らない、否、それ以上だ。元々が華々しい都であり、その基礎は築かれていたのだ。ならば、それを元通りにするわけだが、その労力を想像すると、詠の苦労も一入の物だという事が窺える。無駄を排除し、変わらず機能させるべきは作り直す。その緻密な作業を、詠を筆頭に月の文官たちは尽力してきたのだろう。
と、そこで一刀の裾を引く手に気がついた。振り向けば―――
「ん?………あぁ、恋じゃないか」
「え、恋やて!?」
「おぉ、呂布ではないか、久しぶりだな」
「霞、華雄…久しぶり」
―――そこには点心を山ほど抱えた恋と、相変わらず飴をくわえた風が立っている。
「ホンマ久しぶりやなぁ。と、そっちのちっこい嬢ちゃんは?」
「ちっこいとは失礼なのです、この巨乳さんは」
「まぁまぁ、むくれんなや」
「彼女は程昱。旅先で仲間になった俺付の軍師だ」
「なんや、一刀。恋一筋と思っとったのに、鞍替えしたんか?」
「からかうな、張遼。北郷が連れているのならば、かなりのものを持っているのだろうな」
「ふふふ、風は一流ですのでー。それで、お姉さんたちが華雄さんと張遼さんですね?おにーさんからお話はかねがね。これから協力させてもらいますので、よろしくですー」
「そか。うちは張遼文遠、真名は霞や。よろしゅう頼むで!」
「こちらこそよろしく頼むよ。私は北郷と同じで真名を持っていないのでな。程昱のことも真名では呼ばぬが、気にしないでくれ」
「風の真名は風です。真名がないとは、おにーさんと同じ『天の御遣い』様ですかー?」
風の言葉に華雄は目を大きく見開き、次いで笑い出す。
「あっはっはっは!………あぁ、すまない。いや、単に真名を与えられる前に親を亡くしただけだ。それより、程昱も北郷の正体を知っているのだな」
「これはこれは失礼をば」
拙いことを聞いたと風は謝罪するが、華雄はそれを気にした風もなく、片手を振って制する。
「教えたというよりは、看破されたんだけどな」
「へー、すごいやんか。これでウチらの将軍級は4人、軍師は3人か………役者が揃うた、って感じやな」
「あれ、もう1人いるのか?」
「まぁな。こっちに来てから仕官してきた娘や。ちんまいし、詠にはまだまだ及ばんけど、成長株で今後に期待やな」
「そうか。あとで挨拶しないとな」
「午後の軍議で会えるだろう。それより、そろそろ城に戻ろうか。董卓様たちもお待ちだろうしな」
「あぁ」
華雄の合図に、5人は並んで歩き出す。2人の将軍に、食べ物を大量に抱えた少女。そして飴を舐めながら眠そうな目で歩く女の子に、漆黒の羽織を羽織った男。周囲からは興味の視線が注がれるのも気にせず、彼らは城を目指した。
「さて、これで全員ね。それでは協議を始めたいんだけど、その前に………」
「ん、なんかあるんか?」
「いや、まだこの娘の紹介を一刀たちにしてなかったと思ってね」
詠の言葉に霞が口を挟む。詠は後ろに立っていた少女に目で促すと、少女は前に出てきて北郷達の前に立った。薄緑色の髪に琥珀色の瞳、身長は風よりも小さい。確かにちんまいなと一刀は思いながら、それでも軍師としては初めて見る活発そうなタイプの少女に少しだけ驚いた。
「お初にお目にかかりますです。ねねは陣宮公台。月殿が洛陽に来てから参陣した軍師なのです」
「『見習い』でしょうが」
「むむ、詠はうるさいのです!というわけで、以後お見知りおきを」
両腕を挙げて詠に抗議しながらもちゃんと締め括り、陣宮の自己紹介は終わりとなる。一刀達も各々名前を伝える。と、ここで霞が口を開いた。
「なんや、ねね、真名は預けないんか?」
「如何に月殿たちが慕っていても、ねねは初対面ですぞ。3人の実力を見定めてからそれを決めますです」
「なんや、思ってたよりも堅物やな。ねねのことやから、一刀にすぐに懐きそうやったんやけどなー」
「霞がねねをどう思っているのか今度聞かせて貰いたいのです」
霞のからかいに頬を膨らませて抗議すると、詠が両手を叩いてそれを遮る。
「はい、そこまで!これから協議を始めるわ!ねねと一刀達も、親交はまた今度深めて頂戴」
「あぁ」
「わかったのです」
「―――じゃぁまず、これからの指針を発表するわ」
「なんや、戦うんやないんか?」
「まぁ、もちろんそのつもりだったんだけど、でも、それってボク達が思ってたことでしょ?主君である月の意志はなかったじゃない。………まぁ、これは月を除け者にしてたボクの所為でもあるんだけどね」
「………賈駆がそう言うからには、我らが主はその御心をお決めになったと受け取っていいのか?」
「えぇ…月?」
「うん、詠ちゃん」
詠に促され、月が前に出て皆を見回す。1人1人を見回すその瞳には、決意が込められていた。その視線が一刀へと回ると、一刀も思わずほぅ、と呟き感心する。
「まず、私は皆さんに謝らなければいけません。………これまでの私は、皆さんに守ってもらってばかりでした。詠ちゃんに守られ、華雄さんや霞さん、唯さん、それに洛陽に来てからはねねちゃんにも守ってもらっていました。………でも、それだけじゃ駄目だ、って気づいたんです。私も皆さんを守りたい。いえ、たとえ守るに及ばなくても、皆さんと共に戦いたい、って」
主の言葉に口を挟む者はいない。皆、粛々とその目の前の少女の言葉を聞いていた。
「………本当の真実を真実足らしめるのは、それを謳いつづける声だけである」
突然の言葉に、皆が疑問の視線を投げかける。ただその中で、一刀は首を傾げ、その後ろにいる唯は優しく微笑んでいた。
「これは、私の尊敬する人の言葉です。私たちは今、偽りに晒され、真実を歪められようとしています。私は…そのような事は許されるべきだと思いません。だから、私は皆さんに約束します。皆さんが共に闘ってくれる限り、私は真実を謳い続けると。皆さんが私についてきてくれる限り、私は皆さんの指針で在り続けようと」
滔々と語り、月はその意志を示す。
「応っ、任せときぃ!」
「そうだな。董卓様、よくぞお決めになられました」
月の言葉に霞が答え、華雄も同調する。臣下の礼をとらなくとも、その忠誠心は瞳に現れていた。
「………ん、頑張る」
「ふふふ、月ちゃんもなかなかやりますねー」
「あぁ、任せておけ。………その為に俺たちはここにいるんだ」
そして新たに参陣した3人もそれに応える。
「月、よく決心したわね。後は、ボク達の仕事よ」
「そうなのです!ねね達に任せて、あとはどーんと構えていればいいのですぞ!」
彼女の親友は優しく微笑み、その隣の少女は両腕を挙げてそのやる気を示した。
「ありがとうございます。………さ、詠ちゃん。軍議を始めよう?」
「えぇ!それでは、これよりボク達の動きを決めていくわよ!まず細作からの情報によると―――」
主の不在を埋め、董卓軍は新たな形を見せ始めるのであった。
長沙城外―――。
「さて、雪蓮よ。これから我らは連合へと参陣しに向かう訳だが………」
「ん、なぁに?」
「何故、そんなにも嬉しそうなのだ?」
雪蓮と冥琳は今、城外に列を成した軍の前にいる。祭たち将軍や部隊長は最終の確認を行っている最中で、兵達は王の言葉を待っていた。もう少し時間がかかるだろうと、冥琳は朝から機嫌のいい幼馴染にその理由を問いかける。
「そう?あー…でも、なぁんかいい事が起こりそうな予感がするのよねー」
「それはいつもの勘か?」
「そうだけど?」
その言葉に、またかと冥琳は目頭を指で押さえる。彼女の勘は確かに信憑性が高いのだが、どうも軍師である自分には合わないと、溜息を吐く。
「はぁ………まぁ、貴女のそれは今に始まったことではないからいいけど、気は抜くなよ?」
「大丈夫よ。これだけ軍がいれば賊も逃げ出すに決まってるわ」
「それだけではないんだがな………まぁ、いい。そろそろ兵達に言葉をかけてやってくれ」
見ると、隊列の方から祭が戻ってくる姿がある。わかったわ、と軽く返事をし、雪蓮は軍勢の前へと馬を進めた。
「聞け!孫呉の兵よ!我らはこれより―――」
王の言葉を聞きながら、冥琳は空を見上げた。そこに想うのは一人の男。―――彼は言っていた。いずれ敵として相対することもあるかもしれないと。もしかしたら、この遠征で会うかもしれない。望むらくは、彼が味方であったらいいのだが………。
と、そこまで思ったところで、冥琳は首を振る。
「約束したではないか。敵として相対し、我が智謀を持って討ち倒すと………いや、捕らえて今度こそ我らと共に来てもらうのだったか。………いずれにせよ、会いたいものだ。この遠征で会えればいいのだがな………一刀」
その呟きは王の言葉に応える鬨の声により掻き消される。しかし、彼女もまた、初めて感じる何かに期待せずにはいられなかった。
陳留城外―――。
自軍を前に、華琳はふと考える。袁紹の呼びかけだ。此度の連合は相当の数に膨れ上がり、彼我の戦力差は圧倒的なものになるだろう。結果など、火を見るより明らかだ。ならば、自分たちが為すべきことは、董卓の打倒などではない。如何に戦果を挙げ、世に曹孟徳の存在を知らしめるかである。
指定された集合地点から推測するに、おそらくは汜水関と虎牢関を抜けての最短距離を進むのだろう。函谷関は流石に遠回りすぎるし、その移動中に急襲される可能性もある。流石に彼女もそこまで莫迦ではないだろう。
ならば、如何にこの2つの関を攻略するかにかかっている。………しかし、守将が誰かも分かっていない状況では、この考察は無意味だ。
「………時間は十分にある。到着して、細作からの情報で戦略を決めればいいわね」
「何か仰いましたか、華琳様?」
呟いた言葉に、隣に立つ荀彧が反応する。軍師の質問に首を振って答えると、華琳は空を見上げた。
「(さて、貴方はこの世情にどう動いて見せるのかしら?静観かしら、それとも参加?あるいは―――)」
想うは友と認めた1人の男。心の内で呟かれた問いに答えるものはない。しかし、少女のその問いには、微かに期待が含まれていた。
南蛮―――。
「ふぅー、おなかいっぱいだにゃー」
「いっぱいだにゃー」
「だにゃー」
「………zzz」
美以たちは変わらぬ日々を過ごしていた。
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