No.202149

真・恋姫†無双~恋と共に~ 外伝:2人の出会い

一郎太さん

外伝

2011-02-17 23:26:52 投稿 / 全8ページ    総閲覧数:15614   閲覧ユーザー数:10081

 

外伝 2人の出会い

 

 

あたしは目の前で横たわり、瞼を閉じたまま開かない青年の顔を見る。あたしがいるのにも気がつかない。

 

 

「―――って当り前……か………」

 

 

自嘲気味に呟いた言葉は、開かれた窓から流れ込む風に遮られ、掻き消された。いつまで寝てるつもりなのよ!そう叫びたい衝動に駆られるが、そんなことをしても、彼は喜ばない。喜ぶ、はずがないのだ。

 

 

「貴方と初めて会った日も、こんないい天気だったわね………」

 

 

思い出すのは、彼と初めて出会った日のことだ。あたしは胸が少しだけ暖かくなるのを感じながら、少しも動くことのない身体の持ち主の名前を呟いた。

 

 

「………一刀」

 

 

 

 

 

 

―――2年前。

 

 

「雪蓮、貴女いま暇?」

「あら、冥琳じゃない。見たらわかる通り、暇すぎて仕方がないわ」

「そうか、なら仕事をやろう」

「………げ」

 

 

あたしは今、本屋にいる。別段、読書が好きなわけでもないが、それも仕方がない。なぜなら―――

 

 

「店長から言われてね。貴女に仕事を指示できるのは私しかいない、だとさ」

「あー、あの店長、あたしみたいなタイプは苦手そうだもんねー」

 

 

―――そう、今はバイトの時間だからだ。

 

 

大学に入って早々に、冥琳はバイトを決めた。4月くらいは遊んでもいいんじゃないかとも思ったけど、彼女曰く、早めに慣れるにこした事はない、ですって。あたしも入学当初はいろんなサークルを見て回ったけど、やっぱり冥琳がいないとつまらないのよね。ということで、ここの本屋にバイトを申し込んだ訳。やっぱり仲がいい幼馴染がいる方がバイトも楽しいし。

ただ、冥琳は元々本が好きだし、普段の素行や仕事っぷりも相まって、入って半年でバイトながら出世していた。まぁ、前チーフが辞めたというのもあるけど、やっぱり冥琳は凄い。あたしの自慢の親友。………こうやって仕事を指示してくるのはメンドクサイけど。

 

 

「で、何をすればいいのかしら?」

「カウンターの裏にある本を、地下の倉庫まで運んで欲しいそうだ」

「………それって女の子にやらせる仕事?」

「仕方がないだろう。今日のシフトは女性店員だけだし、貴女がこの中では一番力持ちなのだから。断るのなら別の仕事でもいいが………」

「あ、そっちがいい!」

「いいのか?今月の新刊のリストの更新と、先月の売り上げ数ランキングを調べて貼紙を作るのだが?あと―――」

「………あたし、やっぱり力仕事がいい」

「頼んだぞ。なに、それが終われば今日はもう上がっていいから」

 

 

あたしは頭を使うのは苦手。レジを打ったり本の検索とか単純作業なら構わないけど、冥琳がいま言ったような、調べ物をしたり、それを分類したり、そういう事は向いていないのよ。なんで冥琳はスラスラ出来るのだろう?幼い頃からずっと抱いていた疑問を再度思い起こしながら、あたしはカウンター裏に積まれた段ボールの山に向かう。

 

 

「あぁ、そうだった。今日はエレベーターの点検をしているから、階段を使ってくれ」

「………………………」

 

 

まぁ、いいけどさ。

 

 

 

 

 

 

あたしは2階から階段を使って段ボールを運ぶ。紙っぺら1枚というのは重さも感じない程軽いものだが、それが両手いっぱいの段ボールともなると、訳が違う。力仕事には自信があるからいいんだけどさ。

2階から書棚が置いてありお客さんもまばらにいる1階まで降り、さらに関係者以外立入禁止の地下へと向かう。何度か昇り降りを繰り返して、残り2個となった。

 

 

「………メンドクサイし、まとめて行っちゃうか」

 

 

これも最期だと、2個の段ボールを重ねて力を入れる。なんとか持ち上がったそれを抱えて、あたしは階段へと向かった。………それが、いけなかった。

 

 

「やっぱり重いわね。でも今から戻るのも………………きゃっ!?」

 

 

重い荷物を持っての昇り降りはあたしの足腰に、十分に負担をかけていたようで、最初の1歩を踏み出そうというところで、身体を支えている方の膝がカクンと折れ曲がった。重心が前に傾いている為、いとも簡単に前のめりになる。独特の浮遊感。落ちる―――。あたしは来る衝撃に眼を瞑ってしまった。

 

 

「………………………あれ?」

「ふぅ…危ないところだったね」

 

 

しかし、あたしの不安は杞憂に終わった。あたしは浮いていることは浮いているのだが―――。

 

 

「えぇと、店員さん、大丈夫?」

「………………………………………」

 

 

目の前には初めて見る男の人の顔。背中と膝裏には腕の感触。………いわゆる一種のお姫様抱っこ。

 

 

 

 

 

 

自慢をする訳ではないが、あたしはけっこうモテる。中学・高校と告白されること数知れず。冥琳と街に出ればナンパされること数知れず。まぁ、そのすべてを断ってきた私だけど、こんな状況は初めてだった。危ないところを助けられ、あまつさえお姫様抱っこだなんて………。

 

 

「えぇと、君、どこか痛むのか?」

「へっ?あ、いや、その………」

 

 

かつてない状況に、あたしはしどろもどろになってしまう。「なんでこんなことに」「横着するんじゃなかった」「冥琳に怒られるかな」色んなことが頭の中を回る。そんな中、あたしはようやく掛けるべき言葉を見つけ出した。

 

 

「えぇと、あり…がと………」

「どういたしまして。そのまま受け止めたから怪我とかはないと思うけど………」

「うん…どこも痛くない………です………………」

「よかった。でも、本は流石に無理だったな」

 

 

彼はそう苦笑いしながら首を逸らす。あたしもその視線を追うと、そこに見えるのは階段の下に散らばった本の山。そして振り返る。階段の上には怒りのオーラを醸し出す冥琳様。

ここは………先手必勝!

 

 

「ちょっと、しぇれ―――」

「チーフ!あたし、もう時間なので上がらせてもらいまーす!」

「―――んん!?何言って―――」

「ねぇ、お兄さん、このまま逃げて!」

「え!?……えぇと、いいのか?」

「いいのいいの!こんなか弱い子にあんな重い荷物を運ばせる上司が悪いんだから。だから………お願い」

「………どうなっても知らないぞ?」

 

 

何故そんなことを頼んだのか分からない。それでも彼は困ったように笑いながら、あたしを抱えたまま階段を駆け下り、そのまま自動ドアを潜り抜けて外へとあたしを連れ出した。

………これって、運命?

 

 

 

 

 

 

「はい、オレンジジュースでよかったか?」

「ん、ありがと」

 

 

いま、あたしと彼は駅の反対側にある公園に来ていた。店のエプロンは脱いで畳んであるので、周りから見ても浮いたりはしていないと思う。それにしても………

 

 

「それにしても、貴方ってすごいのね」

「ん、何が?」

 

 

彼はコーヒーを飲みながら素直に返事をする。うん、ブラックってところがカッコいいかも。

 

 

「だって、あたしを抱えたまま此処まで走って来たのよ?それも一度も止まることなく。何かスポーツでもやってるの?」

「いや、昔取った杵柄ってやつだよ。体力には、まぁ自身があるかな」

「そうなんだ。そういえば―――」

 

 

と、ここであたしは重大なことに気がついた。彼の名前も知らないのだ。名前も、知らない………そんなあたしのこと、助けてくれたのよね。でも、どうしよう。今さら聞きづらいし、かと言って、このまま別れるのもなんかイヤだし………。

 

 

「さて、じゃぁ俺はそろそろ行くよ。この後も予定があったしね」

「え、そうなの!?………ごめんね、あたしの所為で」

「いや、時間はまだまだあるから平気だよ。ちょっと立ち読みでもしようと思って店に寄っただけだからさ」

「そうなの?……あのさっ!」

 

 

このまま別れるのはイヤだ。あたしは思い切って声を出した。

 

 

 

 

 

 

「あのさ、今日のお礼したいから、連絡先教えてくれない?」

「ん?いいよ、お礼なんか」

「駄目よ!それともなに?あたしの感謝の気持ちが受け取れないって言うの?」

「………わかったよ。だからそんな睨まないでくれ。赤外線でいいか?」

「えぇ、いいわよ」

 

 

あたしはデニムのポケットから携帯を取り出して操作する。彼も同様にズボンのポケットから携帯を出す。………これで、交換完了、と。

 

 

「ほんごう………なんて読むの?」

「『かずと』だよ。君こそ、下の名前なんて読むんだ?」

「雪に蓮って書いて『雪蓮』よ。珍しいでしょ」

「そうだな。でも………」

「………?」

「いい名前だ」

「―――――――――っ!!」

 

 

なんてこなの。これまでだってあたしの名前を素敵だって言ってくれた男は一杯いたけど、みんな下心があるのは見え見えだった。だがしかし、彼のこの屈託のない優しい笑みは何なんだろう?あたしは自分が赤くなるのを自覚しながら、どうか夕陽がそれを隠してくれますようにと願う。

そんなあたしの様子に幸運なことに気づかない彼は、もう行くからと、歩き出そうとする。あたしは何とか声を振り絞って、彼を呼び止めた。

 

 

「待って!」

「………どうした?」

「――――――っ!あたしのお礼、楽しみにしてなさいよ………一刀」

「………あぁ、楽しみだ。またな、雪蓮」

 

 

そう言って、彼は今度こそ歩き出す。彼の後ろ姿が見えなくなるまで見送って、あたしは空を見上げた。よく晴れた雲一つない夕焼け空は、いつも以上に美しく見えた。

 

 

 

 

 

 

これがあたしと一刀の物語。…って今の一刀に話しかけても意味ない、か。だって、彼………起きないんだもん………………。

 

 

「………覚えてる?初めて会った時のこと。あの時からずっと………ずっとあたしは一刀のことが好きなんだよ?恋がいるのはわかってるけど………友達でもいいからずっと、ずっと一緒にいたかったのに!………どうして………………どうしてっ――――――」

 

 

 

 

 

あたしは堪えきれず、一刀が横たわるベッドに顔を埋める。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――どうして、豆腐の角に頭をぶつけたくらいで死んじゃうのよっ!」

「待てコラ」

 

 

 

 

 

 

すぱーんと小気味いい音が部屋に響く。

 

 

「なんかぶつぶつ言ってるなぁと思えば、何アホなこと言ってるんだ、雪蓮は」

「いったーい!だって一刀ったら全然起きないんだもん!というわけで、恋人が死んでしまった可哀相な彼女を演じてみました」

「縁起でもないからやめてくれ………」

 

 

一刀は眉間を抑えると、溜息を吐く。ちょっとからかい過ぎたかな。

 

 

「そう言えば、どうやって入ってきたんだ?恋は友達の家に泊まりに言ってるはずだし………」

「ん?合鍵」

「………なんで雪蓮が持ってるんだ?」

「恋から借りたのよ。今日1日合鍵と一刀貸して、って言ったら―――」

「貸したのか!?」

「ケーキの食べ放題おごるならいい、って言って貸してくれたわよ」

「………………………」

 

 

ケーキに負ける彼氏………ぷぷっ。そんな一刀が可愛くて、あたしもちょっと悪戯したくなる。

 

 

「ほら、一刀、元気出して。今日はおねーさんがたっぷり可愛がってあげるから。

「………寝る」

「むー…いいもん、あたしも一刀と一緒に寝るから!」

「ちょ、雪蓮!なに入って来てんだよ!?」

「いいじゃない。天気がいいとはいえ、まだまだ気温は低いんだから、一緒に暖まりましょうよー」

「ぬぬぬ……動けない。放せよーぅ」

「だーめ。今日は彼女公認なんだから、一刀はあたしのものよ」

 

 

あたしは壁の方を向いて眠る一刀の背中に、両手両脚で抱き着く。一刀には心労を与えそうだけど、あたしみたいないい女をフった罰なんだから、しっかり悶えてくれればいいのよ。

 

 

 

………失恋した女の子にも、これくらいの幸せをくれたっていいじゃない。

 

 

 

 


 
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