No.202938

遙月記~不思議妖奇譚~巡る縁の果てに①

yuukiさん

現在書いているオリジナル小説です。

2011-02-21 16:31:33 投稿 / 全2ページ    総閲覧数:327   閲覧ユーザー数:325

 〈第一話〉夢人(前編)

 

 かつて、人々は闇を恐れていた時代があった。正確には、闇夜に潜む魑魅魍魎の影に。

 太陽が支配する《昼》が人間の領域とするならば、月が支配する《夜》が彼らの領域となる。妖、化け物、妖怪、異形―――等、様々な呼称を持つ彼等は人間を喰らう。その血肉を何よりも好んだと言われている。

 その異形たちに唯一対抗出来る人間を神官、または陰陽師と徒人達は呼んだ。生まれ持った摩訶不思議な力《霊力》を用いて、異形達を滅し、その魂を黄泉へ還す者。圧倒的な力を持った陰陽師といえば、彼の有名な十二神将率いる〈安倍晴明〉を長とする《安倍の一族》である。しかし、実は他にも暗躍していた凄まじい力を持った術者が居たという説がある。その術者の名は――。

 

 

 (というか、なんで世界史の授業中に平安時代の話をしてるんだよ……)

 教室の一番端の窓際の席で、頬杖を付きながら男子生徒の一人、佐藤祐輔は欠伸を噛み殺しながらやや呆れ顔で心中つぶやいた。我が校の世界史の先生は大のオカルト好きで有名で、一度スイッチが入るむと授業そっちのけで【講義】を始めてしまい、授業が潰れてしまうのも、もはや珍しいことでは無い。今年の四月に入学してから十数回程の授業があったが、まともに勉強をしたのは片手の指で余るほどだ。クラスメートの半数以上が、既に夢の中だ。この無駄な【講義】が終わる終了のチャイムが鳴るまであと十分。これが終われば待ちに待った昼休みだ。

 

 定時ぴったりに聞こえてきたチャイムに、先生はぴたりと話を止めて「以上」とそのまま役割を果たすこの無かった教材を持って教室を出て行った。その途端、静寂に包まれていた教室は、生徒達の雑談で一気に賑やかになるのだった。

 

 「はぁ……」

 祐輔は肩肘を付き、何故か黒板を恨めしそうに睨み付けながら大きな溜息を吐いていた。理由は簡単。『あの夢』の事が気になって、全く授業に身が入らないからだ。さっきの授業は別として。

おかげで教科担任の話は聞き流し状態で、ノートすら一文字も書いていない。後で誰かに写させてもらおうか、等と考えていると、後頭部を何かが直撃した。

 「うぉっ!?いてて……何だ今の」

 「ばか祐輔」

 「って、やったの明日香お前かよ!?」

 目の前で怒ったように胸の前で腕を組みながら(片手には今殴ったのに使ったらしい丸められた教科書)、眉をつり上げているこの少女は、佐倉井明日香。祐輔の幼馴染みで、決しておしとやかではない明るい性格が持ち前の、軽くウェーブが掛かったセミロングの黒髪が印象的な少女である。ちなみにクラスの女子の中では一番しっかりしていてリーダー的な憧れの存在らしい。

 「どうしたの?珍しくずっと意識飛んでるけど。………寝不足?」

 どうやら今さっき教科書で殴られたのは起こすためだったらしい。明日香は心配そうに祐輔の顔を覗き込んだ。

 「まあな。大丈夫だから気にするな」

 「本当?ならいいけど…」

 ますます心配の色を濃くした表情を浮かべた明日香を見た祐輔は、慌てて話題を変える。

 「あっ、そうだ。次化学だろ?移動しなきゃならないし、昼飯食わないと」

 そう言いながら祐輔は鞄から弁当を取り出した。

 

 

 はらはらと夜闇に舞い散る雪の花。その中に、静かに佇む十二単衣を纏った少女の姿。涙が溢れんばかりの悲しげな瞳は、ずっと自分を見つめていた。

 陽の温もりも無く、風の音さえ無い。まるでそこだけが時間が止まってしまったかのような黒白の世界。

 《孤独》という名の檻に囚われているあの少女を何とか助けたくて。果て無き闇の中を無我夢中で走り続けた。しかし、いくら走っても距離は縮まるどころか逆に遠ざかるばかりで。

 彼女に向かって手を伸ばすが、虚しく空(くう)を掴んだだけだった。

 『―――……』

 少女の唇が言葉を紡ぐ。微かに聞き取れた言葉に、思わず足が止まる。

 どうしても諦めきれなくて再び一歩前に足を踏み出した瞬間、目の前に広がる空間がぐにゃりと歪んだ。

 何もかもが分からなくなっていくような感覚。

 完全に混乱した頭の中に、あの少女の面影が泡沫の如く浮かんでは消えていく。脳裏を過ぎる春の日だまりのように暖かくて優しい笑顔が。

 知らないはずなのに、忘れてはいけないはずの温もり。

 〝思い出せ〟と心の奥で誰かが言っている気がした。

 

 

 「………っ!?」

 祐輔ははっとして目を開けた。心臓の音が煩い。周りを見渡すと、いつもの自分の部屋では無く、学校にある化学室だった。だんだん祐輔はぼんやりとした意識がはっきりしてくると、今自分が何処に居て、何をやっている真っ最中だったのか漸く思い出した。ここはまだ学校で、授業を受けている途中であることを。よくよくみれば、クラスメート全員の視線がこちらに注がれている。

 「さーとーうーくーん?」

後ろからぽんっと肩を叩かれ、祐輔は思わず飛び上がった。恐る恐る後ろを振り返ると、そこには仁王立ちで、口は笑っているけど目は全く笑っていない教師の姿が。

 「あはは……、なっなんでしょう先生」

 「私の授業を平気で聞き流しているとは、今度のテストは随分と余裕のようだな」

 「ぜんぜんやばいですっ。すいません、今日の分もっかい言ってもらえませんか?」

思わず気の抜けるような発言に、教師は堪忍袋の限度を超えた。

 「いい加減な事をいうんじゃなーいっ!!!」

 教室中に、この日一番の爆笑の渦が沸き起こった。

 

 

 

 

 

 

 


 
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