No.202419

『舞い踊る季節の中で』 第110話

うたまるさん

『真・恋姫無双』明命√の二次創作のSSです。

 軍議に顔を出すようになった月と詠。
 だけど、其処に新たな問題が劉備達一行を襲う。
 それも仲間の手によって……。

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2011-02-19 09:00:54 投稿 / 全14ページ    総閲覧数:16511   閲覧ユーザー数:10409

真・恋姫無双 二次創作小説 明命√

『 舞い踊る季節の中で 』 -群雄割拠編-

   第百十話 〜 矛が鳴らす鈴を星は見守り、月は友の想いを詠む 〜

 

 

(はじめに)

 キャラ崩壊や、セリフ間違いや、設定の違い、誤字脱字があると思いますが、温かい目で読んで下さると助

 かります。

 この話の一刀はチート性能です。 オリキャラがあります。 どうぞよろしくお願いします。

 

北郷一刀:

     姓 :北郷    名 :一刀   字 :なし    真名:なし(敢えて言うなら"一刀")

     武器:鉄扇(二つの鉄扇には、それぞれ"虚空"、"無風"と書かれている) & 普通の扇

       :鋼線(特殊繊維製)と対刃手袋(ただし曹魏との防衛戦で予備の糸を僅かに残して破損)

   習得技術:家事全般、舞踊(裏舞踊含む)、意匠を凝らした服の制作、天使の微笑み(本人は無自覚)

        気配り(乙女心以外)、超鈍感(乙女心に対してのみ)、食医、太鼓、

        神の手のマッサージ(若い女性は危険です)、メイクアップアーティスト並みの化粧技術、

        

  (今後順次公開)

 

 

 

【最近の悩み】

 

 

 俺は今猛烈に後悔していた。

 ……と言うか焦っている。 いったいどうしたらこの気まずい空気を脱せれるだろうか。

 幸いな事に、翡翠の身体からは例の黒い靄みたいのは出ていない。 いないのだが、俺の態度一つで吹き出すのは必至。 下手をすれば靄が妙な形を作り出しかねない。

 あの見るだけで体と魂の奥底から湧きあがる恐怖を味わいたくない俺は、必死に頭を回転させてこの状況を打破すべき手段を探す。

 

 事の起こりは、………まぁ今回ばかりは俺が原因なんだけど、その発端は七乃と言っても良い。

 例の天の世界の服のデザインを絵に起こす作業に、ついつい熱の入ってしまった俺は、この手の作業にありがちな暴走してしまった訳で……。

 最初は、それこそ真面目に記憶に在る服を明命や翡翠を初めとする身近の人間に着せて書いていた訳だが、次第にとんでもない方向へといつの間にか言ってしまい。

 幾らなんでもこれはと思った所で我に返り、最後の方が碌でもない物を書いていた事に気が付き。 誰かに見られる前に証拠隠滅をしようとしたのだが、何故か自分の席で俺の頼んだ仕事を黙々としていた七乃が、俺が隠した絵に興味を持ち出し詰め寄ってきた。

 更に運が悪い事に其処へ翡翠が部屋に尋ねて来て、それ幸いにと逃げようとした所を、七乃が先手を打って翡翠を巻き込んだ訳だ。

 その後は………。

 

『 天の世界の意匠に凝った服ですか。 まぁ仕事をサボってと言うのは感心しませんが、その事自体はとやかく言う気はありませんし、どちらかと言うと賛同します 』

『 あっ、ああ。 そう言ってくれると助かる。 此れからは空いた時間にするよ 』

『 所でこの兎の耳を付けて、躰の線がやたらと強調するような服は? 』

『 まぁ、……その、そうだ宴会の場での接待とか……かな 』

『 疑問系なのは気になりますが、この下着しか着ていないように見える物は? 』

『 それは水着と言って川や湖で泳ぐ時に着る服だ。 普通の服では動きづらいからね 』

『 ………こんなので川に入った日には、透けてしまうと思うのですが、それが狙いですか? 天の世界と言うのは随分と… 』

『 いや、そう言うんじゃなくて、水に濡れても透けたりしない材質なのっ 』

『 そうですか、ならこの前掛けしか着ていない絵は、どう言った時に着る物なんですか? 』

『 …いや、その、……見えないだけで、下にはきちんと服を着ている訳で、一応自宅で調理する時の物だ 』

 

 此処までは良かった。

 でも、これで終わる訳が無いとも分かっていた。

 翡翠は、にっこりと笑顔のままで……。

 

『 では私や明命ちゃん以外の女性が、裸同然の格好で書かれている理由は、むろん教えて貰えますよね 』

 

 例え表面的だけとは言え、先程まで様な疑問系ではなく、ほぼ命令形で聞いてくる。

 黙秘も虚言も許さないと言う気魄が、少しも崩さない笑顔で俺に伝えながら。

 ガクガクブルブル。

 意識より何より、まず俺の身体が翡翠の笑顔に恐怖する。

 そのにこやかな表情とは裏腹に、少しも笑っていない目が、魂の奥底より以前に刻まれた恐怖を無理やり引きずり出す。

 

『 ……い、いや。 い、意匠である以上、色々な体格の人を書く必要が… 』

『 一刀君、建前は聞いていませんよ 』

『 ひぃっ 』

 

 とにかく、背中を冷や汗でぐっしょりと濡らしながら必死に周りを見渡したが、七乃は部屋の隅で俺が焦る様を本当に楽しげな笑顔で眺めている。 ……うん、美羽の事以外に心より笑えるようになったのは良い事だと思うよ。 でも、その対象が俺の困った姿と言うのは勘弁してください。 とにかくこの状況で七乃の助けは当てにならない。

 美羽や春霞は、荘園での手伝いの準備に行っていて、今此処に来る事は無い。 朱然が部隊の調練とために迎えに来るには早すぎる時間だ。 と言うか、今この部屋に誰か来たとしても、この状況を見た瞬間に何も見なかった事にして踵を返すだろう。 俺だったらまずそうするから、それは間違いない。

 外的条件でこの事態から脱する事は出来ないと理解はしたが、かと言って翡翠を傷つけずにこの場を誤魔化す手段などある訳もなく、どうしようかと悩んで居た訳だが……。

 

「くすっ、冗談ですよ。 意匠ならそれくらいは仕方ない事は分かっていますし、一刀君も男の子ですから、そう言う物を想像する気持ちは分からないまでもありません 」

 

 翡翠の本当の笑顔と、少し困ったような呆れたような怒ったような、複雑な表情に。

 心からの素直な翡翠の表情に、俺は心底安堵の息を吐きながら、心の広い彼女に感謝をする。

 

「でも私と明命ちゃん以外で、あまりオイタな想像はしないでくださいね。 それと私はともかく明命ちゃんに見つかると後が大変ですよ」

「はい、肝に銘じます」

 

 その後は簡単に仕事の用件だけを言って、例の問題のあるデザインを描いた絵だけを、そのまま持って出て行こうとする翡翠に声を掛けると。

 

「ぁぅぁぅぁぅ……そ、その楽しみにしておいてくださいね 」

 

 と、顔を赤く染めながら恥ずかしそうに言う翡翠の姿は、とても可愛らしいのだけど。 その何かとんでもない勘違いをして、俺の言葉も聞かずに部屋を出て行く。

 うん、間違いなく翡翠は俺がああいうのが好きだと思い込んでいるに違いない。

 分かっている。自業自得だと言う事はね。

 それでも言いたい。 声高に訴えたい。

 

「誤解だぁ〜〜〜〜〜〜〜〜っ!」

「くすくすくす。本当に此処は飽きさせませんね♪」

 

 部屋中どころか、天高くに届きそうな俺の叫び声の中、鈴を鳴らすかのような楽しそうな笑い声が俺の耳に入ってくる。

 今を満喫している家族の声が…。

 

 

 

一刀視点:

 

 

 詠達が夕闇中を去って行くのを見届けてから、俺は暫く明命を含む皆と他愛無い会話を楽しんでいた。

 結局詠と星が何しに来たかは今一不明だが、詠の去り際の力強い光を灯した瞳は、明命や翡翠とは別の勇気を俺にくれた。

 理由は分からないけど、きっと彼女の中で何かが変わったのだと思う。 洛陽の時のような、一歩間違えれば危さを感じさせる様な気負い過ぎた雰囲気は無く。 それでいて確かな強さを彼女から感じたし、俺達のやる事を信じてくれていると思うだけで、とても心強かった。

 心の奥が温まる彼女の優しさと、彼女の心の強さを思い出していると。

 

「え〜と明命。 何でそんな半眼で睨んでくるの?」

「気のせいです」

 

 と俺の言葉に、可愛らしく頬を膨らませてプイと横を向いてしまう。

 う〜ん何だろう? こういう明命は茶館時代にお店で時折見たけど、この所はそんな態度取った事なかったし、いきなり何でそんな事に? と言うか、周りの兵の皆さんまで何故か溜息を吐かれている。 Why?

 とにかく明命の不機嫌になる理由に見当がつかず首を傾げるも、時折此方を伺う様子の明命の態度がつい可愛らしくて、いけないと思いつつ頬が緩み自然と笑みを浮べてしまう。

 言うと本人は余計むくれてしまうだろうけど、そんな明命の子供っぽい無邪気さにも、俺の情けないほど弱い心は助けられている。

 闇に堕ちてしまいそうな心を、彼女のまっすぐな想いが俺を支えてくれる。

 彼女の庇護欲を掻き立てられる可愛さが、彼女の前では弱さを見せられないと、俺の折れそうな心を何時も奮い立たたされる。

 本当に明命には助けられてばかりだ。 今回だって、罪の意識に潰されそうになる俺の心を、毎晩俺の横に居て支えてくれる。

 

 ……のだけど、それに関しては、ちょっぴし……いや大分まいっている。

 俺を元気づけようと、勇気づけようとと言う明命の気持ちはとても嬉しいし、正直その気持ちを受け入れたいのだけど、生憎それをする訳には行かない。

 今更、そんな行為は彼女を傷つける。とか言うつもりはない……と言うか、それ故にあれだけ俺を求めるように、俺に温もりを与えようと躰をくっつけてくる明命の柔らかい四肢と吐息は、以前のような馬鹿な決意が無い分、正直耐えるのが辛い。

 何故そんな事になっているかと言うと、明命はあの時の声は結構大きく、薄い天幕では確実に外の離れた場所に居る守衛の処まで漏れ出てしまう。

 俺としては明命の可愛い嬌声を他の奴に聞かせたくない訳で…。 かと言ってこんな理由で守衛を男ではなく、朱然を初めとする女性兵に代わってもらう訳には行かない。

 男も問題だけど女であっても問題はある。 そもそも声が届くと分かっていて、そんな事をするだなんてどんなセクハラ上司だよっ。と心の中でツッコミを入れながら、煩悩と激闘を繰り広げる毎晩を過ごしている訳と言うのにも拘らず、情けない事に明命に添い寝をしてもらうだけでも、心が休まるのが分かるから余計に欲望に負ける訳には行かない訳で……、と堂々巡りの生殺し状態だったりする。

 何にしろそれは俺の一方的な欲望や想いに過ぎなく、俺は明命の心遣いや優しさを俺の勝手な想いでふいにしている事に申し訳ないと思いつつも、明命を愛しいと思う想いに何ら変わりは無い。 とにかく、理由は不明だけど気分を害した明命の機嫌を取ろうと、そして日頃の感謝をしようと俺は舞う事にする。

 

 無謀とも言える逃亡劇に、心が疲弊した桃香達の民の為ではなく。

 絶望しまいと、何とか心を奮い起こしている桃香達の兵達のためでもなく

 彼女と此処にいる仲間のために、星空の降り注ぐ闇夜に扇子を舞わす。

 

 ただ己の心があるままに……。

 己が想いを篝火に照らせながら……。

 夜空に高く浮かぶ月に舞いを奉納する。

 月に浮かぶ此処に居ない彼女達を想い浮かべながら……。

 

 明命を…。

 翡翠を…。

 美羽と七乃と言う家族を…。

 そして……を…。

 

 

 

愛紗(関羽)視点:

 

 

 風が布を打ち鳴らす音が天幕の中に僅かに響き渡る。 毎朝行われる軍議と言うなの朝議を行う声が響き渡る。

 何時もであれば、朱里が中心となって次々と情報を纏めて行き。 其処に話題に切り替わり時を見計らって、私が確認の意味も含めて意見を出し、最期に桃香様が裁断される。

 だが今は違う。

 

「ボクは反対よ。 幾ら兵が足りないからって、これ以上ついて来た民の中から募っても、害悪にしかならないわ」

「ですが、現在私達の兵の中で戦えるのは・」

「五千しか居ないって言うんでしょ。 そんな事は一度言えば充分よ。 ボクが言っているのは、碌に調練も出来ない状況で素人を加えても、動きが悪くなるだけでなく、士気にも大きく影響すると言ってるの。 それがどういう影響を及ぼすかって事が分からなんて言わせないわよ」

 

 朱里の言葉を詠が遮り、朱里の案を打ち捨てる。

 ……今までは何処か冷めた目で、必要以上に関わって来なかった詠がだ。

 それはよい。 詠程の者が本気で我等のために動いてくれるならば、例え軍議で言い争いになろうとも、朱里と雛里の三人で我等の未来を掴みとるための策を考えてくれると信じられる。

 確かに詠の言う通り、調練を受けていない者を隊列に混ぜても、他の兵のように動ける訳では無い。 黄巾党のような野盗達相手ならば、それも通用したかもしれないが、正規の兵相手となると弊害の方が多い。

 何より怖気づかれて戦線を離脱されようものならば、軍全体の崩壊を招きかねない。

 だが、……朱里の言う事も十分に分かる。

 

 我等が目指す益州は広大な土地と力を有しており、幾ら其処を治める劉璋とその一族に問題が在ろうとも、たかが五千の兵でそれに取って代わろうなどとは、あまりにも無謀すぎる考え。

 悔しい事に徐州を袁紹に追われた我等には、それだけの兵しか残らなかった。 生き残った兵ならば多くいたが戦える兵はそれだけしかいない。

 その上我等が敗れれば、我等について来た民に待つ運命は死があるのみ。 朱里がそれならばと思うのは当然と言えよう。

 朱里の策を実施した場合、一番の問題は募った兵の士気に在る。

 正規軍相手に死を恐れずに戦える者ならば、とうに志願している。

 ならば……。

 

「詠よ。 それならば、別に最前列に配する必要はあるまい。 それに士気ならば、役に立とうとしない誰かに舞ってもらえれば、兵の勇気も幾らか振るい立つと言うもの」

「あー、確かにそれは良い考えかも、北郷さんの舞いは私も見たいし」

 

 私の言葉に、桃香様が賛成される。

 経過はどうあれ、元々我等に力を貸すと言う名目で我等について来ている以上。 これくらい協力してもらっても問題はないはず。

 あの男自身は気に喰わぬが、あの舞いが素晴らしい物である事は確かだ。

 長い逃亡生活に疲れ切った民と兵の心を癒やしたあの舞い力そのものには、私もあの男が天の御遣いと言う言葉も素直に受け入れられる。

 だが、そんな私の言葉に周泰は冷たい殺気を込めた私を睨み付ける。

 鋭く、静かで、何者をも刺し貫かんと一本の針のように凝縮し細められた殺気。

 たかが舞いを我等のために要求しただけで、何故そこまで殺気を向けられるのか分からぬが、この者危険だな。

 武そのものは私や鈴々そして星には遥かに及ばぬが、この者の氣質や何気ない動き。 ……どうやら暗殺などの闇の武術を得意とする者の様だ。

 この手の手合いは、持っている武以上に危険な相手。

 何故孫権と周瑜はこのような者を我等に? 何を狙っての事だ?

 彼女の挙動を警戒しながら考えを巡らせていると。

 

 

 

 

「……愛紗。 あんた本気で言ってるの?」

 

 つい先ほどまでと違って、何の抑揚も無い声で。

 憎しみとさえ言える程の怒りを、その翡翠色の瞳の奥に静かに浮かばせながら聞いてくる。

 

「確かに我等に多くの糧食や物資を分けてくれた孫呉の特使である北郷殿に対して、無礼な物言いだった事は謝ろう」

 

 私はここ数日、我等について来る事を選んでおきながらも、軍議で大した意見も情報も言わないあの男の態度に苛立っていたとは言え。 我等の窮地を救ってくれた者達の身内に対して、言い過ぎがあった事は事実。

 そしてこの男自信も舞いによって、我等の民の心を救うための努力を惜しまなく施してくれているのは事実。 その事に対して感謝もしているからこそ、無礼とも取れる言葉を口にした事を素直に謝罪する。

 

「……そう、本気で言ったんだ」

 

 だが詠は私の謝罪の言葉に目を瞑り。 大きく溜息を吐いた後、悲しい目を一瞬私と桃香様に向けたが、次の瞬間。

 

「何時までも甘ったれた事を言ってるんじゃないわよっ!」

「なっ」

「ひゃっ」

 

 天幕が震える程の声が。

 声と共に叩きつけるように込められた意思の強さに。

 激高する等と言う言葉では生温い程の怒りの感情は、その場に居る者達を固まらせるだけではなく。 私に思わず身構えさせるほどの気魄が籠っていた。

 成程、これが詠……嘗て董卓軍軍師で筆頭であり、一時的とは言え漢王朝をも支配した賈文和と言う訳か。

 これは詠の心象を大きく書き換えなければいかんな。 ……だが。

 

「私が甘えているだと。 何を根拠にその様な暴言を吐く。

 此処は神聖な軍議の場、事と次第によっては幾ら詠でも黙ってはおらぬぞ」

 

 並みの将兵ならば、それだけで怖気ずく私の"氣"当たりを、詠は何時かのように鼻で笑って見せ。

 

「自分が甘えているって事に気が付いていないから、そんな馬鹿な言葉が吐けるのよ」

「なんだとっ」

「孫呉に力を借りると言うはまだ良いわ。 そのための同盟だし、あまり無茶でなければ北郷も力を貸してくれるわ。 でも兵の士気を上げるのに舞いを要求するってのは、勘違いも甚だしいって言うのよ。

 愛紗、聞くけど舞いを見た兵は誰の兵になるかまでを考えて言ってるの? それが民に何を齎すか考えて言ってるの?」

 

 先程一瞬詠が見せた表情。 失望する目を私に向け詠はそう聞いてくる。

 その目に、私は黙って呻き俯くしかなかった。 確かに舞いに心酔した兵が信じるのは、それを齎した孫呉であって、言われてみれば当然と言える事。 もしそれを成してしまい、その事が民に広まれば、兵は桃香様を見限り孫呉についたととられかねない。

 今の事態でそうなってしまえば、それは桃香様を王とする我等にとって死活問題となる。

 

ぎりっ

 

 自分の迂闊な考えが、我等の未来を奪おうとしている事に気が付き、私は拳を硬く握りしめる。

 痛いほど握りしめた指先が、血流障害を起こし冷たくなって行くのが分かる。

 

「桃香も幾ら仲間内の言葉だからって、簡単に考えるのは止めておきなさい。 王であるアンタの言葉一つで国を滅ぼし、多くの兵と民を殺すって事を自覚しておく事ね」

「……あっ、私……」

「国を滅ぼしたボクが言えた義理じゃないけどね。 ……でも甘い考えや油断が、それを招くって事は心底骨身に染みたわ。 経験者の言葉と思って受け止めてちょうだい」

 

 

 

 

 桃香様まで責め始めると言う無礼な行いをした詠を止めようとしたが。

 ……詠の悔しげな、そして悲しい目と言葉の前に私は何もできなくなった。

 詠は本気で桃香様を想っての言葉を、桃香様を信じてついて来てくれる者達のための言葉を言っている。

 それが分かる故に、桃香様に対して無礼な言葉であろうとも止められなかった。

 桃香様もそれがお分かりになられるのだろう。 詠の言葉を、心を受け止めようと椅子に深く腰掛けられる。 其処へ軍議に参加しながら、意見の一つも言わなかった男が口を開き。

 

「俺からも一つ言わせてもら・」

「悪いけど黙っててっ!

 これはこっちの問題よ。 其処にアンタに出て来てもらいたくはないわっ」

 

 詠の冷たい言葉がその男の言葉を問答無用で遮り。 相手を刺し殺さんばかりの鋭い眼差しでもって牽制する。 ……本当に冷たいと思えるほどの眼差しで。

 自分と自分の主の命の恩人であるその男。 北郷の言葉を冷たく拒絶した。

 言葉ではともかくあれ程、北郷に恩義を感じていた詠がだ。

 

 一体何故?

 

 そう思ったのは私だけではなく、桃香様を初めとする皆も詠の言葉と態度に固まってしまう。

 だが、其処から逸早く脱した星が。

 

「確かに詠の言うとおりこれは我等の問題。だが北郷殿には口を出す権利がある。 それはお主とて分かっているはず。 愛紗の考えた案が下策だったからと言って、少し頭に血が上ってはおらぬか?」

 

 星のややからかう様な口調と、ふざけているかのような大げさな仕草。

 だがその本意は全くの逆で、相手に冷静さを求めようとする態度とは相反する言葉に。

 詠はあの男から目を離したかと思うと、話しかけた星を無視して。

 

「愛紗、気が付いていないようだから教えてあげる。 今の状況を生み出した最大の原因は・」

「はわわっ。詠さん違いますっ! こ、今回の責は全て私にあります。 私がもっと早く対策を練っていればこんな事には」

 

 詠の言葉を遮る朱里の慌てた言葉に、詠は吊り上げていた目を一層細め、それも原因の一つよと冷たく言い放ち、朱里の心を深く傷つける。

 仲間と思っていた者から、面と向かって言い放たれた糾弾の言葉は剣よりも鋭く。 朱里を二度と這い上がって来れない様な悲しみの底へと簡単に追いやる。 

 その事に私は頭に血が上る。

 私の考えを否定するのは良い。それが下策であったなら討ち捨てるのは当然の事。

 だが仲間を心底傷つけるのはやり過ぎだっ。

 

「詠っ。 朱里に謝れっ!

 もし謝罪せぬ時は、例え詠と言えども我が矛の錆にしてくれる」

 

 我が怒りを。

 本気の殺気と気魄を。

 詠は真正面から受け止め。

 

「斬りたければ斬りなさいよ。 だけどこれだけは言っとくわ。

 こんな最悪の形で徐州を追われた原因は愛紗。 貴女に在るのよ」

「貴様、何を根拠にその様な事をっ!」

 

 眼前に突き付けられた我が矛など、まるで見えないと言わんばかりの勢いで言い放つ。

 そればかりか、更に怒気と気魄を乗せた我が言葉をも、鼻で笑うかのように小さく息を吐き捨て。

 

「まだ気が付かないのね。 じゃあはっきり言ってあげる。

 朱里と雛里が何度拠点を移す様に進言したと思っているの。

 その度に民を見捨てるなんて真似は出来ない。と言った桃香に賛同したのは誰なの

 軍の最高責任者でありながら、その夢を今叶える事は出来ないと、はっきりと言わなかったのは誰っ」

 

 それがどうした。

 桃香様は民を見捨てたくないと言った以上、それを叶えるのが家臣の勤め。

 主君である桃香様の願いを叶えれなかったのは……。

 

「さっき朱里が言ったわね。自分の責任だって。

 どうせ愛紗、あんたも自分達に力が足りなかったから、袁紹の侵略を止められなかったなんて思ってるんでしょ。

 でもねそれは勘違いなのよ。 いい、そんな考えその物が間違いなの」

 

 いきなり何を?

 私や朱里を貶める言葉を言っておきながら、何を今更その様な事を?

 詠、おまえは一体何が言いたいのだ?

 

 

 

 

「そんなものが原因じゃないのよ。

 むろん力がないと言うのもあるけど、本当の原因はそんなのじゃない」

「詠よ、いったい何を言いたいのだ」

 

 私は先程から支離滅裂な事を言う詠に、私は怒りも忘れて心配するのだが、詠は先程までの威勢の良い表情を、陰りのある悲しげな表情に変え。 やがて眼を一度瞑ってから静かに告げる。

 

「バラバラなのよ。 あんた達は」

 

 なにが?

 

「桃香の目指す未来の元に集いながらも、心が一つになっていないのよ」

 

 違う。 我等は桃香様の目指す未来目指している。

 

「朱里や雛里の意見や言葉を碌に聞き入れずに、自分や桃香に都合の良い言葉以外は受け入れないんじゃ。策なんて成り立つ訳が無いわ。

 だから戦をしたって限界が出てくるのよ。 そんなのじゃ勝てる戦も勝てる訳がないじゃない。 二人の言葉を心の奥底で信じていないから、横の連携が碌に取れない。 ……それじゃあ戦力なんて半減以下よ。

 星がそれでも何とか合わせてたけど、軍の中心となる貴女が分かっていないんじゃ、そんなもの焼け石に水でしかないわ」

 

 何を言う、私は十分朱里達の言葉を受け入れてきた。

 二人の言う通り兵を動かしてきた。

 戦の状況を見て軍を動かしてきた。

 

「戦は生き物よ。 伝令の言う事を聞いて動いていたんじゃ間に合わないわ。 将が幾らその場で戦況を読み取ったって全体を把握する事なんで出来やしない。 だから将は軍師の策の意図を見抜いて、状況に合わせて動いていかなければいけないのよ。

 ……勝手に動きすぎるのも問題だけどね」

 

 その為に厳しい調練を繰り返し兵を鍛えてきた。

 少しでも早く動けるようになるために。

 数に劣る我等が、周りの勢力に打ち勝って行くためには、一糸乱れぬ精強な兵を作り上げるしかなかった。

 

「でも他人の考えなんて、そうそう分かるものじゃないわ。

 だからそれを補うために相手を知ろうとするんでしょ。 仲間を心から信じるのでしょっ」

 

 何を言う。

 朱里達の能力を信じているからこそ私は…。

 

「星。言いたい事があるのなら、もっとはっきりと言ったらどうなの。

 何時も皮肉を交えて相手に喧嘩を売る振りをしながらも、相手を想っての言葉だと言うのは知ってるわ。 でも本当の自分を隠して、相手の心を傷つけるのを恐れて、本当の自分を知ってもらおうなんて夢見る乙女を戦場でもしたいと言うのなら、とっとと槍なんて捨てる事ね」

「……っ……」

 

 詠の言葉に星は眉間に深い皺を作り、地面を見るかのように黙り込む。

 まるでそれが、自分で気が付いていなかった事実を指摘されたかのように。

 

「鈴々。何で自分の想いを、言いたい事を我慢するのよ。

 たとえ自分じゃ説得できないと思っても、本当に大切ならば全力でぶつからなくてどうするの。

 相手が義姉でも敵でも本気でぶつかれば、分からない相手なんてそうそういやしないわ」

「……そ、それで良いのか?」

「ええ、自分の義姉達を信じなくてどうするのよ。

 あんたは本当は頭が良いんだから、もっと自信を持ちなさい」

 

 鈴々は星とは逆に詠の言葉に縋りつくように……。

 一度戦場に立てば、燕人張飛と呼ばれ恐れられる童女が、その言葉を欲していたかのように、まるで年相応の子供のような弱々しげな瞳で詠の瞳を覗き込む。

 そして詠の更なる言葉に顔と瞳を輝かせ力強く頷く。

 ……まるで詠の言葉を肯定するかのように。

 

 

 

 

「朱里、雛里」

「はわわ」「あわわ」

「二人共もっと自信を持ちなさい。 ……と言っても性格的に無理かもしれないけど。

 それでも自分の考えに自信があるのならば、信念があるのならば、強気でぶつかって行かなくてどうするのよ。 貴女達が必要以上に弱気でいたら…国が、民が迷う事になるわ」

「……」「……詠さん」

 

 二人は詠が何をしたいのか分かっているのか、その瞳に涙を浮かべ。

 ただ詠を申し訳なさそうにし、黙って視線を交わしあって行く。 その瞳に私では分からない程の言葉と想いを乗せて……。

 

「愛紗。自分一人で背負っていたら見える物も見えなくなるわ。

 桃香の夢を追うのも良いけど、現実をもっと見なくちゃ、この先生き残れやしない。

 桃香を過保護にするんじゃなく、現実を教えて行きながらも仲間を信じて、仲間と共に一歩一歩地に足を付けて、夢に向かって歩んでいく事が貴女の大切な役目じゃないの?

 一人で戦う必要はないの。 ううん、一人で戦っちゃ駄目なの。 一人じゃ何もできない。 例えそれが天下無双の武を持とうともね。

 その事は愛紗だって知っているでしょ」

 

 詠の言葉が…。

 詠の想いが…。

 我等に突き刺さって行く。

 我等の心に沁み渡って行く。

 

 詠の放った言葉の重みに…。

 言葉に乗った想いの強さに…。

 その重みに負けるかのように、我が槍の矛先は自然と地へと落ちて行く。

 我が心が詠の言葉と想いを理解するよりも…。

 我が魂と肉体が、その想いを理解したが故に…。

 詠の言葉と想いは正しいのだと…。

 

 

 

詠(賈駆)視点:

 

 

「詠よ。 それならば、別に最前列に配する必要はあるまい。 それに士気ならば、役に立とうとしない誰かに舞ってもらえれば、兵も勇気を振る立たせようと言うもの」

「あー、確かにそれは良い考えかも、北郷さんの舞いは私も見たいし」

 

 一瞬、愛紗が何を言っているのか分からなかった。

 桃香が何を考えてそう答えたのか理解できなかった。

 だけど軍師としての性なのか、それでも冷静な部分が冷静にボクに答えを教えてくれる。

 分かっている。 でもそれでも確認したくてボクは。

 

「……愛紗。 あんた本気で言ってるの?」

 

 自分で考えてた以上の冷たい言葉が、渇いた喉の奥から滑り出す。

 そして帰って来た言葉は、予想を決して裏切るものではなく。 その事にボクの心は冷たく、そして熱くなって行くのが分かる。

 相反する感情。 だけどそう表現するしかない感情に、ボクの心は埋め尽くされてゆく。

 感情に流される訳には行かないと分かっているからこそ、ギリギリ理性でもって感情を爆発させる。

 

「何時までも甘ったれた事を言ってるんじゃないわよっ!」

 

 愛紗に深い考え在って言った言葉では無いって事は理解している。

 桃香にしたって、民や兵達のためを思っての返事で、それが何を齎すか理解できなかっただけと言う事も。

 だから言ってあげる。 それはとんでもない勘違いなのだと。

 真実を隠して、別の真実を自らの考えで答えを出させる。

 

 アイツの弱点となりえる事は話せない。

 月と僕を助けてくれたアイツを、そんな理由でこれ以上追い詰める真似は出来ない。

 だからそんな馬鹿な策は止めさせてもらう。

 分かっている。愛紗も桃香もアイツの苦しみを知らないから、そんな事が言えたって事はね。

 もし知っていたら、二人ともそんな事は絶対口に出して言う人間ではないし、そもそもそんな事を思ったりしない。

 それに桃香のそう言う所を助けるのは周りの人間の仕事。

 だけど、朱里や雛里は気が付いていながら言えなかった。 ボクがその前に行動を起こしたと言うのもあるけど、きっと中々言い出せなかったと思う。

 

 此処は、嘗てのボク達の軍と一緒。

 月を守ると言いながらも皆勝手に動いていた。

 周りが敵ばかりの宮中において、月を守るのに必死になるあまり視野狭窄になり。

 次第に心を通わせる余裕も失い、本当の仲間を駒のように扱ってしまった。

 

 愛紗。 貴女は嘗てのボクと一緒。

 今思えば霞が必死になってボクを…、皆を繋げ止めようとしていたんだって分かる。

 だから、それだけじゃ駄目だって事が分かるの。

 アイツが霞と共に袁紹軍を追い払った戦で、それを理解してしまった。

 星と共にアイツの所に訪れたあの晩。 アイツの素顔を覗き見たあの時に分かってしまった。

 

「俺からも一つ言わせてもら・」

「悪いけど黙っててっ!

 これはこっちの問題よ。 其処にアンタに出て来てもらいたくはないわっ」

 

 だからアイツの大馬鹿な考えを止める。

 アイツはその事に気が付いたから、ボク達に付いて来たのよ。

 それは理由の一つでしょうけど、間違いないわ。

 その事は、今ボクが止めたアイツの言いかけた言葉と行動が証明している。

 

 人を殺す事に傷ついて。

 人を殺させる事に傷ついて。

 仲間を殺す事に傷ついて。

 そして関係ない他人の心を癒やすために傷ついて。

 今、またボク達のために嫌われ役をしようとして、自ら傷つこうとしている。

 

 ふざけないでよっ!

 それが分かってボクが黙っている訳が無いでしょ!

 アンタの優しさと想いが嬉しくないと言ったら嘘になるけど、そんな真似をやらせる訳には行かないわっ!

 これはこっちで片付けなければいけない問題なの。

 アンタがそれで傷つく必要はないし、傷ついちゃいけないの。

 傷つか無ければいけないのはボク。

 嫌われ役をしなければいけないのもボク。

 ボク達に足りなかった物に気が付いたボクの役目。

 

 だから其処で見ていなさい。

 アンタみたいな大馬鹿な真似をする気は無いけど、ボクなりの本気を見せてあげる。

 これがボクなりのアンタへの答え。

 そして本当の劉備軍の始まりよ。

 

 

 

 

 遥か先に見える山の向こうに陽が沈んでいくのが見える。

 夕暮れの日差しが世界を真っ赤に染めてゆく中を、人々が忙しそうに体を動かしながらも、今日も一日の歩き続けた疲れた身体を休めていた。

 そして遠くで何かを囲うように人々が大きな円陣を作り出して行く様子に、今日もアイツの舞いが始まった事が分かる。

 何時もであれば、ボクも月も炊き出しとその後片付けに追われているのだけど、先日より軍議に出るためもあって、その仕事はもう別の人間が行っている。

 ボク達自身もつい先ほど既に夕食を終え。 月がボクが断るのも構わずに、ボクから空になった食器を取り上げて片づけに行っている。

 ………ボクに気を使って。

 

 結局あの後、各自の心と考えを落ち着ける必要があるとして、解散する流れになったのだけど、その時の皆の様子からボクの想いは伝わったと確信している。

 直ぐには無理かもしれないけど、これで少しずつ変わって行くと思う。

 少なくともボクと同じ失敗を愛紗はこれ以上しないだろうし、桃香も今の自分達が一番足りない物が何なのか。 それが分かった以上、桃香なりにどうして行くか探って行く筈よ。

 あの娘は外見こそぽややんとしてはいても、そう言う所はしっかり押さえているからね。

 

「とりあえず、今はこれで様子を伺うしかないわね」

 

 我ながら必要以上に熱くなり過ぎた事に苦笑を浮かべながら、ボクはそう呟いて天幕の外膜にもたれ掛かかり、疲れた心を休めようと目を瞑った所に。

 

「もう腰は大丈夫ですか?」

 

 相手を心配する言葉とは裏腹に、何の感情も感じる事の出来ない声がボクの耳に届く。

 小さな声。 だけど特殊な発声方によって、届けたい相手にはしっかりと届ける事の出来るその話し方は、嘗てのボクには耳に馴染んだもの。

 細作、密偵、工作員、色々な呼び名があるけれど、その中でも隠密行動を得意とする者達が身に着けている技術。

 だけど今のボクにそんな者を動かす権利も、仲間も………いない訳では無いけど、少なくてもその気の無いボク達の周りには今は居ない。 何よりその声には聞き覚えがある。

 

「心配するような物じゃないわ。 それより態々気配まで消して何の用事?」

 

 声の主。 彼女には強がって見せたけど。 先程の軍議の場での最後で、愛紗の殺気と気迫を真正面から耐え続けながら、みんなに説き伏せれるこ事が出来た事を確信した後に時に見てしまったアイツの笑顔。 その事を切っ掛けに気が抜けてしまったのか、地面に座り込んでしまった時の事を思い出し。

 ボクは恥ずかしさが声に乗ってしまっている事に気が付き、ボクの頬は羞恥心で僅かに赤く染まり。 その事に益々声が上ずってしまう。

 はぁ……、かっこよく見せると決めたのに、いったいボクは何をやっているんだろ。 これじゃあ、月が僕に気を使ってしまうのも仕方ないわよね。

 心の中で溜息を吐きながらも、凭れ掛かっている天幕の中に忍び込んでいるであろう周泰の答えを待つ。

 

 はっきり言って今のボクに、呉の将である彼女がこんな誤解を招きかねない手段で近づいてくる価値はないし、ボクや月を抱き込むつもりならば、こんな方法を取らなくてもアイツが動くのが一番確率が高いはず。

 もっとも、幾らボクと月がアイツに恩があると言っても、桃香達を裏切るような真似などしない人間だと言う事は、先程の軍議の場で分かっているはず。

 

「……何処まで知っているのです?」

 

 その言葉と共に背筋の肌が泡立つのが分かる。

 心臓が氷のような冷たい手で掴まれたかの縮こまる。

 先程の軍議の場で、愛紗に見せた物とは比べものにならない程の冷たく鋭い殺気に……。

 

 だから理解できた。

 彼女が此処に来た理由を。

 何しに来たかを。

 彼女にとっては当然の事。

 

「この間の晩に言った通りよ」

「っ!」

 

 

 

 

 ボクの言葉に暗殺者の殺気が僅かに揺らめく。

 その事にボクは自然と頬が綻ぶ。

 冷たい殺気の刃を突きつけられているというのに、心の中が僅かに暖かくなるのを自覚してしまう。

 その事に不思議と思いつつ、そんな自分を呆れてしまい、益々自然と口の端が上がってしまう。

 彼女は、きっと僕が一人になるのを待っていた。 それは……。

 

「呉の周泰ではなく。 アイツの恋人である周泰として来た相手に、今のは狡い言い方だったわね」

「はぁぅっ」

 

 ボクの言葉に周泰は、先程まで鋭すぎる程の殺気を突きつけてきた相手とは思えない程、その殺気を自らの動揺でかき消してしまうばかりか、まるで素人そのもののような動揺の気配と声を漏らしてしまう。

 目に見えなくてもその様子が自然と脳裏に浮かび。 ふ〜ん、こう言う初心な娘が好みなんだ。と、何故か心の中で呟きながら目を半眼にしてしまう。 ……なんかむかつくわね。

 まぁいいわ。 今はそんな事はどうでも良い事。

 

「アイツは、きちんと眠れてる?」

「………」

 

 殺気が純粋な意思に変わる。

 とても真っ直ぐな意思が、ボクに向けられる。

 何処までもまっすぐで心地良い意志が。

 アイツを想う彼女の心が。

 

「聞いているかもしれないけど、その事を此方側で知っているのはボクだけよ。 ……今も、そしてこれからもね」

「………」

 

 だからきちんと教えてあげる。

 心配しなくても良いと。

 もし彼女が、呉の周泰として今此処に居るのならば、ボクの命は此処でお終い。

 孫呉からしたらアイツの弱点を外に漏らさまいと考えるのは当然の事。

 ……でも、そんな事はありえない。

 

「アイツに言っておいて、こっちの事はこっちでやるから、アンタは自分達の事をやりなさいってね」

「………」

 

 だって、あんな大馬鹿なアイツが選んだ娘だもの。 良い娘に決まっている。

 何よりそんな行動をアイツが許す訳がない。

 だからボクはアイツの弱点を知る者として。

 アイツに敵対する劉備軍にいる賈文和として。

 月とボクの命を救ってくれた恩人の身内に対して、

 ボクなりの精一杯の誠意を見せるだけ。

 

「……………ねぇ、返事くらい言いなさいよ。

 これじゃあまるでボクが独り言を言う寂しい趣味を持つ、変な奴みたいじゃないの」

「……聞かせてください。 何故ですか?」

 

 短い問いかけ。

 なんととも取れる問いかけ。

 短い言葉で幾つも聞いてくるだなんて、外見によらず結構ちゃっかり者ね。

 でも、其処までしてあげるつもりも時間も無いわ。 そのうち月も戻ってくるでしょうし、他の人間が来る可能性も在るもの。 だから一つだけ……。

 

「見てられないから……かな。 たぶんそんな所。 正直ボクもよく分かっていない。

 ……ただアイツを放って置けないと思っただけよ」

 

 ボクの答えに満足したのか、彼女からの圧力は綺麗に消えて行く。

 代わりにボクを包み込んだのは、穏やかな空気。

 まるで焚火に当たっている様な暖かな空気。

 あの晩に彼奴が包まれていた空気。

 そんな空気に包まれながら、ボクは考えてしまう。

 本当に何でだろう?

 恩人だからなんて事だけじゃ、……多分ないと思う。

 

「ボクも一つだけ聞かせて。 貴女、アイツの愛人で良いのよね?」

「はい。そのつもりです」

「そう」

 

 我ながらよく分からない質問。

 でもなんとなしに聞いてしまった問。

 多分確認なんだと思うけど、それにしたって意味不明すぎる。

 ……でも、此れで良かったんだって思う。 ……そう思える。

 

 その事にボクも満足したのか、自然と天幕に今まで以上に重みが掛かる。

 しっかり打ち建てられた杭が、力の抜けたボクと天幕の重みを支えてくれる。

 その天幕の柔らかさに心地良さを覚えながらも、風がボクの頬と髪を擽りながら時間が過ぎて行く。

 

「………たく、来るのが何時の間にかなら、帰るのも何時の間にかなのね」

 

 

 

明命(周泰)視点:

 

 賈駆……詠さんが軍議の場で仲間内との諍いを起こして二日が経ちました。

 彼女の狙い通りと言っては語弊がありますが、劉備の一行は違和感があった関係を少しづつ、そして急速にその歩みを近づけています。

 どこか吹っ切れた顔で本気でぶつかりあっています。

 諸葛亮や鳳統が関羽や趙雲達がぶつかり合う度にハラハラしてはいるものの、そしてそれが終われば劉備を中心に笑い合っている。

 意外だったのが、張飛がその外見と子供染みた態度とは裏腹に以外に物を考えていた事でした。 まぁ、大分勘に任せた発言の方が多いのは事実ですが……。

 

 以前は其処に劉備があっただけでしたが、今は劉備を中心に動き始めようとしています。

 おそらくは一刀さんがしようとしていた事を彼女が行った。 それは構いません。 本来は劉備達の問題です。一刀さんの手を煩わせずに、それを自分達で解決できるのであればそうするべきなのです。

 問題は、関羽が言ったあの無神経な策の時に見せた彼女の目です。 そして趙雲と共に私達の陣にまで来たあの晩にの出来事。

 

 アレは私達家族が一刀さんに持つ瞳。

 一刀さんの心の痛みと苦しみを知る瞳。

 ……そして、一刀さんを想う瞳です。

 その事に不安を覚え、私は一刀さんに内緒で彼女に近づきました。

 呉の将として、そして私個人として……。

 

 結果は呉の将としては安堵できるものでした。

 彼女は霞様の言う通り高潔な精神の持ち主で、敵対する組織に居ながらも、恩は恩として感じる事の出来る人間でした。

 おそらく彼女は劉備達が独自で一刀さんの弱点に気が付かない限り、その事を墓場にまで持って行くでしょう。 そう信じるだけの想いを彼女から感じる事が出来ました。

 

 だけど私個人としては、逆に不安を覚えてしまいます。

 一刀さんの事を話す彼女の声には、翡翠様と同じく優しい慈愛に満ちた物を感じたからです。

 諸葛亮のように、一刀さんの優しさに惑わされずに、悲しみも、苦しみも、悔しさも、一刀さんの苦悩全てを受け入れた上での想いを。

 傾慕に近いと思えてしまう強い想いを感じたからです。

 

 一刀さん、いったい彼女に何をしたんですか?

 彼女に何を見せたんですか?

 そう不安になってしまいます。

 一刀さんの私達への想いは知っていますし、信じていますが、それでも不安を感じてしまうんです。

 だって、一刀さんは彼女を心から信じているからです。

 あの軍議の場で彼女に怒鳴られ、睨み付けられながらも一刀さんは笑ったんです。

 優しくい笑みで、信頼する瞳でもって、彼女を見守っていたんです。

 たった三日一緒に居ただけと言う相手を……。

 はぁ……自分が情けなくなります。

 一刀さんが私達を捨てるはずはないと分かっていても、嫌な考えが一瞬脳裏を掠めてしまうのですから…。

 

 そんな私の不安を知られてしまったのでしょうか?

 輜重隊と合流するためと、補給と休息をするために立ち寄った街の県長の屋敷で用意された部屋で、一刀さんは私を安心させてくれます。

 一刀さんの私に対する想いを、私の心と躰に刻んでくれます。

 あれ程天幕では拒んでいた行為で、私を満たしてくれます。

 何時もより激しい行為で私の不安を吹き飛ばしてくれます。

 何時もより優しい行為で私のさもしい心を塗り替えてくれます。

 私の中を一刀さんの想いと証で溢れさせてくれたのです。

 

 何度も達っしてしまい、何度も行った行為に疲れ果て。 力など何一つ入らぬ躰を、一刀さんの優しい温もりに委ねながら、私は一刀さんに甘えてしまいます。

 お腹の中を満たす一刀さんの証と想いに満足感を味わいながらも、お猫様が甘えるように一刀さんに頭を擦り付けてしまいます。

 そんな私に一刀さんは私の長い髪を指で愛しげに梳いては、匂いを吸い込むかのように髪に顔を埋めます。

 もう今までに何度もそんな事をされていると言うのにくすぐったい想いが、恥ずかしい想いが湧きあがります。 それでも、その事にポカポカと温かい物が湧きあがり、幸福感で満たされるのですから不思議です。

 

 そんな幸せな微睡の中で、私は今知り得ている益州の情報と、工作してきた内容と状況を話して聞かせます。 そして一刀さんは私に何をするつもりなのかを話して聞かせてくれます。

 聞いていた話。

 初めて聞かされる話。

 驚く事。

 疑問に思う事。

 そして呆れてしまうべき事。

 

 その殆どは、お願いと言う形でした。

 一刀さん狡いです。

 こんな時に、そんなお願い事をされたのでは断れません。

 本当は反対したい事もいっぱいありました。

 でも反対すれば、きっと一刀さんはその分無茶をします。

 一刀さんはそう言う人です。

 だから私が出来るのは、一刀さんが必要以上に無茶をしないよう釘を刺し、見張る事です。

 でも結局は傍についていてあげる事しかできません。

 一刀さんの何でも無い頼み事を、聞いてあげるくらいしかできません。

 だから、私も一刀さんにお願いをします。

 一つだけの心からのお願いです。

 

 

「必ず元気な姿で家に、 建業の家族の元に帰ると約束してください」

 

 

 

斗詩(顔良)視点:

 

 

「ほ〜っ、ほほほほっ。 これで徐州を含め北原五州は私達袁家の物ですわ」

 

 劉備から奪い取った城の玉座の間で、劉備達を逃してしまわざる得なかった不機嫌を隠して、周りに機嫌の良く見せている麗羽様に、私は内心溜息を吐きながら、その原因たる報告をする。

 

「麗羽様。曹操さんが、領土中の兵に招集をかけていると報告がありました」

「で、華琳さんは北上を始めたとか言いませんわよね」

 

 私の言葉に一瞬眉を顰めつつも、あの人達からの目と耳を優艶で自信気な態度で誤魔化しつつ、私に先を促してきます。 

 

「はい、麗羽様の仰る通り進軍はしてはいませんが、北上するのは明らかとの事で、至急此処を後任の者に任せて迎撃に迎えとの事です」

「動くべき時に動くなと言い。 動くべきでないときに動けとは、何時もながら無茶を言ってくれますわね」

 

 本当に麗羽様の言う通りです。

 攻めるならば、以前攻めた時に全軍でもって責めるべきでした。

 徐州を手に入れたばかりと言うのもありますが、曹操さんの三方向を囲った今ならば、曹操さんの挑発には乗らずに力を溜めるべき時です。 なにより、まだ残っている反抗的な勢力に機会を与えかねません。

 それを、あの人達は自分達の欲と被害を被るかもしれないと言う、自分勝手な憶測でその時期を無視します。

 

「まさかとは思いますが、あの人達私達だけで当たれと言って来た訳ですか?」

「いえ、本陣の三分の二は持って行って良いとの事です。 そのかわり・」

「必ず華琳さんの領土を奪い取れとでも言って来ているんでしょ。 そんな事を言われなくとも、私は袁家の天下のために、大陸を奪って見せますわ。

文醜さん、聞いていましたわね。 直ぐに此処を立つ準備をなさい」

「へへ〜っ、前は逃げる敵を追うだけなんてつまんない戦だったけど。 曹操の所なら、あたいの腕の見せ所だぜ。 斗詩見てろよ。今度こそあたいの活躍見せてやるからな」

 

 文ちゃんの元気そうな姿は見ていて嬉しいけど、私としては、そんな事より元気に帰ってきて欲しい。

それにしても、本陣の三分の二と言う事は、曹操さんの所の十倍弱と言う所か……、もう一年くらい待てば、手に入れた州もそれなり、管理下に置けるから、無理をすれば十五倍処か二十倍は兵を集めれので、勝敗以前の問題になるばかりか、その後も楽になると言うのに旨く行かない物です。

 

「文醜さん、良い所を見せるのは構いませんが、高覧さんと張コウさんも今回はいますから、あまり調子に乗っていると二人に良い所を取られてしまいますわよ」

「ふふ〜ん、姫〜。いくらあたいが御調子もんでも、あの二人に後れを取ったりしませんって」

 

 文ちゃん、其処で自分で御調子もんって言うのは逆効果だよ〜。と思いつつ、久しぶりにほぼ全軍と言える戦となれば荀韑さんや沮授くんも出陣って事だから、姫の言う事もあながち的外れじゃないって事なんだよ。

 それにしても、あの慎重な曹操さんがこうも速く動くだなんて、何か在ったのかな?

 十倍近い戦力差が在れば万が一と言う事も無いだろうけど、あの人達の強欲が裏目に出ないと良いなぁ……。

 

 

 

 

 

 

 

つづく

あとがき みたいなもの

 

 

 こんにちは、うたまるです。

 第百十話 〜 矛が鳴らす鈴を星は見守り、月は友の想いを詠む 〜 を此処にお送りしました。

 

 今回も詠ちゃんを中心とした多お話になりました。

 いやぁ〜、今回は悩みました。 愛紗視点での詠との確執染みた遣り取り。 そして視点を変えた温度差のある想い。

 そしてそれを別勢力である明命から見た想いを、絡ませる文章に悩みました。 まだまだ未熟な文章だとは思いますが、楽しんで戴けたでしょうか?

 なんにせよ次回はもう少し展開を進めたいとは思っていますが、おまけがだんだん酷い事に(w なんにせよ翡翠の暴走気味なのは、絶対一刀が原因だと思うのは私の気のせいでしょうか?(笑

 そして、闇翡翠までもを書いてくださっったsion様に、感謝とお礼の言葉を申し上げます。

 

では、頑張って書きますので、どうか最期までお付き合いの程、お願いいたします。


 
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