「叔母さま!」
「何じゃ」
「ちょっと早すぎない。少し休憩にしないと皆疲れて戦えなくなっちゃうよ」
「構わん!これぐらいで騎馬でへばってしまう兵なら西涼のつわものとして失格じゃ!そんな者戦力のうちにも入らん!」
「そうは言うけど…」
「何じゃ、蒲公英、お前をこの程度で弱気を言うような子に育てた覚えはないわい!」
「………」
馬岱は横でなんといっても、馬騰は進軍を止めることなく走り続けた。
それは司馬懿を詐称した無礼な者への怒りによったものであった。
司馬懿はそれほどの存在だった。
馬騰が知っている司馬懿は、美しくて賢いだけではなかった。
礼儀正しく、心も純粋で綺麗な子。
何一つ欠けを見つけることができない娘であった。
自分に息子があったらとか、彼女が男だったらとか思ったことは数えないほどあった。
そんな花のような娘を、曹操は踏みにじった。
許せなかった。
司馬懿を殺した曹操も、司馬懿を詐称している者も。
その二人の血を自分の獲物で流さなければ気が済まなかった。
「蒲公英」
「何?」
「進軍速度をあげるぞい。追いついてこれないものは捨てておけ」
「えー!!駄目!絶対!これ以上は絶対無理!」
「……っ!」
その時馬騰は自分が一軍の大将だということすら忘れていた。
「ああ、叔母さま!!」
馬騰は一人で馬を走らせ、軍から離脱して長安へ向かうのだった。
「あぁぁ!!……もお!」
そんな彼女を見て馬岱は叔母を追うことを諦め、従姉である馬超を探しに下がるのであった。
場所を変えてここは安定。
倒れていた孔明が目を覚ました頃であった。
「……ぅぅん……」
「あ、孔明様」
「……ここは…どこですか?」
孔明を看護していた侍女が直ぐに孔明が気を戻したことに気づいた。
「孔明様のお部屋でございます。馬騰さまは馬超さま、馬岱さまと趙雲さまお連れして長安城に参られました。
「!」
馬騰たちが長安に向かったとのことを聞いて孔明は気を確かにする暇もなく寝台から飛び上がった。
「今直ぐに早馬を出してその進軍を止めなければなりません!!」
「こ、孔明さま、まだお体を休まれた方が…!」
「そんな場合ではありません!」
孔明は焦っていた。
いつも冷静でなければならないものが軍師であると言うものを、たかが侍女に向かって孔明は自分の焦っている姿をまるまると見せていた。
しかもはわわとしているわけでもない。
これはそのような問題、驚いている暇さえも惜しむ重大事態であった。
少なくとも孔明にはそうであった。
「直ぐに馬騰さんのところに早馬で進軍を止めるように伝えてください。そしてここに来ている我ら蜀軍勢にも、今日の夜まではここに着くように伝達してください」
「しょ、承知いたしました」
孔明の迫力に圧されて侍女は直ぐに部屋を出た。
「星さん…どうして待たせなかったのですか…」
今出ればいけなかった。
というより出てはいけなかった。
司馬懿お姉さまを相手することはあまりにも恐ろしかった。
司馬懿、紗江お姉さまのことはいつも水鏡塾では伝説のように伝わって来ていた。
水鏡先生が誰よりも愛していた弟子として。
水鏡私塾の生徒として紗江お姉さまのことに憧れていない人はいなかった。
もちろん自分や雛里ちゃんにとってもそんな方の後輩であることをとても誇らしく思っていた。
だけど、その紗江お姉さまを敵として向かうことはあまりにも危険であった。
紗江お姉さまの能力は水鏡先生がいつも仰っていた褒めの言葉だけ聞いてもどれほどのものか分かっていた。
だけど、水鏡先生はこうも仰っていた。
――あの娘と戦うことになるなら朱里?あなたは何としてでもその戦いを避けなければなりません。あの娘はどんな状況でもあなたの軍を全滅させる策を組める人です。例えその策を披露した際に自分自身と自分の軍が全て殺されるとしても。
もしその言葉が本当なら紗江お姉さまは、骨のそこまで理想的な軍師であった。
♪~♪♫♪~
――……来ますね。砂塵が見えます。
「………」
♬~
――どうするつもりです?
「………」
砂埃を起こしながら一頭の馬が走って来ていた。
その上に乗っているのは西涼の馬騰。
――紗江?
「左慈さん」
何度聞いても口を開けないで琴を弾いていた紗江が口を開けました。
「何度も繰り返していわさないでください。少女は何も致しません」
――……
「………」
♬~
紗江は琴を弾いていた。
それだけであった。
ひぃいいーー!!
やがて馬騰を載せた馬が止まった。
「司馬懿を、紗江を詐称したヤツは誰じゃ!!そこに居るの知っておる。妾、西涼の馬騰が、その身体を小切れにして食ってやる!!」
これは凄くご立腹でいらっしゃいますね。
「……」
♬
紗江は何も言わず、琴の音だけが長安から馬騰へと流れていた。
「貴様か!」
「……」
琴の音を追って城壁の上の紗江を見た馬騰さんは即座でその馬から持っていた弓に矢を射ました。
――紗江!
「………」
サシュッ!
――風落とし!
上から押すような強いに風に勢いを失った矢は城壁まで届かず地面に落ちました。
「ええいっ!」
懲りずに二度目の矢を射る馬騰さん。
【左慈さん、邪魔をしないでください】
――しかし!
【左慈さん…】
――……っ
サシュッ
ブシュッ!
「っ!」
二度目に射たれた矢は紗江の肩にあたった。
「………ぅぅ」
城壁の端にいた紗江は痛みに身体を収集できずに身体を崩し城壁の下へ落ちました。
何をする気か分かりませんけど、ここまで助けないとは言わせませんよ。
――昇!
太平妖術書の力によって今度は下から上がってくる風が紗江を支え、城壁から地面に落ちる衝撃を減らしました。
馬騰は城壁から自分がうった人が落ちたのを見て馬から降りて獲物を持って城壁に近づきました。
罠であるかも知れないというのに何の迷いもなく彼女は紗江のところに向かいました。
「……」
馬騰は倒れている紗江の髪を掴み、紗江の顔を見ました。
「貴様が……貴様が司馬懿を名乗ったヤツか?」
「………
馬騰さま、少女の顔お忘れですか?」
「……!」
やがて馬騰さんに言葉を発した紗江に馬騰は驚きました。
「………」
「馬騰さま……」
「…そんな…はずが…おらぬ」
馬騰は掴んでいた紗江の髪を放して紗江の顔を掴みじっくりと見続けました。
「そんなことが……この顔が…偽物なのか?曹操め、まさか人面でもひきずって仮面に作ったとでも言うのかえ?…でなければこんな…」
「馬騰……さま…早く、西涼にお戻りください」
「!」
「この長安は現在誰もいません…長安の兵は馬騰さまを挑発し、全軍でここ長安を叩くようにさせて五丈原を迂回して西涼に向かいました」
「なんじゃと!」
「早く行かなければ馬騰さまの西涼が…曹操さまの手に……」
「!!」
馬騰はその時自分が紗江の肩を貫いたことに気がつきました。
腕からは血がどんどん溢れ出て、長安の地がその血を吸い込んでいます。
「誰か!!」
馬騰は慌てて後ろを向くけど、そこには自分が乗ってきた馬一頭がこっちを見ているだけ。
「馬騰さま……少女のことは気にしないで、お戻りください」
「何故早く言わなかったのじゃ!何故妾に自分だと言わなかった!!」
「急いで……五丈原を抜けて西涼へ……」
そこまで言って紗江は気を失いました。
「仲達!紗江!!」
「………」
「……妾は……妾は…!」
馬騰は立ち上がりました。
そして、気を失った紗江の腕に刺さった矢を力を入れて抜き出し、肩の傷を来ている服の布で結びました。
それから紗江を抱き上げて、自分の馬に乗せて長安城の反対側へと走りました。
「待っておれ、紗江……理由は分からぬが…お主をこんな風には逝かせぬ!」
馬騰は直ぐ長安城から見えなくなり、長安城は静かとなった。
………
「馬騰殿が居なくなった!」
「馬鹿!ちゃんと見張りしないで何してたんだよ!」
「だってしょうがないでしょ!一瞬に走って行っちゃうのに蒲公英一人で追いつけるわけないじゃん」
馬騰を見失った馬岱は直ぐに馬超にその事を知らせた。
「早く追いかけなければ……」
「待ってくれ、馬超殿。これ以上進軍速度をあげたら長安に着く頃には戦いなんて出来る状態じゃないぞ」
「それはそうだが…けど、母上が」
もちろん、馬超も十分状況を承知していた。
確かに五丈原を駆ける騎馬隊には勢いが落ちていた。
予定より早かった出立で準備もちゃんと出来ていなかった上に、普段なら二日はかかる距離を半日で走っていた。
それほど馬騰には落ち着きがなかったのだ。
「蒲公英もそう思う。もう皆疲れてるからもう少しゆっくり行こうよ」
「お前は心配にもならないのか?」
「だって叔母さまのことだもん。蒲公英が心配しなくても大丈夫だよ。いくら頭来ていてもそこまで無茶する人じゃないんだから」
「それは……」
確かに馬騰は自分たちが心配させるような人ではなかった。
だけど、今回の母上は少しおかしかった。
「まあ、といってもこんなところで兵を休ませるわけにもいかない。進軍速度を少し下げて、森を抜けたところから休みに入ったらどうだ?馬騰殿のことはその後私が探しに行こう」
「趙雲……分かった。それではそうすることにする」
その時、
「馬超さま、大変です!前方で突然進路が倒れた木などで塞がれて動けない状態です」
「何?!」
「今急いで解体しようと頑張っていますが、どうも時間がかかりそうで…」
「不味いな……」
趙雲がつぶやいた。
「え、まずいって?」
「時がよすぎると思わないか?馬騰殿が駆け出した直後に私たちの道が塞がれた。これはもしかすると……」
「まさか……!」
その時であった。
サシュッ!
サシュッ!!
「!」
「伏兵か!」
「しまった!」
どこからか数百の火矢が放たれてきた。
「馬超殿!」
「わかってる。蒲公英!先鋒部隊には早く迂回路を作って長安に向かうようにさせてくれ。取り敢えず急いでここを抜ける」
「撤退した方がいいんじゃない?」
「もう相当入ってしまったんだ。早く長安の方へ向かった方が早い」
「わかった」
馬岱はそう言って前方へ向かった。
そしてその次の瞬間、
ドカー――ん!!
ドカーーーン!!
「何?!」
「爆発!?」
火薬が爆発する音が聞こえるかと思ったらあっという間に五丈原のあっちこっちから火の煙が上がってきた。
「不味い!このままでは…!」
「何だよ、これ……あいつら、五丈原を全部燃やす気かよ!」
「そうこう言っている暇がないぞ。早く撤退しなければ全軍が焼け死ぬ!」
「ああ!全軍に告げろ!撤退だ!皆戦列を気にせずに早く五丈原を抜けだせ!」
馬超はそう叫んだが、その間でも森のあっちこっちから煙が上がり続けていた。
あっという間に、五丈原は炎の中に包まれることになる。
「こ、これは…一体!」
馬騰がそこに着いた時、五丈原は赤く燃えていました。
ひいいぃぃいー!!
「うわぁあああああ!!!」
「あつい!死ぬ!!」
馬騰の軍の何人かが森の中を抜けて出てきました。
ある者は身体に火がついていました。
「た、助けてー!」
「っ!!」
その光景を見た馬騰は急いで来ていたマントを取ってその火を消し取ろうとしました。
が、
「何だ、この火は…」
火は消されなかった。
いくら兵が地面を転び、どれだけ消そうとあがいても兵の背中の火は燃え続けました。
やがてその兵士は、全身が火に包まれて死んでしまった。
「これは………」
「少し時が遅かったようですね」
「!」
馬騰が振り向いた時、紗江は馬から降りてきてじっとした目で燃える五丈原を見ていました。
「仕方ありませんね。完璧な策でもそれを実践する人の誤差というものはあるもですから…」
「紗江……まさかお主が……!」
「…馬騰さま、少女の思い通りに動いてくださってどうもありがとうございます」
紗江は頭を下げながら馬騰にそう言った。
「お主か?お主がこんなことをしたのか!」
「ええ、馬騰さまが蜀の援軍を待たずにここまで全軍を率いてこられるよう、態と死んだはずの司馬懿の名を使い、馬騰さまを挑発し、挙句にはその軍までも捨てて一人でここまで来られるようにしたのです」
「貴様は……やはり紗江ではおらぬのだな!」
「……一度死んだものは帰って来ません」
「貴様ーー!!」
ドカーーーン!!!
その時、大きい轟音が聞こえた。
「……真桜君と沙和君には五丈原のあっちこっちに火薬を埋めておくようにしておりました。そして、凪君には五丈原の街道を封鎖し、教えた場所に火を付けるように…と」
「なんということを……貴様には血も涙も居らぬのか!貴様がどれだけ非道なことを知ったのか分かっておるのか!」
「……戦いに勝つために、できないことなんてございません」
「!」
五丈原の空の上ははいつの間にか黒い煙しか見えなくなりました。
煙が…空を覆って何も見えません。
風によって火はどんどん広がって行き、中では人や馬の肌が燃えて悪臭がしました。
「火薬と一緒に入れた油は、火を長く燃やし続け、中々消すことができないように特殊に作ってもらったものです。だからそれを身体にぬられた人は、一度火が身体に着いたら、水に入らない限りは燃えて死ぬでしょう」
「…悪魔じゃ……貴様は悪魔じゃ……!」
シャキッ
馬騰は槍を出します。
「貴様を敵以前に、人間として軽蔑する!こんなことを平然できる者がこの世に居るとは……!」
「………」
紗江は何も言わずに馬騰に近づきました。
「!!」
だけど、馬騰さんは何故か紗江を殺そうとしません。
「……殺さないのですか?」
「……っ!!」
馬騰さんはまだ迷っているのでした。
そんなはずがない。
この娘が司馬懿のはずがない。
なのに、だというのに、あまりにも似ている。
馬騰も、華琳さまほど紗江のことを愛していた。
だからこそ紗江を詐称すると思う相手を許せず一人でここまで来た。
そして、だからこそ今ここに居る人を殺せません。
「…あなたも…自分の手では少女を殺せないのですね」
「!」
「華琳さまも……結局自分の目に見えない場所で少女を殺しました。少女が、死ぬこと見たくなかったのでしょう」
「紗江……お主は……」
「結構ですわ」
紗江は馬騰を通りすぎて、燃えている五丈原に向かいました。
「華琳さまなら……あなた様になら死んでもいいと思っていました。だけど、あなたたちは少女を殺せなかった。ですから……」
「!!」
馬騰さんは次の瞬間紗江が何をしようとするのか気づき彼女を止めようとしました。
ですが、もう遅かったです。
紗江は五丈原の中に入ってしまい、直ぐに焼いた木が落ちてきて、紗江が通った道は塞がってしまいました。
「紗江!!紗江!!!」
馬騰さんは何もできず、燃える五丈原をただ見ることすらできませんでした。
「何や……これは……」
馬騰さんの後ろで、長安から来た霞さんも煙があがる五丈原を見て、唖然としていました。
「まさかこんなに酷いだろうとは……知らんかった」
「姐さん!!」
「お姉さまー!!」
「真桜!沙和!」
あそこから沙和と真桜と工兵隊が来ていました。
「大丈夫なん?」
「なんとか…結構ギリギリだったの」
「ちっとだけでも遅かったら、ウチらもあの中から出られへんかった……」
「紗江……なんちゅうことをしたんや」
「!凪ちゃんは?!」
「!まさか……!」
まさか…間に合わなかった!?
「凪ちゃん!」
「アカンて!今行ったら死ぬ!」
沙和君が燃える五丈原に戻るとするのを、真桜君が腕を掴んで止めました。
「でも凪ちゃんがあの中に…!」
「大丈夫!凪ならきっとちゃんと逃げたやろうから心配せへんでええ!」
「でも……でも…!もしそうじゃなかったら!もしまだあの中にいたら…!」
「………」
……凪君!
バサーっ!!
「ひい!!
「はぁああああ!!!」
地面に落ちてくる木が衝撃波によって木っ端微塵になって落ちる。
「大丈夫か!」
「は、はいっ、何とか!」
凪君と兵士一人はまだ五丈原の中に居ました。
「申し訳ありません、楽進さま!私が遅かったせいで…!」
「そんな話は後だ!今は早くここから出るぞ!」
「は、はいっ!」
ギギ――――!
その時、凪君の後ろからまたいきなり木が…
「!」
「楽進さま!」
「っ!!」
その瞬間、身を投じて楽進を横に押し出した兵士の上に燃える木が落ちました。
「!!」
「が、楽進さま……は、早くお逃げください……」
「…っ!」
ここに長く居ることができませんでした。
凪君は涙を我慢しながら動き出しました。
・・・
・・
・
「はぁ…はぁ……」
凪君はまだ燃える森の中を彷徨っていました。
時々馬騰軍の兵士たちの悲鳴が聞こえてきたが、気にせずに前に進みました。
「…!」
その時、凪君は自分の目に映った人を見て驚かざるを得ませんでした。
「紗江さま!」
「……!凪君、どうしてあなたがここに……」
紗江はある場所に座っていました。
「どうしてこんなところに居られるのです!早く逃げましょう!」
「……少女は行きません。凪君は早く逃げてください」
「何を仰るのです!こんなところに居ては死……!」
その時、凪君は紗江の後ろにある石版に目が行きました。
そこには「司馬懿仲達、ここで死す」と書かれてありました。
「これは……」
「……ここは、以前少女が死んだ場所なのです。少女は、ここでこの生を終わらせようと思います」
「!どうしてですか!紗江さまは…紗江さまはこんなところで死んではならないお方です!」
「…いいえ、少女はここで死ぬべき存在でした。それももう何年前に…」
「………」
「この惨状を見てください。この全て、少女がしたことです。凪君……少女は化物です。人の顔をしてこのような策が出来るはずがありません」
紗江は軍師でした。
心の底から軍師であった。
人を駒として見て、戦う地を将棋盤だと思って戦いをしました。
軍師も人であればそんなことはできないものです。
自分が操る兵たちは誰かの親で、子で、夫である。
そんな命の重さを知っているなら使える策にも限りが出来ます。
ですが、紗江はそれがない人でした。
だから、紗江は一度も戦場で軍師として立ったことがなかったのです。
だから紗江はどこの誰のためにも自分の智謀を使わなかったのです。
自分がどれほど酷いことをするかが自分の目に見えていたから……
「……左慈さん、凪君のことをお願いします」
「紗江さま、私にはあなたが何を言っているのか全く分かりません。ですが、あなたは化物ではありません!だから早く行きましょう。真桜と沙和と霞さまが、待っているはずです!」
「左慈さん!」
自分の腕を引っ張る凪君を見ようとせず、紗江は僕に訴えました。
………
――眠れ。
「!」
バサッ
術にかかった凪君はその場に気をうしなって倒れ、
――向かわば、長安
次の瞬間、凪君の身体はそこにいませんでした。
起きたら、凪君は長安の自分の部屋で寝ているでしょう。
――……これでいいのですか?
「はい、これでもう、全てが終わります」
――あなたが…ここまでする必要があったのですか?
「この森……少女にとっては憎らしい場所でした。それを燃やしてしまいたかったというのが、本音だったのかも知れません」
――それで十分では?あなたにはまだまだ生きてもらいたいのです。
「少女の気は変わりません。少女は、もう生きていてはなりません。この惨状がそれを証明するではありませんか」
――今までのように抑えながら生きることも出来ました。
「少女が今回抑えていたら長安を守ることは不可能でした。もし、少女が生きて帰れば、曹操さまは少女のことをまた使おうとするでしょう。そしたら曹操さまが歩く道は覇道でなく、修羅になってしまいます。そんなことは…望んでいませんから」
――……
「最初で最後、華琳さまのために戦いました。これで十分です。もう、少女の生涯に悔いはありません」
――……そう、ならいい。
「……」
――司馬懿仲達、あなたは僕との契約を破りました。その体はもう直ぐあなたが死んだ時の姿へと戻るでしょう。
「……ありがとうございます」
――何故感謝するのです?
「少女を蘇らせてくださったおかげで、少女は短い時間でも少女が望んでいた生を生きることが出来ました。親友と作って、自分が愛した方のために知恵を絞ることもできました。少女が前の生でできなかったことを、出来るようにしてくださったのは左慈さんです」
――……
「だから、ありがとうございます」
――………司馬懿仲達との、契約を無効とする。
紗江、僕はですね。
僕はあなたを蘇らせたことを後悔します。
こんな風にあなたと別れることになろうと思っていたら、あなたを起こすこともしませんでした………
お休みなさい、紗江。
今までありがとうございました。
サーーーーーー
そこに残ったものは何もなく、ただ灰になった司馬懿仲達の身体が石版の上に残っただけでした。
その後僕は五丈原に雨を降らせました。
馬騰軍の被害は酷いもので、馬超、馬岱、趙雲やらの将たちは生きたものの兵の9割以上が全滅。
実際それが西涼の全軍であったため、その後撤退する馬騰軍を追いついた霞さんの軍によって西涼は壊滅。
孔明はもう戦況を覆すことができないと判断し、蜀の軍を連れて趙雲と馬超、馬岱を救出、蜀に撤退しました。
馬騰さんについては両軍ともどこに居るか分からず、行方不明となりました。
紗江を探しに五丈原に入って焼け死んだのか、それともどこかに逃げ切ったかは分かりません。
凪君は長安で起きた後何日を泣いて気絶することを振かえしました。
霞さんと皆の慰めにも気を戻すことができずに、未だに欝なまま口もちゃんと言わずにしています。
相当の衝撃だったのでしょう。
僕にとって紗江はいい友でした。
ですが、その友たちを失った喪失感をちゃんと感じることも許されず、僕は次の衝撃的な話を陳留から聞くことになりました。
一刀ちゃんが孫呉との戦場で行方不明になったとのことでした。
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ちょっと突然だったのかもしれません。
が、司馬懿はここで退場させてもらいます。
そして次は、孫呉からの戦いで負けて戻った華琳の番です。