No.200638

真・恋姫†無双~恋と共に~ #35

一郎太さん

#35

2011-02-09 22:50:44 投稿 / 全7ページ    総閲覧数:18168   閲覧ユーザー数:11805

 

#35

 

 

 

俺や恋たちが陳留に来た頃には既に情報を集めていたのであろう。天水や長沙の街の警備隊に似た警備体制は順調に機能し、この街での犯罪率は低く、また検挙率は高かった。そんな警備隊の隊長に抜擢されたのが、新参の凪たち三羽烏である。恋や風と街に出ると時々それぞれに出会うが、真桜と沙和のサボリ癖の所為で凪は苦労しているようだ。

 

春蘭や秋蘭、季衣は賊討伐に兵の調練と忙しく動いている。曹操や軍師たちは内政に精を出し、俺は暇という訳ではないが、それほどすることが多くもなく、なんだか申し訳ない気がしなくもない。………恋と過ごす時間が増えるのは嬉しいことだが。

 

そんな俺でも忙しくなる時間はあったりする。そう、修行の時だ。ある時は春蘭の相手をし、またある時は秋蘭との近接格闘の鍛錬をする。また別の時には季衣に戦略(これがなかなか難しい)を教えたりと、この時ばかりは神経を使っている。

 

そしていま、俺は新たな弟子を迎えざるを得なくなっていた。

 

 

 

「………で、話というのは?」

「はい。聞けば春蘭様たちは北郷様に稽古をつけてもらっているとか。お時間のある時でよいので、私にもご指導を頂きたいのです」

「でも俺、専門は剣術だよ?凪は拳闘だろう。分野が違うと思うのだけど」

「いえ、初めてお会いした時にも貴方の格闘技術は見ています。それに秋蘭様との接近戦の鍛錬も行っているともお聞きしています。どうか、お願いします!」

 

 

 

………なんというか、凪は一本気だな。この生真面目さは華雄と似通っている部分もあるけれど、好感が持てる。俺は一つ息を吐くと、口を開いた。

 

 

 

「わかったよ。そこまで言われたら仕方がないな。俺の修行は厳しいから、途中で音を上げるなよ?」

「は、はいっ!師匠!!」

「………………………………………」

 

 

 

ちょっとキュンと来た。

 

 

 

そうして今、俺は凪を連れて練兵場に来ている。今日は兵の調練もないし、凪の氣弾を使うとしたら中庭は不適だからな。………今日は使わせる気はないが。

 

 

 

「さて、凪。これから修行に始めるにあたり、質問がある。………凪は、格闘技で最も大切なことは何だと思う?」

「気合です!」

 

 

 

俺は肩を落とす。そんな春蘭みたいなことを言わないでくれ。

 

 

 

 

 

 

「それも必要だが、気合が本当に必要になるのは負けそうな時だ。答えはリズム………そうさなぁ、拍子だ」

「拍子………ですか?」

「あぁ。呼吸とも言う。凪は武具を使わない。ということは如何に相手の剣を受けずにこちらの攻撃を与えるかが肝になる。その為の鍛錬をお前には課したいと思う」

「武具ならこれがありますが…」

 

 

 

そう言って彼女両手の手甲を掲げる。

 

 

 

「それで春蘭の太刀を受け止められるか?」

「………手甲ごと叩き割られます」

「だろ?だから、凪の目標は3つ。何があっても揺らがない拍を身に着けること。攻撃の流れを身に着けること。そして、氣の総量を増やすことだ」

「力とかは必要ないのですか?」

「必要ではあるが、氣を使って身体の速度や筋力を補助すれば十分に渡り合えるからな。3つ目に関しては凪に任せる。2つ目の目標は1つ目が絡んでくる。ということで、最初に教えるのは拍、あるいは呼吸だ」

「はぁ…」

「と、説明はしたが、実践するのが一番早いな。………じゃぁ凪、俺が手を叩くから、拍と拍の間に同じ間隔で手を叩いてみろ」

「はい」

 

 

 

流石にこの説明だけで理解できるのなら、俺なんか必要ないしな。俺は凪に指示し、両手で拍をとる。凪はそれに合わせて俺の拍の裏で手を叩き始めた。

俺と凪が交互に手を叩く。それは均等のリズムとなって練兵場に響き渡る。30秒ほど続けたところで俺は叩くリズムを速めた。

 

 

 

「…っ」

 

 

 

一つ目の拍は遅れたが、すぐに正しい裏打ちに戻る。今度は拍子を遅くし、また速くし………それを繰り返すこと3分。俺は手を止めて腕を組んだ。

 

 

 

「どうだ?拍子を変えても凪はついてこれるが、どうしても一つ遅れただろう?」

「はい」

「戦闘も同じだ。如何に相手を自分の呼吸に合わさせるかだ。自分の呼吸に引き込めれば、あとは凪の好きに拍子を変えることができる。攻めてくると思った時に攻めず、攻めてこないと思った時に攻められる。そうして相手の隙を凪から作り出すんだ。そうすれば、どんな攻撃でも当てることができる………理論上はな。理解できるか?」

「なんとなくですが………仰りたいことはわかりました。それで、どのような修行法がよいのでしょうか?」

「そうだな…まずは俺が一定の間隔で拍を取り続けるから、それに合わせて蹴りを打ち続けろ。………あそこの木でいいかな」

 

 

 

俺はそう言って凪を近くの木まで連れて行くと、その横に立つ。凪は木の前に立ち、蹴りの構えをとる。

 

 

 

「準備はいいか?」

「はい!」

「ならば始めるぞ………」

 

 

 

俺の手を叩く音とそれに合わせて木を蹴る音が続いていく。均一なリズムは学園でのブラスバンド部の練習を思い起こさせ、少しだけ感傷に浸ったのは内緒だ。

 

 

 

 

 

 

凪との修行を初めてひと月が経過した。真面目な性格がうまく作用しているのか、凪は順調にその身体にリズムを刻み続け、今では俺との実戦稽古も出来るようになっている。初めは8ビートで刻んでいたその拳も、その倍に、更にはその倍速にまで高めることが出来る。

 

 

 

「今のはよかったぞ。拍の中に一瞬の空隙を作るのは上手かった」

「ありがとうございます!」

「じゃぁ少し休憩だ。ついでに次の段階に入る。座ったままでいいから見ていてくれ」

 

 

 

俺の言葉に、凪は律儀に体育座り(?)をしてこちらをじっと見つめた。俺は一度呼吸を落ち着かせると、型に入る。立ち木に向かって連続蹴りから回し蹴り、時には正拳突きや裏拳を打ち込みながら、様々な撃を加える。

 

 

 

「………舞のようだ」

 

 

 

凪の呟きを耳にしながら、更に1分間、俺は動き続けた。

 

 

 

「…と、こんな感じで様々な型を組み合わせることにより、相手に手を出させないこともできる」

「………………」

「もちろんそれを避ける者や、間を見つけて攻撃を加えることが出来るような相手もいるだろう。ただ、そこでも先ほどの様に拍を変えることで対処が可能だ。………これから何をするべきか理解できたか?」

「はいっ!」

「よし、じゃぁ―――」

「悪いが、それはまた今度にしてもらおう」

 

 

 

修行の続きに入ろうとしたところで声がかかった。俺は声の主に返事を返す。

 

 

 

「春蘭、見ていたのか」

「あぁ。まるで舞のようだったぞ。それより、これから緊急の協議を行う。2人とも来てくれ」

 

 

 

その言葉に俺と凪は顔を見合わせると、春蘭の後についていくのであった。

 

 

 

 

 

 

玉座の間には既に城の重鎮たち、そして恋と風が揃っていた。どうやら俺たちが最後らしい。俺たちの姿を認めた曹操が全体に向けて口を開いた。

 

 

 

「来たようね。それではこれより協議を行うわ。桂花」

「はい。先ほど朝廷からの使者が来て、帝からの勅命を伝えてきたわ」

 

 

 

その言葉に、空気がざわめく。春蘭や秋蘭、稟は既に聞いていたらしく、特に顔色を変えることもない。ついにこの時が来たか。口の中で思わず呟く。

 

 

 

「昨今頻繁に出現している賊………黄巾の賊の首領を討てという命よ。首領の名前は張角。また、張宝、張梁という妹2人も関わっているとのこと。そしてこれが張角の似顔絵ね」

 

 

 

そう言って荀彧が掲げた似顔絵を見て………見て………………なんだ、あれは?

 

 

 

「なぁ、曹操…」

「言わなくてもわかるわ。私だってこんな化け物が張角の似顔絵とは思わないわよ………如何に勅命とは言ってもね」

「すごいのー。角が生えてるし、腕なんか6本もあるのー」

 

 

 

沙和の言葉の通り、その人物がはあまりに酷かった。毛むくじゃらの身体に角が生え、筋肉のついた腕が6本も生えている。天和も報われないな。と、隣に立っていた恋が俺の袖を引っ張る。

 

 

 

「どうした?」

「天和…顔変わった?」

 

 

 

その瞬間、すべての視線がこちらに集中した。

 

 

 

 

 

 

「………北郷、どういうこと?恋は張角の顔を知っているの?」

「………………………」

「ちょっと、華琳様が訊いてるんだから、答えなさいよ!」

 

 

 

周囲を見渡すと、皆が同じ眼をしている。俺は一旦視線を恋に移し、一つ深呼吸をすると、再び曹操たちの方を向いた。

 

 

 

「あぁ。俺たちは一度張角たちに会っている。張宝と張梁にもな」

「………続けなさい」

「そんなに睨むなよ。知っていることは全部話すから。………まず、一つだけ言わせて貰うと、彼女たちはこの乱の首謀者ではない」

「待ちなさい。実際にこうして勅命が出ているというのに?」

「その似顔絵が説明しているじゃないか。誰も張角の顔を知らない。確かに彼女たちは関わってはいるが、それも本人たちの望まない状況だろう。彼女たちは、唯の旅芸人だ。歌をして各地を回っている時に、俺たちと出会った。ちょっとしたことがあって3人を助けたんだが、その時に歌も聴かせてもらった。彼女たちの望みは唯一つ。大陸一の歌手になることだ」

「それがどうしてこんなことになっているのかしら?」

「これは確信に近い推測だが、この乱の本質は、彼女たちの歌に魅了された者たちの暴走だ。あの娘たちの歌に希望を見出した者たちが、賊となり果てたものが黄巾党の内情だよ。勿論、この乱に乗じた賊もいるだろうがな」

 

 

 

俺は一度言葉を切る。荀彧や稟、風は何かを考え込み、曹操は変わらずこちらを見つめる。他の者たちも口を挟む様子はない。

 

 

 

「それで?」

「それで、とは?」

「そこまで庇うからには、何か理由があるのでしょう?それを説明なさいと言っているの」

「まぁね。彼女たちは俺と恋の友達だ。だから、俺は3人を助けたい」

「でも、朝廷から命が出ているのよ」

「さっきも言ったが、誰も3人の顔を知らない。ならばこちらに匿うこともできるはずだ」

「それを他所に知られたら、私たちが糾弾を受ける立場に晒されるのよ。それの危険を賄うほどの利があるのかしら?」

「………こうして多くの人間が集まっていることからも分かる通り、彼女たちの歌には力がある。その力を使って兵を増強することや、慰安にも使える。軍備を強化するにあたり、かなり効果的だと思う。………もしこの申し出を断るのなら」

「断るのなら?」

「………俺は全力で張角の討伐を阻止する」

 

 

 

途端、広大な間に満たされる氣。俺の殺気、春蘭と秋蘭の殺気、そして曹操の覇気。季衣や凪たちは僅かに冷や汗を滲ませ、軍師たちも震えを抑えている。

 

幾許かの時間が過ぎた頃、曹操がふっ、と息を吐いた。それに合わせて俺も殺気を収め、春蘭たちも気を抑える。

 

 

 

「わかったわ。貴方の提案を受けましょう。待って。貴方が以前『期限付き』と言ったのって、もしかして………」

「あぁ、その通りだ。俺は彼女たちを助ける為に、この陣営に加わった。それが為されれば、俺はここを出て行くよ」

「そう…秋蘭、桂花たちを連れて先に部屋に戻ってなさい。私が戻り次第、細かい方針の話し合いに入るわ。春蘭、季衣、凪たちと共に兵への通達と遠征の準備を。………北郷、貴方はここに残りなさい。少し話があるわ」

「わかった」

 

 

 

曹操の言葉により、軍議は一旦終了となった。秋蘭が軍師たちを、春蘭が季衣たちを連れて玉座の間を出て行く。皆なにかを言いたそうに俺を見つめていたが、俺は何も答えずに見送る。そして、恋に外で待つように伝え、俺はその場に残った。

 

 

 

 

 

 

「話とは?」

「いえ、貴方には見せられなかったのだと思ってね」

「見せられなかったって、何を?」

「貴方が言ったんじゃない。『器を示せばいい』って。それが出来なかったんだと思って悔しいの」

「そうか?君は十分覇王たり得る器を持っていると思うけど」

「…出て行くくせに」

 

 

 

と、俺はそこで違和感を感じ取った。

 

 

 

「………曹操、いつもと雰囲気が違わないか?」

「あら、わかる?」

「そりゃ、ね。何か心変わりすることでもあったの?」

「………えぇ。貴方の前では仮面を被る必要がないと思っただけよ」

「これはまた驚きだな。君がそんな風に振る舞うとは想像もしてなかったよ」

「部下には見せられないけれどね。貴方は何ものにも縛られない。国も、因習も、この私ですらも貴方をひと所に留めることは出来ない。そんな雲のような相手に仮面は不要だわ」

 

 

 

彼女は言葉を切り、俺も口を閉じる。部屋に沈黙が流れ、そして、再び彼女が口を開いた。

 

 

 

「貴方と私は似ている。私は、私が欲するものを求める為に、大切なものを捨てた…貴方もそうじゃない?」

「………………………」

「それでも、貴方は自分らしく生きている。生きるだけの術を持っている。それが………羨ましい」

「………………………」

「ねぇ…私はどうすればいいと思う?」

 

 

 

それは一人の覇王の懊悩。漠然としたその問いは、しかし俺に明確にその意図を伝える。はっきり言って、彼女にそんな姿は似合わない。いや、俺がそう思い込んでいるだけで、彼女の本質はこちらなのかもしれない。一人の少女であることを捨て、覇道を求める。おそらくだが、彼女が言うのはこのことだろう。助けたいと思った。何かしてあげたいと思った。でも、俺は―――。

 

 

 

「………らしくないな、曹操」

「そうかしら?」

「前にも言っただろう?君は何でも自分の思い通りになると思っている、って。ならばそれを為してみせろ。覇道を求める為に何かを捨てたのなら、またそれを拾えばいい。後悔をするくらいなら前へ進め。いつか捨てたものと再会する為に。それでも、どうしても無理だった時は………」

「無理だった時は………?」

「………その時は、俺が手伝ってやるよ」

 

 

 

俺の言葉に、曹操はポカンと口を開く。初めて見るその姿は、年相応の少女の表情だった。

 

 

 

 

 

 

曹操を残して玉座の間を出ると、俺に言われた通り、恋がそこには待っていた。地面にしゃがみ込んで、セキトの顎を指先でかいている。扉の音に振り返った彼女は、珍しく物憂げな表情をしていた。

 

 

 

「………一刀、ごめんなさい」

「何がだ?」

「天和たちのこと、言わない方がよかった………」

「あぁ、そのことか。大丈夫だよ。遅かれ早かれ説明はするつもりだったし、あの3人を助ける為にここに来たんだ。だから問題ない」

「…でも、華琳も春蘭も、秋蘭も本気だった」

「あれか…あれはただの体裁だよ。勅命に背こうというんだ。万が一バレた時は、俺の所為にすればいい。その為のパフォーマンス…示威行動なのさ

「………よく、わからない」

「わからなくてもいいよ。これから、天和たちを助けに行く。それさえ分かっていればね」

「………………(こく)」

「よし。これから忙しくなるし、これからご飯でも食べに行くか!」

「………ん」

 

 

 

俺は恋を撫でると、声をかける。もうすぐこの街ともお別れだ。もう少しだけ、思い出を作ってもいいだろう。兵の準備は春蘭たちで事足りる。ならば、俺はこれからのことを考える為に時間を使わせてもらうよ。

 

 

 

 


 
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