No.200568

漆黒の守護者3

ソウルさん

漆黒が地上に佇む少年の物語。

2011-02-09 15:40:20 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:3786   閲覧ユーザー数:3221

 人類が誕生した時、神様が与えた力は火だと伝えられている。赤く、熱く燃え上がる炎を先人は恐怖と捉えたのだろうか。神秘の力だと捉えたのだろうか。

 眼前で燃え上がる邑を見送りながらふとそんなことを考えていた。

 人間は知恵をつけすぎた。寒さをしのぐため、生肉を焼くために使用されていたはずの火は、容易く邑も人間も滅却していく。木材や藁は塵となり、人体は黒焦げとなり原型を保たないことさえある。人間の殺人に初めて火を使用とした者は葛藤したはず。もし躊躇なく使用したのなら人間は殺人鬼の集団に成り果てていたことだろう。

 

「……人間はどれだけ殺戮を続ければ気がすむのだろうか?」

 

「欲求が満たされる人間は一握り。大小はおいて争いが無くなることはないじゃろ」

 

戦争が歴史を築き、世界に成長をもたらしている。平和を求めて戦争を起こし、より良い兵器を作成するべく技術を磨き、生き残るために体を鍛える。皮肉な循環の図が永遠と輪廻する。世界は不確かで不器用な人間によって紡がれる人生の縮図のようなものだと思う。

 

「主は人を殺すことを嫌うか?」

 

「慣れたけど、気持ちのいいものではないな。聖は違うのか? というより釣竿で人をよく殺せるな」

 

「私も同様じゃ。それとこの釣竿は大陸でも希少な金属で作られた鋼鉄の釣竿じゃからの、人間を殴り殺すことなど容易いのじゃ」

 

聖は自慢の釣竿を語りだした。こうなると気が済むまで話させないと後々が怖い。

 

 燃やされた邑を見送り、次の場所へと赴く。見聞を広めるための旅だが、どの場所にも黄巾賊の被害が目に映った。そこで聖から義勇軍を作る話が持ち上がった。その事には俺も賛成だが、気がかりもあった。

 

「こんな俺に人はついてくるだろうか?」

 

姓も名も字もなく、何より自身の眼が気がかりの決定打となっていた。あの日、聖と契りを交わし、絶対の掟を交わしたときの刻印として十字架が眼球に刻まれた。異様な目。妖の類と間違われても仕方のないほどに異様なのだ。

 

「真の人間は外見でも名でもなく、心意気に惹かれるもの。あの日の誓い、主の決意はきっと届くはずじゃ」

 

「ふふふ。ありがとう、聖」

 

気落ちしていた感情が和らぎ、俺は聖の頭を撫でた。

 

「ええい! 頭を撫でるでない!」

 

俺の腹あたりに頭がある聖は届きもしない腕をぶんぶんと回し続けた。

 

 明星――義勇軍の名前である――を結成した。総勢百人と小さな義勇軍。不気味な俺にそれだけの人間が集ったことにも驚愕したが、何よりそんな俺に従えてまでも成し遂げたいほど民たちは苦渋の毎日を送っていたことに歯痒さを覚えた。

「百人とはいえ、一人一人の練度を上げれば千の兵に匹敵する」

 

それが一騎当千のいわれ。

 

「それに見どころのある奴もいるようじゃ」

 

背丈の二倍はある大剣を果敢に振るう一人の少女と、それに相対する一人の少年が目に入った。少年の武器は少女と正反対に細く、月形に湾曲した珍しい刃物を手にしていた。

 

「全体の指揮は私と主が執るが、隊を率いる将校も必要じゃろうて」

 

聖が見る先は深淵の底に見え隠れする明星の光。

 

「とはいえ百人程度では隊を割くにはいささか少数だな」

 

未来は万の軍勢を率いる未来を見据えてこの道を歩む。

 

 俺と聖は二人に近づいた。戦闘範囲内に足を踏み込んだ瞬間、戦いに集中していた二人の斬撃はこちらに飛来してきた。閃光の如き鋭利の瞬撃。俺は鞘の状態で大剣を、聖は釣竿で湾曲の剣を受け止めた。衝撃が地から足へ、脳に響く。体内を流れる血液が振動で暴れる。

 

「い、陰様! 申し訳ありません、戦いに集中していたものですから」

 

攻撃した相手に気づいた少女は大剣を地面に下ろして平伏しながら謝罪してきた。

 

「構わないよ。訓練の邪魔をしたのはこっちだから」

 

少女に許しの言葉をかけながら視線を横にずらすと、少年は全身を地に伏せていた。

 

「聖、大事な戦力を殺すつもりか?」

 

「つい反射的に反撃をしてしまったのじゃ。すまぬ」

 

平坦とした無機質な謝罪だが、表情には謝罪の色が浮かんでいた。

 

「あの……それで私たちに何か用でも?」

 

平伏から起き上がっていた少女が訊いてきた。

 

「訓練の中で一際目立つ二人を目にしてな、名前を是非聞こうかと」

 

「こ、光栄です! 私は徐晃公明と申します。真名は枢です」

 

名も轟かせていない俺に声をかけられて光栄なのかは疑問だが、何より真名を教えてくるとは思わなかった。

 

「陰様の信念には感動しました。私の天命は陰様の元で天下の手助けをすることです!」

 

「そうか、期待させてもらうよ。俺の真名は翡翠だ」

 

鬼気迫る信仰心にたじろぎながら真名を交換した。

 

 因みにだが、少年は灰法(はいほう)といい、北方の端に住む異民族から来たらしい。真名は壬(じん)。一族が滅ぼされて路頭に彷徨っていたところ、俺の信念に感銘したらしい。壬が扱う湾曲の剣は父親の形見らしい。

 

 新たな仲間、枢と壬。そして九十八人の名も無き同志。俺たちの道はここから始まるのだった。

 

 


 
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