No.200513

真・恋姫無双~妄想してみた・改~第三十九話

よしお。さん

第三十九話をお送りします。

―戦後処理―

開幕

2011-02-09 02:48:19 投稿 / 全6ページ    総閲覧数:4833   閲覧ユーザー数:3594

 

 

「華佗。一刀と文醜、顔良の容態はどうなっているの?」

「程度の問題であれば後の二人は峠を越えている。随分厄介な病魔が巣食っていたが、摘出には成功したぞ。

……ただ、北郷に関しては昏倒しているとしか言えないな。体に別状がない以上、

いつ目を覚ましてもおかしくないんだが……」

 

不意の襲撃から二日が過ぎ、城内の一室に設けられた華佗の診療室に孫権がやってきた。

寝台兼治療台には文醜と顔良が規則正しい呼吸で横たわっている。

 

「毎度ながら苦労をかけるな、華佗」

「病人の介護は俺の使命だし、それこそ望むところだ。第一、北郷は俺の友だからな。尽力を賭すのは当然だ」

 

にかっと笑い、華佗が治療を再開した。

 

(……一刀は本当に人に恵まれているのね)

 

彼の魅力は間違いなく、他者を救い、自らを助けていく。

今迄、積み重ねた行いが一刀を支えているのを実感した蓮華であった。

先日の戦闘。突如襲来した一万の袁紹軍は平原の街に強襲し、戦いの準備の整わぬ『北郷』へと攻め入った。

その予想外な侵攻による結果は剣呑した雰囲気を持たない蓮華からも分かるように北郷軍の勝利でこそはあったが、

袁紹軍兵士の疲弊具合や策も無く兵を進めた不可解さが未だ彼女達にしこりを残している。

一般兵士はおろか、部隊長やある程度名の知れた袁紹軍の将であっても此度の侵攻を真に理解できる者がいなかったのだ。

 

聞けば、今の袁紹軍は完全なトップダウン型で一切の異論、反論を受け付けない姿勢を取っているらしい。

恐怖政治で国を縛り、強硬な軍略で兵達を指揮する。

変わり果てた袁紹軍と今回の侵攻に件を知るには文醜と顔良、どちらかの証言がなければ真意は読み取れないだろう。

二人の目が覚め次第、尋問を開始しなければなるまい。

一人の軍人として、王として気を引き締める蓮華であったが、やがて毅然とした態度がなりを潜め、落ち着かないように首を斜めに上げて呟く。

 

「それで、なのだけれど。その、一刀との面会はまだできないのかしら? いえ、事情は理解しているつもりなのだけれど、

やはり最初に目を覚ました時には側に居てあげたいというか、私が傍に居たいというか……」

 

もじもじと後ろ手に指を絡めて返事を待つ。

 

「会わせてやりたいのは山々なんだが、もう少し辛抱してくれ。 昏倒というのは意外と厄介でな。

些細な衝撃で意識が戻らなく可能性が高いんだ、今は安静に寝かせておいてやってくれ」

「そ、そう……。そう、よね……。私なんかが行っても邪魔なだけよね」

「いや、そういう意味ではないんだが――」

「どうせ私は自分に素直になれなくて一刀を困らせたり、皆に迷惑を掛けっぱなしですものね。

そんな私が面会なんかしたら何か問題をおこすんじゃないかと危惧されるのは当然だわ。でも、でもよ。

私だって時と場合はきちんと弁える事くらい可能なの。好きな相手の傍に居たいというのはそんなにも罪深い事なのかしら」

 

どんどんと小声になって呟く蓮華に華佗がやれやれと肩を竦めた。

一刀が倒れてから個人に差はあれど、尋ねてくる見舞い人は大概こうして彼への心配を胸一杯に抱え込んでやってくる。

 

今日だけでも面会希望者は10人を越え、さすがの華佗も彼女達をこのままにしておくのが可哀想になってきた。

 

(怪我人を心配するのは当然の心情だからな……。何とかしてやりたいところなんだが)

 

とはいえ、半端な同情で彼女だけを会わせてしまったら他の者全員に示しがつかない。 

何か良い腹案がないかと思巡し頭を捻っていると、ふと部屋の隅に置きっぱなしにしてあったある物が目に入った。

 

「! ……そうだ、孫権。王族にものを頼むのは気が引けるが北郷に武器を届けてはくれないか?」

「えっ!?」

 

突然の問いかけに蓮華が目をパチクリさせる。

華佗はこれは妙案だとばかりに片目を瞑り、言い聞かすような口調で言葉を続けた。

 

「俺は見ての通り治療に忙しくてな。北郷が担ぎ込まれてから彼の私物を返せず仕舞いだったんだ。

いつまでもここに置いておくのもなんだし、君の手から返しておいてほしいんだが」

「で、でも一刀は面会謝絶なんでしょ? 渡すのは医者である貴方が一番――」

「見舞いではないぞ。だから北郷の部屋まで行っても問題無い」

「あっ……」

「朝方から押し寄せる連中は皆、血気盛んだったが孫権なら大丈夫だろう? 騒がなければ多少長居しても構わないからな」

「感謝するわ、華佗!」

「なに、俺とて医者である前に人間だ。人を心配する気持ちは充分に理解してるから礼には及ばないぞ。

今の段階で厄介な症状も出ていないしもしかしたらいきなり目を覚ますかもしれないからな」

 

打って変わって太陽のような笑顔を零している蓮華に華佗は思いついたかのように一旦、

治療の手を止めて部屋の奥で立て掛けておいた一刀の刀、“恋姫無双”を手に取り、蓮華に渡した。

 

 

 

 

 

 

「ふむ……。ついででは無いんだが、さっきも言った通りここに北郷が運び込まれてからなし崩しで預かったままの状態でな。

不備がないか確認してもらえるとありがたい」 

 

渡された刀の外見上に損傷は見られないが、刀身に僅かでも歪みがあれば修理に出すべきだろう。

と言葉を続けた華佗に促され、蓮華はそっと壊れ物を扱うように鞘から刃を抜き、白刃を陽に晒す。

照り返す光に反射して輝く刀身は持ち主である一刀の本質を表わすように純粋に澄み切った光沢を放ちながら存在感を露わにしている。

何度か露を払うように素振りをすると凛とした風切り音が耳に心地良い。どうやら番や刃に異常はないようだと刀に注視し、両の手で握りを持ち替えた時。

 

「……?」

 

ほんの少しの違和感に首を傾げて蓮華が動きを止めた。

 

「どうした? 何か破損でもあったのか?」

「あ、いや、なんでも……うん。きっと気のせいね。問題ないわ」

 

不審がる華佗に咄嗟に答えた。

この武器はつい先日、一刀とのデートで持たせてもらったばかりだ。この程度の違いはきっと私の勘違いに違いない。

そう結論着けて蓮華はそそくさと鞘に刀を納めた。

 

これはきっと勘違いだ。あの時はきっと場に飲まれて図りそこなったのだと意識を伏せておく。

 

(――だって、一朝一夕で“刀が重くなる”なんていうのは有り得ない事なのだから)

 

今はともかく一刀の顔を一刻も早く見たいという気持ちが彼女の中で勝ってしまった。

 

「それじゃあ、私は一刀の部屋にいってくるわ」

 

久しぶりの―といっても二日だけだが―一刀との対面に蓮華が心を踊らせる。

両手で刀を胸元で抱え込み、愛しげに目を細めてから出口に向かって踵を返す。

 

「そんなに慌てなくてもあいつは逃げないぞ」

「逃げなくても、取られる可能性があるのだから気ぐらい急いて当然よ。曹操なんかが最たる例だもの」

 

後ろ向きながら蓮華が不機嫌になっていくのが鈍感な華佗であってもすぐに察する事ができた。

日常的に行われる、名を馳せる将軍と王を巻き込んだ“一刀争奪戦”は平原の名物でもあったからだ。

 

「はははっ、俺にはよく分からんが恋敵がいるというのは大変だな。でもまぁ、あまり激しく動くんじゃないぞ、孫権。君は他の娘らとは違い、お腹に――」

「うわわわわわ!?」

 

まさに電光石火。突然の爆弾発言に蓮華が思い切り身体を捻り、華佗に掴みかかった。

 

「こ、こんなところでソレを言わないでちょうだい! 誰かに知られでもしたらどうするのよ!」

「い、いけないのか?」

「駄目に決まってるじゃない!」 

 

顔を真っ赤にして檄昂する蓮華が必死になって訴える。

過去の記憶が甦り、当然他の娘達同様か、あるいはそれ以上に何度も肌を重ねたわけだが、

まさか一刀発案、華佗による定期健診で子種が宿っているとは本人でさえ思わなかった。

 

元は民全体の病低減の政策に伴ない、試験的に行っていた診断だったがこの事実を知る者は当人である蓮華と彼女の忠実な部下、思春だけだ。

広まってしまえばどれだけの大騒動に発展するかは目に見えている。

 

「今はもっとも重要な時。この一大事に戦い以外の懸念を皆に抱かせたくないの。分かってくれるわよね」

 

必死な表情で詰め寄る蓮華の様子に華佗は真剣に頷く。

そんな思いから将来の夫である一刀に蓮華はこの事実を知らせたくはなかった。

 

浮かれて優越感に浸りたい気持ちは確かにあるが、それ以上に一刀の周りにある心地良い協調の輪を乱したくないのも本心だ。

なんだかんだで曹操とは仲が良いし、当初考えられていた魏と呉の兵士や将軍らのわだかまりも随分と和らげられている。

それでこそ、ここで世継ぎうんぬんの問題に発展しかねない事実を表出せば、両者間にヒビが入る可能性は捨て切れない。

世間や兵士の間ではいまだ“北郷一刀の本質”は伝わりきっていないのだから。

 

「それにしてもよく分かったのね。普通の医者だともっと後からつわりやらの症状が出ないと判断出来ないでしょ」

「確かに、普通の検診であれば到底気付かないほどの早期発見だったな。だが俺は五斗米道の継承者だ。一目瞭然で間違いなく着床しているのを確認している」

 

笑う華佗。五斗米道が本当はどういったものなのか知りたくなる蓮華であった。

 

「おほん。では、今度こそ行ってくるわ。後はよろしく」

「あぁ、任せておけ。この二人も目が覚め次第、連絡を入れるからな」

 

気を取り直して、一刀が眠る自室へと歩を進める蓮華。

彼女が診療室を出てから数分後、華佗は何かを思い出したかのように呟いた。

 

「……あ。そういえば、小さな侍女二人に北郷の服を着替えさせに行ってもらったが大丈夫だろうか?」

 

昏倒しているとはいえ身の回りの世話は必要だと、例外的に二名への入出許可を出していたので鉢合わせするかもしれない。

そんな華佗の予想は半刻した後、北郷一刀本人の悲鳴で正解する事となる。

 

 

合掌。

 

 

 

 

 

 

そんな、ある意味で喜ばしい騒動が起きているのも知らずに、平原城内の一室では北郷軍が誇る軍師一同が会し、先の戦いについて物議を交わしていた。

 

「――ですので実質的な軍や街への損害は皆無といってもいいでしょう。攻められた西門付近の修復は多少工期が掛かりますが今のところ深刻な問題は出ていません」

「唯一の負傷者である呂布さんも、今はもう全快したとの報告が上がっていますしー。不意打ちを受けたとはいえ戦果としては御の字というところですねー」

 

 

 

「……一刀様を除けば、ですけど」

 

 

 

「「「「…………」」」」

 

亞莎の一言に自然と稟と風、特別に参加させてもらっている鳳統が押し黙ってしまう。

戦闘による被害報告や復旧予定の話は着いたが不安は大きい。

戦いに勝って、勝負に負けたとはこの事だろうか。

 

二喬が扇動した騒動は混乱する住人の代表を一刀が説得したおかげで、目立った動きをみせなかった。

しかし、戦いにこそ勝利したものの、セキトは謎の白装束によって奪われ、代償のように君主である一刀が謎の襲撃者によって床に伏せてしまい、

別の意味で住人や軍部への動揺が走っている。更に、事を起こした張本人である二喬は、

 

「北郷一刀が目覚めるまで語ることはありません」

 

と、頑なに口を噤み、事情を説明しようとはしない。

本来であるならば尋問や拷問に掛けてまで詰問すべきだが、“それは一刀の主義に反する”と、彼を傷つけられたことで怒り狂う華琳を皆で何とか押さえ込み、

なし崩し的に後回しとされていた。

 

「で、でもご主人様だったらすぐに元気な姿をみせてくれるはずです。……私はそう信じてます、から……今はこの先を考えたほうが良いと……うぅ」

 

鳳統が少しだけ涙目になりながら場の空気を和らげようと声を出すが、どちらかといえば申し訳なさの方が勝り、いたたまれない雰囲気に包まれていく。

その姿に稟は率先するように息を吐いて気分を切り換える。

 

「ふぅ……。物的な被害についてはメドが着きましたが、問題なのは心理的な方面ですね。風、あなたはどうしたらいいと思いますか?」

「むーーーー……………………ぐぅ」

「悩む素振りをみせてから寝るな!」

「おおぅ?」

 

もはや伝統芸能に達しつつある突っ込みを受けて風が問いに答える。

 

「ふむふむ。稟ちゃんは民衆からの諍いが起きないか心配なのですね? まぁ、風も出来る事ならお兄さんに丸投げしたいのですが、

この国の不安はまだまだ根が深そうで目が離せませんねー」

 

いつものように妙に鋭く言葉の真意を汲み取り、風が眠そうな瞳で愚痴った。

以心伝心とばかりに頷き合う二人にしかめ顔の亞莎が慌てて異を唱える。

 

「民衆の人達からの不安、ですか? でもそれは一刀様が解消してくれたのでは……?」

 

彼の行動は総じて褒められたものではなかったが、あの時の混乱は確かに抑えられていたはずだ。と思っていた。

しかしながら疑問を浮かべている顔に向かって風が頭の彫像を揺らして注意する。

 

「ちっちっちっ。甘い、甘いぜ呂蒙ちゃんよー。そんな考えじゃ兄ちゃんの膝は譲れないぜ」

「え、えぇ?」

 

突然の口調の変化に戸惑う。

アクの強い人物が勢揃いしている北郷軍ではいまだ独特の空気を醸し出す人物に慣れない者も数多く存在する。

その様子に一言、凛が突っ込みを入れてから説明した。

 

「風の言い方はともかくとして……。呂蒙殿、民の不安というものはそう簡単に拭い去られる問題ではないのです。

確かに此度の働きで一刀殿が活躍したのは明白です。ですがここで暮らす住人は生まれも育ちも違う人間が数多く存在し、

それだけ千差万別の思考を持つ人間が居るという事にも繋がります。

ですからいくら脅威を排除したからといって彼ら全員が全幅の信頼を寄越してくれるとは限らない。

という話になってくるでしょう」

「あ……」

「どんなに小さくても火種は火種ですからねー。燻っていたら何時か燃え盛ってしまうかもって事です」

 

新興国、大陸全土から人を集めている北郷国にとって名声を得る前のこの事件は大いに留意するべき懸念だった。

 

 

 

 

 

 

「なにかもっと多少の些事では揺るがない、求心力を強固とする腹案がほしいところですねー。うむー」

「風。それは一刀殿が目覚めてからでもいいでしょう? ……あの人自身、もっと積極的動いてもらわないと……」

 

取りとめの無い言葉の応酬を聞きながら、ふと亞莎は思った。

――それは一刀様の本義とは異なるのではないかと。

あの方の魅力は人を惹きつける力であって自ら進んで人気取りをするようなマネは合っていない気がする。

今、天の御遣いとして大陸に台頭した北郷一刀はその実、本当の意味で彼らしさを損なってしまわないか。

一抹の不安を抱えるが、今の段階でそれを払拭するような妙案は彼女の頭に浮かんでこなかった。

 

「それはそれとしてー、本陣を突破した何人かの白装束さん達ですが。戦闘力が以前桂花ちゃんから聞いていたものより随分突出してましたねー。風は驚きで胸一杯です」

 

一人がビクりと過剰反応を起こしたが風は続けて己の見解を口に出す。

 

「華琳様や春蘭様を始めとする強固な本陣を突破する実力者はこの大陸にそうそういないはずですよねー?

左慈さんが妖術で生み出したと言われれば、推測も何も無い話ですが、もしあの人達が“知っている人物”だとしたら厄介だなーと風は思うのです」

「知っている、人物?」

「そですー。前者の妖術云々の話は実際に実現出来るなら魏を滅ぼした時に使用しててもおかしくはないのです。

ですが後者の場合、どうしても気になる心当たりが一件ありますよね?」

「……」

 

 

 

意図してではないが全員の視線が一人の人物に注がれる。

 

 

 

鳳統。

蜀から使者としてまかり越した彼女は驚きよりも悲壮といった表情で深く被ったつば付き帽子を更に引っ張り俯いてしまう。

軍内部では本気で解らないといった御仁が幾人か存在するが、知恵の回る軍師一同では意見が一致しているようだった。

 

――でも、と。

せめて間違いであってほしいと全員が思っているのもまた確かだ。

あえて考えようとしなかった事なのかも知れない。

いくら姿を偽ろうと神位の域にまで高められたあの技量。公然とした態度に思い当たるのはただ一組。

あってほしくない、あるはずが無い。そんな胸中は集まった全員に去来している。

無論、確たる証拠など有りはしない。動機も思い当たらない上の状況証拠のみで推測しているに過ぎないが、消去法で可能性を追っていけば自ずと答えは限られていく。

公然と決めつけないにしても、広義において国を司る彼女達にとっては十分留意すべき案件には違いない。

 

「あの……。一つだけ、心当たりが……あるんです」

 

満を持して静寂を打ち破ったのはおそらく一番懸念をしていたであろう鳳統の発言。

呟きにも似た声は悲壮な色を濃く表わし、心なしか震えているようにも見える。

 

「心当たり……。それはもちろん今回の件に関して、ですよね?」

「はい……今まで他国には知られないよう緘口令を敷いていたんですが、蜀の内部ではある問題が起こっていて、それが原因、かもしれないです……」

 

確認するように稟が尋ねると伏せ目がちながらも懸命にこちらと向き合おうと鳳統が小顔を覗かしている。

 

「いいのかいお嬢ちゃん。これからの発言は事と次第によっちゃあ自分達にとって不利になるかもしれないんだぜ? 良く考えな」

 

揺れる宝譿を器用に動かしてわざと気を紛らわすような口調でもって話しかける風であったが、鳳統はふるふると首を振った後、

意を決したように大きく深呼吸を繰り返して心を落ち着かせる。

言わねばならないのだろうと、確信を持って口を開いた。

 

「恋さんにも劣らない武力を持ち合わせ、戦いにおける智謀や聡明さを兼ね備えている人物。

蜀の重鎮にして誰よりもご主人様との再会を待ち望んでいたあの方を……。我々は拘束していました」

「なっ!? それはいったいどういった経緯で――」

「たのもーー!!」

「!? 誰ですか!」

 

それはタイミング良く、予め指し示していたかのように緊張の渦に包まれていた場の雰囲気を掻き乱し、意を決した彼女の言葉を遮ってしまった。

会議の間に現れたのは黒と白のコントラスト美しい髪を持つ女性、魏延の姿だ。

事情を知らないゆえに入り口に堂々と立っていた彼女だったが中にいる人間の冷ややかな視線を一斉に受けて一瞬ぎょっとする。

 

「な、なんでそんなに睨んでくるんだ? ワタシはただ客人を連れてきただけなのに……」

 

男勝りな性格の魏延にしては珍しい態度でたじろいだ。

稟はともかく、風や亞莎までもが恨めしげに目を細めている。唯一、例外なのは呆けるように驚いてしまった鳳統だけだ。

 

「……はぁ。見るからに短慮な御仁とお見受けていましたが、間の悪さも併せもっていたとは予想外でしたね」

「はあ? って、いきなり何を言い出すんだ貴様!」

 

わけが分からないといった口調で魏延が反発する。

 

「いちおうの客人である貴殿がいまさら何用ですか。この会合には文官にしか理解できない論議をかわしているのですよ」

 

皮肉めいた稟の言葉であったが、魏延は若干それを理解できなかったのか眉間にしわを寄せながらも用件を果たそうとした。

 

「私はただ、ある人物の案内を頼まれただけだ。文句があるならそいつに言え!」

 

彼女が促されるように横方向へとずれると微かな足音が聞こえた。

 

「……間が悪かったでしょうか、みなさん?」

 

音域の高い、幼さを感じさせる声が協議のために設けられた部屋に木霊する。

この間に集まった全員が入口へ注目すると、見覚えのある小柄な少女が静かに歩み寄って来た。

その人物は年端もいかないような子供のような顔立ちに小さな身長。大きく膨らみのある帽子を被っているせいか実年齢より若く見られる風貌だった。

両手を後ろ手に回し、なぜか普段の彼女とは異なる毅然とした雰囲気を纏っているのは、蜀軍にその人有りと謳われた稀代の軍師であり、盟友でもある人物。

 

 

 

 

――諸葛孔明、その人である。

 

 

 

 

 

 

「しゅ、朱里ちゃん!? なんでここに……」

 

突然の来訪に一番驚いたのは籍を同じとする鳳統だった。

蜀軍の代表者である劉備不在の間、留守を任されていたはずの親友がなぜ遠く離れた平原まで現れたのか、一瞬理解に苦しんだ。

むしろ、つい先まで最悪の懸念を頭に浮かべていた彼女にとってはこの上ない不意打ちとなってしまった。

 

「……久しぶりだね、雛里ちゃん。……もうっ、そんなお化けにでも会ったような口ぶりは止めてよー」

 

くすくすと、漏れ出すような含み笑いで中に入ってくる諸葛亮が苦い表情で疑問を浮かべる鳳統を諌めた。

適当な位置で姿勢を正し、張り付いた笑顔で全員に向き合う。

 

「北郷国軍師のみなさん。此度の戦いついては焔耶さんから伺いました。……大変だったようですね。粗末事を含めた痛心、心よりお察しします」

 

仰々しくも頭を垂れる態度はやや大げさな態度にもみえるが彼女がここにいるのが何よりも不思議で誰も指摘しようとはしなかった。

 

「むむむ? 蜀でお留守番をしているはずの諸葛亮さんはなぜ平原にお越しになっているのですかね? 風はとても興味があります」

「あぁ、それはですね……」

 

当然の疑問に対して返ってきたのはいちおうは理に適った言い分だった。

 

まず、劉備を始めとする使者の一団が帰還するまで自国の防衛にあたっていたはずの蜀軍だったが、ある日、領地を横断しようとする袁紹軍を発見。

それを阻止すべくすぐさま交戦を開始したが幾らかが追撃を振り切り平原まで押し寄せたという今回の発端となった理由が語られ、

そして追走する蜀軍は昨日まで敵の大部分を受け持ち、鎬を削りながらここまで軍を進める運びとなったらしい。

ならばついでに君主である北郷一刀と顔を合わせ、これからについて話しておきたい。と、本隊を国元に帰還させ、

自分だけこの街にいくらかの手勢と共に目通りを願ったとの事。

諸葛亮は一切の淀みなく説明を終えると、なぜか畳み掛けるようにこれからの侵攻と協力関係についての助言と北郷国に対する崇拝を高め方の提案をした。

 

「参考程度でも納めておいてくれれば幸いなんですが」

「この状況を打破しうる妙案……。それはいったい……」

 

偶然の一致か先を見据えていたのか、その提案は先ほどまで頭を悩ましていた問題とも合致する。聞くだけ聞いてみようという興味から稟は思わず聞き返した。

その突破口ともなりえる解決策は諸葛亮の口から淡々と語られる。

 

「“玉璽”。かつては呉に保管され、漢王朝において選ばれし者しか所持を許されなかった印を手に入れれば、

低迷しかけているご主人様の求心力はより強固なものへと変換され、これからの戦果と共に民の不安は解消できると思います。

――私達はそのための助力を惜しみません」

 

 

 

 

それは――

それは、誰のために放った言葉なのか、この後も絡めとるような口ぶりで軍師一同を納得させていく。

蜀からの北郷軍への物資及び装備の配給は勿論の事、領地の一部譲渡、難民の受け入れや実際の戦闘における指揮はこちらに全権を委ねるなど破格の提案がなされていく。

加えて袁招攻略中は最低限の連携に留め、出来るだけ両軍との接触は控えれば無用な警戒もしなくていいはずです。と心を見透かしたかのように諸葛亮が付け加えた。

当然、それを不信がる稟や亞莎であったが、これからの提案は蜀にとって首を差し出すような行為であり、万が一の事態が起こっても対処できると協議の上で判断を下した。

その後も諸葛亮は饒舌に語り続け、ほどなくして今しがた目覚めたばかりの一刀の了承も得る事となるのだが……。

 

 

 

「……朱理ちゃん」

 

彼女の親友である鳳統だけは一様に頷く事が出来なかった。

 

 

 

<つづく>

【関羽千里行】

 

 

 

「世話になった! ではこれにて御免!」

 

 

「きっさまぁぁ! 華琳様を裏切るとはいい度胸だ!! そこに直れぃ!!!」

「断る。元々曹操殿とは、“客将”として扱ってもらい、桃香様の消息が知れたら去るという約束があった」

「そんなものは関係ない! 貴様が華琳様を裏切るということが許せんのだ!!」

「分からぬ奴だ。我が前に立ちはだかるならば、押し通るのみっ!」

 

 

 

 

 

 

「二人とも、そこまでだよ」

「っ! 北郷様!?」

「ええい、北郷!! 邪魔をするなぁ!!!」

「春蘭、関羽さんの言った通り、劉備さんのいるところが分かったら魏から去るという約束をしていたんだよ」

「だからなんだ!」

「……春蘭は、華琳のことを嘘つきにしたいのか?」

「そんなわけないだろう!」

「なら、関羽さんを通すんだ。春蘭も華琳と離されたら辛いだろ?」

「当たり前だろう! そもそも私と華琳様が離されること自体がありえんのだ!」

「彼女はそれと同じ気持ちを持っているんだ。彼女には待ってくれている人がいる。邪魔したらダメだ」

「……うぅ~。し、しかし……だなぁ……」

 

 

 

(北郷様……私の為に……)

 

(思えば、曹操殿の元へ客将として居候してからも色々と私を助けて下さっていた……)

 

(曹操殿のような苛烈な方に北郷様は相応しくない! 我らが蜀にこそ、この御方は相応しい……)

 

(……はっ!? そういえば曹操殿は魏を立ち去る際、なんでも一つ持っていくがよいと言っていたな……)

 

 

―じぃぃぃぃ

 

「うぅ……分かった……」

「分かってくれてよかった。さ、戻ろう――ん?」

「じぃぃぃぃぃ……」

「か、関羽さん?」

「む、何をしている貴様。さっさと行かんか馬鹿者! 私の気が変わらぬうちにな!!」

「北郷様」

「な、なに?」

 

 

 

「御免ッ!!」「わっ!?」

「ッ!?」

 

 

 

 

「北郷様を頂いていくぞおぉぉぉー ぉぉぉー ぉぉぉー (エコー」

 

 

「……ぽかーん( ゚дメ)      ハッ!?( ゚дメ )

 

ま、待たんかあああぁぁぁ!!!! 北郷を置いていけーーー!!!!!」

 

 

 

―パカパッ パカパッ

 

 

 

「惇ちゃん、まーだダダこねとんのかー? いい加減、認めてやりーな。

また関羽が敵として現れたらそんとき叩き斬ったればええやん?

……んなことより、一刀はどこなん? うちより先に出たはずなんやけど――」

 

 

 

「関羽に攫われたッ!!!」

 

 

 

 

「なぁんやってええええぇぇぇぇ!!!???

 

ごぉるぁぁぁあ!!! 待たんかいワレェェェェェ!!!!!

 

一刀は置いてかんかいコラァァァァ!!!!!!!!」

 

 

 

―パカパッ パカパッ

 

 

 

「春蘭様、華琳様から正式に関羽殿を追うなというご命令が――何を急いでいるんです?」

 

「北郷が関羽に攫われたんだ!!!!!」

 

「一刀が関羽に攫われたんや!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

「…………………………。

 

待あああああぁぁぁぁぁてええええぇぇぇぇぇ!!!!!!

 

隊長を連れていくなああああああああああ!!!!!!!」

 

 

 

 

つづく(^ω^)

 

 

<このお話は本編とは関係ありません>


 
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