No.198819

真・恋姫無双 ~異聞録~ 其の肆

うたまるさん

『真・恋姫無双』の短編小説です。

 他人に厳しく、己にはもっと厳しく在り続ける軍神こと関羽。
 だけど彼女は、そうでなければいけないと自分に言い聞かせていた。
 その想いを馬良に語って見せる。

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2011-01-30 21:48:58 投稿 / 全13ページ    総閲覧数:12039   閲覧ユーザー数:8494

真・恋姫無双 二次創作短編小説 ~異聞録~ 其の肆

   『 矛の想いは月幻の如き虚ろなれど、それでも信じる道を歩む 』

 

 

 

 

 

 この話は、原作と違う設定が含まれています。

 登場人物の口調がおかしい事があります。

 一刀は、無印補正が掛かっています。

 オリキャラがメインのお話になります。

 基本思い付きで書いたお話なので矛盾点はご了承ください。

 基本異聞録は読みきりですので、一話限りのお話です。

 

 

 

 金髪のグゥレイトゥ!様のキャラを使わせていただいています。

 いつも使わせていただき、本当にありがとうございます。

 

愛紗(関羽)視点:

 

 

「ご主人様ーーーっ」

 

 呼んだ所で無駄と分かりつつ呼ばずに居られずに、思い出したかのように名を呼んでしまう。

 城の者達は私のそんな態度に、何時もの事かと言わんばかりに足を止めた後、小さく肩をすくめて己が仕事へと戻って行く。

 門兵の話ではまだ城の外へと逃げ出してはいないとの事。

 城の警備の兵を使って探す事も可能だが、殆ど日常茶飯事の事に彼等の仕事を邪魔してまですべき事では無いと。やや苛立っているものの、私の理性がその様に判断をする。

 幾つかの部屋を見回り、中庭の一つに出た所で見知った顔を見つけたので、

 

「紅紀よ。ご主人様を見かけなかったか?」

「はぁ、先程表側の庭で見かけましたが……また抜け出されたのですか?」

 

 私の言葉に小さく溜息を吐き、同情するような眼差しを向ける紅紀に、私は政務では無い事だけは伝える。

 つい先月までの一年間に渡って、御主人様と桃香様付きの女官の真似事をし、元の職に戻った今とて、ご主人様との仕事が多い彼女にとっても、ご主人様の自由奔放振りは他人事では無い。

 私の言葉に紅紀は安堵の息を吐き困った人ですねと呟きながらも、優しげなその表情は一年前には無かったもの。

 この一年、紅紀は本当に綺麗になった。左右に結った白銀のような髪も今や背中まで届こうとし、以前のような野暮ったさは彼女らしさを残したまま、ほぼ消えようとしている。

 恋は女を綺麗にすると言うが、まだ子供と言えるこの年でこれとは、先行き怖ろしいものだ。

 

 まったく、ご主人様にも困った者だ。

 紅紀にしろ智羽にしろ、まだ手を出してい無いとは言え。これでは時間の問題と言える。

 二人が仕事においても成長ぶりを見せていなければ、遠ざけていた所だが、こうなってはもう無駄と言うもの。

 せいぜい御主人様が手を出さない事を祈るしかないのだが……如何せん今までが今までだけに、希望すら湧かないのは、御主人様を信用する臣下としてはどうなのかと思ってしまう

 

「政務では無いとすると、主は今度は何から抜け出されたのですか?

 皆が探していない所を見ると会議では無いようですが」

 

 紅紀が心配する気持ちは分かる。御主人様は、天の御遣いとして色々我等のために尽くしてくれるのだが、御輿として居てくれては居ても、御輿であろうとする事は嫌われる。

 桃香様がこの我が国の王である以上、それより目立った真似は出来ないとお考えらしく、その事を機敏に察しては、あの手この手を使って逃げ出してしまわれる。

 

「なに、午前は非番だった故にご主人様を鍛えようと思ったのだが、始まって半刻も経たないうちに、此方の隙をついて逃げ出されてしまった。まったく、こう言う腕だけは着実に伸ばされるのだから困った方だ」

 

 私の言葉に、苦笑を浮かべる紅紀はやがて私を見て。

 

「主はきっと愛紗様の鍛錬について行けないのでしょう。もう少し手加減されては如何でしょうか?」

「これでも十分に手加減している。それに厳しくなくては何の鍛錬にもならない」

「愛紗様はお強いですが、あまりそのお強さを主に求められても主も困りましょう」

 

 紅紀の言葉が分からない訳では無い。

 ご主人様はああ見えても一般兵よりは遥かに強い武を持たれてはいるが、我等主だった将のような武才がある訳では無い。そこへ我等のような武を求めるのは無茶と言う事は私も分かっている。

 だが、それでも無茶ばかりする御主人様が己の身を守れるように御鍛えするのが我等の役目。

 先日も蒲公英と焔耶の諍いに身を割って入れ、焔耶の棍を叩き落としたものの、蒲公英の槍を止めれずに危い所だったと聞く。焔耶の棍を見切り、蒲公英の槍が桔梗に叩き落される所まで見えていたと言うのは流石と褒めたい所だったが、自分の技量も弁えずにその様な無茶を度々するなどとても褒められたものでは無い。

 それに紅紀は二つ程勘違いをしている。

 

「ご主人様の武はまだまだ伸びる。それが分かる故に手は抜けぬよ。

 それに私は強く等ない。ご主人様や桃香様の本当の強さの前では、私など赤子の様なもの」

「え? ……またそのような御冗談を」

 

 私の言葉に、一瞬目を見開いて驚く紅紀に私は苦笑を浮かべながら紅紀の言葉を否定する。

 そう私は弱い。

 義妹である鈴々はおろか、誰よりも弱い。

 その事は誰よりも私自身が自覚している。

 

 

数年前:

 

 剣戟が止めなく鳴らされる。

 撃ち出される弓矢を悉く無効化して行く。

 外れた矢は私の背後の矢を放った者の味方に当たり。その事に一瞬怯みはしても、己が命を失う恐怖の前に味方の命を奪う事に構わずに無駄な矢を放つ男の顔を、我が矛が一瞬にして穴を空ける。

 

「わはははっ、どうしたどうした。 これっぽっちの力で粋がっていたのかっ」

 

 無造作に突き出される槍を、技でもって払いそのまま敵の命を、我が矛が一方的に刈り取って行く。

 敵の無様な攻撃など避わすまでもなく未熟。

 何の溜めも、虚も無く、ただ前に突き出された槍などは、恐怖を覚える事も無く対応できる。

 武を齧った事もない素人に毛が生えた攻撃など、我が武の前に何の意味も持たぬ。

 中には腕に覚えのある者も居るが、それすらも私達義姉妹の前では素人同然。

 

「愛紗、こいつ等も弱いのだ。つまんないからとっと追い返すのだ」

 

 義妹分である鈴々の言葉に含まれた意味に、この時の傲慢な私が気が付くはずもなく。 私は目の前の敵の腹を引き裂きながら。

 

「まぁまて、獣に堕ちたこいつ等を救うのはもはや死のみ。 ならばこやつ等が犯した罪をその身に刻ませて一人でも多くあの世に旅立たせるのが、せめてもの慈悲と言うもの。 鈴々、一人たりとも逃すなよ」

「……分かったのだ」

 

 そうして私は野盗と化した人々を、正義と言う名の刃の下に何の躊躇いもなく次々とその命を狩って行った。 四肢を斬り裂かれ、失った手足で必死に逃げまどいながら死ぬ男。

 ハラワタをその身から零れ落ちぬよう必死に抱えながらも、もだえ苦しみながら失血死する子供と言える男子。

 己が身を野盗に落すしかなかった己の不遇を呪いながら、胸を貫かれ生きる苦しみから解放された事に喜ぶ老人。

 老若男女関係なく、正義と言う名の下に我が矛によって、その命を散らせて行く。

 

 そうして私と鈴々は、助けた村から奪われずに済んだ収穫物から、彼等の出来る礼と言う名の謝礼をもらって旅を続けていた。

 

 

 

 

 弱き者達を助けたかった。

 野盗に怯えながらも、必死に生きる人達を守りたかった。

 泣く子供を笑顔にしたかった。

 

 だから野盗どもに矛を振るう事に何の戸惑いはなかった。

 私と鈴々が生まれ育った村も、野盗の襲撃に襲われ最早跡形もない。

 そんな我等の生家と父上や母上の大拙な想いでのある村を穢し、燃やした者達に何の躊躇いが出ようと言うのだ。

 だから私はそれを正義と疑わなかった。

 獣に堕ちた者達から、必死に生きる者達を守る事に何の間違いがあろうものか。

 そう信じて疑わなかった。

 

 だが、日に日に増える野党達。

 幾ら斬捨てても、次から次へと湧き出す塵虫共に、私と鈴々は次第に疲れて行ったのかもしれない。

 心も…。

 身体も…。

 そして想いさえも…。

 

 それでも一向に増えて行く野盗達。

 私と鈴々はそれを斬り捨て、救った村から僅かな食料を礼と言う名で奪い、今日と言う日の糊口を凌いでいた。

 そして、その為に野盗たちを斬り捨てて行った。

 中には嘗て助けた村人もいたが、私はそれを容赦なく切り捨てた。

 その意味に気が付こうともせずに。正義と言う名の下、私は断罪の剣を振るい続けた。

 

 

 

 

 だが、それはある村の出来事で間違いだと気付かされた。

 大した武がある訳でもなく。

 腰が引きながらも必死に恐怖に耐えながら、盗賊達の襲撃を村人と一緒に堪えていた少女の言葉によって。

 

『 そんなに強いんなら、もっと多くの人が救えるじゃないかな 』

 

 そんな私を責める様な言葉と問いかけ。

 人に危機を救われていながら、その少女は真っ直ぐと私の目を見て問いかけてきた。

 最初は、言っている意味が分からなかった。

 恐怖で気が狂ったのかとさえ思った。

 だけど少女の瞳は、確かな強い意志があり。

 その物腰は柔らかいものの、凛とした確かなものを感じる事が出来る事から、しっかりとした教育と躾を受けた者である事が分かった。

 この少女は狂ったわけでも傲慢な訳でもなく、純粋に私に問いかけているのだ。

 その身の内に在る怒りを押し殺して。

 

『 何故、その力を惨劇から僅かな人間を救う為ではなく、惨劇そのものを失くすために使わないのか 』

 

 そう、彼女は問いかけているのだと。

 泥や埃に塗れ。

 疲労で震える手足を必死に気力で支えながら。

 圧倒的な強さを誇る私に…。

 いや……、彼女は私など見ていない。

 彼女の怒りの矛先はこの世界そのもの。

 

 

 

 

 その力強い意志と…。

 溢れんばかりの慈愛の含む瞳に…。

 自分の矮小さを思い知らされた。

 

 自分は、なんて弱い人間なのだろうかと。

 そしてこの娘が、なんて強い心を持つのだろうと。

 いったい私は何をやって来たのだろう。

 私は何をしてきたのだろう。

 私が正義と信じてやってきた事。

 

 ……はははっはっ。

 

 お笑いだ。

 私は唯八つ当たりをしてきたに過ぎない。

 両親を奪われ。生まれ育った村を焼かれ。

 その悲しみを、彼等にぶつけて来ただけではないかっ。

 より弱い者を、鍛え抜いた武と言う名の暴力で、彼等に己が鬱憤を晴らしていただけではないかっ。

 彼等とて、野盗になりたくてなった訳では無い。

 野盗にならざる得なかっただけ……。

 

 彼等も犠牲者なのだ。

 

 ……本当に守りたかったもの。

 ……私が望んだもの。

 それを、悲しみと怒りで曇った刃で得られる訳が無い。

 私がしてきた事は、民を其処まで追い込んだ官達と何の違いがあると言うのだ。

 私が本当に戦わねばならない物。

 それは今のこんな世を作り出しているモノではないのか?

 だと言うのに、野盗退治で天狗になる等と、何て矮小な事だ。

 そんな物に私は矛を振るい。

 ……まだ幼い義妹分である鈴々を巻き込んだ。

 

 認めよう。

 私がやってきた事など、けっして正義では無い。

 正義と言う名に縋りついて、凶刃を振るっていただけだっ!!

 夜盗に落ちざる得なかった民に罪があるのではない。本当に罪があるのは私だっ。

 力がありながらも、それを己が自己満足のためだけに振るっていたのだからなっ。

 

 

 

 

 そうして私は己が罪業を認め。

 二度と己が力が凶刃とならぬように、我が矛の鞘を目の前の少女にする事を誓った。

 目の前の少女の気高き夢を現実にするために。

 民が笑ってすごせる世の中にしたい、と語る彼女の矛であり盾であるために。

 

 そう心に決めてからは、なんと力が沸く事だったのだろう。

 ただ世の理不尽に抗って刃を振るうのではなく。

 それが民の笑顔を作る一振りになると思った時。

 自分の槍に、多くの命と想いが乗せられていると思った時。

 我が槍は無双と化した。

 

 そうでなければいけない。

 我が武が怯めば、それは我等の夢に力を貸してくれる者達をより危険に晒す事になる。

 我が意志が迷えば、兵が戸惑いその力を失う事になる。

 我が槍が折れれば、それは民の夢を折る事になりかねない。

 だから、私は桃香様の無双の槍でいなければならないのだ。

 それからはどんな窮地も乗り越えられた。

 どんなに心が折れそうな事態でも、真っ直ぐに歩む事が出来た。

 

 

 

 

 それで変われたと思った。

 ……いや思い込みたかったのかも知れない。

 己の罪から……。

 それを成してしまった原因から……。

 

 私はそれから目を逸らし、逃げていたかったのかも知れない。

 

 それを知らしめされたのは、御主人様だった。

 天の御遣い。 管輅の予言の通り、流星と共に現れた御主人様は、その名に相応しい武も智無いどころか、ただの庶民と思わざる得ない程平凡な青年だった。

 だけどその異端な現れ方と見た事もない輝く服故に、私は彼を本物の天の御遣いとする事にした。 そう思わなければやっていられない程、我等の道は遠く険しい物だった。

 幸いな事に彼には見た事も聞いた事もない道具や知識を持っていたので、それらも含めて彼は十分に利用する価値があった。

 ………でもそれだけだと思っていた。

 

 彼には我等以外に頼るべき者が無いとは言え、それだけだったはず。

 我等の世界を知らぬ彼に、我等の悲しみと怒りを共有する理由等なにもない。

 なのに彼は我等の求める以上の力を見せてくれた。

 それは誰をも寄せ付けない武でもなく。

 並ぶ者がない鬼才の知謀の持ち主でもなく。

 ただ天の知識を持つと言うだけのごく普通の青年が…。

 殺し合い所か、人の死にすら無縁の平和な世界で暮らしていた青年が…。

 

 目の前の光景に恐怖しながらも…。

 死と隣り合わせに絶望することなく…。

 涙を堪え…。

 悲しみを乗り越え…。

 前を歩き続けて見せた。

 

 知恵を振り絞り。

 勇気を振り絞り。

 自分に力が無い事を嘆きながらも。

 そんな事に立ち止まる事などせずに、我等を導いた。

 

 桃香様を支え。

 桃香様の力となり。

 桃香様の夢に共感しながらも、バラバラだった我等の心を纏めた。

 何の力もない彼が、太刀打ちできる筈もない程の困難な道のりを……。

 ただ勇気と言う名の武器で、今までを乗り越えてきた。

 

 きっと私の知らない所で、絶望に嘆いたと思う。

 恐怖に震え、眠れぬ夜を過ごしたと思う。

 我等の心を纏めるために、幾つも無理をしてきたと思う。

 なのに、それでも彼は彼の思いのために自分の持てる力以上の事を成してきた。

 

 

 

 

 我等の笑顔を……。

 民の笑顔を……。

 ただ守りたいと言う、誰にでもある想いを貫いたのだ。

 そうして彼は、私達の心をも守った。

 ただ己が力に酔いしれて暴れ廻っていた時とは、あまりにも違う多くの命のやり取りに、擦り切れてしまいそうになる人としての心を……。

 多くの兵を率い、さらに命を守るために神経を張り続ける毎日に、自分を失いそうになる己が心を……。

 命の遣り取りのあまりに、優しさを失いかけた我等の心を……。

 ご主人様は己が苦しみを隠して、我等のために笑顔であり続けた。

 我等が獣にならぬように……。

 我等が人としての幸せを忘れてしまわぬように……。

 我等の仕打ちに対する弱音を吐いても、それ以外では泣き言など何一つ言わずに……。

 我等に笑顔であり続けた。

 

 そのご主人様の在り方が眩しかった。

 目が開けていられない程眩しかった。

 だからこそその在り方に憧れた。

 その在り方が綺麗だと思った。

 

 ……でも私はそんな生き方が出来るほど強くはない。

 それは、桃香様の時に嫌となるほど思い知らされた。

 だから、私は御主人様のための矛となり盾となる事を選んだ。

 彼のために自分を変えて行こうと思った。

 彼が知っていると言う天の世界の軍神関羽になるために……。

 

 

 

 

「分かったであろう。……私は弱い。

 世間では戦神だのなんだの言われているが、自分の足で碌に歩いていない弱い人間だ。

 私の夢は借り物。 私の成りたいモノは空想。 其処に何一つ本物など無いのだ」

 

 紅紀にはまだ難しいかもしれない話を、私は己の心に言い聞かせるように語った。

 己が暗部を……、己が弱さを……、この私が強いと信じている少女に話して聞かせる。

 こんな私を軽蔑したかもしれない。

 裏切られたと思われるかもしれない。

 それでも、このまま騙しているよりはましだと、私は少女に本当の私を見せる。

 だけど紅紀は。

 

「やはり、愛紗様はお強いです。 そうやって己の弱さと向き合えておられるのですから」

 

 そう慰めにもならない言葉を……。

 だけど彼女にとっての真実を声に乗せて私に届ける。

 

「それに、例え愛紗様の想いが借り物だとしても、桃香様と主が眩しいと思われたのは愛紗様の紛れもない本物の心、いいえ、魂の訴えだったと思います。

 そのたった一つの本物の想いを信じて、歩み続ける事が出来る愛紗様は主達に負けない程お強いです。

 ぁっ……私の様なものが生意気言って申し訳ありませぬ」

「いや、ありがたい言葉だ。 こんな私を信じてくれると言うのだからな」

 

 紅紀の言葉に私は少しだけ救われたような気がし、心が軽くなる。

 その事に紅紀に感謝の言葉を告げ、私は余り紅紀を引き留めても悪いと思い、私の方から彼女から離れる。

 

「……本当に、私は弱いな」

 

 自嘲染みた言葉を小さく漏らしながら、再びご主人様を探すために足を進める。

 そう、足を進めるしかないのだ。

 武骨な私にはそれしかできない。

 桃香様とご主人様の夢のために……。

 民の笑顔を守るために……。

 私は天の国の神話に在る様な、軍神関羽に向かって歩み続けるしかないのだ。

 

「……だが、その夢すらも今の私では夢のまた夢だな」

 

 ご主人様の寵愛を受けたのは良い。

 私も女だ。 その事に幸福を感じないと言えば嘘になる。

 問題は、ご主人様の女癖の悪さにある。

 そして更に問題は、

 

「まさか嫉妬と言うものが、あれほど制御し辛い物だとはな……」

 

 理性では分かっているのだが、どうしてもあの湧きあがると言うか、吹き出す感情に流されるままに行動してしまう。 あれではまるで嫉妬に狂った鬼ではないか……我が事ながら本当に度し難いかぎりだ。

 せめてご主人様が私の前で鼻の下を伸ばすような真似を、もう少し控えてもらえれば。

 

 

 

 

「………っ!」

 

 屋敷の角を曲がり先程の中庭とは違う裏庭の東屋で、私はある光景を目にしてしまう。

 

「さぁ、このヘボ主人よ答えるのです」

「……あぐっ。 だ、だからいきなり陳宮キックは勘弁してくれって」

「陳宮キックを受ける様な事をするお前が悪いのです。 いいから答えるのです。何故昨夜は恋殿の所に来なかったのです」

「いや、だって恋は風邪で寝込んでいたし。 見舞いは昼間行ったから、下手にお邪魔して悪化させる訳にもいかないだろ」

「そんなの言い訳にならないのです。 恋殿はそれでも待っていたのです。 恋殿の番の日を心待ちにして、おまえが来ると信じて待っていたのです」

「例えそうだとしても、俺は恋が回復する邪魔をするような真似は・」

「黙るのです! 別に病気の恋殿を抱けと言っているのではないのです。 ただ傍に居るだけでよかったのです。 何でそれが分からないのですか。 恋殿がどれだけ寂しい想いをしたと思うのですか。 音々がどれだけこの日を…と、とにかく恋殿の所に顔を出すのですっ! お前の残った仕事は音々がやっておいてやるのです」

「……分かった。 音々の気持ちありがたく受け取るよ」

「音々の事など、どうでも良いのです。 いいから恋殿のために行くのです」

「ああ、恋のために行くよ」

「……ぁ」

「でも、今夜は音々の所に行くから、昨夜話せなかった分一緒に話そう」

「ふ、ふん。おまえなど来なくてもいいのです。

 ……でも恋殿の寂しさを紛らわした礼ぐらいはしてやるのです」

「ああ、楽しみにしてるよ」

 

 そんな何時もの光景が。

 相手は毎回違えど、ご主人様の周りに良くある出来事が、私の前で行われていた。

 私に愛を語り。

 私に愛を注ぎ。

 そしてそれを同じ様に、他の女にする約束を……。

 

 

 

 

ビキッ!

 

 目の前の光景に思わず身を隠した樹に大きな亀裂が走る。

 その樹にいつの間にかめり込ませてしまった私の手を引き抜きながら、自分の感情を抑えるように何度も同じ事を己が心に訴える。

 ご主人様は病気の恋を看病にしに行ったのだと。

 それを邪魔をするのは人間として友として失格だと。

 今、この怒りをご主人様にぶつける訳には行かないと。

 例え何が在ろうと、それだけはしてはいけないと。

 何度も、何度も、己に言い聞かせる。

 

 ふふふふっ、そうだ。 良い事を思いだした。

 たしか今日は焔耶と蒲公英を桔梗と翠が鍛え直すと言っていた。

 せっかくの非番だが、私も二人のために力を貸してやろう。

 うん、それが良い。我ながら良い考えだ。

 

 

 

「うぎゃぁぁーーーーっ」

「ひぃぃーーーっ、死んじゃう死んじゃうっ!」

「ははははっ、その程度の事ではまだ死なんっ。 死ぬほどの攻撃とはこう言う物を言うのだ」

「蒲公英手を貸せっ! このままでは本当に死んでしまう」

「うん。分かった。 本当は嫌だけど、そんな事言ってる場合じゃないもん」

「……ほうっ。 二人掛かりとは言え、今の攻撃を凌ぐとは二人とも思った以上に腕を上げているな。

 ならば、二割ではなく四割の力ではどうかな」

「「えっ…」」

 

「……桔梗、愛紗を止めなくていいのか?」

「では翠よ。 あの愛紗をお主は止められるのか?」

「無理言うなって、 今の愛紗相手だと、本気で殺し合いになっちまう」

「そう言う事だ。 まぁ、あやつら相手ならば、理性のギリギリで殺さずに済むであろうし、死線ギリギリの鍛錬と言うのも偶には良いと思っておく事にしておこう。 ……まったく御館様にも困ったものだ」

「あ~~、やっぱりご主人様が原因かな?」

「他に愛紗がああなる理由があると?」

「……愚問だったな」

 

「死ぬっ。死ぬっ。死んじゃうよーーーっ!」

「だぁぁ、蒲公英逃げるなっ! 逃げるなら私もつれて行けーーっ!」

「わははははっ。 無駄無駄無駄無駄ーーーーーーーっ!」

「「ひぃぃーーーーーーーっ!」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あとがき みたいなもの

 

 

 ~異聞録~ 其の肆話『 矛の想いは月幻の如き虚ろなれど、それでも信じる道を歩む 』を此処にお送りいたしました。

 やっと正規ヒロインのお話を書く事が出来ました。 本当は愛紗の話を最初に書くつもりでいましたが、神絵を見てしまい、そちらに暴走してしまいました。 ですがあの四人を書いた事に何の悔いもありません。 それほどまでに金髪のグゥレイトゥ!様の神絵は想像力を湧かせる物でした。

 

 さて今回は、原作にも似たような話が少しありましたが、軍神と呼ばれた彼女の心の葛藤を私なりに書いてみましたが如何でしたでしょうか?

 最後のアレは、………はい、作者の私も予定していない出来事でした。 脳内の愛紗が文字通り暴走し、私の指を動かしたのです(汗 そんな訳で尊い犠牲になった二人の冥福を祈りましょう(マテw

 

 ……愛紗は確実に軍神ではなく、嫉妬神に近づいているような気がするのは私の気のせいですか?


 
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