まるでホテルのドアボーイがドアを押し開けて“いらっしゃいませ”してるようなポーズのままの凝固状態から我に返った夕美は、突っ込んだときと同じようにミルキークラウンのような形でぽっかりと穴の開いたアルミ合金のドアから難なく手を抜き、庭先でコケているほづみを放っておいて今飛び出した玄関へととって返した。
手にはドアノブがまだ握られていたが、本来まんまるな形のそれが手の中でしぼんだ紙風船のようにペシャンコになっていることに夕美は気づいたのは、一歩ごとに床を踏み抜いてしまって思うように前に進めず、足を取られてよろめいた拍子に壁に手をついて、またその壁をぶち抜いてしまったときだった。
「お…お父ちゃん…い…いったい…あたしに何したんや?…」
粉々になった壁の穴から頭を抜きながらつぶやいた。
夕美が触れるもの触れるもの、どれもがウソのようにモロかった。木製のものは繊維に沿ってバラバラになり、金属製のものはアルミホイルみたいにベロベロで容易に破れた。プラスチックに至っては粉々というのが適切だった。
「お…お…お父ちゃん!!!!!!!!」
埃まみれになり、床を踏み抜き壁をぶち抜きつつアッチへふらり、コッチへふらりと歩みながら、呼べども呼べども耕介の返事はない。当然である、彼は台所で失神しているのだから。だけどそのことを知らない夕美は連呼する。しかしやはり返答がない。これまででこうした場合は大抵、耕介は責任回避で逃亡モードに入っていることを知っている夕美は、山頂の一軒家であることを感謝しつつ、腹筋に力と怒りを込めて思いっきり叫んだ。
「おとお、ちゃ〜〜〜〜〜ああああああああああああああん!!!!!!」
玄関からまっすぐ伸びる廊下の先にある扉が抜けるように消し飛び、次いでそれを囲んでいたはずの壁や天井が両手を広げ道を開けるかのようにパッと四散した。一瞬だが、耕介の後ろ姿もチラ、と見え隠れしたようだった。
消し飛んだ扉の向こうだったが。
物理的な時間では10分の1秒程度だったのだろうが、夕美の頭の中では随分と時間が経ったように思えた。
「………………?」
ふと見廻せば、自分の周りは怪獣が暴れ回った後のセットのようになっていた。
「せっ、先生は、かなりのレベルにまで仕上げられてたんだね…」
背後から声がした。外で待ちかねたほづみの声だったが、夕美は踏み抜いた廊下に脚を取られて身動きできなくなり、今にも泣きそうな情けない顔になっていた。
「ほづみ君、これ一体なんやのん?どないなってんのん?」
「待ってくれ、今助けてあげるから。アイタタ…」
「ど、どないしたん!?もしかしたらさっきのでケガした!?」
「たいしたことないよ。ちょっとドアごと何メートルかぶっ飛んだだけだ。夕美ちゃんこそ動くな。ケガするよ…さっきと違ってもう生身の人間に戻ってるようだから」
「生身…って…ほづみ君、あんたも何か知ってんねんな?」
ウンウンうめきつつ、一枚一枚床板をはがしながらほづみは苦笑する。
小一時間後、夕美は半壊状態になった居住区画を横目に見ながら、壊れずに済んだ研究棟で阿呆な男どもの手当をしていた。
父親の耕介は全身打撲に至るところ擦り傷・切り傷で惨憺(さんたん)たる有様だったが、手当の厚さはほづみの数分の一以下だった。
「ほんまにもお…!おっとうちゃんは毎回毎回、ロクな事せえへんなあ。今度という今度はちゃんと説明してもらうで。あたしも被害者なんや。もし副作用とかあったらどないしてくれんのんや」
「いやあ、正直なところ、予想していた以上で喜んで…いや、驚いてんねん。」
「…と、いうことは飲んだらあんななる、って知ってたんやな。一体あの冷蔵庫にある薬は何なんや。密造麻薬かなんかとちゃうやろな!?」
「そうでないことはお前がさっき証明したやないか。ほら、幻覚なんかとちゃうやろ?」そういいながら耕介は、陽も沈んで気温も下がり、あちこち壊れてずいぶん風通しがよくなった部屋をあごで示した。「みんな、お前がやったんや」「ちょ、ちょっと!人聞きの悪いこと言わんとってんか!お父ちゃんのこしらえたケッタイな薬でどないかなってもたんやないか。」
この時点で夕美は気づいていた。家が壊れてしまったにもかかわらず、耕介は妙に嬉しそうなことを。
「実はな。あれは仮に“スイッチ”と名付けた薬なんや。お父ちゃんとほづみ君で長年かけて作り上げたもんや。まだ完成してへんけど、ええ線まで来とるっちゅう事、さっきの夕美のお陰で判ったんや。おおきにやで」
突然、いつになく父親らしい顔でそう言われたので夕美はとまどってしまったが、ここで誤魔化されてはまたいつもの調子ではぐらかされそうに思えて、今夜こそは何が何でもちゃんと納得するまでは引き下がらないぞ、と心に決めた。
「…で?あの麻薬はどんな薬なの」
「あほ!麻薬とちゃうわい。しゃあないな。せやけどお前、バケガクは苦手やろ?」
「そんなあたしにでも判るように説明してえな」
うーん、と耕介はしばらく唸っていたが、
「言ってみれば、のーみそのどーぴんぐ?」
「どぴ…!? 待ってぇな!それ、めっちゃヤバそうやんか!?」
「人間の脳は」ほづみが説明を始めた。言いかけてから、「───いいですよね?」と耕介に了解を求めた。どうぞどうぞ、と耕介は右手をヘナヘナと振った。
「人間の脳は、その大半が使われないまま一生を終えることは夕美ちゃんも知ってるでしょ?」「…そうなん?」
「はは…ま、それが何パーセントなのかはいろんな説があるから放置するとして、ようするにその残りの使っていない脳を活性化するための薬なんだ」
「………」夕美は今聞かされた事柄を解釈しようと考え込みながら、補足説明を待っていた。が、ほづみはにっこりしたままだった。
「…ほんで?」
「?以上だよ」
「んなんで、解るかあ〜〜〜っ」
〈ACT:5へ続く〉
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フツーの女子高生だったアタシはフツーでないオヤジのせいで、フツーでない“ふぁいといっぱ〜つ!!”なヒロインになる…お話。