第6章 海猫
事件が解決したリョウは、リリを連れて、魔連付属の病院へ移動した。
サブとジークは、事後処理のため、現場に残ったが、他の二人、リニア、ポピーは、リョウと一緒に、病院に付いてきた。
今は、女性人だけ診察室で結果を聞いている最中である。
現在、わたしは、エイルさんに検査結果を聞かされている。
わたしは、病院に着くなり、すぐに精密検査を受けさせられた。
外傷はなかったけど。体は、思うように動いてくれないからだ。
今も、すごく体がだるい。
「―――膨大な魔力を一気に使用したために起きる《リバウンド》だ。少しダルさが残ると思うが、二、三日で良くなる」
エイルさんは、検査結果の魔力数値と波形を見せながら説明してくれる。今、この診察室にいるのは、わたし、ポピーちゃん、リニア、エイルさんの四人。リョウ君は、廊下で待ってもらっている。
「よかったなー。リリちゃん。薬の影響は、無いようやな」
「うん」
ポピーちゃんは、嬉しそうな表情を浮かべてくれた。
しかし、リニアは、
「ったく。人騒がせな、奴」
「・・・・・・ごめんなさい」
半目で、訴えてきた。
すると、ポピーちゃんが、半目でリニアを見つめる。
「あんだけ暴れといて、よーゆうわ。派手に壊しよって、事後処理のサブたちが可愛そうやでー」
「喰いたりねェよ。まだ、欲求不満だァ」
・・・・・・アレだけ暴れて、まだ足りないんだ。
わたしは、出るときの倉庫の光景を思い出してみる。
あれは、事情を知らない人が見たら、爆弾が破裂したと思うだろうなー。
「まあ、しばらくの間は、魔法を控えるように。それと―――ん?」
「失礼します」
そのとき、不意に男性の医師が、部屋に入ってきた。手には《電子盤》が抱えられている。
なにかの確認に来たのかな?
すると、男性医師は、その電子盤をエイルさんに差し出した。
「診察中すみません。これをお願いします」
「分かった・・・・・・よし。じゃあ、これで頼む」
エイルさんは、サインを終えると電子盤を差し出した。
「有難うござ―――あっ」
すると、電子盤に載っていたペンが、地面に落ちてしまった。ペンが、わたしの足元に転がってきたので、わたしは、拾い上げ、男性医師に差し出した。
「はい。どうぞ」
「ごめんね。助かったよ」
そのとき、不意に、倉庫での光景が頭を横切った。
「きゃあ!」
男性医師が、手を差し出した瞬間、不意に、悪寒が走り、悲鳴をあげてしまった。そのとき、ペンも落としてしまった。男性医師は、驚いた表情を浮かべている。
わたしは、理解できない恐怖に体が震えだす。
「ああ、君。気にしなくていいから。早く行きなさい」
「えっ、は、はい」
混乱して固まっていた男性医師に、エイルさんは、ペンを渡すと、部屋から出した。
その背中を見送ったあと、エイルさんは、溜息を吐いた。
「・・・・・・やはり、キズは、あったようだな」
「おいおい! 外傷はねェって、さっき言ったじゃねェか。どういうことだァ?」
リニアが、エイルさんを睨みつけた。ポピーちゃんは、震えるわたしをやさしく抱き寄せてくれた。
「・・・・・・リニア、その傷とはちゃうよ」
「《精神的障害》。リリ、お前、さっきの医者が近づいたとき怖かったろ?」
「!?」
その言葉に、わたしは、驚愕した。
「《男性恐怖症》とでもいうかな。よっぽど怖い思いをしたんだな」
そのとき、机を叩く、ものすごい音が部屋に響いた。
「クソ! あの野郎ォ共、再起不能にしときゃ、よかったァ」
「おーい、リニア。机を叩くな。お前がやったら、壊れるだろが」
リニアの行動に、エイルさんが、呆れた表情で突っ込んだ。
先程、リョウ君に抱えられてここに着くまでは、そんなことなかったのに。
「・・・・・・どうして今頃」
「落ち着いたからだろ、な。それにしても、これじゃあ、リョウに連れて帰らせるのはダメだな。ゆっくり休んだ方が、いいんだが。しかし、これからケガ人が大勢、なだれ込んで来るらしいからなー。部屋が空いてない」
すると、エイルさんは、目の前のリニアに半目を向けた。それに対してリニアは、目を逸らした。
明らかに犯人だ。
すると、ポピーちゃんが、
「それやったら、ウチの家に着たらええ。ここから近いし、誰もおらんから気も楽やろ?」わたしのことを気遣って提案してくれた。その提案に、エイルさんも『そうだな』っと、すぐに同意した。
「それじゃあ、ウチは、これからリョウ君に事情はなしてくるわ。あんまり待たすんも、悪いやろうし」
「待って」
ポピーちゃんが席を立とうとしたとき、わたしは、ポピーちゃんを呼び止めた。
「わ、わたしが事情を説明してくる」
「・・・・・・大丈夫かァ? まだ震えてるぜェ」
「ありがとう。リニア」
心配してくれたリニアに、わたしは、うれしくてお礼を言った。すると、リニアは、恥ずかしそうに『ウルせェ!』って言うと、顔を逸らしてしまった。
もう、素直じゃないなー。
「それやったら、これ着ていきー。カイザー君、今屋上にいるようやから」
すると、ポピーちゃんは、近くに畳んでおいたリョウ君の《防護服》を渡してくれた。
多分、場所は〝念話〟で訊いたのかな?
わたしは、服に袖を通すと、診察室をあとにした。
リリの診察のため、部屋から追い出された俺は、屋上で夕日を眺めていた。
力は・・・・・・今は収まってるみたいだな。
俺は、手を開いたり、握ってたりして確認してみる。
「また、助けられた、か」
自嘲気味な笑みが漏れた。
そのとき、急に頭の中に声が入ってきた。
『(カイザー君、今リリちゃんがそっち向かったでー)』
『(了解(ヤー)。迷惑かける)』
いきなり〝念話〟でポピーが話しかけてきた。
『(水臭いこといいなや。友達やろ。ほな、ウチらは、待っとくからなー)』
それだけ、言うとポピーのヤツは、通信を切った。
「・・・・・・友達、ね」
俺は、また笑みが漏れた。
昔の俺には、想像できない言葉だ、な。
そのとき、
「・・・・・・うわ、やっぱり外は寒いなー」
不意に、入り口のほうから、声が聴こえてきた。それは、聞き覚えがある声。
俺は、ゆっくりと、そちらに視線を向ける。そして、そいつに名前を呼んだ。
「よお、久しぶりだな。ミュウ」
そこに立っていたのは、ニット帽を深くかぶり、コートを羽織った女性だった。
この女性、〝ミュウ〟は、俺が暴走事件を起こしたあと、マリアさんに引き取られ、荒れていたときに、スラムで出会った仲だ。結果的には、助けたんだが、その経緯で半年ほど、手伝いをしたのは、まあ、別の話だ。
ミュウは、入り口からゆっくり、こちらに歩いてきた。
「背、伸びたわね。最後に会ったときは、わたしよりも低かったのに」
ミュウは、俺の前に来ると、下から俺の顔を覗き込んできた。そのとき、コイツの特徴である、黄色い猫のような目がニット帽から覗く。
「二年ぶりか?」
「えー、もうそうなるのかー。貴方も変わるわけだ」
・・・・・・やっぱり、変わったんだな。
なんか爺くさい気がしたので、物思いにふけるは、やめよう。
「それより、今日は世話になったな。サブの方にも、根回ししてくれたみたいだな」
「興味があったからよ。はい、これ、下のカフェで買ってきたの。お裾分け」
「おっ、サンキュー」
俺は、差し出されたカップを受け取る。そして、すぐに口につけた。中身はコーヒー。
あったけー。
「ギブ&テイク。この事件のお陰で、私は、テストができたからよかったわ」
「・・・・・・今思えば、よく使ったよ俺。《ワープポット》だっけか?」
「成功したからいいでしょ。こんなときにでも使わないと、ビビって誰も使ってくれないのよー」
生きてて良かったー。
「で、《引きこもり》のお前が、俺になんのようだ?」
「引きこもり言うな! これでも、毎日30分は、外に居るんだから」
みじけー。
俺は、呆れた視線をミュウに向ける。
「だいたい、二年ぶりに再会した女性に、少しはなんか言うことないの?」
なにか?
その言葉に、俺は、ミュウを観察した。
そういえば、こういうときの対処法をサブから聞いたような・・・・・・なんだっけなー。
たしか、
「・・・・・・服装かわった?」
「・・・・・・なんで疑問系なの。はぁ~、まあ、貴方に期待しても気のきいたこと、言えるわけないか」
すると、ミュウは、呆れたような溜息をつきやがった。
「なら訊くな」
「少しは、気のきいたこと言えるようになりなさい。さて、この話は、この辺にして、私が来たのは、貴方に渡したいものがあるのと、報酬をもらいに、ね」
「『報酬』って、俺を実験台に使っただけじゃ、足りねーかよ」
「あれはあれ、これはこれ」
理不尽な。
「それじゃあ、まずこれ」
コーヒーカップ差し出された。
これは・・・・・・。
「パシリをしろと?」
俺は、半目でミュウを睨んだ。
でもまあ、これくらいなら別にいいか。
俺は渋々、カップを受け取る。だが、
「って、おい。まだ中身が―――」
そのとき、唇に柔らかいものが一瞬触れた。
そして、すぐにミュウは、俺から離れる。
「はい、確かに報酬受け取ったわ」
「・・・・・・えっ? ちょっ、おま―――」
「それじゃあ、また会いましょう」
ミュウは、俺の言葉を聞かず、そのまま出口の方へ走って行ってしまった。
俺は、その背中を、ただ呆然と見送ることしかできなかった。
ミュウの姿が消えると、俺は近くの長いすに腰を下ろした。
そして、ミュウからもらったカップの蓋を開ける。
「・・・・・・PDA?」
中に入っていたのは、携帯端末だ。
それを取り出すと、急に起動した。そして、ディスプレイに文字が表示された。
『番号入れてあるから、用があったらこれで掛けて。あと、試作品のモニターよろしく』
「・・・・・・」
利用されてる?
アイツ、姿消してたのに、何で今頃、連絡を取れるように?
考えが頭の中でぐるぐる回る。
そんなとき、
「リョウ君?」
その声で思考がすぐに停止した。
「・・・・・・リリ」
声がした入り口に目を向けると、そこには、俺の防護服を羽織ったリリが立っていた。
なんか、すごい気まずい。
そのとき、背中に嫌な汗が流れるのを感じた。
わたしは、リョウ君が横に腰を下ろした。距離は、少しとって。
すると、リョウ君は、手に持っていたなにかを、ポケットに入れた。
「大丈夫か?」
「う、うん。外傷は、ないから大丈夫だよ」
なんだか、空気がとても重い。
うわー、少し緊張するなー。
とりあえず。
「えーっと、さっきすれ違った人、知り合い」
その問いに、リョウ君は、大きく目を見開いた。だけど、すぐに、
「・・・・・・ああ、古い知り合いだ。廊下で、俺を見かけたらしくて、な。それでここきたんだって」
「ふーん、そうなんだー」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
会話が止まってしまった。
学園で喧嘩をしてから今日まで、口をきいてないから、すごい気まずい。
ここはやっぱり、先に謝ったほうが―――。
「・・・・・・わるかったな」
「えっ?」
そう決めたとき、不意にリョウ君が、謝ってきた。出鼻をくじかれたわたしは、そこで固まってしまった。それよりも、わたしは、リョウ君が、恥ずかしそうな表情を浮かべているのに驚いた。
「そのー、なんだ。学園で怒鳴ったりして。あれから、ポピーから聞いたんだけど。俺のこと心配してくれてたんだろ? それなのに―――」
「ううん、わたしこそ、ごめんね。怒鳴ったりして」
わたしは、リョウ君の言葉を遮るように謝った。
だって、その所為で、今日はいっぱい、みんなに迷惑掛けたから。
「リョウ君の気持ちを考えないで、わたし、暴走しちゃって、リョウ君にだって、言いたくないことだってあるのに。それなのに―――」
「今回のとこで、色々考えたんだよ」
「えっ?」
急に、リョウ君が話し出し、わたしは、思わず声を漏らした。だけど、リョウ君は、気にせず話を続けた。
「リリやマリアさん、ルナ姉に昔のこと、何にも話したことなかったなーて。そりゃあ、言わなくていいなら、それが一番なんだけど。そうもいかないだろ?」
そういうと、リョウ君は、わたしの方を向いた。
だから、わたしは、
「・・・・・・わたしは、極力触れないことにしてたの。なんか、リョウ君は、わたしが想像するよりも、すごい辛い思いしたと思ったから。お姉ちゃんも同じ気持ちだと思う。お母さんは、なんか知ってたみたいだけど・・・・・・」
正直な気持ちを話した。すると、リョウ君は、苦笑いを漏らした。
「やっぱり、気ー使わせてたんだな」
すると、リョウ君は、ベンチから立ち上がった。
そして、わたしの方を向く。
「なあ、合わせたい人がいるんだけど。ついてきてくれないか?」
その言葉に、わたしは、なぜか胸が締め付けられる気がした。
そして、わたしの頭に、ついさっき、入り口から見た場面が過ぎる。
重なる影と、すれ違いざまに残した、女性の言葉
『ごちそうさま』
この言葉が・・・・・・。
エピローグ
十二月三十一日 夕方
この日、リョウは、朝一番の便で世界を渡っていた。訪れた世界は、十二世界の一つ《ユーダリル》。ここに一緒に訪れたメンバーは、マリア、ルナ、リリの家族全員だ。なぜ、この家族が、この世界に訪れたのにはわけがあった・・・・・・。
時空港から直で、目的の町に移動した俺たちは、現在、目的の場所まで俺が先導している。技術が余りあった発達していないこの世界は、まだ自然が残ってはいるが移動が、ほとんど自分の足なので、少し困難だ。目的地も森の中だし、な。
「んー、久しぶりの緑はいいわねー。寒いのは、いらないけど」
「そうですね。でも、大丈夫だったのでしょうか? 私たち二人とも局をお休みして?」
すると、ルナ姉は、困った顔を浮かべた。だが、マリアさんは、その対照的な、笑みを浮かべている。
「大丈夫よ。《ブラス》に任せたから」
たしか、ブラスって、いつも、マリアさんを叱ってる人か? かわいそうに。
うる覚えの人だが同情した。
で、さっきから気になっていた後ろを振り向く。
「リリ、バテたか? 元気ないが」
「えっ、だ、大丈夫だよ。こう見ても、鍛えてるんだ―――ぁあ!」
って、言ってるそばから、つまずいてるじゃねーか。
俺は、フラついたリリをすぐに支えた。
だが、
「きゃあ!」
「!?」
リリは、急に悲鳴を上げて、弾かれたように俺から離れた。俺は、いきなりのことに固まってしまった。
なんか変なところ触ったか? ものすごい怯えた目で見られてるんだが。
すると、リリの表情が、怯えたものから一変して、恥ずかしそうな笑いに変わった。
「ご、ごめん。いきなりだったから、ビックリしちゃった」
「そ、そうか。悪かった」
「ううん。ありがとう」
その表情は、先程の怯えたものを思わせないものだった。
・・・・・・気のせいか?
わたしの心臓は、リョウ君に触れられて、驚くほどバクバクしている。
うまく誤魔化せたかな?
自分でも驚いた。まさか、悲鳴い上げるなんて。それに、昨日から気になることもあるし。
「リョウ、合わせたい人ってどんな人なの? まさか、彼女?」
えっ、彼女!?
わたしは、お母さんの言葉にリョウ君を凝視した。だけど、リョウ君は、明らかに呆れた表情を浮かべる。
「年に一回しか会わない彼女って、どんだけ、俺酷い奴なの? 七夕じゃあるまいし。そんなんじゃねーよ」
「それでは、リョウさんが昔、お世話になった方ですか?」
「当たり。俺の命の恩人」
すると、リョウ君は、お姉ちゃんに向かって笑みを浮かべた。だけど、その笑みはとても寂しそうな物だった。
なんで、あんな顔をするんだろう? 命の恩人ってとても、親しい人だろうに。
その疑問は、すぐに解決した。リョウ君が、案内してくれた場所は・・・・・・。
墓地だった。そして、一つの墓標の前で、リョウ君が立ち止まった。
《アイネ・ブルーノ》
「《銀狼》と契約した話はしたよな? そのあと、姉ちゃんに助けられて、半年ほど一緒に暮らしたんだ」
「・・・・・・理由、訊いていい?」
わたしとお姉ちゃんが、リョウ君の話に黙っていると、お母さんが口を開いた。
「俺を助けた所為だ。今思えば、俺って姉さんに守られてばかりだったなー」
話しているリョウ君の横顔は、今まで見たことがないほど寂しそうな表情に見えた。
すると、リョウ君は、近くで買った花を置くと、手を合わせる。
「リョウ、あいさつしていいかしら?」
「私もいいですか?」
「ああ、そのために連れてきたんだ」
お母さんとお姉ちゃんは、リョウ君の返答を聞くと、手を合わせた。
「わたしも、いい?」
「もちろんだ。姉さんもよろこぶ」
わたしは、『ありがとう』と、リョウ君に言ってお墓の前で手を合わせる。
少しの間の沈黙が辺りを覆う。
わたしは、あいさつを済ませると、目を開ける。そして、リョウ君に笑みで終わったことを知らせた。
すると、リョウ君は最後にもう一度、手を合わせると、わたしたちの方へ振り返る。
「マリアさん、決めたよ」
「・・・・・・そう」
なんのことだろう? 二人だけ・・・いや、お姉ちゃんも知っているようだけど。
だけど、二人とも寂しそうな表情を浮かべている。
それは、わたしだけが知らないことだった。
「俺、あの家を出るよ」
「えっ?」
そのとき、とても冷たい風がわたしの頬に触れた。
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これで全部です。
長々と読んでいただき有難う御座います。
それでは、次回作で合いましょう。