第二章 ずれ
十二月二十六日
街の雰囲気がクリスマスから年末に変わっている中。
リョウたちの通う学園も明日から冬休み。
だが、そんなことをちっとも感じていない少年が、《兵士科》の教室にいた。
別世界の出張から朝一で帰ってきた俺は、すぐに学園に向かわなければならなかった。
休みたかったが、昨日、私用でサボったため、さすがに、今日休むわけにはいかなかった。その最大の理由は、教官であり、剣術の師匠でもある女性、《サクヤ》さんに殺されかねないからだ。
いや、殺されるな。
だから俺は、《時差ボケ》の体を引きずって登校する羽目になった。
「んっ~、さすがに体がダルイなー。まだ《時差ボケ》が治らねーな」
固まった体を伸ばすと、心地よい音が体から鳴った。すると、前の席に座る《サブ・アシュラ》が呆れたような顔で、
「よく言うぜ。今の今まで寝てやがったくせに。教員も、あれだけ堂々と寝てると『起こす気にもならねぇ』ってよ」
なるほど、今の今まで寝れてたのはそういうことか。そのときの教員が、どんな顔をしてたかは、考えないことにしよう。
「仕方ねーだろ。《時差ボケ》だったんだ」
「うそつけ、普段と、あんま、かわンねぇじゃねぇか」
俺は、サブの突っ込みを言い返すことができなかった。なので、視線を窓の方へ外すことにした。
ああ、今日は天気良いなー。
〝バン!!〟
そのとき、急に教室のドアが乱暴に開けられた。俺は、嫌な予感がしたが、音がした方へ視線を向ける。そのドアを潜ったのは、
「リョウ君!!」
リリだった。
だが、雰囲気がいつもと違う。何でアイツ、あんなに怒ってんだ?
そのリリが、こちらに向かってきた。
「どうした? なんか、不機嫌そう―――」
「なんで、昨日帰ってこなかったの!? みんなずっと待ってたんだよ!」
食い気味に迫ってきたリリに、俺は圧倒された。俺は、フル回転で思考する。
昨日・・・・・・なんかあったか?
分からなかった。
俺は、視線でサブにヘルプを求める。すると、サブは溜息を一つ吐くと、
『(クリスマスだろ)』
と答えを、魔力を使った通信手段〝念話〟で教えてくれた。
そういえば、そんなものがあったような・・・・・・だけど、それとリリが怒って意味との結びつきが分からない。クリスマスなんて、一年に一回来るのは当たり前だろ。
俺は、ますます混乱していると、リリが痺れを切らしたのか、
「お姉ちゃんもお母さんも、昨日、いつもより早く帰って、リョウ君を待ってたんだよ。理由を訊こうにも、電話は通じないし」
そういえば、バッテリー切れたなー。
「リョウ君!!」
「おっ、おう」
ヤバイな。なんか言わないと・・・・・・だめだ。全然浮かばん。仕方ない、こんなときは、
『(サブ、たの―――)』
『(無理)』
『(はえーよ!)』
あの野郎、考える気ねーな。
「昨日、どうして帰ってこなかったの!?」
まあ、正直に話すしかないか。
「・・・・・・時海が荒れて、《時空船》が全便止まったんだよ。だから、昨日は帰れ―――」
「ウソ! 一緒に行ってたセリーヌさんとは、ちゃんと連絡取れたよ。本当の子と言ってよ!」
「・・・・・・おい」
その瞬間、俺の中で、なにかがキレる音がした。そして、リリを睨みつける。
「それとも、言えないところに行ってたの!?」
「いい加減にしろ! どこだっていいだろぉ! 一から十までお前に言わねーといけねーのか!」
「!?」
俺の怒鳴り声にリリは、驚いた表情を浮かべた。しかし、俺は口を止めることができない。
「大体、てめーは、俺のなんなんだよ! 保護者か? それに理由も言わねーで、一方的に―――」
「・・・・・・もういい」
「はぁ? なにが―――」
「もういい! リョウ君なんて知らない!」
リリは、それだけ言い残すと、教室から出て行ってしまった。
俺は、行動に対して、なにもできず、ただ固まってしまった。
すると、先程まで、黙っていたリニアが、俺を睨み付けると、
「てめェ、バカかァ? 火に油注いでどうすんだァ!」
「はぁ? いきなりなんだぁ?」
その言葉に、俺は湧き上がる怒りを押さえることができず、リニアを睨み返す。
すると、そんな俺たちに向かって、ポピーが間に割って入ってきた。
「はいはい、二人とも少し頭冷しー。このまま教室壊されても困るしなー」
「「ああ!?」」
俺とリニアは、視線をポピーに向ける。
その瞬間、俺の頭になにかが落ちてきた。俺は、余りの衝撃に頭を押さえてうずくまる。音は二つだったから、もう一つは、多分、リニアだ。
「そんな顔したらアカンよ。ほら、笑顔笑顔」
「「・・・・・・はぁ~」」
そのことで、頭が冷えたのか、急に怒りが引いた。
リニアも同じようだ。
「悪い。頭に血がのぼってた」
「・・・・・・オレも、悪かった」
その姿に、満足したのか、ポピーは嬉しそうな表情を浮かべた。
「ほな、落ち着いたところで話しようか。まずは、カイザー君や」
「お、おう」
「なんで、リリちゃんが怒っとったか分かる?」
んっ、話の内容から、昨日の《クリスマス》が原因みたいだが。
「わからねーな。クリスマスぐらい一年に一回必ず来ることだろ? それだけで、あそこまで怒るものなのか?」
「「はぁ~」」
その瞬間、両サイド(リニアとサブ)から溜息が聞こえてきた。
なんか、バカにされてる?
そんなことを気にせず、ポピーは話を続けた。
「まあ、それはそうやけど、な。でもなカイザー君。この間、リリちゃんからきーたんやけど。リリちゃんと一緒に住むようになって、その『一年に一回くる』行事を、一緒に過ごしたことないやろ?」
その言葉に、俺は固まってしまった。
そういえば、一回も過ごしてねーかも。
俺がこちらの世界に来て三年、最初の一年半は、今住んでいる街から少し外れた《スラム》で過ごした。だから、俺はその『当たり前』を過ごしたことがない。
ポピーは微笑む。
「ちなみに、イブは『大切な人』。当日は『家族』っていうのが、昔からの定番や。リリちゃんは、みんな揃って過ごしたかったんやろうな。ウチらと話てるときも『待ち遠しくてしかたない』顔しとったから」
ホント、俺は、
「・・・・・・バカだったな」
アイツは、そんな小さなことを楽しみにしていたんだな。いや、アイツにとっては小さいことじゃ、なかったかもしれない。
そんな、真面目な雰囲気を、サブの野郎が一変させやがった。
「そういえばリョウ。結局、どこ寄り道してたんだ? まさか! 女のところじゃ―――」
「アホか、てめェじゃあるまいし、大体、コイツにそんな甲斐性があるわけねェだろォ」
リニアは、サブの問いに呆れながら突っ込んだ。
「ああ、そうだけど」
「「・・・マジ?」」
答えてやったのに、その信じられないものを見る目はなんだ?
俺は、二人を半目で睨みつける。すると、ポピーが苦笑いを浮かべた。
「カイザー君も言いにくいことがあるやろ。詮索はなしにしようや。それよりも・・・・・」
どうやら、信じてないな。まあ、別にいいけど。
ポピーは、会話を打ち切ると、持っていた紙袋を俺の机の上に置いた。
「はい、餞別や。朝からリリちゃんがあんなんやったから。お昼ありつけんへんやろーと、おもーてな。先に購買で買っとったんや」
コイツ、マジですげーな。
俺は驚くと、袋をマジマジと見た。
そして、素直な感想を口にする。
「・・・・・・お前、いい嫁になる、よ」
その言葉に、一瞬、ポピーは目を見開くと、楽しそうに笑いだした。
「あら、もしかして、ウチを口説いとるん? カイザー君に、そないなこと言われたら、ウチ、本気にしそうやわー」
「アホ」
ポピーの大げさなリアクションに、俺は苦笑いを浮かべて突っ込んだ。
すると、サブがその間を割ってくる。
「おいおい! リョウ! 俺が先客だぜぇ。勝手に口説いてんじゃねーぞ! なっ、ポピー」
そう告げたサブは、ポピーの肩に腕を伸ばす。しかし、ポピーは、その手を叩き落とした。
「アンタは、もー少し、節操をもち」
ポピーは、呆れたような表情を浮かべた。
サブは、叩かれた手の甲を痛そうに擦る。
「よし。ほんなら。それ持ってリリちゃんのところへ行こうや。多分、中庭におると思うから。それに、小火は早めに消すにかぎるし、な」
俺は頷くと、教室から出る。
その後ろを、リニアとポピーが続く。
わたしは教室から飛び出すと、行くアテもなく、つい、いつもの中庭のベンチに座り、物思いにふけていた。
冬の中庭は、寒く、生徒は誰も居ない。空を見上げると、厚い雲がかかっており、気持ちまでも重くなりそう。
「・・・・・・なんで、あんなに怒ったんだろ?」
先ほどの口論を思い出し、わたしは深い溜息を吐いた。
昨日、セリーヌさんに連絡すると、任務は無事に終わったが、リョウ君だけが別行動だと聞かされた。そのとき、わたしはまたなにかの事件に巻き込まれたのかと心配けど。今日、リョウ君が学園に登校したことを、サブ君から連絡を受け、ホッとしたのと同時に、急に怒りがわいってしまった。
「はぁ~」
「・・・・・・君、こんな寒い日に、外にいると風引くよ」
「えっ?」
わたしは、急に声を掛けられ、驚いて顔を上げた。
そこには、髪を後ろで束ねた男子生徒(ブレザーの色から三年生)が立っていた。そして、その人は、わたしに缶コーヒーを差し出してきた。
「飲みなよ。少しは温まるよ」
わたしは、呆気にとられながら、その人の顔を凝視した。
俺たちは、リリがいるであろう、中庭に向かっていた。
だが、俺は一つ気がかりのことがあった。
「リリに会っても、なんていやーいいのか、全然思いつかねー」
「ンなもん、昨日どこ行ってたか、正直に言うしかねェだろゥ」
「それは、アカンやろ。余計こじれる、わ」
リニアの提案にポピーは、呆れながら否定した。
「なんでだ?」
俺は、理由が分からずポピーに訊く。すると、ポピーは、半目で見つめてくる。
「・・・・・・もしかして『女性に会ってきた』なんてゆーきやないやろうなー?」
「それが一番分かりやすいだろ?」
「アホ、絶対にゆーたらあかんよ」
なぜ?
俺は、疑問に思ったが、なぜか、訊いたらいけない気がしたのでやめた。
「だったら、どういやーいんだ?」
「んー、そうやねー」
ポピーは、腕を組んで悩んでしまった。
横目でリニアを見てみると、同じように考えていた。
リリのヤツ、いいダチ持ったな。
俺は、この二人の姿を見て、心底そう思った。
「んっ?」
そのとき、俺は一人の男子生徒とすれ違った。ただ、学生が通ったなら、べつに気にならないんだが。その生徒から、異様なにおいがしたのだ。俺は、気になりリニアに声をかける。
「なぁ」
「あぁン? どうかしたァ?」
「最近って、あんな甘い香りの香水がはやってるのか?」
「香水?」
リニアは怪訝な顔をした。
「さっきのヤツ、すげー『甘い』匂いがしただろ?」
「ンな匂いしたかァ?」
リニアは隣のポピーに質問する。しかし、ポピーも首を横に振った。
「ウチも気付かったけどなー」
「・・・・・・」
なるほど、どうやら《ずれ》の影響が出てきてるみたいだ。
俺は自然と、自嘲気味の笑みを漏らした。
「おい、リョウ」
そのとき、横から声を掛けられた。それは、今、最も聞きたくない声だった。
その瞬間、背中に嫌な汗が流れる。俺は、ゆっくりと声がする方へ頭を向けた。
「さ、サクヤさん。奇遇ですね」
「いや、今からお前のところに行くところだったんだ。手間が省けた」
「な、なにか用でも?」
「そうだが・・・・・・どうした? 顔色がわるいぞ?」
『アンタに会ったから』って言ったら殺されるだろうな。
そんな心情を知らないサクヤさんは、気にせず話を続けた。
「まあいい。用なんだが。お前、今日非番だったな?」
「そうだ・・・ですけど」
サボったことを咎められると思ったけど。もしかして、バレてない?
しかし、それは甘い考えだった。
「それならちょうどいい。放課後、私の道場に来い。拒否権はナシだ」
その言葉に、俺の首は、ガクッとうな垂れる。もちろん答えは、「イエス」の一択だ。
それだけ言い残すと、サクヤさんは、俺の肩を、ポンっと叩いて歩いていった。
ヤバイ。マジで逃げたい。
俺のテンションが、ガタ落ちたとき、両肩に手が置かれた。俺は顔を上げ、振り返る。
そこには、リニアとポピーの同情する目が合った。
「「good lack」」
本当、リリはいい友達を持ったよ!
俺は怒る気にもならず、リリがいると思う、中庭に足を進めることにした。
だけどそこにはもう、リリの姿は無かった・・・・・・。
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7巻続きです。
引き続きどうぞ。