プロローグ
夕方 魔法連合保護局付属病院
秋の夕日が窓から見える景色を真っ赤に染める時間。
さっき程まで賑やかだったこの病室は、今はとても静かだ。
わたしは、窓枠に手を置いて、みんなの背中を見送っていた。
「・・・・・・たく。なんで、俺が叱られないといけないんだ? 全部アイツらの所為だろ、が」
そのとき、病室のベッドにいる少年《リョウ・カイザー》君が、不機嫌な声をだした。わたしは、そちらに振り返る。
「ふふ。エイルさん、カンカンだったね」
「それに、なんで請求が俺なんだ? おかしいだろ? アイツらが壊したんだぞ。クゾ!退院したら絶対払わしてやる」
リョウ君は、持っている請求書を投げ捨てると、ベッドに転がった。
その姿に、わたしは苦笑すると、窓枠に体を預けた。
そのとき、わたしは、チラッとリョウ君の腹部に目を向ける。
入院着から少し覗く包帯。
わたしのわがまま所為で負わせてしまった怪我―――。
「どうした? だれか死んだみたいな表情だぞ?」
「えっ?」
その言葉に反応したわたしは、顔を上げる。すると、リョウ君と目が合ってしまった。
いつも、ぶっきらぼうな態度なのに、こういう人が落ち込んでるときは、なんで気付くのが早いんだろ?
「はぁ〜」
「・・・・・・マジ、どうした? さっきから暗いぞ」
すると、リョウ君は怪訝な顔になった。
「・・・ごめんなさい?」
「?」
「その怪我、わたしが急がせたから―――」
「まだそんなこと言ってんのか。いいかげんウザイぞ、お前」
リョウ君は半目でわたしを見てくると、なぜか溜息をついた。
さすがに、ウザイはいいすぎだと思うんだけど。
「お前に謝られることをされた覚えはねーんだよ。大体、『ライブに間に合わせる』って言ったのは、俺だろ?」
「そ、それはそうだけど」
「なら、それでいいだろ。それに―――」
リョウ君は、体を起こすと、わたしを見つめてきた。わたしは、その視線を外すことができずに固まってしまった。
「優勝できたんだろ? なら、成功じゃねーか。謝ってんじゃねーよ」
「・・・・・・」
リョウ君は、じっと見つめてくる。わたしは、それがなにかを待っているように思えた。そして、気付くことができた。
そうだ。優勝できたんだ。みんなで頑張って練習して。
なら、別の言うことがあるよね。
それに気付いたわたしは、口元に自然と笑みが浮かんだ。
「ありがとう。リョウ君」
「ん」
リョウ君は短く応えると、またベッドに寝転んでしまった。
まったく、ぶっきらぼうだ。
いつも、いつも、心配ばかりさせて。
でも、いつも困っているときは助けてくれる。
いつも、いつも、あのときも・・・・・・。
「―――っ!!」
そのとき、急に胸が締めつけられたような感じがして、わたしは驚いた。
わたしは、反射的に胸を押さえる。
でも、今は何も感じない。
その代わりに、なぜか顔が熱くなってきた。
「んっ? どうした? 顔、赤いぞ。あのバカ共の相手して疲れたか?」
「き、気のせいだよ。多分、夕日の所為。あ、そうだ。なにか飲み物買ってくるね」
不思議そうに見てくるリョウ君を後ろに、わたしは、飛び出すように病室を出た。
部屋を出て、扉に体を預ける。
心臓の鼓動がとても早い。
ど、どうしたんだろう? わたし・・・・・・。
第一章 予定と予兆
十二月二十三日
季節は冬
十二世界の中の一つである《グラズヘイム》も、もうすっかり寒くなり、町を歩く人も寒さで少し体が丸まっている気がする。
そして、この世界の主国《ミズガルズ》の町の景色は、あるイベントのおかげで夜も明るく、幻想的に輝いていた。
多くの学業機関があるこの国の一つ《セイント・エディケーション学園》も、もうすぐ冬休み。生徒のみんなも、少し浮かれムードになっている。
そんな放課後、三人の女子生徒たちは、マンションの一室で寛いでいた。
わたし《リリ・マーベル》は、親友の《リニア・ガーベル》、《ポピー・ブルーム》ちゃんと一緒に、ポピーちゃんの部屋でいつもの放課後を過ごしていた。
ポピーちゃんと出会ってからわたしは、学園が終わると、ほとんどはこの放課後を過ごしている。
リニアもバイトがないときは一緒だ。
そして、今の話題も自然と、もうすぐ来るあるイベントのこと。
そんなとき、ポピーちゃんが急に思ってもいなかったことを口にしてきた。
「―――そういえば、カイザー君とはどうするん? もちろん、《クリスマスデート》の約束は、したんやろ?」
「ゴホっ!! ゴホっ!! はいっ!?」
唐突すぎるポピーちゃんの発言に、わたしは飲んでいたジュースでむせってしまった。
いきなり、なんでリョウ君が出てきたの?
そんな驚きも無視してリニアが話題を広げてくる。
「学園祭が終わってから、てめェら、ちっとも変わってねェよなァ? 少しは発展しねェのかよォ?」
「『発展』って、前から言ってるけど。リョウ君とは、そんなんじゃないの。ただの『家族』だって言ってるじゃない」
なんで、そういつも、リョウ君のことで二人は、わたしをからかってくるんだろう?
「それでも、休みの日ぐらい一緒に過ごすんやろ?」
「うーん、買い物くらいは行くけど」
「なら、クリスマスはどうなん?」
「もちろん。楽しみにしてるよ。家族みんなで過ごせるんだもん」
「・・・・・・イブは、どォすんだァ?」
「うーん、とくに予定はないけど」
「「はぁ~」」
えっ、なに? その呆れた溜息は? わたし、なんかおかしなこと言った?
わたしは、二人のリアクションに困った。
《クリスマス》を楽しみにしているのは本当だ。だって、今年は家族全員揃って祝えるからだから。去年は、リョウ君が、わけあって居なかったため、今年が、みんなで過ごす、初めてのクリスマスになる。
だから、わたしは今から待ち遠しくて仕方なかった。
そんなわたしは、二人のことを無視して、お菓子に手を伸ばす。
すると、ポピーちゃんが、
「まあ、しゃーない、な。リリちゃん、奥手やし」
「限度がアンだろ。大体、一緒に住んでるのに、なんもねェのかよォ?」
だけど、この二人は、わたしの思いとは少しズレている。
「『なに』ってなによ? それに『奥手』っていうのも気になるんだけど」
わたしは、二人に半目で抗議した。
「キスとか?」
「なっ!?」
ポピーちゃんの、あまりに衝撃的な言葉に、思わずスティック菓子を落としてしまった。
すると、急に顔が火照ってくる。
「するわけないでしょ!! なに考えてんの!?」
「面白くねェなァ。それくらいしてろよォ」
この二人は、わたしをからかって・・・。
わたしは、二人からそっぽを向くと、ジュースを一気飲みして、高揚した頬を冷やす。
「ホンマになんも―――」
「してません! 大体、そんなこと、あのリョウ君とあるわけないじゃ―――」
と言いかけたとき、海の景色が頭を過ぎった。
そういえば、あのとき、溺れたリョウ君を岸まで上げて―――っ!?
それを思い出した瞬間、また顔が熱くなる。それは、先程とは比べものにならないほど。
すると、リニアは黙っていたわたしに面白そうな笑みを浮かべて、
「なんだァ? なんか思い当たるのがあったのかァ?」
と訊いてきた。
そんなこと恥ずかしくて、答えられるわけがない。
わたしは、バレないようにリニアから視線を外すことにした。
その雰囲気を気付いたポピーちゃんが、驚いた顔をした。
「・・・まさか? したん?」
「ンわけねェだろォ? この二人だぜェ」
すると、リニアはバカにしたような笑い出す。
わたしも、一緒に笑うことにした。
背中にはいやーな汗を感じながら・・・・・・。
任務前、いつもの病院で検診を受け終えた俺は、結果を聞きに院長室を訪れていた。
放課後、学園での一日を終えたあと、俺は仕事前に病院に行くよう上から言われた。
なぜ、そう命令されたかと言うと、まあ、昔起こした事件が原因だ。
《魔連》正式名《魔法連合保護局》は、世界の平和を守る政府機関に所属する、組織の一つだ。他に、二つの所属組織があり、各々管轄の世界を管理している。
そして、俺はというと、《魔連》が運営している学園に通いつつ、今はその組織にも席を置いている、いわゆる《非常勤》局員だ。
「なに、ぼーっとしてるんだ?」
「・・・べつに」
俺の主治医である《エイル》さんは、『まあ、いいけど』と興味なさそうに言うと、こー火が入ったカップを、俺の目の前に置いた。
俺は、黙ってそれに口をつける。
「いい味だろ? 知り合いの喫茶店の店主(マスター)から貰ったんだ。中々入らない貴重な豆らいそうだが。うん、さすが、いい仕事をする」
「どうでもいいけど、結果まだ?」
俺は、面倒なので早めに本題に入るよう、エイルさんに諭した。すると、エイルさんは、不機嫌そうな顔をする。そして、俺の前に検査結果が載った電子版を置いた。
俺は、それを覗き込んだ。
しかし、まあ、見てもまったく分からない。
「で、どうなんだ?」
「単刀直入に言う。前より《ズレ》が酷くなってるな」
まあ、予想通りのだな。
俺は驚くことなく、その言葉を受け取る。
その様子にエイルさんの表情が、少し険しくなった。
「・・・・・・自覚はあるようだな」
「まあな」
俺は、自嘲するように笑うと、右袖を捲くった。
そして、エイルさんにそれを見せる。
「腕にこんな傷があったら。誰だって気付くだろ」
その腕には、肘の辺りに黒い傷のような模様が憑いる。しかし、エイルさんは、俺のそれを見ても表情をくずさなかった。それよりも、先程までよりも険しくなった気がする。
「それもそうだが。もっと根本的なところで気付いていることがあるだろ?」
「・・・・・・やっぱ、誤魔かせねーか」
「当たり前だ。私は名医だぞ。数値をみれば、患者の常態ぐらいすぐに判る」
普段、人をからかってばかりいるくせに、こういうときは流石だ。
俺は袖を元に戻す。
「違和感は、何時からだ?」
「学園祭の後ぐらいからかな。魔力出力の調節がしにくくなった。多分―――」
「そのときの無茶が、今返ってき、か・・・・・・たく、普通、あの大怪我で全力疾走なんてするバカいないぞ」
「仕方ないだろ? ああでもしないと、間に合わなかったんだから」
「アホが」
エイルさんは、半目でありがたい言葉をくれやがった。
そこで、俺は質問する。
「・・・・・・で、治るの?」
「正直、分からん」
「即答かよ。アンタ、本当に名医か?」
俺は、呆れながら突っ込んだ。
「知らないものは、知らなん。下手に濁すよりは、そのほうがいいだろ」
「まあ、そうだけど」
「ちなみに、私は余命を告げるときもストレートだ。『お前は、あと一月で死ぬから、な』ってな感じで―――」
「軽いな!?」
ホントにストレートだ。そこは、少しは濁した方がいいと思うぞ。
「まあ、それは置いといて」
「・・・・・・置くんだな」
「症状だが。直すのは無理だが、和らげることはできる」
「・・・えっ? 本当か?」
俺は予想外の言葉に驚いた。すると、目の前の名医は、口元に笑みを浮かべる。
あの顔はなにか企んでいる顔だ。
「簡単なことだ。女を喰え」
「・・・・・・はぁ?」
俺は、驚きを通り越して、呆れた声が出てしまった。
この人、頭大丈夫か?
俺は、あまりにも突拍子もない発言に脱力すると、ソファに体を沈める。でもまあ、一応訊いておこう。
「なんで女を食ったら症状が和らぐんだ? それに、いくら俺が《化け物》でも、人を食うのはゴメンだ」
「ほうー、そう答えたか」
なぜ、そこで感心する?
「人間には誰しも《三大欲求》というものがある。そして、幻獣と《契約》する代償として、その一つが、強くなることが研究結果で判っているんだ。っで、ここまで言ったら分かるな?」
「だから『食え』ってこと、か?・・・・・・っん? でも、なんで女なんだ? 肉が柔らかいのか? そもそも人間じゃなくてもよくねーか?」
「・・・・・・惚けてるわけじゃないようだな。まったく面白くないリアクションだ」
すると、エイルさんは不機嫌な顔をした。
この人の意図がわからない。さすがに困った。
〝ピピピピピッ ピピピピピッ〟
そのとき、急に携帯の着信音が部屋に鳴り響きす。
「おい。院内では切っておけ。最低限のマナーだぞ」
「わる―――すみません」
すると、エイルさんは、呆れたような表情で『早く出ろ』と手で催促した。
俺は、すぐに席を立つと、部屋の隅に移動する。発信者を確認すると、ディスプレイには、『ナミ』との表示されていた。
「はい。もしもし」
『あっ、リョウ? 『ニア』のメンテナンスの終了報告よ。あと、注文があった《防護服》の《ダウンロード》。ちゃんとできたわよ』
「おっ、どうも」
『あと、余計なことだと思うけど・・・・・・少しオーバーワーク気味じゃない? 《ウエポン》からも、多くの箇所で激しい痛みが見つかったわよ』
電話の向こう側から、呆れたような溜息が聞こえてきた。
どうも、俺の周りは世話好きが多いならしい。
ちなみに、今電話をしている《ナミ》さんは、俺の通う学園の一つ上、《通信科》の生徒だ。そして、俺と同じ学生兼局員であり、最近では、俺と組むことが多い。今回の仕事でも、俺のチームのサポートをしてくれることになっている。
「大丈夫だ。そこの医者にも、許しがでてる」
『えっ? 今病院だったの? ゴメン、すぐ切るわね』
「悪い、な」
『それじゃあ、あとで時空こ・・・・・・・・・』
「んっ?」
なんか、急に声が聞こえなく―――んっ?
俺は、ディスプレイを見て、原因が分かった。そして、思わず溜息がでた。
完全に画面真暗。そういえば最近、充電するの忘れてたなー。
俺は携帯をポケットにしまうと、視線をエイルさんに向けた。
「それじゃあ、俺、もう行くから」
「いってらっしゃい。あんまり無理するんじゃないわよ」
俺は、片手を振って答えると、そのまま部屋を出た。
そのときの俺は、まだ気付かなかった。
この後、このバッテリー切れが、大事件に発展することなど全然・・・・・・・。
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SFシリーズ7作目
やっと書けました(笑)
今まで、読んでくれた方も
初めて読んでくれる方も
有難う御座います。
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